ふゆ
あぁ、よく寝た。早く支度しなくっちゃ。
あ、おはよう提督。またお仕事しながら寝ちゃったの?
だめだよ、ちゃんとベッドでゆっくり寝ないと身体を壊しちゃうよ。
ほら、私が手伝ってあげるから提督は少し休んでて。
提督のためなら頑張っちゃうんだから。
あ、今笑ったでしょ。
私、そんな変な事言ったかな。
春
ばらばらの年格好の女の子たちが一様に緊張した面持ちで立っていた。
その視線の集まる先、教壇では白髪交じりの男が熱弁を振るっている。
初老を迎えようかという男は、彼女たちの教官であった。
それでは、と勿体つけるような咳払い。
「皆これまでよく頑張ってくれた。さぁ、お待ちかねの時間だ」
労いの言葉は長い訓練の終わりを示す。
ざわざわと逸る女の子たちを手で鎮めてから、教官は扉の向こうにいるであろう者の名を呼んだ。
静かに開いた扉から入って来たのは若い男。
落ち着いた様子で教壇へと進むと、その優しそうな顔を上げた。
「皆、はじめまして。今日から私が君たちを預からせてもらうことになる。よろしく頼む」
頭を下げる男に、キャアキャアと黄色い声が湧く。
その中に唯一人だけ、呆けるように男を見つめる少女がいた。
ふゆ
なんだか部屋が汚れてるなぁ。
掃除をしなくっちゃ。
ううん、大丈夫、提督は座ってていいよ。
大丈夫だってば。全部私に任せて。
提督はお仕事で疲れてるんだからね。
あれ、バケツと雑巾はどこにあったっけ?
夏
少女がここへ来てから、何度目かの夏がやってくる。
少し大人びた少女の隣で、あの時の男があの時と変わらない顔で教鞭を執っていた。
「えー深海棲艦が全人類の敵なのは皆も知っての通りだ」
いつかの少女がそうだったように、ようやく馴染み始めた椅子に座る女の子たち。
「だが、彼女たちを恨んだり怒ったりしてはいけないよ」
少女にとっては聞き慣れたそれに、一つ手が上がる。
「私たちの敵なのに、なぜですか?」
それも聞き慣れた質問。その問いに男がいつも困った顔をするのも少女は知っていた。
そして、『そういった感情をエサに彼女たちは生まれるんだ』、といったなんとも安直な話で誤魔化すことも。
講義も終わりに差し掛かった頃、また一つ手が上がる。
その顔はそれが真面目な用事ではないことをありありと示していた。
「しつもんでーす。提督たちが付き合ってるって本当ですか?」
面食らう少女と男。
それを肯定と受け取ったか、わっと騒がしくなる。
どうやらお喋りな先輩がどこかにいるようだ。
ふゆ
さぁ、今日は何を着ようかな?どんな服なら提督は喜んでくれるかな?
あれ?こんなところにどうしてアレがいるの?
早く片付けなくっちゃ。
えい。
はい、もうバラバラ。
あぶないあぶない、提督は私が守るんだから。
私が守らなきゃいけないんだから。
秋
少女の手を取る男の姿があった。
男の手には小さな小さな輪っか。それを少女の指へ通す。
幼かった少女はもういない。
ふゆ
あなた達はだぁれ?
提督のお友達?
お友達いっぱいで嬉しいね、提督。
え?今なんて言ったの?
やだ、それをこっちに向けないでよ。
なんだか怖いの。
ねぇ。
冬
そこは、以前の形を想像させないほどに破壊されていた。
死体、死体、死体。陳腐なまでに横たわる死体。
その一つを抱え、慟哭する姿が一人。
体中の水分はとうに枯れ果て、あらん限りの声で叫ぶ。
悲しみをいつしか通り過ぎた時、そこに残ったのは純粋なまでの、怒り。
かつての少女の時間が止まる。
ふゆ
どうしてこんな酷いことをするの?
提督、あの人たちが私のことイジメるよ。
ちょっと、痛い、引っ張らないでってば。
どこへ行くの?私は提督と一緒じゃないとどこにも行かないんだから。
あれ、でも、なんだろう、すごく眠たいよ。
ダメだよ、私を提督から引き離さないで。
お願、い……おね…が……
??
はっと目が覚めた。
顔に手を当て、自分が泣いていることに気づく。
いったいなんの夢を見ていた?不安だけが残る身体を強く抱きしめた。
「どうした?」
すぐ隣で寝ていた男が、心配そうにこちらを見ている。
「なんでもないの。ちょっと怖い夢を見ただけ」
そうか、と優しく絡みつく男の腕。
不安はすぐに霧散し、代わりに満ちる心地よさ。
安心すると、またすぐに深い眠りへと落ちていった。
?
「なんだぁこいつ、幸せそうな顔しやがって」
「夢でもみてるんじゃないですか?」
仰々しい機械の立ち並ぶ部屋に、人の形をした物が一つと二つ。三つ。
「夢だぁ?けっ、俺たち人間をあんだけ殺しといて大層な身分だなおい」
薄汚れた靴が安っぽい音を立てる。
「ちょっとやめてくださいよ、壊れたらどうするんですか。貴方の給料じゃ一生かかっても弁償できませんよ?」
「へぇへ、すいやせんでしたーっと」
粗野、と顔に貼り付けた男がタバコに火をつけた。
「だいたい、彼女は誰も殺してません。それは別の個体でしょ?」
「一緒なんだよ馬鹿野郎、俺たちにとっちゃあな」
「やれやれ、貴女の価値が彼にはまるでわかっていないようだ」
一見にこやかに笑う男。
「いいからさっさと働けよ」
「ま、それもそうですね。じゃあ今日も頑張りましょうか」
その言葉は一方の男にではなく、機械から伸びた幾本もの管が繋がる先へ向けられる。
伝わるか伝わらないかはどうでもよいことだった。
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