バリアハートでの実習……その後はというと、領邦軍を街中で目撃したこともあって、その口止めのために売上税を三ヶ月ほど2倍近くから1.5倍近くに落とすことを決め、更に口外しないように莫大な支出となってしまったのだ。戦車や装甲車の修理費用、街道の修繕費用も含めると、アルバレア公爵家は総資産の2~3割程度を失う格好となった。このことから、皇帝陛下はリューノレンスからの口添えもあって、今回は“黙する”こととした。だが、それはリューノレンスが放った言葉通り―――“次はない”ということを理解させるためのものであったのは言うまでもない。それを彼が理解したかどうかは……こればかりは本人次第というところであろう。
五月度の特別実習……トラブルはあったものの、評価としては“S”……これには一つ安堵した。月が替わり、六月……若葉の季節を過ぎたトリスタでは、珍しく長雨が続いていた。
「この時期となると、湿度管理が面倒なんだよな……料理的な意味で。」
「ま、気持ちは解るよ。湿気は大敵だからな。」
「そこの二人、どう考えても男子がする話じゃないからな。」
アスベルとルドガーの呟きにマキアスが冷静にツッコミを入れる……まぁ、それだけならばそう言うことを一々ぼやく必要なんてない。
実のところを言うと、この二人……(オリヴァルト皇子の配慮で)入学試験を免除されているため、同じクラスの人間から勉強ができないのでは?と思われがちだが……その逆である。
アスベルは“遊撃士”での座学と、“守護騎士”がその身分を隠すために巡回神父の役割を担うことが多く、その関係でゼムリア大陸全域の知識を否応にも叩き込まれている。ルドガーのほうは執行者の教育係の都合で物を教えるために猛勉強したこともあり、それなりに頭は良い。
周囲が授業に四苦八苦している中で、いわば“復習”をこなしているようなものであるため…最初はアスベルとアリサの二人で勉強していたのだが…いつしか、アスベルとルドガーの二人で他のⅦ組メンバーの家庭教師役をする羽目になっていたのだ。
「いや~、ホント助かるわね。」
「……ルドガー、あの教官にパイ食わすか。」
「おう、あの特製のダイナミックな奴だな。俺が許す。」
アスベル特製のダイナミックパイ……見た目は普通のブラックベリーパイなのだが、ロシアンルーレット仕掛けで、八分の一……一切れだけ激辛仕込みのパイのことである。その後、サラがその餌食になったことは言うまでもない。
流石にそれは彼等に負担が重いということで、エマ、マキアス、ユーシスもサポートに回ってⅦ組で勉強会をすることが多くなった。だが、全員が食堂に集まる場合……ラウラかフィーのどちらかが自室で勉強することとなり、うまくバランスがとれるよう配慮していた。
そうなった理由というのは……六月に行われるあるイベント―――“中間試験”である。
「さて、予告してたと思うけれど、明日から中間試験になるわ。ま~、基本は座学のテストだから、あたしは何の力にもなれないけれど。」
「……アスベル、あれが“同業者”の台詞か?」
「ノーコメント」
アンタ、仮にもトップクラスの人間でしょ……まぁ、斬った張った専門じゃあ頭脳部門は厳しいか……そう思った矢先にチョークが飛んできたので、指の間で挟んでキャッチした。
「暴力はいけないと思います、サラ教官」
「愛の鞭よ、愛の鞭。」
「クーリングオフして着払いでお願いします。」
「……大変ね、アスベルも。」
「まぁ、もう慣れた。」
そういう欲求はあの人に全部向けてもらえませんかねえ……まぁ、その人物もこの学院の戦術副教官なのだが、都合が合わない教官らの他の授業も受け持っている関係で中々会うことがないのだ。そうでなくとも、サラの仕事の半分を引き受けている辺り、ワーカーホリックに近いかもしれない。
まぁ、そんなことはさておくとして……いよいよ試験は明日から四日間。文学(国語)、数学、自然科学(理科)、帝国史(地歴)、政治経済(公民)、芸術(音楽・美術・調理)、医学、導力学、軍事学、実戦技術の10科目のテストだ。普通のクラスならばそれだけなのだが、その次の週にはまた“実技テスト”がある。そして“特別実習”という流れだ。
「ま、そういうこった。このクラスならカンニングはしねぇと思うが……したら容赦ない罰があるからな?」
「……というか、成績が悪かったら教頭にまた何か言われるんじゃ?」
「いや、あの教頭の事だ……俺らが勝ったら勝ったで絶対何か言うぞ。」
「……(確かに……)」
ルドガーの言葉にリィンは先日の生徒会の依頼―――教官に書籍を渡す時にも『公爵家たる人間が雑用などということを―――』と口煩く言われたことを思い出し、冷や汗を流す。
「このクラスは成績優秀者が多いからね。期待してるわよ。試験結果の発表は来週の水曜日よ。個人別の総合順位も掲示板に貼りだされるから。そうそう、個人別だけでなくクラスごとの平均点も発表したりするのよね。」
「フン、クラス同士の対抗心に火をつけるのが狙いか。」
「競争心を煽って、互いに切磋琢磨するように仕向ける……ということですね。」
サラの言葉にユーシスとステラは揃って呆れつつも呟いた。軍人は実力主義……個々だけでなく、集団での能力も問われるということを考えれば、そういった順位発表で対抗心を煽ることから、学院全体の質の向上に繋げる―――そんな思惑もあるのだろう。
「めんどくさいけど、アリスに怒られるから頑張ろ……程々に」
「むむむ……今度こそエマ君に勝たなくては……」
「あはは……」
(ここで、空気を読むべきかな?)
(……敢えて読まないという手も一興か。)
別にサラの為ではないが……アスベルとしては流石に自分のパートナーよりも低い点数というのは避けたいのが本音だし、ルドガーも先日の関係で睨まれた貴族生徒―――パトリックあたりには勝ちたいと思っていた。
HRも終わり、それぞれ明日のために勉強しようとしていたのだが……女子が固まって勉強しようとしたところに、ラウラは
「いや……―――せっかくだが今日は遠慮しておこう。少々、個人的に復習しておきたい教科があってな。先に失礼する。」
そう言って、フィーの方に一瞬視線を向けた後、教室を出て行った。これは同じ王国人として流石に放っておくのも拙い……そう思ったアスベルも、
「ちょっと一人で自習してくる。暫くは学院にいるから、何かあったら連絡してくれ。」
そう言って、教室を出た。流石に彼女の足取りを掴むのは難しいが……気配を辿り、着いた先はギムナジウムであった。流石にテスト前日ということもあって部活動も休みであり、人はいないが……奥の方―――プールから感じるラウラの気配。そして、左右を行ったり来たりしている感覚。
「……泳いでるってわけね。」
その言葉は見事に当たった。プールの中で起きている水しぶき―――競泳水着に着替えたラウラがまるで自分の中の迷いを掃うかのように泳いでいた。どうしてそんなことをしているのかはある程度想像がつく……しばらくすると、プールから上がり、肩で息をするラウラの姿。彼女の頭に掛けられるタオル。そして、目の前に差し出されるスポーツドリンクが入った容器。それを不思議そうに受け取る彼女は、そこにいる人物の正体―――アスベルの事に気付いた。
「ア、アスベル!?」
「試験前日に泳ぐな、とは言わないが……あんまり迷っていると成績にも響くぞ?……とりあえず、休んどけ。」
「うむ、そうだな……」
ともあれ、休憩のためベンチに腰掛ける二人。切り出すことを戸惑っているラウラに対し、アスベルは臆することなく率直に切り出した。
「……フィーが“猟兵”であったこと。それがそんなにショックだったのか?」
「っ………そう、なるな。」
今まで騎士道というものを重んじ、それを自らの意志として剣を振るってきたラウラにしてみれば、金さえあれば何でもやってのける“猟兵”は『詭道』や『邪道』、『外道』と言うべきもの。だが、騎士だって何も綺麗ごとばかりではない。遊撃士にしろ、政治家にしろ、七耀教会にしろ、『綺麗ごとだけ』では続けていくことも叶わない……彼女の父親も、母親も……そして、彼女の兄も、その妻も……それを理解して、己の道を貫いている。それは、アスベル自身も同じ事であった。
「別に“猟兵”に対してどう思おうが自由だけれど……それに囚われて“フィー・クラウゼル”という人間を見ようとはしないのか?」
「え……」
「俺も仕事柄色んな“猟兵”と会ってきた。戦いを生きがいにしている者……家族を大切にする者……弱き者のために力を振るう者……一概には括れない人ばかりだ。無論、金のために動くことは否定できないが、その使い道だって千差万別だ……同じ<Ⅶ組>のクラスメイトとして、そういう素性を持っているとしても、それが彼女にとってどういう意味を与えているのかは……本人に聞くしかない。一つの事に囚われることなく、周りをよく見て、本質を見極めること……俺の師の受け売りだけれどな。」
“守護騎士”という仕事を今までこなしてきたのもあるが、それ以上に一括りにできない人達と出会ったことが、今のアスベルの価値観の基礎となっていた。その人の本質を知ること……それは互いに解りあうための一歩程度のものだが、その一歩が大切である……と。
「俺から言えるのはそれぐらいかな。どうしようもならなくなったらリィンに相談しろよ。」
ま、流石にラウラ絡みのフラグ云々はリィンに全部ぶん投げるとして……一区切りもついたので、あまり遅くならないようにと言い残し、その場を去った。その後、学院長からちょっとした呼び出しがあったので向かった……内容としては、先月の事に関するリベール側の対応と言うことだが……おおむね予想通りの結果『動向を注視する』であった……。ヴァンダイク学院長は書道も嗜んでおり、どうやらユン師匠が少なからず絡んでいることは見て取れた。偶にその趣味に付き合わされることも少なからずあった。ちなみに、先月気まぐれで書いた作品が好評だったそうだ。解せぬ。
彼との世間話も一通り終わり、学院長室を出ると……そこに姿を見せたのは、一人のメイド。だが、そのメイドは以前にも二度ほど出会っていた人物であった。
「あら……お久しぶりです、アスベル様。」
「どうも、シャロンさん。……ちなみに、アリサには?」
「勿論内緒です♪アスベル様も、暫くは黙っていただけますか?そのお礼はきちんといたしますので。」
「……解りましたけど、程々にしてくださいね。」
ラインフォルト家のメイド―――シャロン・クルーガー。彼女の存在を知るアスベルとしては、いろいろ頭を悩ます存在だということには変わりなく……少しばかり、アリサの気持ちが解るような気がした。そう言葉を交わすと学院長室に入っていくシャロン……実を言うと、以前ルーレに足を運んだ際、その折から季節の節目位に手紙を送ってくることがあった。そして……アスベルの学費を払ったのは、他でもない“彼女の関係者”なのだ。
留学制度の関係で、本来ならば招く側であるエレボニア側が全額国庫負担となるはずであったのだが……ラインフォルト家側から負担の提案があり、数回にも及ぶ話し合いの結果、アルノール家とラインフォルト家でそれぞれ半額負担となったのだ……それを認めるあたり、色々な思惑が錯綜しているのであろう。払ってもらったからには無碍にしたくはないのだが……あのメイド然り、本気さがかなりヤバいレベルでひしひしと伝わってくる。
「……帰るか」
そう呟き、傘を差して正面玄関を出たところで……アリサと出くわした。
「あれ?アリサじゃないか。もう帰るのか?」
「ええ。私の方も早めに帰って明日に備えようと思って。」
「それじゃ、一緒に帰るか。」
「ええ。」
ここで相合傘と言うのも一興だが、アスベルもこの時は放課後だけで色々あったので、そこまで気が回らなかった。
「それにしても……こうやって二人で帰るって久々よね。」
「お互いに違う部活だし、アリサの方は日にちによって時間がまちまちだしな。その辺は仕方ないと思うよ。」
「その関係でいつも片づけを手伝ってもらって……申し訳ない気持ちで一杯だわ。」
「お節介でやってることだし……それに、好きな人となるべく一緒に居たいというのは、俺にもあるからな。」
流石に聞いたら誤解されるような言葉は慎む。そこら辺を考えて発言しないと、リィンやヨシュアのようになりかねない……それだけは御免被りたい。油断してると何を言うか解ったものではない(血筋的な意味で)
「ふふっ……二人には申し訳ないわね……もしかして、クロスベル行きを提案したのって……」
「偶に顔ぐらいは見せておかないと、って思ってな。今週の土曜は午前中で部活も終わるし、午後からの外出許可と宿泊許可を取ったから。(取った、とは言ったが……実際のところは“既に出されていた”んだよな……大方あの人なんだろうけれど)」
喜んでいるアリサとは対照的に、内心ため息を吐くアスベル……あの人の本気さというものには、どうにもついていけない。彼女に惚れられている人物曰く『ブレーキがかかりにくいスーパーカー』らしい……マジかよ。
「そういえば、知り合い(本当は俺だけど)が珍しいメイドさんを見かけたって言ってたな。少なくとも、貴族生徒のお付きや学生寮のメイドさんじゃないって言ってたし。二十歳から二十代前半ぐらいかな。」
「………え?まさか……ううん、そんなことはないわよね………」
実際には顔を合わせているのだが……彼女のお楽しみを奪うような真似は避けたいし、被害を被りたくないのでそう言う表現にした。これを聞いたアリサの反応はある意味予想通りであった。すると、アリサがふと気になった質問をアスベルに投げかけた。
「そういえば……入学試験結果の時、アスベルとルドガーの名前がなかったけれど……あれはどうしてなの?」
「俺とルドガーは留学というよりも推薦入学かな……そんな形で入ってきたから、学力試験はなかったのさ。一応日曜学校には通っていた(というよりも教える方が多かった)し、遊撃士でも単純に腕っぷしってわけじゃないからな。ルドガーの場合はよく知らんが。」
「成程ねぇ……どれぐらいの成績だったの?」
「物の試しにジェニス王立学園の模擬試験を学力試験代わりに受けたんだが……9割以上は取れてたはずかな。」
「………えっ」
「えっ、何その反応。怖いんですけれど。」
ジェニス王立学園……下手するとトールズ士官学院に匹敵しうる偏差値の学校。模擬試験とは言ったが、実際には過去に出題された難問のオンパレードであり……それで9割を取るということは、かなり凄いレベル―――この学院でも上位に行く可能性が高いということであった。
「ま、“彼氏”としてみっともないところは見せられないからな……」
「……決めた。今日も夕食の後に勉強しましょうか。最後の追い込みよ。」
「何か、対抗心に火を付けちゃったー!?」
ラクロス部でアリサによくライバル心をむき出しにしてくる貴族生徒の影響か……自分の実家で要職に就いている身内の影響か……負けず嫌いな所は“原作”以上のアリサであった。その原因の一端を作ったのは、アスベルの作った菓子類の影響であることを、彼は知らない。
そんなわけで、第三章です……少し詰め過ぎた。
とはいえ、今回の自由行動日は完全にオリジナルというか、“向こうの時間軸”に合わせた形でのものとなります。で、番外編を最低でも一つ、多くて三つ程度はさむ予定です。
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第37話 雨滴る日に(第三章 鉄路を超えて~蒼穹の大地~)