零士「王異と馬超…僕の居た世界の歴史では、この二人には因縁があるんだ。
もう僕も記憶が朧げで、あまり詳しくは覚えてないけど、確か馬超は、王異の子である趙月を殺すんだ」
父さんは苦々しく言った。その言葉には自信が持てないようだった
凪紗「王異さんの子ども?そんな話、今まで聞いた事も…
それに王異さんって確か、兄さんの一つ上で17歳ですよね?流石に早くありませんか?」
咲希「それにあいつ、あんなんで生娘だし」
??生娘?ってなんだろ?
零士「まぁ、普段の彼女を見てて、とてもあの二人に因縁があるようには見えなかったから、僕も何も言わなかったんだ。だから、まぁこれは関係ないのかな」
父さんはそう言うも、やはり自信は持てなかったようだ。
父さん自身、可能性としてはあると考えているのだろう
咲希「ふむ………」
咲希姉さんも、そんな父さんの様子が気になったのか、何かを考え、目を閉じた
咲希「………!おい、翠さんと友紀、許昌を直ぐ出た所の森の中にいるぞ!しかも二人きり!?」
凪紗「え!?な、なんで?」
どうして城にいないんだ?しかも、なんで二人きりで…
咲希「この色……まずい!友紀、翠さんを殺す気でいる!」
父さんの懸念が当たったのか?だとしたら!
凪紗「姉さん!二人はどこに!?」
咲希「森の中の湖があるところだ。行くのか?」
森の中の湖のある……あそこか!
凪紗「はい!放っておけません!」
咲希「私も行こうか?」
凪紗「いえ!姉さんは秋菜姉さんや霰さんを呼んできて下さい!」
咲希姉さんに頼めば、すぐ見つかるはずだし
咲希「わかった。凪紗、十分に気をつけろ。友紀はかなり強い。無理するな」
友紀さんが強いのは知っていたが、あの咲希姉さんが強いと言うほどなのか?
凪紗「わかりました!では、お願いします!」
私は急いで店を出て、森へと走りだした
咲希「というわけで、父様、少し出ます」
零士「うん、僕も行こうか?」
咲希「いえ、凪紗はああ言いましたが、私も向かおうと思います」
零士「……わかった。気をつけてね」
楽綝伝其三
私は駆け抜けた。人混みの中をただひたすら走り抜け、道行く人々から掛けられる声に応じず、ただひたすら走った。そして街を出て、森の中へと入った
凪紗「湖は……こっち!」
私は湖のある場所まで突っ切る。そこに道なんてない。木々や雑草が生い茂り、小さな虫が飛んでいる
凪紗「………」
私は走りつつ、意識を集中させる。すると、私の視界にはもう一つの景色が視えた
『友紀さんが翠さんの槍を使い、翠さんの首を落とす』
凪紗「!?ダメだ!この未来だけは、絶対に!」
どうにかして止めないと!でもどうやって!速くしないと翠さんが…
凪紗「!銃!」
私は腰に差してある銃を引き抜く。父さんがくれた大口径のリボルバーと呼ばれるもの。
私は走りつつ、それを前に突き出す
【晋】の子ども達は銃を持つ事をほとんど義務付けられている。
だが、私は銃の腕前はそこまで良くない。良くないが、私が力を使えば、それは補える
湖が視界に入ると、そこには2人の女性の姿があった。
尻餅をつくように倒れている翠さんと、その翠さんに槍を突きつけている友紀さん。
距離は100もない。あと少し、なのに友紀さんは既に槍を振りかぶっていた。
走っては追いつかない
『発射された弾丸は翠さんに当たる』
ダメだ!このタイミングじゃない!
『発射された弾丸は木に当たる』
これもダメだ!友紀さんを確実に止めるには!
『発射された弾丸は友紀さんの持つ槍に当たる』
ここだ!
ダァン!
私はリボルバーの引き金を引き、弾丸を発射する。
それは、私が『予測』した未来通りの弾道で飛び、友紀さんの持つ槍へと一直線に向かう
友紀「!?」
カァン
弾丸は槍に当たる。友紀さんはそれに気付くと、こちらをじっと見てため息を吐いた
凪紗「はぁ…そこまでです、友紀さん」
私は森を抜け、銃を友紀さんに突きつけたままゆっくり歩く。
友紀さんは私を見るなり、再びため息を吐いた
友紀「凪紗か…思ったより速かったな。と言うか、私の予想だと、秋菜辺りが来ると踏んでいたんだがな」
目の前にいる友紀さんは、いつもとは違う雰囲気を醸し出していた。
いつもは無気力でフワフワとした雰囲気なのに、今は厳格でとても冷たい氣を放っている
凪紗「なに…なにしてるんですか、友紀さん!」
友紀さんは槍を翠さんに突きつけている。
翠さんは身体中から血を流し、とくに脚の負傷が酷く見える
友紀「なにって…見てわかるだろ。今からこいつを殺すところだ」
底冷えするような、とても低い声で言う友紀さん。この人は、本気で殺そうとしている
凪紗「なんで、なんで翠さんを殺すんですか!?あんなに仲良くしてたじゃないですか!」
翠さんと友紀さんは、店で一緒にご飯を食べたり、仲良く談笑していた。
だからこそ、この光景が信じられない。いったい、二人に何があったんだ
友紀「仲良く?あぁ…私は苦痛だったよ。なんだって、仇なんかと仲良くしなきゃならなかったのかってな。こんな簡単に馬超を追い込めたんだ。最初からこうすりゃ良かった」
友紀さんはただ淡々と、感情の込められていない声音で言った。
つまり、今まで仲良くしていたのは、演技だと…
凪紗「友紀さんは…あなたは最初から、馬超さんを殺すつもりで…」
友紀「あぁ。教えてやるよ凪紗。こいつはな、英雄なんかじゃない。
ただの人殺しだ。私の家族を殺した、殺人鬼なんだよ」
そ、そんなわけ…
翠「………ッ」
翠さんは視線を逸らしていた。まるで、友紀さんの言うことが本当だと言わんばかりの態度で
凪紗「なに、言ってるんですか!翠さんは、この三国の平和を願って闘い続けた。
私の母さんも、秋蘭様も!みんな!この国の為に闘ったんですよ!殺人鬼なんかじゃ…」
友紀「本当に、そう思ってるのか?」
凪紗「なん…」
友紀さんに睨まれ、私は思わず気おされる。友紀さんの眼には、殺意が込められていた
友紀「なぁ凪紗よ。お前は、なんの為に軍に入った?なんの為に闘っている?」
凪紗「私は、母さんや、秋蘭様に憧れて…」
友紀「自分の力を過信し、その力で人間を蹂躙する事に悦びを感じる奴に憧れたのか?」
凪紗「!?なんだと!」
私は思わず声を荒げてしまう。私の事はともかく、母さん達の事を悪く言うやつは…
友紀「私はな、武人って奴が嫌いだ。口では平和だなんだと言いながらも、争いを好み、人殺しを好み、人間の死を何とも思わないあいつらが大嫌いだ。武人は全員死ねば良いとさえ思っている」
凪紗「母さんはそんな事ない!」
母さんは確かに容赦しないが、敵だろうと必ず手加減し、命までは取らない。
訓練に素手での戦闘術を導入しているのも、殺す為の訓練をしているわけじゃなく、制圧する為の訓練をしているからだ
友紀「あぁ、少なくとも、お前の母親や夏侯淵将軍は、あまり人殺しを良しとは思っていないだろうな。だが、他の奴らはどうだ?許褚将軍や夏侯惇将軍、それに目の前のこいつだって、闘うのが大好きなように見えるぜ」
凪紗「そんな事は!」
友紀「ないと、本当に言い切れるか?」
言い切りたい。だけど、私は声を発せなかった。ないと言ったところで、その確証がないから
凪紗「でも…だからと言って、あなたが翠さんを殺す理由にならない!
それこそ、ここで翠さんを殺したら、あなたも人殺しだ!」
友紀「あぁ。私もただの人殺しだよ。武人のしている事を忌み嫌っていても、結局は私も同じ事をしている。だから、私もクズなのさ。矛盾した生き方をしている、最低の人間だ。だから、こいつはここで殺す」
友紀さんは再び槍を翠さんに向ける。私は咄嗟に銃を突きつけ、引き金に指をかける
凪紗「あなたは間違っている!翠さんを殺してはダメだ!」
友紀「ほう?私を止めるのか凪紗?いいぜ、やってみろ。お前の信じている正義を貫け。
そして後悔しろ。殺し合いをする時点で、正義なんてものはない。どっちも悪なんだからな」
友紀さんは私を見て、薄く笑みを浮かべ、槍を地面に突き刺して立ち塞がった
友紀「来いよ凪紗。銃なんて捨てて掛かってこい。お前は、素手の方が強いんだからな」
翠「ダメだ凪紗!王異と戦っちゃ…」
私は翠さんの言葉を流し、銃を捨て、拳を構える。
ジリジリと距離を詰め、氣を放ち、意識を目の前の人物に集中する
『顔面を狙った右ストレート』
私は踏み込み、右の拳を握りしめる。友紀さんはそれを見て、同じく右の拳を振りかざす。
私はこれをしっかりと見て躱し、右拳をボディに叩き込む
友紀「ッ!」
友紀さんはそれを左手で掴んで防ぐ。そのまま私の左手を離さず、膝蹴りを出そうとする
『膝はフェイント。右手による手刀で首を狙ってくる』
私は膝蹴りをガードしようとするのでなく、友紀さんの右手を警戒した。
『予測』通り、友紀さんの右手は手刀の構えを取っていた。私はこれを左腕で防いだ
凪紗「あぐっ!」
だが、防いだにも関わらず、友紀さんの手刀は異常に重く、防いだ腕がメシメシと悲鳴をあげていた
ひ、怯んでる場合じゃない。これを受け流さないと、次が来る!
私は手刀を左腕で防ぎつつ、右手で友紀さんの腕を掴み、投げ飛ばす。
重りから解放された左腕が痺れている。
たった一撃受けただけで、こうも機能しなくなるのか!
友紀「あぁ、やっぱり厄介だな。お前の『未来予測』は。こっちの餌に釣られねーんだもんな」
私は意識を集中すれば、ある程度先の未来を『予測』する事ができる。
ただ、『予測』するだけで、完璧な未来視ではない為、その視えた未来を変える事は出来る
友紀「だけど凪紗。お前自身は、その能力に見合っていない」
友紀さんはそう呟き、私に肉薄し、拳や蹴りの猛攻を仕掛けてくる。
私は急に来た事もあり、若干対応が遅れる。
その若干の遅れが、さらに次の動作の遅れを誘発し、捌ききれなくなる
凪紗「!?しまっ!ぐはっ!」
翠「凪紗!」
やがて防御を崩され、腹に重い一撃をもらってしまう。私は大きく吹き飛ばされ、地面に倒れた
友紀「いくら未来が視えていても、お前の身体能力がそれについて行けてない。
それに、お前は追い込まれると未来を『予測』しようと必死になる。
その能力に頼り過ぎてる証拠だ。それで隙を作ってちゃ、まだまだだぞ」
勝てない…どれだけ未来を『予測』しても、自分が友紀さんに勝つ未来がない。
友紀さんがここまで強いなんて…
友紀「凪紗…お前じゃ私には勝てない。だからここは退け。今なら馬超一人の命で見逃してやる」
今の私じゃ、どう足掻いても友紀さんには届かない。
技術も力も速さも、何もかもで友紀さんに劣っている
だけど!
凪紗「それは…できない!私は…【晋】の…楽進将軍の娘だ!
目の前で殺されそうな人間を放って逃げる程、臆病じゃない!」
私は立ち上がり、拳を構える。それを見た友紀さんは、嬉しそうに微笑んでいた
友紀「あぁ…やっぱりお前ら、兄妹なんだな…」
その言葉がどういう意味なのかはわからない。だけど、今はそんな事はどうでもいい。
考えるんだ。勝たなくてもいい。きっといずれ、援軍が来るはずだ。それまで持ち堪えれば…
「王異、何をしている?」
突如、どこからか声が聞こえた。カサカサと森の中を歩く音が聞こえる。
そして、森を抜けて一人の女性が現れた
友紀「武松か。よくここがわかったな」
あの人は…さっき店でステーキを頼んでいた…チッ!新手か!
武松「ふむ…かの錦馬超と言えど、この程度か。蜀の五虎将も知れたものだな」
翠「なんだと…?」
翠さんは武松の言葉にカチンときたようだ。瞳には殺意が滲み出ている
不味い…援軍どころか、敵が増えてしまった。この状況、どう切り抜ければ…
翠さんを担いで逃げるにしても、友紀さんがそれを許してくれるとは思えない
いっその事、自爆して巻き込むか?
「その必要はないぞ、凪紗」
今度は背後から声が聞こえる。聞きなれた声、息苦しい程の殺気、真っ黒な氣。これは…
友紀「チッ…最悪が来やがった…」
咲希「最悪とはずいぶんなご挨拶だな、友紀」
咲希姉さんが、歪んだ笑みを浮かべてやって来た
秋菜「無事か、凪紗?」
霰「すまん、ちぃーと遅れたな」
さらに秋菜姉さん、霰さんが駆け寄ってきた
霰「おい友紀!お前、これどういうことやねん!?」
友紀「見てわかるだろ。馬超を殺そうとしてるだけだ」
霰「お前……士希の頼みはどうする気や?」
兄さんの頼み?
友紀「ふん、別にあいつは強制はしなかった。璃々さんや甄姫がいい例だろ」
霰「だからってお前…」
友紀「もう遅いんだよ、霰。私はもう、後には退けない」
友紀さんは小太刀を拾い、それをしまった。そしてくるりと反転し、歩き出す
友紀「行くぞ武松」
武松「良いのか?」
友紀「あぁ。ここは逃げないと、準備無しで咲希と当たる気はない」
武松「ふむ、承知した」
咲希「なんだ、やらないのか?こちとら店を抜けてまで来てやったのに」
友紀「ハッ、士希が言うところのラスボスとまともにやる気はねぇよ」
友紀さんと武松は森の中へと逃げ込んで行った。その後を霰さんが追おうとするが…
霰「待てやワレ!逃がすか!」
咲希「待て霰。先に怪我人を運ぶぞ」
霰「あぁ!?んなもん!」
咲希「いいから、あとは向こうに任せろ。出血が酷い。それに骨も何本かやられてる」
霰「……チッ」
翠「悪い…迷惑かける…」
霰さんはしぶしぶこちらに戻ってきた。そして負傷した翠さんを担いで歩き始めた
秋菜「立てるか?」
私は自分でも気づかないうちに、地面に座り込んでいたようだ。
秋菜姉さんに手を差し伸べられ、その手を取って立ち上がる
凪紗「……勝てませんでした」
悔しかった。まるで歯が立たなかった。自分の力の無さを痛感してしまった
秋菜「あぁ。だが負けてもいない。少なくとも、お前も翠さんも生きている。
友紀相手にこれなら上々の結果だ」
秋菜姉さんはそう言ったが、私の中では確かな敗北感があった
強くならないと。そして、次は友紀さんを必ず止めてみせる…
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