No.739498 仮面ライダージオD.C.D.さん 2014-11-25 18:00:02 投稿 / 全11ページ 総閲覧数:613 閲覧ユーザー数:610 |
〜11月 22日〜
陽が暮れようとしていた。
もう夕方になったのか。
冬の日の入りを早いと感じながら、祐美は落ちていく夕陽を眺めていた。
夕陽の景色は嫌いじゃない。だが、夕陽の時間帯は嫌いだ。
それは、自分にとって別れの時間だから。
祐美の家は門限が厳しい。陽が暮れる頃には帰らなければならない。
真冬になれば、学校から寄り道をする暇などない。
祐美
「…そろそろ帰ろっか?」
祐美は別れを告げる夕陽から目を逸らし、隣に立つ人物に話しかけた。
その人物も夕陽を眺めて何かを考えていたようで、返事が返ってくるのに数秒かかった。
雷哉
「…あぁ」
その返事も簡単で素っ気なさそうな言い方。
だが祐美には彼の返事が適当でないことはわかっていた。
祐美から見て、彼『春條 雷哉』を一言で表すのならば、英雄という2文字しか浮かび上がらない。
中学3年のクラス替えの時。祐美の前に、雷哉は現れた。
時に優しく時に厳しく。多くを語らず、常に謙虚でありながら強い自分の信念を持つ。
現代の若者らしさが欠けているのが、唯一の欠点だろうか。
しかし、祐美にとってこれほどまでに完璧な人間は彼以外にいない。祐美はそう確信していた。
いつからか、祐美はそんな雷哉のことが好きになっていた。
そして知らぬ間に、こうして並んで歩くようになった。
さっき、彼は夕陽を見ながら何を思っていたのだろうか。
自分と同じように、別れの時間に寂しさを感じていたのだろうか。
そうならば飛び上がるほどに嬉しいのだが、そうでないことは重々承知している。
落ちていく夕陽に風情を感じていた。そんな所に違いない。
いまいち想いを伝えられないのが虚しい。
不良
「ようお二人さん」
帰路につく2人の前に、何者かが立ち塞がった。
身なりとその態度から、まともな人間でないことは容易に想像できる。
だが、雷哉にも祐美にも見覚えはなかった。
不良はイライラとした様子で雷哉を睨みつける。
不良
「まさか…忘れたわけじゃねぇだろうな?」
雷哉は少し考えるそぶりをしたが、やはり答えは出てこない。
不良
「俺達が小遣い稼ぎしてるところを、テメェは邪魔しやがったんだよ!」
小遣い稼ぎ、つまりカツアゲだ。
この不良はつい先日、たまたまカツアゲ現場を雷哉に見られ、警察に通報されたのだ。
その時の恨みをまだ根に持っているらしい。
雷哉
「…反省していないようだな」
不良
「そんなもんはなぁ…テメェに一泡吹かせてからだ!」
不良が拳を振り上げて襲いかかる。
雷哉は素早く祐美を後ろに下げ、不良の拳を両腕で防いだ。
今度はガラ空きになった雷哉の懐に、不良が膝蹴りをいれる。
完璧に入った。不良は確信した。
不良
「へっ。パンチを止めただけでも褒めーー」
言い終える前に、不良の視界に夕焼けの空が広がった。
体がフワリと宙に浮いたと思ったら、息つく間もなく力強く地面に背中を打ち付けた。
かと思えば今度はうつ伏せにされ、背中で両腕を拘束される。
あっという間の出来事だった。
不良
「な、膝蹴りが効いてねぇ⁉︎」
雷哉
「………」
抵抗しようとする不良の腕を、雷哉はさらに締め上げる。
不良
「イデデデデ!わかった、降参だ!」
雷哉
「……さっさと行け」
雷哉が拘束を解くと、不良はフラフラになりながら走り去った。
不良
「覚えてやがれ〜〜!」
祐美
「ベタな捨て台詞…」
結局諦めていない不良の背中を見送り、雷哉と祐美は再び帰路についた。
〜11月 25日〜
雷哉は黒板に残された文を、ノートに板書していた。
ここの学校の教師はやたらと授業スピードが速い。休み時間も利用してノートにまとめなければならない。
と言っても、そんなに真面目に板書をしているのは雷哉くらいだが。
板書を終え、教材を片付ける。
次は昼休みだ。昼食を取ろうか…と思った時、1人の男子学生が雷哉の机を両手で叩いた。
ゆっくりと顔を上げると、見慣れた顔がそこに立っていた。
雷哉の数少ない級友、百瀬 大河だ。
彼は瞳をキラキラと輝かせながら、雷哉を見つめている。
暫しの沈黙が続き、それを破ったのは大河だった。
大河
「…完成だ!」
あまりにも情報が足りなさ過ぎる文章に、雷哉は首を傾げることもできなかった。
大河
「というわけで放課後、部室に来いよ!じゃあな!」
それだけ言い残して、大河は購買部へと昼食を買いに慌ただしく教室を出ていった。
とりあえず、部の連絡のようだった。
来いと言われたからには行くしかない。雷哉はそういう性分だ。
楽しみにしておくか、と雷哉は心の中で呟き、祐美の作ってくれた弁当を広げた。
祐美
「………」
校庭の隅、人気の無い場所で祐美は弁当を食べていた。
一緒に食べれるような友達などいないし、そうしようとも思わない。
雷哉と一緒に食べようとも思ったが、どうせ雷哉のことだ。勉強か、クラスメートの頼みごとにでも応じているに違いない。その邪魔はしたくない。
祐美はクラスの女子の誰とも親しくない。
別に祐美が何かをしたわけではない。今までの交流の中に祐美の落ち度がないのは、誰の目から見ても明らかだった。
ただ、偶然に偶然が重なってしまっただけだ。
祐美は、中学の頃からよくモテた。
容姿端麗で、誰にでも笑顔で接し、裏表がない。
男子にとっては理想であることこの上ない女性だ。
だが、優れた人物は、時に強い嫉妬を受ける。
たまたま祐美の周りにいた女子には、そう思う人間が多かった。
そんな人間が溢れる社会で暮らした祐美は、当然の如く孤立した。
所謂『イジメ』だ。
もちろん、祐美を嫌ったり、嫉妬したりしない女子もいた。男子に至ってはそんな事は微塵も思っていない。
だが、その中の誰一人として、祐美の味方はしてくれない。
祐美を助ければ、自分に火の粉が降りかかる。
他人のために自分を犠牲にはしたくないのだ。
だが、雷哉だけは別だった。
中学3年の春。イジメを受けていた祐美を、雷哉は何の迷いもなく助けた。
クラスメート全員を敵に回してでも、これは間違っている、と、皆に訴えた。
結果は残酷だった。
雷哉も、祐美と同じ対象になっただけだ。
雷哉は悔しがった。祐美を救えなかったことを。
祐美が雷哉に好意を寄せたきっかけだった。
今の祐美は、雷哉と一緒にいる時間が一番の幸せなのだ。
祐美
「…ご馳走様でした」
祐美は弁当のフタを閉じ、教室へと重たい足取りで向かう。
俯き加減で校庭を歩いていたら、誰かの走る足音が聞こえた。
ふと顔を上げると、見慣れた顔が満面の笑みを浮かべながら自分の方に走ってきている。
大河
「ゆぅぅぅうみちゃぁぁぁぁあん‼︎」
大河は両腕を広げて、祐美に抱きつかんとばかりに突っ込んでくる。
祐美
「た、大河君⁉︎」
大河
「探したよぉぉぉぉおーーおぶうっ⁉︎」
祐美との距離が2メートル程までに迫った時、祐美の細長い脚から繰り出された蹴りが大河の鳩尾を直撃した。
大河は一瞬で気を失い、パタリと倒れた。
と思ったら何事も無かったかのように立ち上がり、祐美の両手を取って握りしめた。
祐美
「へ?」
大河
「放課後、部室まで!」
それじゃあね〜〜〜〜〜〜!、と叫び声を響かせながら、大河は来た道を走っていった。
自分の周りにいる人がみんな、こんな風に明るければいいのに。祐美はそう思った。
祐美
「…何だろ?」
大河のおかげで少し軽くなった足取りで、再び教室へと向かった。
放課後、雷哉は言われたとおり部室にやってきた。
扉の前の札には、『チャリンコ部 部室』と記されている。
何故にサイクリング部が存在しているのに、自転車系部活動が作られたかは謎だ。
ノックをしてから引き戸を開ける。
中には部長と、何故か祐美もいた。
祐美は部室に用意された安っぽいパイプ椅子に腰を下ろし、部長はパイプ椅子に片足を乗せて腕を組んでいた。
大河
「ふっふっふ〜」
チャリンコ部初代部長もとい大河は、自慢気な笑みを浮かべ続けている。
大河
「2人を驚かせようと、俺は密かにこいつを開発していた。そしてようやく、完成した」
大河の隣では、何かがブルーシートで隠されており、おそらく開発した物とはそれだろう。
大河
「こいつが出来上がるまで、約三ヶ月。長い年月をかけてしまったが、ようやくお披露目の日が来た…」
祐美
「年月って言うほど長くはないような…」
大河
「早速、チャリンコ部の偉業として全校中に見せびらかしたいところだが、まずはチャリンコ部の中でも選ばれし2人に見せるべきだと思ってな」
祐美
「選ばれし…って…部員は私達3人だけのはずーー」
大河
「静粛に」
大河は咳払いをして、祐美の口を無理矢理止めた。
チャリンコ部とは大河が設立した部であり、雷哉と祐美は部を作るために集められた、いわば幽霊部員となるはずだった。
だが雷哉の性格上、幽霊部員などでいられるはずもなく、結局、部活動には参加することになった。
雷哉がやるなら、と祐美も参加するようになり、大河は部を設立できただけでなく部員まで手に入れることとなった。
大河
「勿体振るのもこの程度にしておいて…お見せしよう!」
大河は勢いよくブルーシートを剥がし、隠されていた物を露わにした。
現れたのは、一台の自転車だった。
緑を基調とした色で、流線型の模様とデザインになっている。
大河
「雅2号!」
雷哉
「雅…」
祐美
「2号?」
大河
「1号は、ちょっとミスってな。製作段階で壊れちまった」
大河の口調がようやく普段どおりに戻る。
祐美
「何で雅って名前なの?」
大河
「あー、それはだな。最近、環境問題がどうこう言われてるだろ?自然が無くなるとかなんとか。そうなる前に、日本の持つ雅な風景をこいつと一緒に巡りたいな、なんて」
ふざけているように見えて、大河も色々と考えていたようだ。
そんな大河だからこそ、雷哉と祐美も入部を承諾したのだろう。
大河
「あと2台あるんだが、塗装がまだ終わってなくてな。終わり次第、みんなでツーリングに行こうと思うんだけど?」
祐美
「いいね。ちょっと肌寒いけど…」
雷哉
「…賛成だ」
大河
「隣町に滝があったよな。この時期はどんな感じなのか、ちょっと見てみたいんだよなぁ」
祐美
「隣町かぁ…でもちょっと遠くない?」
大河
「大丈夫。雅2号は遠出を考えて設計してあるから、超軽量で長距離ツーリングでも楽々!でもって強度も万全!」
チャリンコ部 部室で、3人の活動計画が進められる。
こんな楽しい日常が、これからも続く。
この時点で、3人はそう思っていた…
〜11月 30日〜
冷たい風が絶え間なく吹く中、雷哉は通学鞄を肩に背負いながら学校を後にする。
校門をくぐり、ふと道端の落ち葉に目をやった。
コロコロと止まることなく、落ち葉は風に吹かれて転がっていく。
今日は祐美が日直のため、1人の下校だ。
別段、寂しいなどとは思っていないのだが、いつも当たり前のように隣にいるため違和感は感じている。
転がる落ち葉を目で追い続けていると、突然その落ち葉が、ボウッ、と燃えて消えた。
あり得ない光景に目を見開き、しばらく見つめていると、また同じ場所で、次々と落ち葉が燃える。
その一点に転がってきた落ち葉だけが、マッチの火が灯って消えるように燃えては消える。
目の錯覚かと思って駆け寄ると、落ち葉達が燃えていた場所に、一握りの大きさの宝石が落ちていた。
ロウソクに灯されたような焔を纏い、自身に触れる落ち葉を一瞬で燃やす。
その焔の奥からは、微かな煌めきを感じる。
その光に吸い込まれるように、雷哉は焔の宝石を躊躇なく手に取った。
不思議と熱くはなかった。むしろ冷たい。その感触は、外気にさらされた石と全く同じだ。
雷哉が宝石に魅入っていたその時、宝石の纏う焔が一気に膨れ上がり、雷哉の体を包み込んだ。
超高温で白くなった炎は雷哉の視界を奪い、やがて意識さえも消し去った…
ーー
雷哉が目を覚ましたのは、学校の校庭の隅にある広場だった。
創立の頃からある場所のため、所々汚い上に、ベンチなども古びている。
掃除は放課後に生徒が適当に済ます程度のため、ほとんど皆無に等しい。
そんな手入れのされていない場所のため、落ち葉が数え切れないほど落ちている。
雷哉はその落ち葉達をベッドにするように横たわっていた。
何が何だかわからない状況だが、ここが学校ならば現在地はわかっていることになる。
雷哉はすぐに立ち上がり、隣に落ちていた通学鞄を拾って校門へと歩き出した。
下校時刻から少し時間が経っているようで、陽はあと少しで落ちそうだった。
この学校でこんな時間に下校するのは、放課後の仕事がある日直くらいだろう。
やがて校門までやってくると、今日は日直である1人が立っていた。祐美だ。
だが、祐美は校門から出ようとしない。
祐美の前には、数人の不良らしき人物が立ち塞がっていた。
鉄パイプや角材を手にしており、手加減をする気は無いようだ。
その内の1人は、先日雷哉に突っかかってきた不良だった。
仲間を引き連れて帰ってきたようだ。
間違いなく狙いは雷哉。祐美を人質にでもする気だ。
雷哉は鞄を放り投げ、全力で祐美の元へと走った。
あの時の不良が、角材を振り上げる。
雷哉は颯爽と祐美の前に立ち、両腕で振り降ろされた角材を防いだ。
角材は粉々になった。
不良を睨みつけると、顔面蒼白にして腰を抜かし、おぼつかない足取りで仲間共々逃げていった。
不良達の抵抗の無さに驚いたが、労少なくして解決できたのはありがたい。
雷哉は警戒を解き、祐美の方を振り返った。
だが、救われたはずの祐美の顔は、何かに怯えていた。
雷哉が一歩近づくと、祐美は信じられない言葉を捨てて走り去った。
祐美
「化け物!」
『化け物』
祐美は確かにそう言った。
雷哉は自分の両手を見て、その理由を知った。
ゴツゴツとした、岩のような感触の皮膚。
全身に広がる、溶岩のように赤く燃えるような血管。
紺色とも、深緑とも言える体色。
雷哉は道路のミラーに映る自分を見つめた。
真紅の複眼に、銀色の鋭利な大顎。
額には、雷哉が拾った紅い宝石が埋め込まれている。
バッタを思わせる風貌は、人型である以外に、人間の面影を残していない。
文字通り人型の『化け物』であり、『怪人』だ。
ミラーに映る怪人の姿が、徐々に人間の姿へと変わっていく。
雷哉は膝をついて震えた。
人でなくなった苦しみと、大切な人に怖れられた悲しみを形にしている、あの真紅の垂れた複眼が、雷哉の脳裏から離れなかった。
翌日、学校の朝会で雷哉の行方不明が伝えられた。
町中で捜索が行われ、ニュースでも警察への情報提供を求めていた。
祐美と大河も、完成した雅2号で町の外まで探しにいった。
だが、どこに行っても、何日かけても、雷哉は見つからなかった。
そんなある日の昼過ぎ…
〜12月 6日〜
土曜日で学校も休みであり、チャリンコ部の2人は全力で雷哉の捜索にあたっていた。
町の路地裏など、およそ人の寄り付かなさそうな場所を中心に動いていた。
大河
「見つかんねぇな…」
祐美
「……まだ、生きてるよね?」
祐美は怯えていた。自分の側にいてくれる人がいなくなることを。
祐美は雷哉に会えるから、学校に通える。
雷哉が笑ってくれるから、自分も笑える。
雷哉が美味しいと言ってくれるから、張り切って弁当を作る。
度重なるイジメでボロボロになった祐美の心は、雷哉がいなければ崩れ落ちてしまう。
今は必死に、きっと雷哉は帰ってくると信じることで心を維持している。
大河
「…あいつ程の人間が、簡単に殺されてたまるか」
感情を全身に溢れさせる祐美を見て、大河は怒りを覚えた。
大河
「(雷哉の野郎…こんなにお前の事を待ってる娘がいるんだぞ……勝手に死んでたりでもしたら、絶対に許さねぇからな…)」
大河は強く歯ぎしりをし、ドブ川に沿って続く路地裏を再び歩き出した。
老人の声
「…人の終わり…か…」
突然声が聞こえ、大河と祐美は足を止めて振り返った。
その瞬間、大河の体が見えない何かに吹き飛ばされ、ドブ川へと真っ直ぐに落ちていった。
祐美
「大河君!」
老人
「お前の心…現代の人間の産物…人の終わりの象徴だ」
黒いベンチコートとフードに身を包んだ老人は、ゆっくりと祐美に近寄る。
老人
「他者を虐げることで自分を確立させ、人の心に闇を創る。お前の心からは、その闇を強く感じる」
祐美には老人の言葉がなんとなくわかった。
自分が受けたイジメのことを言っているのだ。
だが、何故この老人が知っているのだろうか?
そんな祐美の疑問を見透かしてか、老人は軽い笑みを浮かべて口を開いた。
老人
「俺は…人間では無い…」
その言葉の直後、老人の顔が醜い怪物の顔へと変化した。
コートを投げ捨てると、その全身は既に人では無かった。
緑の逆立った皮膚に、両手両脚の鋭い鎌。
ギョロリと飛び出した紫の複眼と、尖った口はカマキリを連想させる。
全体的な印象は、以前に遭遇したバッタの怪人に似ている。
祐美
「っ…!」
?
「この川は…元々は澄んだ水だった」
カマキリの怪人は、およそその姿には相応しくないような言葉を放った。
?
「人間の文明が、世界を、他の人間の心を…汚している…」
祐美
「………」
?
「人とは本来、自然と、他の動物と共存して生きながらえることのできる生物。それを忘れ、失った今こそ、人の終わり…」
祐美
「人の終わり…?」
祐美はこんな神話を聞いたことがあった。
この世界が闇に染まった時、神が終わりを告げに来る。その神は、総てを切り裂く鎌で人の首を一人残らずはねる、と。
その神の名は…
?
「我が名は『ジェノス』!終わりを告げる神だ!」
ジェノスの腕の鎌が、祐美に向かって振りあげられた。
その時、ジェノスの背中にビール瓶が投げつけられ、ジェノスの注意を引いた。
大河
「神様だか何だか知らねぇけどよ…人間を舐めんなよ!」
ジェノスが振り返ると、ドブ川から上がってドロドロになった大河が立っていた。
大河はもう一本のビール瓶を握りしめ、渾身の力でジェノスに叩きつけた。
だが、ビール瓶は何のダメージも与えられずに砕け散った。
ジェノス
「終わりの神が、世界の終焉を告げたのだ。もはや誰にも逆らーー」
その時、大河と祐美の耳に、自転車のチェーンが回る音が聞こえた。
その音は路地裏に面していた三階建の建物から舞い降り、ジェノスの体に降りかかった。
重力に乗せた攻撃に、ジェノスも少し後ずさりをした。
音の正体であり、ジェノスに体当たりを仕掛けた自転車は、大河と祐美の物とは別の『雅2号』だった。
その雅2号に乗っていたのは、2人が見間違えることのない、あの青年だった。
大河
「お前…」
祐美
「雷哉!」
雅2号から降りた雷哉は、ジェノスに対して構えをとった。
ジェノス
「貴様…何者だ!」
雷哉
「……変…身…!」
雷哉の全身にマグマのような血管が浮かび上がり、その炎が全身を包み込む。
紺色とも深緑とも言える体色。ゴツゴツとした皮膚。
哀しみを表すような、紅く垂れた複眼。額に煌めく真紅の宝石。
祐美が遭遇したバッタの怪人だ。
祐美
「嘘…雷哉が…」
大河
「な、どういうことだよ…」
ジェノス
「もしや…貴様、『ジオ』か?」
祐美
「『ジオ』…⁉︎」
神話には続きがあった。
ジェノスによって無になった世界に、始まりの神が新たな起源をもたらし、新世界の歴史が始まる、と。
始まりを告げる神の名は…『ジオ』
雷哉
「……その通りだ」
ジェノスの言葉に、バッタの怪人は頷いた。
その言葉は、目の前の人物が雷哉であって雷哉でないと、祐美と大河に知らしめた。
ジェノス
「始まりの神が、終わりの神に何の用だ?」
ジオと呼ばれた怪人は、ジェノスとの距離を詰めてパンチを放つ。
その攻撃はジェノスに防がれ、そのまま何合かの打ち合いが続いた。
ジェノス
「それが貴様の答えか?」
雷哉
「…あぁ」
ジェノス
「相変わらず無口な奴だ」
ジェノスは両腕の鎌にエネルギーを溜め、ジオに向かってエネルギーの刃を飛ばした。
ジオの後ろには祐美と大河がいる。
ジオは両脚に力を込め、全身でその刃を受け止め、チョップで刃を叩き割った。
だがその間にジェノスは背中の羽を広げて飛び立ち、その場から逃げ出そうとしていた。
ジェノス
「貴様の相手をしている暇はないのでな!これから終わりの神が、世界に終焉をもたらす。ジオ!お前はただ見ていればいい!」
ジェノスは羽を羽ばたかせ、空の彼方へと飛んでいった。
大河
「…おい」
ジオは大河に呼ばれ、振り返った。
大河は恐れることなく、ジオに近づいた。
雷哉
「…俺が怖くないのか?」
その質問に対し、返ってきたのはジオの頬への渾身のパンチだった。
だが、ジオの皮膚は固く刺々しい。大河の拳からは血がぼたぼたと流れ出した。
大河
「祐美ちゃんに心配かけたお仕置きだ」
その言葉に反し、大河の顔は笑っていた。
祐美
「雷哉…」
今度は祐美がジオに駆け寄り、その両手を握りしめた。
祐美の両手が大河と同じように傷つき、血に濡れていく。
祐美
「ごめん。雷哉のこと、化け物、って…」
雷哉
「…俺は化け物だ。人間じゃない…雷哉という名前も、偽名に過ぎない…」
祐美
「いや!」
祐美は涙を流しながら、握る手により一層力を入れた。
祐美
「そんなの認めたくない!雷哉が何者でも関係ない!雷哉と一緒にいる時が一番楽しかった!一番安心できた!」
雷哉
「祐美…」
祐美
「私は雷哉がいいの!いつも側にいてくれた雷哉がいいの!だから人間じゃないなんて言わないで!」
祐美はジオの体に抱きついた。逆立った皮膚で全身が傷つき、血まみれになることも構わず。
祐美
「私の好きな人を否定しないで!」
祐美は訴えた。始まりの神 ジオに。
春條 雷哉を返せと。
大河
「雷哉」
雷哉
「…ジェノスを倒す。そしたら、この俺、ジオも滅びよう」
ジオの手が祐美をそっと引き離した。
雷哉
「春條 雷哉を…待っていてくれ」
ジオは雅2号の前に立ち、手をかざした。
直後、車体が真紅の光に包まれ、バイクの姿へと変わった。
バイクとなった雅2号に跨り、ジオはジェノスの元へと向かった。
〜11月 30日〜
陽が完全に沈み、夜空が広がる町。
居酒屋やバーが軒を連ねる道路を、雷哉は空を仰ぎながら歩いていた。
ふらっと脇道に逸れ、店と店の間にある通路に入り込む。
こんな時間、こんな場所なら、雷哉の知り合いと出会うはずがない。
そんな思い込みはすぐに崩れた。
不良
「ったく…何だったんだ…あのバケモンは…」
通路の奥から、例の不良達が現れた。
雷哉と彼らはバッタリと鉢合わせしてしまい、それまで怪人との遭遇で怯えていた不良達の顔が笑みを浮かべ始めた。
1対1なら雷哉に勝てなくとも、多対1ならば。
飛んで火に入る夏の虫、とでも言いたそうだ。
だが、そんな状況で雷哉が感じたのは危機ではなかった。
怒りだ。
この不良達は、祐美を傷つけようとした。
それだけは許すことができない。
雷哉は迫り来る不良の腹部に、鋭いパンチを浴びせた。
…無意識のうちに、人の姿から怪人の姿になっていることを知らず。
怪人の拳で放たれたパンチは、不良を向かいの建物の壁に叩きつけた。
不良達は殴られた不良を連れ、一目散に逃げ出した。
雷哉は怯えた。
自分に。
変わり果てた自分に。
〜12月 6日〜
あの後、雷哉はジオとしての記憶を取り戻した。
自分は始まりの神であったこと。
ジェノスが終焉をもたらした世界に、新たな始まりを与え続けていたこと。
人が間違った道を歩めば、ジェノスと共に何度もやり直してきた。
その繰り返しの中で、ジオは疑問を抱いた。人の歴史に、神が介入してもよいのだろうかと。
それを確かめるべく、神の力を捨て、人として生きた。
そして雷哉は大河と祐美に出会った。
大河の優しさと祐美の愛には、正に人間の可能性を感じた。
だが、大多数の人間はそれを持っていない。
自分自身も、怒りの感情から人を傷つけた。
結局、迷いは更に高まった。
神としての自分、人間としての自分。
世界に正しさを求める自分と、たった1人の愛する者を求める自分。
2つの心が、雷哉に葛藤をもたらしていた。
始まりの神として、新たな世界で正しい歴史を創るべきなのか。
人間として、今の世界を護るべきなのか。
だから、ジェノスから2人を護った後、すぐにジェノスを追うことができなかった。迷っていた。
そんな雷哉とジオの葛藤は、1人の少女の言葉で振り払われた。
自分の存在を求めた人を、護りたい。
自分を信じてくれる人を、護りたい。
始まりの神 ジオは、間違った道を歩んだ世界に可能性を感じた。
春條 雷哉は、人の持つ無限の愛を感じた。
…もう迷いはしない。
バイク形態の雅2号は昆虫のような羽を広げ、大空へと飛び立った。
ジェノス
「ジェノサイドサイクロン!」
ジェノスは夕方の街を空から見降ろし、破滅の技を放った。
両手両脚の鎌にエネルギーを集中させ、巨大な竜巻を創りだす。
だが、その竜巻が完全に出来上がることはなかった。
ジェノスとは別の巨大なエネルギーが竜巻の中に入り込み、消し去ったからだ。
ジェノス
「ジオ…!」
雷哉
「…行くぞ!」
雅2号のアクセルを全開にし、ジェノスへと突っ込む。
ジェノスが鎌を振るい、エネルギーの刃を飛ばす。
ジオは雅2号から飛び上がり、飛び回し蹴りで刃を破壊。雅2号がジオをキャッチし、反撃に移る。
ジオはすれ違いざまに手刀でジェノスの羽を斬り裂いた。
ジェノスがふらつき、その背後から雅2号が体当たりを仕掛ける。
ジェノスはギリギリの所で振り返り、右脚のキックで雅2号を止める。
雅2号のフロントと、ジェノスの右脚の鎌がぶつかり合う。
ジオは右腕でハンドルを握ったまま、ジェノスに両脚でキックを放つった。
ジェノスにできた一瞬の隙、見逃しはしない。
すぐに雅2号に跨り、握っていたハンドルを捻って限界を超えるほどにエンジンを蒸す。
車体を上げ、雅2号はさらに上空へと上昇。
ジェノスは辛うじて自由の効く両腕でジオを斬り裂いて抵抗する。
だがジオは全く動じない。
ジェノス
「何故…こんなことをする、ジオ!」
雷哉
「…ジェノス。人は強大過ぎる力を得た。この地球も簡単に破壊できるほどに。人は大いなる力を手に入れると、物を、人を、傷つけてしまう」
ジェノス
「だから、世界に終わりをもたらそうとしているのではないか!」
雷哉
「だが…大いなる力だからこそ、多くを救うことができる。人は自らの歴史を、闇にも、光にもできるのだ」
ジェノス
「だが人の創った歴史は闇だ!我々が正さなければーー」
雷哉
「これからは人が、自らの手で、歴史に光をもたらすべきだ!神の支えなど必要としていない!新たな始まりは、人が創る!神ではない!人の時代が訪れたのだ!」
雅2号の羽が変形し、ジェノスに絡みつく。
飛行手段を失った雅2号は、ゆっくりと地に堕ちていく。
ジオは雅2号のシートを蹴って飛び上がり、空中からジェノスを見据える。
雷哉
「神の時代は終わった」
総てのエネルギーをのせ、ジェノスに向かって急降下する。
ジオの右脚が、ジェノスの胸を貫いた。
空中で起こった巨大な爆発は、沈む夕陽と重なった…
〜11月22日〜
あの日から、およそ7年後。
大河と祐美は成人を迎え、喫茶店を開いていた。
元チャリンコ部の知恵を活かし、今ではすっかり自転車マニア御用達の喫茶店となった。
今日もそこそこ客が訪れている。
店の壁は、自転車マニア達が各地の観光名所で撮影してきた写真で埋め尽くされている。
自然を好む大河に影響されているのか、紅葉や山岳、渓流などの写真が多い。
街中に建てられた喫茶店で写真に写る自然を眺めながら、客は憩いの時間を過ごしている。
ここには、客と大河と祐美しかいない。
いつも側にいたあの人物は、あの日以来姿を見せない。
だが、祐美の心に不安はなかった。
待っていてくれ、と、あの日彼は宣言した。
誰よりも約束を守る男の言葉だ。それさえあれば、不安など抱くはずもない。
店の前にバイクが止まり、新たに若い男性客が訪れた。
黒いジャケットにジーンズを履いた、最近ではあまり見かけない若者だ。
サングラスを掛けており、表情が読み取れない。
カウンターに座ったその客に、祐美は水を出しに行った。
だが、祐美が水を置く前に、その客が何かを祐美の前に差し出した。
紺色のケースに納められた指輪だ。
他の客は全員、大河と自転車トークをして盛り上がっている。祐美の方には視線がない。
それを確認し、祐美は差し出された指輪を見つめた。
小さな指輪に埋められた宝石は、まるで焔を纏っているかのように紅かった。
客はサングラスを外した。
動かない祐美の中指に、指輪を通した。
祐美は笑った。
男も笑った。
店の窓から差し込む夕陽の光が、2人の横顔を照らした。
祐美
「…おかえり」
雷哉
「…ただいま」
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一話完結のオリジナルライダー作品です。
OP/ED曲『RIDERS FOREVER』