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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第四十九話

ムカミさん

第四十九話の投稿です。


対袁紹軍、遂に決着の時。

2014-10-01 02:18:09 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:6611   閲覧ユーザー数:4860

伝令を受けて一刀と恋が本隊へと帰還してくる。

 

敢えて多くを伝令に多くを語らせなかった為に、2人は何事かと詠に確認を取りにきた。

 

「どうしたんだ、詠?何かあったか?」

 

「……緊急、事態?」

 

「違うわ。ほら、あれ」

 

問われた詠は言葉短に後方を指差す。

 

詠の指先を視線で追った2人は、もうもうと立ち込める砂塵を視界に収め、納得する。

 

それを確認して、詠は2人を呼び寄せた目的を話し始めた。

 

「あんたの用意した策、ほとんどが予想以上の効果を出しているわ。

 

 自軍の被害、敵軍の損害、どちらも上々。加えて直に援軍が到着。

 

 となれば、もう後は一気呵成に攻めきってしまいたいのよ。

 

 だから、援軍を率いてきた将と簡単でいいから打ち合わせて、息を合わせて決めにかかるわ」

 

「なるほどな。そう言えば援軍要員は桂花が決めるんだっけか。誰を送ってきたんだ?」

 

問いつつ自信も目を凝らす。

 

そして砂塵の中にはためく旗を3つ確認すると、思わず口から言葉が溢れた。

 

「……へ?」

 

「どうしたの、一刀?」

 

「いや……見える旗が夏二つに徐、って……」

 

「春蘭に秋蘭、それから菖蒲ね。予定通りじゃない」

 

「……南側がどう動くかも分からないこの状況で、本拠地が薄くなりすぎてやいないかい?」

 

どうしても問わずにはいられない様子の一刀に、しかし詠は落ち着き払って答える。

 

「現状危険そうなのは孫軍の連中だけ。けれど、あそこの大将、孫堅は戦となると大胆だけど、そこに至るまでは非常に用心深いわ。

 

 だからこそ、今はまだ様子見でしょうね。その他はほとんど取るに足らない連中ばかり。

 

 霞の部隊や凪の部隊に加えて季衣と流琉の親衛隊、真桜の工作隊もいるし、沙和と三姉妹も頑張ってくれているのだから、そんな奴らにやられはしないでしょう。

 

 これは私を含めた軍師皆の共通見解よ」

 

「ん……そうか」

 

簡単に言ってくれるが、この共通に含まれる軍師が軍師である。

 

かの王佐の才、荀彧を始め、郭嘉、程昱、さらに賈駆に恐らく陳宮も。

 

これだけの名だたる軍師達が口を揃えて危険は無いと言えば、一刀としては頷かざるを得ないのだった。

 

 

 

 

 

詠が小刻みに指示を飛ばし、一刀と恋が弾幕射撃に加わって暫くすると、ようやく援軍が到達し、将達が詠の下に訪れる。

 

その到着を確認して一刀と恋も射撃を切り上げて集う。

 

一刀を視界に収めるや、春蘭が駆け寄ってきた。

 

「おお、一刀!無事だな?!良かった!」

 

「はは、そう簡単にはやられないよ、春蘭。そのために日夜鍛錬してるんだからさ」

 

「そうは仰いますが、今回は相手の数が数でしたので。春蘭様のご心配も理解出来ます。斯く言う私も……」

 

「……随分と心配させちゃったみたいだね。ごめん、春蘭、菖蒲さん。それに秋蘭も」

 

「なに、気にするな。私にとってはいつものことだからな。もう慣れたさ」

 

「それを言われると痛いなぁ」

 

苦笑を浮かべて応じる一刀に対し、秋蘭は暖かい笑みを浮かべている。

 

春蘭と菖蒲もまた、一刀達の無事を確認したことで一先ずの安心を得て頬を緩めていた。

 

「ほらほら、いつまでも空気作ってないで簡易軍議やるわよ」

 

パンパンと手を打ち鳴らしながら発された詠の言葉に4人はハッとする。

 

ちょうどそこに月も本隊前線から戻って来て、計7人で輪を作って簡易軍議が開始された。

 

「今袁紹軍はこっちが仕掛けた策にどう対処するかで迷い、動きが鈍っているわ。

 

 春蘭達が来てくれたこの機に、一気に攻めきりたい。ただ、それに当たって一つ、貴女達にも守ってもらいたい事があるの」

 

「守って欲しいこと?」

 

「ええ。簡単なことよ。

 

 敵兵への攻撃は極力足狙い。怪我で戦線を離脱させるように仕向けてちょうだい。

 

 但し、文醜と顔良が直接率いてる部隊と袁紹の親衛隊は別よ」

 

「ふむ、やってやれないことはないが……理由を聞いてもいいか、詠?」

 

「まあ気になるでしょうね。理由は主に2つよ。とは言っても1つはもう必要無いかも知れないけれどね。

 

 まず1つ目は、簡単に言えば怪我人を増やして付き添わせる兵を作ることで戦線に残る敵兵の数を減らすこと。

 

 これは実はもう十分に効果を発揮してはいるんだけどね。

 

 2つ目が、袁紹軍の前線に出てる兵が新兵だから、よ」

 

「新兵だから、ですか?ですが詠さん、戦場に出てきている以上、新兵も熟練兵も無いのでは?」

 

秋蘭への回答に掛けられた菖蒲の問い。

 

それは武に身を置く選択をした者にとっては当然の事と言える。

 

しかし、今回に限りそれは状況を異にしていた。

 

「袁紹がこの短期間でこれだけ連続して遠征を仕掛けられた理由、知ってるかしら?」

 

春蘭、秋蘭、菖蒲の3人に投げかけられた詠からの逆質問。

 

しかし、さすがにこれには誰も答えられない。

 

それもそのはず、陣営に軍師が大幅に増えた結果、かつて魏軍のブレーンを勤めていた秋蘭も今では武官一筋となっているのだ。

 

敵軍に関する細かい情報のほとんどは軍師、場合によっては文官の一部が知らされていれば事足りるものであり、今回もその例に漏れない。

 

そういった事情があって現状武官である3人は詠の質問に対する明確な答えを持っていなかった。

 

たっぷり5秒間、間を空けてから詠が続ける。

 

「袁紹は征服した土地で半ば強制的に領民を徴兵し、戦の損害補填、戦力増強に充てていたのよ。

 

 それがこの異常なまでの侵攻速度の理由、なんだけど……」

 

そこで詠はチラと一刀に視線を送る。

 

たったそれだけのことだったが、一刀は詠が言いたいことを察し、詠の説明を引き継いだ。

 

「袁紹軍の新兵は言うなれば武器防具を与えられただけの庶民なんだ。

 

 戦場で相対している以上無視することは出来ないが、それでも俺は彼らの命を奪いたくは無かった。

 

 だから短期決戦となるよう策を立て、その中にさっきの策を組み込んだんだ」

 

詠の、そして一刀の説明を黙して聞いていた3人は、一刀が説明を終えるとフッと笑みを漏らした。

 

「ふふ、一刀らしいな」

 

「ええ、本当に。ですが、そういったところに私達は……」

 

「むぅ。相変わらず一刀は甘いと思うのだがな。だが一刀の言う事だ、きっとそれがいい結果になるんだろう?」

 

「ああ、そう信じている」

 

「ならば私も一刀を信じよう!」

 

「ありがとう、春蘭、秋蘭、菖蒲さん」

 

すんなりと理解を示してくれた3人に礼を述べる。

 

ふんわりとした時間が流れかけるが、今は一秒とて無駄にはしたく無い状況。

 

すぐに詠が次なる議題を提示した。

 

「守ってもらいたいことはそれだけよ。それで肝心の策の内容だけど……

 

 秋蘭、あんたの部隊が持ってきた矢に余裕はあるかしら?」

 

「ああ十分に余裕を持たせてはあるぞ」

 

「なら、その矢をいくらか月の部隊に回してくれない?一刀と恋の働きが予想以上だったから本隊の矢の消費が激しくてね。

 

 その上で月達と一緒に後方からの援護射撃に加わって欲しいの」

 

「ふむ……私は構わんのだが、今のままで部下達が納得するかどうか……」

 

「そこで予めこっちに配置してもらった兵の出番だよ、秋蘭。尤も、ここまでの観戦で認めてくれていれば、なんだけど」

 

「あの。それならきっと大丈夫かと」

 

会話を聞いていて横合いから切り出した月にどういうことかと問う視線が集まる。

 

月は印象的にはそれで縮こまってしまいそうなものだが、実際は集まった視線にも怖じずはっきりとその先を口にする。

 

「実はさっき、矢の残りが少なくなってきて、それでどうしようって詠ちゃんと話してたんです。

 

 そうしたら、兵の方が近寄ってきて私達に言ってくださったんです。

 

 自分達の部隊が来たら弓も矢も余る程あるはずだから、そこから分けてもらえばいい。説得は自分がする、と」

 

「その兵というのはもしや?」

 

「はい、秋蘭さんの部隊の方でした」

 

「そうか。それは良い兆候だな」

 

薄くではあるが笑みを作ってそう言った秋蘭に詠や一刀、菖蒲も内心で首肯した。

 

上からの押し付けで無く、進んで兵の方から受け入れる下地が作られつつあるのは秋蘭の言葉通り好ましいものであるからだ。

 

少し感傷に浸りたくもなるが、何度も言うようだが今はそんな場合では無い。

 

軽く頭を振ると詠は続けて春蘭と菖蒲に向き合って告げる。

 

「春蘭と菖蒲は一刀、恋と共に吶喊をお願い。一刀と春蘭が右翼から、恋と菖蒲は左翼から。

 

 一息に攻め立てたいから撫でるようにでは無くって抉るようにいっちゃって」

 

「おう!」 「はい」

 

春蘭と菖蒲が同時に返事をする。

 

やるべきことはシンプル。わかりやすいが故に気合いも入れやすい。

 

それにしても気合いが入りすぎてやしないか、と密かに疑問を持つ一刀だったが、直後の春蘭と菖蒲の言葉からその理由が判明した。

 

「一刀達が既にこれほど追い詰めてくれているのだ。我々が来てここで決めきれなければ華琳様に合わせる顔が無い!」

 

「私達の部隊も一刀さんの部隊に劣らぬ勇を見せなくては、とても今後並んで立ってなどいられませんからね」

 

月達の為の部隊単独迎撃だったが、それが良い刺激となるのは喜ばしいこと。

 

ならば一刀もまたこれに応えようと心に決める。

 

「こちらも折角勢いが出来てるんだ。我等が部隊の更なる底力を見せて上げるとしようか」

 

「ふっ、望むところだ!長年華琳様の下で一番槍を張ってきた我が部隊の力、確と見せてやろう!」

 

「私も負けませんよ?これでも戦場に出れば部隊の統率、指揮で譲りはしませんので」

 

3人で拳を打ち合わせて意気込む。

 

誰からともなく笑みも溢れた。

 

そこにニュッともう一本の手が伸びてくる。

 

「……恋も、負けない」

 

「おっ、恋もやるか。個人の武ではまだまだ負けてるが部隊指揮も含めたら勝負は分からないからな。

 

 悪いがここで初勝利と行かせてもらおう」

 

「んぬっ、恋も参加するというのか……っ!益々負けられんっ!」

 

「ですね。恋さん、共に頑張りましょう」

 

「……ん、頑張る……!」

 

互いに激励し合う4人。その中に極自然に混ざる恋を見て詠が月にふと呟いた。

 

「ほんと、変わったわね、恋」

 

「うん。一刀さんのおかげだね」

 

「そうね……って、だから今は時間無いんだってば!ほら、あんた達!そこまで!

 

 取り敢えず今出す指示は以上よ。以降はよっぽどじゃない限り細かい指示は出さないわ。

 

 ここからは勢いに乗って攻め続けるのが理想。前線での即座の判断は各部隊を率いる将が行ってちょうだい。

 

 余りに理が薄いとボクが判断したらその時は至急伝令を出すわ。

 

 とにかく敵の困惑とこっちの勢いに乗って暴れまわってきなさい。何か質問は?」

 

用意した奇策は出し尽くした。仕掛けた罠も見事に嵌った。

 

こうなれば後はシナリオ通り、増強した部隊で以て正面から潰しにかかる。

 

詠が指示を出していないのではなく、最早指示をほとんど必要としない状況まで持って来れた、ということなのだ。

 

この場で環を作る7人全員、それをちゃんと理解していた。

 

故に質問が上がる事もない。

 

詠は一同を見回して大きく一つ頷くと、高らかに宣言した。

 

「それじゃあ、行きましょう!袁紹を落とすわよ!」

 

『おおっ!!』

 

幹部連の雄叫び。

 

それが空気を震わし、気合いを伝え、部隊に更なる喝を入れる。

 

戦が始まっておよそ2刻、疲労も溜まってきているだろうに士気は未だ寸分たりとも衰えを見せないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右翼被害甚大!負傷者多数につき戦線維持が困難になっています!」

 

「左翼も同様の状態です!現在はぎりぎりの所で耐えていますが直に持たなくなるかと!」

 

「顔良様!敵軍前衛まで吶喊した兵の撤退路の確保が出来ておりません!如何いたしましょう!?」

 

右から左から、集まってくる情報はどれもこれも悪いものばかり。

 

しかし、それでも捌かなくてはならないのが軍のブレーンたる顔良の役目。

 

どうにか思考をクリアに保ち、対応策を考えようとするも……

 

「本隊から両翼へ援軍を……いや、今自由に動かせる兵数が少ないからまずは左翼を……

 

 吶喊した部隊には……くっ……矢、矢を!敵軍に届かなくて構いません!矢で牽制を掛けて撤退の援護を!

 

 右翼は……すいません、今しばらく耐えてください!

 

 そもそも余剰兵力がもう……どうしよう……どうしたら……っ!!」

 

パニックに陥っていないだけマシと言った様子で、まともな指揮が取れていない状況だった。

 

そもそも顔良は今まで数に飽かせた物量攻撃で押し切れることを大前提として軍師の役目を果たしてきた。

 

それが現状ではとても物量攻撃を仕掛けられるような状態では無い。

 

しかも一刀達の策に深く嵌ってしまったことによって、ざっと視認出来る兵数と実際に戦線で動かせる兵数に差が大きすぎる。

 

ここから有効な策を捻り出し、なおかつそれを完遂しようとすれば、要求される能力は一流軍師のそれ以上となるだろう。

 

最大限に甘い自己評価でもせいぜい二流軍師程度の実力と見ている顔良にはあまりに荷が勝ちすぎる状況なのだった。

 

「ちょっと斗詩さん!随分と押されてますわよ!?なんとかなさいな!」

 

いくらなんでもそれは無茶だ、とそう言いたい。

 

そんな衝動に耐え、どうにか当たり障りの無い答えを返そうとしたその瞬間。

 

「斗詩、斗詩!ヤバイって!あれ見ろ、あれ!」

 

戦線維持に出てきた文醜が戻ってくるや、滲み出す焦りを隠そうともせず喚きたてた。

 

「どうしたの、文ちゃ……う、うそ……」

 

「全く、猪々子さんは……一体なんだと……」

 

顔良と袁紹は文醜の指し示す先を見た瞬間、台詞の途中で固まってしまう。

 

文醜が指し示した先、董卓軍中央部辺りに新たに旗が3つ。

 

『夏』の一文字が2つに『徐』の一文字。

 

どう見ても曹軍筆頭武官たる夏侯惇を始め、大陸に勇名を馳せる将軍達3人の旗である。

 

「ま、まだ戦が始まって2刻位なのに……いくらなんでも早すぎるよ……」

 

「それだけじゃねぇんだって!あの白い奴と呂布がまた吶喊して来たんだけど、夏候惇と徐晃の奴も既に混ざってるんだ!」

 

「そんな……そんなの……」

 

齎された情報の重さに俯けた顔からそう漏らす顔良は絶望が声に滲むのを止められない。

 

それほどまでに彼女達3人の登場は袁紹軍にとって決定的なものなのだった。

 

「……………………麗羽様」

 

「ど、どうしたんですの、斗詩さん?」

 

十秒程の時間、全く動く気配の無かった顔良だったが、ゆらりと顔を上げると己が主君の名を呼ぶ。

 

どこか異様な気配を感じ取ったのか、あの袁紹が言葉に詰まった様子を見せた。

 

何かしらとんでもない支持でも出そうとしているのか、と俄かに緊張が高まる中、静かな声で顔良が言葉を紡ぎ出す。

 

「麗羽様は今すぐに南皮まで撤退してください。

 

 親衛隊の兵達はほとんど消耗していませんから、まだ9割ほど動かせます。戦場離脱には十分なはずです」

 

「なっ!?撤退などっ…………いえ、分かりましたわ。

 

 斗詩さん、猪々子さん、ここは引きますわよ。あのちんくしゃさんには後日何倍にもしてお返しを――――」

 

「すいません、麗羽様。私はまだ……」

 

「あら、何故ですの?……あぁ、貴女達が殿を務めるということですのね。では猪々子さん―――」

 

「すいません、姫。あたいも斗詩に付き合うんで」

 

「そうですの。分かりましたわ」

 

問い返した直後に納得を示した袁紹に、顔良は微笑みで答えた。

 

文醜もまた顔良と残ると宣言し、袁紹は首肯で応じた。

 

方針が決まってからの袁紹は早かった。

 

元より即断即決即行動な性格の袁紹はこれと決めたら迷わず突き進む。

 

普段から定める目的がどこかズレているために周囲から見れば暴走と取られてしまう袁紹のこの行動力は、しかし状況に適した行動となれば中々に有用な能力であると言えた。

 

手早く親衛隊を纏め、周りを固めるやすぐに南皮へ向けて後退を開始した。

 

徐々に遠ざかる袁紹の背を並んで見つめながら、ここまで黙していた文醜がポツリと。

 

「なぁ……良かったのか、斗詩?」

 

「…………こういう時だけは、本当、嫌になるくらい鋭いよね、文ちゃん」

 

「ま、嘘は吐いてないよな。姫の質問にちゃんと答えなかったってだけでさ」

 

「その洞察力を普段から使ってよぅ。それと、戦闘中も」

 

「あたいが分かんのは斗詩のことだけだから無理!」

 

「んもう、文ちゃんってば」

 

こんな状況であっても2人の掛け合いは健在。

 

多少気持ちがほっこりするものの、緩みかけた気持ちと顔をすぐに引き締め直す。

 

「そんじゃ、ま、行きますか」

 

「……文ちゃん。やっぱり文ちゃんまで付き合う必要は……」

 

「あたいは斗詩と一心同体!死ぬ時は同じ時、同じ場所でって決めてんだ!

 

 それに、姫を守って、ってんならいいことじゃん?」

 

少しでも顔良を和ませようと無理をしているのか、はたまた……

 

何にせよ、これらの文醜の一連の行動は顔良の心に深く染み渡る。

 

文ちゃん、ありがとう。口の形だけ、声に出さずの密やかな感謝を一つ。そして。

 

「私は左翼側。文ちゃんは右翼側。いい?」

 

「任せとけ!…………斗詩」

 

コクリと一つ頷いて、2人は同時に駆け出していった。

 

 

 

この最終と言っても良い局面での顔良の選択。

 

それは、将自らを犠牲にした、死すら厭わぬ時間稼ぎ。

 

凄絶なる覚悟を胸に、己が身を死地へと放り込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「進め進めぇっ!!我等は魏の誇る一番槍!!軟弱な攻めなど見せるなよ!!」

 

春蘭の雄々しい叫びが戦場にこだまする。

 

それなりの強行軍でここまで来たのであろうはずの兵達は寸分の遅れ無くそれに呼応し、勢いを増す。

 

士気は上々なれどさすがに疲労の色が濃い一刀の部隊に変わって、怒涛の勢いで攻め進んでいく。

 

初めこそ一刀は可能な限りの不殺を春蘭が守れるかが心配だったが、ものの5分と経たぬ内にそれが杞憂であると分かった。

 

内心こっそりと安堵の息を吐きつつ、一刀も最前線に出てその武を奮う。

 

長く続く混乱に最早逃げ腰の袁紹軍兵士は一刀達の敵では無かった。

 

逃げ出す者を追うことも無く、気力を振り絞って立ち向かってくる兵には怪我を負わせて退場願う。

 

「随分と簡単に逃げ出す。あれで兵士を名乗って恥ずかしく無いのか?」

 

「いやいや、春蘭、だから言ったじゃん?彼らのほとんどは無理矢理動員されている民なんだって。

 

 そもそもが兵士とは言えないんだから、これが普通だろうさ」

 

「む、そう言えばそう言っていたな。袁紹の奴め、そうまでして数だけ揃えて大軍を気取っているというのか」

 

「数こそ力なり、って考え方なんだろうね。まあ、そこまで間違ってはいないんだけど、強制したら意味なんて……ん?」

 

春蘭との会話の途中、視界端にチラと映った何かしらに違和感を覚える。

 

その方向に首を向けると、それは敵本陣の方角。

 

一体何がどうして違和感に繋がったのか、脳裏にて検証を始めようとしたその時。

 

「ええぇぇぇいっ!!」

 

前面の兵の間から巨大な金色の鉄鎚が、一刀と春蘭目掛けて力任せに振り下ろされた。

 

「ぬおっ!?」

 

「おっと」

 

バックステップをとって鉄槌を避けると、地面に激突した鉄槌が砂塵を巻き上げる。

 

多少悪くなった視界の奥で再び鉄槌が振り上げられたことを見て取ると春蘭がすかさず飛び込んだ。

 

「させるかっ!!」

 

「っ!くぅっ!?」

 

振り下ろし始めの速度が乗り切っていない鉄槌に、下から大きく斬り上げた春蘭の七星餓狼がぶつけられる。

 

力と力の比べ合いに発展する間も無く鉄槌が弾かれ、今度は飛び込んできたその人物、顔良がバックステップを取ることとなった。

 

幸い態勢を崩すことも無く、双方武器を中段に構えて対峙する。

 

「袁家の将が1人、顔良!貴方達はここで仕留めさせてもらいます!」

 

「ほう、顔良か!その威勢やよし!ならば私が―――」

 

「待った、春蘭」

 

「何故止める、一刀!」

 

敵将の登場に嬉々として一騎討ちに臨もうとする春蘭を腕を上げて静止する。

 

当然春蘭は激しい抗議の視線を向けてくるが、一刀はとあることを耳打ちした。

 

先程から僅かずつ膨らんでいた違和感。

 

その正体はこの場に顔良が現れたことで大凡判明した。

 

それは、混乱の最中にありながらも僅かに取られていた組織的行動が先程からほとんど感じられない、と言うこと。

 

これはつまり、指揮系統のトップ、この場合で言えば袁紹、顔良、文醜の何れもが本陣を離れたということに他ならない。

 

顔良がここまで出てきているとなれば、恐らく反対側は文醜。

 

そして袁紹は……そう考え目を凝らせば、数多の兵の足踏みによって巻き上がる砂塵の奥に、微かにだが戦場を離れんとする一団が見て取れた。

 

だからこそ、一刀は春蘭に耳打ちで頼んだのだ。

 

次に斬りかかった際の合図でこの場を突き破り、袁紹を捉えてきてほしい、と。

 

春蘭はこれに首肯で答えると一歩下がり、一刀に譲ることを行動で示してくれた。

 

一瞬間合わせた視線で謝意を示し、一刀が一歩前に出る。

 

「ここに来て顔良さんが再び出てくるのは一体何が目的かな?」

 

「……それを私が答えるとでも思っているんですか?」

 

「いや、どう誘導したとしても、貴女は決して口にしないでしょうね。だから……」

 

ジリ、ジリと一刀は円弧を描いて左に寄っていく。

 

咄嗟に距離を保とうと、顔良もまた同様に動いた。

 

僅かな沈黙に靴が砂を削る音が数瞬響き。

 

「闘いながら推測させてもらおうか、なっ!」

 

台詞と共に素早く踏み込んだ。

 

「はあっ!」

 

一刀が動き出した瞬間、同時に顔良も動く。

 

刀の軌道上に正確に鉄槌を割り込ませガード、そして気合と共にそれを弾く。

 

一刀は力の流れに逆らわず軽くバックジャンプして受け流すと、着地と同時に再び地を蹴り今度は低い体勢からの斬り上げようとする。

 

これに対応する為に、顔良は敢えて鉄槌に込めた力を、瞬間抜いた。

 

刀を弾いた際に跳ね上がった鉄槌は振り上げ軌道から落下軌道に移る。その刹那を捉えて顔良は再び力を込める。

 

重量級武器の振りおろし攻撃はさすがに分が悪い、と一刀は攻撃に移らんとしていた手を引き戻し、地を横向きに蹴りつけて鉄槌の軌道から逃れた。

 

地面に撃ちつけられた鉄槌が二度砂の煙幕を張る。

 

一刀は不明瞭な視界を嫌うように砂塵から距離を取り、同時に斜め前方を一瞬だけ指差した。

 

その合図を見逃さず、春蘭がさっと馬に跨って駆ける。

 

兵の一部は春蘭の吶喊に気付くと何も言われずとも乱れぬ動きで一部が後に続いていった。

 

「コホッ!こ、今度こそ―――って、ああっ!?」

 

砂煙から鉄槌を構えて飛び出してきた顔良は一刀の背後から中央へと吶喊していく春蘭を視界に捉えて悲鳴を上げる。

 

即座に自身も転進しようとするが、それを簡単に許す一刀では無かった。

 

「おっと、悪いが君の戦場はここだ」

 

「くっ……!押し通りますっ!」

 

迷いは刹那、敢然と立ち向かってくる顔良。

 

しかし、そこからの闘いは先程の目まぐるしく攻防入れ替わる闘いとは一変したものだった。

 

両腕を唸らせて全力で振るわれる鉄槌を時に避け、時に受け流し、一刀は余裕を持って捌く。

 

手応えを感じることの出来ない攻撃を続ける顔良は、それ故に体力の消耗も激しいものとなってくる。

 

そしてもう幾度目となるか、尚も諦めずに大上段から振り下ろされた鉄槌に、遂に一刀がそこまでとは異なる動きを見せた。

 

鉄槌の軌道に斜めに刀を差し出し、優しく撫でるようにして軌道を右に逸らす。

 

ここまでは今まで行っていた受け流しと同じ流れ。

 

しかし、鉄槌が一刀の頭の横を通過した時点でそれまでは後ろに下げていた体を前に踏み出す。

 

刀を持つ手は折りたたまれ、多少窮屈な形となるも、半ば以上成功している受け流しが破られることは無かった。

 

顔良は突然前に出てきた一刀に驚くも、もう鉄槌を引き戻すことは不可能。

 

(このままじゃ斬られる……!)

 

そう判断すると、僅かな逡巡の後、鉄槌を手放すことを選択する。

 

今の折りたたまれた状態の腕では刀を振るうまでに時間が掛かると予測し、その前に攻撃圏内から逃亡しようとしたのだが……

 

「ふっ!」

 

「っぐ!?かはっ……」

 

一刀は刀で攻撃をしようとしていたわけでは無かった。

 

折りたたまれた腕をそのままに、左手のみ刀から外す。

 

そして、更に一歩踏み込むと同時に、左の肘鉄を体ごと叩き込む勢いで撃ち込んだ。

 

その一撃は飛び退り始めていた顔良の鳩尾を正確に捉える。

 

相対速度の問題で多少威力が削がれたものの、顔良の戦闘力を奪うには十分過ぎる威力が残っていた。

 

急所に強かな一撃をもらい、顔良の体はその場に崩折れる。

 

薄らぐ意識を必死に保ちどうにか立とうとする顔良だったが、直後、首筋に当てられた冷たい鉄の感触が否が応でも己が敗北を物語っていた。

 

「…………こんなの……」

 

「不公平だ、かな?」

 

「っ!?」

 

悔しさの余り、思わず漏らしてしまった思考を読まれ、顔良は狼狽する。

 

一刀は一瞬だけ苦笑を浮かべるも、すぐに真顔に戻して滔々と語り始めた。

 

「俺や恋、呂布の武、現状ではどうやっても抗いきれないそれに対して不公平を感じる。きっと今はそんな心境なんだろう。

 

 なるほど確かに、今の俺達は貴女達から見て圧倒的なのかも知れない。だが、決してそれは不公平などでは無いのさ」

 

「そんなの……そんなの、詭弁ですっ!!私達と呂布さんは、貴方も、年齢なんてそうそう変わらないはず!

 

 なのにこの差なんて……与えられた才の余りの差、不公平以外の何ものでも無いじゃ無いですか!!」

 

状況も忘れ、顔良は思わず喰ってかかる。

 

どうしても叫ばずにはいられなかったのだ。

 

敬愛する主君が、信頼する親友が、己が願いを託していた軍が、手も足も出せず消え去らんとしているこの状況なのだから。

 

感情を爆発させる顔良を前にしても、一刀は諭すように話し続ける。

 

「俺はともかく、恋の才は確かに相当なものだ。だが、決してそれだけが今の武力を形作っている訳では無い。

 

 顔良さん、貴女は知らないのだろうが、恋はずっと戦の中で生きてきた。そうするより他に道が無かったからだ。

 

 恋が生きてきたその道の険しさは、ある程度を聞いた今でも想像がつかない。

 

 恋の敵は向かってくる相手の軍の兵のみでは無かった。時に味方のはずの軍から刺客を放たれたり、突然追い出されたり……

 

 俺や貴女達とは比べ物にならない、とても濃い、いや、濃すぎる程の時間を戦場で過ごした恋の武、それがあれほどの高みにあったとて何も不思議は無いと思わないか?」

 

「…………な、ならば、貴方はどうなんですか」

 

「俺のは単に知識から、ってところだよ。古今東西様々な武術を見聞きした。幾つかは鍛錬を積んで習得もした。

 

 それぞれから生まれ得る膨大な戦術、それも己が可能な限り考えてみたりもした。

 

 俺には膂力が無いからこそ、技術と戦術を極限まで磨いた。今の俺があるのはそれらの積み重ねの結果だ」

 

そこらの者がこれを口にしたところで、何を口からでまかせを、言われかねない内容。

 

しかし、一刀の武をその身で確と感じた顔良は笑い飛ばすどころか、それが真実なのだろうとストンと理解出来た。

 

「ただ漫然と調練をしているだけでは真に強くはなれない。

 

 それは如何に隔絶的な才を持っていたとしても同じこと。

 

 自分に何が必要か、どうすれば強くなれるか、常から考え、一切の妥協なくそれに取り組んで初めて真の強者への道が開かれるというもの。

 

 才の大小など、その道を進む速度の違い程度の意味しか持たないと俺は考えている」

 

「真の……強、者……」

 

思わず口を突いて出たそのフレーズ。

 

一刀の言を聞き、己と照らし合わせ、その言葉の重みを感じると。

 

「…………参り、ました」

 

心から完全敗北を悟ったのだった。

 

最早、抵抗など欠片も考えることも無い。

 

そのまま顔良は大人しく拘束され、それを以て袁紹軍左翼は完全に落ちることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀が顔良に勝利を収めた頃とほぼ時を同じくして、右翼では文醜が完全屈服に至っていた。

 

尤も、こちらは対話が為されたわけでは無く、散々に恋に転がされて体力を使い果たした結果、動けなくなっただけなのだが。

 

そして……

 

左翼から本陣へと吶喊した春蘭は、怒涛の勢いを削がれることも無く本丸へと至っていた。

 

さすがに君主の親衛隊ともなるとかなり手強かったようだが、それでも魏内で1、2の精兵を誇る夏侯惇隊、忽ちその場を制圧し、見事袁紹を捕らえることに成功したのだった。

 

左翼から一刀の、右翼から恋に変わって菖蒲の、そして中央本陣から春蘭の勝ち名乗りがほとんど同時上がると、最早袁紹軍の兵に魏兵に立ち向かう気力など残ることは無かった。

 

かくして大陸の勢力図が大きく動き出すその第一歩の大戦は、魏の劇的な勝利で幕を閉じることとなった。

 

 

 

袁紹軍から見れば終始圧倒されたように見えるだろうこの結果も、突き詰めれば緻密な計算の上に成り立っているもの。

 

見る者が見れば、高いレベルで纏まった武と知、それらを備える魏の強さをこれ以上無く実感出来る戦となったのだった。

 


 
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