No.720147

魔法科高校の劣等生 お兄さまと一条さんがBLな関係にっ!? 他

一条将輝と十文字変態が主役のお話

2014-09-21 14:14:19 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:20252   閲覧ユーザー数:20200

魔法科高校の劣等生 お兄さまと一条さんがBLな関係にっ!? 他

 

 みなさん、こんにちは。司波深雪です。

 今回はお話の時間軸を少し遡って始めたいと思います。

 それは、九校戦が終わった後の懇親会で、お兄さまが一文字変態に絡まれ私がテロリスト七草先輩に付け込まれるほんのすこし前の出来事です。

 

「やあ、ごきげんよう」

 わたしが有象無象のモブさんたちに囲まれて談笑していると、第三手品専門学校の制服を着たイケメン男性が来られました。お兄さまに顔で劣りますが、魔法師としての力も劣りそうです。

 鳴り物入りで登場して最強のライバルキャラっぽく紹介されたのに、結局は引き立て役の雑魚でしかなかった。お兄さまとの直接戦闘も特に盛り上がるでもなく、練っていたはずの戦術も特に発揮されるでもなくあっさり負けてしまった。そんな噛ませ犬な感じのする方です。お兄さましか見てなかったので対戦相手のことはよくわからないのですが。

 以前自己紹介されたような気がしますがすっかり名前を忘れてしまいました。日本人丸出しの顔でジョージとか名乗っていた三流戦術家の隣にいた方だと言うのは覚えていますが。お笑いコンビでは片方だけ名前を覚えているってみなさんもよくありますよね。

なのでここでは仮にカ・マセイーヌさんとお呼びすることにしたいと思います。

「そこでジョージの奴は言ったんですよ。それは私のおいなりさんだってね」

 カ・マセイーヌさんはとてもフランクに、それでいて上品にお話します。育ちが良い方なのは確かです。森崎さんとは違いますね。って、幾ら何でも森崎さんと比べるのは酷すぎますよね。おかしくて笑みが溢れてしまいます。

 

 カ・マセイーヌさんと談笑しているとお兄さまがやって来られました。ちょっと険しい表情です。わたしが他の男性と談笑しているのを見て嫉妬されたのかもしれません♪

「2日ぶりだな、一条将輝」

 お兄さまは彼の名前を知っていました。カ・マセイーヌさんは一条さんというようです。わたしの中での評価は変わりませんが。

「耳は大丈夫か?」

「心配は要らんし、お前に心配される筋合いもない」

「そりゃあそうだな」

 お二人が何を話しているのかまるでわかりません。

 お兄さまは一条さんさんの耳をどうにかしてしまったのでしょうか?

 そう言えば、いつもお弁当と午後ティーを差し入れているお友達の光井ほのかさんに以前聞いたことがあります。

『イケメン同士は耳をカプッとして互いの愛情を確かめるんですよ。BLって素晴らしい世界なんです♪』

 あれっ?

 お兄さまも一条さんもイケメン。

 お兄さまは一条さんの耳を痛くしてしまった。

 そしてお兄さまはわたしの求婚を拒み続けている。

 これら全ての条件を全て合わせると…………えっ?

「そんな……お兄さまと一条さんがBLな関係にっ!?」

 自分の想像に愕然としてしまいます。そんなこと、あるわけありませんよね。わたしったら、お兄さまに対して穿った見方をし過ぎです。

 とりあえずカ・マセイーヌさんの動向を見張っておくことにしましょう。お兄さまに余計なちょっかいを掛けることがないように。

 彼の顔をジッと見つめます。すると、一条さんはわたしとお兄さまを何度も交互に見て驚きの表情を見せました。

「……司波? もしかして、兄妹なのか?」

 一条さんはとても驚きながら誰もが知っている常識を述べました。

「今まで気が付かなかったのか?」

 お兄さまが呆れた声を出します。

 わたしはお兄さまと可能な限り一緒にいるようにしているのですから、気付いても良さそうだと思いますが。

 もしかすると、わたしたちが兄妹以外の関係に見えたのでしょうか?

 兄妹以外で年頃の男女が常に寄り添っている。これって、つまり……。

「フフフ。一条さんにはわたくしとお兄さまが兄妹に見えなかったのですね♪」

 思わず笑みが零れてしまいます。

 つまり、わたしたちが新婚夫婦に見えていた。わたしをお兄さまの妻だと認識していた。

 この人、いい人です♪ すごくいい人です♪

 わたしとお兄さまの真実の関係を見抜いてしまったのですから。

 カ・マセイーヌもとい一条さんに対する好感度がウナギ登りです。

 こういう方がこの物語には必要なんです♪ 

私とお兄さまの仲を応援してくださる方が♪

「そ、その…………はい」

 一条さんは素直に認めました。苗字が同じなのは既婚者だからだと思っていたなんて……気が早い方ですね♪

 けれど、そう言って笑っていられるのもこれまででした。

「いつまでもここに固まっているのも邪魔だし、深雪。一条と踊ってきたらどうだ?」

 お兄さまは突如、一条さんとダンスを踊るように命じてきたのです。

 お兄さまのご命令とあらば深雪は何でも従います。ですが、他の殿方と親しくなれと云わんばかりのこの命は一体何でしょうか?

 一条さんと二度と喋るなというご命令でしたらよくわかるのですが。一体、どんな裏が?

 視界の隅にわたしがテロリストと認定する生徒会長の七草真由美先輩が入りました。七草先輩はデコを光らせ得意満面な笑みをお兄さまに向かって発しています。

 謎は……全て解けました。黒幕はあの女です。きっと、わたしが少し男性慣れしておいた方がいいとか何とか丸め込んで一条さんに押し付けるようにお兄さまを唆したのだと思います。その間に自分がお兄さまと踊るために。

 わたしの名を出せばチョロイン化が止まらないお兄さま。とはいえ、お兄さまの命であることは変わりません。わたしは良き妹であるために言いつけに従います。

 一条さんが手を差し出しわたしがそれをお受けします。わたしの手が一条さんの手に触れた瞬間でした。

 お兄さまは無表情ながらも微かに笑った気がします。お兄さまの愛する妹に他の男が触れたというのに何故笑えるのでしょうか?

 そう言えばほのかさんが言っていました。

『男同士の恋愛では、女は相手の気を惹くための餌に使われることが多いんですよ』

 もしかして、わたしはお兄さまと一条さんのBLの餌に使われようとしているのでは?

 そんな悪寒がわたしの体を支配します。

 仮に、仮にですよ。お兄さまの恋愛対象が女の子ではなく殿方だったら?

 そう仮定すると、お兄さまはイケメンである一条さんを狙っている確率が高いです。

 そして、お兄さまはわたしに一条さんのダンスのパートナーになるよう命じました。今後も一条さんとお近づきになるように命令が続くかもしれません。

 最終的にはわたしに一条さんの恋人になるよう命じるかもしれません。もし仮に、わたしが政略的に一条さんの恋人にさせられたら?

 わたしと一条さんの接触回数は増えます。それは同時にお兄さまと一条さんの接触回数が増えることも意味しています。司波家で3人で会うことも度々になるでしょう。

 そんな時です。お兄さまはわたしに茶菓子を買ってくるよう申し付けるのです。家に残るのはお兄さまと一条さんのみ。そして段々と男同士で2人きりという状況が増えていき、しまいにはわたし抜きで会うのが常態化するのです。

 そして最後にお兄さまはわたしに命令するのです。一条さんと別れて二度と会うなと。お兄さまは一条さんの攻略に成功(攻略に成功って何のことだかよくわかりませんが)したのでわたしが邪魔になったのです。そして、ほのかさんが話す展開通りにわたしはお兄さまに利用され捨てられてしまうのです……。

「……なんて、そんな展開になったりするわけがありませんよね」

 自分の破廉恥な妄想を打ち消します。

 わたしとしたことが、ほのかさんの話を真に受け過ぎてしまいました。いつもわたしのことを一番に想ってくださるお兄さまが一条さんに恋だなんてあり得ません。BLなんて創作の産物です。

 

 ダンスが始まりました。まるで、男色趣味を隠すかのように次々と相手を変えながらわたしの学校の女子生徒たちと踊っていくお兄さま。

 お兄さまの人気度合いを示す一シーンと言えなくもないですが、わたしは穿った見方を捨てられません。

 お兄さまは時々わたしを、いえ、きっと一条さんを見ておられます。心なしか背中を、ううん、お尻を見ている気さえします。お兄さまが何を考えておられるのか深雪にはもうわかりません。

 ラストダンスはお兄さまと踊っていただきましたが、表情に現れる笑みとは裏腹にわたしの胸の中には黒いものが渦巻いて消えませんでした。

 

 

 ですがその後、お兄さまと一条さんの仲を疑う懸念は一時的に忘れることになりました。

『というわけで俺はこれからお前の義理の妹になる。わかったか、お兄ちゃん』

 わたしの妹の座を脅かそうとする十文字変態。

『安心して。お姉さんが深雪ちゃんも達也くんも守ってあげるから』

 甘言を用いて司波家内部に深く浸透してきたテロリスト七草先輩。

 司波家に出入りするようになった2人の巨悪からお兄さまを守るのが忙しくなったからです。

 そして一条さんとの接点も切れた以上、当面の危機は去ったと判断したからです。

 でも、危機はまだ過ぎ去ってなどいなかったのです。いえ、本当の波乱はこれからだったのです。

 

 

 

 

「みんな~学校に行くわよ。準備はいい?」

 司波家の玄関前。わたしの義姉を詐称し、1週間前から司波家に棲み着くようになったテロリスト七草先輩が号令を掛けます。

「俺に忘れ物などない」

 お兄さまの義妹を詐称し、やっぱり1週間前から司波家に棲み着くようになった十文字変態(全裸)が元気よく返事をします。

「十文字くんは制服さえ着てないのだから忘れるものなんか何もないでしょ。強いて言うのなら羞恥心を忘れちゃったぐらいで。ぷっ。お姉さん、コメディアンになれるかも。うふふふふ」

 七草先輩は自分で上手いことを言ったと思ったのかクスクス笑っています。三巨頭の1人が手ぶらで全裸で学校に通おうとしている異常事態は完璧スルーで。

 頭のおかしい2人は放っておいて、わたしはお兄さまへと顔を向けます。

「お兄さま、もう支度はお済みになりましたか?」

「ああ」

 お兄さまはいつも通りにクールで素敵です♪

「それじゃあみんなで学校に向けて出発よ」

 七草先輩が音頭を取って学校へと向かって出発します。

 わたしとお兄さま、そして七草先輩と十文字変態。4人での登校がすっかり日常と化してきました。

 正直に言えば七草先輩と十文字変態は邪魔です。でも、お兄さまが一緒に登校することに反対しないのでわたしではどうにもなりません。

 仕方なく、いつものようにお兄さまの左側のポジションを取って進むことにします。

 お兄さまの隣を並んで歩きながら登校する。ほんのちょっとしたことですが、妹であるわたしにだけ毎日許された特権なのです♪

「お姉さん、昨夜も深雪ちゃんのための腕枕実験と深雪ちゃんのための朝食準備で疲れてしまったから達也くんの腕を貸してねぇ」

 わたしと反対側を歩くテロリストがわざとらしくよろめいたかと思うとお兄さまの左腕を取りました。

「気分が優れるようになるまで俺に捕まっていてください」

「それじゃあ……お姉さんの面倒を一生お願いね」

 ピカピカした瞳を向けるテロリストはどう見ても病人のそれではありません。

「真由美は冗談が上手い」

「深雪ちゃんを取り巻く悪い影響を考えるといつまでも気分は晴れないわ」

「いつまでも捕まっていてください」

 お兄さまが完璧超人始祖だったのはもう遠い昔の気がします。

 とはいえ、わたしまでこの空気に馴染んでしまうわけにはいきません。

 最近お友達になったユリン・ルシュル(CV:早見沙織)さんとサチ(CV:早見沙織)さんにメールを送って助けを求めます。

 

 

 Sb:お兄さまがテロリストに洗脳されています

 本文:わたしの敬愛するお兄さまが壬生先輩並にチョロく洗脳されて

   テロリストの悪事の片棒を担がされています。

   このままではテロリストを義姉と呼ばないといけない日がきます。

   どうしたら良いでしょうか?

 

 

 返信はあっという間、わずか5秒できました。

 

 Sb:生きるのって難しいね

 本文:お兄さまを助けるために命を投げ打つしかないんじゃないかな?

   私も悪い人に利用されてフリットを攻撃させられて悲しかった。

   自分の命を投げ打ってテロリストを倒すしかないと思う

 

 Sb:遺言は計画的に

 本文:たとえ自分の命を散らすことになっても大切な人に生きて欲しい。

   でも、彼の記憶から完全にいなくなっちゃうのも嫌だから。

   自分が死んで数ヶ月経ってから遺言メッセージを伝えられると

   感動的なんじゃないかな?

 

 

「やはり、七草先輩ほどのテロリストを排除しようとすれば生きて勝利するなどという甘えを捨てろ。そうアドバイスしてくださっているのですね」

 心友の勧めに従い、この生命を掛けてテロリストの排除に掛かります。

「…………SGGK召喚」

 お兄さまたちに聞こえない小声でわたし専用の鉄砲玉を召喚します。車道を挟んだ反対側に森崎さんが現れました。

「七草先輩のおでこをペロっと舐めてあげてください。成功したら思い切り引っ叩いてさしあげます」

 紙飛行機を飛ばして森崎さんに連絡を取ります。

 森崎さんに額を舐められる。わたしだったらそんな辱めを受けたらすぐに自ら命を断ちます。七草先輩も自慢のおでこを森崎さんに舐められれば一生引き篭もりになるでしょう。

「オーケー。その話、引き受けよう」

 森崎さんはグッと親指を立てて歯を光らせました。

 そして森崎さんは一直線にわたしたち目掛けて走り込んできたのです。信号のない車道を渡るコースで。

「七草会長は今、一番道路側にいる。森崎さんが歩道まで到達してくれれば十分に勝機はあります」

 まさか七草先輩も変態が車道を超えてやってくるとは思わないはず。

「あっ。今朝食べたバナナの皮が手からポロッと離れてしまったわ」

 七草先輩はバナナの皮をポイっと投げ捨てました。バナナは車道の真ん中に落ちました。ちなみに今朝は誰もバナナを食べていません。

「会長の体のどこかに当たってくれぇ~~っ!!」

 森崎さんは唇をタラコ状に突き出しながらダッシュしてきます。

 そして──

「あっ」

 バナナの皮を踏んで宙に舞いました。そのまま大型のタンクローリーと正面衝突して大空へと吹き飛ばされていきました。いつもの森崎さんでした。

「森崎くんはふっ飛ばされる。この間言ったことをもう忘れちゃったの?」

 七草先輩はお兄さまへと顔を向けたままごく小さな声で呟きました。どうやら刺客のことはバレてしまっていたようです。

 森崎さん如きで会長と相打ちになってくれるのなら安いものだと思いましたが現実はそう上手くいかないようです。

「やはりわたしが直接……」

「だから深雪ちゃんではお姉さんには敵わないわ。達也くんに怒られるだけだから止めておきなさい」

「………………はい」

 たとえ命を捨ててテロリストに一矢報いたとしても、お兄さまにお叱りを受けてしまうのでは何の意味もありません。

 テロリスト掃討作戦はここに失敗をみました。

「さあ、早く行きましょう♪」

 わたしの肩を爽やかな笑みを浮かべながら掴む七草先輩。

「はい」

 ニコニコ笑顔の七草先輩に促されてわたしは学校へと目指すのでした。

 

 

 

 

 学校に到着しました。

「風紀取り締まり強化月間です。変態は即警察に引き渡します」

 校門の前に『風紀委員』と書かれた腕章を嵌めた生徒たちが中に入ろうとする生徒たちの身なりをチェックしています。

 その中心に立っているのはホグワーツ魔法魔術学校が誇る悪の三巨頭の1人である渡辺摩利先輩です。とても良い方ですが、変態とテロリストがわたしの生活に深く介入し過ぎている影響でわりとどうでも良い方です。

「そこの全裸の変態。学校に入って来ないで」

 極めて良識的なことを言ってくださいます。

 渡辺先輩の言葉とともに警官が2人十文字先輩の周りを囲みます。十文字変態ももう慣れたもので特に慌てることもなく、自らパトカーへと乗り込みます。

 扉が閉じられパトカーは出発しました。

「永遠に捕まっていて欲しいんですが、すぐに出てきちゃうんですよねえ」

 帰宅するといつもわたしより先に台所に立っているので勾留時間は数時間だけです。

「まあ十文字くんは十文字家の次期頭首で十師族の重鎮の1人だからね。どうしても政治介入が行われちゃうのよねぇ」

「日本の法治システムは完璧に死んでいますね」

 権力の腐敗の一端を垣間見た思いです。

 

 さて、渡辺先輩が十文字変態の処理で一緒に警察署に行ってしまいました。今度は彼女が立っていた位置に代わってやたら小物臭漂う男が立ちました。そうです。SGGKでSBJKな僕たち私たちのアンチ・ヒーロー森崎駿さんです。

「二科生如きが調子に乗るのもいい加減にしろっ! 二科生は一科生の補欠なんだよ」

 小物は、如何にも小物っぽい差別主義者全開のセリフを口にしています。

 お友達の光井ほのかさんが無言で森崎さんに近付きました。そして、無言のままグーパンチを顔面にお見舞いしました。

「JKのグーパンチっ! ありがとうございますっ!」

 渡辺先輩は今すぐ戻ってきてもう1台パトカーを手配した方がいいと思います。

 続いてお兄さまのクラスの千葉エリカさん、柴田美月さん、それからわたしのクラスの北山雫さんたちが次々と列をなして無言で森崎さんに鉄拳制裁を加えていきます。

「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」

 更に大勢の生徒たちが森崎さんを殴る列へと加わり、校門前は大賑わいです。

「森崎くんのおかげでみんな大事なことに気が付くことができた。お姉さんは嬉しいわ」

 森崎さんがボコボコにされる光景を見ながら七草先輩がソッと涙を拭っています。

 

 人間として駄目を極めている森崎さんですが、この学校のあり方を大きく変える上で大変な功績を残しました。

 彼は自らの愚かさをみんなに知らしめることで、この学校創設以来の大きな問題だった一科生と二科生の対立、というか差別構造を打破したのです。

 そして、それを実現させたのがお兄さまに迫る本物のテロリストである七草真由美生徒会長でした。

 生徒会長はこの問題に対して大演説をぶちました。

『みなさん、よく考えてください。一科生にはSGGK森崎駿くんがいます。それでも一科生のみなさんは自分たちを無条件に誇るのですか?』

 この時、多くの一科生が世を儚んで自ら命を断とうとしました。この際負傷した生徒たちは、この後都合よく攻めてきてくれたテロリストたちによって負傷したということにしておきました。名門は色々大変なのです。

『二科生のみなさんは一科生に虐げられる必要も、妬む必要もありません。一科生が二科生を差別する温床となっている制度はお姉さんが達也くんにポイントを稼ぎたいので全て廃止します。毛嫌いするのは森崎くんに対してだけにしてください』

 こうして来年度から一科生、二科生という区分は少なくとも形の上ではなくなることになりました。

 差別というのは決して認識の次元に留まるものではありません。構造の次元に目をやってこそはじめて解決の緒が見えます。

 まして、権力を行使できる側が抑圧を受けている者に差別意識を持つなと言うことは、差別構造の温存と抑圧の継続受容を間接的には意味します。却って反感が増大するので権力側が言ってはならないことの一つです。

 そんなごちゃごちゃした問題を、森崎さんという誰にも好かれないスーパーヒーローとお兄さまに露骨に点数稼ぎしたいテロリスト七草先輩がとりあえず解決してくれました。

 

「……森崎はあれでいいのか?」

 わりと博愛主義者であられるお兄さまは殴られ続ける森崎さんを心配そうな瞳で見ています。わたしもこんな瞳で心配して欲しいです。

「森崎くんはあなたにできないことをやってのけている。達也くんだって、森崎くんにできないことをやってくれているじゃない。だから、いいのよ」

 青春ドラマの一幕のように爽やかに語る七草先輩。

 そういう問題じゃないような気がフツフツと湧き上がります。

 でも、相手は森崎さんですから。

「あんまりのんびりとしていると遅刻してしまいますわよ、お兄さま」

 手を引っ張って校舎へと入って行くことにしました。

「JKのマジパンチっ! 本当にありがとうございま~~すっ!!」

 ……やっぱりわたし、この人を鉄砲玉に召喚することにもっと疑問を持った方がいいかもしれません。

 

 

 

「それじゃあ深雪、しっかり勉強するんだぞ」

「はい、お兄さま」

 お兄さまの言葉にしっかり頷いてからA組の教室へと向かいます。お兄さまはE組です。

 わたしとお兄さまはクラスが違うので授業の時はお顔を拝見することができません。

 全く人を見る目のない学校側がお兄さまを駄目学生と勝手に判断したのです。A組には森崎さんがいるので本当に駄目なのはA組だと思うのですが。

「深雪ちゃん。お勉強ちゃんとするのよぉ~」

「うむ。お兄ちゃんの妹として恥ずかしくないようにな」

 七草先輩と十文字変態(もう戻ってきたんですか?)がお兄さまに続いてE組の教室に入ろうとしています。

「ちょっと待てぇいっ!」

 わたしは猛ダッシュして来た道を引き返します。

「何で3年生が1年生の教室に入ろうとするんですかっ!」

 教室まで一緒に過ごそうなんて羨まし過ぎです。七草先輩と十文字変態は顔を見合わせました。

「お姉さんたち、もう推薦で進学先決まっちゃってるから」

「卒業まで校内で自由に過ごして良いことになっている。だから俺たちはお兄ちゃんのクラスで授業を受けているんだ」

「そう……ですか」

 七草先輩はともかく、毎日警察に厄介になっている十文字変態が推薦決まっているというのは納得できません。大学は一体何を見ているのでしょうか?

「どうした? 俺の筋肉をマジマジと見て。もしや、痴女かっ!?」

「いっぺん死んでください」

 十文字先輩に背を向けるとA組の教室へと入ります。何だかわたしだけ除け者みたいでちょっと寂しいです。

 

 

「チャオ・ソレッラ(ごきげんよう お姉さま)」

 お兄さまに習った女子高生の一般的な挨拶を口にしながら教室内に入ります。

 お友達のみなさんに頭を軽く下げながら自分の机へと向います。森崎さんだけは無視して席につきました。

 間もなく担任の先生がやってきました。この世界はお兄さまか変態たちの相手をしていない限りとてもスピーディーに話が展開します。

「今日は早速ですが、第三手品専門学校からの交換学生を紹介します」

 顔も性別もよく思い出せない先生によってとても驚かされるニュースが告げられました。

「それでは入ってきてください」

 教室の扉が開き、イケメンな男子学生が入ってきました。

 間違いありません。お兄さまのBL相手の疑惑が持たれているカ・マセイーヌさんこと一条将輝さんです。

「一条将輝です。今日からこの学年が終わるまでの間よろしくお願いします」

 イケメンが挨拶したことでクラスの女子は色めきだっています。

「一条さんは達也さんを食ってしまいに、ううん、達也さんに食べられるためにわざわざここまで乗り込んできたのね」

 隣の席のお友達のほのかさんは殊更に瞳を輝かせています。もうピッカピカです。目玉がランランバイキンマン状態です。

「あの……食べるとか食べられるとか一体何のことですか?」

 お兄さまには人間を食べる趣味があるのでしょうか?

「深雪には……まだ、早いです」

 ほのかさんはわたしのことをとても清純なものを見るような、一方で汚れてしまった自分を無様に思うような小さな笑みを浮かべました。

「私は美男子と見れば片っ端から食べまくるそんな野獣な達也さんが好き。愛してるの」

 ……この女ももしやテロリストなのでしょうか?

「大丈夫だから」

 ほのかさんは私の手をそっと握ってきました。

「私は達也さんが度し難いBLでブラコンでもいいの。籍さえ入れて子どもの面倒さえ一緒にみてもらえれば。外に男が何人いようと妹と何をしようが目を潰れるから。だから私と深雪の間に争うことなんて何もないんです」

「そう、なんですか……」

 ……よくわかりませんが、寛容さを強調してくる分、七草先輩よりも厄介なのかもしれません。正面切って喧嘩できる相手の方がわたしとしては楽です。

「では、一条くんの席ですが……」

 先生がクラスを見回します。

「先生、このクラスには余った机は存在しません」

 森崎さんは手を挙げてごく当たり前のことを言ってのけました。

 世の中のアニメや漫画では、転校生が来ると何故か余っている机が存在してそこに座ることになります。しかも、配置的には中央部にです。でも、よく考えてみると、そんなことはあり得ないわけです。学校七不思議になってもおかしくないです。

「森崎くん。君は確か第三手品専門学校に一条くんの交換要員として永遠に放校されたはずですが」

 交換学生というのは体裁の良い森崎さん追放策だったようです。

「あちらさんに編入を断られました」

 元気よく答える森崎さん。第三手品専門学校も受け入れる生徒は選びたいですよね。当然のことです

「そうでなくても森崎くんは無期限停学中だったはずでは?」

「俺はFREE!に生きてます」

「じゃあ、一条くんは森崎くんの席に座ってください」

 先生はとても無難な解決策を提示しました。

「俺はどうしたらいいんでしょうか?」

「若者はこういう時、動けなくなるまで走り続けるのが青春ですよ」

「なるほど。じゃあ、お外走ってきます」

 森崎さんは教室を駆け出していき、校庭を走り始めました。

「それではみなさん、一条くんと仲良くしてください」

 先生はそれだけ告げると出て行かれました。

 誰も森崎さんを引き止めませんでした。もちろん、わたしもです。

 

 

 先生が教室から姿を消すとクラスの女子たちは一斉に一条さんの元に殺到しました。

 あの机の主が森崎さんだったころには考えられない光景です。ついでですから、森崎さんが体育の邪魔にならないように頭の中の爆弾を起動しておきます。小さな爆発が起きて学校が安全になりました。

「深雪は行かないの?」

 北山雫さんがウズウズした表情で聞いてきます。

「別に私は特に興味ありませんし……」 

 お兄さま以外の男性はどうでもいいですし。

「1人の男を巡って争う女同士の骨肉の争い。Nice Boatな修羅場が見られるんだよ。こんなことなかなかできないよ」

 ……私はお友達選びを間違えている気がします。

 さて、その一条さんですが女子たちとは無難な挨拶を交わした後に私の方へとやってきました。

「一条さんは達也さんのことで深雪に宣戦布告するつもりだね」

「えっ? マジ。男を巡って男と女が争うなんてなかなかできないよ」

 やっぱり友達を間違えました。森崎さんに比べると誰でもいい人に見えてしまうので、彼女たちの特異性に気が付きませんでした。

「司波さん。お久しぶり」

 お兄さまには劣るイケメンが爽やかに右手を挙げて挨拶してくださいました。

「お久しぶりです、一条さん」

 お兄さまの妹として恥ずかしくない振る舞いを心掛けます。

「違うでしょ、深雪。ここは『泥棒猫。達也さんに近寄るな』って警戒心をむき出しにするのが正しい反応よ。達也さんを簡単に渡しては駄目。それじゃあ薄い本が薄いままなの」

 ほのかさんが脇を小突いて耳打ちしてきます。

「美少女と美少年が1人の男を巡って言葉のナイフで全身を刺し合う……ロマン」

 雫さんは何かを期待した瞳でわたしたちを見ています。

 この2人、やっぱり駄目です。

「えっと……」

「ああ。この2人のことなら気にしないでください」

 紹介しづらいお友達って困りますよね。

「一条さんは何故こちらの学校に?」

「九校戦で司波さんのお兄さんにはしてやられたからね。それで、敵情視察も兼ねて俺もこっちでパワーアップできないかと思ってね」

 一条さんは苦笑しました。お兄さまに負けたことがショックだったようです。その戦いのことをわたしはまるで覚えていませんが。

「それで、彼は今どこに?」

 一条さんはクラス内を見回しました。お兄さまが視界内に入るわけはありませんでした。

「実は、その、お兄さまはこのクラスではないのです……E組なんです」

「えっ? でも、編入前にこのA組が一番優秀なクラスだと聞いたのだけど」

「その辺は何と言いますか、ラノベ主人公によくある最強の割に社会的なステータスはやたら低いという例のアレと言いますか……」

「そ、そうなんだ……」

 微妙な沈黙が場を支配します。お兄さまを観察するためにこのクラスに来たら、そのお兄さまはここのクラスじゃなかった。事前に確認しなかった一条さんが悪いとも言えますが、わが校最強の魔法師が学年で成績の良くないクラスに配置されているとは普通思わないでしょう。

「そんなことより私は修羅場が見たいっ!」

 雫さんの一言は微妙に重くなっていた空気を吹き飛ばしました。内容は最悪ですが。

「達也さんはこのクラスにはいない。でも、深雪はこのクラスにいる。一条さんはそれで不満なの? こんな美少女と一緒のクラスなんてなかなかできることじゃないよ」

「そ、それは……」

 一条さんの頬が僅かに赤く染まりました。どうしたのでしょう?

「どうかされましたか?」

 顔を覗き込んで状態を確かめます。一条さんの顔がますます赤くなりました。

「なっ、何でもありません」

 一条さんはやたら焦っています。本当にどうしたのでしょう?

「なるほど。そういうことですか」

 ほのかさんの瞳が輝きました。

「……この状況……上手く使えば、怒り狂った達也さんが一条さんに襲い掛かる展開に持っていけますね。薄い本が厚くなります」

 何かブツブツ呟いています。

「一条さん。貴方は……」

 ほのかさんは一条さんに近付くと、爪先立ちして何かを耳打ちしました。

「なあっ!?」

 一条さんの顔が更に赤く染まりました。本当、よくわかりません。

 姿勢を戻したほのかさんは天真爛漫な笑みを浮かべて一条さんにそっと告げたのです。

「一条さんが目的を果たすためには司波さんなんて他人行儀な呼び方をしていては駄目です。もっとフランクな呼び方をして壁をなくしていかないと」

「そ、そうなのかい? いや、でも、それは一理あるな」

 一条さんはほのかさんと向かい合いました。

 何でしょうか?

 ほのかさんと一条さんを見ていると、お兄さまがわたしを出汁に七草先輩にいいように操られているのと同じ臭いがします。

「えっと…………司波深雪さんだから、略してミッキーと言うのはどうだろう?」

「巨大な何かを敵に回しそうなのでそれは止めてください」

「じゃあ、ミッチーで」

「それも怒られそうな気がします。けれど、アメリカ巨大資本を敵に回すよりはいいですね」

 一条さんはわたしへと振り返りました。

「その……」

 緊張した顔がわたしを見ています。

「はい」

 一条さんは顔を真っ赤にしながら大声をあげました。

「今日から俺は君のことをミッチーって呼ぶからっ!!」

「俺の妹を変なあだ名で呼ぶんじゃねぇえええええええええええええええええええぇっ!!」

「ぶべらっ!?」

 何が起きたのかわたしには瞬時に理解できませんでした。

 まず理解したことは、一条さんがぶっ飛ばされて壁に激突したこと。頬にはハッキリと拳の形が痕になっています。

「………………っ」

 一条さんは完璧に気絶しています。

 次に、一条さんをぶっ飛ばしたのがお兄さまであるということ。真剣な表情のお兄さま、素敵です♪

「妹に害をなす奴を俺は決して許さない」

 いきなり殴り掛かっておいて勝手な言い草。さすがはお兄さまです♪

 そして、ほのかさんと雫さんがやたらツヤツヤしていることです。

「達也さんの暴力による一条さん支配はやがて彼の全てを奪い取ることへと発展していく。ご主人さまと奴隷。ううん、肉奴隷。素敵です、達也さん♪」

「1人の女を巡って2人の男が争う。うん。実にいい。教室内で妹に近付く男を問答無用で殴りつけるなんてなかなかできないよ」

 この2人はとても危険な気がします。

 

 こうしてわたしの学園生活は一条さんの転入によって変化の兆しを見せ始めたのでした。

 それがどんな変化をもたらすものなのか、わたしはまだ知りませんでしたが。

 

 

 了

 

 

 

 

 

十文字克人は義妹になれていない

 

 

「何故だ? 何故俺はお兄ちゃんの義妹として認めてもらえないのだ?」

 十文字克人(全裸 筋肉)は新たな居住地となっている司波家のバスルームの中でシャワーを浴びながら悩んでいた(読者サービス)。

 チート完璧超人である司波達也に血の繋がらない義妹として認めてもらえない。妹になれないので達也のお嫁さんになれない。お嫁さんになれないので達也を十師族に迎え入れられない。

十文字の計画は大きな狂いを見せていた。

 

十文字が達也の義妹になろうと思ったのは、十師族会議の決定を受けてのことだった。

達也はその類まれなる情報解析能力、魔法処理能力そして自己修復能力を駆使して十師族の次世代ホープと目されている一条将輝を競技内で倒してしまった。それは日本の魔法師を束ねていると自負する十師族にとってあってはならない事態だった。

十師族のこの事件への対応策は、達也を十師族に引き込んでしまおうというものだった。達也が十師族にさえなってしまえば、将輝は十師族内部の争いで負けただけとなる。すなわち十師族の面子は保てる。また達也を惹き込めるほどの魅力と威光を十師族が持っていることも併せて示せる。

達也を抱き込む具体的な方策が、彼を十師族の誰かと結婚させてしまおうという政略結婚だった。

 同じ学校に通っている十文字にその手引役が回ってきた。十文字は当初、自分と同学年で何かと接点の多い七草真由美を達也の嫁候補に挙げた。

 だが、政略結婚の道具になることを秘密裏に打診したところ、呪いを込めた瞳で睨まれた。本能的に死を直感した十文字は真由美を贄とすることを諦めた。他の女性に声を掛けても似たような反応が来ることは十分に予想がついた。

 そこで十文字は発想を逆転させてみることにした。その結果自分が達也と結婚してしまっても任務を果たせることに気付いた。

 十文字は老け顔と筋肉質過ぎる体格がマイナスとなって異性に全くモテなかった。近くに寄るだけでチョベリバ・ホワイトキック呼ばわりされていた。

 そんな彼だからこそ、どんな男がモテるのか、結婚できるのか熱心に研究していた。そして彼は『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』と『お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!』と『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を資料に研究を重ねてついに結論を得た。日本の普通の家庭では、妹は兄と結婚、もしくはそれに準じた関係になるのだと。ゆえに彼は達也の義妹になることを決意した。

 

「俺の何が足りない? 何故俺はお兄ちゃんの義妹になりきれんのだっ!?」

 シャワーを頭から浴びながら十文字(全裸 筋肉畑 ♂)はポージングを付けて悩んでいる。妹と呼べる要素がどこにもないのだが、本人はまだそのことに気が付いていない。

「うん。いくら考えてもわからんな」

 そして、馬鹿だった。脳みそまで筋肉なので基本的に深く考えることは苦手だった。

 全裸のまま浴室を出る(読者サービス)。廊下を歩いていると、達也の実妹である深雪と遭遇した。

「むっ! お兄ちゃんの自称妹か」

「わたしはお兄さまの実の妹です。自称妹なのは十文字変態の方ですっ!」

 十文字は深雪との仲があまり良くない。彼女に少なからず不満を抱いている。

 血が繋がっている。ただそれだけの理由で深雪が達也の妹を誇らしげに名乗っていることが腹立たしかった。十文字にとって血が繋がっているかいないかは些細なことでしかなかった。

「ならば、料理勝負でどちらが真の妹か雌雄を決しても構わんのだぞ」

 深雪の顔が若干引き攣る。

「妹とは、料理の上手さだけで決まるものではありません」

 深雪は不機嫌な表情で勝負を断った。

 彼女は決して料理下手ではない。同年代の少女に比べれば料理名人と名乗れるレベルの持ち主。事実、十文字たちが押しかけてくる前は司波家の台所を一手に引き受けていた。

 だが、十文字はゴツイ外見と太い指に似合わずとても繊細で美味な料理を作る。その腕前は深雪が素直に負けを認めるほど。

 けれど、料理勝負を通じて妹の座が脅かされるのなら深雪に勝負を受ける謂れはなかった。実妹である以上、不利な勝負を飲む必要は全くない。

「では、魔法で勝負するか?」

「お断りします」

 成人すれば十文字と深雪の魔法師としての力は逆転しているかもしれない。けれど、現状高校に入ってまだ日が浅い深雪では戦闘経験豊富な十文字に勝つことはできなかった。

「では、何なら妹の座を賭けて勝負すると言うのだ?」

「お兄さまからの愛され具合ならお受けしますよ」

 深雪はサラッと答えた。

「良かろう。ならば、どちらが愛されているのか。言い換えればどちらが真の妹なのか。お兄ちゃんに決めてもらおうではないか!」

 何も疑問を抱かずに勝負に応じる十文字。

 2人は達也の部屋へと向かった。

 

 

「2人とも血相変えてどうしたの?」

 扉を開けたのは達也ではなく真由美だった。真由美は彼女の思惑で達也の妻になろうとこの家に住んでいる。

 十文字と真由美の利害は一見一致していそうに見える。真由美は十師族のひとつ、七草家の人間なのだから。

だが、真由美は達也と結婚して司波家の一員になるつもりであり、十師族から達也を引き離す方向で考えている。ゆえに十文字と真由美はある種の敵対関係にあった。

「どうして七草先輩がお兄さまの部屋にいるんですか?」

 深雪は十文字に対する時以上に不機嫌さを全開にしながら尋ねる。

「どうしてって。お姉さん、この部屋に住んでいるんだもの。中にいるのは当然でしょ?」

 真由美は何でもない風に答える。事実、達也の部屋の中には真由美が運び入れたタンスが壁際に鎮座している。更には女物のクッションなどが置かれており、達也の部屋での侵食が進んでいる。

「何で下着姿なのですか?」

 深雪の指摘通り、真由美は上下お揃いの緑色のフリル付きの愛らしい下着のみを身に着けていた。身長が低い割に女性として出ているところは出ている美しいプロポーションを誇る。十文字は特に何とも思わないが、却って深雪の方が頬を赤く染めて過剰に反応を見せている。

「それはもちろん達也くんを誘惑するためよ」

 深雪の背中に嫉妬の炎が宿る。

「あっ、間違えたわ。今日はちょっと暑いので涼しい格好をしていただけよ」

 まったく悪びれた様子を見せずに表面だけ言い直す真由美。

 2人の女の闘いが怖い。十文字は胸の筋肉をプルプル震わせながらそんなことを考えた。

「2人とも、お姉さんの達也くんに用があったのでしょう? 遠慮しないで入ってね」

 朗らかな表情で十文字たちを中へと招き入れる。だが、そんな万人を魅了する笑顔にも深雪は騙されなかった。

「お兄さまは七草先輩のモノではなくわたしのモノですっ!」

 敵意を全開にして深雪が真由美に吠える。気のせいか、深雪は十文字に対するよりも激しい敵愾心を真由美に向けている気が十文字にはしてならない。

「義妹である深雪ちゃんのこともちゃんと大事にしてあげるから安心して♪」

「わたしはあなたの義妹になるつもりも予定もありませんっ!」

 深雪の真由美と自分に対する当たりの差は何なのか?

 十文字にはよくわからない。

 最初から相手にされてないとは考えられない。

「それで、達也くんに何の用なの?」

「そうでした。わたしとお兄さまの平穏を乱すテロリストの相手をしている時じゃありませんでした」

 3人のやり取りに全く耳を貸さず、パソコンで声優中村悠一特集を熱心に眺めている達也の元へと深雪が小走りに駆けていく。

「好きなNEXTはゴールデン・ライアン(CV:中村悠一)。その他は認めない……」

 達也は熱心に異世界の超能力について研究を重ねていた。

「お兄さまっ!」

「うん? 深雪、一体どうした?」

 達也は深雪の存在にようやく気が付いた。大きなパソコンモニターには某人気アニメの劇場版ゲストキャラクターが映し出されている。

「お兄さまにお聞きしたいことがあります」

 深雪は達也に詰め寄りながら頬を膨らませている。

「このテロリストはお兄さまの部屋に勝手に棲み着いていますが……まさか、おかしな関係になっていたりしませんよねっ!?」

「……それは今聞くべき質問ではなかろう。俺との対決が先のはず」

「おかしな関係とは?」

 首を捻る達也。対して真由美は意味ありげに下腹部に手を当てながら妖しく微笑んだ。

「もぉ~。深雪ちゃんったらエッチさんなのねぇ~」

「誰がエッチですかっ!」

 深雪が吠える。真由美はそんな深雪を見ながら楽しそうに笑い続けている。

「深雪ちゃんの心配は後10ヶ月と10日経てば答えが出るかもしれないわね。深雪ちゃんは男の子がいい? それとも女の子がいいかしら?」

「何ですか? その意味深なワードの羅列はっ!?」

 怒り散らす深雪に対して真由美は下腹部を撫でながら笑うばかり。

「お前たちで争うなっ! 今は俺とお兄ちゃんの妹の争いの時であろう」

 十文字は争いを止めに入った。

「そう言えばそうでしたね。まずは前哨戦に勝って勢いを付けたいと思います」

「5秒で片付けてね。そしてまた、どちらが達也くんの一番か雌雄を決するわよ」

「望むところです。そして十文字変態なんて1秒で十分です」

 深雪の顔がもう1度達也へと向けられる。

「わたしと十文字変態。お兄さまがより愛している妹はどっちですか?」

「深雪だ」

 達也は1秒も考えることなく即答してみせた。深雪の勝利。

「何故だっ!? 俺のどこが妹として劣っていると言うのだっ!? 一体どこがっ!?」

 十文字は椅子に座っている達也に対して股間を突き出す姿勢で詰め寄る(読者サービス)。達也はクールな表情を保ったまま目を逸らした。

「先輩は男です。妹として劣っているとか優れていると言われても返答に困ります」

 達也はとても正直に述べた。

「お兄ちゃんの馬鹿ぁあああああああああああああああああああぁっ!!」

 十文字は悲しみから走り出した。達也の部屋を悲しみを抱えながら出て行く。涙で視界が歪んでいる。

 こんなにも泣いたのは、漫画『キン肉マン』の王位争奪編で贔屓にしていたビッグボディーチームが何の見せ場もなしに最強の敵フェニックスチームのかませ犬として負けてしまった時以来だった。

 十文字(全裸)は司波家を出て遠ざかっていく。全裸で街中を疾走するのは気分が良かった。それはともかく悲しみに包まれた十文字は誰かが追ってきてくれることを期待した。

「さあ、邪魔者はいなくなったわね。今こそお姉さんと深雪ちゃんのどっちが達也くんの一番か決着をつけましょう」

「フッ。この世界は妹がお兄さまと結ばれるために存在しているのです。年増のBBAの出る幕などありませんよっ!」

「時代はたつまゆよ。ブラコン妹がビービー泣いていればいい時代は終わったのよ。これからは歳上なのに可愛らしい姉さん女房の時代なのよっ!」

「氷菓の折木奉太郎(CV:中村悠一)が惚れているえるたそは可愛いな。『俺、気になります』フッ」

「お兄さまっ!」

「達也くんっ!」

 誰も、十文字の行方など気にしていなかった。

 

 

 

「裸だったら何が悪いと言うのだぁっ!?」

 十文字(全裸)はいつものように首都高のカーブで国家権力の追っ手を振り切り新宿から高井戸方面に向けて軽く流していた。

 空気抵抗がなくなるほど人間は速く走れる。全裸となり空気抵抗を全く受けなくなった十文字が最高速の自動車より速く走れることは特におかしなことではない。

 現に魔法が溢れているこの世界では自動車より速く移動できる魔法師は数多く存在する。十文字のちょっとしたユニークな点は、魔法の類を全く使わず己の筋肉の力のみでレッドゾーンでメーターを回すパトカーより速かったということだけ。些細な独自性だった。

 十文字は時速60kmほどの安全疾走を続けながら高井戸インターチェンジに到着した。高井戸インターチェンジは首都高と中央自動車道の継ぎ目に当たり、中央自動車道に乗れば、十文字たちの通う学校が存在する八王子まで行ける。

 女子校の修学旅行バスと並行し、己の肉体美を窓越しに女学生たちに見せつけながら中央道に入ったその時だった。

 

 一人のスーツ姿のメガネ筋肉男が己の2本の脚で駆けながら猛然と十文字を追い掛けてきた。

「何者だ、奴はっ!?」

 十文字の背中に悪寒が走った。危険を感じてスピードを上げ振り切ることを決意。だが、男は無言のまま加速して十文字を追走し始めた。

 男が足を踏み出す度に脚の逞し過ぎる筋肉が躍動しズボンの中には収まっていられないと暴れ出す。男が逞し過ぎる腕を振るとスーツの生地が限界を超えてビリビリと大きな音を立てながら切り裂かれていく。

男の手足が大きく振られる度にスーツが破れ千切れて面積が減る。スーツだけではない。スーツの下のシャツもまた千切れて吹き飛んでいく。

 衣服が引き裂かれ吹き飛んでいくほどに空気抵抗は少なくなる。すると、より加速がついて更に多くの面積の衣服を吹き飛ばしていく。

 メガネ男が十文字の後方10m地点に近付いてきたころには男の服装はネクタイと黒いビキニパンツ、そして靴下と靴だけになっていた。

 男が5m地点まで近付いてきた。地面を蹴る摩擦熱に耐え切れず靴と靴下は燃え尽きた。流れ出る玉の汗を拭き取るためにパンツを自ら脱ぎ去り汗ふきタオルに使っている。彼の身体を覆い隠しているものは赤いネクタイのみ(読者サービス)。

 男はその状態のまま十文字に追い付いてき、声を掛けてきた。

「やあ、僕の名前は富竹。見ての通りの筋肉さ」

 時速200kmを超える疾走の中、筋肉男は爽やかに自己紹介してきた。男の名前に聞き覚えはなかった。

 何者だろうかと疑いながら黙って富竹に鋭い視線を送る。十文字には口を開くだけの余力がない。

「君はなかなかいい筋肉たちを持っているね。まだ若いのにいい鍛え方をしている」

 褒められている。だが、富竹に負けたくない一心で懸命に走っているので何も反応を示せない。

「君こそ暴走機関車トミーの名を継ぐのに相応しい筋肉の持ち主だ」

「暴走機関車トミーだと? 全く知らんな」

 口を開いたことで十文字のスピードが落ちる。それに合わせて富竹のスピードも落ちる。

 2人のネイキッドが八王子を抜け神奈川県相模湖、そして山梨県方面へと向かって爆走を続ける。バスが追いついて窓が開き女学生たちが盛んに物を投げてくる。

 2人はまた速度を上げてバスを抜き去った。

「9月14日は僕の誕生日。暴走機関車トミーが世に生まれた記念日と思ってくれて構わない」

「だから知らんと言っておるであろう」

「10月3日はトミーの日。10月31日はトミィの日さ」

「だから知らんっ!」

 会話しながらも十文字はもう限界を迎えようとしている。対して富竹はまだネクタイを残している。ネクタイを外して完全なる裸になればもう100kmは速く走るに違いなかった。筋肉勝負では十文字の負けは明らかだった。

「君は今、大きな悩みを抱えているね。君の汗がそう語っている」

 十文字は答えない。富竹は十文字の時速200kmで飛び散る汗の1滴を指の先で掬ってみせた。

「なるほど。君はお兄ちゃんに義妹と認めてもらえなくて悩んでいるというわけか」

「何故わかるっ!?」

 驚愕の十文字。

「筋肉は嘘をつかない。そして筋肉から流れ出た汗もまた正直なのさ」

「汗にそのような特性が……」

 昔の偉い人は汗を舐めて嘘を吐いている味がすると言ってのけた。真の脳筋に掛かれば汗を通じて人間を読み取ることなど造作も無い。

「そして君の悩みは特別なものじゃない。妹が好きだから自ら妹になってしまう。10代の若者の誰もが通る道さ」

 富竹の話を聞いて十文字は心が穏やかになるのを感じた。

「…………お主、悪い奴ではなさそうだな」

 十文字は自分のやっていることに初めて理解を示してもらって少し感動していた。

「だが君は妹として最も肝心なものが欠けている。だからお兄ちゃんに妹として認めてもらえないんだ」

「俺が妹として欠けているもの? それは一体何だっ!?」

 妹として欠けている素養は何もない。そう思っていただけに富竹の話は十文字にはショックだった。そして聞かされることになった。己に足りていないものを。

「君に欠けているもの。それは…………お兄ちゃんを愛する心だよ」

「…………お兄ちゃんを……愛する心……」

 十文字は大きな大きな衝撃を受けた。考えたこともない、いや、考えないようにしていた内容だった。

「君の家事能力、気配りは妹として超一流の才能を持っているようだね」

「当然だ。優れていなければお兄ちゃんに愛される妹にはなれんのだからな」

「君の問題点はそこだよ」

「なっ、何っ!?」

 富竹に指摘されて激しく動揺する。

「妹とは優れた家事技能を持って兄をサポートする存在ではない。家事能力なんてどうでもいいんだ。お兄ちゃんを心の底から愛してこそ初めて本当の妹足りえるんだよっ!」

 富竹の言葉がナイフとなって十文字の胸に深く突き刺さる。

「お兄ちゃんを心から愛していない妹なんて、妹を騙るだけの何か別の存在だ。戸籍上の妹だ。そんな紛い物を世のお兄ちゃんたちが認めるはずがないんだっ!」

 富竹の熱い咆哮。

「そ、それでは、俺は……」

「お兄ちゃんを心から愛さない限り君は妹になれないし、妹とは決して認められないよ」

 十文字の速度が見る間に落ちていって、やがて足が止まった。

「……確かに俺はお兄ちゃんを心から愛しているわけじゃない。自分の筋肉が一番だから。俺は、筋肉を愛してしまっているから……」

 悔恨に満ちた十文字の自白。十文字はナルシストではない。だが、全身の筋肉たちへの愛情は並々ならぬものがあった。十文字にとって筋肉とは我が子も同然だった。

「確かに筋肉と妹は両立しにくい。世の中で流行っている妹キャラに筋肉まみれの子が少ないのを見てもそれは明らかだよ」

 富竹の声は優しくもあり厳しくもあった。

「君も選ばなければならないのかもしれない。筋肉か妹かを」

「…………俺にはお兄ちゃんの義妹になって結婚し、お兄ちゃんを十師族の一員に引き入れるという使命がある」

 十文字の声は苦渋に満ちていた。そこにはどちらも捨てられないという悲壮な葛藤が篭められていた。

「十師族……君は魔法師なのかい?」

「そうだ。俺は、魔法の名門十文字家の次期頭首だ」

 富竹は十文字を見た。メガネの奥の瞳が十文字を値踏みしている。

「君にとって魔法というのはそれほど重要なものなのかい?」

「何っ!?」

「君のその鍛え上げられた筋肉よりも魔法は大事なものなのかと聞いているんだよ」

「ヌッ!?」

 富竹に射竦められて十文字は1歩後ずさった。それでも必死に踏み止まる。

「十文字家は代々魔法師を家業としてきた。俺はその家の嫡男。魔法師として生きるは当然のこと」

「僕は家の事情を聞いているんじゃない。君は筋肉と魔法のどちらを大切に思っているのか尋ねているんだよ」

 富竹の鋭い眼光により十文字がまた1歩下がる。だが、十師族の中でも既に頭角を現してきている十文字がこのまま引くわけにはいかなかった。

「十師族にとって魔法は命と等しきものだっ!」

「なら、十師族を辞めれば魔法はどうでもいいってことじゃないのかい?」

「なあっ!?」

 幼い頃から魔法師のエリート教育を受け常にそのトップの地位を走ってきた十文字。その彼にとって魔法師であることを全否定されるのは初めてのことだった。

「僕は君が魔法師ではなくマ法師になるべきだと思っている」

「マ法師だとっ!? 貴様、俺にあの禁断の力を用いろと言うのかっ!?」

 十師族にとって禁忌である『マ法』の名を持ち出されて十文字は驚愕した。

「筋肉の力で全てを解決する。マ法のマはマッスルのマ。それが『マ法』の正体。筋肉を極限まで鍛え、全身の筋肉たちを愛しその全てを自在に操れるようになれば魔法に頼ることなんて何もなくなるよ」

 十文字の胸がドクッと大きな音を立てて高鳴った。だが、その胸の高鳴りを十文字は素直に受け入れるわけにはいかなかった。

「真のマ法師になれるのは天賦の才を持ったごく一部の者のみ。一流の魔法師を育てるより遥かに困難を極めるのだぞ」

 十師族が十師族足りえるのは、子々孫々にまでその魔法の才能を受け継がせることが可能であるから。魔法師養成のシステム化が成果を挙げているからとも言える。

 だが、マ法は違う。遺伝は次世代育成のためのキーポイントにはなりえない。次代の一流マ法師はどこに誕生するか予測できない。ゆえに少数の一族による寡頭独占体制は築けない。マ法師になるとは十文字家が一角を担っている現行制度の根本からの否定に他ならない。

「君が十文字家の次期頭首だとか僕にはどうでもいい。君は超一流のマ法師になれる筋肉と資質を持っている。だから僕は君を誘っているんだよ」

 十文字の心臓が激しく鼓動する。十文字家の嫡男としてこれまで立派に務めを果たしてきた。時が来れば十文字家の正式な頭首として振る舞い、十師族を頂点とする魔法師たちの安定と秩序を守っていく覚悟もできている。

 だがそれは、ある種の諦念とも呼べるべき状況からきたものでもあった。他の生き方を模索することに目を瞑ったからこそのこと。与えられた生き方をどう上手にこなすか。そればかり考えてきた。

 だが、富竹は真正面から魔法師以外の生き方を提案してきた。その勧誘は自分のこれまでの生き方を全否定する不快なものであり、同時に心躍るものでもあった。

「フン。下らん。俺には十文字家に代々伝わる攻守一体の大魔法ファランクスがある。マ法が俺のファランクスを超えられるとはとても思えん」

 十文字家の次期頭首という肩書。そしてその肩書以上の魔法師としての実力。マ法の才能があると言われても簡単に乗れるはずがない。

「それじゃあ君得意のファランクスとやらを駆使して、あの落下してくる飛行戦艦『デューカリオン』を何とかしてみせてくれたまえ」

 十文字は空を見上げた。

「なっ!?」

 質量数十万トンクラスの巨大戦艦が十文字たちのいる場所に向かって落下してきていた。

 空中戦艦は日本上空を飛行していたが、動力源であるアルドノア・ドライブが停止したために地上へと落下してきた。艦首を下げながらみるみる地上へと落ちてくる。

「あんな巨大なものファランクスの、いや、人間の力でどうにかできるものじゃないっ!」

 質量数十万トンの物体が高高度から地上に落ちてくる。その地面激突の衝撃でどれだけの被害が出るかわからない。十文字の目には十師族の全構成員の力を合わせてもどうにもならない事態にしか映らなかった。

「君はそんなにも素晴らしい筋肉を持っているのに、まだ己の筋肉たちを信じきってはいないようだね」

 富竹は唯一の衣類であったネクタイを外してみせた。富竹は完全なる裸(ら)、全裸となった。

「なら、見せてあげるよ。本当のマ法師の力というものをね」

 富竹はデューカリオンの落下予想地点に移動すると、腰を前方に突き出し上半身を反らした(読者サービス)。

「この世に筋肉の力で解決できない問題なんて存在しないっ!!」

 富竹の逞しい胸板にデューカリオンの艦首が接触する。

 そして──

「巨大戦艦を空に跳ね返しただとぉっ!?」

 デューカリオンは筋肉の壁による反射を受けて大空高く舞い戻っていった。そして、動力源が回復して通常航行へと変わっていったのだった。

「質量数十万トンの落下してくる戦艦の衝撃を胸と2本の脚で受けきったと言うのかっ!?」

 戦艦落下の際に発生した摩擦熱により小麦色の肌に焼けた富竹が振り返って白い歯を光らせた。

「この世に筋肉の力で解決できない問題はない。これがマ法師の力だよ」

 十文字の脚は震えていた。巨大戦艦落下の恐怖のせいかとはじめは思った。だが、そうでないことに気付く。恐怖で震えているのではない。これは、これは……。

「武者震いだとっ!? 俺の筋肉は、全身の筋肉たちはあのマ法師に共感していると言うのかっ!?」

 興奮による震えだった。それはすなわち、魔法よりもマ法を身体が欲しているということ。十文字家の嫡男としてあってはならない反応だった。

「君がマ法師になるのか。それとも魔法師のままでいるのか。今すぐ答えを出す必要はない。ゆっくり考えるがいいさ」

 富竹は背中を向けた。

「お兄ちゃんを愛して真の妹になるのかという問題と併せて考えてみるといいと思うよ。それじゃあ、僕は盗撮、いや、闘撮の仕事があるからこれで失礼するよ」

 富竹は筋肉を躍動させて尻をプルプル振動させながら帰っていった(読者サービス)。

「マ法……お兄ちゃんを愛する……か」

 とても難しい宿題を課せられた。

 十文字はそれを深く心に感じながら去りゆく富竹を見守っていた。

 

 

 

 午後8時過ぎ。結局富竹との競争で山梨県まで走っていた十文字はいつもより遅く帰宅した。

「今、帰ったぞ」

 挨拶の声を発してもいつものように誰も出て来ない。ちょっと寂しく思いながら台所へと向かう。全身の筋肉たちがタンパク質の補給を求めて訴えていた。

「あら、十文字くん。まだ生きてたの?」

 台所に入るなり真由美にとても冷たい声を掛けられた。視線もとても冷たい。

「遅くなるなら遅くなると連絡をください」

 深雪も怒り顔。いつにも増して風当たりが強い。

 もっと遅く、2人が寝静まった後に帰れば良かったと十文字は後悔した。

「2人とも夕飯をずっと我慢しているので気が立っているのですよ」

 ポーカーフェイスの達也が2人の少女が怒っている理由を説明してくれた。

「なんとっ!」

 よく見ればテーブルの上には手付かずの食事が4人分残っている。十文字は慌てて深雪と真由美の顔を見た。

「別に十文字変態のために食事を遅らせたわけではありません。お兄さまが召し上がらないのでわたしも食べなかっただけです」

「そうよ。この家の主は達也くんなんだから。達也くんが食べると言わない限り私たちが食べないのは当然のことでしょ」

 2人の少女は顔を赤く染めて見事なツンデレを披露した。

「お前たち……」 

 身体を震わせながら達也を見る。

「俺は、食事は家族全員一緒に行うべきだと思います。父や義母とは上手くいかない俺だからこそそう思うんです」

「…………家族」

 達也は目を閉じた。

「先輩は俺の義妹なのでしょう? なら、司波家の立派な家族ですよ」

 十文字の目頭が熱くなった。

「富竹よ。俺は本気でマ法師を目指すべきなのか、真の義妹を目指すべきなのか自分に問わねばならんようだ」

「富竹とは一体誰です?」

 達也の質問に十文字は誇らしげに答えた。

「地球を救ったマ法師で俺の強敵(とも)だ」

「…………俺の理解力ではよくわかりません」

 微かに眉にシワを寄せる達也を見ながら十文字は楽しげに笑った。

「そこの変態。お兄さまを笑うなんて失礼な真似をしてないでさっさと席についてください。夕食にしますよ」

「そうよ。達也くんに家族扱いされたからって調子に乗らないで。お姉さんなんか達也くんの妻としてこの家にいるんだから」

「七草先輩というテロリストはまた勝手なことをぉ~~~~っ!!」

「ふむ。実に愉快実に愉快だぞっ」

 その日の夕飯はいつもより騒々しく、そして十文字にとって楽しい物となった。

 

 了

 

 

 

 

 


 
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