No.728198

「まだだめよ」

闇野神殿さん

プレ叛逆のダークなまどほむ(?)です。
TV版のラストシーンの続きから思わぬ展開が……。
もう恐16に向けて書いていたのですが、充分にまとめきれなかったので短編の一本をイベントに先がけて発表いたします。サボってたわけじゃないんですよぅ。

2014-10-05 22:54:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:911   閲覧ユーザー数:910

 

「がんばって」

 

 わたしは、魔獣の群れに立ち向かうほむらちゃんに激励の言葉を贈ります。もちろん、ほむらちゃんの耳にとどくはずのない言葉です。でも、ほむらちゃんの口元に笑みがうかんだような気がします。やがて、ほむらちゃんの背中から翼が伸びてゆきます。

 ぞわり。

 わたしは、その翼の色を見た瞬間、すでに肉体のないはずの自分の背におぞけがはしるのを覚えずにはいられませんでした。一体なんなの、この色は。記憶のなかで最も近いものを思い浮かべるのなら。そう。

 魔女の、結界の色です。

 わたしは、すでに魔女の結界を背負っているに等しいほむらちゃんの姿を呆然とみつめます。いったい、どうしてこんなことになってしまったの。

 ほむらちゃんは、矢のように魔獣たちの中へと飛んでゆきます。もうなにも映していない濁った瞳で。それ以上に濁りきったソウルジェムを暴走させながら。

「まどか……これで、あなたのところへ」

 ほむらちゃんの呟きは、そこで途切れました。

 魔獣たちの集中攻撃が、ほむらちゃんのソウルジェムが完全に濁りきる寸前、わたしが干渉できるようになる直前に、ほむらちゃんのソウルジェムを撃ち砕いていたからです。

「……え?」

 

 わたしは、それをにわかに受け容れることができませんでした。

 わたしのために戦い続けてきたほむらちゃん。

 わたしを世界から喪い、それでもわたしとの約束を果たすため戦い続けてきたほむらちゃん。

 わたしの、最高の友だち。

 わたしの、世界でいちばんたいせつなひと。

 わたしが、宇宙でいちばん救いたかったひとが。

 わたしの指先から、今まさにこぼれおちていったのです。

 

「あ……あ」

 わたしは、不可視の両手を砕かれ、宙に舞い広がってゆくほむらちゃんのソウルジェムの欠片にさしのべようとします。でも、そのひとかけらさえわたしの手が届くことはなく、わたしの手をすりぬけ、空へと消えてゆきます。

「まどか、まどかっ!」

 さやかちゃんのわたしを呼ぶ声がしますが、それはわたしの意識を素通りしてゆきます。

「あ……ほむらちゃん、ほむらちゃんが……」

「しっかりして、まどか、まどか!」

「ああああああああーっ!」

 わたしの喉から、絶叫がほとばしります。その絶叫は、ほむらちゃんを殺した魔獣どもだけでなく、世界の、宇宙のすべてを消し去るほどの

 

「おっきろー!」

 

「もうなにも恐くない」

 

「奇跡も、魔法も、あるんだよ」

 

「さやかああああっ!」

 

「お願いだから、あなたを私に守らせて」

 

「わたしは貴女をわすれちゃうのに?」

 

 そうだ、ここだ。わたしが未練なんか残してほむらちゃんにわたしのことを覚えていてもらおうなんて、わがまましちゃったからきっとこんなことになっちゃったんだ。

「そうだね、ほむらちゃん。わたしのことはわすれて、新しい世界でしあわせになって」

「そんな、まどか、わたしはあなたのことをわすれるくらいなら」

 わたしは、ほむらちゃんの唇の上にひとさしゆびを置いて、その言葉のつづきを押しとどめます。

「だいじょうぶだよ、ほむらちゃんがわたしのことをわすれちゃったとしても、みんながいるよ。マミさんも、杏子ちゃんも」

「まど……」

 それ以上は未練になると思い、わたしはほむらちゃんを新しい世界へとやさしく押しやります。必死でわたしの名前を呼ぶほむらちゃんの声に耳をふさぎ、涙をこらえて彼女を見送りました。

 

「……さやかは、さやかはどうした?」

「逝ってしまったわ。円環の理に導かれて」

「バッカやろう……せっかく友達になれたのに……」

「とも……だち……?」

 

「思い出せない、どうしても思い出せないの。なにか、わたしにとってとても大切なことがあったはずなのに」

「バカ野郎! だからってなァ、考えなしに魔獣の群に突っ込んでいくなんて自殺行為にもほどがあるぜ!」

「……ごめんなさい」

 そう杏子ちゃんに謝るほむらちゃんでしたが、その憔悴ぶりは誰もが目を覆うほどでした。

 やがて、ほむらちゃんの心は限界に達しました。

「やめて、やめて暁美さん!」

「思い出せない、思いだせないの、誰なの、私の大切な……世界で一番大切だった記憶を奪ったのは!」

「ほむら、ほむら! チクショウ、もうあたしらの声も届かないっての……か」

 逆上し、周囲のすべてを破壊するほどの力でほむらちゃんが暴走しています。

「佐倉さん!」

 ほむらちゃんに必死で手を差し伸べていた杏子ちゃんが、ソウルジェムを砕かれ、息絶えてしまいます。

「もう……ダメなの?」

 痛ましげな目をしたマミさんが、マスケット銃を静かに構え、ほむらちゃんのソウルジェムに狙いをつけています。ダメ、まだダメ、マミさん! まだわたしには今のほむらちゃんに干渉できない!

 

 銃声。

 

「まど……か、ああ、そうだ、まどか……だ」

 ほむらちゃんがわたしの名を呼び、その瞳が安らぎを取り戻したのは、まさにマミさんの魔弾がほむらちゃんのソウルジェムを撃ち砕いた、その瞬間のことでした。

 

 暗転。

 

 ああ、わたしがほむらちゃんにちょっとでも覚えていてほしいなんて未練を残したりなんかしたせいで。こんな酷いことになってしまうなんて。

 こんどこそ、ほむらちゃんからわたしの記憶を完全に根こそぎ消し去らないと……。

 ですが。

「暁美さん、ねえ、暁美さん、どうしちゃったの?」

「ダメだ、なに言っても反応しやしねえ」

 ほむらちゃんは、ようやく物憂げにふたりに向き直りますが、その瞳にはなんの力も宿っていません。

「悪いけど、私にかまわないで」

「アンタにだって、願いってやつがあったんだろ、魔法少女になって、戦いに身を投じるだけの願いってやつがさ。それは一体どうしたんだ、アンタにとって戦う意味ってやつはもうないってのか?」

「戦う……意味?」

「そうよ、暁美さん。貴女の、戦う意味」

「そんなものは……最初からなかったわ。私には、生きる意味さえ存在しないもの」

「最初からない? だったら、どうしてアンタはそもそも魔法少女になれたってんだ?」

 その言葉に、ほむらちゃんの瞳がゆらめきます。

「……え、そう……なにかがあった……はず? 私が魔法少女になった……最初の理由が」

 次の瞬間、ほむらちゃんの目が大きく見開かれ、衝動的にほむらちゃんは自らのソウルジェムを撃ち砕いていました。最後に、そう、最期に。

「まどか!」

 という一言の叫びだけを残して。

 

 わたしは、そのたびに世界を創りなおしました。ほむらちゃんが救われる道を探しながら。

 ええ、わかっています。それには、ほむらちゃんが魔法少女にならなければいいんです。でも、わたしの力では、わたしが最初に世界を創り変えたあそこからでないと世界を再開することが出来ないのです。

 どうして……なんどやってもほむらちゃんを救えない。なんどやってもほむらちゃんのソウルジェムはわたしの救済を待たずに砕かれてしまう……。

 ねえ、教えてよほむらちゃん、どうすれば貴女を救えるの?

 貴女はいままでどうやって、こんな繰り返しに耐えてきたの?

 やがて、わたしはほむらちゃん以外の子たちの運命を切り捨て始めている自分を自覚しました。すべての魔法少女を救う概念となったはずのわたしが、ほむらちゃんを救うためにそれ以外のものを切り捨て始めていたのです。なんていう皮肉だろう。

 それに気付いたとき、わたしは嗤いました。結局、それは、これまでわたしを救うためにほむらちゃんがしていたことと同じだと知ったからです。

「……そうなんだね、ほむらちゃんもこんな想いでマミさんを、杏子ちゃんを、さやかちゃんを諦めていったんだね」

 

 いくたびもの繰り返しの果てに、わたしのなかにひとつの考えがうかびます。でも、それはあまりにも酷い方法であり。

 ほむらちゃんを救うために、ほむらちゃん自身はもとよりわたしの救おうとしてきたみんなをも地獄に落とす。そんなことが許されると思うの?

 でも。その考えは、水面に落ちたインクの一滴のようにわたしの心を侵食してゆきました。

 

 キュゥべえ曰く、魔法少女の力はその子の背負いこんだ因果の量に比例する。

 だったら、魔女の力は?

 魔女の力は、魔法少女の背負いこんだ因果と関係するんじゃないか。無限に近い数の魔法少女を導いてきたわたしには、その傾向がはっきりと見えていました。だったら……。

 ほむらちゃんに無限の因果を重ねてあげれば、わたしが魔法少女を超えた魔法少女となったように、魔女を超えた魔女となるんじゃないか。わたしは、その行く末を〈見〉ました。

 ぞくり。

 わたしの力でさえ、それはおぼろげにしか見ることができませんでしたが、漆黒の羽根が舞う向こうに、ほむらちゃんの新たな姿をわたしは見い出しました。

 これだ。これしかない。ほむらちゃんに、〈わたしと同じ〉になってもらえばいいんだ。

 わたしは、あえて最初と同じかたちでほむらちゃんを地上に送りだします。ほむらちゃんは、そのたびごとにわたしの救済を待たず死んでゆきましたが、わたしには、その都度ごとにほむらちゃんに因果の糸がまかれてゆくのがはっきりと見えました。

 

 まだだめよ、まだだめよ。

 

 ほむらちゃんに巻かれた因果の糸が飽和するまで、わたしはほむらちゃんの死を見続けました。

 まだだめよ、まだだめよ。

 

 思えば、その時点でわたしはきっと狂ってしまっていたのかもしれません。

 

 まだだめよ、まだだめよ。

 

 そして、ついに待ちこがれていたときがやって来ました。

 キュゥべえ……インキュベーターが、円環の理解析のためにほむらちゃんをその死の直前に捕え、新たな世界に始めて誕生する魔女の実験台として結界のなかに閉じ込めたのです。

 

 まだだめよ、まだだめよ。

 

 そう、この結界のなかで、ほむらちゃんの絶望を極限まで高め、ほむらちゃんを魔女を超えた魔女として孵化させなくてはなりません。

 わたしは、さやかちゃん、なぎさちゃんに「ほむらちゃんを導くため」と、真実のはんぶんだけを告げ、わたしの記憶を預けて結界内に侵入します。

 さあ、ほむらちゃん、今度こそ……救ってあげる。

 さやかちゃんたちに記憶を預ける寸前、わたしの口元に浮かんだ笑みを誰かが目にしたら、きっと思ったでしょう。

 

 さながら、「悪魔のようだ」と……。

 

 

 
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