No.735814

紫閃の軌跡

kelvinさん

第32話 七彩の憂鬱

2014-11-08 04:35:11 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:3228   閲覧ユーザー数:2959

「……昨日の砦侵入の罪で逮捕というのはあくまでも建前。本当の目的は“革新派”を抑えるための人質というところだろう。」

「そのために、ユーシスさんとアスベルさんを引き離したようですね。」

 

リィンらは職人街の宿酒場である『アルエット』に立ち寄り、一息ついて現状を整理することと相成った。焦ってもいい結果は得られない、というのはこの状況下では誰しも解り切っていたことだ。

 

「あからさまと言えばそうだけれどね。ユーシスだけじゃなくアスベルが呼ばれた時点で。」

「だな。アスベルなら、誰かに言伝するんじゃなくて手紙を寄越すか自らの口で伝えるからな。(とはいえ、黙っている輩でもないだろうし……恐らくだが、俺が動くことも見越して動くだろう。)」

 

少し前に起きたマキアスの逮捕……その後、リィンらは陳情したもののまともに取り合う訳もなく、ユーシスとアスベルに至っては『実習が終わるまで戻れない』という領邦軍の隊長の言葉……だが、ルドガーにしてみればそれがブラフだというのが明らかに解っていた。転生前からの癖というか、アスベルなりの律義さというか……そういった話は信頼できる人に話してから行動するのが“当たり前”のような感じだったからに他ならない。

 

というか、だ。このようなことをしたとしても“革新派”の筆頭である彼はそのような手を使っても屈することはしないであろう。寧ろそれをダシにして『貴族打倒』を煽り、平民たちの結束をさらに固めるだけでなく、貴族の卑劣さを世に知らしめ、その足元である四州の領民たちの支持を取り込む……つまるところ、今回のマキアス絡みの件はどの道“マイナス”にしか働かない。

 

聡明な人間―――あのルーファスあたりならばそう考えるだろうが、アルバレア公爵は同じ公爵位であるラマール州を治めるカイエン公爵への対抗心のあまり、礼節に欠けてしまっているのだろう。そうは言っても、この街は彼の支配下である以上……時間はあまりない。この状況ではユーシスはおろか、アスベルの助けもあまり期待は出来ない。理解のありそうなルーファスも帝都に行っており、こちらの助けも正直難しい。となると、残された手段は一つだ。

 

「こうなったら、私達で直接奪還するしかないと思う。」

「それには一理あるな。今はまだいいが、あの砦に連れて行かれたら洒落にならないからな。………やろうと思えば奪還できるが。」

「ル、ルドガーさん……」

「流石に派手なのは拙いと思うぞ。」

 

あっさりと言いのけたルドガーの言葉に、エマだけでなくマキアスのことについて何とかしようと言った張本人のリィンも引き気味であった。

 

「影から瞬殺……かな。」

「そういうのは“漆黒の牙”か“死線”の十八番だから……というか、物騒なことを言うんじゃありません。」

「え?アリス曰く『時と場合によって見敵必殺』って」

「ねーよ。(団長さんも苦労してるんだな……)」

 

出来ない、という訳ではない。彼は“教育係”としてあらゆる執行者と関わって来たことから、その技巧の大半を知り、己の技巧として身に着けている。流石に特殊能力云々は再現できないが、剣術や格闘技などの武術、『分け身』などといった技巧、『修羅』『天帝』の極致……果ては奇術の部類までも会得している。突飛した異能に頼らずとも、今までに蓄積された経験によって無類の強さを発揮する……第七柱曰く彼が“神羅”の名を継ぐにふさわしい理由の一つだ。

 

とはいえ、オーロックス砦に連行されると一筋縄でいかないのが事実……とはいえ、正面突破では人目が付き過ぎる……一方、カウンター席にいた一人の人物―――遊撃士の紋章を付けた金髪の青年は、どうしたものかと考えていた。

 

(やれやれ、サラに頼まれたはいいが……どう切り出したものかね。やっぱ、あの話をして……)

 

そう意を決して話そうとした時に、開かれる扉。姿を見せるのは三人の人物。

 

「いらっしゃい。って、おや?エステルちゃんか。それにヨシュア君もじゃないか。」

「やっほー、マスター。って、そこにいるのはトヴァルさんじゃない。久しぶりね。」

「エステルにヨシュアか。会うのは“例の事件”以来……って、其処にいる嬢ちゃんは!?」

「えと、紆余曲折ありましたが……今は、僕たちにとって“家族”ですから。」

「ウフフ、ごきげんよう。遊撃士のお兄さん。確か、“七彩”という異名を持ったアーツの使い手と聞いているわ。レンというの……以後お見知りおきを。」

「………(パクパク)カシウスの旦那も大概だと思ってたが、その子であるアンタらも似たようなもんだな…」

 

そう挨拶を交わすエステル、ヨシュア、レン、トヴァル……レンがここにいることには流石のトヴァルも驚き、冷や汗をかきつつ呟いた。すると、レンが自分の知る人に気づき、

 

「あら、そこにいるのはルドガーじゃない♪それに、其処のお兄さんやお姉さんとは一年ぶりぐらいかしら?」

「確か君は……」

「レンか。確かこの前の手紙だとクロスベルにいたらしいが、何でここに?」

「エステルの提案で来たのよ。ああいう旅も悪くないわね。」

「相変わらずだね、レン。」

 

言葉を交わすレン、リィン、ルドガー、フィー……一方、この中では面識のないエマが困惑の表情を浮かべていると、レンがエマの纏っている雰囲気に覚えがあり、尋ねてみた。

 

「って、あら……そこのお姉さん。一つ聞いてもいいかしら?」

「私、ですか?ええ、答えられるのであれば、ですが。」

「レンの知り合いに、お姉さんと似たような雰囲気を感じた人がいたの……ひょっとして、凄い術とか使えたりするのかしら?」

「い、いえ、そのようなことは……(この子が“殲滅天使”……そして、その言い方からすると『姉さん』を知っているみたいだけれど)」

 

レンの問いかけに否定するものの、その問いかけからして自分が捜している人物の事を少なからず知っているという予測はしたが、ここで正体を明かすわけにもいかず、エマはそれ以上追及することを避けた。そして、レンが話しているところに、エステル達も声をかけてきた。

 

「レンが楽しそうにしてると思ったら、リィンにルドガー、フィーじゃない。久しぶり!」

「久しぶりだね。元気そうで何よりというか……そういえば、レーヴェがルドガーにって。」

「悪いな。って、手紙ねぇ……そういや、エステルらは何でここに来たんだ?」

(こいつらが知り合いって……ひょっとして、『例の事件』絡みのか?)

 

楽しそうに談笑している一同を遠くから見ているトヴァル……本来ならば敵対関係にある遊撃士と結社の人間……それが立場を超えて語り合う光景というのは、中々信じがたいものがあるのも事実だった。代表してリィンが現在の状況をかいつまんで伝える……トールズ士官学院特科クラス<Ⅶ組>として、実習に来ていること。同じ班のメンバーであるユーシスとアスベルが引き離される形でアルバレア公爵家城館に行ったこと。そして……マキアスが拘束されたことも。

 

「な、なかなか凄いことになっちゃってるわね……」

「そこでなんだが……丁度いい。レン、協力してくれないか?」

「勿論よ。」

「一体何を……?」

 

ルドガーの提案にレンが乗り、どういった意図があるのか解らずに首を傾げるエマ。そして、ルドガーから出した提案はというと……

 

「エステルとヨシュアがリィン達に付いていって、マキアスの奪還。こんな場所だから地下水道ぐらいはあるだろ……で、俺とレンで“お膳立て”をする。後の方はアスベルがやってくれるだろう。」

「一体何をする気なんだ……?」

「……成程。二人なら適任かな。」

「……あ、何となく解っちゃったわ。」

 

ルドガーの言葉に首を傾げるリィン。一方、その言葉で大方何をしでかすのか解ってしまったヨシュアとエステル。エステルに関しては、ヨシュアとレーヴェからルドガーの素性を聞いていることに加え、リベールでの事件で磨かれた直感力で何をするのか察してしまったようだ。

 

「え、えと……一体どういうことなんでしょうか?」

「俺も一時的にメンバーから外れるってことかな……本来なら班から抜けるのは評価として宜しくはないが、事が事だからな。という訳だが、構わないか?」

「……ああ、解った。」

「それなら、あたしたちがリィン達を手伝うわね。“民間人の保護”は遊撃士の仕事なわけだし。」

「それがいいだろうね。レンは遊撃士じゃないし……ルドガー、気を付けてね。」

「誰に物言ってんだ、誰に……ま、万が一ってことも考えて行動するさ。」

「……過剰戦力?」

「それ以上いけない。」

 

話が一通りまとまったので、行動を開始したリィン達……一方、それを茫然と見届けたトヴァル……であったが、すぐさま我に返って頭を抱えたくなった。

 

(拙い……あの二人のみならず、“殲滅天使”“調停”“西風の妖精”が動くとなると……確実にトラブルになるのが見え見えだぞ!?とりあえず、サラの奴に連絡しとかねえと。……フォローは出来ねえからな?)

 

遊撃士トヴァル・ランドナー……レグラム支部所属の遊撃士であり、その最大の特徴はアーツの高速駆動。独自にカスタマイズされたオーブメントを駆使することで放たれる連続魔法攻撃から付けられた異名は“七彩”。そして、彼が内心で呟いたサラ―――サラ・バレスタインとは腐れ縁のような元同僚の関係に当たる。

 

この先起こるであろう“トラブル”……トヴァルは正直ため息を吐きたくなったが、それをこらえつつ、マスターと話し……連絡を取ることにした。そして、連絡を受けた彼女の第一声はというと、

 

『―――え”!?』

 

絶句に近いような一言であったが、サラですら頭を抱えたくなったということをすぐに理解できたのは言うまでもないであろう。

 

 

トヴァルに異名をプラスしました。原作でも『ギルドきっての~』という言葉がある以上、それなりに著名人であることは明白ですので。

 

……真正面から詰所突撃も考えましたが、自重しました。せっかく隠密が出来る人たちがいるのですから、最大限に活用します。身も蓋もない言い方をすると以前使ったネタの再利用とも言いますが。

 


 
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