No.72978

SF連載コメディ/さいえなじっく☆ガールACT:39

羽場秋都さん

毎週日曜深夜更新!フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ〜つ!!”なヒロインになりつつある…お話、連載その39。

2009-05-11 00:22:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:758   閲覧ユーザー数:717

 無数のシーンが見えたような気がした。

 写真のような静止画像ではない。すべて、時間的な長さのある動画の1シーンだった。だが、どのシーンもそれが何なのか考える前に、次のシーンと入れ替わった。と、同時になにか漠然とした図形のようなものも見えたような気がした。また、いずれも眼で見ているものとも違っている。頭蓋骨の内側をスクリーンにしてどこかから映像を投影しているような違和感があった。

 

 色はあったのか、なかったのか。

 それらのすべては一瞬で消えていったが、見ている瞬間はどれもが印象的に思えて、心の中にしっかりと焼き付いた気がした。だが、どれかを思い出そうとしても、次の刹那にはもうその輪郭さえはっきりしない。

 

 そして、すべては突然、終わった。

 

 くっついていたおでこの圧迫感が消えたと思ったら、ほづみが「終わったよ」と告げた。

 同時に、ぱさり、と音がした。

 ふと見ると、さきほどほどけたリボンが落ちてたところだった。そのとき、夕美は悟った。あの無数のシーン。意味不明の図形の夢を見ていたのは、リボンがほどけて落ちるだけの刹那の時間でしかなかったことを。

「ほづ…み君。い、いまのは…」

「接触式テレパシーの応用だよ。体感時間と現実時間にズレがあるんで、慣れないと変な気分になるけど。そんなのは居眠りの時の夢で経験してるだろ?」

 たしかに、映画並みの長さの奇妙な夢のひとつも見て、汗ぐっしょりでハッと目覚めてみると実は数分も経ってなかった…などというウラシマ現象的体験は物心ついて何年か生きていれば誰にでもあることだろう。

 しかし自発的ではなく、他者から夢を送り込まれるなどという体験は、そうそうあるものではない。

 

「さて、それじゃさっそく勉強の成果を試してみようよ。」

 

「試す?って?ええ?ええええええええええ?あ、あたしまだ何も習てへんよ」

「教えたさ。たった今、ね。とりあえず最低限の取り説程度の知識だけどね」

「はぁいいいいいい?」

 こんなことで教わった、といえるのか?ものすごい量の映像をイッキに見せられた事は間違いなさそうだが、すべてが漠然としすぎていて内容はもちろん、断片さえも何一つ具体的に思い出すことができなかった。

 ただ、頭がどーんと重い。ちょうど疲れているにもかかわらず、うっかり深夜放送でとんでもなく長い長い映画を観てしまい、結局完全徹夜してしまっていた朝のような感じだ。

 もし夕美が成人だったら、宿酔いに例えたに違いないが。

 

「ほ…ほづみ君。失敗と違うのん!? あたし、あかん。なんも憶えてない。なんも思い出されへん───あ。何コレ…気持わる。」

 

 

「立ちくらみかい?初めての接触テレパシーだったからショックが大きかったかな。大丈夫、じきに違和感は消えるよ。それにちゃんと大切な事は伝わってるから安心して。すぐにその成果も判るさ。ちょっとそのままじっとしてて」

 言うと、ほづみはキッチンへ行って冷蔵庫から飲み物を持ってきた。自分の身だしなみや身なりのことはほったらかしのくせに、こうしたことは妙に気が利く男である。

「はい。柑橘系の炭酸だから気分がスカッとするはずだよ」

「あ…おおきに。せやけど、どうやってあの事故現場まで行くのん?その…テレポートやったっけ?瞬間移動…」

「それは夕美ちゃんにはまだ危険だから教えてないんだよ」

「か、語るに落ちたな!…やっっ、やっぱし危険なんやんか!?」

「だって、千里眼とセットなんだよ、テレポートって。行ったこともない場所へ闇雲に跳ぶなんて、街の中で目をつむって全力疾走するようなもんだよ。危険に決まってるじゃないか。」

「ええええ、ほ、ほんなら?」

「翔ぶ…というより、自分で自分を持ち上げるといった方が原理としては合ってるかな」。

 夕美はこの時点ですでに見事な“点目”状態だった。ぽかんと馬鹿みたいにクチを開けたまま、顔面の筋肉が緩んでしまっていることが自覚できたが、あまりのことに自分ではどうしようもなかった。

 自分を自分で持ち上げることで空を飛ぶ。子供が考えた屁理屈ならば、なるほどよく考えたね、と笑って褒めるところだろうが、今これから実際にその冗談としか思えないやりかたで3kmも離れた事故現場へひとっとびしようと言うのである。

 

「あああああ。あたまイターッ!なんかあたし、これ以上ないっちゅう位、ワル悪〜い夢とか観てるんやろか。なんやのん、これ。さっきのテレパシーとやらの悪影響とちゃうか。」

「パワーだけで言えば、現に夕美ちゃんは簡単に大のオトコを吹っ飛ばしてるワケなんだよ。手も触れずに、ね。だからエネルギー的には君ひとりくらい宙に浮かせて空を飛ぶ、なんてワケないことなんだ」

「り、理屈はともかくや。そんなん、それこそやった事もないのに、どないしてあんなとこまで翔んでいけっちゅうねんな」と学校のある方角を指さした。

「だから僕が一緒に行くのさ」

「ええっ。ほ、ほづみ君!ほづみ君も空を翔べるん!?」

「いや…いまはできない。だから夕美ちゃんに連れてってもらうのさ」

「はあ!? つ、連れて行くて…何!? ほづみ君が次から次へとありえんことばっかし次から次へとあまりにもフツーに繰り出してくるから、あたし、もおオカシーなりそうや」

 夕美は頭をかかえた。

「僕も夕美ちゃんに運んでもらうついでに、翔びながら実地にチカラの使い方を教えてゆく。まあ、ちょっとした賭けだけど、合理的だろ?」

「なっっっっっっ?なんやて?あたしが?あたしがほづみ君を抱えて空を翔ぶ、てか?む、むむ、むむむむむむ、無理。ぜったい、無理。無茶苦茶やがな。空やで、空。空飛ぶんやで。落ちたらどないすんねんな。死ぬかも」

「そう興奮しなさんな。大丈夫だよ。夕美ちゃんはたぶん…サイコバリアがあるからたとえ200m上空から真っ逆さまに落ちても助かるさ。ま、僕はどうなるか判らないけど」

「待ちいな!ほづみ君、あんた、なんちうプレッシャーかけるんや。しかも“たぶん”てなんやねん。“たぶん”て!!」

「だって、僕も初めてなんだよ。いままでそういうやり方をした事がないもん。だけど、いい練習になると思うよ。自分だけじゃなく、僕も運ぶ事で微妙なチカラ加減がわかるだろうし、さらに大きな物でも自在に動かす力をコントロールできるようになる」

「ああああああ、あ。あり得んやろー。そんなん、ほづみ君がやってえやー。あたし、ほんまの初心者やんか。ほづみ君やったらちゃんとそんだけ理解してるやん?自分であのゲロマズな苦スルを飲んで───」

(それができたら、どんなに気が楽かと思うよ…)

 そうつぶやく言葉は、ほづみの唇の中で消えた。

 

 

〈ACT:40へ続く〉

 

 

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 (作者:羽場秋都 拝)

 

 

 


 
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