「何故、私だけを殺そうとするの?・・・・・・」
大都会の一角。
落ち葉が吹きだまる路地裏から、リナナラは空を睨み上げた。
摩天楼に縁取られた青空は、高くなっていく朝日を受け青さを深めていた。
その狭い青空へ中指を指を突き立てるように、細長い物体がぽつりぽつりと見える。
フラックタワー(対空高射砲塔)だ。
巨大な鉄の砲身に、無精ヒゲみたいなサビが浮き出てる。500年前に作られた骨董品だ。
教科書に載ってたクラークの銅像を思い出した。「若者よ、大志を抱け」と空を指さす優しいおじいさんーー。
「とんでもないっ! 」
ブルンブルンと首を振る。
初めてフラックタワーに狙われた瞬間を思い出すと、今でも震えて足がすくむ。
物凄い爆音と煙の中で私は叫んでいた。
「あっ、あの機械ってまだ動くのっ!?」
なんというか、フラックタワーの事を魔除けのガーゴイル(屋根飾り)ぐらいに思っていたのだ。
パパから聞いた話だと、フラックタワーはかれこれ50年以上動いていないって話だ。
たぶん次の50年も、その又50年後もずっと火を噴くことは無いだろう・・・・・・。パパも私も、誰もがみんなそう思っていた。
フラックタワーが兵器だって事は知ってる。
それが地球人を撃ち落とす事も。
地球人が空を飛ぶ事は固く禁じられている。
飛行機でもヘリコプターでも気球でも何でも、とにかく空を飛んではいけないのだ。それを破れば容赦なく撃ち堕とされる。
フラックタワーはその為にあるのだ。
でも、それももう、風化した遠い昔話のはずだった。
現代では誰でも好きな時に、エフェクトバイクへまたがりガンガン空を飛ぶ。何の心配も無く安全に、だ。
なぜなら、撃ち堕とされない方法をみんな知ってるからだ。
昔、変わり者のじいさんがサルを助手席に乗せて飛行機で飛んだらしい。
もちろん自殺行為だが、いつの時代にも無茶をする老人がいるものだ。
不思議な事にフロックタワーは何もしなかった。じいさんは撃ち堕とされずに戻ってきた。
わしは特別なんじゃ・・・・・・選ばれた存在なんじゃ! 。そう確信したじいさんは、今度は1人で飛んでった。
じいさんはあっという間に撃ち堕とされて死んだ。
やがて誰かが気付いた。
鳥は撃ち堕とされたりしない。つまり、動物ならフラックタワーに狙われないのではないか、と。
ようするにこういう事だ。何でもいいから動物を同伴すれば、撃ち堕とされる心配もなく、好きなだけ空を飛べるのだ! 。
そこに気が付いてから、空は地球人で一杯になった。誰もが犬や猫を助手席やバッグに乗せて空を飛ぶようになった。
カブトムシと一緒に飛んだ奴も居たが、それでも撃たれなかった。
フラックタワーを運営する博物館管理機構にとって、地球人の命は虫よりも軽いというわけだ。
そうして時が流れ、私が生まれた。
惑星博物館地球第一位知的生命体生体標本番号G576272リナナラとして生を受けたのだ。
遙か昔、異星文明からの侵略を受けた地球は抵抗むなしく戦争に負け、人類は降伏した。
(皮肉な事だが、フラックタワーは異星文明の宇宙船を撃ち落とす為に建設されたそうだ)
異星文明は人類を迫害こそしなかったが、生まれた赤子を成長させる事を禁じた。赤子はすべて容器に収められ、時間凍結し保存されたのだ。
ほぼ100年後。
最後の老人が息を引き取り、人類は一度絶滅した。
異星文明は地球を惑星博物館として制定した。博物館管理機構を構築し、あらゆる動植物は生態系ごと保存の対象になった。また、人類の文明遺産を動態保存する目的から、”反乱の恐れがない従順な人間” を ”展示物の中で生活させる”事にした。
時間凍結保存されていた赤ん坊は、1人また1人と解凍され、地球という惑星博物館の生ける展示品となっていった。
その中の1人が私というわけだ。
時間凍結で保存されていた赤ん坊の私が解凍され、14年経つ。
バイクの荷台でさっきから居眠りしてるXLと、空を飛び始めてから2年経つ。
子供の頃、学校からの帰りに足下へまとわりついた汚い子犬がXLだった。
犬を見たのはそれが初めてだった。
その子を抱え上げて真っ先に目に付いたのが、妙に綺麗なおヘソとおチンチンだった。(XLって名前はその時思いついたの)
XLと私は共に成長し、やがてエフェクトバイクで一緒に空を飛ぶようになった。
楽しかった。人並みの幸せって言うのかしら。
人見知りが激しく友達が居ないに私にとって、空は心を許せる唯一の存在だった。
週末の飛行がいつも楽しみで、空の散歩を満喫していた。
空は平和で、美しくて・・・・・・。
だから、フラックタワーに突然撃たれた時は仰天した。
ちゃんと弾よけの犬を乗せてるのにっ、なんでーっ! どうしてっ?? 。
フラックタワーは何度も何度も撃ってきた。びゅうびゅうと砲弾が翼をかすめていく。でも命中はしなかった。
・・・・・・なんだか聞いてた話と違うなあ。パパから聞いた話では、フラックタワーはレーダーと聴音センサーで目標を正確に狙い、必ず一発で撃ち落としたと聞いたんだけどーー。
そんな悠長な事を頭の隅で思いつつ、必死でバイクを操縦し砲弾を潜り抜け、どうにか無事に路地裏へ着陸できたのだった。
他のライダー達は無事だろうか・・・・・・。大惨事が頭をよぎる。恐る恐る空を見上げた。
驚いた。
みんな何事も無かったかのように、のんびりと空を散歩していたのだ。
「ちょっ、ちょっとどういう事! どうして私だけが狙われてるのよっ!?」
猛烈に腹が立った。
バイクはひどい有様だった。
強引な着陸の衝撃でフレームが歪んでいた。中央のタービンから後部の動輪へジェット排気をバイパスする管がズレてエア抜けし、動輪へほとんど動力が伝わらなかった。
これでは地面効果(グランドエフェクト)モードの飛行走行はおろか、前輪接地による滑走すらままならない。むかついた私はバイパス管を足で蹴飛ばした。ズレは治ったが、今度は蹴って凹んだパイプの接合部に隙間が出来た。どうあがいてもジェット排気がダダ漏れだ。
地上でのジェット噴射による走行は禁止されている。免停になりたくないのでそれだけは出来ない。
やけくそになってスロットルを全開にし、エア抜けを気にせず強引に動輪転がしてトロトロ滑走してたら、5分と持たずにプスンとガス欠した。
もはや鉄のかたまりと化した重い重いバイクを押しに押して泣く泣く帰宅した。
「あのバカトンマなフラックタワーをどうにかして!」
パパとママへ泣きついたけど、何も言わずうなずくばかりだった。
いつもそうだ・・・・・・。
両親は、生体標本である私達地球人を育てる為に、管理機構が用意した地域付帯設備でしかない。
言ってみれば、フラックタワーは職場の同僚みたいなものだ。
そもそも地球人が空を飛ぶ事自体が禁止されてるのだから、この苦情は筋の通しようが無い。
泣き寝入りするしか無かった。
パパからキイキイ音がしてたので、首と肩へ油を差してあげた。ロボット相手にこれ以上の親孝行はないだろう。
やがてパパがぽつりと言った。
「お前もそろそろ年頃だ。いつまでも飛び回って遊んでないで、下へ降りてボーイフレンドでも見つけたらどうだね」
私はあかんべぇをして、パパから離れた。
なんだかムッとした。結局パパも私をそういう風に見てたんだ・・・・・・。
冗談じゃ無いわ。そこらのチャラチャラした女の子と一緒にしないで! 。
私は大好きな空を、好きな時に飛びたい!。
それを1番大切にしたかった。男の子なんかどうだっていい! 。
私は覚悟を決めた。
ビルから吹き降りる突風が後ろ髪を荒々しくなぶりあげた。
朝日を浴びて輝く摩天楼。その隙間から見える狭い空を、大小の翼がのんびりと横切って行く。
フラックタワーは微動だにしない。
「ーー判りましたよ、えー判ってますとも。殺したいのは私だけって事でしょ」
ふっと苦笑った。
・・・・・・さあて、そろそろ行くか!。
私はエンジンを始動させた。圧縮ボンベから放たれた高圧空気が、ターボファンエンジンのコンプレッサーを勢いよく回転させる。回転数が十分高まるとスロットルを開き燃焼室へ燃料を送り、点火した。
グアオォッ、キィーーーーン・・・・・・。
一瞬だけアフターバーナーを吹かしてみる。猛烈な爆炎に押され機体がつんのめりそうになるのを、推力偏向ノズルを前方へ振ってこらえた。愛機、エフェクトバイク「スズドリK152」は今日も快調だ。
「飛ぶよ! XL」
私は、荷台で眠りこけているXLの頭をぺちりと叩いた。
XLは、ふわあとあくびをしながら伸びをした。
「今日も飛ぶのかい? キミも懲りない奴だな。今度こそ砲弾が命中して撃ち堕とされるぞ」
私はサドルへまたがりながら叫んだ。
「大丈夫だって! 何故か知らないけど、いっつも狙いが甘い・・・・・・というか、照準が迷ってる感じなんだよねー。きっと50年も使ってなかったから照準装置がイカレてるのよ。一度として当たったためしがないんだから」
「やれやれ・・・・・・、一度も何も、当たったらそこで一巻の終わりなんだぜ? 」
「”イッカンノオワリ”だなんて、しゃれた言い方するじゃ無いの! ・・・・・・前から思ってたんだけど、あんた犬のくせにどこでそんな言葉を覚えるの? 」
「知らないね。勝手に頭の中に入っていたんだ」
「ある日気が付くと、勝手にしゃべれた時みたいに?」
「そうそう、そんな感じ・・・・・・」
XLはまたあくびをした。おかしな奴。
私はXLのシートベルトへ手を伸ばし、きちんと締まってるか確かめた。
ーーそういえば、初めてフラックタワーに撃たれた時もこんな感じだったな・・・・・・。
のんびり飛んでいると、XLが大あくびをして背伸びをしたのだ。
はずみでシートベルトが揺るみ、XLは荷台からずり落ちそうになった。
XLは空を飛ぶ事にまったく興味が無い。興味が無いから怖がらない。だから飛行中はいつも居眠りをしてる。ふてぶてしいと言うか、悠然としたものである。
そんなXLもその時ばかりは必死だった。荷台にしがみつき何度も叫んだ。
「うぎゃあああああ」とか「たすけてくれええ〜」とか。
私は機体を揺らさぬよう安定させつつ半身をそらし、片手を伸ばしてXLの前足を掴もうとした。
フラックタワーに撃たれたのはその時だったーー。
あれ・・・・・・? 。
ふと思った。
ひょっとすると、フラックタワーに撃たれたのって、XLが叫んだからじゃないかなあ・・・・・・って。
なんでそう思うんだろう? 。だいたい、そんな理由で撃たれたりするものかしらーー。
フラックタワーが、XLを地球人と勘違いしたとか・・・・・・? 。
いーやー、そんなワケ無い。
だってふつー、犬は喋るでしょ? 。
・・・・・・喋る、よねぇ? 。
「あのさ、XL。犬ってみんなあんたみたいに・・・・・・」
XLはお弁当のバスケットを抱え、ぐうぐういびきをかいていた。
〜おわり〜
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