~ノルド高原 ノルドの集落~
「はぁ………」
ステラはため息を吐いた。それは何に対してのため息なのかは……ステラ本人にしか解らないことではあるのだが。すると、草を踏みしめる足音に気付いてステラが振り向くと、そこには先日色々とあった対象―――リィンの姿であった。
「え……リィンさん?」
「大丈夫か、ステラ?その……ちょっと顔色が悪そうだが。」
「……その、ちょっと食べ過ぎたみたいで……リィンさんもですか?」
「まぁ、そんなところだと思ってくれ。何を悩んでいるのかは解らないけれど……ステラ、上を見てみなよ。」
「上、ですか?………あっ」
自分自身の事は鈍感なのに、他人の様子に対しては機敏なリィン。その言葉にステラが顔を上げて空を見ると、そこには満天の星空が広がっていた。明りが多い帝都ではなかなか見ることのない星の海に、ステラは感動を覚えるほどであった。
「凄い、ですね……ヘイムダルでも、こんな風景は見られません。」
「ああ。昨日は疲れちゃったし、気付かなかったけれど……やっぱりすごい場所なんだなって思うよ。」
便利な明りがないという不便さ……だが、その明りがないことで見えてくるものもある。現に、こんな星空を今のヘイムダルで見ることはほとんどないであろう。そんなこんなで、リィンとステラは仰向けになり、星空を見上げるように……その中で、ステラが口を開いた。
「―――薄々は気付いているかもしれませんが、私もこの国の皇族……現皇帝であるユーゲント陛下の血を引いています。他人行儀みたいな言い方は違和感がありますけれど。」
「そうだったのか……オリビエさん……いや、ステラがオリヴァルト皇子殿下のことを兄と言っていたから、そうなんじゃないのかって思ってたけれど。でも、聞いたことがないんだよな。ステラのこと。」
「それもそうでしょう……私の母は平民ですから。」
「えっ」
ステラの出生―――皇族であることはリィンも知っていたのだが、『ステラ・レンハイム』という人間は学院に来てから初めて知ったことだ。それに対してステラは当たり前であるとでも言いたげにしつつ、続きを話し始めた。
「母は……私や兄上が政争の具に使われることをひどく嫌っておりました。この国において身分は最も尊重されるべきもの…父も母の意見を尊重して、何不自由ない生活を送っていました…ですが、周りの人間はそれに納得できませんでした。」
あくまでも一人の人間として幸せに生きてほしいという母親の願い……だが、アルノールという血筋は彼女の願いを無残にも打ち砕いた。
「十二年前……私の母は何者かに連れ去られ、私と兄は間一髪で当時のリューノレンス伯爵閣下とヴィクター子爵閣下に助け出されました。そして、“百日戦役”が起き……その約五ヶ月、母は帰らぬ人となりました。」
「……そうだったのか。」
「ですが、父様はそのことをひどく後悔し……母の願いを最大限に尊重して、私を皇族の侍女としてかくまっていただくこととなりました。そして兄上は……母の言葉を重く受け止め、自ら皇族としての教育を受けることとなったのです。『自らを守れるだけの力』を手にするために。」
そう言ってステラは静かに目を閉じる。あの時の記憶は十二年という長い月日の中で一番克明に覚えている記憶。自分を愛しており、育ててくれた母がいなくなり、二度とその声を聞くことも叶わなくなったあの日。
『お兄様、悲しくないんですか!?』
『悲しいさ。だが、慰めている妹の前で泣き顔は見せられない。フフ、兄ながらの意地みたいなものさ。』
今も昔も明るく振る舞う兄が母の亡骸の前で妹に涙を見せまいと必死に堪え……その後、一人自分の部屋で泣き崩れていた様子を、彼の親友と一緒に沈痛な面持ちで見ていたあの時。
『済まない……私が不甲斐なかったばかりに、お前たちの母を……プリシラと同じぐらい愛していた彼女を……』
『あなた……』
そして、自分の父親や義母―――皇帝と皇妃のその姿も……ステラにとっては、忘れられない記憶。そんな記憶を思い返しつつも、ステラは目を開き……リィンの方に視線を向けた。
「ですが、きっと私もまた無関係ではいられなくなる……覚悟は承知の上で、兄や父様に直談判し、私も武術や学識を学び……最近では、皇族の勉強もし始めています。」
「凄いな……でも、ステラはなぜ士官学院に?それこそ女学院への進学もあっただろうに……」
「それだと武術の勉強ができませんから……それに、皇族はトールズに入るのが習わしですので、渡りに船だったんです。まさか、特科クラスに配属されるとは思っても見ませんでしたが。」
そう言って苦笑を零すステラ……ふと、彼女は上半身を起こす。それにつられるようにリィンも上半身を起こした。
「………リィンさんにしてみれば、初めてなのかもしれませんが、私は一度お会いしていますよ。」
「え?………あ」
ステラにそう言われ、リィンは記憶を辿ってみる……そして、ステラとは確かに初めて会ったのは……この学院ではないことに改めて気づいた。それは、昨年の年明け頃……皇族主催のパーティーのことであった。
「あの時のリィンさん、大人気でしたよね。本当に嫉妬しそうな位でしたよ。『何ですか、あの女たらしは』って。……その後で助けていただいて、私も陥落させられましたけれど。」
「いや、俺は普通に助けただけなんだけれど。」
「酔っぱらっている貴族相手の前に出て、『女性を困らせるのは貴族の風上に置けない』とか言って、ねじ伏せていたじゃないですか。」
「あの時は少し酔っぱらっていたから……それと、今回の事は委員長とリーゼロッテに頼まれたからな。」
実は、少し酔い気味のユーゲント皇帝の命令に背けず、リィンも少しばかり酒を飲まされたらしい。それで、何かのタガが外れ、遠慮がちであったダンスの誘いも積極的にこなし……そして、酔っ払いに絡まれていたステラを助けるため、貴族を八葉の『無手』の技でねじ伏せていたという顛末であった。
「普段はあまり踊らないんだ。何せ、その度に妹――エリゼやソフィアが拗ねるからな。」
「成程。……まぁ、誰かに言われないと自分を好いている相手の機敏に気付けないのは、些か問題ですよ?」
「善処はするよ。……でも、ステラはいいのか?その、俺に……」
「ふふっ……んっ……」
「!?」
話は戻るが……皇族と言う身分でありながら、貴族の養子であるリィンの事をそんなにも好いているのか、と。その問いにステラは笑みを零し、リィンの唇に自分のものを重ねる。これにはリィンも目を見開きつつ、特に嫌がることもなくステラがしたようにさせてあげた。そして、唇が離れると……悪戯が成功したかのようにステラが笑みを零した。
「女の子というものは、身分に関係なく……好きな人の為ならば、色んな事も努力する生き物なんです。私だけでなく、エリゼも、ラウラも……リィンさんは、自分がいつもどんなことをしているのか自覚するべきだと思います。」
「え、えっと……努力はするよ。」
「………私の本当の名は、まだ教えられません。ですが、その時が来たら……ということでお願いします。そういえば、自由行動日とかはよく生徒会の手伝いをしていますけれど……ひょっとして、以前ケルディックで言っていた『自分を見つける』ということに繋がるんですか?」
いずれ必ず明かす……そう言って、ステラは返した後……ふと、リィンが自由行動日に生徒会の手伝いをしていることに対して疑問を感じ、リィンに尋ねた。
「はは、まだまださ。“自分”から逃げてるようじゃ。」
「え…………」
「前に格好つけた言葉を言ったけど……本当は、ただ逃げてるだけじゃないかって不安に駆られる時がある。家族からも――――自分自身からも。」
リィンがこの学院に来た理由―――それに関わるリィンにしか解らないこと。己の内に抱えるものに対して……最近擦れ違うことが多い妹に関してもだ。
「その、ご家族とあまり上手く行ってないんですか?」
「いや、血は繋がっていなくても両親とも俺を慈しんでくれている。エリゼの双子の妹のソフィアとは最近すれ違いが多いけどまあ、仲は悪くはないと思う。全部……俺自身の問題なんだ。」
リィンの内情に抱えるもの……それとなく察し、ステラはこう述べた。
「―――でも、そういう風に言えるってことは……多分、前に進めるきっかけが掴めたってことでしょうか?」
「!」
「ふふっ、貴方が言いそうな言葉を敢えて言ってみました。いつも、どれだけ恥ずかしい言葉を臆面もなく言ってるか…………少しは自覚するといいんじゃないでしょうか?」
「はは……―――参った、一本取られたよ。そうだな、俺も少しずつ前に進んで行けるんだよな。学院に入って、Ⅶ組のみんなや同級生や先輩達と出会えて……―――こんな風にみんなと同じ時間を共に過ごすことで。」
ジト目のステラに見つめられたリィンは苦笑した後、今までの出来事を静かな笑みを浮かべて思い出し……彼女を見つめた。
「ええ、きっとそうです。この特別実習だってきっと私達の糧になります。ですから―――――こんな風に“みんな”と…………?」
リィンの言葉に笑みを浮かべて返すステラであったが……そこで、リィンの言葉にふと引っ掛かりを感じ、首を傾げる。そこに聞こえるのはわざとらしい咳払い。
「あー、コホン。」
「えっ………」
驚くステラが見た光景は……二人の様子を生暖かく見つめているⅦ組のメンバー―――アスベル、ガイウス、ユーシス、アリサ、エマ、リーゼロッテであった。
「あ、あはは……中々戻ってこないので心配してきたのですが……」
「どうやらお邪魔だったみたいね。もう少し空気を読むべきだったかしら?」
「そうかもしれませんね。」
「フフ……」
「い、一体いつからいたんですか?」
苦笑を浮かべている女性陣と笑みを零しているガイウスに対し、ステラは冷や汗をかきつつ尋ねた。すると、ユーシスから解りやすい言葉が返ってきた。
「『―――でも、そういう風に言えるっていうことは……多分、前に進めるきっかけが掴めたってことでしょうか?』」
「や、やめてくださいよぉ!!」
これには流石のステラもいつもの表情ではなく、慌てた様子で軽く泣き顔の状態をしつつ悲鳴を上げた。
「ふふっ……そんなに恥ずかしがらなくても。思わずジンと来ちゃいました。」
「ああ……悪いとは思ったが、良い場面に立ち会わせてもらった。」
「クスクス、滅多に見られない場面を見せてくれてありがとうございます。」
流石にアスベルとリーゼロッテは、これ以上ステラを追い詰めるのもかわいそうなので、敢えて笑みを零しつつも喋ろうとはしなかった。だが、時既に遅し。
「うぅ………納得いきません!こうなったら、皆さんにも恥ずかしい青春トークを披露してもらいます!!特にアリサさん!アスベルさんとの出会いとかを全部喋ってもらいますよ!!」
「ええっ、何でよ!?」
「フッ、その件に関しては俺達も是非聞きたいな。」
「フフ、そうですね。もしかしたら聞きごたえのあるエピソードになるような内容かもしれませんね。」
「折角だし、そういうのは聞いておきたいですね。」
「ちょ、ちょっとぉ!!」
退路は既に断たれていた……ステラの無茶ぶりに同調したユーシスとエマ、リーゼロッテによりアリサも軽く涙目になっていた。その相方はと言うと……
「いいのか?」
「全部は喋らないというか喋れないしな。ガイウス―――ここに来るのは、初めてじゃないけれど……本当にいい場所だな。」
「………確かに。」
「ああ……そうだろう?」
リィンやガイウスと静かに満天の星が煌く夜空を見上げていた。
ちなみに、その後の顛末はと言うと……
「はぁ………」
「お疲れ様。」
アスベルとの出会いを根掘り葉掘り聞かれ、グッタリした様相のアリサに対してその苦労をねぎらうアスベル。そして、それを生暖かく見つめていた周囲の面々であったのは言うまでもない。
ステラの本名があまり知られていない理由はこんな感じです。
兄があんな感じであったので逆に目立たなかったというのもありますが。
で、前話で出したメイドさんですが……ある意味ネタバレしているような存在です。
何でって?……これ以上は何言っても更なるネタバレなので、ノーコメントと言うことで
書いてて思ったのですが、原作のⅦ組の(本当の)母親いない率高いです。少なくとも
リィン(死亡の可能性大)、マキアス(死亡の可能性大)、ユーシス(死亡)、ラウラ(死亡)、フィー(死亡の可能性あり)、エリオット(死亡)、クロウ(死亡)
男尊女卑に見えるのは私だけでしょうか……こう書くとキャラが死んだように見えてしまう(コラ!!
あと言わなければいけないことがあります……前作の最終回の結社絡みとルドガーのエピソードの一部分は『なかったこと』になります。アレは元々、パワーバランス云々言われた最たるものなので、私としては妥協の産物でもあり、不本意で書いたものです。単純に悪意のあるキャラは原作だけで十分ですので。出すんだったらネタにもなるキャラの方がいいですし(マテ
次回ですが………唐突にオリキャラです。そして、その場面もお察しください。
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第57話 紅の血の宿命