「俺も…俺も…守りたい。俺の、大切なものを。」
だが、彼の意識はさらに霞んでいく。自分の名を叫ぶおきよの声が聞こえる中で、剣丞の脳裏に伯父の言葉が蘇る。
「運命とは…俺達を形作る粒子一粒一粒…。人を守りたいと思う心…それが集まって…俺になる。俺は、俺は…守るもの。」
「良くその答えにたどり着いた。剣丞。この場だけは、俺が戦おう。だから、少し休め。」
彼を冥府から引きずり出す声が響く。皆が声の主を探すも、見つからない。だが、小波だけは感情の無い瞳で声の主を見つめていた。そこは、剣丞の隣だった。長身の男であった。長い髪を後ろに流し、腰に剣丞の物と同じ型の剣をさして剣丞を見下ろしていた。
「て、てめぇ…服部様!こいつもやっちまってください。」
生き残りの松平軍が小波に命令を出す。小波は無表情で、剣丞を見つめ続けていた。
「お嬢ちゃん…君は、そいつの治療を頼む。急所は外れているようだから、すぐに治療すれば助かるはずだ。この町に医者はいるか?」
「う、うん。いるよ。」
おきよの声は震えている。だが、その腕はしっかりと剣丞を抱き続けていた。そこに、数名の村人がやってきて剣丞を抱えてくれた。
「俺たちに任せとけ!」「利休先生は必ず助けるぜ!行こう、おきよちゃん!」
きよは一瞬男のほうを振り向くが、すでに男は謎の男は視線を小波に向けており、視線を離さずにおきよに話しかけた。
「お嬢ちゃんはそいつのそばにいてやってくれ。彼女の説得は俺が引き受ける。」
きよは一瞬戸惑うも、「ありがとう」と呟いて剣丞の元へと走り出していった。
「…排除…排除。」
忍者刀を抜ききよを追う小波。だが…
ギャン!
金属同士がぶつかる音が鳴り響く。男の表情は長い髪に隠れてよく見えないが、小波から眼を離さなかった。
「…なるほどな。薬で意識を奪い去り、そこに強力な催眠術をかけて操っているようだ。こんなことを出来る奴は、人間にはいない。となればやはり…貂蝉の言っていた通り、やつらが関係しているようだ。」
「…………。殺……否定、剣丞様…保護…、否定…殺…」
小波の瞳からは涙があふれていた。男は、剣圧で小波を弾き飛ばす。
「すぐに…元に戻してやる。待っていろ、お嬢さん。(彼女の中の気がズタズタに引き裂かれている。ガス抜きではないが…一度、全てを吐き出させた方がよさそうだな。)」
一気に賭けだし、刃を振り下ろす小波。剣と剣が再び打ち合わされる。一撃、二撃、三撃と打ち合わせるたびに小波は後ろへ後ろへと後退を余儀なくされる。男は脇差を抜いている。その剣筋を小波に合わせながら、戦う。小波の小刀の速さに手数で感情のない小波の顔が少しずつ曇っていく。感情がなくとも分かるのだろう…自分が押されていることに。そして、目の前の男は自分以上の強さと場数を踏んでいること、男の太刀筋は研磨され、一分のすきもないということを…。
「…強…敵!反撃…不可能…」
「ば…ばかな!?服部様が…完全に押されている?」
松平軍の兵士たちは信じられない様子だった。自軍きっての使い手であり、忍びでもある服部小波が完全に押されている。いや、目の前の男に飲まれている。こんなことは、初めてだった。
「なるほど、なんと軽い剣か…。速さ、重さ、剣に込められた思い。全てが感じられない。今の君の剣にはなにもない。ただ、闇雲に剣を振り回す子供と同じだ。」
「……」
何故、こんなことになったのか。主である、葵に剣丞討伐を取り消すように進言をしようとした時、味方であるはずの松平軍に捕えられた。そして、怪しい術者に薬を盛られ…苦しみのあまり絶叫し、気絶したところまで思い出せる。だが、何故、一瞬意識が戻った瞬間に愛する良人が刺されている。いや、なぜ…刺してしまった?わからない…わからない…わからない…。
「その隙、もらった。」
「!?」
男の体が一瞬で消えた。と、次の瞬間には小波の目の前で大きく腕を振りかぶっていた。
「かはぁ!」
小波が一瞬苦しむかのような声を出す。男の手が小波の頭をつかみ、地面に引き倒す。小波は身動きが取れなくなり、手から剣を取り落してしまう。そして…「活!!」男が気合と同時に自身の気を、小波に送りつけた。
「がぁ…ぁぁぁ…ああああああ!!…ぁぁ…。」
男の気が小波の体内を駆け巡り、渦巻いていた負の気を押し流していく。それと並行するように、苦しんでいた小波の声がだんだんと小さくなっていく。うつろだった眼に光が戻り、男の顔を見つめた。「ご主人…さ…」そうつぶやき、意識を手放した。
「…少しおやすみなさい。起きたら、剣丞の力になってやってくれ…頼んだよ。」
その様子を見ていた松平軍たちは一気に青ざめる。
「服部様がやられたぁ?!」「も、もうだめだぁ~!逃げろぉ~!」
一目散に逃げ出し始めた。奪い取ったものにも手をつけず、逃げ出した。
「あぁ~あいつらぁ逃げる気だ」「にがすなやぁ!わしらの痛みを思い知らせてやるんやぁ!」
子供の一人が逃げる松平軍の兵士を指差し、男たちが武器を持ってそれを追う。捕まった兵士たちは散々に殴られ、けられ…泣きながら許しを請うたが許されず、気絶するまで殴られ続けた。
そんな様子を尻目に、男は小波を抱き起こし、その場にいた一発屋の店主に歩み寄る。
「すみませんが…この娘の手当てもお願いします。」
「えっ?で、ですが…こいつは、剣…利休先生を刺したやつですよ。」
店主は男の言葉に驚きを隠せず、怒りを込めた目で小波を睨みつけ、ふるえる手で指差した。
「いいえ。この娘は、気を乱されて操られていたんです。きっと、あやつを刺したのも彼女の意志ではありません。この娘は必ず、剣丞の力になってくれます。だから…お願いします」
男は店主に頭を下げた。
「わかり…ました。しかし…貴方様は剣丞君を御存じなのですか?…お侍様は一体?」
男は何も答えようとしない。その代り、小波を店主の腕に預けるともう一度頭を下げた。「お願いします…。」男はゆっくりと町の出口へと向かっていく。
「…この事件…根が深そうだ。松平に組した者が誰かを…貂蝉に調べさせなければな。剣丞…今は休め。そして、時が来たら、再びこの外史で天高く舞い上がれ。その時こそ、我が御家流の継承の時だ。」
男の姿はいつの間にか消えていて、不思議な銅鏡が光を放っていた。そして、その銅鏡も一瞬光を放つも、すぐに消滅していった。
つづく
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第3話です。読んでくれる人たちのコメントが、私の力になります。
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