「桃香姉ちゃん、この辺りかー?」
「うーん…そうみたい。何か見える、鈴々ちゃん?」
「うぅん。でも愛紗が見回りに行ってるから、追いつけば何か分かるのだ」
「そうだね、ありがとー」
じいちゃんの教えで、我を失わないように在る事は出来た。未だに状況はつかめていないが、これでも落ち着いているつもりだ。
だが、それだけで何とかなると思っていたのは、甘かったかもしれない。
「おい兄ちゃん、聞いてるのか?」
言葉と共に喉元へひやりとした感覚を感じ、改めて現状を省みる余裕が出来た。草と木以外何にも無い荒野で三人の男が俺を囲んでおり、先程から身包み置いてけと息巻いている。…なんだこの現状?
「えぇと…かつあげ、ですか?」
我ながら、間抜けな声が出たものだ。
「あ? 誰も料理の話はしてねーぜ?」
から揚げじゃねぇ! なんて叫んでやりたいが、状況が状況だけに無理だと自制する。
「ですよねー…」
「あのなぁ、兄ちゃん。今の状況分かってるか?」
冷たい感触が首から離れ、頬を叩く。分かっているのに分かってない、とでも言うべきか。かつあげに遭っているという事は分かるが、何故こんな場所で、何故変な格好の男達で、何故こんな馬鹿でかい刃物を平然と使っているか、それが分からないのだ。
「……」
「おいおい、声も出ないほど怖いのか?」
戸惑いから口を噤んでいるのを勘違いしたらしい。こちらは訳が分からないのだが、向こうは平然としている。もしかしてこれは、いわゆるドッキリとか、ドラマ撮影とか、そういう類の話だろうか?
非常識な格好、台詞、武器…うん、そうだそうに違いない。
「…いやぁ、冗談キツいですよ。カメラどこですか?」
「かめ…? 何言ってんだ?」
「もう面倒ですぜアニキ、バラして終わらせましょう」
「そうだなチビ、さっさと終わらせてねぐらに帰るか」
アニキと呼ばれた男が肩を竦める。その拍子に頬に当てられた刃物が、鋭い痛みを生み出した。……痛み、だって?
馬鹿な、こういう撮影で怪我を起こすような事はしないはず。仮に起きたとしても、放送事故(?)になって問題となるし、演者やスタッフが慌てるだろうに…何故この男達はこんな平然と―――。
「じゃあな、兄ちゃん」
「っ!?」
強烈な圧迫感に思わず飛びのくと、一瞬前まで俺が居た場所に刃物が突き刺さる。手加減無しだろう一撃に地面が抉れていた。
「な…!?」
「ちっ、すばしっこいな」
平然と刃を抜く男に気負いは感じられない、ごくごく当たり前の行動だとでも言いたげだ。その姿に現状は兎も角、今が危機だという事は分かった。
「面倒くせぇ…デク、押さえとけ!」
「わ、分かったんだな…」
デクと呼ばれたもう一人の男…これまたものすごい巨漢がこちらへと迫ってくる。あれに捕まったら逃げられそうに無い。
「お、大人しくするんだな…」
「……っ」
抵抗できるのか? じいちゃんに習ったから一応無手の心得はあるが、得意ではない。何か武器になる物は…あれは!
辺りを見渡せば、背後で鞘に収まった愛刀が転がっていた。男達の剣と比べると随分細身で刃も潰してあるが、武器としては十分だ。
「くっ…」
「あ、ま、待つんだな…」
背後で制止の声が上がるが、無視して得物に飛びつく。握った鞘の感覚が頼もしく、萎えていた気概を奮い立たせてくれる気がした。
「―ふっ!」
呼気を整えて、鞘走らせた白刃を正眼に構える。
「逃げるの、無駄なんだな…」
「あんな細い剣で何が出来るんですかね、アニキ?」
「曲芸なら見たいものだがな…おい、デク。さっさと終わらせろ」
頼れる相棒を手に入れたことで、冷静に相手を観察する余裕が出てきた。
デクとかいう巨漢は威圧感こそあるが動きは鈍い。こちらを獲物と見て油断もしているのか、武器を抜かずに丸腰で迫ってくる。
「大人しく、捕まるんだな」
腕を振り上げた、その瞬間、
「はっ!」
「がっ…」
小手を打って面を打つ。鈍い手ごたえとデクの苦悶の声。数瞬、小さく地響きを立てながらデクは倒れた。再び正眼の構えを取りつつ後ろへと下がる。
「で、デクーっ!」
「なんだと…」
残された二人に動揺がありありと見える。まさか獲物だと思っていた相手が狩り手を倒すとは思っていなかったのだろう。
「舐めやがって…!」
「ま、待てチビっ!」
仲間を倒されて頭に血が上ったのか、アニキの制止を無視して飛び掛ってくるチビ。
先程とは違い動きは素早く、手には剣を握っている。デクよりも厄介な相手だろう。だが、冷静さを欠いていて動きは直線的だ。
「死ねぇ!」
「ふっ!」
飛び掛ってきた相手に合わせて突きを繰り出す。自分から突きに飛び込む形となったチビはデクの上まで吹っ飛ぶと、そのまま動かなくなった。
「チビまで…こんの野郎…」
「……」
アニキは二人と違い、激昂しつつも安易にこちらへと突っ込んではこなかった。剣を構えたまま油断無くこちらを見据えている。俺も正眼で構えて迎え撃つ。
と、重大な事に気が付いた。
「……」
刀が…曲がっている。
無理もない。切れない以上力が逃がせないのに無理して男二人をぶん殴ったのだ、折れてない事が軌跡というべきか。だが、曲がった刀でどこまで戦えるか分か、
「…うらぁ!」
「っ!?」
一瞬の気の緩みを突いてきたアニキの剣を刀で受け止める。一合、二合、三合――
「おらぁ!」
「ぐっ!? はぁっ!」
五合目を数えたとき、手に鈍い感触が伝わってきた。咄嗟に剣を押し返して距離をとるが、すでに遅かったらしい。
今まで俺を助けてくれていた相棒が、根元から折れてしまった。
「はっ、どうやらここまでの様だな」
「く…」
折れた刀を構えるが、ジリジリと焦燥が胸を焼く。
剣を交えてみて分かったが、この男は先程の二人とは違ってそこそこ腕が立つ。武器が万全なら負けはしない自信が合ったが、折れた刀で勝てるほど甘くは無いようだ。
無手での組み合いに持ち込むべきか? いや刀ほど得意ではない以上無理だろう。どうする、どうすれば…。
「手こずらせやがって…死ね!」
剣が振り下ろされる。ここまでか――。
「待てっ!」
凛とした、しかしそれでいて威厳を感じさせる声が響いた。
「誰だ!?」
「な…」
アニキとほぼ同時に振り向くと、そこには艶やかな黒髪が美しい少女が立っていた。驚くべき事に手には長大な矛を携えており、しかもそれが飾りでも何でもないかのような隙の無い立ち姿だった。
「なんだてめぇ…」
「下がれ下郎! 貴様らごときが触れていいお人ではない!」
「何だと!?」
「下がれと言っている」
いきり立つアニキに少女は臆することなく冷厳に告げる。呆然としている俺を置き去りに、事態が一転、いや二転した。
「このアマ…ならお前からだ!」
「相対する者の力量も読みきれんとは…愚かな!」
一閃。
空に舞ったのは――男が持っていた剣だった。
「な…!」
「…せえええぃ!」
「がはっ…!」
驚愕に染まるアニキの顔を、矛の柄が捕らえた。軽々と宙を舞ったアニキは、
「「「ぐえっ!」」」
デクとチビが重なる上に落ちた。
「く、くそ…」
「まだやるか? 次は青龍偃月刀の錆にしてくれようか…」
「ぐ…」
「その者共を連れて下がれ。さすれば見逃してやろう」
「くそ…おい起きろ、ずらかるぞ」
「う…」
「ぐ…」、
「行くぞ。 …覚えてやがれ、この怪力女ー!」
「なっ!?」
アニキは男二人に蹴りを入れて起こすと、捨て台詞を吐いて逃げていった。
「怪力女だと!? 失礼な…違いますよね!?」
「えっ!?」
三人組の去った方を憤慨やる方ないといった様子で見つめていた少女が、急にこちらを振り向いて同意を求めてきた。
「私は怪力女ではないですよね!?」
「あー…ええと…」
何と言えばいいか…嘘のイエスも不義理のノーも言えない。
答えに詰まっていると、何を勘違いしたのか少女は矛で地面にのの字を書き始めた。無骨な矛がペン代わりとは…シュールだ。
「いいんです…どうせ私なんて。桃香様と違ってがさつですし、鈴々と違って老けてますし」
「あぁ、いや、えぇと…?」
「ええ、言い寄ってくる男性も居ませんとも。一目見ただけで皆逃げていきますし…」
「あー…助けてくれて、ありがとう」
「…はっ!? あ、お…お怪我はありませんか?」
誰と比べているかは知らないが、とりあえず礼を言うと慌てて少女は俺に向き直った。ちょっと面白い。
「うん…大丈夫」
正面から向き合って、改めて少女を見る。
艶やかな黒髪だけでなく、澄んだ瞳が印象的な少女だ。見るからに美少女然とした雰囲気だけに、手にした矛が目立つ。しかし違和感はない。
確か、青龍偃月刀と言っていたか…どこかで聞いた事のある名前だが、その矛は少女の手に自然となじんでいるように見えた。
「そうですか、それは何よりです」
こちらの思考に気づくはずもなく、少女は吸い込まれそうな笑顔で俺を見る。
先程までの威厳が嘘のような優しげな姿に、誘われるように俺は口を開いていた。
「君は…?」
「これは失礼、申し遅れましたね。姓は関、名は羽、字は雲長。貴方様が天の御遣い様ですか?」
「…………はい?」
すごい名前を名乗られた。
「ですから、貴方様が――」
「あぁごめん、風が強くて名前が聞き取れなくてさ。もう一度教えてくれるかな?」
「なるほど、分かりました。我が名は関羽、字は雲長。それで、貴方様が――」
「ちょ、ちょっと待って! 名前が関羽って、どういう事?」
「は? どういう、と言うと?」
「いや、俺も関羽って人は知ってるけど、その人は――」
「おーい、愛紗ちゃーん!」
「姉者ー!」
俺の言葉を遮るように新しい声が響く。誰の事を指しているかと思えば、目の前の関羽と名乗った少女が応えた。
「あぁ、桃香様! 鈴々!」
「追いついたー。 この人が天の御使い様?」
「なんか普通だなー」
やってきた二人は片やおっとりのんびりしていそうな、しかし大きな瞳がきれいな美少女。片や小柄ながら元気はつらつの、いかにも活発です!と言ったような美少女だった。
そんな俺の抱いた印象をよそに、三人は三人で話し始めている。
「今自己紹介をしているところでしたが…ちょっと…」
「うんうん?」
「あにゃ?」
「名前で何か引っかかる事があるらしく…」
関羽(?)が二人に事情を説明するが、二人とも要領を得ない。
ならばと、二人も交えて改めて自己紹介することになったのだが…
「私は劉備! 姓が劉で名が備、字は玄徳です。貴方が天の御遣い様ですか?」
「鈴々は姓は張、名は飛、字は翼徳! 燕人張飛とは鈴々のことなのだ!」
余計に、混乱を増長するだけだった――。
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既存ジャンルであることは重々承知。
それでも書いてみたという、向こう見ずな作品です。
タイトルの通り、一刀が強い状態でこの外史に来た、という設定です。
ルートは蜀シナリオで考えています。
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