洛陽から逃げ延びた俺達は地下道の出口を封鎖し、すぐ近くの街に一日滞在することにした。
長年使われていなかった地下道を通ったため、月や詠の服は薄汚れており、暗闇で気付かなかったが烈蓮の状態がかなりひどいものだったからだ。
至る所に切り傷があり、以前の怪我のせいで万全とはいえない状態だったとはいえ、江東の虎にこれほどの傷を負わせることが出来る人物が、連合に参加せずにいたということに正直驚きを隠せなかった。
手持ちは少ないが、皆の着替えと傷の手当をするにはどうにか足りるだろう。
街に着き、買い物組、治療兼荷物番組の二手に別れ行動を開始した。
買い物組。茉莉、莉紗、想愁、愛李、月の五人。
月がいるのは顔が割れていないということと、詠と月の服のサイズが分かる人間だから。
周囲に五人ほど梟の面子が気配を消しながら同行しているが、そのことは月だけが知らない。梟の存在を気取らせない為である。
茉莉と莉紗が街の人達に装飾店の位置を聞き出している間、愛李はぼーっと空を眺めているだけでなんとなく話しかけづらい空気を作り―――本当は立ったまま寝るという妙技をしていただけだが―――手持ち無沙汰になっていた月の相手は想愁がしていた。
「本当に、名前はいいんですかい?」
想愁が月に問いかけたのは『董卓』という名のことだ。
隼が考えた今後の行く末の中に、反董卓連合に敗北し撤退したときを想定したものがある。
名を捨て、民を捨て、恥を捨て、ただ生き残るか、己を慕う民を巻き込み徹底抗戦の末に死ぬか。
詠はこんなものは極論だと反抗したが、月は最後まで考えていたのだ。
「……構いません。それで洛陽の民達に被害が出ないのでしたら」
確固たる意志を以って瞳を見返す月に、想愁は何も言えなくなる。
ただ気になっていたことを聞いただけだと、そんな風を装いながら想愁はもう一度月に話しかける。
「ま、もういっこ気になるとしたら……その口調っすかね。俺は旦那とは違って一介の兵でしかないんで、俺がこんな口調なのに月……様から畏まった口調で話されるとどう反応したら良いか困るんすよね」
「……へぅ」
おどけた表情でもっと気楽に話して欲しいと言われ、先ほどの真面目な空気はなんだったのか、赤い顔をしながら月は俯いてしまった。
これは時間の掛かる問題で、しばらくはこの気まずさを感じることになるんだろうと想愁は空を見上げながら思った。
治療兼荷物番組。隼、烈蓮、華煉、詠、恋、陳宮、華雄の七人。
烈蓮の怪我の手当をしているのは隼と詠だ。華煉、恋、陳宮の三人は宿について早々に眠りについていた。
華雄は一人治療の心得もないからか、二人の作業をただ眺めているだけだった。
静かな寝息と治療による衣擦れの音だけが響く中、最初に言葉を発したのは詠だった。
「……ごめんなさい。ボク達のせいでこんなに怪我をさせて」
どんな状況で襲われたのか分からないがその光景を思い出したのだろう、俯いてしまったので表情は隠れてしまったが膝に置かれた手が震えていた。
しおらしい詠に驚いた烈蓮だが、笑みを浮かべ、治療の終えた右手で詠の頭を雑に撫でた。
「ちょっと、何っ!」
ガシガシと頭を撫でられ反射的に顔を上げた詠が烈蓮の目を見た。
「俺が助けたいと思って助けたんだ。謝罪よりも先に言うことがあるだろう?」
烈蓮は撫でる手を休め詠の言葉を待つ。
もうどんな言葉を言うべきか分かっているだろうに、隼と華雄が見ているため恥ずかしさが先立つのか中々言葉が出ないでいたが、顔を赤く染めながらも意を決っしたようだ。
「あ、ありがとう」
「ははっ。どういたしましてだな」
烈蓮はこれで話は終わりだと、全身の力を抜き治療に身を委ねていた。
詠も恥ずかしさはまだあっただろうが、命の恩人を助ける思いが勝ったのか治療を再開した。
その中で隼は一つの疑問をぶつけた。
「なぁ、烈蓮をここまで負傷させる相手ってどんなやつだったんだ?」
隼の質問に烈蓮は一瞬硬直した――ように見えたが、一度何もない天井を見上げてから答えた。
「……奴は外套を羽織っていたからな、顔までは見ていない」
「ボクと月はいきなり烈蓮にあの地下道に入れられたから状況がよくわからなかったわよ」
現場の意見として詠にも視線を向けた隼だが、帰ってきたのは全く情報がないという結果だけだった。
外套を着た烈蓮でさえ負傷せざる負えないほどの敵。
どこに行ったのか、どんな姿なのか、情報が全くないというのは恐ろしいことだ。
とはいえ何も分からないのでは探しようもない。この事はひとまず保留することに決定した。
隼の一言で何とも言えない雰囲気になっていた部屋で、華雄だけは真剣な表情を崩すことはなかった。
瞳は烈蓮の治療に向けられているが、何かを考えているようで上の空だ。
そんな華雄を烈蓮がしばらく眺めていると、目を閉じて頷いたかと思えばカッという効果音が聞こえるほど目を見開き、これまた唐突に烈蓮へと話しかけた。
「……孫堅。傷が治ったらでいい、私と仕合をしてくれないか」
練習、訓練の意味を持った仕合だ。決して殺し合うほうの死合ではない。
詠が何を言っているんだと勘違いしそうになっていたが烈蓮が手で制した。
「構わん。なんなら治療が終わってからでもいいが?」
安い挑発だ。手加減していてもお前は倒せるぞと、明らかに華雄を下に見た発言である。
汜水関での華雄の行動は皆も知っていることだ。なぜ暴走したのかも。
烈蓮はそれを試しているのかもしれない。
「いや、私は我が全身全霊を以って全力のお前を倒す!」
「そうか……。なら完治した暁には俺も全力で相手をしよう」
「その言葉、忘れるな」
烈蓮の返答に納得した様子の華雄は部屋を出て行こうとして――。
「アンタは外に出たら碌な事がないんだから、ここにいなさい!」
……詠の一喝で戻ってきた。
若干顔が赤くなっているように見えるのは気のせいではないのだろう、皆気づきながらも触れることはなかった。
夜になり皆が就寝したころ、俺は一人窓際の椅子に座り、空を見上げていた。
今後の旅費などを計算した結果、部屋は三つしか借りられなく、女性陣――主に茉莉と恋――が床で寝ようとしていたら引っ付いてくるので寝苦しくなったからではない。
月は天高く己が身を隠さず、何を語るわけでもなくただひたすらに風の音を運ぶだけ。
今宵は満月。
そして、あの時も満月だったと、記憶を思い起こしていた。
いくつかは忘れているので、頭に浮かぶ光景は飛び飛びだ。
その日は雨だった。今よりもずっと視線の低い映像では、その雨を部屋の中から眺めていた。
突如として怒号が鳴り響き二人の男が部屋の中に入ってきた。
一人は俺を抱き上げ、もう一人は後ろから来た何かに斬られていた。
男は逃げていた。雨の中ひたすらに駆けていた。
どれぐらい経ったのか、雨はいつの間にか止んでいた。それでも背後からの怒声はなくならない。
背後の声が悔しがる声に変わり、俺を背負っていた男が安堵の息をついた。
男の足に矢が刺ささり、投げ出される。
男は必至に手を伸ばしていた。
手に矢が刺さった。
満月はいつまでも俺達を映していた。
薄れていく光景。覚えているのはここまでだ。
ふぅ、と息を吐き、意識の底から覚醒する。
手が温もりに包まれていることに気付き視線を左に向けると、茉莉が俺の左手を両手で握っていた。
心なしか心配そうに見守っているように見える。
安心させるために右手を重ね、開放された左手で茉莉の肩を寄せた。
頭は俺の肩に乗せられ、左手と左手、右手と右手を重ね合わせてくる。
何も言葉を交わさないまま夜を過ごした。
【あとがき】
毎度支援、閲覧ありがとうございます。
九条でございます。
暫定一章第十話としまして更新です。
もしかしたら後々変えるかもしれませんが、今のところはやっぱり一章でいいやということで。
洛陽の出来事、月の扱い、華雄さんの今後、主人公の秘話(?)と色々詰めました。
ちょっと前にニュースレターを書きましたが
URLを飛んでオリジナル小説を読んで頂けた方がいらっしゃれば「ありがとう」と行って差し上げます。
話は変わりますが、つい最近アニメ版「境界線上のホライゾン」を借りて観ました。
個人的に恋姫SSのヒロインに選択しているように妹属性ダイスキーですが、姉もアリだなと思わせる作品でした。
もしかしたら今後の作品にも影響を及ぼすかも……。
例1)妹、奉仕、文才、撫でられっ娘
例2)姉、最強、天才、弟一途、デ カ イ(何がとは言わないが
…………アリジャナイカナ。
時間があれば狩りしたり敵将討ち取ったりしてますが
まだまだ更新する元気はありますので
次回の更新もしばしお待ちください。
それでは(#゚Д゚)ノ[再見!]
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一章 反董卓連合編
第十話「休息」