story52 試合開始
そうして時間は過ぎ、遂に決勝戦の日を迎える。
大洗の港に寄港した学園艦から、全戦車が搬出され、貨物列車で試合会場まで搬送される。
ちなみにオイ車はそのままでは重量問題で貨物列車に乗せる事は不可能である為に、昨晩に砲身、砲塔、履帯、エンジン、車体、転輪と六つのパーツ状態に分解された状態で搬出され、恐らく一足先に試合会場入りして、整備部の顧問が呼び寄せた整備仲間も加わって、急ピッチで組立作業に入っているはず。
そうして試合会場である大規模な演習場に到着し、メンバーはそれぞれ戦車の最終チェックに忙しかった。
また、オイ車は試合開始まで完全秘匿を通す為に、青いビニールシートで入り口を塞いで作業が行われている。
「いよいよ、だな」
「はい」
西住と如月はそれぞれの戦車の見回りをして、異常が無いかを聞きに回っている。
「今回の試合会場がここであったのが幸い、と言うところか」
「そうですね。これなら、何とかいけるはずです」
今回の試合の場となる会場は日本一の広さを誇る演習場で、様々な地形を演習場に設けており、戦略の幅もまた広くなる。
その為、今回の試合会場には西住の戦術を大いに発揮することが出来る場所がある。そしてその場所が勝敗の鍵を握る、決戦の場となる。
「・・・・でも、本当にいいんですか?」
「構わんさ。この役は我々にはピッタリだ」
「・・・・・・」
「無論、無理はしないさ。あくまで、敵を引き付けるのが目的だからな」
「・・・・はい」
と、話しながら歩いていると、後ろから三人の女子生徒が近付いてきて、如月はそれに気づいてか振り返り、西住も如月の動きに気付いて後ろに振り返る。
「ごきげんよう」
「お久しぶりですわね」
そこに居たのは、聖グロリアーナ女学園の隊長と副隊長、側近のダージリン、セシア、オレンジペコが居た。
「あっ、こんにちは」
西住は頭を下げると、如月も後に続いて頭を下げる。
「まさかあなた方が決勝戦に勝ち進むなんて、思いもしませんでしたわ」
「わ、私もです」
戸惑いながらも言うと、「ふふっ」とダージリンは微笑する。
「そうね。あなた方はこれまで私たちの予想を覆す戦いを見せてきた。
今度は、どんな戦いを見せてくれるのか、楽しみにしているわ」
「どんな戦い、か。そちらの期待に応えられるように、善処しよう」
「えぇ。期待していますわよ」
「みほ!」
と、ジープに乗ってきたサンダースのケイがやって来ると、ジープから降り、西住の元にやって来る。
「またエキサイティングでクレイジーな戦いを、期待しているわよ!ファイト!」
「は、はい」
「あと、翔。あの時は本当に助かったわ。修理費は高くついたけど、全損が無かっただけでも儲けもんね!」
「あ、あぁ。別に構わないが・・・・」
ここまで感謝されるとなると、如月は戸惑いを見せる。
「じゃぁ健闘を祈るわ。グットラック!」
そしてジープに戻って乗り込むと、そのまま走り去っていく。
「・・・・如月さん。さっきのって、一体?」
「知らないのか?最近ニュースで言っていたはずだがな・・・・」
「?」
西住は首を傾げる。
「そういえば最近、サンダースの戦車が奪われた事件が発生しましたわね」
その時の事を思い出してか、セシアが呟く。
「でも、すぐに早乙女流の師範がサンダースと協力して奪還したって、報じられましたわね」
「・・・・・・」
「そういえば、早乙女流の師範と一緒に、あなたが映っていましたわね、如月さん」
「え、えぇ!?」
西住は目を見開いて驚き、私を見る。
「そうなんですか!?」
「あ、あぁ」
意外にも驚かれた事に如月は戸惑う。
「西住みほ!」
と、そこそこ大きな声で西住が呼ばれて右を向くと、アンツィオ高校の制服を着たアンチョビと、副隊長であるカルパッチョ、補佐官のパネットーネが立っていた。
「アンチョビ、さん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばらく沈黙が続くと、アンチョビは軽く息を吐く。
「まさか、貴様がここまで勝ち進むとはな」
「・・・・・・」
「信念、か。強ち、侮れんものだな」
と、手にしている杖を左手に叩き付ける。
「・・・・・・」
「西住みほ」
「は、はい」
西住は戸惑いつつ返事を返す。
「ここまで来たのだ。ならば、最後まで貴様のその信念とやらを、貫き通せ!」
アンチョビは言い切ると、ビシッと杖の先を西住に向ける。
「・・・・・・」
「そして、証明して見せろ。お前の、仲間と共に行く戦車道をな」
そう言うとニッと笑みを浮かべ、マントを翻して後ろに振り返って歩いていき、カルパッチョは頭を下げると、アンチョビの後に続く。
「あっ、この試合が終われば、アンツィオ総出でお祝いがありますので、お楽しみを」
パネットーネはそう言って二人の後を追う。
「・・・・・・」
(みほらしい、戦車道を、か)
軽く鼻を鳴らし、腕を組む。
「ミホーシャ!」
と、声がした左へ二人は向くと、ノンナに肩車されたカチューシャが居り、その隣にナヨノフが立っている。
「このカチューシャ様が見に来てやったわよ。黒森峰なんか、バクラチオン並にボッコボコにしてあげなさい!」
「は、はい」
戸惑いながらも、西住は返事を返す。
「じゃぁね、ピロシキ~」
「До свиданая(ダスヴィダーニャ)」
カチューシャはノンナに肩車をされたまま、身体を後ろに向けつつ手を振り、その場を後にする。
「では、ご武運を」
そうナヨノフが言うと頭を下げ、ノンナに肩車されたカチューシャの後に付いて行く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あなたは、不思議な人ですわね」
「え?」
と、ダージリンの呟きに西住は顔を彼女に向ける。
「戦った相手と、仲良くなるなんて」
「そ、それは、みなさんが素敵な人たちですから」
「・・・・・・」
「・・・・あなたに、イギリスの言葉を送るわ。
四本足の馬でさえも躓く。強さも勝利も、絶対ではないわ」
「・・・・はい!」
少し間を置くも、西住は返事を返す。
「私からも、言葉を送りますわ」
「・・・・・・」
「『怒りは愚行に始まり、悔恨に終わる』。怒りは我を忘れ去るもの」
「・・・・・・」
「それを頭に留めて置いてください」
「・・・・留めておこう」
「・・・・では、健闘を祈るわ」
そうしてダージリンとセシア、オレンジペコは二人の元を去る。
「素敵な人達だから、か」
と、如月はボソッと呟く。
「いや、それだけじゃないな」
「え?」
首を傾げながら、西住は如月に顔を向ける。
「前にも言ったが、お前の人間性に、皆は引かれるのだろうな」
「私の、ですか?」
「あぁ」
「・・・・・・」
「確かに、そうかもしれないわね」
「「?」」
聞き覚えのある声がしてその方に顔を向けると、そこには神威女学園の制服姿の神楽が居た。
「早乙女さん」
「・・・・・・」
「・・・・いい加減、出てきたらどうかしら?」
「・・・・・・」
と、神楽の後ろで何かが動く。
「・・・・?」
西住は首を傾げ、如月は「はぁ」とため息を付く。
「・・・・・・」
覚悟を決めたようにため息を付き、神楽の後ろより一人出てくる。
「あっ・・・・」
西住は驚きのあまり、声を漏らす。
「・・・・久しぶり、みほ」
照れくさそうに、少し顔を赤くして中須賀は言う。
「エミ・・・・ちゃん?」
「・・・・・・」
「久しぶり!!エミちゃん!!」
しばらく思考が停止したように動かなかったが、次の瞬間中須賀の手を持つ。
いきなりの事に中須賀は目を見開いて驚く。
「いつ日本に戻ってきたの!?あっ、えぇと、元気だった!?」
「ちょ、ちょっと待って!順に話すから!」
質問攻めの西住を宥めて、彼女は順に今に至るまでを説明した。
「そうだったんだ」
「まぁ、短い間だけど、こうして日本に戻ってきたわけ」
中須賀の説明で西住は理解したようで、大人しくなった。
「でも、あの時から居たなんて・・・・」
「・・・・・・」
「恥ずかしがりやだからな、こいつは」
「くっ・・・・」
如月のツッコミに中須賀はぐぬぬと睨む。
「あはは。エミちゃんらしいかな」
「それどういう意味よ」
ジトっと睨まれて、西住は苦笑いを浮かべる。
「・・・・・・」
と、神楽は如月の肩に軽く手を置くと、小さく(翔・・・・)と呟く。
「・・・・・・?」
一瞬疑問に思いつつ神楽を見ると、真剣なその表情から意図が分かってか、如月の表情が少し険しくなる。
「西住。少し空けるぞ」
「え?は、はい」
西住に言ってから、そのまま神楽と共に人気の無い場所に向かう。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「表情から私の意図を察するなんてね。手間が省けるものね」
「皮肉な言い方だな」
二人は建物の陰にやって来た。
「それで、何の用だ」
「・・・・時間も無いし、何より周囲の状況を考慮して、直入に言うわよ」
神楽の表情から、あまり良い事ではなさそうだった。
「今回の試合。斑鳩には警戒しておいて」
「何?」
如月は眉を顰める。
「今回の黒森峰の戦車隊のメンバーの大半は斑鳩の傘下に入っている。つまり、彼女の指揮下に入っているから、彼女の命令に忠実のはずよ」
「・・・・・・」
「何かしらの動きを見せる可能性が高い」
「・・・・・・」
「その事だけは頭に入れておいて」
「・・・・それは別に構わないが、なぜ私に?」
「あなたしかいないのよ」
「・・・・・・?」
如月は首を傾げる。
「別に早乙女家として斑鳩家との決着をつけて欲しい、とは言わない」
「・・・・・・」
「でも、今回ばかりは、事情が事情。斑鳩の好きにさせてはならない」
「・・・・・・」
「斑鳩はただ単に勝利するだけには留まらないと思う。そしてあなたも標的にされるはずよ」
「・・・・可能性は、無いとは言えないな」
斑鳩の今までの行動から、可能性は高い。
「助言を感謝する」
「・・・・健闘を祈るわ」
神楽は如月の元を去ると、少しして如月は西住の元に戻る。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
それからして、試合開始直後となり、大洗と黒森峰の戦車道メンバーは整列をする。
やはりメンバーの数はダントツに多いが、オイ車のメンバーを含めれば、こちらも負けてはいない。
両校の隊長と副隊長が前に出て、黒森峰の副隊長の逸見は少し複雑そうな表情を浮かべ、後ろのメンバーの中に並んでいた斑鳩は「ちっ」と不機嫌な顔を浮かべ、舌打ちをしていた。
両校挨拶をした後、それぞれ開始前の最終確認に入った。
「とにかく、相手は火力にものを言わせて、一気に攻めてくると思われます。その前に有利な場所に移動し、長期戦に持ち込みましょう」
西住はメンバーの前に立ち、作戦の最終確認を行う。
黒森峰の戦車は全てドイツの名立たる戦車ばかりだ。だが、逆に言えばどれも強力ではあるが、扱いが難しく、デリケートなものがほとんどで、更に燃費が悪い。
長期戦となれば、こちらに分がある。
「相手との開始距離は離れていますので、すぐに遭遇する事は無いと思います。打ち合わせどおりに、試合開始と同時に、速やかに207地点に移動してください」
作戦は主に二段階に分かれる。
一段階では主に敵戦力を削る事が目的で、撃破には至らないとしても、進攻を遅らせるのに繋がればいい。その為、207地点にある山岳地帯に一旦篭城する。
二段階が最も重要且つ、戦力を分散出来るかで、勝敗を左右する。そして可能であれば撃破も視野に入れている。
「それでは、乗車してください!」
『はい!!』
メンバーはすぐにそれぞれの戦車に乗り込み、準備に入る。
「・・・・・・」
如月は砲弾をトレーに乗せ、砲尾のスイッチを押して薬室に装填すると、もう一発をトレーに乗せ、更に一発を抱える。
「・・・・早瀬、鈴野、坂本」
「・・・・・・?」
如月に呼ばれ、三人は怪訝な表情を浮かべて振り返る。
「今まで、私の下で戦ってくれて・・・・・・ありがとう」
「如月さん?」
「い、いきなり、どうしたんですか?何か凄い死亡フラグっぽく聞こえるんですが?」
「いや、大した事じゃない。だが、よく私の無茶な指示に、よく従ってくれた」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「当然です」
と、早瀬と坂本が戸惑っていると、鈴野が返事を返す。
「むしろ私達の方が、お礼を言いたいほどです」
「如月さんと一緒に戦える。それだけでも、私達は十分です」
「・・・・そうか」
如月はそれを聞くと、微笑を浮かべる。
―――――――――――――――――――――――――――――――
それから少しして、試合開始の信号弾が上がった。
「パンツァー・フォー!!」
西住の号令と共に、大洗の戦車は一斉に走り出す。
「クマチームからキツネチーム、クジラチーム、カメチームへ。作戦通りに所定の位置へ移動し、待機だ」
『了解!』
如月の指示でそれぞれは事前に打ち合わせた所定の位置へと移動を始め、隊列から離れていく。
「・・・・・・」
車長席に砲弾を抱えたまま座り、如月は神楽の言った事を思い出す。
(何らかの行動を起こす、か)
まさか裏切り行動を取るとは思えないが、斑鳩のやり方を考えれば何かをしてくるだろう。
今回の試合に出場するメンバーの大半は斑鳩の傘下に入っていると言う事だから、尚更だ。
「・・・・・・」
ふと、如月はある事を思いつく。
(やつが私を狙うのなら、傘下に入ったメンバーの多くはやつに付き従う・・・・と、なれば戦力は偏る)
その通りになるかはその時次第だが、そうなった場合、予測より大きな効果を齎す。
(・・・・使える策がありそうだな)
本来の如月達クマチーム他数チームによる目的と今回の斑鳩の行動・・・・・・。
ダァァァンッ!!!
「っ!?」
突然周囲に爆発が起き、戦車が大きく揺らされる。
「な、何だ!?」
「まさか、もう!」
「っ!」
如月は砲弾を置き、キューポラハッチを開けて外に上半身を出すと双眼鏡を覗くと、森からマズルフラッシュが起きる。
『いきなりなんデスカー!?』
『まさか、森の中を突っ切って来たって言うのかよ!?』
『何よ!?前が見えないじゃない!?』
『これが西住流か・・・・!』
ヘッドフォンにそれぞれのチームより狼狽した声が伝わる。
「ちっ!西住流お得意の電撃戦か!」
砲弾が戦車の周囲に着弾する中、森の中で砲撃をする戦車を見つける。
ティーガーⅠを筆頭に、ティーガーⅡが二輌、パンターが三輌、パンターⅡが二輌、ヤークトパンターが二輌、ラングが二輌、エレファント、ヤークトティーガーが一輌
その中に、ティーガーⅡが二輌確認されたが、他の二両とは主砲口径と砲身の長さが違う。
ペーパープランで終わったティーガーⅡの105ミリ砲搭載型であった。
「・・・・・・」
その105ミリ砲搭載型ティーガーⅡの中央に、他の戦車とは雰囲気が異なる戦車が居た。
曲面を帯びた砲塔に、砲身が長く口径が大きい砲を持ち、車体の大きさも他の車輌より一回り大きかった。
(『レーヴェ』か・・・・)
計画のみで終わった、Ⅶ号戦車として完成するはずだった幻のライオン・・・・
たった一輌しか確認されず、強力な戦車とあって、レーヴェに乗る者がすぐに脳裏に過ぎる。
(レーヴェに、やつが乗っているな・・・・)
内心で呟くと、すぐに車内に戻ってハッチを閉める。
黒森峰からの砲撃をきっかけに、試合は本格的に開始された。
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『戦車道』・・・・・・伝統的な文化であり世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきたもので、礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。そんな戦車道の世界大会が日本で行われるようになり、大洗女子学園で廃止となった戦車道が復活する。
戦車道で深い傷を負い、遠ざけられていた『如月翔』もまた、仲間達と共に駆ける。