No.738013

すみません、こいつの兄です。91

妄想劇場91話目。漫画の追い込みしてたり、仕事で追い込みかけられてたりしたら、すごく期間が開いてしまった……。とりあえず、次の話までは書きためたので、92話は1週間後に公開するよ!あと、11月23日はコミティアだから来てね。(ステマ)

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411
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2014-11-18 19:49:31 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:884   閲覧ユーザー数:808

 夜中。寝付けなくて美沙ちゃんのことをぼんやりと考えながら、ベッドに転がっていた。

 ……ちがうんだ。

 美沙ちゃんのしてくれた「嬉しいこと」の感触を掌にリプレイしながら、ベッドの上でなにかをしていたわけではないんだ。そこのところは分かって欲しい。美沙ちゃんにあんな調子で言われたら、いくら俺でもそんなに安直に感触リプレイでエンジョイできない。

 俺は、美沙ちゃんが好き。

 マイエンジェルな美沙ちゃんと恋人同士になれたりしたら、人生が変わる。

 それは確実なことだ。

 だけど、それは俺が変わってしまうことなのだ。

 変わることは悪くない。停滞と反対のことだからだ。だけど、一つだけよくないことがある。

 そう思って、左肩付近の熱源をなでてみる。熱源は我が妹。デスでクレイジーな高校三年生の妹だ。

 いつのまにか、こいつが寝床に忍び込んでくるのにも慣れてしまった。高校三年生の妹が、大学一年生の兄のベッドに忍び込んでくるなんて完全にアウトだし、少なくとも妹が高校生になってからは極力蹴りだすようにしていた。だがどんなに蹴り出してもへこたれずに繰り返すのである。しかも、こっちもこっちで悪い方向にも異常な記憶力を持っている妹の心情が少しわかってから、安易に蹴り出せなくなってしまった。

 そう。

 この妹にとって、変化ほど恐ろしいものはないのだ。

 俺を含む平凡で正常な人間にとって、世界は確かで髪の毛が伸びるように少しずついつのまにか変わって行く。妹は正常じゃない。異常に優れた記憶力は同時に、忘却できない障害と言ってもいい。昨日と違うこと。去年と違うこと。その一つ一つの変化が妹の記憶の中の世界を置き去りにして、すっとんでいく。なにも確かなもののない世界に生きる妹。

 だから、言っちゃったんだよ。

 俺だけは出来る限りそのままでいてやるからって……。

 だから。

 小学生まで一緒に寝ていた兄が、一緒に寝なくなったりするのは……。しづらくなった。

 

 何時だろう。

 時計を見ようとして、携帯電話の背面がぼんやりと光っていることに気づく。

 メール?

 画面の明かりで妹を起こさないように、背面パネルだけでメールの送り主を確認する。そして、季節が夏に向かいつつあることを思い出す。

 

 翌朝。

 

 目を覚ますと、妹はベッドから消えていた。横のシーツに自分のものではない体温が残っているところを見ると、妹が動いた気配で目を覚ましたのかも知れない。アレはアレで一応気を使っているらしく、俺のベッドに忍び込んできた朝はそれなりに早起きして、途中で自分の部屋に戻っている。

 妹らしからぬ気の使い方だが、たまに…というか、けっこう頻繁に美沙ちゃんと真奈美さんが朝食を作りに来たりするので、同衾現場を見られると大変に気まずい。危険ですらある(美沙ちゃんの場合)。

 少し早いが、目を覚ましてしまったので二度寝はしないことにする。

 ベッドの棚に手を伸ばして、携帯電話を開く。携帯電話を開くという表現っていつくらいまで有効な表現なんだろうな。まぁ、ダイヤル回すとかもギリギリ通じる言葉な気がするし、あと二十年くらいは大丈夫な表現なのかな。

 昨夜気づいたメール。

 差出人は、佐々木つばめちゃん。そっかー。夏が近いもんねー。

  メールを開く。

《今年も手伝ってくれる?三日目ね》

 三日目って何日のことだ?俺の脳には、コミケ日程がインストールされているわけではない。だが夏休み中なのは確実だし、悲しいかな今年の夏になにか他の予定が入りそうな気もしない。と、友達がいないわけじゃないんだからねっ!

《いいよ。何日?》

 と、返信する。

 朝は、つばめちゃんも忙しいだろう。返事はおそらく昼過ぎ。

 ベッドから抜け出して、ダイニングに降りて行く。今日は真奈美さんも美沙ちゃんも来ていないな。昨日の今日で美沙ちゃんと顔を合わせても少し気恥ずかしいけどな。美沙ちゃんの方は、もっと恥ずかしいか……。掌に感触がよみがえってきてパラダイス。この感触をHDDに保存したい。聴覚は録音できるし、視覚も写真を取れるけど、味覚と嗅覚と触覚は記録できない。聴覚と視覚の記録は、百年以上前に成功しているのにそこから先の進歩がないなと思う。人類もっとがんばれ。……ってか、それを言うと俺も頑張らないといけなくなってしまうな。俺も人類だし。八十億分の一くらいだけど……。

「にーくん、おはっすー」

妹が遅れて、降りてくる。パジャマ代わりのTシャツはオモシロプリントだ。ロープで後ろ手に縛られたサルが三匹描いてある。ヘッドフォンで耳をふさがれたのと、猿轡をはめられたのと、目隠しをされたのだ。見ざる聞かざる話さざるの三匹らしいんだが、縛り上げるだけで人質感が爆アゲだ。しかもTシャツの絵柄がハンガーにかかっているに等しい状態で見やすい。高校三年生女子の胸部としてどうなんだと、掌に残る美沙ちゃんの高校三年生女子としてすばらしすぎる感触と比較して思う。

「にーくん。私のおっぱい興味あるっすか?」

お前のおっぱいって、どこだ?見当たらないぞ。

「セクハラっすー」

棒読みでセクハラセクハラ言いながら、冷蔵庫を開けて牛乳をがぶ飲みする妹を見て物悲しくなりつつ、オーブントースターに食パンを二枚入れて焼き始める。市瀬姉妹による朝食作成率が高くなってから、うちの母親はすっかりサボり癖がついてしまって朝食とか作らなくなった。俺と妹はいいが、父親はちゃんと朝食を食べてから仕事に出ているのか心配になる。うちの父親は、俺たちが起きる前に家を出てしまうからな。帰ってくるのも、夜十時過ぎている。その間ずーっと仕事をしているのかと思うと、父が不憫になる。その父のスネをかじっている俺が言うのも勝手なものだ。

 大人になりたくねー。大人つらすぎ。

「そういえば、お前夏期講習とか行くの?」

「行かないっすー。家で勉強してるっすー」

「ふーん」

一瞬だけ、妹をつばめちゃんの手伝いに一緒に連れて行こうかと思うが、夏のコミケの地獄っぷりはすでに他人を誘うのがためらわれるレベルだった。いくらなんでもアレはない。もよおしてからトイレに向かったのでは間に合わないというのは、ない。かといって水分を摂らなかったら、それはそれで熱中症の危険がある。草むらに隠れて用を足せるだけまだ無人島サバイバルの方が楽だと思う。

 妹と並んでモソモソとマーガリンを塗ったトーストを食べる。美沙ちゃんの少しこげたスクランブルエッグとか真奈美さんのスーパーフレンチトーストとか食べたい。特に真奈美さんのフレンチトースト食べたい。ふわっふわで甘くて、トーストというかケーキだもんなアレ。蜂蜜の独特の甘みに、ほんのりレモンの香りが漂っているんだぞ。

 

 三時間目の講義が終わったところで、携帯電話にメール返信がある。昼休みに返信してくるとは、つばめちゃんは意外とマメだな。仕事中は真面目だから、昼休みでも学校の中で携帯をいじったりしない人だと思っていた。

《夏コミ三日目は、八月十六日です。また朝からお願いします。前の日から泊まりに来てもいいですよ》

……。泊まりだと?つばめちゃんの一人暮らしのマンションで一晩泊まりだと?

 いやいや。悩んでないよ。

 いやいや。妄想したりしてないよ。

 というか、たぶん前の日になんて行ったらまたコピー誌の製本を手伝わされるだけな気がする。色気のあるつばめちゃんと一緒にいて、ちっとも色気のある展開が想像できない。

 《了解》とだけ返信して、カバンの中にテキストと一緒に携帯電話を突っ込んで、教室を出る。

「あれ?」

教室を出たところで、窓に背を預けて立っている長崎みちる先輩に遭遇する。珍しいな。

「よ……なおと」

ひょいと片手を挙げるみちる先輩。すごくギクシャクとした動作だ。愛想のいいジェスチャーに慣れていないのが丸出しである。

「どうしたんです?」

通りすがりという感じでもなく、明らかに誰かを待っていた風のみちる先輩に尋ねる。この無愛想ぼっちオタク先輩が、誰かを待っているという時点で想像がつかないのだ。待っているとすれば……俺か?

「直人を待ってたんだよ」

ぎろりと三白眼で睨まれる。なぜ、にらまれなければならないのか。

「はい……な、なんですか?」

その眼光に少し怯える俺。チキンで臆病な俺の性格は治っていない。というか、治るものじゃないな。

「萌える?」

「意味が分かりません」

いつもと同じデニムのオーバーオールにTシャツ、すっぴん。髪もぼさぼさで枝毛だらけ。あろうことか若白髪までこめかみの辺りに数本見える。このみちる先輩に三白眼で睨まれて、なぜ萌えるのか。

「上目遣いは萌えるんじゃないの?」

ぎろりん。それは上目遣いじゃない。「ガンをつける」というジェスチャーだ。三白眼で睨まれても萌えない。

「いえ。一向に萌えません」

「やっぱ、私みたいなクソブスがやってもダメなのかよ。くそ。そんなにキモいのか」

みちる先輩の視線が足元に落ちて、ネガティブが口から放射される。

 今日も、みちる先輩の面倒くささは健在だ。変わらぬ世界に安心しておこう。

「いや。ブスではないですから……。萌えもしないけど」

じろり。

 三白眼がぎょろりと動いて、また睨む。こわい。

「学食行こう。直人」

そう言って、すたすたと廊下を歩いていってしまう。追いかけるべきなのか悩むが、まぁ、ぼっち飯よりいいかもしれないと思ってみちる先輩の後ろを歩く。

 いつも通りの不機嫌そうなみちる先輩の後ろで、トレーを持って学食の列に並ぶ。みちる先輩の不機嫌そうな様子は、実は本当は不機嫌なのではなくて、ノーマル状態が不機嫌そうなので気にしない。みちる先輩が本当に不機嫌なときはヘイトがあふれ出るのだ。

 とんかつ定食にご飯大盛り。五百五十円。学食って安いよな。ちなみに今のは、みちる先輩の昼食。俺のは、ニシンそば二百五十円だ。

 昼食時で混雑する食堂で、どうにか席を見つけてみちる先輩と向かい合って座る。

 大口を開けてもりもりととんかつ定食を食べるみちる先輩を見て、この小柄な体のどこにそんなにカロリーが必要になるんだろうと思う。別に痩せてもいないけど、太ってもいない。毎日、やせっぽちの妹を見ているから、基準が少しずれていると自覚がある俺の目から見ても、みちる先輩はどちらかといえばスレンダーなくらいの体形だ。野暮ったいオーバーオールばかりだから、ひょっとしたらウェストとかまったくくびれていないかもしれないけどな。

「よく食べますね」

沈黙に耐え切れなくなって、どうでもいいことを言ってしまった。沈黙に耐えられないようではみちる先輩経験値が低すぎるな。

「ん……一日一食だから……」

もぐもぐと咀嚼しながら、行儀悪くみちる先輩が答える。

 ああ……なるほど。

 納得した。

 そういえば、一人暮らしだと言っていた。それなら、ここの学食のコストパフォーマンスを考えれば、一日分のカロリーを一食で取ってしまった方が簡単だろう。みちる先輩の体格なら、そのとんかつ定食大盛り推定千五百キロカロリーで一日分のカロリー摂取完了な気がする。

「それよりさ、直人……」

山盛りキャベツにソースをじゃばじゃばかけながら、みちる先輩が少し言いよどむ。

「なんです?」

「……十五日ってなにしてる?」

嫌な予感がする。

「コミケですか?」

「話が早いな。コミケだよ」

「創作って二日目なんですか」

「話が早いな。一緒に行こうよ」

「いやです」

冗談ではない。あんな地獄に二日連続行ったら死ぬ。

「やっぱり、こんなクソブスと一日一緒に過ごすのはカエルの小便飲むより嫌なんだな」

「今日は、ネガティブがまた一段と酷いですね」

「そうだよな。性格ブスで顔までクソブスだもんな……」

なにこれ?面倒くさい。

 一瞬『君は、笑っていればかわいいよ。ほら、笑顔を見せてごらん』という、以前三島とのデートの予習で妹から借りた少女マンガにあったセリフを思い出したが、そこまでサービスしてあげる義理はもうない。この間、一日デートで返した。

 というか、みちる先輩にデートで借りを返すとか、俺っていったい何様なんだ。みちる先輩は目つきが悪くて、枝毛だらけだけど、そんなにブスじゃないぞ。たぶん顔面偏差値五十五くらいだ。真ん中よりは確実に上。三島よりも、つばめちゃんよりもだいぶ下だけど……。まぁ、つばめちゃんは高校の頃、男子生徒に女神級に憧れられていたし、三島だってけっこう美人だった。うちの学校は美沙ちゃんがいたから、あまり目立たなかっただけだ。あと、うちの妹もか……ロリコン枠はうちの妹独占だったらしい。みんな見た目に騙されすぎだ。あいつ、デスメタル娘だぞ。

「……別に嫌じゃないですけど……。荷物重いんですか?」

とたんにまずそうにキャベツを食べ始めたみちる先輩の落ち込みっぷりが見ていられなくて、つい要らないことを言ってしまった。コミケのあの百キロ台車押しを二日連続でやるかと思うと今から気が重い。毎年、コミケ翌日の筋肉痛を思い出すと、あの状態でまた台車押しとか、本当に死ぬと思う。

「え?荷物?」

意外そうな表情が返って来る。

「荷物もちじゃなくて?」

「ちがうよ」

「まさか一般参加?」

あの外にずらりと並んだ列に並ぶのか?そっちも冗談じゃないぞ。

「ちがうよ。私の本なんて、十冊も売れないもん」

「じゃあ、どういうこと?」

だったら、一人で行けよ。十冊くらい持てるだろ。トイレだって、どうせ閉会まで行けないじゃん。コミケ。

「いいだろ。いこうよ」

ジャキ。

 カバンからグロック17を取り出して、俺の額にキャッスリングするみちる先輩。肘を軽く曲げてリコイルを吸収できるいい姿勢だ。本物じゃないけど、この距離でBB弾を発射されたら相当に痛いだろう。

「……」

「行く?」

これは、イエス・ノーの質問ではない。コミケ・オア・天国?という質問だ。

「コミケでお願いします」

「グッド」

グロックが女子大生のカバンに戻り、代わりに一枚のチケットが出てくる。コミケのサークル入場証だ。これ、ヤフオクで売ったらけっこうな値段がつくのかなと思いつつ受け取る。

「朝からなんですね」

二日連続で四時起きかと思うと、ずどーんと気が重くなる。コミケ自体は行けば楽しいのだが、早起きだけは勘弁して欲しい。始発になるんだよ。ビッグサイトにあの時間にたどり着こうと思うと……。

「早起き、嫌か?」

「早起き、大好きって人はあまりいないと思います」

「じゃあ、前泊する?」

「……」

嫌な予感。

「ラブホで」

「しません」

やっぱり、それか。

「お礼もするよ」

「いりません」

お礼になっていません。

「タダだよ」

「いりません」

有料のつもりだったのか?

「じゃあいくら欲しい?」

「売りません」

逆セクハラも著しい。俺がみちる先輩に言ったら、完全にアウトな発言だ。

「処女だよ」

俺も童貞だよ。悲しくなってきた。なんで、女の子の処女はすばらしくて、男の童貞はすばらしくないのだろう。

「ビッチ」

酷い罵倒だとは思うが、ここまでの流れではさすがに許可される発言だと思う。

「ビッチじゃねーよ。処女だよ」

なんか、デジャヴを感じる。

「スペース番号何番です?会場で集合ってことで……」

「せめて駅から一緒に行こうよ」

「国際展示場正門駅から」

「いや。そこの駅から」

ここで拒否して、またみちる先輩に『こんなクソブスと一緒に電車乗りたくないんだな』とか言われても面倒くさい。

「へい。じゃあ、始発ですね」

「ん……」

ネガティブとグロックに押し切られて、夏コミに二日連続行くことになってしまった。

 せめて、なにかエンジョイすることにしよう。つばめちゃんの三日目は俺の愛するエロ漫画が買えるからいいとして、二日目ってなにがあるんだっけ?

 カタログ買わなきゃ。あのレンガみたいなの。

 そういえば、コミケのカタログって半年に一度五十万部ずつ売れているのか?すげーな。人類が滅びた後、最初に発見される本は聖書かマルクスの資本論か、星の王子様か、それともコミケカタログなのか。

 

 帰り道。バスを降りたところで、歩道の隅っこを背中を丸めて歩く緑色のジャージ姿を発見する。本人的には目立たないようにしているつもりが、最大限に目立っているあの姿は疑いようも無く真奈美さんである。

 脅かさないように反対側から周って、正面方向から近づく。後ろから声をかけたりして驚かすと漏らす可能性があるから注意しないといけない。

「お兄ちゃん」

真奈美さんが、俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのをためらいもしなくなった。実際には、真奈美さんの方が少し年上のはずだが……。

 まぁ、うん。妹キャラだよな。真奈美さん。

「お仕事終わったの?」

「うん」

なんと、この真奈美さんは社会人である。勤め先は三島の姉ちゃんのところで、オフィスは三島の実家で、仕事内容は漫画の原稿に消しゴムをかけたりご飯を作ったりである。世の中、お仕事いろいろだ。

「忙しい?」

真奈美さんと並んで、近所のスーパーに入りながらたずねる。真奈美さんは、ごく最近ひとりでスーパーで買い物が出来るようになった。少し前まで、真奈美さんの買い物はネットショッピングオンリーだった。

「今は、あんまりいそがしくない。この間一つ脱稿してたから」

牛乳をショッピングカート(リアル)に、カートに入れる(リアル)しながら真奈美さんが答える。

「三島の姉ちゃん。意外と人気作家だったんだな。けっこう途切れず二つくらい同時進行で仕事してるよな」

そうなのだ。真奈美さんをメシスタント兼アシスタントに採用してもらってから気づいたのだが、三島の姉ちゃんは思いのほか人気作家さんだった。ペンネームを聞いても、俺は聞いたことも本屋さんで見た記憶もなかったのだが、それは俺が興味のあるジャンルじゃなかっただけのことだった。アマゾンで検索してみたら、すごい量の単行本がヒットした。

「うん……高校生でデビューしたって言ってた。ボーイズラブで……。デビュー作は『アオカン刑事』だって」

妹さんの三島由香里のほうは、俺が少しでもシモネタを言うと体罰を与えてくるほどのお堅い図書委員だったのに、お姉さんの方は高校生の頃に『アオカン刑事』でデビューである。似ていないなんてもんじゃない。一度、三島の姉ちゃんと三島を並べて酔わせてみたい。アオカン刑事でデビューしたお姉さんの方は、三島を大好きみたいだからどういうことになるのか非常に楽しみだ。

「高校生で、ボーイズラブでデビューってさ……あれ、十八歳未満禁止の本じゃないの?」

「ちがうよ。ボーイズラブはいいんだよ」

意味がわからない。たしか、隆々と○○した○○○が受けの男の子の口に深々と押し込まれて、白濁の○○があふれ出たりした絵柄が記憶にある。ついでにその絵のモデルは、極太フランクを食べている俺の写真だった記憶もある。う……あ、頭が……。

「ボーイズラブは子供が読んでもいいの?」

「いいんだって」

「男性向けのエロ漫画はだめなのに、アレはいいの?」

「うん」

「なぜぇ?!」

「さぁ?」

世の中、ちょっと男性に厳しすぎないだろうか。

「あ。そうだ。お兄ちゃん」

ふと思い出したように、真奈美さんがひょいと顔をこちらに向ける。

「うん」

「先生が、八月十四日お兄ちゃんに手伝って欲しいって言ってた」

なんの手伝いかわかっちゃったぞ。一日目だ。

 三日連続かよ。

「わかった」

「んとね……」

そう言いながら、真奈美さんがジャージの襟元を探って、首から提げた財布を取り出す。取り出す瞬間、襟元からちらりと真奈美さんの白い肌とふんわりとしたふくらみの一部が見えてどきっとする。

 バリバリ。

 マジックテープを剥がす音がして、財布が開く。ナイロン製のマジックテープで留める財布だ。丈夫で軽くて使いやすい。いいことづくめ。完璧な財布。たぶん。

 財布の中から、一枚のチケットが出てくる。一日目用。

 受け取って、自分の財布の中にしまう。プラチナチケットと呼ばれるコミケサークル入場証が一日目・二日目と揃った。さっきの真奈美さんはブラチラチケットである。そういえば、ブラがチラしなかったんだけど、あの角度だとブラがチラするはずだよな。

 ……。

 そうか、真奈美さん今日はつけてないのか……。いや。真奈美さんに欲情したりしないはずだよ。だから、ジャージの胸付近のふくらみも二度くらいしか確認しない。

「で、いつ、どこに行けばいいのかな」

「お兄ちゃんが請けてくれたら、メールするって言ってた」

断るわけがない。三島の姉ちゃんには無理を言って真奈美さんを雇ってもらっているから、頼みを断るという選択肢はない。

「おっけー」

お買い物メモにあるもの全部をカートに入れると、レジにすすむ(リアル)をする。最近のスーパーはセルフレジというのがあって、客が自分でバーコードを読み込ませて、自分でマシンに代金を入れて出てきたおつりを受け取ったり出来るから便利である。特に真奈美さんにとっては特に便利である。

 重くなったエコバックは俺が持って、真奈美さんと並んでスーパーを出る。向かう先は自宅。今日は真奈美さんが夕食を作ってくれるのか!

 楽しみ!ごはんがおいしいって、幸せってことだよな。

 その晩の真奈美さんマジックは、夏野菜と鶏肉のパエリアと温野菜に自家製ソースをかけたものだった。今更言うまでもないが、三ツ星レストラン級の美味さ。みちる先輩よ。料理するの面倒だからって学食のとんかつ定食で済ませてちゃダメだ。世の中には、これほどのヨロコビが満ち溢れているのだ。

 もっとも、みちる先輩と真奈美さんを引き合わせたら、惨劇しか想像できない。グロックが出てきて真奈美さんが漏らす。

 

 積極的に欲しい同人誌があるわけでもないのに、コミケ全日程参加になってしまった。

 八月の自分の体力が心配である。少なくとも、早寝早起きの習慣は身に着けておこうと思った。一日くらいの睡眠不足は大丈夫だが、さすがに三日間となると続かない……。

 

 おやすみなさい(早寝)。

 

(つづく)

 


 
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