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真恋姫無双幻夢伝 第四章10話『じゃじゃ馬ならし』

官渡の戦いが続きます。愛紗の説得シーンです。

2014-11-01 09:17:53 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2068   閲覧ユーザー数:1908

   真恋姫無双 幻夢伝 第四章 10話 『じゃじゃ馬ならし』

 

 

 〝どんなに長い夜も、必ず明ける〟   (シェイクスピア、「マクベス」より)

 

 捕えられてから幾日が過ぎたであろうか。日数を数えるために部屋の片隅の壁に付けていた傷は途中で途絶えている。釈放の日取りが分からない以上、いくら数えていても無駄だと気付いたからだ。そして助けが来ない限り、彼女が牢を出ること、それは処刑を意味していた。

 重たい手錠や足枷は相変わらず煩わしいことこの上ない。しかし華雄が投げ入れてくれた棒のおかげで、不自由ながら稽古をすることが出来た。

 それは素直に嬉しい。だが、

 

(これが何の意味になろうか)

 

 すっかり変わってしまった窓からのぞく風景が、彼女に虚しさをもたらしている。

 

(……?)

 

 遠くからコツンコツンと廊下を歩く音が聞こえてくる。これはいつも巡回している看守の草鞋の音では無い。

 

(……靴、か?)

 

 華雄が来る以外は、身分の高い人が履くこの靴の音は聞こえないはず。

 一度だけ、張遼が来たことがあった。その時は勝負目的で牢から連れ出されそうになったが、すぐさま賈駆や華雄たちによって張遼はあっという間に連れて行かれていった。

 

(また、華雄か)

 

 毎回毎回、しつこく勧誘されることは迷惑な話である。しかしながら、それが唯一の気晴らしの手段になっていたことは否めない。彼女がもたらしてくれる外の情景は、一種の清涼剤の役割を果たしていた。

 扉が開く音がした。彼女は華雄を迎えようとして、扉の方に目線を上げた。

 

「よう、まだ生きているか」

 

 驚愕した。そして次の瞬間には彼女の体の中に殺意が湧く。華雄だと思って待っていた相手は、この世で今一番憎んでいる相手だった。

 

「そんなに睨むなよ。照れるぜ。関羽」

「李靖!!」

 

 愛紗は立ち上がると、刺すような視線をアキラに向けた。両手に棒が握られている。もしこの手錠と足枷が無ければ、一瞬で奴の脳天を叩き割ることが出来るだろう。

 そのような視線を浴びているにもかかわらず、アキラは朗らかに笑いかけた。

 

「まずは座ってくれ。そんなに敵意むき出しの状態が続いては、話も出来ない」

「………」

 

 愛紗は先ほどまで腰かけていたベッドに再び座った。しかしその鋭いまなざしは依然としてアキラを貫いている。

 

「まあ、仕方ないか。世間話もしたくなさそうだし、さっそく本題に入ろう」

 

 アキラは部屋にあった椅子の背もたれを前にして、それを抱えるように座った。その様子がだらしなく見え、余計に愛紗の怒りを高まらせた。

 

「貴様と話すことなど、何もない!!」

「そう叫ぶな。ここは音が反射しやすいんだ。耳が痛い」

 

 愛紗はそっぽを向いて拒絶の意を示す。会話どころか、この男の視線を浴びることも不愉快である。

その態度にもかかわらず、彼はにやりと笑った。

 

「関羽。劉備の元に帰りたくないか?」

 

 バッとアキラの顔を見る。目を見開いて、その真意を探ろうとしていた。

 

「ど、どういう意味だ?!」

「そのまんまさ」

 

 そう言うとアキラはおもむろに、現在の桃香や一刀たちの状況を説明し始めた。

 

「知っているか?今、北郷たちは苦境に立たされているんだ。奴らは劉表の遺子である劉琦を抱き込んで荊州の北部を取り込めたまでは良かった。だが、荊州南部はそう上手くいかなかった。劉琦の弟である劉琮を擁した豪族連中は、曹操の協力を取り付けた。この結果、荊州は北郷たちの鎮圧戦の様相から変わってしまう」

「曹操は天子様を保護している……!」

「理解が早くて助かる。つまり劉琮陣営は天子様のお墨付きがついたことになる。さて、どちらが劉表の正統な後継者かな?」

 

 いくら北郷一刀が天の御遣いであろうと、いくら劉備玄徳が中山靖王の子孫であろうと、それを証明してくれる人や物は存在しない。その苦しさは、愛紗が彼らと共に黄巾族と戦っていた頃から感じているものだ。現在の皇帝の威光とは比較も出来ない。

 

「くそっ!」

「とは言っても、勝てば官軍だ。北郷は実り豊かな荊州北部で養った兵士と共に南部に進軍すればよい。だが、奴らは出来ない。なぜか、分かるか?」

 

 愛紗の返事が無いことを確認した彼は、一呼吸おいて答えを述べた。

 

「留守を預かることが出来る“将”がいないのだ。少数の兵士でも孫策や曹操に対抗できる“将”がいない。分かるだろう、関羽?智謀では孔明、武勇では張飛や趙雲らがいるが、どちらも兼ね備えた将はいない。荊州北部全てをまとめうる奴が必要だ」

 

 アキラの眼がキラリと光ったような気がした。

 

「つまりだ、北郷たちの苦境の原因は、“関羽雲長がいないこと”なんだよ!」

 

 その言葉を聞いて、急に息苦しさを感じた。ご主人様や桃香様、そして仲間たちが苦しんでいる。その苦しそうに叫ぶ彼らの表情がありありと脳裏に浮かぶ。

 この牢の中で惨めに朽ち果てていく自分が必要とされているのだ!

 

(ああ、出たい!ここから出たい!早く助けに行きたい!)

 

 水を求めるかの如く、渇望する顔つきの愛紗を見て、アキラの眼が再び光った。

 

「関羽、ここから出たくないか?そして北郷の元に行きたくないか?」

 

 気が付くと、愛紗は転びそうになりながら自身の身体を彼に詰め寄らせていた。そして枷の付いた手で彼の服を必死に掴む。棒はすでに手放していた。

 まとめていない長い髪を振り乱しながら、アキラに大声で尋ねる。

 

「ここから出してくれるのか?!!」

「ただし!ただしだ。一つ条件がある」

 

 アキラは立ち上がり、こちらも近づく。そして体を屈ませ、彼女と顔を突き合わせた。

 

「一戦だけ協力しろ。そしたら解放してやる」

「一戦だけ……?」

「そうだ。一戦だけ協力し、俺たちを勝利に導くことが出来れば、お前は自由の身だ」

 

 こう言うと彼は椅子を回転させ、今度は背もたれに寄りかかりつつ座った。そして腕と足をそれぞれ組みながら、こう提案するのだった。

 

「これから我が軍は曹操の援軍として、袁紹との決戦に向かう。お前は副将として、500人の兵士の指揮をしてもらいたいと考えている。お前は河東郡の出身だし、黄巾族討伐では冀州周辺で暴れている。相手の兵士どもへの威圧にはうってつけだ」

 

 彼に合わせるように愛紗も少し離れて立って腕を組む。そして首をかしげる。高圧的に頼んでくる彼に対して、どうにも信用が出来なかった。

 

「本当にそれだけか?」

「そうだ」

 

 愛紗は黙った。この男の話が本当ならば、自分が合流すれば荊州を制圧できるだろう。そうであるならば、わざわざ敵を強大化させることをなぜ彼はするのだろうか。

 そんな彼女の疑念を見透かすように、アキラは理由を言い重ねた。

 

「確かに、お前を開放すれば北郷たちは荊州を獲得できる。しかしこちらとしては、袁紹との戦いに勝つことの方が重要だ。もし袁紹が勝てば、俺たちはおしまいなんでな。それに」

「それに?」

「荊州を獲得したとしても、こちらは華北全土の連合軍だ。“お前らごとき”がどれだけ努力しようと、最後はこちらが制圧できるだろう」

 

 挑発的に笑った彼に、愛紗の眼がつり上がった。

 

「いいだろう!最後はこちらが勝つことを証明してくれる!」

「よし!交渉成立だ!」

 

 その声がきっかけだったのか、すぐに看守が扉を開けて愛紗の手錠と足枷を解いた。久方ぶり感じる手足の自由さをかみしめる。

 アキラは彼女に告げる。

 

「出陣は明日だ!十分に支度をしておけ!」

 

 生気を取り戻すどころか、怒りで顔を真っ赤にした彼女は返事も返さずに、光が注いでくる扉を通り抜けた。看守の後ろを大股で歩く彼女の姿は、先ほどまで感じていた憂鬱さをあの牢の中に忘れてきたようだった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、まだ朝霧が立ち込めている時間に彼らは出陣した。

 汝南の城門の前で整列する500の兵士たち。その先頭で馬に乗るアキラを、月や詠たちが見送っていた。

 

「冀州は隴西ぐらい寒いと聞きます。お身体をご自愛ください」

「しっかり戦ってきなさい。いいわね!」

「分かっている。留守は任せたぞ」

 

 月や詠にアキラが力強く答えている。微笑ましい。アキラの後ろで同じく馬に乗っている愛紗は率直にそう感じた。美しく束ねられた髪を手で整えながら、彼らの姿を見つめている。まるで私たちの陣営と同じよう。

 

「関羽」

 

 ハッと気が付いた彼女は下から声をかけてくる影を見つける。そこには凪と真桜がいて、こちらをじっと睨んでいた。

 

「あんた!隊長に指一本でも手出してみぃ!ただじゃすまさんで!」

「くそっ!なんで私じゃないのだ……」

 

 敵意を向けてられているにもかかわらず、不思議と不快には思わなかった。愛紗は二人に尋ねてみた。

 

「なぁ、お前たちにとってあいつはどういう存在だ?」

 

 お互いの顔を一度見合わせた彼女たちは、再び愛紗の方に向いて、異口同音にこう言った。

 

「「希望だ/や!」」

 

 目を丸くする愛紗に、2人は自分の思いをもっと伝えた。

 

「荒れ果てたこの地を蘇らせ、そして民のための国を築いてきた。隊長がいなければ、あの状態から何も変わっていなかっただろう。この汝南にとって、そして私たちにとって、隊長は希望の存在だ。光なのだ」

「そうや!……まあ、凪にとっては、もうちょっと違う存在かもしれへんけど」

「な、何を言うのだ?!」

 

 くすくすと笑う真桜に凪は顔を赤らめて抗議している。その様子がまた懐かしさを感じさせてしまう。

 出発の時間が来た。アキラは手綱を引いて兵士たちの前に来ると、腕を振り上げて宣言する。

 

「出陣だ!行くぞ!」

 

 野太い雄叫びが挙がる。いつの間にか靄は姿を消しており、行く手に朝日が輝く。まばゆい光が全員に降り注ぐ。

 手で光を隠しながら進む。ふと、手の隙間から前を見ると、先頭を行くアキラ自身が美しく輝いていた。

 愛紗は思った。それは勘違いであるはずだと。

 


 
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