No.728681

影技26 【フェルシア流封印法】

丘騎士さん

 お待たせいたしました!

 相変わらず更新が遅くて申し訳ありません(;´д⊂)

 今回も長文の106kbとなり、前後半に分かれる事になってしまいました。

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2014-10-08 07:56:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1582   閲覧ユーザー数:1519

 ──人の業の織り成す、暗き深淵の闇からの……夜明け。

 

 『星の山脈』という名を頂くメンデスティル山脈がその身に抱く鉱物に朝日を反射させ……夜とはまた違った美しい姿を見せ、大地を照らす朝日はその輝きに満遍なくフェルシアの街を染め上げていく。

 

 そして、街ではいつもの日常、いつもと変わらない生活が始まる……はずだった。 

 

「──い、院長府が……!? 馬鹿な……!! 一体、何があったというだ?!」

「なんだ……これは!! おい! 近衛兵隊! 貴様等は!! 院長府を守護すべきはずの貴様等は何をしていたというのだっ!!」

「なん……だと?! 我々が院長閣下の依頼で外縁部の壁の防衛・魔獣討伐に向かっていたのは通達されていただろう?! 今更言う事か?! 言いがかりはやめてもらおう!!」

「これは……まずいぞ。至急【元老院】に通達を! 国に関わる一大事だ!! 緊急招集の後、会議に移行するとっ!!」

「おい待て止めろ馬鹿者!! 先に院長捜索と事実確認が先だろうが! 至急院長府内部・現場検証を行うぞ!!」

「待て!! いくら衛士と言えど、院長府に入るには院長の許可が──」

「その院長が居るのが院長府だぞ?! そこが壊れていて誰に許可を貰えというのだっ!!」  

「貴様等、落ちつかんかっ!! ここで喚いていても何も解決せんぞ!!」

「何を?! 貴様が仕切るんじゃぁない!」

 

 しかし……街の中枢である院長府。

 

 都市の象徴ともえる場所だげが……その様相を大きく変えていたのである。

 

 視界に映る……外壁だけ(・・)が残り、外敵の侵入を阻むはずの巨大な門は粉砕され、その内部に広がる、機能性と荘厳な雰囲気を持った内装の悉くが破壊し尽くされ、瓦礫となっている姿は……狂った魔獣達が押し寄せる外壁の防衛線を護り抜き、疲弊し傷ついた体を推してまで任務の完了を報告するために院長府へと訪れた近衛兵達にとって信じがたい物として移り、これを目にして目を疑い、呆然と立ち尽くす事となる。

 

 そこに……早朝巡回・持ち場交替の為にやってきた衛士部隊がこの院長府の悲惨な光景を見て声を上げ、即座に衛士詰所に通達。

 

 『院長府の異常』という言葉に総力を挙げてやってきた衛士達もまた差……院長府の惨状に絶句し、呆然と立ち尽くす近衛兵に対して事情説明を要求。

 

 近衛兵達が院長府の現状と院長の無事を確認するべく院長府の中へと入ろうとするのに対し、文字通り目に見えて大事件である事を示唆し、誰がこれを行ったのかを探る証拠を消されてはたまらないと豪語する衛士達。

 

 院長直下の兵であり、院長府の内側を護り、国の代表である院長を護るのが仕事である近衛兵。

 

 国内の治安を護る部隊であり、院長府の外側を警護、犯罪者の摘発など……警察のような役目を担っている衛士部隊。

 

 院長の安否確認、及び国政が滞る事を危惧し院長府に入ろうとする近衛兵達と、現状を保存し、事件性を調べようとする衛士部隊の間で立場の違いによる軋轢が生じ……互いに牽制し合う事で迂闊に身動きが取れなくなる両者。

 

 その騒ぎは、街の人々が院長府へと目を向ける切っ掛けとなり……遠目から見える院長府の惨状、そして衛士達の様子にただ事ではない事を悟る住人達の間にその不安が伝播する。

 

 ──町中がざわめきと喧騒に包まれ始めた頃。

 

「──落ちつきなさい!! 国の安寧を護り、民の平穏を保つのが貴方達の仕事でしょう?! 貴方達が喚き散らしてこの都市の人々に不安を与えてどうするのっ!!」

─『──?!』─

 

 門前で言い争いをするばかりで一向に進展しない近衛兵と衛兵達の会話を聞き、その無様な争いに見かねて話に割って入るのは……【降魔】・リナを顕現させたままその肩に乗り、院長府の中から現れた【フェルシア流封印法師】……ギアンであった。

 

 もはや廃墟とも言うべき院長府から出てきた事、そして【降魔】を従えた国家最高戦力である【フェルシア流封印法師】の登場に視線を奪われ、一瞬の静寂が場を制する。

 

 しかし──

 

「は……ギアン殿?! この院長府の状況は一体! いや、院長は御無事ですか?!」

「な……ギアン殿っ!! 封印法師といえど、既に事件現場と化した院長府に勝手に踏み込むは越権行為ではありませんかっ!! 誰の許可を得て現場に踏み込んだというのですっ!!」

 

 ──再び騒ぎだすそれぞれの長により、喧騒が【降魔】の上に居るギアン目掛けてぶつけられる事となる。

 

 院長府の現状の確認と、院長の安否を声高に聞く近衛兵と、役割の部を弁えろと喚く衛兵長の声を受けながらも……それを溜息混じりで見下ろし、その視線を一身に受け止めるギアン。

 

─『!!!!』─

「──落ちつきなさい。それをこれから説明するのでしょう? ──ただし!! これから語られる内容は……この私、【フェルシア流封印法師】・ギアン=ディースの名にかけて(・・・・・)証言される事実。この事は既に【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】とその実働部隊が預かる最重要案件であり、後日【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】によって都市内に正式発表があるまで、この内容は他言無用である。これを厳守せよ!!」

─『っ?! はっ!!』─

 

 再び混乱と騒乱が場を席巻する中。

 

 ギアンがさっと手をあげて……【降魔】リナが院長府前の床に拳を叩きつける。

 

 突然のギアンの行動、轟音と地面が砕ける破砕音に一同が驚愕と警戒にその身を硬くする中。

 

 事情を説明するべく、【降魔】の肩から腕へと乗り移りながら降りてくるギアンの姿を睨みつけていた一同ではあったが……【降魔】から降り立ったギアンの姿……その状態に思わず息を飲む事となる。

 

 【フェルシア流封印法師】だけがつける事を許された、魔力文字が刻まれた外套。

 

 【降魔】とのリンクを高め、自在に使役する為に各所につけられた呪符。

 

 【降魔】を召喚・使役する為の【呪印符針】。

 

 そして……背後にそびえる【降魔】。

 

 そのどれもが……よくよく見れば傷だらけでボロボロで、所々血が滲みだしているという惨状だったのである。

 

 無論、体の傷のほうはジンが【光癒】によって癒してはいるものの……それが装備や衣服にまで及ぶはずもなく。

 

 背後の廃墟と化している院長府での戦闘にギアンが参加していたのは明白であり……それがどれほどの激しい闘いがあったのかを雄弁に語っているかのようであった。

 

 固唾を飲んで見守る一同の前で己が立場をかけて事実を公表すると宣言するギアンが、ダズから手渡された【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】公認印の記された書簡を広げて近衛兵・及び衛士達の前に突き出す。

 

 他言無用を厳命し、書簡に記された罪状の内容を補足説明するギアンの言葉、その内容を見聞きした兵達は──

 

「こ……これは……そんなっ! 本当なのです、か、ギアン殿」

「ば……馬鹿な……我々が追い続けた、失踪事件は、皆……院長が……!? そんな馬鹿な!!」

「……認めたくないでしょうけど……まぎれもない事実よ。これは【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】・ダズ、及びその実働部隊が内定調査を進め、事実確認・物的証拠を集めた結果であり、この【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】の魔術印が何よりの証。そして書かれた罪状の数々こそ、院長であるジュタ=ナクリデヴィスが犯した罪を暴き書き記したもの。これにより……ジュタ=ナクリデヴィスはフェルシア統括学院長、及び【フェルシア流封印法師】の地位を剥奪。全ての権限・及び家財没収の上、【無知の伽藍(オブリズナー)】にて禁固500年の刑に処されるはずだったのだけれど……罪状を突きつけられたジュタは事の露見を恐れ、尚且つ隠蔽して地位を確保し続ける為に【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】・ダズとその実働部隊、及び私を含むその場に居た存在全てを強襲し、罪状と証拠を抹消しようとしたの」

─『…………』─

 

 震える声でギアンに事実確認をする一同に対し、毅然とした態度でその罪を事実と告げるギアン。

 

 認めたくない内容に喚き、怒り、すがりつくように跪く中……更なる追い打ちがギアンによって告げられる事となる。

 

 今まで仕えていた院長が、実は外面だけがいい唯の外道であり……今まで罪状を持ってひっとらえ、拘留していた人達が無実であった事。

 

 その中でも真実を知り、動こうとしてた人達も始末され、あるいは実験材料としてジュタに良いように扱われていた事。

 

 そして……極めつけが法務官である【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】が罪科を言い渡した事にに対し、意義を申し立てるのではなく、物理的に歯向かい、亡き者ににしようとした事。

 

 如何に院長であるジュタと言えど、確固たる知識と法によって運営されるはずのフェルシアという国において……私情を挟まず、物的証拠と状況・事情を調べ上げ、罪状を告げる【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】の言葉は絶対的な拘束力がある。

 

 それ故……前任の【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】を破壊し、現行の【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】をも手にかけようとしたジュタの罪は……遥かに重い。

 

「では……院長閣下……いえ、ジュタ殿、は……」

「……罪状を告げた際に起こった激しい抵抗の結果……死亡が確認されたわ。……勿論、罪状も死刑ではあったのだけれど、ね」

「お……おおおお……そんな……」

「……当然だろうな……まさか、これほどの罪を……」

「アイツが殺されたのも……全て院長が……!」

「……──」

 

 震える声で院長の生死を尋ねてくる近衛兵長にの言葉に一瞬言葉を切り、瞑目して真実を告げるギアン。

 

 それを聞き、崩れ落ちる衛兵長と、罪状の中身からそれが当然と怒りと滲ませる者達、あるいは悲しみを浮かべる兵達。

 

 それぞれが己の思いを吐露し、混乱が見られる場で── 

 

「──所で……そこの貴方達。気配を消し、後方に下がりながら……職務放棄をして一体どこに行こうというのかしら?」

「なっ?! ……い、いえ、自分は──」

「暴くまでもなく馬脚を現してくれるとは……手間が省けて助かるわ。……貴方達の役目は……【集獣香】の設置、そして群がる獣達と戦いつつも、戦闘の混乱を長引かせ、院長の計画をより完全なものとするためのサポートをする事。で、よかったわよね? 【陰(()】の一員さん?」

「…………っちぃい!!」

─『…………?!』─

 

 ──近衛兵・衛兵達から数名が……場の混乱に乗じて静かに、気配を消しながら立ち去ろうとするのを視界に捕えたギアンが、鋭い声でそれを制止する。

 

 僅かな動揺をした後、弁明を口にしようとするその兵士達の言葉を遮るかのように【呪印符針】を向け、その正体を暴き、告げるギアン。

 

 ──【陰】。

 

 奇しくも、『存在しない組織』として在った【(シャドウ)】を模して集められた彼等こそ、ジュタが自らの研究のため、極秘裏に、効率よく実験材料(・・・・)を集めるため、あるいは自分の都合のいいように情報を操作・隠蔽する為の裏方(・・)を任せる為に作り上げた組織であった。

 

 主に彼等に与えられた業務内容は……人攫い・暗殺・情報の偽装・情報の奪取等……凡そ一般とはかけ離れた……黒い仕事の数々。

 

 ジュタが求めるものを合法・非合法問わずに手にいれる為、市民・近衛兵・衛兵に紛れこみ、暗躍し続けていたのである。

 

 国境防衛の際、壁に【集獣香】をぶつけたのも彼等であり、イク達【(シャドウ)】に拿捕されたのもその一部であり……防衛の際は、誤射で味方の隊形を崩したり、態と危機的な状況を作り上げては他者に怪我を負わせるなどして、防衛線を長引かせ、あるいはジュタに翻意ありとしてマークしていた人物を事故に見せかけて消す算段を行ったりと、今の今まで魔獣達の撃退を遅らせたのも彼等の仕事だったのである。

 

 しかし……帰って来てみれば頭であるジュタが斃され、事が露見しているという最悪な結末が待っていたのだ。

 

 即座に視線を交わした彼等は、捕まれば命はないこの現状において己の命を最優先とする為に散開して逃走しようと試みたのだが……それをギアンに見咎められてしまったのである。 

 

 舌打ち一つ、衛士の偽装と態度を脱ぎ捨て、如何にもな黒一色の軽装となって離脱を試みる【陰】達。

 

 自分達の中に犯罪者が居たという事実に呆然とする兵達の中をくぐりぬけ、四方八方へと散って行こうとした【陰】達ではあったが──

 

「がっ?!」

「ひぎっ!!」

「ごぁつ!!」

『──我々から逃げられると思っているのか? 【陰】共』

『ジュタの指令の下……行われた数々の悪行は明白である』

『既に罪状は定まっている。大人しく縛につけ』

─『?!』─

 

 その行く手を遮り、唐突に空気から染み出すように迷彩を解いて現れた人影によって一瞬で捕縛され、無様に地面を這いずりまわる事となる。

 

 そこに居たのは……ギアンの影からひそかに包囲していた【(シャドウ)】の面々であった。

 

 仮面をかぶり、【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】・実働部隊としての正装を身に纏った……ジュタ戦においても比較的損傷の少なかったイク・サハ・ナウの三人が魔導機を解放して瞬く間に場を制圧。

 

 圧倒的な実力を持つ実働部隊の存在、一瞬の拘束劇に更に固まる事となった衛兵達。

 

 そこへ──

 

『──お見事。……さて……この国の誇る防人、衛士、並びに近衛兵諸君!! この度の任務、お疲れ様でした』

「っ?! まさか……【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】!? ……これは……この罪状、この事件は全て……事実、なのですか」

『──我が身・【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】の名において。残念ながら曲げる事が出来ない事実です。そして……疲れて戻ってきた貴方達には申し訳ない話なのですが……是が非でも貴方達に頼みたい、最重要案件が出来てしまいました』

『──傾注!! 今から【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】ダズより、この国における最優先事項である任務が告げられる!! その内容に耳を傾けよっ!!』

─『?!』─

 

 そこに現れる、全身を銀色の装甲で覆い隠す人型。

 

 そう……【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】・ダズが、ギアンの言葉を補足し、近衛兵達と衛士達に……緊急案件を持ってきたのである。

 

 それは──

 

『──今回の元学院長・ジュタの件。彼が裏に手を回し、関わった者達が……未だ私達のこの街で、フェルシアという国で暗躍を続けているのです。そして……これがその証拠と犯者達のリスト! ──時間をかければかけるほど……彼等は国以外、あるいは地下へと潜り、逃走する恐れが高い。──この国の膿を絞り出す為、このリストの者達を逮捕・拿捕する任……受けていただけませんか? これは……己が身を賭して! この国を護り続けてきた貴方達衛士達にしか、出来ない事なのですっ!!』

「──っ!! 承知いたしました法務官!!! 近衛兵団!! 抜杖!!」

─『はっ!!』─

「了解いたしました!! 衛士団!! 整列っ!!」

─『はっ!!!』─

『──さあ……諸君!! 己が本分を!! 使命を果たす時です!! 今まで貴方達の使命を歪め、図らずしも犯罪に加担させていた存分は……もういません! 貴方達は、貴方達の心の赴くまま……その腕を振い!! 悪逆非道共を一人残らず一網打尽にするのです!! ──我等……フェルシアの夜明けの為に!!』

─『…………ぉぉぉおおおおおおおおお!!!!』─

 

 全身で朝日を反射する【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】・ダズが場を沈めるような低く落ちついた声色を張り上げ、法務を司る最高権力からの依頼に背筋を伸ばして言葉を待つ衛士達と、遅れて姿勢を正す近衛兵達。

 

 それに手を上げて答えながらも……震える声で事実の確認をする近衛兵長に頷き、その手に持ったジュタの部下・協力者・関係者をリストアップしたものを手渡して逮捕を命じるダズ。

 

 己が犯罪に関わっていたかもしれないという、複雑な心境を抱えていた一同ではあったが、【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】という法務の最高峰より言い渡された使命に己が使命間と正義感を滾らせ、己が職務を全うする為に東奔西走する事となる。

 

 ……夜明けから始るただの一日。

 

 しかし、その一日を持って。

 

 混沌とし、秩序を隠れ蓑としてその裏側で暗躍し続けていた者達は……これからも続くはずだったのであろう、『知の研究』という名目の外道・外法・禁忌の数々を取り上げられ。

 

 その研究のために、人身売買・臓器売買・魔獣売買・暗殺・錯乱等を行っていた犯罪集団は一網打尽にされる事となり。

 

 罪状を告げる紙きれ一つで唐突に侵入してきて自分達を捕縛した事に対して抗議し、喚き散らし、怒鳴り、己が身の潔白を叫ぶ全ての犯罪者達の声を黙殺し……【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】の役目を果たし続ける事となるダズ。

 

 冷厳なるダズの裁きは……人々の犠牲の上に安穏を築き上げていた犯罪者達全てを振えあがらせるに余りあるものであり。

 

 彼等は……己の罪を、己の身で購う事となるのだ。

 

 ──因果応報。

 

 まさにそれを体現した……この出来事。

 

 ──後に、『大粛清』と語られる……事に関わった者達には『知の失墜』とまで言われた大捕り物が……こうして幕を上げる事となったのである。

    

    

   

 

 ──そして……革命とも呼べるほどの逮捕劇……その裏側では。

 

「──…………」

「……本当に読んでるんっすか? どう考えても流し読みというか……ただぺージを捲っているようにしか見えないんすけど」

「……邪魔しない。ジュタが死んでダズが後始末に回る以上……私達の体を直してくれる【治療師】……否、【技師】の育成は必須」

「そうだねえ。速いとこ復帰してダズを手伝わないとだし、ここは坊やの……おっと、失礼。ジン=ソウエン殿の技量に期待しようじゃないか」

「そうですわ。──はい、次の資料です、ジン様」

「ありがとう、チャタさん。次の研究資料をお願いします」

「畏まりましたわ」

「……すっかり秘書姿が染み付いたなあ、チャタ」

「……むしろ今は役得だと言っておきますわ、バンチ」

 

 非常事態宣言が成され、厳戒体制が敷かれた街の中。

 

 瓦礫と化した院長府に入り込まないようにと張り巡らされた結界により、行き来を阻まれた院長内部。

 

 ──ここには……院長専用の施設として、隠された地下研究施設が存在していた。

 

 地下深く……数百メートル下に作られた、防音・防魔・防壁・隠蔽の術式がこれでもかと幾重にも刻まれ、魔導機によって作られた【昇降機(エレベーター)】でのみ、行き来出来る侵入の困難さ。

 

 そこにあるのは……禁忌を犯した者達から没収した知識が集められ、封印された知識の数々。

 

 【フェルシア流封印法】の【魔力文字】……術式の数々。

 

 そして……この国の秘中の秘である【降魔】の製造方法。

 

 院長専用に用意された……研究施設。

 

 ──院長府にいたジンと、そして残りの【(シャドウ)】達はそこに存在していた。

 

 ジュタを斃す際、無茶をしすぎた反動で体のあちこちが機能不全を起こし、動けなくなっていた【(シャドウ)】達。

 

 俄かに騒がしくなってきた院長府外部の声に、ダズが提案したのが『ジュタの地下研究施設に身を隠す事』であり……そこには身内といっていい【(シャドウ)】達が、その魔導体を衆目に晒すのを阻止するという配慮の為であった。

 

 喧喧囂囂と言い争いを始めた近衛兵と衛士達の声が玄関前から響く中……そのいざこざを止める為、そしてジン達が移動する時間を稼ぐためにダズに書簡を預かり、玄関へと向かうギアン。

 

 その間に瓦礫に埋もれていた床下にこれでもかと刻まれた厳重な防御・隠蔽術式を施された偽装扉を開き、その先にあった地下通路を抜け、後始末をするといって残ったダズ達上記の人達に見送られ……魔導式の【昇降機(エレベーター)】を数百メートル地下へと降りる一同。

 

 やがて……その扉が開き、機械的な通路を挟んで小部屋が並び立つ先にあったのは……手術室を思わせる寝台の並んだ部屋と、各小部屋にこれでもかと詰め込まれた……院長府にあった資料が児戯にしか見えないほどの研究資料の数々であった。

 

 そこに記されているのは……過去、フェルシアの学者達が、道徳・倫理などを度外視し、己の研究に捧げた一生そのもの。

 

 【降魔】の研究資料は元より、今回の騒動で使われた【集獣香】や毒物は勿論の事、多種多様な……外道で、先進的で、前衛的な知識の数々。

 

 そして……魔獣やかつての【降魔】が資料として【保存液(ホルマリン)】につけられ、小部屋の一室に並びたち、浮かび上がる姿だった。

 

 醜悪なほどに知を求めるその姿勢に絶句するジンと……かつて自分が体を弄られた悲しみを浮かばせる【(シャドウ)】達。

 

 それこそ自分の体が改造された時に横になっていたであろう寝台に……各々が身体を休める為に複雑な表情で横たわる中。

 

 ジンは【(シャドウ)】の面々を横目に……ダズから直接手渡されたアルセン時代の手記、現ダズとなってから自らの知識を書き記され、託された研究資料に真っ先に目を通した後、このジュタ専用の研究資料室の書籍を片っ端から読み漁る事で【フェルシア流封印法】……特に【降魔】に関する知識を吸収し続けていた。

 

 本来であれば、部外者であるジンがフェルシアの最秘奥・【フェルシア流封印法】の奥義ともいえる【降魔】の研究資料に触れる事など、ありえる話ではない。

 

 だが……ジンは既に【フェルシア流封印法師】の常識を覆す事……【フェルシア流封印法】のいろはを学ばず、その工程をふっ飛ばしていきなり奥義ともいえるはぐれ【降魔】となったティタニアと再契約を交わすという荒技をこなしてしまっているのである。

 

 国家機密たる【降魔】に関わり、あまつさえ契約をしてしまったジンに対し、更なる追い打ちとして襲いかかったのが……【陰】を用い、ジンを院長府に誘引してまでその命を取ろうとしたジュタの襲撃。

 

 流石に隠せる範囲を大きく逸脱した不祥事に……声高にジンの名声を語るクルダは勿論、個人的な付き合いがあり、尚且つ【光癒】の件でも深くかかわっている【呪符魔術士(スイレーム)】協会長オキト=クリンスや【呪符魔術士(スイレーム)】達にもその呼びは名高く。

 

 更にはキシュラナの最高峰に位置するザキューレ一門との縁も深いジンが害されたとなれば……下手をすれば三国挙げての戦争となる可能性も高く。

 

 あまつさえそれを納める聖王国に戦争回避の為に弁解しようとも、ジンは聖王女直々に身分を保障された、いわば聖王女お墨付きの人物である。

 

 それこそ……聖地ジュリアネスどころか聖王国アシュリアーナ全土から直接粛清されかねない現状である事は否めず、それならばいっそ『秘密を共有する仲間(共犯者)』として巻き込み、秘密の内側に抱え込む事によってその秘が漏れないよう、打算的ではるが……しかし。己の身を切ってでも知識を与える事を選択したのである。

 

 ──尤も、はっきり言えばそれですら『建て前』であり……本音はといえば、そんなごたごたから『未来ある子供を護る』という、ダズ……アルセンの信念によって成された事であるのは……彼を良く知るギアン、そして実働部隊の共通の認識であった。 

 

 寝台のある施術室、その角に設けられた研究資料が山積みになった机に座り、目の前の資料を読み漁るジン。

 

 それはまさに……異常としかいいようのない速度であり、山積みとなった資料は目に見えてその数を既読された、理路整然と並び立てられた側へとその姿を変え。

 

 机の周囲の資料を【解析眼(アナライズ・アイ)】と【進化細胞(ラーニング)】で記憶し終えたジンは、他の資料に手を伸ばすべく、椅子を立ちあがった処で──

 

「──はい、これがまだ読んでない資料になりますわ、ジン様」

「え? あ……ありがとうございます、チャタさん」 

 

 そして……ジンの傍で読み終えた資料を片付け、また新しい資料を持ってくるのは……戦闘は行えないものの、比較的損傷が少なく、唯動くだけなら問題がない……すっかり潜入業務の為に身につけた秘書業が板についてしまったチャタであった。

 

 初見の衝撃が過ぎ去り、その身に刻まれた秘書業から即座にジンの求める事を判断。

 

 右から左へと受け流すように次々と読破していくジンの姿に、せっせと身体能力を生かして膨大な量の資料を運び、片付けるチャタは……まさに出来る女であった。

 

「──お疲れ様、って……え?! 嘘! た、たった半日でもうこんなに読んだっていうの?!」

「あ、おかえりなさいギアンさん」

─『おかえりー』─

 

 そうして……外の世界では既に陽は高く昇り、午後。

 

 自らが騙されていた事、そして近年まれにみる逮捕劇に気炎を上げて事に臨んだ衛士達・近衛兵達の未だかつてない連携により、リストのおよそ八割の関係者の検挙を完了。

 

 そこから芋づる式にさらなる犯罪の証拠を掴み、粛々と広がる粛清の環。

 

 陣頭指揮を取るダズの断罪を告げる声は止む事なく。

 

 未だ……事の終結には時間がかかると判断したダズにより、まだ怪我の治りきっていないギアンの体を休めさせる為に『ジン君の指導をするように』との名目で地下研究施設へと送りこまれたギアン。

 

 その指示と心意気通りにかつてのアルセンを見て、感傷に浸りつつ地下研究施設にやってきたギアンではあったが……その視線にまっさきに飛び込んできたのが目の前の光景であり……そのあまりの事に思わず驚愕する事となる。

 

 先程からそれを見ていた【(シャドウ)】達が、その反応に『だよねえ』と一応に同じ反応を示す中、一瞬だけ顔をあげたジンがギアンに笑顔で言葉をかけ、再び研究資料を読み漁る事に没頭しはじめる。

 

「……ねえチャタ、どのぐらい仕込んだの?」   

「仕込む、という事でしたら全然。ただ……ジュタの資料も、先生の資料も既にその記憶に刻まれている訳ですから……かなりの知識量である事は確実ですわね」

「……まさかね……天才……いえ、鬼才という言葉ですら生ぬるいほどの吸収量。記憶力。読破力。──【呪符魔術士(スイレーム)】を納め、【魔導士(ラザレーム)】であり、【剣技】を扱い、武を知る……はぁ……一体どんな完璧超人なのよ……ジン」

─『確かに』─

 

 決して手を休める事無く、ひたすら資料を運び続けるチャタに対し呆れを含んだ声をかけるギアンがそう尋ねれば……『知識先行』である事が語られるものの……しかしその知識はジュタ、そしてアルセンの考案した最新式の【降魔】知識であり、それを既に納めているというジンの能力に、戦慄すら感じて感嘆するギアンに同意する声が地下研究所に響き渡る。

 

 やがて──

 

「ジン様、これで【降魔】と【フェルシア流封印法】の項目に関しては最後になりますわ」

「──……ふぅ~…………ありがとう、チャタさん」

「いえ。お疲れ様でしたわ」

「……本当に、ね。すごい集中力だったわ。……それで、【フェルシア流封印法】、並びに【降魔】の成り立ちについては一通り理解した、と思っていいのね?」

「はい、書いてある事であれば」

「……そう。……私が10年以上かけて昇りつめた【フェルシア流封印法】を僅か二日三日で……これが才能の差……ってことなのかしらね」

「あ~……ええと……」

「ふふっ、冗談よ。……是が非でも、貴方には【フェルシア流封印法】、そして【降魔】の扱い方を覚えてもらなわなければならないもの。……貴方は、ティタの……【操者(マスター)】なのだから」

「──はい」

 

 食事もとらず、読み進める事数時間。

 

 外の景色が夕暮れに差しかかる頃……チャタに最後の資料を渡され、読み終え……静かに本を閉じながら深く息を吐きだすジン。

 

 そして……それを受け取り、感嘆を零しながら労うチャタとギアン。

 

 僅かに陰りを帯びたギアンの言葉に眉を寄せて困惑を浮かべたジンではあったが……苦笑と共に真剣みを帯びたギアンの一言に、背筋を伸ばして頷く事となる。

 

 ──【フェルシア流封印法】。

 

 そして【フェルシア流封印法師】とは……元来、身体能力・才能に劣る人間が、己の知識・技術を駆使し、その当時国を脅かしていた、強大無比な魔獣や、戦争において憎悪と呪詛を吐き散らし、死して尚猛威を振う怨霊、悪意が形となった魔人・魔神といった化け物達、群れ、人々を襲うようになった山賊・盗賊達と渡り合うために考案・構想・作成された知の結晶であるとされる。

 

 当初は【呪符魔術士(スイレーム)】の力を持ってそれらを打破し、国を統治していたフェルシアではあったが……呪符の生産性、力不足と燃費の悪さ……何より【呪符魔術士(スイレーム)】は才能がモノを言う実力主義の御技である為、一般的な兵士達が扱うには難が多いという問題点が指摘される事となる。

 

 その当時より、研究者や学者肌の多かったフェルシアは……それぞれの独自の路線の考えを持ちより、呪符に使われている【魔力文字】に着目。

 

 様々な効果を齎す【魔力文字】の組み合わせを考案し、そして呪符以外にも【魔力文字】を刻みつけられる事を発見。

 

 様々な材質を持って耐久テスト、及び【魔力文字】発現の際の無駄などを研究していく事となったのである。

 

 ──そしてそれは……何も物質に留まらず。

 

 やがてそれは……人体や魔獣と言った生物にもその眼が向いていく事となり……後に禁呪・禁書・禁忌として封印される事となる知識の幕開けともなるのだが……それは後の話である。

 

 そうした結果、国の防衛のため、及び兵士達の安全性を確保する為に【魔力文字】は必然的に武具に刻まれる事となり、上記の倫理を無視した実験結果、及び物質構成解析結果から得た研究、及び武具の徹底的な構造解析を行い、様々な材質の武具に【魔力文字】が刻まれる事となり……後にこれが【魔導機】として作られていく事となるのである。

 

 そして……【魔力文字】の組み合わせによる方向性を効率よく組み合わせる事により、尚且つ技術が外に漏れる恐れを考慮して武具と契約した【担い手(エンプロイヤー)】だけが扱えるという【魔導機】が作られる事となる。

 

 最初に考案されたのは、【担い手(エンプロイヤー)】が魔力を注ぎこめば、それをを『魔力の弾丸』として構築。

 

 定められた魔力量を蓄積。

 

 【担い手(エンプロイヤー)】の意思を『トリガー』として弾丸を『放出する』……使い手の安全を確保する為、弩を【魔導】として改造したものであった。

 

 やがてこれをひな形とし、武器の長所を生かす為の付与が施された魔導機が数多く生み出される事となり……切れ味を増す『剣』や、より大口径の『砲』等、より威力の高いものが作られる中……兵士の装備として生き残ったのが汎用性の高く、癖のない上記の魔道効果を内包した『杖』タイプであった。

 

 材質によって様々ではあったが、魔鉱石や銀といった魔力を蓄えやすい材質を使いて常日頃から魔力を蓄える事で決められた威力の弾丸を放出、あるいはそれらを一気に放出する事が出来る【魔導杖】として完成したそれは……フェルシア兵士の標準装備として配備される事となる。

 

 身を守る道具もまた、様々な魔獣の革や鉱物を織り交ぜた糸等で作り上げる事によって【魔力文字】の発現に耐えうるものが完成し、外套として配布される事となり……兵士の安全が確保されていく事となるのだが……如何せん大型の魔獣、それこそ【月の王】といった化け物には、それらでも効果が薄かった。

 

 その結果を鑑みて、己の知識を更に絞り出したフェルシアは……『相手が巨大ならば、こちらも巨大なモノで対抗すればいい』という結論に至る事となる。

 

 ──魔獣には魔獣で。

 

 そう……【呪符魔術士(スイレーム)】の扱う、魔獣の死体を呪符の力で強制的に動かすという……【業魔(ゴーレム)】。

 

 それに着目したのである。

 

 しかし……その結果。

 

 様々な魔獣の死体を【人造魔導(ゴーレム)】として作りかえる、狂気と禁忌の研究が幕開ける事となる。

 

 ──そう。

 

 これこそが……【降魔】の始りとなる出来事だったのである。

 

 当初は上記の通り、魔獣を用いて作り上げられていた【人造魔導(ゴーレム)】ではあったが……魔獣の強靭な意思は、死して尚健在であり。

 

 時として意思力の反転によって制御を失い、術者に牙を剥くという暴走結果を招く事となる。

 

 『安全性のない兵器など、唯の失敗作』とし、よりよい技術を求めた結果……彼等は遂に同胞である……人体に着目する事となる。

 

 その当時……魔獣との戦いは激しく、更には人同士のいざこざが絶えなかった時代である事もあり……残念ながら人の死は身近な者としてそこに存在し、研究者達は……死体すら有効活用する為に実験材料(検体)としてかき集め、更なる実験を行い続けた。

 

 その結果……初めて生み出された【降魔】のひな型となったのは……父を失った少女が契約者となり、作り上げた【人造魔導(ゴーレム)】であった。

 

 人の体を核とし、【業魔(ゴーレム)】の要領で【魔力文字】の力を持って動かし、武器となる巨大な手足を装着。

 

 何も出来ない少女に契約者としての証である【魔導杖】を持たせ、復讐に燃える少女を幾度も父の想いから庇い、闘う姿を見て……研究者達は『これだ!!』と皆一様に光明を見出すのだが……やがてそれも核である肉体が魔導機を振りまわす力に耐えきれず破損し、砕け……結果、少女が【人造魔導(ゴーレム)】の中身を見てしまい、精神が崩壊するという結果を齎す事となる。

 

 『人の死すら利用する狂気』。

 

 ──この出来事に……初めて目が覚めたように恐怖を示した研究者が、『この研究は人の尊厳を無視するものであり、あってはならない研究である』と作成中止を訴える事となるのだが……時代の狂気が求めたのは強大な力。

 

 彼の意思は封殺され、殺されはしなかったものの……彼は僻地に左遷され、【人造魔導(ゴーレム)】・並びにフェルシアでの軍備拡張計画より永遠に外される事となったのである。

 

 そして……この時。

 

 少女を護れなかった彼の意思・言葉が……後の世である現代でアルセンへと受け継がれ、系譜となって生き続けていたのである。

 

 しかし……時代の狂気はやがて、あるべくして『死体(素材)が弱いのであれば、人体()そのものを強化し、魔導機そのものとする』という……更なる外法へとその向きを変えていく事となる。

 

 兵器としてより強固で強力な効果を付加され、魔獣の大きさにも負けない巨大な魔導外装が作製され、核である人体にも【魔力文字】だけではなく手を入れる事によってより完全な兵器として完成した【人造魔導(ゴーレム)】。

 

 その【人造魔導(ゴーレム)】を完全に使役し、術者の意思を組み上げ自在に操るのに特化した【魔導杖】が作られ、それは後の【呪印符針】となり。

 

 強大で強固な魔導の体躯を自在に動かす為に核である人体と魔導機との融合が成される事となる。

 

 また柔軟性を維持する為に死後硬直を防ぎ、肉体の隅々……毛細血管にいたるまでを【魔導回路(マギア・キット)】という魔道伝達回路に変える為、魔力・意思力の伝導率、及び魔導機と人体の融合性を高める事を目的とし、徹底的に付きつめられた……後にフェルシアの秘中の秘とすら言われる【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】を生み出す事となる。

 

 それは……死した人体という、中身のない風船めいた入れ物に、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】という水を注ぎこむ行為。

 

 人体に融合し、浸透した【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】は……脆弱な人体(肉体)を流動的な液体金属とも呼べる自身の力によって物理的にも変質・強化させる。

 

 しかし……それでも足りない部分は出てくるものであり……【呪印符針】からの指示・制御を受け止める機構……アンテナともいえる脳は……【魔導集積回路(マギア・ルーチン)】という魔導機として強化をほどこされ。

 

 融合された魔導機を動かす為に足りない出力は……魔力を蓄積・増幅・生産する機構……心臓を【魔導炉】と変える事により、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の力で人体と融合させたものとなる。

 

 業の塊である……【業魔(ゴーレム)】。

 

 ──後に【人造魔導(ゴーレム)】となり、それは……【降魔】と呼ばれるようになっていく。

 

 やがて……その狂気は更なる禁忌を生み出す結果となり。

 

 より良く、もしくはより悪しく。

 

 後世に受け継がれていく事となるのである。

 

 そして……今。

 

「──理論的にはダズさんので間違いないと思います。だけど……こっちの資料と統合したほうがより精度がよくなるようです」

「……そうね。でも……いくら作り方が分かったとはいえ、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の作成は至難の業。まして……ジュタの実験(実践)とダズの理論(知識)を擦り合わせたとしても……新たな(・・・)魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の作成だなんて……出来るの?」

「──出来る出来ないんじゃないんです。──やるんですよ、ギアンさん。……秘中の秘といえるだけあって……その作製難度は最高峰。でも……アルセンさん、いえ、ダズさんの考えた疑似人体を構築・作成する為には……その全てに【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】が基点となっているんです。だから……やらなければならないんです。ティタさんと……リナさんの為にも」

「……ジン」

 

 既に【(シャドウ)】の面々が精神疲労から眠りにつく中。

 

 部屋を移し、防音結界が張られた実験室へと移った二人は……目の前の研究資料を交え、ギアンと言葉を交わすジン。

 

 そこで交わされる内容は……まさに最新の秘匿すべき内容ともいえる、フェルシアの知識の集大成ともいえる技術。

 

 以前よりもその効果も、純度も、伝導率をも高めた……新しき【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の作成内容であった。

 

 ──そう。

 

 【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】が秘中の人と言われるその所以は……フェルシアで作られる魔導機その全てに、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】が使われているからである。

 

 素材に混ぜ込み、あるいは潤滑油に、燃料に、魔力文字に。

 

 【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】はその全てに使われ、【フェルシア流封印法】を支える魔導機を作り上げる礎となっているのである。

 

 フェルシアの原点とも言える……【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】。

 

 それを、その調合法、作製法を……ジンに託し、ギアンと共に作製するように依頼したダズの思い。

 

「──『自分は既に死者。次代に己の知識と経験を渡し、受け継がせ、国の先達となるものに託す』」

「……それは……ダズさんの?」

「ええ。……貴方は部外者であったはずなのに……私達の事情に巻き込まれ、今、まさにフェルシアの根幹に根差す最秘奥にして最重要な【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】作成にまで関与している。そして……年々その数を減らす、【フェルシア流封印法師】の筆頭、国の防人として私が選ばれた。この国の……フェルシアの知識を継ぐ者として。そして貴方は……【降魔】を救う救い手として。……ダズは自分を含む、古きフェルシアにしがみ付く亡霊たち……闇を。自分と一緒に過去に葬り去る算段なのでしょうね。その為に……自分の培ってきたもの、そして……闇が培ってきたもの、その知識の全てを……私達に託したの」

「──!!」

 

 ──寂しそうに。

 

 胸を抑え、まるで痛みに耐えるかのように、沈痛な面持ちでアルセン……ダズの想いを受け止め、理解するギアンがそう吐露する。

 

「……死ぬ(消える)つもりなんですか? ダズさんは」

「…………たぶんね。恐らく……ダズ自身が作り上げたという……【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】のあの体。……強力なのでしょうけど、ワンオフ使用だった為に変えのパーツもないのでしょう。それでは整備もままならないわ。……現状ではおそらく長く持たないのでしょうね。それに……ダズの性格では自分に使うべき魔導機の部品すら……【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】でさえ、【(シャドウ)】の他のメンバーに分け与えていたでしょうし、ね」

「…………そんなの、させない! 絶対に……あの人は、これからのフェルシアに必要なんだからっ!! リナさんだって、ティタさんだって、再びしゃべれるようにしてみせる! 姿、存在は変わった……でも、変わらない想い()があるんだっ!! だから……俺の全てを賭けて、新しい【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】を完成させて……ギアンさんとの時間を取り戻してみせるっ!!」

「…………っ……!!」

 

 ジンはその想いをくみ取りながらも……ギアンと、これから復活するであろうリナとティタの為に、ダズとなったアルセンが消え去る現状を拒絶する。

 

 ジュタによって奪われてしまった……先生と生徒、里親と子供達という関係。

 

 楽しかった、苦しかった、厳しかった……あの時間。

 

 ギアン達が……失った、刻。

 

 同じく、過去に失ったものとして。

 

 しかし、自分とは違い……まだ取り戻せるその時間をジンは取り戻してあげたかったのだ。

 

 それ故……己の全ての能力と技術を惜しみなく使い、救おうとしているのである。   

 

 ギアンは……そんなジンの言葉に返す言葉を失い……『あれだけ泣くだけ泣いたのに』と呟きながらもその瞳から涙を流す。

 

 そして……ジンはそんなギアンの涙を横目に決意を新たにして……己の【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】に埋没する。

 

 ……皮肉にも、ジュタが集めた魔獣達、そして研究用の素材によって【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の素材が揃っているという現状。

 

 ──託された知識(想い)と、集められた素材(思い)

 

(──それらを束ね、混ぜ合わせ、一つに調節し、創り上げる。……失敗は……許され無いっ!!)

 

 ──繰り返し、繰り返し。

 

 その調合の技術はリキトアで得た。

 

 その修練は治療は、キシュラナで、クルダで振われ、磨き上げられた。  

 

(──こちらの分量は全体総量の21.3%。それに対し、こちらが18.1%。そして──)

 

「え? ジ……っ?!」

「──…………」 

 

 瞑目したまま、言葉を発せずひたすら考え込む表情で固まったジンを心配し、ギアンが声をかけようとするが……ジンの手元を見て思わずその動作を止める事となる。

 

 限られた素材を有効に活用する為、【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】内で【疑似再現機能(エミュレーター)】され、繰り返される調合工程。

 

 ダズによって記された大まかな数値よりも、より細分化された配分、調合法、調合温度、湿度、成分。

 

 【修練工程(ライン)】を増やし、それぞれにおける尤も有用な組み合わせを算出。

 

 【疑似再現機能(エミュレーター)】の結果が【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】内で出る度、その%を書こうとする手が、現実世界で動くのだ。

 

 細かく震えているかのように見えるその手が、空中に数字を書き続けているのを見て驚愕し、険しい表情で徐々に脂汗を浮かべていくジンのただ事ではない様子に……ギアンはジンが今まさに何か(・・)をしているのだと悟り、ジンの汗を拭いながらもジンの様子を伺い続ける事となる。

 

「──出来たっ!!」

「!? どうしたのっ……!!」

 

 やがて……1時間が立とうとした頃。

 

 ジンはその眼を見開き、目の前の紙の束に猛然と素材、そこから抽出する成分、その配合率、温度、失われる成分を逃さない為の配合速度。

 

 事細かに、精確に。

 

 尋常ではない速度で書きあげていく紙の束が、一冊の書物を書きあげるかのように積もり重なっていく。

 

「──…………嘘、でしょう? なんて……事。いくらダズ、そしてジュタ。フェルシアの過去の記録を見たからといって……そんな直ぐに出来るはずがないっ!! っ……まさか……さっきから黙っていたのは……記憶した知識から最適な調合法を模索していたからとでもいうのっ?!」

 

 その状況に身動き一つ取れず、驚愕をもって見守るギアン。

 

 目の前では……休むことなく、ギアンの声など聞こえないとばかりに一心不乱に書き記し続けるジンの姿があり……やがて思いなおしたようにジンが書いた資料を元にして、ギアンは取り急ぎ必要な素材と機材を準備し始める。

 

「──……ふぅ~……出来たぁ……って、あれ?」

「……お疲れ様、ジン。こっちは……揃っているわよ」

「あ、ありがとうございます、ギアンさん」

「ええ……」

「? どうしたんですか?」

「……いいえ、なんでもないわ」

 

 やがて……素材・調合機材が整った頃。

 

 ジンが書き記しているのは調合法だけとなり、ジンが書きあげるのを待っていたギアンの目の前で、終わったと机に伸びるジン。

 

 そして……そんなジンを見つめていたギアンは……きょとんとした表情で自分を見上げるジンの姿に相好を崩しながらも……ジン自身の在り方に戦慄する。

 

(……この子……自分が一体何をしたのかを……わかっていないっ!! このフェルシアが積み重ねてきた知の研鑽の粋を集めて作られた【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】を……いくらフェルシア最高峰の知識を持つダズと、外道とはいえ、実践を重ねてきたジュタの結果があったとはいえ……こんな、たった一日で! 十数年単位で幾万の実践と実験を繰り返さなければ出ないはずの、新しい【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の配分を……精確(・・)に書き記す?! そんな事、どんな天才にも出来はしないっ!! ──危うい。この子は……その行動の危険性と重要性を理解させる存在が、傍にいなければならないっ……!!)

 

 ジンが早速とばかりに機材に足を向け、材料を吟味し始める中。

 

 ギアンは……無意識に、今はジンの物となった、リュックサックに立て懸けられていたリナの【呪印符針】に手を伸ばし、握りしめる。

 

 ティタニアとの……【降魔】との再契約時も、そうだった。

 

 彼は……『救うべき存在を見定めた時、ありとあらゆる自分の能力・技術を使い、己が身を犠牲にしてでも、その全てを救おうとする』。

 

 それが、例えその道を志す者にとって、どれほど常識外れで規格外な……奇跡と言われる事であったとしても。

 

 ジンは、その存在が身内や、その関係者であるというのならば……躊躇いなくその力を振い、手を伸ばしてしまう。

 

 救われる側にとって、それはまさに奇跡であり。

 

 見る側にとって……それは異端であり、脅威であり。

 

 そして……ジュタのような者にとっては、それこそ何に変えても手に入れたいモノとして、垂涎となるであろう力である。

 

 ──ようやくギアンは、ジンがフェルシアの地において、『狙われるべくして狙われたのだ』と、事の重要性を理解する事となる。

 

「──ティタ。貴方の今代の【操者(マスター)】は……規格外すぎるわ。……【降魔】として、貴方が。……彼を害そうと、手に入れようとする全てから……その全力を持って護ってあげて。もしかしたら……それも必要ではないのかもしれない。でも……あの子は、このままでは……その能力故に孤立する恐れがある。常に、傍に居る存在が必要不可欠なの。……かつて、私の傍に、貴方達が居たように、ね。……頼むわよ、親友(ティタ)

 

 ──手の中にある、【呪印符針】に祈るように、そう言葉を紡ぎ、見つめるギアン。

 

 その手の中では……錆びた刀身を持つ【呪印符針】が……僅かに輝きをもって返答を返したように見える中──

 

「すいませんギアンさん! 流石に一人じゃ無理なんで手伝ってください!!」

「っ!! え、ええ。分かったわ」

 

 魔獣の細胞、そして血液を配合・混合し、熱しつつもその中から最適な成分だけを抽出するという作業を始めたジンが、流石に身一つでは行えないその作業内容に先程から動かないギアンへと声をかける。

 

 それにはっとしたように駆けより、再び【呪印符針】を一撫でして機材の調整をし始めるギアン。

 

 慌ただしく、俄かに騒がしくなってきた実験室を……【呪印符針】だけが暖かく見守るのであった。

 

 ──そして。

 

「──…………よし、出来たっ……! 後は、これを培養炉の培養液に溶かしこんで増殖を待てば……」

「…………これが、新しい……【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】」

 

 夜を徹して行われた……長い長い調合作業の結果。

 

 ──過去、現在、未来。

 

 脈々と受け継がれてきた……発展の意思。

 

 長くあり続けてきた……禁忌。

 

 それぞれが交わる事で完成し……人々の希望となる日が……やってきたのである。

 

 混ぜ合わせられた魔獣の血を培養し続け、長い年限をかけて脈々と練り上げられた混合血液。

 

 それにに新たに血液を足し合わせ、以前ならば【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】として混ぜ込まれていたそれを……撹拌・分離する事によって必要な成分……【再生】・【増殖】・【融和】といった部分を【解析眼(アナライズ・アイ)】を駆使し、最適な機材を用いて抽出する。

 

 上記を一定の温度を保ちながら、抽出された成分を再び混ぜ合わせつつ……今度は水銀をベースにして作られた流体金属部分の調合を行う事となる。

 

 それは……以前と同じ素材を用いつつも、全く異なる配分で調合される事となる、以前の【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】とは大きく異なる部分。

 

 上記の作業よりも難度を上げる作業内容は……水銀に魔鉱石を溶かしこみ、液体金属に作り上げるというものであった。

 

 その素材に選ばれたのは……【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の肝である魔力伝導率に優れた魔鉱石【翠魔鋼(ロギエメラルド)】。

 

 金属に驚異的な粘りを与え、結合力を高める【黒魔鋼(ルナオニキス)】。

 

 そして……それらを溶かしこむ際、各金属の温度差を埋め合わせ、尚且つ高温度には耐えられない水銀が蒸発して有毒な気体になる事を防ぐため、ジンによって追加される事となった、伝熱性・耐熱性を有する【紅魔鋼(ソルルビー)】。

 

 真っ先に高温圧縮炉・最高温度で溶かされる【紅魔鋼(ソルルビー)】。

 

 それを固まらない温度で冷ましながらも、繋ぎである【黒魔鋼(ルナオニキス)】を溶かしこみ、魔導機で安易に暴発しないように細心の注意を持って、しかし一瞬で溶かし加工された【翠魔鋼(ロギエメラルド)】がそれに混ぜ合わされる。

 

 赤・黒・翠のマーブル模様が融合する中……魔力で蒸発しないように包み込まれた水銀が投入され、ミキサーのように高速回転する魔導機によって混ぜ、練り合わされ……各種マーブル模様となっていたそれらの色が統一され、やがてマグマのように輝く朱色の液体へと変貌していく事となる。

 

 さらに温度を下げつつ……いよいよ最難関ともよべる、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の肝。

 

 液体金属と魔獣成分溢れる生体成分を混ぜ合わせる作業へと入る二人。

 

 赤く粘性のある透明な成分液。

 

 それを魔導機によって熱に負けないように保護処理をしつつも……絶えず固まらないようにミキサーで混ぜ合わされている液体金属に徐々に混ぜ合わせていくジン。

 

 ──そのどれもが、多すぎても、少なすぎても、欠けても【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】にはならないと言われるほど、数%どころか、0.01%以下の配合が肝となるような高難易度の調合ではあるが……しかし。

 

 ジンの【解析眼(アナライズ・アイ)】と、【進化細胞(ラーニング)】・【疑似再現機能(エミュレーター)】によって培われた経験が、失敗と言う言葉を拒絶する。

 

 そして……完成したのが現状、目の前にある……極限ともいえるほどに濃縮され、粘り気と輝きを放つ朱銀となった【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の原液と呼べる物体であった。

 

 しかしこのままではコールタールのように粘性が強すぎる為、更には付加された性質を生かし、大量生産を培養という形で補う為、浸透性の高い培養液と空の巨大タンクを用意。

 

 一度漏斗状の魔導機で混ぜ合わせながら巨大タンクに満たされていく……生体液状金属・【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】。

 

 顕著なまでに反応を示すそれらは、瞬く間に透明だった培養液を朱銀へと染め上げ。

 

 過去、赤と銀が融合できずに分離し、その結果心臓の【魔導炉】で血流のようにたえず循環させ、分離しすぎないようにしなければならなかった【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】が……今。

 

 完全に成分と金属が融和し、溶け込み、一つとなった姿で目の前に存在してるのである。

 

 複雑な想いを胸に秘めながらも、今は唯だ純粋に完成した喜びと余韻に浸るギアンと、純粋に完成した喜びを露わにするジン。

 

 しかし……まだ休むべき時ではないのだと再び動き出そうとするジンの下に、朝食を差し入れとして用意してくれたチャタがノックをしながら入ってくる事となる。

 

 それに礼を述べてしばしゆっくりと舌鼓を打つ二人を見守っていたチャタではあったが、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の容器を満たす朱銀に疑念を抱き、その説明をジンとギアンに求め、これこそが新しい【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】であり……今まで不完全であった【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の完成系であるとの説明を聞いたチャタは──

 

「──本当に、いいの? チャタ」

「かまいませんわ。確かにモノとしては出来てはいますわ。ですが……その効果が実証されなければなりませんでしょう?」

「でも……いきなり『人』に使うのは……」

「──……ふふ、その言葉だけで……十分ですわ。大丈夫です。この身は……魔導機として弄られた身。どの道この体を満たすのは【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】ですもの。その交換だと思って気軽にやってくださいな」

「……わかったわ」

「…………はい」

 

 ──己が身を、新たな【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の検体として差し出したのである。

 

 以前の【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】とは見た目は勿論、いろんな意味で強化が施されている新しい【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】。

 

 完全な生体液状金属と化したそれは……以前より製造法にネックの合った【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の製法を劇的に改善させ、限られた技師、及び【フェルシア流封印法師】にしか魔導機の修繕・修復が出来ないという取り回しの悪さを改善させるための成分を取り込んだ機構となっているのだ。

 

 ダズに欠けていた知識として上げられていたのが……金属体である【降魔】や魔導機の【自己再生】機構。

 

 その知識を埋めたのが……院長府内でジュタが見せた、破損した自分の身体の欠けた魔導機を自身の【降魔】を奪って補い、取り込み、自分のパーツとして使用するという……【魔導再生機構】である。

 

 ジュタの言葉通り、再生能力に優れた魔獣【月の王】の神経・細胞を取り込んで作られ、自身の【魔導回路(マギア・キット)】として作り上げたこの機能。

 

 しかしこれは……ジュタにとっては完成品ではあっても、実質的には試作品の域を出ない欠陥品であったのだ。

 

 辛うじて月の光が無くとも再生機構が発動するようにはなったものの……しかし発動するのは夜のみという限定機構であり。

 

 当然の如く魔導機として取り込んだものの……他の魔導機との融和性が低すぎる為、【月の王】の頭ですら瞬時に再生するほどの【無限再生】能力は付加出来ず。

 

 その為他者の部品を用い、【再生機構】で無理矢理取り込む事によって自分の体として使えるようにする事が精一杯だったのである。

 

 しかし……その失敗作とも言える魔導機構は……ジンにインスピレーションを与えるに十二分であり、過去の外法の中には……『不老不死』を題材として魔獣の細胞・成分を取り込むという研究が存在しており、それらを踏まえて成分を取り出し、混ぜ合わせた事により……新たな【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】は、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)の効果のみで(・・・)、融合した魔導機にある程度の再生能力を与える事を可能としたのである。

 

 勿論……魔導機が完全破壊、もしくは身体から離れ欠損した場合は再生させることは出来ない。

 

 しかし、成分だけを抽出し、混ぜ合わせた事によって再生機構が夜間のみであるという縛りを解消。

 

 瞬間再生には遠く及ばないものの……時間をかければ人体でいう怪我は勿論、骨折や内臓損傷、更には切断されたパーツがあればそれを切断面にくっつけることで接合出来るという効果を齎す事に成功したのである。

 

 これだけを見れば……ジュタの扱っていたものに縛りが無くなっただけで、寧ろパーツを取りこんで我がものと出来るジュタの再生機構のほうが優れているようにも見えるだろうが……実際のところ、ジュタの再生機構の効果は……『ただのその場しのぎ』であり、つぎはきの体を無理矢理繋ぎ合わせ、稼働させるようなものだったのだ。

 

 当然、十全になど扱う事等出来ず、無理矢理繋げるだけでそのパーツを自分の体として造り替える機構は存在しない。

 

 それ故、【降魔】二機から抜きとり、取り込んだ【魔導炉】自身の力として吸収する事が出来ず、暴走させる事しか出来なかった(・・・・・・)のである。

 

 更に……この機構は魔導機であればどんな物(・・・・)にでも作用する。

 

 それ故……チャタは、自身の破損していた、魔力で自己を強化し、魔力を放出して驚異的な推進力を得る脚部魔導機の再生が出来る事を踏まえて自らを検体に差しだしたのだ。 

 

 そして……その体は『人間』とは言い難くとも、心は『人』であるチャタに【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の使用をためらうジン。

 

 そんなジンの心遣い……『人』と扱ってくれる心にその心が満たされるのを感じ、優しい笑みを零すチャタの覚悟に、ギアンは意を決して機材を準備し、ギアンとチャタの二人に促されてチャタに施工を決意するジン。

 

 寝台に横たわるチャタの両腕に備え付けられる……【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】交換のためのホース状の装置。

 

 片方は体内の【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】を吸引し、片方は注入すると言う単純な機構のそれは……施術の為に意識をカットし、眠りについたチャタの身体から……【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の吸引・注入を開始する。

 

 空のタンクに吸い出された赤と銀が分離し、入り混じった過去の【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】が徐々に溜まり始める中、反対側の朱銀の満たされたタンクから注入されていく新しき【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】。

 

 タンク上部に空きが出来た傍から継ぎ足されていく培養液が、新しき【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】として形になっていく中。

 

「──?! これって……すごいわ、まるで……本当に『人』の体のよう……」

「色が……変わっていく。ああ……そっか。【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の……色」 

 

 チャタの見た目に、劇的な変化が現れる事となる。

 

 ──元来の【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】に満たされたチャタの体は……基本的に血色というものが存在しない為……病的なまでの皮膚の白さであり、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】に熱が無い為に体温も皆無であった。

 

 それが……どうだろう。

 

 新しい【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の朱が、その体の色に血色を与え。

 

 更には【紅魔鋼(ソルルビー)】の効果によって熱を帯びた【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】によって暖められたその体は……温もりを、体温を取り戻したかのようであった。

 

「──……【魔道炉】、正常稼働。脚部魔導機への【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】侵入開始。…………融和、浸食開始。…………よしっ!! 修復開始!!」

「…………ジン、貴方……その、眼」

「よっし! 効果が出てますよギアンさん! これで……魔導機が治る事も実証されました! ……これで、ティタさんも、リナさんも……ダズさんも、救えるはず……いや、救って見せる!!」

「っ……!! ……ええ、そうね、その通りよ!! これで後は……チャタが目覚めれば……」

 

 【降魔】調整用に繋がれた機材により、チャタの状態が表示される中……機材には表示されない(・・・・)魔導機再生情報を【解析眼(アナライズ・アイ)】で読み取り、口にするジンに驚愕し……ジンの顔を覗き込んだギアンは……ジンの瞳が翡翠色から一転、魔力を帯びて虹色の光彩に染まっているのを見て息を飲む。

 

 そして……その瞳の力が物質を解析出来る力である事は明白であり……その力が【診析】を生み出したのであろうと判断したギアンは、これまでのジンの行動、ジンの起こしてきた奇跡とも呼べるものに少なからずその眼が関与しているである事を察し、内心のジンに対する心配を……より深める事となっていく。

 

 そんなギアンの心を知らず、ティタ達を助けるのだと息巻くジンの言葉に我に返り、それに同意してチャタへと視線を落とすギアン。

 

 稼働状況は驚くほど正常であり……心臓部の【魔導炉】も以前より圧倒的に負荷が減り、驚くほどの出力向上を示していた。

 

「──ん。……え? ……あ……え、そんな……事ってありますの?」

「おはよう、チャタ。……気分はどう、って……一体どうしたの?」

「えっと……どこか……具合が悪い所とかありますか?」

 

 やがて……【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】によって再起動した(起きた)チャタがゆっくりと瞳を開ければ……出てくるのは何故か戸惑いの声。

 

 その様子に疑念を持って声をかけるギアンと、困惑気味に言葉をかけるジン。

 

「──あまりにもスムーズに、しかも……鮮明に見えすぎる(・・・・・)。しかも……この感覚。……まさか……『人』としての機能を取り戻している、とでもいうんですの?! それに……この異常ともいえる魔力の流れのスムーズさ。その力強さ!! ──なんて、清々しい。まるで……昔新しい服を来た時に感じた爽快感のよう。──これが……新しい、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の、力」

 

 ──チャタの体に齎された変化は、顕著に大きかった。

 

 今までの【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】では、筋繊維・神経系に浸透するも……その純度の低さによって細部まで浸透する事は出来ず。

 

 魔力・意思力の伝導率は【魔道炉】の出力によって無理矢理得られているような状況であり、視界も【魔導機】の力で無理矢理確保されているようなものだったのである。

 

 痛覚は鈍化し、皮膚から感じられる感覚はほぼ皆無。

 

 施術によって個人差はあれど、【(シャドウ)】の誰しもがおよそ『人』としての機能を失っている状況だったのだ。

 

 それが……極限まで高められた融和性と純度により、意思力・魔力・神経系・筋力の伝導率が飛躍的に向上した結果、ありとあらゆる感覚がチャタの下へと『人間的』な感覚を呼び起こさせ、【魔導機】の補助無しで五感が感じられるほどになったのである。

 

 己が手を翳し、自分の体を流れる魔導髄液(血潮)を眺め……体を動かしてその感覚を確かめるチャタ。

 

 自分の稼働領域全てを調べ終え、やがて──

 

「ふっ……!!」

─【魔導機起動】─

─『!!』─

 

 すっと屈んだチャタが脚部に魔力を集中させる魔力の流れが【魔導回路(マギア・キット)】を朱く染め、驚くほど瞬間的に脚部へと集約され、魔導機が発動。

 

 その直後、チャタの体がブレ、その姿が消失する事となる。  

 

「──信じられない、なんていう魔力伝導率。そして駆動率! 発動までのスムーズ差、その負荷。今までの比じゃありませんわっ!!」

「よかった~……大丈夫そうですね!」

「もちろんですわ……むしろ、完璧(パーフェクト)ですわ! ジン様!」

「感謝の極みって……様はそろそろやめません?」

「………………」

 

 ──当社比3倍と意味不明な事を口にするチャタの言葉を流し、はしゃぐチャタの様子にほっと胸をなでおろすジンと……そんなチャタとのやり取りを見て驚愕するギアン。

 

 さらに──

 

「──驚いた。前よりも全然……軽い。それに……躰の【魔導機】への変換も驚くほどスムーズじゃない!」

「……本当。それに……前よりも魔力の通りが圧倒的にスムーズ」

「本当だな……こりゃ……すげえ」

「本当だ! 本当に……すごい!」

「……素晴らしい」

 

 はしゃぎまくるチャタが他の【(シャドウ)】の面々を叩き起こして自分の変化を見せつけながら、新たな【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の効果を見せつけ……それに猛然と食いついた一同が新たな【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】を施術してもらうために研究室へと殺到。

 

 それに苦笑しながらも次々と【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の交換を慣行した結果……チャタと同様、自らの体を確かめ、その身に内包した【魔導機】を使用し、変形させたり、人型に戻したりと……以前とは段違い……否、桁違いに向上した自身の身体性能・魔導機性能に歓喜の声を上げる事となる。

 

 ──【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の自己再生能力で【魔導機】の修復を終え、完全に稼働出来るようになった数名がダズに合流して犯罪者の殲滅へと参加する為、意気揚々と地上へと赴くのを見送った後。 

 

「──そう。この【魔力文字】の意味を理解し、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】で圧縮刻印する事でより強力な術式を刻みこむ事が出来るの。それが……今の新しい【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】なら尚更よ。それを呪符という限られた入れ物に刻む使い捨てではなく、より強度に優れ、より容量の大きなものに刻み込んだものが【魔導機】となる。既に【呪符魔術士(スイレーム)】を極めている貴方なら、必ず【フェルシア流封印法】を使いこなし、【魔導機】の作成も出来るはずよ。手始めにあの子達の修復不可能にまで破壊された【魔導機】の修繕から始めましょう。いいわね?」

「はい!!」

 

 破損状況が酷く、【魔導機】となる体を直さなければ身動きの取れない数名の為、そして【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の作成でもはや隠すものはないとティタとリナ、そしてダズを救う為、己が【フェルシア流封印法】の全てをさらけだし、その知識を吸収したジンに対して自分が培ってきた実践と実戦レベルの知識を教え込み、【魔導機】作製のプロセスを仕込み始めるギアン。

 

 既に国内に入って二日が立ち、少なくとも数日の後にはクルダへ帰る事が決まっているジン。

 

 無論伸ばす事も可能ではあるが……完璧主義の気があるギアンは、その限られた時間内で『教えられること全てを教えるのだ』と鬼気迫るほどに真剣な表情で教師役を務め。

 

 そのギアンの教え込もうとする心意気に全身全霊をもって答え、【解析(アナライズ)】と【進化細胞(ラーニング)】、【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】を駆使して学習するジン。

 

 ジュタの為に貯め込んでいた魔導素材をこれでもかと使いながら、【魔導機】の初歩である【魔導杖】の作成に始り、【降魔】とリンクする機能……いわばモーションキャプチャーの役割を果たしていた【フェルシア流封印法師】の外套・魔導装備に縫い付けられている呪符の意味・効果の理解や作成。

 

 更にはギアンとの共同作製によってその先。

 

 呪符状ではなく、より強度の高い装備の内側に【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】で魔力文字として呪符の効果を刻みこむ事により、直接リンク機能を植え付ける事によって強化した機構を作り上げ、呪符に使用する墨、それによって生じる【魔力文字】よりもより強力な【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の魔力文字の力の運用方法を徹底的に学びとり──

 

「──出来た~…………」

「……流石ね。まさか……ここまで」

 

 やがてそれは……かつてダズが目指し、成しえなかった技術。

 

 【伸縮膜】と呼ばれる……所謂天然ゴムに粉末状の魔鉱石を【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】で混ぜ合わせ、融合させた物質を加工する事によって作られていく神経【魔導回路(マギア・キット)】。

 

 体を覆う人工皮膚【魔導皮脂(マギア・スキン)】。

 

 体を動かす為の人工筋肉【魔導筋(マギア・セニュー)】。

 

 骨の成分を混ぜ合わせた疑似骨粉と、粉末状の魔鉱石を【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】で練り合わせ、型を作り、削り出し、組み合わせ、柔軟性と剛性を融合させた疑似骨格【魔導基骨(マギア・ベア)】。

 

 更には【魔導回路(マギア・キット)】・【魔導皮脂(マギア・スキン)】・【魔導筋(マギア・セニュー)】を組み合わせ、魔鉱石のように魔力が宿る石ではなく、魔力そのものが結晶化して形となった……魔鉱石よりもより魔力純度に優れ、濃密な力を有する結晶体……【魔晶石】を核とした、純粋に人の手で作られる……【魔道炉】を超える【魔導炉心(マギア・コア)】。

 

 それらの疑似人体の全てを用い、脳神経・脳血管・脳細胞を再生させ、サポートする為に組み上げたのが……人工頭脳・【魔導集積回路(マギア・ルーチン)】という……人体の代わりとなる、人工身体を作り上げる事に成功したのである。

 

 ──長い、本当に……長い回り道の果て。

 

 今、アルセンの祖が狂気に飲み込まれず、人として在り続け、付き通した一念、一門の願いが……ここに形となったのだ。

 

 そこに──

 

「僅か数日で……ダズですら、あたしたちの体を直すのにはかなり掛ったっていうのにねえ……」

「その新しい技術。……自分で試してみてくれないっすか?」

「先にあたしで試しな。腕だけならすげ変えばいいんだからねえ」

「え? シュナさん?! アチャさん!! でも──」

 

 満足に動けない体を押して、やってくる残りのメンバー達。

 

 右腕が完全に破損しているアチャが、新しい【降魔】として全身魔導機と化しているシュナの前に自分で試せと、ジンの目の前で寝台に横になる中。

 

 いきなりの事で困惑するジンへと、アチャとシュナが声をかける。

 

「心配すんじゃないよ。寧ろ……ジュタのクソ野郎の後始末をしなけりゃならないんだ。ぐだぐだ悩まずやっとくれ。シュナに施術するのが怖いっていうなら、あたしへの施術が試金石となるだろ? さ、速いとこやっとくれ。乗り遅れちまう」

「アチャ……別にいきなりやってもらっても構わないんすよ? ……元々、この体自体が借り物っすから。……恥ずかしい話なんすけど、今でもこの身体との繋がりを……感じられないんっす。まるで……乗り物にでも乗って動かしているような……そんな感覚なんすよ。だから……お願いっす。自分に……今、ここに自分が存在しているっていう、『実感』を感じさせて欲しいんす」

「馬鹿いってんじゃないよ。なら……目の前にいるあんたはなんなのさ、シュナ」

「……アチャ……」

 

 ──『躊躇うな』と……姉さん肌のアチャがワイルドな笑みを浮かべながら動く左手でジンの頭を撫でながら自分を親指せ指示し、さっさとしろと促し……シュナが虚ろで……寂しそうに語るのを鼻で笑い、『お前はお前だろう』と励ますアチャ。

 

 その言葉に言葉を無くし、俯くシュナをそっと後ろから抱きしめるギアンが──

 

「──…………シュナ。そう、ね。……やりましょうジン」

「ギアンさん?!」

「不安なのは分かるわ。でも……言い方は悪いけど、ここで動けないなら、リナやティタは救えない。……全身を作らなければいけない、ダズを助けるのは夢のまた夢よ? いつ……やるの? 今しかないでしょう? ジン!!」

「…………はい!」

「そうさ。なぁに、失敗を恐れるんじゃないよ。さっきもいったろ? あたしで失敗してもまた腕一本交換すりゃあいいんだ。気にするんじゃないよ」

「大丈夫です。……俺、失敗しませんから」

「……はっ!! 言うじゃないか。……頼んだよ」

「はい!!」

 

 ──その意思を、意図を組んでジンに施術を促す。

 

 流石に人体と同等とはいえ、人体とは異なる機構を多く有する魔導体を直す事に困惑を浮かべるジンに、『全ては後の人を救うための布石』として促すギアンの言葉に、覚悟を決めて頷くジン。  

 

 ジュタを殴るという、ただその一念で限界を超えた出力を放ったアチャの右腕は……魔導機が内側から自壊するという形で壊れており、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】が流れ出るのを阻止する為に腕の機能は停止され、垂れ下がっている状態であった。

 

 【解析(アナライズ)】を駆使し、上記の機構を組み合わせ……【呪符魔術士(スイレーム)】の治療で【解析(アナライズ)】し続け、培った経験を生かし、人体機構を模して構築されていく……人工身体の腕。

 

 精密に、精確に。

 

 瞬く間に組み上げられていく腕に舌を巻くアチャと、呆然とそれを見続けるシュナ・ギアン。

 

 骨格・神経・筋肉・皮脂。

 

 骨組みだけだったそれは……斬りおとされたアチャの腕の断面図に沿うように作り上げられていき、やがて縫合が成され、繋ぎとめられる事となる。

 

 そして……アチャの意識が遮断され、【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】の交換が成さる事となり──

 

「……ははっ!! こりゃあすごいねぇ!! 前よりも尚……力強い!!」

「よかった……腕のほうは?」

「これに……異常があるように見えるかい?」

「……無いわね。ちょっと、壊さないでよ?!」

「あっはっは! 心配するんじゃないよ。これを向けるのは敵だけさ。……さて、シュナ。見た通りさ。存分に……救われな」

「──……ありがとうっす……アチャ」

「ごちゃごちゃ考えすぎなんだよあんたは。……それじゃ、先に行ってるよ」

 

 起きたアチャが……その腕をぐるぐると回し、魔導術式を起動すれば……術式によって右腕が展開され、肘部分に魔力放出口、腕部から拳にかけて装甲が展開され、それと同時にそれを支える為に右腕の疑似筋肉が出力を増す為に膨れ上がる。

 

 自身の魔導機()が健在である事を示し、シュナにジンの腕前を存分に見せつけた後……その頭をくしゃりと撫でて優しい声色で声をかけ、ダズの手伝いの為に足早にさっていくアチャ。

 

「──よろしくお願いします。ジン様」

「なんでシュナさんまで?! ……任せてください。必ず……助けてみせます」

「──はい」

 

 そんなアチャの後押しを受けて……深々と一礼をしながら寝台に横たわるシュナに、力強く頷きながら……ジンとギアンがシュナへの施術を開始する。

 

 ──ジュタの娘という……新【降魔】の為に脳髄を抜きだされ、【降魔】を前提とした魔導機化したその空っぽな身体に脳髄を乗せ換えられ、ジュタの提唱していた新【降魔】のなりそこないとなってしまったシュナ。

 

 感覚の鈍い体は……その全てを遠く感じさせ、シュナ自身の生の実感を奪い去っていた。

 

 自ら施術の検体と名乗り出たのも……もし失敗しても、自分だけの犠牲ならばと考えたからであり……その全ては廃棄処分となった自分達を救ってくれた……全身を【人造魔導(ゴーレム)】としてまで今まで支え、率いてくれたダズを救う為。

 

 後に続くであろう、【(シャドウ)】、そして【降魔】達にこれ以上自分達と同じ思いをさせない為であったが……そんなシュナの思考を見抜いていたアチャに先を越され、『そんな考えなど杞憂だ』と言わんばかりの態度に……シュナはジンの施術を受ける事で、もう一度自分自身としての実感が得られるかもという、僅かな期待を持って眠りにつく。

 

「──脳髄の移し替え……か。これ……無理矢理【魔導髄液(マギア・ウィタレ)】で繋いでるだけに過ぎないわね……杜撰な施術だわ。腕が知れるわね」

「……これは酷い。入れるだけ入れて……放置したのか。【魔導炉】の出力と【魔導回路(マギア・キット)】の作用によって動いているだけに過ぎないじゃないか……」

 

 そして調べあげたシュナの体を見てみれば……そこにあったのは他のメンバーよりも尚稚拙な施術を施されたシュナの現状がそこにあり……その杜撰な施術は……ダズでも手を出せばシュナの脳髄(生命)が危うくなるほどだったのである。

 

 ──いわば、稼働しているのが不思議なほどの致命的なひどさだったのだ。

 

「──ジン、いけるの?」

「出来ます。俺は……もっとひどい状況だったディアス()を見てるんです。この程度……どうって事ありません!!」  

「……そう。貴方という人は……その歳で、どこまで──」

 

 そして──

 

「──……これが、自分の体……なんっすね。………………ようやく、地に足をつけたような。ようやく、体と一つになれた……感覚。これが……今、自分がここに居る(生きている)、実感」

「ええ。貴女はここに居るわ。間違いなくね。……辛うじて体と神経が繋がっているような酷い状態……あれでは自分の体が体だと思えなくて当然だわ……」

「…………自分の娘の体を使う事に……躊躇いでもあったんでしょうか」

「……どう、かしらね。今では……その答えを聞く事も出来ないのだけれど、ね」

「──ッし! ダズの手伝いにいってくるっす! ジンちゃん、きっちりと【フェルシア流封印法】を学ぶんっすよー!」

「あ、はい。いってらっしゃーい」

「無いでしょうけど、おかしい所があったら戻ってくるのよ」

 

 ──目覚めた時。

 

 シュナは……久しぶりに睡眠の爽快感と、肉体の感覚が蘇っている事に気がついた。

 

 ゆっくりと己の体を動かし、その動かす肉体に付随する感覚の余韻に浸るシュナ。

 

 爪先から、指先に至るまで、己の意思で己の感覚がある……その充足感。

 

 その瞬間、シュナが今まで過ごしてきた灰色の暗欝とした時間は……鮮やかに彩られる事となる。

 

 不自然なまでに施術が中途半端だったシュナの魔導機構との繋がりに憶測が飛び交う中……シュナが喜びを持って空中で舞い踊りながらダズの下へ、その業務を手伝う為に地上へと出ていくのを見守りながら……ジンとギアンは再びフェルシアの知識を求め、勉学にいそしむ事となる。

 


 
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