「たくさん叫んだら、の、喉が渇きました。それにお腹もすきましたわ……」
部屋には汗だくになった男と女がいる。女は自らの野望と欲望の為に破廉恥な宴会を行おうとした。男はその野望を止める為に全力を尽くした。二人の間には強敵と書いて友と呼ぶような不思議な関係が生まれ――
「奇遇だね、俺もだよ。ちょっとご飯を食べに行かないか?」
「お断りいたします。どうして貴方と一緒にご飯を私が?」
――ることはなかった。
「いや待ってくれないか!ほら、一人でご飯を食べていると寂しいと思われるぞ?」
「私がですか?そう思う人がいれば、それで良いのではありませんか?」
「……嫌じゃない?」
「べつに」
「俺は嫌だなぁ。寂しい俺を助けると思って!一緒にご飯でもどうかな?」
「お断りいたしますわ。何が悲しくて私用で男と一緒にいなければならないのでしょう?」
「むぅ……じゃあ仕方が無いな。誰か予定が空いている人と食べてくるよ」
「えぇ。そうなさってください。それではまた後ほど」
“これは好機ですわ!”
食事をするだけならば厨房に行けばよい。しかし、栄華はある目的があって城から外へと飛び出した。
城下町にくりだした栄華が向かう先は飯屋――ではなく、書店である。往来する人々は栄華を見て挨拶をするが、栄華は村人たちに会釈をして先を急ぐ。そう、栄華の目的は阿蘇阿蘇に他ならない。
“あぁなんてことですの!あんなに討論で時間をつぶしてしまうだなんて!もう自由に使える時間があまりありませんわ。迅速に行動しませんと。神速を尊びます!……まったく、あの男も気にいると思ったのですけれど”
もし売り切れていた場合、別の書店に寄る時間は最早残ってはいない。行きつけの書店に無かった場合、今日はもう諦め、明日華琳に提出した後に買いに出かけるしかないのだ。栄華は食事をとる速度は速くない。優雅に、味わいながらいただくと幼い頃から習っている為である。
“もし売り切れていたら――いえ、大丈夫ですわ。あの書店は中々の隠れた名店。品揃えは豊富ですのに、何故か客足が伸びないというお店。店主が男なのが気に入りませんけれど、一日程度で売り切れるような事はないでしょう”
目的の店にたどりつくと、中に入りながら店主に声をかける。自分で探している時間はない。探し物は人に聞くのが一番早いのだ。
「もし、ご主人。昨日発売の阿蘇阿蘇はありまし――」
「これは英華さま。奇遇ですね」
「お、ほんまや!英華さまも阿蘇阿蘇を買いに来られたんです?」
「やぁ栄華。さっきぶりだね」
そこには阿蘇阿蘇を握りしめた凪に真桜、そして手に三冊も阿蘇阿蘇を持ち、店主に金を渡している沙和がいた。あと、ついでに一刀も。
「……えぇ。まぁそうですわね」
一刀が栄華を見てニコニコしている。栄華としては、何となく気恥かしくてこの男に知られたくは無かった。一刀と一緒にご飯を食べに行けば、書店に寄る時間は恐らく無くなってしまうだろう。栄華自身、不思議な事だが一刀とご飯を食べる事は嫌ではなくなっていたのだ。
ばれてしまったものは仕方がない。口角を半端に上げながら店主に目当てのものがどこにあるのか聞こうと口を開く。
「それで、ご主人。彼女たちが買った阿蘇阿蘇と同じ物を私にも一つ――」
「あ、栄華さまなのー!えっと、申し訳ありませんなの。沙和が買った阿蘇阿蘇が、このお店の最期の阿蘇阿蘇だと思うの……」
申し訳なさそうな顔をしながら言う。
一人で三冊も買うようなお洒落泥棒なのか、需要と供給の配分が間違っていないかしら。とショックを受けていると続けて口を開く。
「これは華論さまと、柳琳さまと、香風ちゃんの分なの。だ、だからそんなに怖い顔をしないで欲しいのー!」
「……そう、なら良いのだけれど。それにしても、貴女たちまで買うだなんて、よっぽと今月号の阿蘇阿蘇は人気なのね」
「こ、これは!その。付録としてついてくる物がその……」
「お~!凪が恥ずかしがっとる!でも、女の子は可愛いもんを欲しがるんやから恥ずかしがらんでもええんやで!」
「やっぱり貴女たちも付録が目当てでしたのね。ふふ、あんなに可愛らしい巾ち――」
「あんなに可愛らしい抜具がついてくるだなんて、もう買うしかないの!沙和のを見せたら買ってきて欲しいって頼まれたのー!」
「……えぇ、そうですわね。抜具、ですわね。えぇ!あんなに可愛らしい抜具がついてくるんですもの。仕方がありませんわよね!それでは私はこれで、ごきげんよう!」
もうここに用はない、と踵を返して栄華は立ち去ろうとする。
心なしか顔が染まっている気がするが、こちらを見ないので判断が出来ないな、と一刀は思った。
「あ、待ってくれ栄華!」
「私これからお食事をとりませんと。待つ時間はありませんわ」
「なら私たちもご一緒してもよろしいでしょうか?」
「おお!ええ考えやで凪!ここは警備隊としての腕の見せ所や。美味しいお店をご案内いたします!」
「そうなの!美味しいお店をいーっぱい知ってるんだから!案内するのー!」
「お前たちちゃんと仕事してるんだろうな!?」
「も、もちろんやで隊長!嫌やなぁ、うちら疑っとるん?」
「さぁさぁ、栄華さま!お連れいたしますなのー!」
「あ、ちょっと!もう!」
沙和と真桜が英華の背中を押して歩く。栄華も諦めたのだろうか、文句は言っているが足は前へと進み始めていた。
「隊長。これで良いでしょうか?」
「上出来だよ凪。ありがとうな」
凪の頭を撫でながら一刀は言う。
「さ、俺たちも行こうか!見失って飯が食えなくなっちまうぞ」
「それは困りますね。急ぎましょう!」
まさか、こんなに早く凪たちが手伝ってくれるとは思わなかったけど。
数時間前に遡る。一刀が栄華に食事の誘いを断られた後、ちょうど休憩中だった三羽鳥と出会った。
「え!?栄華さまとの仲を取りもってほしい?」
「た、隊長の本命は栄華様だったの……?」
「隊長……」
目に見えて元気を無くしていく三人。凪にいたってはこの世を今見たような顔をしている。というか、凪にとってはこの世の終わりを見たのだ。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ほら、俺って栄華から嫌われてるだろ?だから仲良くなりたいと思って!」
華琳からの命令もあるけれど。とは口に出さなかった。
「なんや。もー、隊長はいけずなんやから。ちゃんとそう言って―なー!」
「でもー。これで隊長を狙う敵が増えたら嫌なのー」
「せやな~……もしこれで隊長が栄華さま一筋になったら、うちら捨てられてまうんかなー凪ー?」
「そ、そんなことはないっ!た、隊長はそんなお人では……」
「凪をからかうんじゃない。沙和も真桜もやめろよ。凪は純粋なんだから」
「え?うちら、純粋ちゃうん?」
「違うだろ」
「ああー!隊長ひどいのー!なんだかだんだんやる気がなくなってきちゃったのー」
し、しまった!つい!なんとか機嫌を直してもらわないと……
「わかった。じゃあ俺のお願いを聞いてくれたら、お前らの願いを何か一つ叶えてやるから」
「ほんまっ!?」
「本当なのっ!?」
「本当ですかっ!?」
なんだろうこの食いつきは。前にも同じような事があったような。
いや、とにかくこの食いつきをなんとか活かさないと!
「あぁ。何でも言っていいぞ!俺に叶えられる範囲だけどな」
「ちょ、ちょっと待ってな隊長!作戦会議や!沙和、凪!こっちやで!」
「お、おう」
三人はひそひそと何かを話し、たまーに俺の方を見てくすくす笑う。きゃー、とか、ほーとか聞こえてくる。……あ、待てよ。
「言っておくけど全自動お菊ちゃんを俺に使うのは駄目だからな!?」
「あかんの!?」
「駄目に決まってるだろ!それ以外だ!」
三人はさらに声を潜めて話しあっている。今度は小さな声すら聞こえない。
……なんだろう、凄く嫌な予感がする。
「待たせたの隊長!」
満面の笑みで向かってくる沙和と真桜。顔を赤くしてうつむきながら凪は歩いてくる。うん、純粋なんだろうな。
「ふふふ、うちらの願いを何でも叶えてくれるんやんな?」
「……出来ないことは出来ないからな」
「わーかってるって!うちらの願いはー」
「待って!ここは凪ちゃんから言ってもらった方がいいの!ほら、前にでるの!」
「な!?沙和!」
後ろでもじもじしていた凪を引っ張り出して俺の方へ突き飛ばす。勢いが余ってしまったのか、俺の胸にすっぽりと収まるような形になってしまった。
「た、隊長……」
見上げてくる凪はまだ顔が赤く、目も少し潤んでいた。きゅっと制服を掴み、そっと目を閉じる。ま、まさか願いってのはこれか?なんだかドキドキする。俺はそっと凪の唇に何度目かのキスを――
「ちゃうやろ!!凪!何してんねん!」
「ひゃう!」
どこからともなくハリセンを取りだした真桜は凪の頭を良い音で叩いた。……本当にどこから出したんだ?
「はっ!?つい、隊長のお顔を見ていたら、その」
「そんなあまあい接吻も出来るようなお願いやねんで。今のやと、それがお願いやと勘違いされてまうやん!あんな隊長。隊長が仕事を一日休んでうちらと付き合って欲しいねん」
「え」
「だって隊長はもうちょっとしたら呉と蜀に行っちゃうのー!だったらその前にたくさん私たちと一緒にいて欲しいの!」
「で、でも仕事を休むってそれは俺、華琳に殺されないかな」
「だぁいじょうぶやって!華琳さまも分かってくださるって!……あかん?」
「……まぁ、なんとかしてみるよ」
「いやいやいや。隊長さすがにそれはあかんやろ」
「え?何でだ?」
この店に来る前に一刀は農家の人から搨菜と呼ばれる野菜を貰った。店の主人に見せるとこの野菜を使って料理をしてくれると言ってくれた。
ご厚意に甘えて搨菜の八宝菜を作って貰ったが、芯を捨てようとしていたのでそれを使って餃子を作ってもらおうとしたらこの発言である。
「え?うそん。隊長、それ芯やで?」
「たぶんこれ小松菜みたいなもんだろ?芯まで食べられるはずだよ」
搨菜とは白菜の仲間であり、見た目が小松菜に似ている野菜である。中々に栄養価が高い中国野菜である。
「それは本当ですの?」
興味津津。栄華は一刀に声をかける。実のところ、栄華は一刀の話をもっと聞きたいと思っていた。天の国に行けない以上、その国の知識を得られるのはこの男の話だけなのだから。まさか天の国では野菜の捨てる部分さえも食べる風習があるだなんて!と感激していることは誰も知らなかった。
戸がノックされる。
“こんな時間に誰でしょうか。あぁ、眠い。体を動かすのも嫌ですわ”
「はぁい。空いてますわよー」
搨菜の芯入り餃子を食べ、その美味しさに感動して野菜の捨てる部分を利用して料理が作れないか、と流琉に相談してみようと決意した後、凪たちと別れて仕事を終えた日の夜のことだった。
「入るよ。渡したい物があって来たんだ」
声の主は一刀。男だと理解する事は寝ぼけて頭の回らない栄華には出来なかった。
「一刀さんですのぉ?どうしたんですかー」
「あぁ、阿蘇阿蘇を買えなかったみたいだから、付録だけでもあげようと思って」
そう言って兎をあしらったバッグを渡された。
「へ!?こ、これを私に!?」
寝ぼけていた意識をKOさせて覚醒させる。それほどの衝撃だったのだ。
「うん。仕立屋の親父に兎のパジャマの原案を渡してから、時々製品を考えてくれって言われてるんだ。それで、阿蘇阿蘇の付録につける製品を考えて欲しいって言われたから兎のバッグなんてどうだろうってね。その時に貰った見本でよければなんだけど」
「ああありがたくいただきますわ!」
「よかったー。貰ってくれなかったらどうしようかと思ったよ。それじゃあ用はこれだけだから。おやすみ」
一刀は歩いて部屋から出て行く。
「あ、そうだ」
戸を閉める前にひょこっと顔を出して
「兎のパジャマ着てくれてるんだな。ありがとう、栄華に似合ってるよ」
そんな褒言葉を言って去って行った。
その日、なんだか栄華は眠る事が出来なかった。
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すでにサクサク読めるような文字数じゃなくなってしまいました。
これでもかなり削除して簡潔に説明している部分が出てきています。
省略せずに書いた方がよろしいでしょうか?