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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第五十七話

ムカミさん

第五十七話の投稿です。


斗詩の武器、解答編。
その他、某キャラの自分の好きなセリフを引用した箇所あります。

2014-12-17 09:00:01 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:6322   閲覧ユーザー数:4735

一刀は困惑していた。己が今置かれている状況に。

 

「次!鋒矢の陣!!全面部隊、武装、近接!」

 

『はっ!!』

 

「右翼、遅いっ!戦場で取り残されたら死ぬぞ!」

 

『はっ!申し訳ありませんっ!!』

 

「一息吐いている暇など無いぞっ!そのまま方円の陣!!武装、十文字!」

 

『はっ!!』

 

していることはいつも通りと同じ、部隊の調練である。あるのだが。

 

「うっわ、厳しっ!」

 

「でも、綺麗に揃ってますね」

 

「まあ、さすがと言っておいてあげましょうかしら」

 

麗羽、斗詩、猪々子。困惑の原因はこの3人であった。

 

どういうわけか、彼女たち3人はこの日の調練が始まった直後に現れ、それからずっと一刀の後ろでこの調子なのである。

 

特に邪魔をしてくるわけでも無いため、わざわざ調練を中断してまで問い質すわけにもいかず、かと言って来た理由も分からない。

 

結局その光景はこの日の火輪隊の調練が終わるまで続いていた。

 

 

 

 

 

「何か用事あった?ずっといたけれど」

 

調練が終わり、いつも通りの訓示を行ってから火輪隊を解散させた一刀は改めて3人に向き直っていた。

 

3人が来たタイミングの問題もあってその理由はまだ聞けていない。用事があったわけでもなく、只々隊の調練を眺めていただけで、予想もつかない状態だった。

 

「華琳さんに言われたのですわ」

 

「はい?華琳に?」

 

「はい、そうなんです。実は―――」

 

 

―――

―――――

 

 

「華琳さん、今なんと?」

 

「だから、一刀の部隊調練を見てきたら、って言ったのよ」

 

朝、城の食事場でばったり会った華琳と麗羽。

 

旧知の間柄でもある彼女達はなんとなくそのまま2人で朝食を取っていた。

 

その中で思わぬ問いが麗羽から紡がれた。

 

曰く、華琳が劉備の逃走に手を貸したのは珍しい。あのような甘さは嫌いでは無かったのか、と。

 

その答え自体は単純だった。好かないものではあるが、あそこから大きく育って大陸西方を統治出来るほどになれたとすれば、面白くなると思ったから。

 

その返答の言外には西方の取るに足らない有象無象の処理を押し付けた、とも取れるのだが、今は詳細な思惑は置いておく。

 

先の言葉は更なる麗羽の問いに対してのものだった。

 

その問いとは、魏の部隊は甘さを一切捨て、厳しい訓練で統制しているのか。

 

華琳の返答は麗羽の予想外に過ぎるものだったために聞き返したのだった。

 

「どうして北郷さんの調練が?答えになっていないのではなくて?華琳さん」

 

「あら、私は真面目に答えたつもりよ」

 

華琳の返しに頭上の疑問符を増やす麗羽に、華琳が一言付け加えた。

 

「一刀の部隊は魏で一番甘く、一番厳しいわよ?折角なのだし、斗詩と猪々子にも教えてあげるといいわ」

 

 

―――――

―――

 

 

「―――ということなんです」

 

「あぁ、なるほどね。さては華琳の奴、面倒くさくなって投げたか?」

 

経緯を聞いて思わず軽く愚痴ってしまう。

 

が、そんなことは知らぬとばかりに麗羽が切り込んできた。

 

「華琳さんの仰る通りに北郷さんの調練を一通り拝見させていただきましたわ。

 

 確かに随分と厳しい内容でしたようですけれど、あれのどこが甘いのか私には分かりませんでしたわ。

 

 むしろ鬼のようでしたわね。いつか見た猪々子さんの無茶苦茶な調練よりも厳しかったのではありませんこと?」

 

「あ、あたいもあたいも!全っ然分かんなかった!

 

 アニキの部隊の奴らってある意味凄ぇなって思ったぜ。あの内容で音を上げねぇんだもんなぁ」

 

「ぶ、文ちゃん!麗羽様!」

 

口さがない2人の言い様に斗詩が顔を青くする。

 

魏に来たというのに、相変わらず斗詩は苦労し続ける運命のようであった。

 

一刀は心中で斗詩に合掌してから2人の疑問に答えていく。

 

「一番かどうかは知らないが、厳しさはそのまま調練の内容のことだな。

 

 俺は一切妥協をするつもりが無いから、必然厳しくなる。だがまあ、それは後々のことを考えれば必要なことだからな。

 

 あいつらはその辺りをよく理解してくれている。そしてよく取り組んでくれている。そこは嬉しい限りだ」

 

「それでは、北郷さんが甘いというのは一体どういうことなんですの?」

 

「それはきっと、以前に華琳とした問答の内容を引き合いに出して言っているんだろうな」

 

「問答、ですか?」

 

言葉として疑問に出したのは斗詩だったが、残る2人も同じ様子。

 

別に話さない理由は無いので、当時を思い出しつつ一刀は華琳が甘いと評価する理由となるその問答を語り始めた。

 

「あれは今の隊が落ち着いてきた頃のことだったか。ある用事で華琳を訪ねたんだが、そこで火輪隊のことが話題に出た。

 

 そして、流れの中で隊の目指す先についての話に及んだんだ――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

―――――

 

 

「そんなに雑多に調練を行うの?隊の色を決め兼ねているのかしら?」

 

「いや、そうじゃないよ。かなり厳しいとは思うが、遠近両面で最低でも準熟練程度にはなってもらうつもりだ。

 

 それを為すために、真桜に未来の知識をふんだんに用いた武器の開発を急いでもらっている。

 

 元々が月のところの精鋭なんだから素地は十分出来上がっているさ」

 

真面目にそう返す一刀の表情は冗談を言っているようには見えない。

 

だからこそ、華琳は怪訝な顔を隠そうともしなかった。

 

そしてそれは発せられる声にも滲みだしている。

 

「随分と無茶なことをやりたいのね。いえ、今まさにやってるのだったわね。

 

 貴方達みたいな将にならばやろうと思えば出来るのかも知れないけれど、そうそう一般兵にまで出来るとは思えないわ。

 

 つまるところ、貴方が何を目指しているのか、見当もつかないわね。あの部隊だけで戦でもするつもりなの?」

 

「目指すところは決まっているよ。出来るだけ戦死者を出さないように。かと言って逃げ足をばかり鍛える訳では無い。そんな部隊だ」

 

「それこそ特化して突き抜けてしまった方が生き残りやすいのではないかしら?

 

 例えば春蘭や秋蘭の部隊はそれぞれ近接、遠距離戦闘に特化しているわ。それでも相互に助け合うことで生存率は各段に上がっているはずよ。

 

 私としても貴重な戦力を無駄に消費したくは無いのだし、変に偏った構成で軍を送り出すようなことはしないのだし」

 

華琳の言う事も尤もではあるが、一刀としてはもう少し別のことを見据えていた。

 

一刀が懸念していること、それは不測の事態における戦。

 

これからの大陸情勢次第では十分な準備はおろか、戦闘か回避かの判断すら間に合わないような事態が発生することもあるだろう。

 

そうなった時に事態に直面した部隊の生存率を左右するのは、指揮官の能力と部隊の総合力である。

 

この視点で見た時、特化型の部隊は脆弱な面が多くなる。

 

何より、一刀の作った部隊は御遣い直属と謳ってはいるが、前線での各種実験的意味合いを持たせて作った部隊なのである。

 

そのような事態の渦中に巻き込まれる可能性は魏で一番高いと予想出来た。

 

だからこそ、一刀は火輪隊の生存率上昇の為に遠近の総合的強化を図っているのである。

 

その考えを一刀が伝えると、華琳も納得を示した。

 

それでも合理主義的な面のある彼女には疑問が残ったようで、続けて一刀に問う。

 

「そうなった時は犠牲覚悟で他部隊との合流を図った方が幾分か効率的だと思うのだけれど?

 

 貴方の考え方ではその場に留まって戦うようにも聞こえるわ。それこそ無駄な戦死者を出すのではないかしら?」

 

「いや、華琳の言う通り、第一に他部隊との合流を目指すよ。それでも戦闘は避けえないだろう?

 

 敵に背を向けて逃げれば犠牲が出るだけ。正面から向き合って後退し続ける形を取れば、速度は落ちるものの、犠牲を抑えることが出来る。

 

 勿論、理想的に事が進めば、ではあるんだが」

 

「兵達皆が遠近両戦法に明るくなればそれが為せると?確かに将級の者が集まれば或いは、と私も思うわ。

 

 けれど、実際には違う。貴方も既に気づいているでしょう?どういうわけか、一般兵と将となれる者の間には穿ちがたい壁があるわ。どうしても、一般兵には限界があるの。

 

 それとも、足りない分は貴方一人で全て補うとでも言うつもり?」

 

「いや、そんなことは出来ない。それに、春蘭達には言ったことがあるが、この際華琳にもはっきりと言っておこう。

 

 俺は本来ならその一般兵側の人間だ。将たる膂力は備わっていない。あまり自分では言いたくないが、武術に関する技術が他よりも上だから渡り合えているんだ。

 

 一対一、あるいは少数ならともかく、集団においては無力でしかない」

 

「……そのことについても色々と言いたいことがあるのだけれど、でも、それが本当なのだったら尚更じゃない。それでもさっきのことに拘るの?」

 

一層怪訝そうな顔になる華琳だが、それも当然のことだろう。

 

だからこそ、一刀は部隊に望む理想を語る。

 

「あぁ。俺自身も含め、一人の力なんてたかが知れていることは勿論分かっている。

 

 だから俺はそういった状況になれば、いやそうでなくとも自分で守れるだけ、ほんの僅かでいい、周囲の者を守ろう。

 

 彼らが更に守れるだけの周りの者を守る。人間の力なんて小さいものだが、それでも小さいなりにそれくらいは出来るはずだ」

 

「まるでねずみ算ね。荒唐無稽とも言える。それは理想論だわ」

 

「理想だろうがなんだろうが、それが成し遂げられた時、その事は唯の”可能な事”に成り下がるんだ。

 

 重要なのは、”夢想”では無い、現実を正しく認識した”理想”を追い求めることだ。

 

 ”理想と言う名の夢想”は身を滅ぼすが、”求め得る理想”は人をより強靭にする。

 

 華琳。人にとって大切なのは”理想”を胸に抱き、それに向かって邁進することだと俺は思っている。

 

 ”理想”を追い求めることを止めれば、人の歩みはそこで止まってしまうだろうよ」

 

「…………」

 

一刀の語った内容に思うところがあるのか、華琳が沈黙する。

 

そこに追い打ちを掛けるかのように一刀は華琳自身に照らし合わせた事象を言い放った。

 

「華琳の覇道も言わば一つの”理想”じゃないか?

 

 今のままの国力でもそうだが、それを思い描いた時など尚更成し遂げられるものでは無かったはずだ。

 

 だが、それを為すためにあらゆる類の努力を厭わない。確実に為せるかも定かでは無いとしても。

 

 それでも絶えず地盤を積み上げ、今日に至っているんだろう?

 

 俺が今の部隊でやろうとしていることと何ら変わりない。規模と見据える結果が異なっているだけの話なんだよ」

 

「……負けたわ。そうね、貴方の言う通りだわ。

 

 けれど、相当に難しいことには変わりないわよね?彼らは本当に為せるのかしら?」

 

「ああ。だからその分調練は非常に厳しいものになっているよ。

 

 何も将みたいに八面六臂の活躍をしろってんじゃないんだ。意欲ある彼らならきっとやってくれるさ」

 

最後に試すような華琳の言葉にも一刀は当然のように返答する。

 

それを受けて華琳は思わず笑みを零してしまっていた。

 

「ふふ、甘いわね、一刀。大甘よ」

 

「まあ、華琳ならそう評価するだろうな、とは思ったよ。

 

 合理的で無いのは自分でも分かっているつもりだからな」

 

「ええ、全くもってその通りね。でも……

 

 そんな考え方も、案外嫌いじゃないわよ?」

 

「そうか。そう言ってくれると嬉しいよ」

 

いくら一刀が天の御遣いの名を冠し、華琳から同等のように扱われていても、立場的には魏国王たる華琳に仕えている身である。

 

その華琳の理解を得ることが出来て、一刀はホッと胸を撫で下ろすのだった。

 

 

―――――

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――と、こんな問答をしたことがあるんだ。

 

 華琳はきっとこの時のことを言ってるんだと思う」

 

「なるほど……華琳さんは一刀さんの思想に関して甘いと言ってらしたんですね。

 

 でも、それでしたら陣形調練でなく戦闘調練の方を見させてもらえればもっと分かりやすかったかも知れませんね」

 

一刀の語った内容をすんなりと理解した斗詩は感嘆の溜め息と共にそう言った。

 

確かに、と一刀も同意する。

 

どうやら猪々子は途中でこんがらがってしまったようで、頭上に疑問符が見えるような表情をしていた。

 

その一方で麗羽はというと、俯き加減に顎に手を当て、先程から何事かを考え込んでいる様子。

 

やがて徐に顔を上げると、一刀に視線を合わせきた。

 

「北郷さん、貴方は随分と定石から掛け離れたことばかりなさるんですのね。

 

 華琳さんも独自の手法を好む方ですが、それとはまた異質なものを感じますわ。

 

 貴方、奇策が好きなんですの?」

 

麗羽の疑問に対し、一刀は苦笑と共に答える。

 

「別に奇策しか使わないだとか好んでいるだとか、そういうわけじゃないよ。ただ、危険や失敗を恐れてばかりでは大きなことを為すには不十分なんだ。

 

 良くも悪くも、定石はそれらを小さくする代わりに得るものも大きくはなり辛い。それでは今の大陸のうねりを乗り切れるか分からない。

 

 だからこそ、俺がすること、しようとすることは今の定石を外れてしまうことが多々あるんだ」

 

「ですが、今までの歴史の中で安定して成果を上げてきたからこその定石ですわ。

 

 言うなれば堅い策。国力が充実しているのであれば、定石に従うことは当然のことではなくて?」

 

「確かに定石の策は安定はしている。だが、さっきも言った通り大きく得ることは難しい。

 

 麗羽はきっとこう言っているんだろう?現状、魏国の大きさを考えれば定石を辿れば問題無いだろう、と。

 

 残念ながらそれでは厳しい、いや、どこかで足元を掬われるだろう。何故なら、劉備の下にも孫堅の下にも優秀という言葉で収まらないような軍師が付いているからだ。

 

 彼女達に馬鹿正直な定石の策で相手をしてみろ。忽ちの内に返り討ちに合う可能性が高すぎて、余程有利で無い限りやりたくもないことだよ」

 

「それ程までに警戒すべき相手ですの?」

 

これだけ言って尚も釈然としない様子の麗羽。

 

それを見かねたのか、ここで横合いから斗詩が口を挟んだ。

 

「麗羽様。私達も連合の時に諸葛亮さんや周瑜さんを間近で見ているじゃないですか。

 

 桂花さんや零さん、他の魏の軍師さん達も皆凄い方ですけど、あの2人はもしかしたらそれ以上に凄いかも知れません。

 

 正直に申し上げて、私にとっては雲上の戦いですけれど」

 

「そういや、恋と戦ったあん時にいた関羽とか孫策、めちゃくちゃ強かったよな。

 

 恋の奴が化け物過ぎてあんまり分かんなかったんだけどさ」

 

「斗詩の言うことも猪々子の言うこともその通りだ。

 

 他にも軍師だったら龐統だとか陸遜、武将だったら張飛、趙雲だとか甘寧、周泰が要注意。そして何より得体が知れないのが孫堅。他にもまだまだいるだろう。

 

 何の因果か、この狭い時の中にこれだけの人物が集ってしまっている。しかも、魏が覇道を進むには彼女達を纏めて退けなければならない。

 

 定石の策では明らかに役者不足。ならば奇策に偏ってしまうのは仕方が無いのさ」

 

「…………戦力はこれ即ち数。そんな私の思想は北郷さんに粉々に打ち砕かれてしまいましたものね。

 

 斗詩さんや猪々子さんもこう言ってますし、北郷さんにもこうまで言われてしまえば、最早反論のしようも無いですわ」

 

完全に納得したかは定かでは無い。だが、一定の理解は示してくれたようである。

 

これまでの戦歴や言動からはあまり想像出来ないが、もしかすると麗羽には華琳や劉備と遜色無い資質が眠っているかもしれない。

 

そうどこかで思っているからこそ、一刀は最後に麗羽にこう語った。

 

「これから華琳と共に色々と仕事をする機会が多々あるだろう。その折々で華琳の考え方について考えてみるといい。

 

 麗羽は私塾で主席だったと言う話は聞いた。だが、私塾での内容は言わば基本事項と同義と考えるべきだ。

 

 それを知った上でそこから応用を考える。華琳はそれが上手い。近くで意識的に触れることで麗羽にとって得るものがきっとたくさんあるはずだ。

 

 麗羽ならきっと出来るようになるだろう。なんたって、あの”袁本初”なんだから」

 

「ふ、ふんっ!貴方に言われなくとも当然ですわっ!

 

 見ていなさい!今に華琳さんをも唸らせるような策をご覧に入れて差し上げますわ!

 

 おーっほっほっほ!!」

 

機嫌や調子が良い時に飛び出る麗羽の高笑い。

 

ここで出たそれは斗詩と猪々子にとって実に久しぶりに聞くものだった。

 

ほとんどお咎め無しの状態で魏に下ったとは言え、さすがの麗羽もどこか落ち込んでいるものだと思っていた2人。

 

その麗羽が以前のように戻って来始めたとあって、2人の表情には安堵が広がっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日のこと。真桜からとある報告が入った。

 

曰く、例の剣が仕上がった。確認に来て欲しい。

 

なんと、斗詩の調練が本格化してからわずか一月足らずでの出来事だった。

 

 

 

早速一刀は斗詩を伴って真桜の研究所を訪ねた。

 

扉を開けた一刀が声を掛けるよりも早く、真桜の声が上がる。

 

「来た来た!お、斗詩はんも来てくれたんやな!」

 

「そりゃそうだろ、真桜。斗詩の剣なんだから、斗詩が実際に振ってみなきゃそのままでいいのか細かい修正がいるのかも分からないだろう?」

 

「ああ、そりゃそうやな!ウチとしたことがうっかりしてたわ~!」

 

これ程早く完成したことが嬉しいのだろう、現在の真桜のテンションは相当高い状態のようだった。

 

そこに水を差すようで多少申し訳無さを感じながらも、話を進めるために斗詩が一歩切り出した。

 

「あの、それで真桜さん。その出来上がった剣というのはどちらに?」

 

「せやったな。今奥に置いてあんねん。ついでやし、そのまんま実験場行こか。

 

 ウチが持ってくさかい、お2人さんは先に行っといて~」

 

「ああ、分かった。それじゃお言葉に甘えて先に行っているとしようか、斗詩」

 

「は、はい」

 

魏に来て一月とは言え、普段この研究所には来ることが無い斗詩である。

 

勝手知ったる様子の一刀に従う他無い状況であった。

 

真桜の言った実験場。名前からものものしい雰囲気の場所かと警戒しつつ歩を進めた斗詩は、しかし行き着いた殺風景な空間に別の意味で驚きを隠せなかった。

 

極端に言えば試作品を動かしてみるだけの空間に余計なものはいらない。それが研究所員の総意なのであった。

 

一刀達が着いてまもなく、真桜も姿を現す。その手には確かに二振りの剣が握られていた。

 

「おまっとさん。ほい、これが斗詩はんの新しい剣や!」

 

「こ、これが……」

 

差し出された剣を恐る恐るといった風に受け取る。

 

そのまま構えるでもなくマジマジと見つめ続けていると、剣についての真桜の説明が耳に届いた。

 

「重さは頑丈にせなあかんかった分、直剣の方がちょっと重なってもうたわ。けど、そこまで違うわけとちゃうから大丈夫やと思うけど。

 

 あと、もう一本の方やけど、一刀はんの言っとった通り、普通の剣に比べるとちょっと脆いみたいやわ。

 

 んでもまあ、ウチらの技術を総結集させて作り上げたもんやさかい、そんじょそこらの武器程度には負けんけどな!」

 

「それが本当なら十分すぎる位だ。さすがだな、真桜。

 

 さて、どうだ、斗詩?使用感に違和感が無いか?」

 

「あ……ちょ、ちょっと待ってください」

 

一刀に問われたことで今すべきことを思い出し、慌てて素振りに移る。

 

幾度か数種類の素振りを試した後、斗詩は笑みを浮かべて返した。

 

「凄くしっくりきます!重さも申し分ありません!」

 

「良かった。それは何よりだ」

 

「あの、それで……この剣は一体……?」

 

斗詩の左手に握られた剣。それは普通の直剣とは明らかに異なるものだった。

 

刀身が波打った特殊なその形状。その剣の名は――

 

「”フランベルジュ”。とある国の言葉で炎を意味する言葉から付けられた名だ」

 

「炎、ですか……確かに、刀身がまるで燃え盛る火炎のようで……綺麗です」

 

「そうだな。フランベルジュは美術品としての価値が高かった。だが、その見た目とは裏腹に、中々残酷な剣でもある」

 

「ざ、残酷……?」

 

「ああ。その刀身の特殊な形状。それが故に斬り付けた相手の肉まで切り裂き、治り辛い傷を作るんだ。

 

 手数が多くなくとも深手を負わせることが可能な代物だ。これを用いた二刀流の型をものに出来れば、大概の将と渡り合えるだろうと思っている」

 

「そんな剣だったんですか。だからあの時、あんなことを聞いてきたんですね……」

 

説明を聞き終えた斗詩は目を瞑り、何事かを考え込む。

 

それはかつて一刀が斗詩に問うた覚悟の内容を思い起こしているのか。

 

やがて目を開けた斗詩の瞳には、新たな覚悟がありありと刻まれていた。

 

「ありがとうございます、一刀さん、真桜さん。私、この剣を使いこなせるように、これからも頑張っていきます!」

 

「ああ、期待しているぞ」

 

「手入れとか困ったらいつでも言ってぇな。製造者として責任もって整備したるさかい!」

 

「はい!」

 

斗詩の新たな武器と型、その両方が遂に揃った瞬間だった。

 

立ち回り方に関して一刀に一案はあるものの、最終的にどういった工夫を為していくかはこれからの斗詩次第。

 

元来の性格かはたまたこの世界の将であるが故か、斗詩の飲み込みは非常に早く、この一月弱の間に基本となる動きは十分身に付いている。

 

あとは実際に仕合をこなしていく中で斗詩が見つけるしか無い。

 

勿論、その為の協力は決して惜しまないことを既に一刀は決めていた。

 

「あ。そう言えば真桜さん、この剣の名前って何というんですか?」

 

「あ~、それなぁ。一応考えてみた名前はあるんやけどな。なんやもうちゃんとした名前あるんちゃうの?

 

 さっき一刀はん言ってはったやろ?腐乱どうたら言うの」

 

「あれはこんな形状の剣全般を指しての名称だよ。だからこの剣単体の名前も製作者として付けてやるべきだと思うぞ?」

 

「ん~、せやったら言ってまうわ。ウチが考えた名前ってのがな、斗詩はんの左手のんが”炎天”、右手のんが”活奪”や!

 

 左の方は図面見てパッと思いついたわ。右の方は一刀はんから聞いた戦い方から付けてみてん。

 

 んでもまぁ、これはウチの仮決定のもんやし、斗詩はんの方で変えてくれても全然構へんで」

 

「い、いえ!真桜さんの決めて下さった名前でいいです!いいんですが……

 

 あの、一刀さんの仰った戦い方、というのは?」

 

「ああ、それか。ん~、そうだな……」

 

一刀としてはこの話は次の鍛錬の時にでもしようと思っていたものだった。

 

だが、話の流れから考えると今話すべきなのだろうとも思う。

 

注釈でも入れておけば問題は無いか、との結論に行き着き、一刀は自身の考えを斗詩に話す。

 

「真桜も言ってたが、”炎天”は構造的な問題から通常の刀剣に比べて脆いものだ。

 

 そこらの剣には負けない、と真桜は言っていたが、それでも名を聞く将の武器と真正面から打ち合えば、場合によっては呆気無く折れるだろう。

 

 その為、それを防ぐ手段として考えた基本的な戦法では、右手に持つ”活奪”を主として防御に用いる。

 

 そこから流れを作れるならばそのまま”炎天”で、難しいならば”活奪”を主として敵の攻撃を捌き続け、疲弊から出来る隙を待つ。

 

 短時間で勢い付くには不向きな戦法だが、捌き方さえ分かっていればそうそう不得手な相手のいない戦法となるはずだ。

 

 尤も、これは選択肢の一つだ。”炎天”の脆さは必ず考慮に入れてもらう必要があるが、斗詩が最もやりやすい戦法を取ればいい」

 

「なるほど……随分とクセのある武器なのですね。

 

 ……ふふ。どうも私はクセの強い人や物に余程縁があるみたいですね。

 

 改めまして、ありがとうございます、一刀さん、真桜さん。”炎天”と”活奪”、ありがたく受け取らせて頂きます!

 

 必ずや、近いうちに使いこなしてお見せします!」

 

「ああ、その意気だ。だが、あまり気負い過ぎないようにな」

 

僅かに苦笑気味になりつつも、斗詩がすんなりと受け入れたことに安堵していた一刀だった。

 

 

 

その後、真桜から剣についての注意を二、三受けた後、この場は解散の運びとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後の早朝、外から城へと歩いてくる人影が一つ。

 

日課の早朝鍛錬をこなして帰ってきた一刀である。

 

水を飲もうと井戸へと赴けばそこに流琉の姿を認めた。

 

「やあ、流琉。おはよう」

 

「あ、兄様!おはようございます。いつもの鍛錬に行かれていたのですか。

 

 今日は一段とお早いのですね。いつもお疲れ様です」

 

「そういう流琉もいつもより早いんじゃないか?大変じゃ無いか?」

 

「いえ、そんなことはありませんよ」

 

話しながらも流琉は瓶に水を汲んでいく。

 

どうやら厨房用の水を汲みに来ていたようだ。

 

「今日は偶々いつもより早く起きてしまったからな。折角なんで時間を早めたんだよ。

 

 流琉の方はどうしたんだ?あ、瓶持つぞ」

 

「あ、そんな!悪いです、兄様!」

 

「いいからいいから。それで、どうなんだ?」

 

半強制的に厨房用の水を満杯に入れた瓶を持ち上げた一刀に対し、恐縮したような顔を見せる流琉。

 

だが、一刀のこういった気の利かせ方には流琉もすっかりと慣れたもので、すぐにいつもの愛らしい顔に戻った。

 

「私はいつもこの位の時間には起きてますよ。お食事の下準備にそれなりの時間を使いますので」

 

「ん、そうなのか……なぁ、流琉。いつも朝早くにご飯を作ってくれるのは嬉しいが、やっぱり大変だろう?

 

 いつもこの位の時間に食べるのは俺だけみたいだし、他の皆に合わせて時間を遅らせてもいいんだぞ?

 

 そうすれば流琉も朝もう少し休めるだろう」

 

「いえ、それでは――――」

 

「あら、一刀は私にも食事を我慢しろと言っているのかしら?」

 

丁度食堂の入り口に差し掛かった辺りで2人の会話に突如横槍が入った。

 

とは言え、流琉はその人物がいることを知っていたし、一刀もこの程度では驚かないため、至極冷静に対応する。

 

「なんだ、居たのか、華琳。随分早いんだな」

 

「ええ、ちょくちょくこの位の時間に来るのよ。今まで貴方と会わなかったのは偶々でしょうね」

 

「桂花達もこの時間に来ることがあるのか?」

 

「いいえ、まず私くらいのものよ。どうにも深く眠れないのよ。最近特にね。仕方が無いとは言え、もう慣れたわ」

 

言いつつ軽く頭を押さえる華琳。

 

その様子を見て一刀は華琳の頭痛持ちを思い出した。

 

秋蘭に初めて聞いた時はあまり深刻に受け取っていなかったために忘れていたのだった。

 

しかし、今は取り敢えずそれは置いておくことにして、流琉に関する話を進めることにする。

 

「それじゃあ、この時間に食べるのは俺と華琳位なわけだ。たった2人のために流琉にいつも早朝に起きてもらうのは悪いと思うん――――」

 

「そ、そんなことないです!!」

 

「る、流琉?」

 

突然大きな声を上げた流琉に若干ならず驚く一刀。

 

それに構わず流琉は勢いに任せて自身の考えを捲し立てた。

 

「私は元々料理人ですから、朝早くからの仕込みなんて慣れっこです!陳留の飯店で働いていた時もやっていたことですし。

 

 それに、華琳様と兄様に美味しく食べて頂けるのであれば、それだけでも私にとっては嬉しいことなんです!」

 

「……だそうよ、一刀?」

 

クスクスと含み笑いを漏らしながら華琳が一刀に確認を取る。

 

一刀としても流琉本人にこうまで言われたとあっては引き下がるしか無かった。

 

「流琉がそこまで言うのなら、もう言わないことにするよ。だが、これだけは言っておく。

 

 無理はするなよ」

 

「はい!」

 

満面の笑みで元気よく返事する流琉の頭を撫でてやる。

 

華琳もまた微笑ましげに眺めてはいたが、やがて流琉に声を掛けた。

 

「それで、流琉?そろそろ朝食を用意してくれるかしら?」

 

「あ、す、すいません!ただいま!」

 

流琉は慌てて厨房へと向かい、可能な限り急いで朝食を作り上げる。

 

さすがにそこに一刀が手伝えることは無く、華琳と他愛ない世間話をしながら朝食の出来上がりを待っていた。

 

すぐに完成した料理を手に流琉が戻ってくる。

 

「お待たせしてすみません。ご朝食、出来上がりました」

 

「ええ、ありがとう、流琉」

 

「ありがとう。流琉も一緒に食べないか?」

 

「えっと……いいんですか?」

 

「私は構わないわよ」

 

「それでは。兄様、隣失礼します」

 

再び3人が集い、早朝の食堂に楽しげな会話の花が咲く。

 

それは食事が終わった後も続く。

 

その流れの中で、華琳から斗詩の新たな武器の話が飛び出した。

 

「そういえば一刀、聞いたわよ。斗詩に新しい武器を作ってあげたそうね。

 

 また随分と特殊な代物だって噂が走っているわよ?」

 

「さすがに耳が早いな。真桜に作ってもらったんだが、いつものことながらあの技術力には驚かされるよ」

 

「全く同感ね。あの娘がいなければ私の覇道ももっと遅れていたかも知れないわ。

 

 自分の配下ながら恐ろしいものね」

 

「本当にな。

 

 それにしても、これで斗詩もまた独特な型になるな。考えてみれば、魏には独特な型の武官が本当に多い。

 

 真っ当な型の武官の方が少ないんじゃ無いか?不思議なことだが」

 

「貴方ね……その代表格の貴方がそれを言うの?」

 

若干呆れ気味な華琳の言葉に一刀は首を捻る。

 

「俺の型は別に独特でも何でも無いだろう?」

 

「貴方、兵たちが自分についてどう言っているか、知らないの?」

 

「兵たちが?」

 

一層首を捻る一刀にその内容を教えてくれたのは隣の流琉であった。

 

「えっと、兵の皆さんは時折将の真似事をすることがあるらしいのですが、兄様の真似事だけは誰も出来ない、との噂を聞いたことがあります。

 

 兄様はいつも防御に受け流しというのをされてますけど、きっとそれのことかと」

 

「それにしても、単に技術の問題なんだが……」

 

「貴方、相変わらず自分の評価がズレてるわね。

 

 いい?貴方にとってはただの技術の問題だとしても、大陸の者にとっては特異な力にしか見えないということよ。

 

 あまり自己評価が低すぎるのも良くないわよ?」

 

「でも、そんなところも兄様らしいです」

 

「ま、確かにそうね。とにかくそういうことよ」

 

「……真摯に受け止めておこう。基本的に流琉や梅達を相手にしているから、知らず将を基準にしていたのかも知れないな。反省だ。

 

 っと、もう太陽が随分と高くなったな。そろそろ今日の仕事の準備にかかるとしよう」

 

「あら、そうね。それじゃあ、私も行くわ」

 

「流琉、ご馳走様。いつもありがとうな」

 

「いえ、私のお仕事ですから。今日も頑張ってください、華琳様、兄様」

 

楽しいお喋りの時間は終わりを迎え、各々この日の仕事に向かう。

 

いつものとはほんの少しだけ違った光景ながら、いつも通りとも言えるような朝の風景であった。

 


 
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