周瑜は来たる決戦に向け、楼船、闘艦、走舸などの造船を急ぎ、潘陽湖で水軍の調練に余念がなかった。
その日、孫権の命を受け、建業から魯粛が兵糧を積んだ舟でやって来た。
事務的な話を終えた後、魯粛は周瑜に呼び止められた。
「包、ちょっと頼まれてもらいたいのだが」
「あー、えーと、面倒なことでなければ…」
周瑜は溜息をついて「面倒なことかもしれんが、やってもらわなければ困る」とげんなりとする魯粛に釘を刺して続けた。
「使者として武陵へ出向いて欲しい」
「武陵って荊州じゃないですか…!やですよ危ない…」
周瑜が肯定して、魯粛は嫌な顔をした。
「天の御遣いの噂は耳にしているだろう?」
「ああ、あの胡散臭いやつですね」
「そうだ。だがその胡散臭い者を曹操が探しているという噂がある…」
「はあ…」
魯粛は、周瑜が何が言いたいのか分からなかった。
一刀が曹操軍に顔がわれてしまったこともあって、一刀は士元を連れて襄陽を離れ、孫権が治める地、江東の地に移り住むことに決めた。
漢中や蜀、そして劉備や孔明のいる江夏という候補もあったが、一刀は思うところがあって江東行きを示唆していた。
水鏡塾の同期に江東へ渡った親交のある知り合いはいなかったのだが、水鏡先生が江東に宛があるらしく、「二人の名前を出せば先方は必ず助けてくれるだろう」と言うので、一刀達はその宛を頼ることになった。
一刀達は旅商人の集団に混ざり、数日かけて武陵まで馬を進めた。
士元の今の状況は、一刀も頭を悩ませていた。
奇才だとか、鳳雛だとか言われていても、まだ幼い少女である。一刀は士元を戦場に立たせたくなかったが、このままで良いとも思っていなかった。
ずっと前から士元には、徳高き劉備を主としてこの戦乱の続く世に平和にするという信念があった。
別の信念を持ったならともかく、明らかに今でも士元はそれが最善だと思っていながら逃げている。
しかも十分な力があって放棄するのだから、このままで良いはずはない。
それは士元もわかっていることだが、それまで机上でしか理解してこなかった人の「生と死」を実感として感じたことで戸惑っていた。
その感情を処理するにはあまりにも士元は幼すぎ、少しだけ孔明は大人だったということだ。
陸路を行くには険しく危険も伴うので、武陵から舟で長江を下るように、と先方から文を受け、一刀と士元はまず武陵に入った。
武陵は曹純が占領したらしく、城下には曹操軍の兵士が目立っていた。
戦火の跡は見られず、武陵もどうやら大した抵抗もなく曹操に帰順したようで、人の往来も多かった。
「おい、お前」と、突然曹兵の一人が一刀達を呼び止めた。
一刀はしまったと思ったがもう遅く、とあれよというまに数人の兵に取り囲まれてしまった。
「お前達どこからきた?」
「ええと、襄陽から…」
曹操軍に追われていたときポリエステル製の制服を着ていて目立っていたが顔は逆に印象に残らないと思って、今一刀は商人に扮していてるだけであったのが甘かったようだった。
恐らく、その時一刀の顔を見たのだろう。
士元がぎゅっと一刀の腰にしがみついてしまったので、逃げることもできなかった。
「お前達、ちょっと来てもらおうか」
と、その時。
「何をしているの」
と、声が聞こえたかと思ったら、兵士達が背筋をピンと伸ばした。
「この子達は私の客人だから、さがっていいわよ」
言われて、兵士達は「はっ!」と声を揃えて行ってしまった。
「久しぶりね、士元。それに天の御遣いさん」
一刀と士元は目を疑ったが、まさしくそれは石広元であった。
石韜は色々考えた末に曹操のもとに仕官していて、遠方の郡太守に就くことが決まったという。
どちらかと言えば、石韜は江東の孫権に仕える気がしていた士元などは特に驚いた。
その事を聞くと、石韜は笑って「もともと『長いものに巻かれろ』が私の方針でね。もう少し荊州や劉備が粘って曹軍を苦しめていたら孫権に仕えるつもりだったけど」と言った。
石韜は昔から現実的で合理的だった。
孔明や士元のような才覚はないと自負していて、「出来る範囲で出来ることをする」が口癖であった。
「念のために訊くけど」と前置きして、曹操に取り入るなら仲を取り持ってもいいがと石韜は言ったが、士元と一刀にその意思がないことを確認するとそれ以上何も言わなかった。
十人は乗れるかと言うほどの舟には屋根があり、乗船すると大きく揺れた。
船頭に導かれて、一刀は士元を支えながら屋根の中に入ると、中は座ってくつろげるように御座が敷かれていて飲み食いも出来そうな台もあった。
そこには既に相乗りの客が一人いて、悠々とお茶の用意をしていた女性であった。
南方の人だとうかがえる薄着の女性は、まるで自分の家のように一刀達を招き入れ、向かい側に座らせると、「粗茶ですが」と茶を入れてくれたが、これが絶妙なぬるさのせいでひどく不味かった。
そんなことは気にもとめずに「ご両人は新婚旅行ですか?」等と言ってのけるものだから、一刀はお茶を吹き、士元などは真っ赤になって帽子を深くかぶってしまった。
「い、いえ、俺たちはその…」
「天の御遣いさんと、鳳雛こと鳳士元さん…ですよね?」
「!?」
一刀と士元は身構えた。
女性は二人に向き直っ丁寧に拱手してお辞儀した。
「はじめまして、私は盧粛といいます。お二方を迎えにいくように言われて待ってました」
一刀はその名に聞き覚えがあった。
「魯粛さん…というと、呉の孫権さんのところの魯粛さんですか?」
「ひゃわわ!?私のことをご存知だなんて天の御遣いさんてやっぱり何か怪しげな力びびびって感じとっちゃう系ですか!?」
一刀は少し考えたが「まあそんなところです」と苦笑いした。
一刀が天の御遣いを意識した発言をしたのはこれがはじめてに映った士元は、一刀の顔を覗く。
水鏡先生の知り合いが何者なのか定かでないが、孫呉の役人か軍と繋がりのある人物なのだろう。
天の御遣いと鳳士元が江東にやって来る…その噂は水鏡先生の伝から孫呉の文官達を通じて上層まで知りわたっていたらしい。
一刀はこれまで天の御遣いと揶揄されるのをあまり好ましく思っていないようで、なるべく天の知識や力等を行使しないようにしていたが、ここにきて急に「天の御遣い」の知名度を利用しはじめていた。
思えば水鏡先生が二人の名を出せば協力を仰げると言った提案に乗った辺りから少し様子変わっていたように思える。
「江東までは長旅になりますので、天の国とやらの話など是非とも詳しくお話いただきたいですね」
そう言った魯粛に対しても、一刀は肯定的に「じゃあ折角なので少しだけ」と言って語りはじめた。
一刀が生まれた国は平和で戦もなく、一刀位の歳ではまだ働かずに勉学をするのが当たり前であること。
街には馬や水牛の代わりに自走式の車が行き交い、空を飛ぶ乗り物があること。
水も各家庭に供給され、火を使わなくても夜でも明るい技術が発明されていること。
それらは士元もはじめて聴く話ばかりで、興味津々といった感じで聞いていた。
魯粛も質問に質問を重ねるばかりで、凡そ理解の範疇をとうに越え、ついには頭を抱えてしまった。
「ひゃわわ~……いやはや、にわかには信じられぬことばかりですなぁ。そんな世界があるなどとは…」
「正確には多分まだないんだけど」
一刀は誰にも聞こえないつぶやきでぽつりと言った。
「天の御遣いさんというのはどうやらマジみたいですねぇ。ぶっちゃけ疑ってました……」
魯粛は士元にも話を聞こうとするが、しかし士元は困ったようにうつ向いて帽子で顔を隠してしまった。
「恥ずかしがりやなんです」と一刀が助け船を出し、確かにそのようだと見て魯粛はあきらめ、改めて一刀に向き直った。
「ところで、実はお二方に是非会いたいって言ってる方がいるんですよ」
魯粛はそう言って寄り道を提案した。
(すみませんが続きます。次はラスト。マジで)
余談ですが、本編の方の宣伝など。
現在止まっていた同人誌の鳳雛伝本編の作業を再開しています。(今さr)
冬コミに間に合えば…
こんなのが出るとかでないとか…
スペースは艦これスペースなので、艦これ本優先で作業していますが、間に合えば出ます。
ちなみに本編は
1,鳳雛伝前編(雛里・呉軍舞台の話、2009/8月)
2,鳳雛伝中編(雛里・魏軍舞台の話、2009/12月)
3,臥龍伝前編(朱里・呉軍舞台の話、2010/8月)
4,臥龍伝中編(朱里・呉軍舞台の話、2011/12月)
5,臥龍伝後編(朱里・呉軍舞台の話、2014/12月?)
6,鳳雛伝後編(雛里・魏軍舞台の話、2015以降…)
という進行で続いています。
どんどん刊行ペース落ちてるけど、英雄譚のキャラ乗っけられそうだから計画通り!(謝罪)
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最後とか行っておきながら結局長くなりそうなんで2つに分けることに…
また終わる終わる詐欺だよ…
詐欺といえば…冬コミ用の表紙に手をつけてみたけれど、果たして出るのか…という画像を下に貼っときます。