story34 試合前
そうして時間は過ぎ、プラウダとの試合の日。
「さっぶ!?マジで寒いんだけど!!」
武部は震えながら自分の身体を抱き締めるようにして愚痴る。
「こんな所で試合をやるんですかぁあ~」
震えた声で五十鈴が言葉を漏らす。
時間は少し遅れて辺りは真っ暗になり、初めて夜間での試合となる。幸い吹雪は吹いていないが、パラパラと雪が降っている。
そして何より夜という事もあり、寒さは倍増し、若干風が吹いているので寒い風が常に打ち付けられ、コートと手袋と完全防寒しても寒さを防ぎ切れない。
周りではそれぞれ暇を潰しており、一年チームは雪合戦をして盛り上がり、生徒会チームは立って静かに待ち、ネトゲーチームは三式の中で待機し、歴女チームは雪で武将の雪像を作っている。しかもかなり手が込んでいる。
バレーボールチームは足踏みをして身体を温め、風紀員チームは緊張して身体が固まり、二階堂組はやたらとでかいかまくらを作って中で暖を取っている。
特に凄いのが艦部チームで、まだ半分だが、そこそこでかい戦艦の雪像を作っている。しかもこれがまた手が込んでいる。
歴女チームと共に雪祭りでも出来るんじゃないか?と言うぐらいのレベルである。
「・・・・・・」
ふらついて若干顔が赤い如月は少し息が荒かった。
あの日から体調は依然と回復せず、身体がだるかった。むしろ体調は悪化の一途を辿っている。しかも今回は気分も若干悪く、頭痛もするという最悪な状態だった。
(この程度で・・・・へこたれるか)
気合を入れて身体を動かし、深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、早瀬達を見る。
「・・・・早瀬。ラジエーターに不凍液は入れたな?」
「はい!ばっちりです!」
「よし。坂本、鈴野。点検は終わったか?」
「はい!」
「異常はどこにもありません。雪上での戦いを除けば、万全の状態です」
「そうか」
深く息を吐いて如月は五式の車体に背中を付ける。
背中に冷たい感触が伝わって一瞬顔が歪む。
「・・・・・・」
周囲を見渡しながら深くため息を付く。
(いつも通りにやればいい。そうだ。それで・・・・いいん、だ)
内心で呟くと、気分の悪さが少し襲い、顔が少し青ざめて口に手を当てる。
(・・・・いつも通りに、やれるかどうか分からんが・・・・)
吐き気を抑え込んで呼吸を整える。
すると、一台のトラックが少し離れた所で止まる。
「あれは・・・・」
「誰?」
「・・・・・・」
メンバーの視線がトラックに向けられると、ドアが開いて中より三人の女子が出てくる。
右から大中小と並んでこちらに歩いてくる。
「あれは・・・・・プラウダ高校の隊長と副隊長、それにその補佐官」
「地吹雪のカチューシャとブリザードのノンナ、氷河のナヨノフですね。ちっちゃい暴れん坊と進撃の大巨人、絶対零度の兵士!」
秋山が向こうに聞こえない程度で補足する。
「・・・・・・」
三人は少し離れた所で立ち止まると、大洗の戦車を見渡す。
「・・・・ぷ、ぷぷぷ・・・・・アッハハハッ!!!このカチューシャを笑わせる為にこんな戦車を用意したのね?ね?」
突然けらけらと笑われる。
・・・・実質上寄せ集めな戦車ばかりなので、言い返せれない。
「やぁやぁ、カチューシャ。生徒会長の角谷だ。よろしく」
と、カチューシャの前に角谷会長が出てきて右手を差し出すが、カチューシャは自分と角谷会長の背丈の差にムッとする。
ただでさえ小柄な角谷会長より、向こうの方が低い。
「ノンナ!」
「はい」
と、ノンナはカチューシャを肩車して上に上げると、カチューシャはメンバー全員を見下す。
「あなた達はね、このカチューシャより全てが下なのよ。戦車の技術も、背丈もね!」
満足そうにドヤ顔で言い放つ。
「肩車しているじゃないか」
全員が思っているであろう事を河島が代表して突っ込む。
「むっ。聞こえたわよ!よくもカチューシャを侮辱したわね!粛清してやる!」
どうやら相手には禁句だったらしく、物騒な事を言って河島に指差す。
「そろそろ時間です、カチューシャ隊長」
と、隣に静かにしているナヨノフが声を掛ける。
「・・・・分かったわよ。行くわよ、ノンナ!ナヨノフ!」
「はい」
と、ノンナに肩車されたままカチューシャはその場を去ろうとしたが、その際に西住を見つけると「あら」と声を漏らす。
「あなたは西住流の。ふっ・・・・去年はありがとうね。そのお陰で私達、優勝出来たんだからね。今年もよろしくね、家元さん」
「・・・・・・!」
西住はビクッと身体を震わせる。
「・・・・・・」
如月はガリッと歯軋りを立てる。
「じゃぁね、ピロシキ~」
「До свиданая(ダスヴィダーニャ)」
そしてカチューシャはノンナに肩車をされたままその場を後にする。
「До встречи(ダフストレーチ:また会いましょう)」
ナヨノフはメンバーに頭を下げると、一瞬二階堂と目が合うもすぐにノンナの後を追う。
「・・・・糞ガキが」
いつもでは感じた事の無い怒りが沸き上がって来るも何とか押し殺していたが、思わず小さく、如月らしからない言葉が漏れる。
「・・・・うっ」
気分が悪くなって吐き気が襲うも、何とか堪える。
――――――――――――――――――――
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
観客席の近くに陣取って、聖グロのダージリン、セシア、オレンジペコが紅茶を飲んで試合開始を待つ。
「それにしても、この環境下の中、プラウダより戦力と戦車の性能が不足している大洗。こんな状態でどうやって勝つつもりなんでしょうか」
モニターにある戦車の数とその構成戦車を見ながらオレンジペコが呟く。
準決勝は十五両まで参加可能となり、向こうは当然十五両で来ており、それに対して大洗は十両である。
「戦車の性能が戦力の決定的な差ではありませんわ。最後に物を言うのは戦車を操る者の技量、そして発想次第」
「確かにそうね」
セシアが言うと、ダージリンは肯定する。
「さて、今回はどう出るつもりかしらね。大洗は・・・・」
セシアは右手に持つカップを上げて一口紅茶を飲む。
「・・・・・・」
観客席の上の通路に、焦げ茶のズボンにグレーの上着を着て、その上にブラウンのロングコートを着てグレーのキャスケットを被っている早乙女は試合開始を待っている。
(さて、相手は去年の優勝校であるプラウダ。どう出るのかしら)
寒さで白くなった息を吐きながら、視線を左斜め下を見る。
そこには西住みほの姉である西住まほと、その母親で西住流師範である西住しほが席に座っている。
(あの二人が来ているのは少し以外だったけど、少なくともただの視察と言うわけではなさそうね)
目を細めて察すると、次に視線を横に向ける。
そこには黒森峰の制服に身を包む焔の姿もあった。
(わざわざ見に来るなんて、斑鳩も暇なものね)
内心で皮肉りながら、モニターへ視線を戻す。
――――――――――――――――――――――――――
「とにかく、相手の車輌数に呑まれないように、落ち着いて、冷静に行動してください」
西住はその後メンバーを集めて試合開始前に言葉を掛ける。
「フラッグ車を守りつつ、ゆっくりと前進し、まずは相手の動きを見ましょう」
前回戦った事もあり、相手の動きを調べている。戦車の情報も中島が集めてくれていたので作戦を立てている。
「ゆっくりもいいが、ここは一気に攻めたらどうだ?」
「え?」
カエサルからの提案に声が漏れる。
「うむ」
「妙案だ」
「先手必勝ぜよ」
他の歴女メンバーも同意する。
「気持ちは分かりますが、リスクが――――」
「大丈夫ですよ!」
「はい!」
「勢いも大事です!」
「ここはクイックアタックで!」
言い終える前にバレーボールチームが言葉を遮る。
「なんだか負ける気がしません。それに相手は私達の事をなめています!」
「ぎゃふんと言わせましょう!」
「いいね!ぎゃふん!」
「ぎゃふん!」
『・・・・・・』
二階堂達は何も言わず、ただじっと待っている。
「その通りデース!ここで私達の実力を相手に見せ付けてまショウ!」
「はい!あのチビに一泡吹かせてやりますよ!」
「油断大敵である事を相手に知らしめてやります!隊長!」
「えぇ。勢いで攻めれば、やつらも逃げ腰になりましょう!」
金剛達も勝気でいる。
「よし。それで決まりだな」
「勢いも大切ですからね」
河島が締める。
「ま、待ってください!」
と、早瀬が声を上げる。
「確かに勢いは大事ですが、西住隊長の言う通り、後の事を考えてください!」
「早瀬・・・・」
「・・・・・・」
「確かに向こうは私たちの事を舐めています。ですが、プラウダは去年の優勝校!油断も出来ない相手ですので、軽率な発言はしないでください!」
『・・・・・・』
早瀬の言葉にメンバーは考え直す。
「そうですよね、如月さん!!・・・・って、あれ?」
後ろを振り返るも、さっきまで一緒に居たはずなのに如月の姿が無かった。
「如月、さん?」
「・・・・分かりました。一気に攻めます!」
「えぇ!?」
西住の言葉に早瀬は目を見開いて驚く。
「い、いいんですか!?」
秋山も驚きを隠せれなかった。
「慎重に行く作戦だったのでは・・・・」
「戦いが長引けば雪上での戦いに慣れている相手の方が有利になるかもしれませんし。それに、みんなが勢いに乗っているのなら!」
「孫子も言っているしな。『兵は拙速になるを聞くも、未だ巧の久しきを観ず』。ダラダラ戦うのは国家国民の為によくは無い。戦いはチャチャっと集中してやる方がいーんだよ。ねっ、西住ちゃん」
「はい。相手は強敵ですが、頑張っていきましょう!」
『おぉ!!』
メンバー全員は声を揃えて上げる。
しかし、一名は除いて―――――
―――――――――――――――――――
「―――――!」
近くの林の中で、地面に両手を付いて如月は胃の中の物を全て吐き出していた。
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
しばらく吐き続けて、ようやく吐き気が収まる。
長く嘔吐しているので、少なくとも昼食や少し前に食べた夕食分は全て吐き出されているだろう。
「・・・・・・」
如月はかなり顔色を悪くし、ふら付きながらも立ち上がると、水筒の蓋を開けて口いっぱいにお茶を含み、口の中を濯いで綺麗にし、吐き出す。
作戦会議中だったが、途中で激しい吐き気に襲われて、こっそりとメンバーから外れて近くの林の中に入った瞬間に嘔吐した。
(なんか、予想以上にきつい事になっているな)
水筒の蓋を閉めながら、かなり顔色が悪い状態で歩き出す。
(だが、私がどうなろうとも・・・・・・絶対に勝たなければ・・・・)
内心そう呟きながら、メンバーの元へと戻る。
「あっ!如月さん!」
試合開始前になって如月が戻ってきて早瀬は右腕を上に上げて左右に振る。
「どこに行っていたんですか!もう試合が始まりますよ!!」
「す、すまないな。急な腹痛で、トイレに行っていたんだ」
容態を悟れないようにいつも通りを装う。
「それに、作戦の確認中に居なくなったんですから、驚きましたよ」
「そうか。それで、西住はどう出ると言った?」
「慎重に行くはずだったんですが、ここまで来れたことによる勢いと、向こうが油断しているという事でみんなが勢いづいて、一気に攻めることになりました」
「・・・・・・」
「まぁ勢いも大切ですが、それでも、後の事を考えると、リスクが・・・・」
「・・・・・・」
如月は五式に近付くとよじ登る。
「え?如月さん?」
まさかのスルーに早瀬は驚きを隠せれなかった。
「どう言おうと、やる事に変わりはない」
「・・・・・・」
「敵が前に立ちはだかるなら、それを潰すまでだ」
「・・・・・・」
如月はキューポラハッチを開けて中に入る。
「・・・・・・」
あまりもの事に、早瀬は呆然と立ち尽くす。
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『戦車道』・・・・・・伝統的な文化であり世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきたもので、礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。そんな戦車道の世界大会が日本で行われるようになり、大洗女子学園で廃止となった戦車道が復活する。
戦車道で深い傷を負い、遠ざけられていた『如月翔』もまた、仲間達と共に駆ける。