「~♪」
ふと音のする方を見ると、一刀様が鼻歌を歌いながらゆっくりと散歩をしていました。
「か、一刀様?」
その日は軍が動くこともなく、私も久しぶりに村の中をゆっくりと散歩していました。
「うん?・・・・あぁ、亞莎。どうしたの?」
私が声をかけると、一刀様は鼻歌をやめて、私の方へ振り返りました。
「そ、その・・・・先ほどの曲は、一刀様の故郷のものなのですか?」
私がそう聞くと一刀様は少し、困ったような顔をした後
「故郷・・・って訳ではないけど、まぁそれに近いかな。『燕になりたい』って言う曲なんだ。」
やさしげにそう微笑みました。
「燕・・・ですか・・・」
ふと、一刀様が故郷のことを懐かしく思っていらっしゃるのかと思い、私は少し悲しくなりました。
「・・・ふふ。別に帰りたいって思ってたんじゃないよ?」
私の気持ちはきっと顔に出てしまっていたのでしょう。一刀様がそう言って私の頭をそっと撫でました。
「・・・(///)」
私は少し照れてしまいました。
「さっき村の中を歩いてたら、長老さんの家から二胡の音色が聞こえてさ。さっきの曲も、もとは二胡の曲なんだ。」
そうやさしげに微笑む一刀様に、私は心からほっとしました。
(一刀様は、帰りたがってるわけじゃない・・・・)
そう思えるだけで、私の心は晴れやかになっていました。
「ふふ。さぁ亞莎、家に帰ろうか。早く帰らないとお母さんが心配するよ。」
そう言って手を差し出した一刀様に、私が顔を真っ赤にしながら、おずおずと手を差し出すと、一刀様はやさしく手をつないで、さっきと同じようにゆっくりと歩きはじめました。
「・・・・(///)」
私がいつも着ている服の袖が長くてよかったと思いました。
もしこの袖がなかったら、私が緊張して、手に汗をかいていることがばれてしまうから。
「~♪」
一刀様はまた、先ほどの鼻歌を歌い始めました。
(・・・・あったかい。)
私は一刀様の横を歩きながら、つながった手の温もりと心地よい一刀様の鼻歌に幸せを感じて、家までゆっくりと歩きました。
「あらあら、亞莎さん。しっかり手までつないで帰って来たのですね。お母さん、嬉しいです。」
と、家に帰ると満面の笑みのお母さんに出迎えられたのは、とても恥ずかしかったです。
「それでは、行ってきます。」
その日私は、後の独立のための工作の下調べのために、建業まで行くことになりました。
「はい。気を付けてくださいね。」
お母さんは、そういつものように笑顔で言いました。
「くれぐれも、気を付けてね。」
そう少し心配そうに言う一刀様に、私は少しうれしくなって、笑顔になっていました。
「はい!」
二人の見送りを受けて、私は建業までの旅路に付きました。
旅路と言っても馬で行けば、それほどの距離ではありません。
でも、今回の調査では数日間建業に滞在するので、しばらくはお母さんと一刀様と会うことができません。
それでも私は、そのことがあまり苦ではありませんでした。
「~♪」
あの日、この曲と一緒に感じたあの温もりが、まだこの手に残っているような気がして、私は一刀様が歌っていた曲を口ずさみました。
~一刀視点~
建業まで仕事に行く亞莎を見送った後、俺はいつものように家の仕事や畑仕事をしながら、お母さんとゆっくり過ごしていた。
「そう言えば、一刀さんは字を読むことができますか?」
一通りの仕事を終えて、のんびり日向ぼっこをしていると、ふと近くにいたお母さんが話しかけてきた。
「・・・いえ。こちらの文字は読めません。」
高校漢文程度ならできるけど、いきなり白文の漢文を読めと言われても、それは無理だ。
「そうですか・・・・。もしよかったら私が教えましょうか?」
そう、微笑むお母さんは、なんだか数年後の亞莎を見ているようで、すごくドキドキした。
「・・・はい。お母さんがよかったら・・・・」
俺がそう答えると、お母さんは嬉しそうに微笑み、自分の部屋から、箱を一つ持ってきた。
カパッ
その箱を開くと、中には使い込まれた本が数冊入っていた。
「これは、上の娘と亞莎さんに文字を教えた時に使った本なんですよ。」
そうやさしげに微笑む顔は、とても美しい母の顔だった。
「そう言えば、お母さんはどこで字を習ったんですか?」
その美しい母の顔に少し見とれながらも、俺は疑問に思った事を聞いた。
この時代の人の識字率はかなり低かったと習った歴史の授業が、ふと頭をよぎったからだ。
「・・・」
ふとお母さんは遠い昔を思い出すような、少し悲しいような顔をした。
「あ、あの。もし言いにくいことだったら無理に言わなくてもいいですから。」
俺は慌ててそう言った。
いつもニコニコ笑っているお母さんが、そんな顔をしたことに、俺は動揺していた。
「いいえ。かまいませんよ。」
お母さんはそう静かに言うと、ゆっくりと昔のことを語り始めた。
「私はもともと、汝南の商家の娘でした。それなりに大きな家だったので、私は幼いころから何不自由なく暮らし、字もその時に習いました。そんなある日、私は護衛をしてくれていた兵士の方と恋に落ちました。その人は・・・・ふふ。」
そこまで言うと、お母さんは俺の方を見て少し笑った。
「そう・・・。一刀さんみたいな人でした。」
いつも様なやさしい目が俺を見ていた。
「その人はどこか抜けていて、それで剣の腕もそこまで強くはありませんでした。でも・・・とても優しかった。私はその人と結婚しようと思いました。もちろん、両親がそんなことを許すはずがないことは分かっていました。でも、私はその人以外の人と結婚するなんて考えられなかった・・・・。だから、二人で逃げたんです。」
いつものような、いたずらっぽい笑顔でお母さんは笑った。
「逃げて、逃げて・・・・そうしているうちに娘が生まれ、『娘が生まれたから、もう家には戻れません』という手紙を出してからは、もう追ってくる様子もありませんでした。」
お母さんは、さっきの本をやさしく撫でた。
「この本はその時に、私が家から持って来た本なんですよ。」
お母さんはそう言うと、一番上の本を手に取った。
「・・・・さぁ!昔話はお終いです。字のお勉強をはじめますよ?」
そう笑顔で言うお母さんを、俺は守りたいと思った。
「・・・はい!よろしくお願いします。」
そう言ってお母さんに返事をすると、お母さんは嬉しそうに微笑んだ。
「では、始めましょう。」
そうして、俺はお母さんに字を習い始めた。
~亞莎視点~
私は建業での調査の仕事を終えて、数日ぶりの家路についていました。
「~♪」
一刀様が歌っていた曲を口ずさみながら、私は少し馬の速度をあげました。
「ただいま帰りました。お母さん。一刀様。」
家についた私が、扉を開けると、お母さんが一人で椅子に座り、私が字を習ったときに使っていた本を見つめていました。
「・・・お母さん?」
私が声をかけると、お母さんがふっと振り向き、少し悲しげな声が聞こえました。
「・・・亞莎さん。お帰りなさい。」
いつもの元気がないお母さんに、私は少しいやな予感がしました。
「・・・一刀様はどこかにお出かけしていらっしゃるのですか?」
そう私が聞くと、お母さんはもう一度本に視線を落としました。
「一刀さんは・・・・どこかに・・・消えてしまいました・・・。」
「・・・・・えっ?」
消え入るような声でお母さんが言った言葉に、私は一番聞きたかった名前と一番聞きたくなかった言葉を聞きました。
「私が・・・・一刀さんに字を教えながら機織りをしていると、急に・・・、一刀さんのいる部屋の方から光が差し込んできて・・・・、一瞬あたりが真っ白になったと思ったら、さっきまで聞こえていた本を読む一刀さんの声が聞こえなくなって・・・・」
お母さんはとぎれとぎれに、そう一刀様が消えた時の様子を話しました。
私は何も言うことができませんでした。
「おかしいと思って・・・、一刀さんのいる部屋へ行ってみたのだけど・・・・、さっきまで座っていた場所には、この本が落ちていただけで・・・」
お母さんは、そこまで言うと、スッと立ち上がって、自分の部屋の方へ歩いて行きました。
「亞莎さん・・・。ごめんなさい。今日は、笑顔になれません。」
そう小さく言うと、お母さんは部屋の中へと入っていきました。
・・・パタンッ
そう静かにしまった扉を見ながら、私は呆然としていました。
(一刀様が・・・・消えた・・・・)
その言葉が頭に響いて、その日は眠ることができませんでした。
「亞莎さん。起きてください。朝ごはんができましたよ。」
ふとそう呼ぶお母さんの声が聞こえてきたので、瞼を開けると、外はもう明るく、夜が明けていました。
「亞莎さん?早くしないと冷めてしまいますよ??」
そう呼ぶお母さんに声に、私は何とか体を起して部屋を出ました。
「おはようございます。」
そこには、いつものように笑っているお母さんがいました。
「さぁ。顔を洗って、ご飯を食べますよ。」
そう言うお母さんに促されるまま、私は桶に汲んである水で顔を洗い、食卓につきました。
「・・・亞莎さん。」
私が食卓に着くと、お母さんが静かに話しかけました。
「一刀さんがどうして消えてしまったのかはわかりません。きっと、一刀さん本人の意思ではないでしょう。」
お母さんは、私の目を見つめて静かに言いました。
「でも、亞莎さん。いつまでも消えてしまったことを嘆いてはいけません。ちゃんと前を見て、自分を強く持ちなさい。」
そこまで言うと、お母さんはふっと微笑み、立ち上がると、私の横に座りました。
「それでも、どうしても泣きたいときは、お母さんが一緒に泣いてあげます。」
そう言って私を抱きしめたお母さんの腕の中で、私は昨日夜流さなかった涙を流しました。
「一刀様ぁ・・・一刀様・・・・。」
そう言って泣く私を、お母さんはやさしく抱きしめてくれていました。
その後、どれくらいの時間泣いていたのかはわかりませんが、私とお母さんは泣き終わった後に、二人で冷めてしまったご飯を食べました。
「食べた後に話せば良かったですね。失敗しました。」
と言って笑っているお母さんに、私も笑って答えました。
こうして私を支えてくれるお母さんを、絶対に守っていこう。
そう私は決心しました。
それから、私はこれまで以上に仕事を頑張るようになりました。
洛陽の方では、反董卓連合が起こり、董卓を倒そうという戦いもあったようでしたが、私はそれに参加する孫策様の軍に従軍せず、建業での工作をしていました。
私が工作を進めているうちに、連合が洛陽を制圧し、孫策様たちがお帰りになりました。
すると、なぜか下級士官である私が、孫策様のもとに呼ばれました。
なぜ私が呼ばれるのか全く分からずに、私はびくびくしながら、孫策様の居城へと向かいました。
「あなたが呂蒙?」
「は、はい!」
初めてお会いした孫策様は、覇気に充ちていらっしゃって、まさに王者としての風格を有した、お美しい方でした。
「ねぇ、あなたの知り合いだって人から手紙預かってきてるんだけど・・・・・、あなた、北郷一刀っていう天の御使い君と知り合いなの?」
孫策様の風格に驚いているのもつかの間、私は思いもよらない人の名を聞きました。
「えぇ!?か、一刀様からの手紙ですか!??」
思わずそう叫ぶ私を、孫策様は少し面白そうに見ていました。
「ふ~ん。やっぱり知り合いなのね。どこで知り合ったの??彼は今、幽州の劉備って娘の所にいて、管輅の占いにあった『天の御使い』だって言われてるわよ?」
「えぇぇ!!??」
さらに驚いている私に、孫策様は一通の手紙を差し出しました。
「まぁ、その辺の話はまた今度聞くことにするわ。この手紙。ちゃんと渡したからね。」
そう言って、私は孫策様から手紙を渡されて、呆然としたまま、家路につきました。
あとがき
どうも、前回の作品への温かいコメントにかなり励まされ、調子に乗ったkomanariです。
さて、今回は、前作から大きく流れを変えてみました。
なんか、僕の作品、よく一刀が消えますが、それは僕の力不足故です。
お決まりな感じで、つまらないかもしれませんが、その辺は許していただけると嬉しいです。
さて、今回の作品を書いた上で、
「この後どうしよう・・・orz」
という悩みに悩まされているkomanariですが、何とか頑張って続きを書きたいと思います。
それでは、今回も読んでいただきありがとうございました。
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どうも、オリキャラ注意の第2話です。
前作に多くの支援やコメントをくださりありがとうございました。
また、続きを希望してくださって、本当にありがとうございます。
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