No.731977

司馬日記外伝 月の新採戦線異状なし

hujisaiさん

皆様コメントやリク有難う御座います、有り難く何度も読み返しております。
さて今回は月のメイド新規採用のお話です。
今後も御笑覧頂けますと幸いです。

2014-10-23 00:16:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:11518   閲覧ユーザー数:7134

 

「次の方お入り下さい」

また詠ちゃんに怒られちゃった…もっと基準を下げないとだめなのかなぁ。

心の中でだけため息をついて、なるべく明るく部屋の外へ声をかけた。

 

「失礼するわ」

うわぁ。なんだか偉そうな雰囲気の人。

 

「えっと、ではそちらに掛けて下さいね」

「こちらで良いのね」

「まずお名前をどうぞ」

「許攸、字は子遠よ」

「はい。ここのお仕事を希望された理由は何ですか?」

「そうね、まあここが天下に一番近いから、かしら?」

 

…この人は何を言ってるのかな?

 

「…前職について教えて下さい」

「やぁね、履歴書に書いてあるじゃない。麗羽の所にいたけど余りにも能天気だったから華琳の所へ移ったわ。今の華琳があるのはあたしのお蔭と言っても過言じゃないわね」

「どういった御実績で?」

「官渡の戦で麗羽の糧食基地だった鳥巣を華琳に襲わせたわ、魏がまともな勢力になれたのはそこからよ。それだっていうのに華琳はなんだかんだ言ってあたしを高位の職に就けないのよ、もうやってらんないからこっちに来たってわけ」

 

「先に天下に一番近いからと仰いましたが、いま少し具体的に教えて頂けますか?」

「そんなのわかりきってるじゃない。ここには皇帝がいるんでしょ?そばにあたしがついてあげて、色々指導をしてあげるのよ」

「して『あげる』?」

「?何か言った?」

「いえ、何でもありません」

右手の方から何か鈍い音がしたと思ったら、記録用の筆をへし折っちゃってた。

古くなってたのかな?詠ちゃんと文房具なんかの経費も大事に使わなきゃねって話してたのに、いけないいけない。

 

「こちらは雑務一般で募集をかけさせて頂いてるんですけれど、そこは御承知置き頂けるでしょうか?」

「まあはじめのうちはちょっと位やってあげてもいいわ。でも早晩あたしの経世の腕が認められちゃうから、そしたらそんな雑用は女中にでもやらせてよね」

「…女中『にでも』?」

なんだろう、後ろ髪がふわふわ浮き上がっちゃう感覚。

カタカタカタッと天井裏から音がしたと思うと、まるで逃げるみたいに明命ちゃんが全力で走っていくのが見えた。どこに行っちゃうんだろ。

それと入れ替わるみたいに斗詩ちゃんが庭に姿を見せたので会釈したら、にこっと微笑んでくれた。

うん、なんだか通じ合えそうな笑顔。

 

「ま、なんにせよあたしは飯炊き女で終わるような女じゃないのよ。なのにどいつもこいつもあたしの価値を正しく見極められないもんだから、とりあえずここ(総務室)から一気にのし上っていくの。これはそのための第一歩よ」

校尉になっても位人臣を極めてもなおその飯炊きをする人も、他にもしたいって人はいっぱいいるんですけれど。

「給与は募集要項に記載のとおりですが、福利厚生等について御質問はありますか?」

「給料は将来的には丞相並み位は欲しいわね」

 

…今私福利厚生について質問がありますかって聞きましたよね?

なんだか左手に持ってる履歴書が見にくいな。…あ、私が震えてたんだ。

なんでだろ、ぶるぶる震えるのが止まらないや。

 

「…こちらは夜勤もありますけど、それは大丈夫ですか?」

「やぁよ夜勤なんてお肌荒れちゃうじゃない。…うふ、そう言えば聞いたんだけど皇帝ってすっごい好きモノなんですって?どうしてもって言うんなら考えてあげてもいいけど、今まで買い込んだ他の女たち全部売っ払ってくれなきゃ嫌よ?」

 

「……………」

誰が何を買い込んだのかな?

ご主人さまと皆さんは望み望まれてここにいるんですけれど?

売っ払うって何をかな?誰をかな?誰がかな?

どくどくと心臓が脈打つのに、何だか血の気が引いてく感じ。

深呼吸、しないと。

……あ、あれ?頭、が。

 

 

 

 

 

 

 

「…有難う御座いました。面接はこれで終了です」

「あら、もういいの?」

「はい。結果は、合格です」

「ふふっ、まあ当然よね。で、いつから来ればいいの?」

「今すぐです」

「えっ?」

許攸さん、驚いてる。

でも、今すぐでも遅すぎるくらい。

 

「斗詩さん居ますか?」

「居るよ、月ちゃん」

庭からいつの間にか部屋の入り口に来ていたけれど、なんでだろう斗詩さんが初めからそこに居たような気がした。

「今から許攸さんの研修の指導をお願いします」

「うん、任せて」

「斗詩!?貴女こんなところにいたの?」

「私だけじゃないよ。椿(審配)もいるんだよ」

「久しぶりねぇ、(許攸)子遠さん」

「正南(審配)まで!?」

「まぁ私たちだけじゃないんだけれどねぇ。それで月さん、どこに連れていけばいいのかしら?」

「特別室の(七)…いえ、(六)へ。道具は何をどれだけ使っても構いません、自分の姿を鏡で見せてまず立場を分からせるというところからお願いします。また真桜さんの開発品の振動機能耐久試験の実験も併せて実施してしまって下さい。それとご主人さまが翠さんに使われた例の薬も必要なだけどうぞ。あとは心身の回復も適度に行って、決して発狂させないように。目的はあくまで調きょ…研修ですから」

「うん。それで、どのくらいまで『研修』すればいいかな?」

「そうですね、心から笑顔でご主人さまの為に働きたいって言える様になったら様子を見せて下さい。あと、忠誠を誓わせる相手はあくまでご主人さまですから、そこを勘違いさせないように注意して下さいね」

「了解したわ。でも、御主人さま直々には『雌導』して貰わなくていいの?」

「それは難しいと思います。むしろ一度心をへし折っておいて、自分から望むようにしておけば後は時間の問題ですから」

「私も月ちゃんの言うとおりだと思うな。それじゃ子遠さん、行きましょう?」

「痛っ、ちょ、ちょっと斗詩引っ張らないで!どこに連れて行くのよ!?」

「うふ、天国かしらねぇ?初めはちょっぴり辛いかもしれないけど、大丈夫よ直ぐすっごく気持ちよくなっちゃうから…あはっ」

「は、離しなさいよぉーっ!?」

 

斗詩さんに引きずられていく許攸さんの姿が小さくなっていくのを見ながら、得体の知れない達成感と眩暈を感じる。

これで彼女もここで働くのに相応しい娘になるかな。

なるよね。

ご主人さまが女の子を買ってきたなんて言わない娘に。

なるよね。

私は疲労感のようなものに襲われて、座椅子に凭れて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(…間に合ったの?)」

「(何とか。明命が知らせてくれて)」

「(月の許可があるって言って、審配がありったけ媚薬持ってったって聞いたけど)」

「(…縛られてたけどまだ服着てたし、薬は全部未使用だったから身体的には。ただ斗詩に聞いたら『一刀さんが女の子をお金で買うような人じゃないって事を説明していただけですよ』って言うんだけど、物凄く怯えてたし金光鉄槌は床にめり込んでたし…あと許攸さんてどんな娘なの?)」

「(冀州じゃ結構有名な札付きのクソ生意気女よ、麗羽のとこにいた娘なら誰でも知ってるわ。華琳のとこの下っ端で燻ぶってるとは聞いてたけど、よりによって月に喧嘩売りに来るとはね…身柄、どうしたもんかしら)」

「(?単に解放してあげればいいだけじゃないの?)」

「(あんたの事『金で女を買う男だ』って言って月と斗詩怒らしたらしいからね…『あんた教』の信者の子達に伝わるだけでも私刑不可避じゃない?まあボクはあの女嫌いだしどうなろうといいっちゃいいんだけどね)」

「(…皆俺の事買ってくれてるのは有難いんだけど、どうすっかなぁ…あ、そうだ…)」

「(?何か考えが…あ、月起きる)」

 

 

詠ちゃんとご主人さまの声がぼんやり聞こえる。

気がついたら布団に寝かされていた。

「気がついた?月」

「はい。あれ、私…」

「面接中に貧血?起こしちゃったみたいね」

「そうだったんだ。迷惑かけてごめんね、詠ちゃん。あ、そうだ夕飯の用意しないと…」

「今日は流琉が作ってくれるから大丈夫だよ、月はもう少し寝てなよ」

「ご主人さまも、すみません」

ご迷惑をかけちゃったのに、優しく労わってくれる。

 

「いやいつも月にはお世話になりっぱなしだからいいんだよ。ところでさ、月」

「はい?」

「総務室のメイドの募集してたでしょ?今日面接受けに来た許攸さんて人はちょっと問題あったと思うんだけど」

「…はい」

ちょっとだったかな。途中から記憶があやふやだけど。

 

「許攸さんの知り合いで、居酒屋の店員やってた人がいるんだけどその人雇ってくれないかな?その人なら(多分)普通のことなら普通程度以上にはここのお仕事できると思うんだ?で、ついでっちゃなんだけど許攸さんもその人の部下にして雇ってもらったらって思うんだけど、どうかな?」

「…ご主人さまが決められることでしたら反対しませんが、許攸さんを採用したら却ってご主人さまに迷惑を掛けちゃうんじゃないかと思いますけど…」

「大丈夫、俺が責任持つから!」

「(ちょっとあんた、本当に大丈夫なの?)」

「(保護しなくちゃヤバい上に他に引き取り手も無いんだろ?命には代えられないって説得する)」

「…では、ご主人さまさえよければ…」

 

ご主人さまの意向なら、私が口出すことじゃない。

そうだ、大事なことを聞くのを忘れてた。

「ところでその居酒屋の店員さん?ですか、御仕事の方は普通って言われましたけど」

「うんうん」

「だいたい司馬懿さんくらいですか?」

 

そう聞いたら、詠ちゃんとご主人さまが揃って真顔で右手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

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できる!一級メイド技能士試験 ~司馬懿編~

 

 

問一

「この寝台整備の不十分なところを指摘して下さい」

 

「はい。まず敷き布団を干す時に向きを変えておらず、日陰になっていた部分の柔らかさが足りません。次に敷き布を敷く際に寝台に乗ってしまっており、裏側から叩いて凹みを戻した跡がありますが不十分です。また敷き布が一分(3mm)程左に偏っております。更に右隅に一刀様の睫が一本ついてしまっております。加えて枕元の水差しに付属した杯に二箇所曇りがあります。それに、その…」

顔を赤らめる仲達さん。

「言って貰って構いませんよ?」

「…洗濯自体が不十分です。染みこそ有りませんが、一刀様のその…御熱情の跡の香りが僅かに香ってしまっております」

 

問二

「今日のご主人さまの予定表を参考に、夕食の献立を下表の中から選んで下さい」

 

「まず午前中に凪らと王都巡視の予定となっており、昼食は凪と辛味の強いものを外食なさると考えられますので夕食は出汁中心の穏やかな味付けを選ぶべきと考えます。加えて午後は執務室にて御執務である為、休憩時間に点心を楽しまれると予想されます。加えて宵の頃より軍関係者と会議がある為、夕食は早い時間となると思われ結果的に軽いものでなくてはお召しになれないでしょう。ですがその…会議後には軍関係者らに御寵愛を賜ると思われますので、滋養強壮にも良い物を選ばなくてはなりません。

以上の条件から、山かけ玄米ご飯、松茸と霊芝の澄まし汁、薄めの生姜茶が適当と思われます」

 

問三

「お茶を淹れる時に気をつけることについて述べて下さい」

 

「一刀様はお食事にあわせてお出しするお茶については熱く比較的濃い茶を好まれます。御執務中においては熱さ濃さとも中程度を好まれ、また椀は小さいものとする必要がある為残量、温度にこまめに注意を払うべきです。外回りのお仕事から帰られた時にお出しするのはぬるめかつ薄めを好まれる為、ある程度御帰庁時間が近づいたら予めご用意しておき、冷めてしまったら取り替えてお待ちするべきです。また午後の休憩時間に点心と合わせて飲まれるお茶用には濃い目を用意しますが御相伴に預かる方々が居る場合もある為、多めに用意しておくべきと考えます」

 

問四

「一時間置きにご主人さまの様子を見て、とるべき対応について提案して下さい」

 

「睫が微妙に痙攣されており、眠いご様子でいらっしゃいます。次の会議は実務者のみで行い仮眠を御取り頂いてはどうでしょうか」

「先程から首を廻される仕草が多く、御執務に倦んでおられると思います。御気分転換にこの後の予定を明日の巡視と入れ替えては如何でしょうか」

「お出ししたお茶を見られる際に一瞬視線が千菓子を探すように泳いでおり、空腹のご様子です。昼食が少なかったと思われ、夕食を早めては如何でしょうか」

「先ほどの公達様と文若様の口論にお心を痛めていらっしゃいます。個別に御呼びして親しくお話頂いた方が良いのではないでしょうか」

「…文若様、公達様にその…御寵愛賜ったようで多少お疲れの御様子です。風呂に入って頂いてはどうかと」

「あ、あの…一刀様が、私にも入るようにと御命じなのですが、どうすれば宜しいでしょう!?」

「…御報告遅くなり申し訳ありません。…それでその、この後も…と命じられたのですが…はい…私は…ご、御命に従うべきかと…はい、行って参ります」

「お早う御座います、今更の御報告となり申し訳ありません。その…よくお休みの御様子ですが、そろそろ起きて御朝食を摂って頂くべきかと…はい、御起こしして参ります」


 
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