第六話「大人用の玩具は危険でいっぱい」
翔介は帰宅すると、そのまま自室のベッドに倒れ込んだ。
「疲れた……」
「では、精神的にも肉体的にも癒して差し上げましょうか?」
自身の体に自身があるが故の胸と尻を突き出すポーズ。
翔介は驚いてすぐに体を飛び上がらせる。
「店の手伝いは?」
「はい。今日はやりたいことがありましたので――」
翔介はノワールの右手に握られている存在に気づく。
「あ、それ父さんの」
「はい。昨夜お義父さんのお部屋に入った所、ありましたので拝借しました。あ、もちろん許可はとっております。布教用のベルトです」
彼女の手に握られているのは、子供用ではなく大人用の変身玩具。
翔介の父親はその同じ玩具を、装着用、布教用、保存用と、翔介用の四つ持ち合わせていた。
ノワールのは、そのうちの布教用である。
「そういうの興味あるの?」
「翔介さんもお好きなんですよね? ですから好きになります――ました」
翔介は顔をひきつらせてそうと答えた。
ノワールは翔介のヒーロー番組の撮影現場から演出、撮影法までを熱弁する。
翔介もついつい釣られて話に華を咲かす。
しばらくしてノワールは咳払いする。
「これはアークの奴らも喉から手が出るほど欲しい物のはずです。オクを確認しましたが、並のアークでは手が出せないでしょう」
「そうなんだ。でもちょっと給料我慢すればなんとかなりそうだけど?」
「その前に美少女フィギュアに消えるでしょう」
翔介はそうとしか言えない。
アークにとってMOEのエナジーは死活問題である。並みのアークはそれを言い訳に色々と買い込んでしまうのだ。
それ故に高純度のMOEエナジーを手に入れられず、その日暮らしのようになってしまうのだ。
「給料を貯めるという、超絶の高難易度の試練を乗り越えたもののみに手に入れることの出来る玩具」
「大袈裟だな。うちに来れば貸してあげるのに」
「そこなんです!」
ノワールは妖しく笑う。そして自身の考えを翔介に語る。
魔法少女は三人いた。赤、青、黄。
三人で半年間戦い続けたある日の事だ。
蜈蚣の怪人が握りこぶしを作って激高する。
「お前たち! 四人目の仲間がいるなんて聞いてないぞ!」
見に覚えないのだろう。三人は首を横に振った。
怪人は疑いの眼差しを向け続ける。そして強い語気で重ねて問う。
「桜色の魔法少女の事だ!」
青い魔法少女は赤い魔法少女へと向き直る。
「ロッソ知ってる?」
「いえ、聞いてないですね」
間髪入れずに否定した。それどころか三人は頭にクエスチョンマークが乱舞する。
「白い一角の戦士でもない……のですよね?」
「そうだ。知らないと言うのか――疑ってすまなかった。勝負の続きだ!」
程なくして蜈蚣の怪人は縦に真っ二つに裂かれて、その生涯を終えた。人だかりが一気に彼女たちに押し寄せる。
それまで周囲で固唾を呑んで見守り続けていたのだが、この時ばかりは魔法少女に触れられるかもしれないという一縷の望みを持って襲い掛かってくる。
そう襲いかかっているようにしか見えない。
彼女らは野次馬から逃げるように――否。逃げた。
跳躍しながら、赤い魔法少女は二人の仲間に聞く。
「ブル、ジャッロどう思いますか?」
ジャッロと呼ばれた黄の魔法少女はすぐに口を開かず、考えこむ。その様子を見てブルと呼ばれた青の魔法少女が答えた。
「敵の罠じゃ? こっちを混乱させるように。あのノワールって奴の入れ知恵かもしれないわ」
「まだ疑っているのですか?」
ブルは当然と言う。
「ブルさんの意見ももっともだと思うわ。でも、一角の奴らとの関係はないんじゃないかな? それだとしたらあたしたちに直接聞いてくるかな?」
ジャッロはそこで口を開いた。最後に彼女はロッソはどう思っているのかと聞く。
着地点に待ちかまえていた野次馬集団をすり抜けながら。魔法少女達は夜空を舞う。
「しばらくは飛行しながら、適当なところで降りたほうがいいかな?」
「近距離転移装置を使うのも考慮しといたほうが良さそうね」
ブルとジャッロは野次馬対策に思考を切り替える。
「同じ魔法少女なら会ってみたい」
ロッソはつぶやくようにポツリと言う。その声は聞きこぼしそうなほど小さい。けれど、二人はそれを聞き逃さなかった。
「「そうね」」
時を同じくして路地裏。そこは魔法少女たちのような華やかな世界は広がっていなかった。
何かがはじけ飛ぶ。それは地面を吹き飛ばし、壁を打ち破る。
路地裏は爆撃されたかのように、あちこち壊れていた。
赤い鮮血が壁を走っている。
漆黒の体躯。筋肉が硬化したような外皮。二本の角は左右から相手を挟む角。赤いマフラーを風にたなびかせ、二メートルをゆうに超える巨体。手には二本の日本刀の野太刀。刀身は赤い血で染まったかと錯覚するほど真紅。
「雌狐の差金である以上。容赦はせん」
「ははは。お前みたいな奴を……俺も、見逃せないぜ」
『逃げてください翔介さん』
一角の戦士の腹部から赤い鮮血が止めどなく流れ出ていた。誰もが見ても致命傷。それだけではない。袈裟斬りの傷跡が胸から左の脇腹で続いていた。肩口も斬られ、肉と赤い血が痛々しさを際立たせている。
「人間、雌狐を差し出し、この件から手を引くというなら考えなくもないぞ」
「あいつらの仲間か?」
『翔介さんこれ以上の出血は――』
息も絶え絶え。翔介自身が意識を保てていることに不思議に感じていた。
「仲間……だった。だな、今は袂を分かっている――」
「ならなぜ?」
鍬形の怪人はもったいぶるように、考える素振りを見せつける。
「私にとっても、アークにとっても、また魔法少女にとっても危険な存在だからだ。奴はその技術力をアークのために使っていた。しかし、それは今や己自身のために行使している。私からすればお前こそ、なぜ奴の味方をする。得体の知れない存在だろう? そんな者のために命を捨てるのはいささか、馬鹿が過ぎるぞ」
翔介は笑う。
「そういや、知らないな――」
「ならばなぜ?」
「――女の子を守るのは、男の子の義務だからだよ」
光る刃を握りなおす。
(とは言ったものの、こいつに対する攻略法はない。というより完全に勝てない。どうすればいい? どうすればいいんだ?)
翔介の視界は徐々に色を失っていく。白黒の世界に染まっていった。
『翔介さん!』
「それにさ。もしかしたら、アークの人たちと俺達は分かり合えるかもしれないじゃない。そのキッカケをノワールさんはくれたんじゃないかなって」
『翔介さん……』
鍬形の怪人は大きな体を揺らせて笑う。
「それで命を落とすとは、悲しいな」
翔介はノワールに一つ提案をした。
(後は俺が持つかどうかだ!)
「そうかな? そうかもな」
光る刃を低く落として、懐に飛び込む。
「今のその状況で、その踏み込み! 大したモノだ! だがそれは勇気ではない! 蛮勇だ!」
真紅の刃が音を斬り裂き、翔介に迫る。済んでのところで身を転がして回避。鮮血が周囲に飛び散り、激痛が翔介の体を襲う。
「うぐぅ」
歯を食いしばり、激痛と攻撃から避けていく。股下をくぐり抜けて、背中に回りこむ。
「無駄ぁ!」
回し蹴りで怪我を負っている場所を蹴られる。そのまま突き当りの壁まで吹き飛ぶ。ケリの衝撃は地面と周囲の壁を破裂させた。
壁を突き破り戦闘不能。とも、思われたが恐ろしいことに一角の戦士は立ち上がっていた。武器を構え直して、尚もその眼光に闘志を宿す。
「殺すしかないようだな」
飛び込もうと足の筋力を膨れさせた時だった。
「そこまでですスタッグ・アーク」
背後から女性の声が飛び込む。ノワールだ。
「まさか、お前自ら飛び出すとはな。お前にも情というモノがあったことに驚きだ――」
スタッグ・アークは悠然と振り返る。
「――大方。こやつを囮に逃げ出すと思ったのだがな――ぬぁにぃ!!!」
振り返ったスタッグ・アークは驚愕の声をあげた。
「貴様、貴様なぜそれを持っている!?」
「これですか?」
ノワールは右手に持つそれにナイフを突き立てた。
それは、大人用の変身ベルト。並みのアークでは手に入れることの出来ない至高の玩具である。
彼女はこれ見よがしに、ナイフで玩具を叩く。
「貴様! それが何かわかっているのか?!」
「わかってます。わかってるからこうしているのです」
ノワールの表情は勝利を確信していた。
ナイフを何度も突き立てる素振りを見せては、スタッグ・アークを無駄にハラハラさせる
「だからこそ、スタッグ・アーク。貴方こそわかっているのでしょうかね? 身動きしてごらんなさい。これに傷がつきますよ?」
邪悪な笑みで彼女は宣告した。対する鍬形の怪人は唸るように悔しがる。
「心を持たぬか貴様!」
「ええ、邪悪で最悪な悪の科学者と自負してますし。あらぁ? スタッグ・アークさん?もしかして、私の首を一瞬で飛ばすのですか? いいですよ? でも、そしたらこのベルト、地面に落ちちゃいますねー」
スタッグ・アークは膝をつき、両手で地面を叩く。血涙を流しながら、怨嗟の声を上げる。
「ノワァアアアアアアアアアアアアアアアアル! 貴様ァ!!!!」
対するノワールは高笑い。どちらが悪役なのかわからなくなるくらいである。
調子に乗って頭を踏みつける悪の科学者。
「見逃してやる、行け」
「何を言っているのですか?」
スタッグ・アークは首を傾げた。
ノワールは何も言わずに、スタッグ・アークに近寄る。そして彼の腰にベルトを巻いた。
それだけで昇天しそうなほど嬉しい彼はMOEエナジーを急速にチャージする。
「馬鹿めが! 血迷ったか!」
「馬鹿は貴方です。貴方の外皮で身動きすればベルトに傷がつきますよ?」
スタッグ・アークは腰をひねろうとして気づく。ギリギリに巻かれているソレに。そして自身の指を見る。指先は尖っていて取ろうとして傷をつけてしまう。
鍬形の怪人はMOEエナジーを生成しながら敗北の絶叫を上げる。
~続く~
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鍬形の怪人はヒーローに憧れているのだった