story50 思い出
周りでは既に日が落ち始めている時、如月と西住は制服に着替え、未だに呆然とした状態の西住をほぼ無理矢理連行する形で大洗女子学園に連れて来た。
「あれ?西住隊長に、如月副隊長?」
倉庫内で戦車のメンテナンスをしている自動車部と整備部が居り、自動車部のナカジマが倉庫に入ってくる二人に気付く。
「どうしましたか?今日一日中は練習できないって伝えたはずでは?」
「いや、練習ではないが、ちょっとした用事だ。Ⅳ号は動かせるか?」
「Ⅳ号ですか?それでしたら最初に整備してもう終わってます。今からテスト走行をする予定ですけど・・・・」
ナカジマは右斜め後ろに振り返り、整備を終えたⅣ号を見る。
「なら、そのテスト走行を私たちに任せて欲しい」
「・・・・別に構いはしませんが、でもなぜ?」
「まぁ、それなりな事情があってな。だが、深くは聞かないでくれ」
「そうですか」
ナカジマは特に何も聞こうとはせず、二人をⅣ号に案内する。
「・・・・何を、するんです、か?」
呆然としている西住は通信ヘッドフォンと咽喉マイクを付け、通信手の席に座ると、如月に聞く。
「まぁ、ちょっとしたドライブって感じだ」
如月も通信ヘッドフォンを耳に当て、咽喉マイクを付けて操縦手席に座る。
「行くぞ、西住」
「・・・・・・」
如月はイグニッションを入れると、Ⅳ号のエンジンに火が入る。
クラッチを踏んでシフトレバーを一段に入れ、ゆっくりとアクセルを踏んでⅣ号がゆっくりと動き出す。
Ⅳ号は一定の速度を維持して学園の裏山の山道を進んでいく。
「それにしても、懐かしいな。昔こうして二人だけでⅣ号に乗った事があったな」
「・・・・・・」
「・・・・確か、私が始めて戦車道をした、その日の夕方だったな」
「・・・・そう、いえば」
西住はその日の事を思い出したのか、ボソッと呟く。
「あの日の事は、今も鮮明に覚えているよ」
懐かしく、その時の事を咽喉マイク越しに、西住のヘッドフォンを伝って語る。
「あの時の私は、何もかもが退屈だった。勉強は出来ても、運動が出来ても、私には何も楽しい事なんて一つも無かった」
「・・・・・・」
「誰も近付かず、私の周りは常に無だ・・・・。そんな毎日だった」
「・・・・・・」
「まぁ、ただの小学生が思うような事じゃ無いかもしれないがな」
如月は苦笑いを浮かべ、クラッチを踏んでシフトレバーを一段上に上げ、速度を上げる。
「そんなある日の朝だったな。登校中に、電柱に頭をぶつけた西住と会ったんだよな」
「・・・・・・」
それを聞いた西住は少し恥ずかしそうに頬を赤くする。
(今思えば、西住に武部達が声を掛けて友達になり、戦車道が復活したあの日の朝も、あの時と同じ構図だったな)
思わず、如月は口角を少し上げる。
「当時私は、歯に絹を着せずに正直に言うと、お前の事はどうでも良いと思っていた。
むしろ、いつも周りに人が居たお前は、いつも周りには誰もいなかった私にとっては、鬱陶しい存在だった」
「・・・・・・」
「・・・・だが、今思えばあの日、西住と会ったから、私は戦車道と巡り会えたんだと思う」
「・・・・・・」
「あの日、お前は柚本と遊佐と共に、戦車を動かしていたな」
「・・・・・・」
「私は別の場所から、それを見ていた」
「・・・・あの時、に?」
「あぁ。そして戦車が動き、砲撃する瞬間を目の当たりにして、私は初めて気持ちが昂った」
当時で、あれほど気持ちの昂る感覚を覚えた事は無かった。
「その瞬間私は、戦車道が私の全てを表現できる武道だって、そう思えた」
「・・・・・・」
「・・・・こうやって戦車道が出来て、今の私があるのも西住のお陰だな」
「・・・・私、の?」
少しだが、西住は反応を示す。
「・・・・まぁ、戦車道をやっても、今までいい事ばかりじゃ、無かったけど」
戦車道を通して、今までに、色んな事を知り、悲劇に見舞われた。
「両親の秘密を知り、早乙女と斑鳩との因縁、そして深い傷を負った事故等、本当に色々とあったな」
「・・・・・・」
「だが、そんな様々な経験があってこそ、今の私があるんだ」
「・・・・・・」
「それに、仲間を大切にする心・・・・・・それをお前から教わった」
「・・・・・・」
西住はゆっくりと顔を上げ、如月を見る。
「お前と出会わず、戦車道と巡り会っていたら、恐らく西住流として、最悪は斑鳩のような考えになっていたかもしれんな」
「・・・・・・」
「・・・・あの日が、運命の分かれ目、だったかもな」
「・・・・・・」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
Ⅳ号は山道を抜け、夕日が照らされる演習場を走っていくと、丘の上で停車する。
如月と西住はⅣ号から出ると、砲塔の上に座る。
「綺麗な夕日だ」
「・・・・そう、ですね」
地平線の彼方に沈む夕日を見つめ、右に座っている西住を横目で確認するも、顔色が良くなったぐらいしか変化は無い。
「西住」
「・・・・・・」
「・・・・あの時の事、覚えているか」
如月は静かに、語り出した。
「中学三年の、戦車道全国大会二回戦目の時、私とお前は初めて喧嘩をしたよな」
「・・・・・・」
「私とお前の考えが合わず、作戦が立てられなかったのが原因だったな」
「・・・・そう、いえば」
西住もその事を思い出す。
「当時の私は、どちらかと言えば西住流のような考えに近かったな」
「・・・・・・」
「仲間の損害に構わず、突き進む私に大して、西住は仲間を大切にして、慎重に行動する。それで意見が分かれていたな」
「・・・・・・」
「あの時はメンバーの意見で、お前の作戦を採用した。その時まで私はお前の考えが理解出来ず、不服だったな」
「・・・・・・」
「だが、いざ試合になれば、お前の作戦が功を奏して、相手を作戦を逆手に取る事が出来て、翻弄して試合に勝つことが出来た」
「・・・・・・」
「・・・・ただの偶然って思っていたが、その試合を振り返って見て、お前の作戦が正しいって理解した」
もしあの時如月の作戦で行けば、相手の作戦に引っ掛かり、戦力を多く削られて立て直す間も無く、試合に負けていたかもしれなかった。
何より、下手をしたら乗員にも影響が被る可能性もあった。
「仲間がどれだけ大切な存在であったかを、あの時の試合を通して西住に教えられた」
「・・・・・・」
「人間は一人では生きて行けない。それは戦車も、戦車道でも同じだ」
「・・・・・・」
「お前の考えは、見方によっては正しいとは言えないかもしれない」
地平線の彼方に沈む夕日を見ながら、如月は口を開く。
「味方一人の為に、指揮官が立ち止まっては、部隊を危険に晒してしまう。去年の決勝戦の様にな」
「・・・・・・」
「だが、お前の行為は人の命を助けている。それがどれだけ、大きな事だと思う」
「・・・・・・」
「斑鳩は戦車道を戦争に見立てているとすれば、あんな考えになるかもしれん。だが、戦車道は戦争ではない。礼儀正しい、武道である事を忘れるな」
「・・・・・・」
「なら、お前の行動は、人として正しい行為だ」
「・・・・・・」
「・・・・それに、西住はあの時、プラウダとの試合の時言ったよな」
「・・・・・・」
「勝ち負けより大切な事がある、と」
「・・・・・・」
「大洗に来て、今回の試合を通して、お前は西住流戦車道とは違う、別の戦車道を知った」
「・・・・・・」
「そして、仲間達を通して、自分らしい戦車道を見つけた」
「・・・・・・」
「だから、今のみほが居るんじゃないかって、私はそう思う」
「・・・・・・」
うっすらと、西住の瞳に光が灯る。
「その優しさが戦車道には不必要で、例え偽善者呼ばわりされても、気にする必要は無い」
「・・・・・・」
「みほはみほだ。その事に変わりは無いんだ」
「・・・・・・」
うな垂れていた西住は、少しだけ顔を上げる。
「自分をそう責めるな」
「・・・・如月、さん」
「黒森峰のお前がやった事は、賛否両論だろうが、そんなのは他の連中の意見だ。お前は、お前が正しいと思った事をやればいいんだ」
「・・・・・・」
「自分に素直になり、自分の信念を貫き通せ。例えどうと言われようと」
「・・・・・・」
「・・・・それに、お前は一人じゃない」
如月はⅣ号を見る。
「お前には、仲間が居る」
「・・・・・・」
「お前が悩み、塞ぎ込んでも、お前を支えてくれる仲間達が居る」
「・・・・・・」
「そうだろ、みほ」
如月は自然に微笑を浮かべる。
どことなく、夕日に照らされた彼女の姿は、今までに見た事が無いぐらい、優しいものだった。
「・・・・き、如月、さん」
西住の目に涙が浮かぶも、泣くのを堪えてか、俯く。
「私・・・・私・・・・」
と、如月は優しく、西住を抱擁する。
「我慢するな。今まで溜まっていたものを、全て出せ」
「・・・・・・」
そして限界を超えたのか、西住は大きな声をと共に泣き出す。
「好きなだけ泣け。みほの気が済むまで、一緒に居るよ」
優しく髪を撫でて、彼女の涙を受け止める。
広大な演習場に、彼女の泣く声が響き渡った。
そして、殆どが地平線の彼方に沈み、僅かに残った夕日の光が、Ⅳ号と二人を照らしていた・・・・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その頃――――
「・・・・・・」
周りが暗くなり始めた時間、とあるファミレスの一角に、黒森峰の制服姿のまほが座っていた。
試合前とあって、学園艦からヘリを使い、熊本の実家に戻って母親から話を聞き、その帰りの途中で、ヘリで学園艦に戻る前にある人物と会う約束をしていた。
「・・・・来たか」
まほは顔を上げると、一人の女性が立っていた。
「まさかあなたからの誘いがあるなんて、思って無かったわね」
「そうだな。本来であれば、お前とこうして話す事は無いのだからな」
「確かに・・・・これは前代未聞な、会談になりそうね」
「あぁ」
「・・・・その点から見ての様子じゃ、あまり良いとは言い難い状況、と見て取るけど」
「そうだな。少なくとも、良いとは言えないな。こちらだけで解決出来る範囲じゃなくなっている」
「・・・・あなたとあろう者が、そこまで言うとなれば、そうなのでしょうね」
そうして女性・・・・・・早乙女神楽はまほの向かい側の席に座る。
「周りには私の家の者を配備して、人払いをしているから、斑鳩の者に聞かれる心配は無いわ」
「そうか」
まほは神楽に斑鳩の事を伝える。
「なるほどね。まぁ、確かに彼女や斑鳩のやりそうな手口ね」
少し不機嫌そうに言うと、頼んだコーヒーを一口飲む。
「しかも自殺した生徒をも精神攻撃のネタにするなんて、人としても狂っているわね」
「・・・・・・」
まほはテーブルに置いていたボイスレコーダーを手にして、スカートのポケットに仕舞う。
ここに来る前の学園艦にて、練習時間の合間を使って一人の生徒にボイスレコーダーを持たせ、斑鳩の話を録音するように密令を出し、運よく大洗でやった行為を聴き出せる事が出来た。
「それに怪しい噂、か。こうなると、黒森峰に潜入している諜報員には徹底的に調べさせないといけないわね」
「・・・・どういう事だ?」
「黒森峰には早乙女家の諜報員を潜入させているのよ。目的は言わずとも、斑鳩の動きを探る為にね」
「動きを探る・・・・?」
「・・・・早乙女家には、優秀な諜報組織があるのよ。まぁ、一部の者に限られるけど」
「・・・・・・」
「まぁそれはともかくとして、調査で彼女の目的が分かれば良いのだけど。って言っても、おおよそは黒森峰を乗っ取るつもりでしょうけど」
「・・・・やはり、か」
まほは静かに唸る。
「今回の決勝戦で何かしらの動きをするとなれば、それなりの対策はしなければならない」
「でも、彼女は勘が鋭い。策に悟られないようにしなければならないわね」
「あぁ」
「・・・・でも、先ほどのボイスレコーダーの内容を聴く限り、彼女は恐らく致命的なミスを犯しているかもしれないわね」
「どういう事だ?」
少し口角を上げる神楽にまほは目を細める。
「斑鳩は西住みほに今年の始め辺りにあった黒森峰生徒の自殺の事を精神攻撃のネタにした。
でも、結局あの事件は自殺原因が分からないままだったわね」
ニュースでも十連覇を逃した、とあって少し目立った感じで報じられたが、結局その生徒の自殺原因が分からないままだった。
「あぁ。戦車道のメンバーも何も知らないと言っていたが・・・・それがどうした?」
「気付かないかしら?」
「・・・・・・?」
まほは片方の眉を顰める。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「自殺の原因が分からないはずなのに、なぜ彼女はいじめが自殺の原因だって言ったのかしら?」
「・・・・・・、!」
神楽の言葉に、まほもようやく理解する。
ボイスレコーダーには、確かに彼女は虐めが原因で自殺した生徒の事を言っていた。
「あくまで現段階での憶測で言うと、今回の自殺の件・・・・・・彼女が関わっているかもしれないわね」
「・・・・まさか」
「自殺の話が無いのは、恐らく彼女が裏で手を回し、隠蔽を図っている可能性があるわね」
「・・・・・・」
まほは記憶を探ると、聞いたメンバーの一部に、少し動揺を見せた生徒が多く見られた。
決して神楽の予測は外れていない。いや、恐らくその通りかもしれない。
(ほんの僅かな手掛かりも見逃さない鋭い洞察力。やはり、やつだけは敵に回したくは無いな)
改めて早乙女の勘の鋭さに恐怖を覚える。
僅かな断片の情報を繋ぎ合わせて、次の段階に進み、そして真実に辿り着く。例えその場で答えが出なくても、必ず真実へと辿り着く。
つまり、彼女に隠し事は通じない。
「そうなれば、徹底した調査が必要になるわね」
「・・・・・・」
その後しばらく二人は密会を続け、対策を練るのだった。
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『戦車道』・・・・・・伝統的な文化であり世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきたもので、礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。そんな戦車道の世界大会が日本で行われるようになり、大洗女子学園で廃止となった戦車道が復活する。
戦車道で深い傷を負い、遠ざけられていた『如月翔』もまた、仲間達と共に駆ける。