女子とは、恋バナの好きな生き物である。かの有名な妲己やリリスも…
「妲己。貴女、最近どう?お店」
「そうねぇ…問題なく繁盛してるわよ。貴女こそ、旦那と恋人はどうしてる?」
「やぁねぇ、恋人じゃなくて友達よ、皆。ダーリンとは相変わらず仲良くしているわ。そういえば、友達の一人が【好きな子が出来た】って嬉しそうにしていたわ」
こんな風に時々会っては恋バナを楽しむ。
リリスが、不意に正面にいる妲己から視線を横にずらした。
「鬼灯様はどう?白澤様と」
「…」
リリスの質問に妲己の視線も鬼灯に移り、彼女は少し居心地の悪さを感じた。
「別に…いつも通りですよ」
時間のある時に会いに行って、たまに白澤が薬の配達を口実に会いに来て、会ったら彼は嬉しそうな笑顔で鬼灯を見る。たまに鬼灯に女物の贈り物をし、デートをして、手を繋いで、たまに二人きりの時にキスをして。
「つまり、『進展なし』って事で良いかしら?」
リリスはスパッと纏めた。
「私ではその気にならないのでは?女の魅力など皆無ですし」
鬼灯は、妲己やリリスに会う度に白澤との仲を訊かれる。いつ何をしたかならまだ良いのだが、どこまで進展したのかを訊かれ、答えると残念そうな顔をされたりもする。
「女性が大好きな白澤様が一人を見付けたというから、付き合う女性はさぞ大変だと思っていたのに…」
次から次へととっかえひっかえ女性と遊び回っていた白澤である。皆、例外なく、彼は早い段階で手を出すかもしくは浮気をするものと思っていた。だが真相は…
「でも白澤様、集合地獄へは薬の配達やお酒を飲みに行く程度で、女性を口説く事すらしないわ」
これが妲己の言である。
女の影もなく、鬼灯との仲も進展なし。白澤らしくないと、妲己もリリスも感じていた。
「でも、鬼灯様に女の魅力がないだなんて事は決してないわ」
「そうですわよ。貴女から仕掛けてみてはいかがかしら」
リリスからは自分の考えを否定され、妲己からは発破を掛けられた。
「自分からと言われましても…」
「鬼灯様が、白澤様からして貰って嬉しいと思った事を白澤様にしてあげるのよ」
ニッコリと、有難い助言を頂いた。
* * *
《今日の夜、其方に伺っても良いですか?》
昼休憩中、鬼灯はそう書かれた携帯電話の画面を凝視する。
果てしなく恥ずかしい。大体は連絡をしてから行くものの、今回は異様に恥ずかしくていつものメールを送信するのに一苦労である。
(ええい!ままよ!)
親指に力を込める。携帯電話の画面の中で、封筒が奥に飛ばされ、次いで『送信されました』の字。はぁ…と溜息を吐き、席を立った。
白澤から返信が来たのは、食堂から出てすぐの時だった。
《了解,等候着☆》
何故か中国語である。そして最後の星マークは楽しいのか嬉しいのか…。
以前は金棒で騒々しい音を出し扉を開けていた鬼灯だが、今は静かに開け、普通に挨拶をする。
「ごめんください」
「欢迎光临,鬼灯!」
すぐに応えてくれたのは、店主の白澤である。遅れて彼の部下兼弟子の桃太郎も顔を出す。
「いらっしゃい、鬼灯さん。夕食、食べましたか?」
「いいえ、まだです」
「じゃあちょうど良かった!一緒に食べよう!」
鬼灯の言葉に、白澤は嬉しそうに笑って彼女の手を掴みグイグイ引っ張る。鬼灯と夕食を共に出来るのが嬉しくて堪らないようだ。桃太郎がこっそり苦笑した。
白澤の作る料理は、食事も菓子も茶も、よく疲れがとれるので鬼灯は好きだ。今は夕食も食べ終わり、三人でまったり茶を飲んでいる。
「鬼灯、明日は仕事休み?」
「でなければ、今夜此処にはいませんでしたよ」
鬼灯は多忙で、慢性的な寝不足である。いつもは自室でぐっすりだが、一度白澤の店で居眠りをして朝に目を覚ました事があった。その際、自室よりも白澤の店の方がよく眠れると知った彼女は、翌日の仕事が休みの時は彼の店に行くようになったのだ。
茶も飲み終わり、桃太郎も「おやすみなさい」と挨拶をして店を出た。今、『うさぎ漢方 極楽満月』にいるのは白澤と鬼灯のみ。因みに、鬼灯も白澤も風呂上りでポカポカだ。
「鬼灯、疲れただろ?もう寝る?」
ソワソワしながら訊ねる。
「そうですね。…あの」
白澤がソワソワするのはいつもの事だが、今夜は鬼灯もソワソワしている。
「何?」
珍しく頬を染めモジモジしている鬼灯に、白澤の顔も赤くなる。
「あの…明日、何処かに行きませんか?」
躊躇いながらも鬼灯の唇から出た言葉は、まぎれもなくデートのお誘いである。白澤は天にも昇る心地がした。
「当然!想去哪里?」
嬉しくて堪らないといった様に鬼灯の両手をギュッと握る白澤。この二人のデートは、白澤から誘うのが殆どだ。鬼灯から誘うという事は、一度もない。だから余計に嬉しいのだ。
「現世で、ハロウィンの祭りがあるらしいので…」
ハロウィンはアメリカで民間行事として定着している祭りだが、祭好きの日本人は外国の祭りに乗っかる事が結構ある。今回も、夕方から深夜にかけて祭りをする地域があるのだ。ジャック・ランタンの灯りをつけ、秋の食材で料理を振舞われる。
「了解、夜ね。でも明後日は仕事じゃないの?」
「珍しく、明後日も休みを貰いました」
「へぇ…珍しいね、ワーカーホリックのお前にしては」
訝しみながらも嬉しそうに言われ、鬼灯は苦笑した。
* * *
翌日。『うさぎ漢方 極楽満月』は仕事である。
いつもは白澤と桃太郎の二人が薬を作るが、鬼灯がいる時は彼女も手伝う。最初は店を閉めてイチャイチャしたがっていた白澤だが、鬼灯に「働け」と言われて、渋々開店した。そんな時、鬼灯が白澤に薬の指導を頼んだのがきっかけで、休日の日中は彼女が店を手伝うという図が完成した。
白澤が患者の容体を訊き、桃太郎と鬼灯が作る。たまに白澤に指南を仰ぐ。
鬼灯の手伝いの甲斐もあって、昼頃には客足も一時途絶えた。といっても、患者はいつ来るか分からないので油断は出来ないのだが。
昼食も終わり、三人はまったりと茶を飲んでいる。
「やっぱり、鬼灯さんがいると仕事が捗って良いですねぇ」
おかげで美味い茶をゆっくり飲める。桃太郎はホクホクである。鬼灯も優雅に茶を飲みながら、外を眺める。
「やはり、此処はいつでも明るく、暖かいですね」
「桃源郷だからね~」
この中で一番ゆったりまったりしてるのは、白澤であろう。仕事は忙しくしなくて良い、すぐ傍に恋人がいる、茶が美味い。幸せな時間である。
「あの…お客様が来る迄、外にいませんか?」
「? 何で?」
白澤の訝しげな視線に、鬼灯が僅かに赤面する。
「私…最近忙しかったんですよ」
「うん」
「癒しが欲しいんです」
「つまり?」
「…モフモフ」
「…兎さんは?」
鬼灯は動物が好きである。特に毛をモフるのが多忙の彼女にとっての至福だ。そして此処には店の従業員である兎がたくさんいる。いつもなら兎を抱いてモフる。
「今日は長い毛に包まれたいんです。桃源郷は暖かいので、きっと気持ち良いんでしょうね」
「つまり、獣の僕をモフりたいの?」
「…はい」
恥ずかしそうに俯いて肯定。これは初めての事である。前から興味はあったのだ。彼の長い毛は、どんなに暖かく、心地良いのかと。だが、鬼灯の羞恥心が白澤に頼む事を躊躇させたのだ。
白澤としては意外で、そして嬉しい事だ。
「良いよ」
ニッコリと了承した。
白澤の毛は、純白である。日の光にあたると、キラキラとしてとても綺麗だ。そして予想通り、手触りがとても気持ち良い。
「ん~…至福のひとときです」
鬼神はご満悦である。白澤としても、鬼灯に撫でられるのは心地良かった。
「伊達にしょっちゅうモフモフしてないね」
神獣の方もご満悦である。
陽の香り、桃の香り、白澤の香り、柔らかくて美しいモフモフ…鬼灯は次第に微睡んできた。
「鬼灯、眠いの?」
鬼灯の撫でる手付きが遅くなってきた事に気付き、白澤が様子を窺う。彼女は眼を閉じながらも、モフる手は未だに動いていた。
「眠いなら寝ても良いよ」
「…店が…」
「お客さんが来たら、桃太郎君が教えてくれるから」
「んん…」
もう半分以上寝ていた。白澤は尾を動かし、鬼灯を包む。
「晚安,是鬼灯。好的梦」
白澤は獣の姿のまま鬼灯にキスをして、自分も目を閉じた。
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白澤と鬼灯の一日。