あずさ「はぁ……」
小鳥「あら、色っぽいため息」
あずさ「……いらっしゃったんですか」
小鳥「ええ。事務員さんですから。いつもいつも、どんな時でも事務所にいて、みんなを笑顔で迎えるんですよ」
あずさ「まあ。それは素敵ですね」
小鳥「実際には無理なんですけどね。でも、出来るだけ頑張っているんです。そうすれば……」
あずさ「そうすれば?」
小鳥「今のあずささんみたいに、悩んでいる子に声をかけることだってできますから」
あずさ「……そんなふうに、見えちゃいますか?」
小鳥「いつも見ていますから」
あずさ「う~ん。悩み、というほどではないんです。でも、どうしたらいいのかなあって……」
小鳥「わからなくなっちゃいましたか」
あずさ「私が気にしすぎているだけなのかもしれなくて……でも、このままだと少し困ってしまうから」
小鳥「あずささんが困っちゃうなら、何とかしていった方がいいと思いますよ?」
あずさ「それが、困ってしまうのが今のところ私だけみたいなんです。私が我慢すればいいのかなあって」
小鳥「ダメですよ。意外とそういうところから人間関係って崩れていったりするんですから」
あずさ「私もなんとかしたかったんですけれど、どうしたらいいのかわからなくて……あの、こういうことって、音無さんにもありますか?」
小鳥「ありますよ。というか、しょっちゅうです。歳を重ねるごとに、そんなことばっかりが積もっていくものです」
あずさ「そうですか……」
小鳥「私でよければ、話、聞きますよ。相談相手としては、ちょっと物足りないかもしれませんが」
あずさ「えっ!本当ですか?」
小鳥「はい。もし時間があるなら……あ、そうだ!久しぶりに飲みにでも行きませんか?今日は、二人だけで」
あずさ「二人きり、ですか。うふふ、音無さんと二人きりって……あら?そういえば初めてかもしれませんね」
小鳥「決まりね。お店は任せてもらってもいいですか?とっておきの、落ち着けるお店があるんです」
あずさ「お任せします。音無さん、ありがとうございます」
小鳥「お礼は話のあとで、ね。力になれるかどうかもわからないですから」
あずさ「いえ、それでも。正直なところと言うと、音無さん以外には相談できる人もいませんでしたから」
小鳥「麻雀、ですか」
あずさ「はい。事務所の子たちがいつの間にかみんなで遊んでいて、話もそちらに流れてがちで……」
小鳥「そういえば、あずささんはしばらく春香ちゃんと会ってないですもんね。麻雀はあの子が中心になって広めているんですよ」
あずさ「そうだったんですか。私、いつの間にか仲間はずれになっちゃったのかなあ、なんて思っていました」
小鳥「そんなことあるわけないじゃないですか。春香ちゃんに会えばきっと、いつものペースで巻き込まれちゃいますよ」
あずさ「うーん……仲間はずれじゃなくて良かったんですけれど、いきなり誘われるのは、それもちょっと困っちゃいます~」
小鳥「麻雀、ですからねえ。正直なところ、私も『なんでこんなに麻雀が受け入れられているのかな』って思っています」
あずさ「ふと気づいたら皆がまーじゃん?のお話しているので、私はいったい何が起こったのかと……」
小鳥「今はもう、興味の無い人の方が少なくなっちゃってますもんね」
あずさ「普通の話題なら、わからないことでも聞くことでお話はできるんですよ。でも、まーじゃん?は聞いてもよくわからなくて」
小鳥「あー、そうなんです。麻雀の話題は、用語とかやり方とか、そういう知識がないとまず理解できません」
あずさ「聞いてばかりだと申し訳が無くて……それに、話がまーじゃん?になると、何故か話題が切り替わらないんです」
小鳥「はぁ。みんな、ちょっとハマりすぎねえ。私が言えた義理じゃないけど」
あずさ「あら。音無さんもずいぶんとやってらっしゃったんですか?」
小鳥「あ……えと、若い頃に。一時期だけなんですけど、ちょーっと酷かったといいますか、周りが見えてなかったといいますか……その」
あずさ「話したくないことでしたら、いいんですよ。今日は私の相談なので」
小鳥「すみません。できればみんなには内緒で」
あずさ「大丈夫です。誰にも言いませんよ。こう見えても口は堅いんですから」
小鳥「ありがとうございます。それにしても、この麻雀の流れはどうしたものでしょうね。私が止めるのも何か違いますし」
あずさ「私も遊べたらいいなあと思ったりもしたのですが、話を聞いていると、なんだかとても私には向いていないような気がして……」
小鳥「……えっと、これは正直に答えた方がいいですよね」
あずさ「はい。本当はずっと、まーじゃん?をよく知っている音無さんに聞いてみたかったんです。私にもできるかどうか」
小鳥「わかりました。では、あくまで私の考えですが、お話します」
あずさ「お願いします」
小鳥「あずささんの優しい性格も、のんびりとした気質も。おそらく麻雀に向いていません」
あずさ「ああ……やっぱりそうなんですね」
小鳥「麻雀は、例えば頭が回る人や強気な性格の人が有利になりやすいゲームです。伊織ちゃんみたいに」
あずさ「……はい」
小鳥「ですから、向いている向いていないという話であれば、あずささんは麻雀に向いていないと思います」
あずさ「……仲間に入れないというのは、ちょっと寂しいですね。我慢、するしかないのでしょうか」
小鳥「いえ、そうではありません。あくまで『ちょっとだけ他の人よりも苦労しますよ』という話です」
あずさ「えっと……それはどういうことでしょうか?」
小鳥「うふふ。あずささんは難しく考えすぎですよ。麻雀なんてゲームなんですから、向いていなくたってやっちゃえばいいんです」
あずさ「でも、みんなの迷惑になりそうで……考えるのが遅いとゲームが進まなくなるという話も聞きましたから」
小鳥「気にしちゃダメですよ。それを言うなら、私が満足できるスピードで打てるのはプロデューサーと伊織ちゃんだけ」
あずさ「えっ?」
小鳥「みんな、まだまだ初心者なんです。だから初心者同士、なんの気兼ねも無く遊べますよ。あずささんも」
あずさ「……そう、でしょうか」
小鳥「話を聞いた限りでは、解決できないかもしれない問題は『あずささんが麻雀を面白いと思うかどうか』だけです」
あずさ「えっ?あ、あの。ええっと~……すみません。私の中では、まだ何も解決していないのですが、どういうことなのでしょうか?」
小鳥「それ以外は、私が解決できるということです。あずささん、私から麻雀を学んでみませんか?」
あずさ「ええっ!?」
小鳥「年長者として恥ずかしくない程度になら、すぐになれると思います。今の春香ちゃんになら、丸3日ほどあれば追いつけますよ」
あずさ「それは、でも、えっと……いいのでしょうか?」
小鳥「あずささんさえよければ。だから、一番の問題は麻雀を面白いと思うかどうかだけ。そこだけは、嘘を吐いてほしくないかな……」
あずさ「ええ、わかりました。嘘は吐きません。面白さがわからなければ、そう言うようにします」
小鳥「では、たった今から、あずささんは私の初の教え子です」
あずさ「あらあら。じゃあ音無さんの名前に恥じないような弟子にならないといけないですね」
小鳥「頑張りましょうね。それではまず……後で説明しますので、これからこのメモ帳に書き込むことを見ていてください」
あずさ「えっと、ひょっとして、もう麻雀のお勉強が始まっちゃうんでしょうか?」
小鳥「もちろんです。言い忘れましたが私、麻雀にはかなり厳しいですよ。もしそれが嫌なら、今に限り今日の話は全て忘れますが」
あずさ「……いえ、やっぱりお願いします。私、音無さんを信じます」
小鳥「……っ!……ありがとうございます。じゃあ、続けますね」
あずさ「えっと、長方形が3つ、と、もうちょっと小さいものが1つ……縦が4cmで横が9cm、と7cm」
小鳥「今は単位は考えないでね」
あずさ「あ、はい。えっと、4×9=36、36×3=108、4×7=28、108+28=136」
小鳥「そう。そして、これが麻雀の全てです」
あずさ「あ、あら~???」
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あずささんは出遅れてしまったようです。
(閑話です。前・中・後編それぞれ、流行に出遅れている人が出ます)
注1:『一』は一マン、『1』は一ソウ、『(1)』は一ピンです
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