おっさんの故郷を出立した俺達は何事も無く冀州を抜け、青州へと入っていた。
公孫賛への使者として向かわせた梟の二人は、どうせ無碍にあしらわれるだろうという俺達の予想に反して公孫賛自身がいる城に入城を許可され、直々とはいかないまでも茉莉の書簡を渡すことに成功した。最悪討ち取られる可能性もあった梟の二人とは無事青州で合流を果たし、公孫賛の返事が嗜められた書簡を受け取ると皆で読むことになった。
「えーっと? ……『貴殿らの警告、有難く受けよう。この事実が真だった場合、我らは恩を借りる事になるだろう。だが貴殿らの名、罪から鑑みて、容易く信用する事は出来ない。連合を苦しめたその知勇、我らを混乱させる為だけに使われたとは思えぬが故、此度の恩、貴殿らの名を明かさぬことで返させて頂く』と。なんともまぁ劉備と共に居ただけはある思考だな」
対外的に漏れたとしても問題がないようにしたのか、やたら堅苦しい言葉遣いの割に個人を特定する言葉は一切なかった。わざと司馬の名を使った意味は分かってもらえたようだな。
要点をまとめてしまえば、全体的に信じる要素はないけど私はその警告を信じると。誰からのタレコミかは口外しないよってことだ。
その甘さを残して、よく今まで生き残ってこれたなと思う。まぁ、公孫賛が司馬の名を明かした場合、もう少しだけ群雄割拠の時代の到来が遅れただろうから、どっちがこの世界にとって良かったのかは知らんが。おかげで無駄に追われる可能性が下がっただけでも御の字か。
「善意の協力者と捉えているように読み取れますが、本質は公孫賛本人に聞いてみないと分かりませんね」
「……たとえ情報を信じたとして、袁紹の馬鹿みたいな大軍に勝てる要素なんてあるのかしら」
詠の疑問はもっともだ。
戻ってきた梟達からは公孫賛の書簡とは別に新たな情報もあった。
それが袁紹十万の大軍。全て幽州へと侵攻している軍勢だ。
幽州から戻ってくるついでに周囲への聞き込みと、遠くからだが目視で大軍を確認してきたという。出来た部下というか無茶が過ぎるというか。無事に帰ってきたのだから俺からうるさく言うことはしなかったが、それでも梟に属している愛李からは一週間みっちりと特別訓練をするという罰を受けていたな。愛李も最初の頃に比べて馴染んできている証拠か。
「それは俺達の知ったこっちゃないな。警告はした、それで負けましたっていうのなら、公孫賛は群雄割拠の時代には不釣り合いだったってことなだけだ。それに俺達も他を気にしている余裕はないしな。冀州を抜けたからってここはまだ徐州じゃない。そもそも劉備が受け入れない可能性もある」
劉備が徐州の州牧になったことは商人ネットワークを経て知っている。ただ、それだけだ。
その後の内政がどのようにいっているか、反乱の起きる気配はないかなど、詳しい情報は知らない。
行く先々に梟を先行させてはいるが、それでもまだ徐州へは手を伸ばせていない。青州には帝失脚から暗躍する諸侯が数多くいるという情報を得ている。油断はできない。
「ま、難しく考えても結論なんて一緒だ。今出来る最善を尽くすしかない、そうだろ?」
色々と考えて深みにハマるんじゃまるで意味がない。どうせ行き当たりばったりの旅だ、なるようにしかならないだろ。
「……はぁ、時折アンタのお気楽さに呆れるわ」
「へぅ……詠ちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ」
「ふふっ。それでこそ君らしいと思うけどね」
対する返答は三者三様。華煉の俺らしいっていうのは褒め言葉なのかね。
「ひとまず先に進もう。そろそろ先行させてた梟達も帰ってくる……と、丁度だったか」
駆け寄ってくる足音に気付いて音がした方を向けば、華雄と月に驚愕と疑問の表情を向けられた。
「そんなわけが……」
「……そんな音なんて」
ぼそぼそっと言った声は聞こえてるぞ。それに想愁もまたかみたいな顔をやめろ。
「いっづ!」
いつの間にか想愁の真横に立っていた茉莉が踵で想愁のつま先を踏んでいた。ナイスだ。
俺の心の声に気付いたのか視線に気付いたのか、たぶん視線に気付いたんだろう。茉莉は一礼をして何事もなかったかのように俺の横に来た。
「皆さん、梟がお帰りになりましたよ」
ようやく皆の視線が俺が向いた先へ向けられた。
「報告! 進行先の街にて戦闘を確認、現在も継続中。襲撃しているのはおそらく黄巾党の残党と思われます」
「大きなうねりに流された馬鹿共か……」
直立し淡々と告げられた報告に苦い思いをした。やはりまだ黄巾党は滅んでいなかったか。それも近衛ではなく追随しただけの不埒者が。
「どうする、と聞くまでもないか」
烈蓮の言葉に無言で頷き返す。
無意味に、人に仇なす者に生きている必要は、無い。
それが遠くの地でのことなら無視しただろうが、行く先にいるのなら蹴散らすだけだ。
「邪魔者は消しましょうか。そして久しぶりにちゃんとした宿で休みましょう」
茉莉の言葉に皆異論はないようだし、行くとするか。
街から大体二里ほど手前で俺達は一旦止まった。
ここから先は戦場だ。せっかく逃げ延びた彼女には似合わない場だ。
仲間外れと言われると言葉は悪いが、例え思っても口にはしないだろう優しさにここは甘えさせてもらうか。
「月、詠、音々、恋、華雄は少し離れたところで待機していてくれ。掃除は俺達がやる。行くぞ」
「……分かった」
「了解した」
襲撃されている街の様子はさらに事前に放った梟により得ている。
襲撃者は報告通り黄巾党の残党共。そして街の主は孔融とのことだが、どうやら姿が見えないらしい。
逃げたのか、もしくは籠城でもする気なのか。……前線をたった一人の将に任せて。
どうにか城内への侵入を許していないのは一人の将が支えているからだ。顔も名も分からないが、数で圧倒する残党共をどうにか抑えるなど並大抵の者が出来るわけがない。それをまるで使い捨てのように使う孔融に怒りを感じる。
例え本当の理由が見当違いの答えであっても、そうと感じずにはいられなかった。
約一名を除いて了解を得たところで愛李と想愁が先頭を走った。
東西南北に設置されている門は全てこじ開けられている。開いていないのは城へと続く正門のみ。街の中にも狼藉を働く者がいるだろうが、正門にこそ主力陣が固まっているのは明白だ。
街の安全の確保に梟の全てを放ち、事後処理に莉紗を残す。よって梟の命令系統は一時的に莉紗が最高官となった。それに誰も異議は唱えず、スムーズに制圧へと向かう。もちろん愛李と想愁も梟と同じく街の中に向かっていく。
愛李と想愁が抜けた穴には烈蓮が入っていた。
正門までの道のりで邪魔をする者は、尽く彼女の古錠刀の錆になることさえ叶わずに斬られていく。たった一人の虎が開けた穴を茉莉が通りやすいように補強する。俺がしたのはせいぜいがそれぐらいだ。
ものの数刻もしないうちに開けた場所に出た俺達が見たのは、血塗れになりながらも最後の門を背に孤軍奮闘する少女の姿だった。
突然の乱入に少女も黄巾党の残党も再包囲をするわけでもなく動きを止めたまま。好都合だな。
やはりというか、少女の周りには味方と呼べる者はいない。いくつか兵らしき者も地に伏せているが、どれもが致命傷を負っていた。どう見ても生き残っているのは少女だけ。
それでも驚愕から即座に立ち直り、近場にいた敵兵を二人ほど手にした矢で切り伏せたのはさすがだ。
烈蓮も俺達と少女の間に呆然と立っていた男の頭を斬り落とし、ようやく少女の全身がさらけ出された。
見た目からして小さい、愛李といい勝負が出来る身長。だが女性の特徴とも言うべき所には明らかな優劣が見て取れた。なんだと言えば、大きいな、とだけ言っておこう。表情はおかっぱで隠されていて伺えないが、直前の思考の最中に殺気が倍増したように感じるのは気のせいじゃないだろうな。
相当な疲労が溜まっているのは大きく上下する肩を見れば分かる。いつから戦っているのか定かではないが、手に持つ武器からおそらく弓兵だろう目の前の少女が高所という有利を捨て門の前で奮戦しているぐらいなのだから想像するだけでも嫌気が差してくる。
それでもよく保たせたと評価するべきだろうに、その評価を下す者がどこにも見当たらないというのはどういう領分なのか。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃないか。
三人を切り伏せたとしても、見渡す限り敵、敵、敵。ここに来るまでに見た感じだと数百はいるかもしれない。幸いなのは門を背にして戦えば背後は気にしなくてもいいということだけ。
つまり俺と烈蓮にとっては問題ない。
これ以上壊されれば宿に泊まるどころの話じゃなくなる。悪いのは街を襲ったお前達が悪いってことで、掃除を始めようか。
「加勢するぞ」
「……いらない」
即答……ま、そうなるわな。敵の敵が味方とは限らんが、せめて自分の状況を見極めてから判断したほうがいいな。
「ならそこにいればいい。俺達は勝手にやるよ」
「……いきなり現れて何を勝手言ってやがる!」
うるせえよ。お前はお呼びじゃない。
覆いかぶさるように剣を構えて迫ってきた巨漢を、袈裟懸けに抜き放った華煉特性の剣で真っ二つにする。もちろん血飛沫なんて浴びたくもないから、数歩踏み込んで巨漢が倒れる範囲から逃れている。
「相変わらず凄まじい切れ味だな」
「そこは華煉に感謝するしかないな」
確かに凄まじいとしか言い様がない。趙雲の槍を叩ききったこともそうだ。
華煉にはかなり感謝しているよ。
「……直接言ってやればアレももっとやる気を出すだろうに」
「嫌だね。調子に乗らせるのも面倒くさい」
感謝を直接言ったことなんて数えるほどしかない。そのどれもで調子に乗った華煉は茉莉に
「……まぁ、その、なんだ。隼も大変なんだな」
「分かってもらえて嬉しいよ」
察しが良いのは助かる。主に精神的な意味で。
「……なぁ、一人だけで終わりか? もう少し楽しませろよ」
巨漢がリーダー格だったのかは分からないが、気勢を殺がれた残党達の動きがまた止まっていたから挑発をしてみた。
おお、見る見るうちに殺意が宿ってるな。単純すぎる。
「たった二人を相手に何をビビっている? 矮小な……」
意図を察した烈蓮も煽りに加わった。さすがに男として矮小とは言われたくはないな。
「うるせぇ! おめえら、ここまでコケにしてただで済むと思うな!」
「ならさっさとかかってこいよ。お得意そうな大声を上げながらな」
最も敏感に反応を示した男が斬りかかると同時に、他の残党達も俺達二人に襲いかかってきた。
俺と烈蓮は茉莉が何も持たないまま門を背後に陣取った事を確認してから背中を合わせた。
「そっちは任せた」
「おうよ!」
……茉莉が一人で大丈夫かって?
俺の妹を誰だと思ってるんだ。
「へっへ……。お前さんは俺と遊ぼうじゃないか」
「……顔からしてダメですね。それに筋肉達磨は趣味じゃありませんし、何より体臭が……。それ以上近づかないで下さいませんか?」
ああ、男の血管が切れる音が聞こえたな。実際にそんな音は鳴っていないが雰囲気からして。
「このクソアマァ――ッ!」
一歩。茉莉が注意した場所から一歩だ。その一歩を踏み込んだ男の首に細い糸が巻き付いていた。
対する茉莉は開いた
男の目は鉄扇に注がれているんだろうな。いつ出したのかとか考えていると思う。
正解は最初からだ。袖に隠されていたから傍目には何も持っていないように見えただろうけどな。
「……臭い」
まるで漂う臭いを遮断するかのように鉄扇を閉じた。噴き上がる血の噴水。
男は茉莉の発言に異を唱える場すら与えられず絶命した。落ちた首は驚きに目を見開いたままだった。
「……中々にエグいな」
「茉莉に手を出すからこうなる」
「……お前も大概よな」
これで茉莉には容易に近づく奴はいないだろう。不用意に近づけば間欠泉になるんだからな。
城を包囲していた黄巾党の残党達はいつの間にやら梟によって全面包囲され、二刻としないうちに壊滅した。
【あとがき】
久しぶりに一週間経つ前に更新できた気がします
九条です
タイトルに「妹様」と付けたらタグ候補にフランちゃんが出てきたのには笑ってしまった
さすが妹様である
そんなこんなで二章の二話目になります
頑張ってたロリ巨乳少女に関しては次で名前を出します
孔融、青州と言われて何人かはピンときた方、コメで名前は出さないようお願いします
年末戦争を抜け出し、これから借りてきたISを観ようと思います
時間があれば今回の話で没になった部分を追記しようかと思ってます(やるとは言ってない
大体1000字ぐらいなので新規よりも追記かなぁ、やっぱり
ではまた(#゚Д゚)ノ[再見ですぞ!]
※追記 2014/12/08/13:20
以下が今回の没ネタです。
翌日。日が落ちる少し前、俺達はおっさんの故郷から出立した。
結局おっさんは故郷に残るそうだ。俺達が立てた仮説をもとに推測した袁紹軍の進軍経路を伝えても、頑として生まれ故郷を捨てることは出来ないと首を縦に振ることはなかった。それよりも俺達に馬を二頭(おっさんの馬全て)貸すとまで言い始める始末。確かに手持ちの路銀では馬を買う余裕など無いが。おっさんは護衛のお礼というが、むしろここまで一台分の馬車を貸してくれたんだおっさんにこそ礼をするべきだろう。どうにかして説得を試みたが、一頭はおっさんがいざという時に使ってくれと皆で拝み倒したおかげで渋々ながら了承してもらったが、残りの一頭は借りる事になってしまった。
この恩はきっと、一生返しきれないものになるだろうな。
完全に夜の帳が下りた頃、俺達は幽州と冀州の
「冀州では街には寄らず強行軍で進もう。なるべく森で身を潜め、移動は日が落ちたらだ。袁紹には俺も含め何人か顔が割れているからな。ここで正体がバレるわけにもいかん」
「冀州を抜ければ青州です。青州では主だった諸侯が反董卓連合軍に参加していたという報告はありません。よって直接人相が割れているということは少ないとみて間違いないでしょう。また、袁紹が幽州を攻略するのであれば青州への進軍は今のところ考えられません。旅の疲れは青州で落としましょう」
茉莉が補足し、身を隠す必要性を皆理解できたみたいだな。
冀州では速さと慎重さが求められる。袁紹が本気で幽州を取りにいっているのであれば、主だった将はそちらへ向かうはずだろうから危険性は下がると思うが、それでも敵陣の真っ只中を通過することには変わらない。警戒するに越したことはないだろう。
「そろそろです……」
灯りは灯してない。光源といえば月明かりのみ。大草原というわけではないが岩が乱立しているから息を潜めている者がいれば完全に不意をつかれる。
隣を歩く茉莉の一言に月と詠、それに莉紗の緊張が高まったのを感じた。緊張というのは伝染するものだと思う。無意識的に呼吸を静かにし、足音に気を配りながら進んでしまう。聞こえるのは馬の蹄が打ち鳴らす音色と穏やかに肌を撫でる風の音、そして歩く度に擦れる衣擦れだけと思えた。普段マイペースな愛李でさえ周囲への警戒を強くしていた。
どれだけそんな時間が経ったのか。詠が緊張のし過ぎで額に汗を滲ませ始めた頃、ずっとただ一点を見つめていた茉莉が息を吐いた。
「…………ふぅ。おそらく越えたと思います」
月、次いでは詠が安堵の息をつく。
どんだけ緊張していたんだと茶化そうかと思ったがやめた。まだ警戒を解くには早い。彼女達が安心していられるよう俺達が警戒していればいい。
夜明け前、今日の野宿場所である森に入るまで俺達の警戒は続いた。
没になった理由は徐州に行くまででれぐらい掛かるんだと。
国境超えるだけで時間かけすぎ! ここはぱぱっと済ませようと思ったので。
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