31、貧乳哀話
「黙れ、貧乳。」
事務所の中は一瞬凍りついた。
紀美が遂に言ってはいけない事を口走ってしまった。
「ばかっ、くそばばぁー。」
美猫は罵声を残して泣きながら外へ出ってしまった。
雅は厄介なことになったと美猫を追って外へ出てってしまった。
「えっ、私が悪いの?」
残された紀美は周りを見渡した。
さすがの春樹も目を逸らしてしまった。
人気のない亜人街の小さな公園で美猫は泣いていた。
やっと追いついた雅が美猫の様子を見て少し落ち着くのを待って涙を拭いて頭撫でながら
優しく慰めた。
「ネコはまだ成長期なんだから気にすることはないよ。」
「妖子ちゃんがネコのスレンダーなボディラインが綺麗で羨ましいって。」
「みやちゃん~。」
美猫は雅に抱き着いてわんわん泣き出した。
雅は美猫の自慢の黒髪を手で梳くように撫でて気持ちを落ち着かせていた。
翌朝、雅は昨夜はよく眠れなかったらしく泣き腫らした目をした美猫に今日は仕事を
休んで一緒にどこかへ遊びに行こうと誘った。
雅は美猫の肩を抱くようにエスコートして東の繁華街の大きな展望台のある高層ビルに
連れて行った。
展望台にある喫茶店で苺パフェを頼み美猫に勧めた。
好物の苺のデザートだったが美猫の反応はいまいちであったので相当重症だと思い、
次の手を打つことにした。
若い女性向けの高級ブティックに美猫を連れて行きスレンダーな体形しか似合わない様な
可愛い感じのワンピースを勧めて試着させてみた。
美猫はいつもの自分とは違う少し大人っぽいけど可愛い自分を見て驚いていた。
「ネコ、気に入ったか。」
「うん、なんかいつもの自分じゃないみたいでちょっと恥ずかしい。」
雅は美猫のために買いもとめた。
「いつも、古着じゃ年頃の娘の保護者失格だからな。」
「みやちゃんはどうしていつも私に似合う服を買ってくることができるの。」
「ネコに似合いそうな服を選んでネコが実際に着ているところを思い浮かべて買うんだ。」
「みやちゃんはいつもあたしのこと思い浮かべることができるんだ。」
やっと美猫にすこし笑顔が戻った。
「みやちゃん、帰ろう、しばらく2人きりになりたい。」
雅の部屋に戻ると2人はソファーに座った。
美猫は雅の肩に寄り掛かり甘えてきた。
雅は黙って美猫の髪をなでて、美猫の言葉を待っていた。
「みやちゃん、あたしって子供っぽいかな。」
「そんなことはないと思うよ、年齢相応の女の子だよ」
「むしろ精神年齢は僕の方が子供かもしれない。」
「でもみやちゃんは子供というより純粋って感じじゃないかな。」
「ネコも純粋って感じでは引けを取らないよ」
「みやちゃん、あたし達って似たもの同志なのかなぁ。」
「そうかもしれないなぁ。」
しばらく、2人共黙ってお互い次の言葉を待っているようだった。
美猫が口火を切る様に、
「あたし、みやちゃんの・・」
その時衝立が倒れ、上に銀が乗っていた。
「いたあ。」
「お呼びでない、失礼しました。」
慌てて、銀は雅の部屋から出て行った。
「銀ねぇ~。」
折角の雰囲気をぶち壊しにされ美猫は激怒した。
「銀さん、いったい何がしたいんだろう。」
雅は銀の行動が理解できなかった。
しかし、完全にいつも通りの美猫に戻ったことを確認した雅は。
「ネコ、夕飯何がいい、お前の好きなものを作るけど。」
「チキンライス玉葱抜き。」
元気よくいつもの美猫だった。
安全な所まで逃げてきた銀は息を弾ませながら、
「危ない所だった、あの雰囲気だと雅さん陥落して美猫大金星ってことになる所
だったわ、まだ、あの子に雅さんを譲る決心がついていないのに。」
32、銀の尻尾
猫又はある年齢を超えると尻尾が2つに分かれ自在に変化できるようになる。
純粋な猫又でも年齢75歳の大和龍之介は人型、半人半猫型、猫型はそれぞれ
固定で自由自在に変化できなかった。
当然尻尾は1本だった。
銀は人型、半人半猫型は固定の様だったが実際他の姿に変化しないので不明だった。
さらに猫型はまだ他人に見せてはいなかった。
尻尾も見せなかった。
銀の年齢は公式の25才を疑う命知らずはいなかった。
わずかにさつきと源さんのみが正確な年齢を知っているが。さつきは命が惜しいので
全く知らない振りをしていたので源さんのみが知っていたが口走るたびに銀に口を封じ
らえるため、実際には誰にも知られなかった。
美猫は銀との正しい続柄では伯母にあたるが伯母さんなどと呼ばず、銀ねぇで通していた。
美猫は自分の母親より銀の方が当然年上であることは知っていたが銀が歳のことを
聞かれるのを嫌がっていることを知っているため、あえて追求しなかった。
あるとき、雅は半人半猫型の猫又の美猫の尻尾が1本だったのは知っていたが銀の
半人半猫型の猫又の尻尾はどうだったか覚えていなかったことを思いだした。
美猫の様にしょっちゅう猫又に変化するわけでもないし、銀が猫又に変化した時は着物で
尻尾は見えていなかったような気がした。
まさか本人に聞くわけにはいかなかったし、猫又に変化して尻尾を見せてもらう訳にも
いかなかった。
しばらくして、居酒屋銀猫の座敷で銀と2人でお酒を飲んでいた。
この間は、美猫に邪魔されたから今度は2人水入らずで飲みたいと
銀から誘われたのだった。
銀は猫又に変化していたが清楚に着物をきちんと着て全く隙がなかった。
この時、雅は銀の尻尾のことをすっかり忘れて銀との話に夢中になっていた。
銀もせっかくの雅との楽しい時間少しでも長く楽しもうと悪戯など仕掛ける気など
全く無かった。
さらに美猫対策に妖子を待機させて置くほどの用心深さだった。
そこへやはり美猫がお腹を空かせて居酒屋銀猫へやって来たが妖子に誘導されカウンター
で好物のチキンライス玉葱抜きに舌鼓を打っていた。デザートの苺パフェまで出てきて
大満足で妖子との会話を楽しんでいた。
とここまでは銀の目論見通りだった。
ここにきてとんでもないゲスト、提灯屋の源さんがやって来た。
空気を読まない源さんはいきなり座敷の襖を開けた。
美猫が座敷に雅が居るのに気が付き、
当初の目的である雅のもとにやって来て猫又になって抱き着いた。
銀はついどこから持ってきたかわからないマンホールの蓋で源さんを殴った。
ここで雅は銀の尻尾のことを思い出してしまった。
雅は、銀の着物の裾が乱れ根元から2又に分かれた2本の尻尾を見てしまった。
銀は雅に尻尾を見られたことに気が付き顔を真っ赤にして座り込んでしまった。
雅は銀が泣き出しそうな様子だったので見なかったふりをして銀に優しく声を掛けた。
「源さんだって悪気があったわけじゃないんだから、少し落ち着いてください。」
「僕も銀さんも見られちゃまずいことは何もしてないしただ2人でお酒を飲んでいた
だけじゃないですか。」
美猫はなぜ銀が泣き出しそうになっているのかわからなかったが銀を慰めようとして、
「銀ねぇ、今日も3人一緒にここに布団を敷いて寝ようよ。」
「うん。」
銀はもうヤケクソになっていたがせっかくの美猫の提案を受け入れて実をとることにした。
雅は拒否権はないと諦めて、猫又2人の間に挟まれて寝ることになった。
翌朝、雅は多少の銀の悪戯は覚悟していたが何も仕掛けられて無いのでホッとした。
銀の寝顔を眺めて、改めてその美しさを実感して顔を赤らめた。
銀が目をさまし雅が自分の寝顔を眺めて顔を赤らめているのを見て、
「雅さんのエッチ。」
「ごめんなさい、あまり綺麗だったんでつい見とれてしまったんです。」
銀は雅を捕まえるように抱き着き喉をごろごろ鳴らして頬ずりをして、
「雅さん猫族の挨拶って知っています。」
「いえ、」
「こうするんです。」
銀が雅に口づけする寸前、
「みやちゃん、お腹空いたよ、チキンライス玉葱抜き早く作って。」
美猫が銀から雅を引き剥がして乱暴に起こした。
銀から解放された雅がそそくさと調理場に向かうと
「み~ね~こ~あんた私に何か恨みでもあるの。」
銀はいい所を邪魔され威嚇するように怒った。
「だってお腹空いたんだからしょうがないじゃない。」
美猫は悪びれずに言った。
「大体銀ねぇも朝っぱらからどさくさまぎれに悪戯しようなんて、
みやちゃんも困っていたよ。」
美猫にそう責められると返す言葉のない銀だった、
雅がお茶とチキンライス玉葱抜きを持って戻ってきた。
チキンライス玉葱抜きを美猫の前の美猫専用テーブルの前に置くと
銀と自分の分のお茶をテーブルの上に置いた。
得意満面でチキンライスを頬張る美猫と対照的に拗ねたようにお茶を啜る銀。
雅は銀を慰めるように、
「昨日は猫又になって頂いたおかげでふかふかでよく眠れましたよ、今朝は銀さんの
綺麗な寝顔も拝見できて嬉しかったです、又こういう機会があるといいですね。」
銀は顔を真っ赤にして照れながら、
「雅さん約束ですよ、また一緒に寝て下さいね。」
雅の手をギュッと握った。
33、黒衣のデミバンパイア
黒魔術使いのデミバンパイアの存在は人間及び亜人にとって脅威であった。
彼等の内特に高位のデミバンパイアは真祖バンパイアの支配下から逃れ自ら
食物連鎖の頂点の座に就こうと企んでいた。この反逆行為に対し真祖バンパイア
は人間及び亜人たちに黒魔術使いのデミバンパイアを退治する新たな武器を与え
自らのデミバンパイアへの支配権を守り、直接の被害を受ける人間及び亜人に
対抗手段を与えることにした。
真祖バンパイア自身に危険の及ばない程度で高位のデミバンパイアにとって脅威になる
デミバンパイアの全ての魔力の無効化、黒魔術に対する対抗魔術を持った魔術武器を
英国政府を通して全世界に供給した。これは黒魔術使いの高位デミバンパイアの支配下の
ライカンスロープを自由にし、ゾンビを活動停止させる魔力も持っていた。
政府直属の滅殺機関は早速導入を開始し、ついで警視庁保安局亜人対策課が導入を
決定した。滅殺機関に次いで2番目ということで他の政府機関は警視庁に導入検討の
ための見学研修を行い魔術武器の導入の検討を始めた。
この素早い決定に警視庁保安局亜人対策課の島田課長の名声が上がり、警視庁内の評価
も当然高かった。
実際には、大和警部補を中心としたプロジェクトチームと四方野井雅と
アシスタントの竜造寺美猫の働きが大きかったのだが。
魔術武器は大きく3種、特殊な44口径改造自動拳銃に装填して使う魔弾、
護符などを無力化して相手を倒すことができる魔剣、
非力な者でも使用可能な急所に打ち込むことで相手を仕留める魔矢を打つボウガン、
であった。
「あっ、やっさん、やっさん。」
能天気な感じでご機嫌な島田課長が嬉しそうに大和警部補を呼び止めた。
「なんですか課長。」
相変わらず不機嫌な様子で大和警部補は返事をした。
「いやぁーやっさんのおかげで警視総監に呼ばれてお褒めの言葉をもらったよ。」
「いやぁーほんとほんとありがとう。」
島田課長は大和警部補と固く握手して全身で喜びを表現していた。
どうやら、島田課長の円形脱毛症は治癒したようだった。
「元はと言えば、課長が四方野井雅君を警視庁保安局亜人対策課に招聘したから
滅殺機関に引けを取らないようなデミバンパイアの検挙、抹殺が可能になったんです。」
「もっとご自分の実力を評価してもいいと思いますよ。」
大和警部補は雅の助けが無ければ今の警視庁保安局亜人対策課は無かったと
思っていたのでその決定をした島田課長を改めて見直していた。
「実はやっさん、今だから白状するが四方野井君の件は
警視総監のお声掛かりだったんだよ。」
「滅殺機関を出し抜いて彼を警視庁保安局亜人対策課に招聘せよという
秘密指令があったんだ。」
「でも、ちゃんと結果を出したのは課長です、もっと自信を持って下さい。」
「いやぁ~実際結果を出したのはやっさんと四方野井君だからなぁ~。」
あくまで謙虚な島田課長であった、それだけ嬉しかったのである。
さて魔術武器の振り分けは魔弾は44口径改造自動拳銃に装填して
2丁または4丁を雅が持ち、残り1丁を大和警部補が持つことになった。
魔矢を装填したボウガンは他の課員全員が標準装備した。
魔剣は美猫の装備となった
雅の日輪の十字架は雅の私用の武器として温存して、美猫の聖別された銀のナイフは
私用の武器として適宜使用ということになった。
武装自体は強化されたが運用自体は魔術武器導入前と同じで
昼間の内にデミバンパイアの寝床を突き止め襲撃し
拘束及び抹殺することで課員の安全を優先させた。
しばらくの間は大和警部補と雅、美猫の3人が鉄の情報協力で
黒魔術師のデミバンパイアに対抗することにした。
鉄は黒魔術師が数字にこだわりを持って儀式を行ったり、方位に一定の法則があったりと
ある程度黒魔術師デミバンパイアの動きを先に予想して寝床を特定して、緊急の時は
儀式に見立てた犯罪の起こりそうな現場を予想して雅たちに連絡した。
「どうやら前回の奴は13という数字を見立てて儀式殺人を行っているようだな、
12人を襲っている方はまだ儀式殺人を行う可能性があるなあ、吸血殺人の被害者の
出た現場を線でつないでいくと2つの六芒星ができる、その中心にある廃屋が怪しい。」
鉄は昼間の日の高いうちに廃屋の周りを調査して驚いた。強い魔力が廃屋の周りの地中
から感じられた。鉄は廃屋の周りの足跡が注意深く消されていることに気づいた。
使い魔による監視も感じられ注意して廃屋から離れ観察してみた。
「余程、用心深い奴のようだこの廃屋の図面を何とかして手に入れるか。」
鉄は役所に残された建築許可が下りた当時の建物図面を手に入れ外観から
改築が行われている部分を推定して現在の予想図面を仕上げて、
これまでの経緯を雅に報告した。
雅は相当高位のデミバンパイアが弟子あるいは眷属を使って潜んでいると思い、作戦を
立て、抹殺前提で遂行することにした。
建物自体を爆破破壊して昼間の強い太陽を浴びせて動きを止め一気に全て仕留めること
にした。
建物の破壊は大和警部補と美猫が担当し滅殺機関から大口径の無音ロケット砲を借り
徹甲弾、炸裂弾、焼夷弾の順で打ち込むことになった。
雅は44口径改造自動拳銃を4丁に魔弾を込め、黒衣のデミバンパイアを叩くことに
した。
いざという時のため日輪の十字架を背中にしょって止めを刺すことも考えていた。
大和警部補は愛用の中銃身の357マグナムと魔矢を装備したボウガンと
44口径改造自動拳銃1丁で武装し弟子あるいは眷属に対処することになった。
美猫は魔剣で武装するがあくまで安全な場所に一時退避して
手負いの仕留め損ないに止めを刺すことになった。
快晴の空の下、大口径の無音ロケット砲から徹甲弾、炸裂弾、焼夷弾
が発射され廃屋が木端微塵になり火柱が上がった。
炎の中から突然強い日光に晒され慌てふためいた4人の黒衣のデミバンパイア達
が出てきた。
雅は44口径改造自動拳銃から魔弾を1発ずつ撃ち込んだ。
4人の黒衣のデミバンパイア達は指先から塵に変わっていった
さらに護符を身に着けた黒衣の魔術師の高位デミバンパイアと対峙した。
雅は10発の魔弾を打ち込みダメージを与えてから日輪の十字架で串刺しにした。
黒衣の魔術師を串刺しにした日輪の十字架の大日如来の梵字が眩しく閃き黒衣の魔術師
は指先から塵に変わっていった。
大和警部補は魔矢を装備したボウガンで黒衣の魔術師の眷属のブラウンジェンキンを
殲滅した。
他に使役されていたのはゾンビのみで黒衣の魔術師が滅びると同時に土に還った。
他の課員たち全員が魔矢を装備したボウガンを持って慎重に現場の検証を行い、
地下室の魔術書などを押収した。
運よく被害者は居なかったが放置すれば被害者がさらに12人増える勘定だった。
美猫はウサギに化けて逃げようとした化けネズミを見つけ魔剣で切り捨てた。
ブラウンジェンキンだった。
美猫は雅に報告しブラウンジェンキンが黒衣の魔術師同士の
通信手段として使われていたようだった。
前回退治した黒衣の魔術師の情報が今回退治した黒衣の魔術師に筒抜けだったようで
それで儀式殺人を一時的に中止して、ほとぼりの冷めたころに
再開つもりだったようだった。
さらに44口径改造自動拳銃の通常弾に対する耐性、黒衣の魔術師の魔弾に対する耐性
など黒魔術を使う高位のデミバンパイア同志は独自のネットワークを通じて対抗手段を
講じている様だった。
今回の事件で得た情報は全て滅殺機関に伝え、黒衣の魔術師のネットワークをバラバラに
切り離す策が必要であることを黒衣の魔術師に苦戦しているエリカに伝えた。
34、妖子の変化
化け狐の妖子は相変わらず変化が苦手だった。
調子の良い時は半人半狐の姿に変化できたが特に体力の強化は出来無かった。
友人になったさつきからは少しずつリハビリの様に変化をすればいいから、
焦る必要はないと励ましてくれるのだが、さつき自身魔眼が不安定らしいが
普段魔力を全く使わずに生活していて不便を感じていなかった。
妖子も実際日常生活で変化を必要とすることが無かった。
朝、車を運転して魚市場,青果市場で料理の材料を仕入れ、店に戻って少し休憩
の後、料理の下ごしらえをし、店の開店と同時に調理をするのが妖子の日々の生活
であった。
銀から調理場の全てを任され魔窟居酒屋銀猫の料理は妖子の双肩に掛かっていた。
仕事が暇なときは美猫向けの料理の研鑽に余念が無かった。
妖子が来る前は銀が簡単なおつまみなどを作っていた。
当然、料理にも一服盛ったりして悪戯には事欠かなかった。
フグの毒を加減して残したりとかかなり物騒な悪戯もあった。
妖子が料理の下ごしらえをしていると銀がやって来た。
「妖子ちゃんそれが終わったら、ちょっと私の所へ来てくれる。」
妖子が銀の元に行くと銀は静かに薬を調合していた。
妖子が来たことに気が付くと作業を止めて静かに話しかけた。
「妖子ちゃん変化のイメージをちょっと勉強していかない。」
銀は妖子の前に座り、手を繋ぎお互いの額をくっ付けて銀が浮かべたイメージを
妖子の頭の中に送り込んだ。
「はい、これでいいわ。」
「妖子ちゃん、変化してごらんなさい。」
銀は妖子に変化を促した。
妖子は半人半狐に変化した。
今までで一番早く変化できた。
「ちょっと外に出てみましょうか。」
銀は亜人街の小さな公園に妖子を連れてきた。
「妖子ちゃん、思い切り飛び跳ねてごらんなさい。」
妖子は思い切り飛び跳ねてみた。
今までと違い体が軽く感じられ人型の時とはまるで違う運動神経が備わっていた。
妖子は思い切り体を動かし辺りを走り回ってみた。
「銀さん、体が軽いです、何か違う生き物になったみたいです。」
妖子はライカンスロープの体の持つポテンシャルを取り戻した。
妖子はしばらく飛び跳ねていたが自分の体の持つ能力を確認すると
銀のそばに戻ってきて深くお辞儀をした。
「銀さん、おかげさまで本当の自分の能力を取り戻しました。」
銀は微笑みながら、
「あなたの本当の力はこんなものではないわ。」
「今の自分の尻尾を見てごらんなさい。」
妖子は自分の尻尾がやけにふさふさしているので、よく見てみると三本に分かれていた。
「銀さん私の尻尾って。」
「これからもっと修行を積んで高位の化け狐になれば9本になって、
変幻自在になれるのよ。」
「私って、いったいどうなっちゃうでしょうか。」
「どうもしないわ、今まで通りの妖子ちゃん。」
「変化は使えることに越したことはないけど使わないで
普通に過ごすことも大事なことよ。」
「銀さんありがとうございます。これからは自分でも変化の修業をしてみます。」
妖子は今日もいつもの様に調理場の仕事をしていた。
今晩の料理の下ごしらえをしていた。
注意深く取り出したトラフグの内臓、特に卵巣と肝臓は猛毒なので
気を付けなければならなかった。
作業が終わってホッとしていると銀がやって来てこれコレクションにするから頂戴
といってトラフグの卵巣と肝臓を持って行ったが気が付かない振りをした。
妖子はトラフグの身を薄造りにしていった。
35、エクスタミネーター事務所奇譚
民間のエクスタミネーター事務所同志の組合のようなものがあってお互いの情報交換
等を目的としていたが実際には事務所同志仲が悪く、また所属するエクスタミネーター
の引き抜きや、また右京門陸軍中将の依頼を受けテロリストとして活動して、密かに
世間から葬られたものなど抗争の種は尽きなかった。
この組合に滅殺機関や警視庁保安局亜人対策課など政府関係機関も参加していた。
高田春樹事務所は国内では滅殺機関以外に唯一国際S級エクスタミネーターを
擁していたので他の民間事務所からやっかみを受けていたが滅殺機関や
警視庁保安局亜人対策課と友好的な関係であったため、
表立って嫌がらせなどは受けなかった。
国内唯一の民間の国際S級エクスタミネーター四方野井雅の引き抜きを考える事務所も
ないわけではなかったが、滅殺機関や警視庁保安局亜人対策課が支払っている報酬を
ほぼそのまま四方野井雅に支払っている高田春樹事務所以上の優遇は出来ないため、
実際には不可能であった。
高田春樹事務所の運営費は四方野井雅の所得の経費で充分賄われいた。
損得抜きで国内唯一の民間の国際S級エクスタミネーター四方野井雅を
引き抜き事務所の看板として使いたいと思っている大手民間エクスタミネーター事務所があった。
政府高官との太いパイプを持ち滅殺機関や警視庁保安局亜人対策課と対抗している
他の政府関係機関例えば、陸軍諜報部等と友好関係にあった。
右京門陸軍中将の事件にも絡んでいたがうまくもみ消し巻き込まれなかった。
しかし、最近の黒魔術使いのデミバンパイアには配下の国際A級エクスタミネーターでは
全く役立たずで当然仕事の依頼にも影が差していた。
最新の英国から供給された魔術兵器は滅殺機関や警視庁保安局亜人対策課が積極的に導入
してそのノウハウも提供されていたからなおさらであった。
何とか四方野井雅と接触しどんな卑怯な汚い手を使っても引き抜こうとしていた。
その方法は四方野井雅の最も嫌うことであったのだが欲に目のくらんだ
彼らにはわかるはずもなかった。
彼らはとにかく四方野井雅と接触する方法を探っていた。
しかし、それは実に自殺行為で塗仏の鉄の情報網に引っ掛かり、
彼の仲間の手で再起不能にされることになるとは夢にも考えていなかった。
鉄は銀と源さんを招集して作戦会議を開いていた。
鉄が2人を選んだのはバンパイアと比べて低く見られがちな高位のライカンスロープの
実力を示すのにもいい機会かと思ったからである。
銀が源さんにちょうどいいあばら家を見繕ってもらいそこで
某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちを誘き出してお仕置きすることになった。
「さて、どういう目にあわせましょうか。」
銀が邪悪な笑みをたたえて楽しそうにお仕置きを考えていた。
「とりあえず、業界から撤退を考えるぐらいのダメージを与えてやらないと
あいつら懲りずにまた仕掛けてくるからとりあえず再起不能前提でおねがいします。」
鉄は銀に殺さない程度に徹底的に叩き潰すことを奨めていた。
銀はまず源さんに素面に戻ってもらうことにした。
源さんは素面に戻り、変幻自在の怖い化け狸の本性を出して不敵な笑みを浮かべていた。
源さんの幻術であばら家が立派な料亭に化けて普通の人間には
全くわからない状態になった。
某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちを全く別人の料亭の年増の女将に化けた
銀が案内して、奥座敷に誘い込んだ。
「四方野井さんの方から会ってくれるなんてなんて好都合なんだ、
今晩はどんな手を使っても我が事務所への移籍を承諾させるぞ。」
某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちの前にビールのような液体の入った
大ジョッキが運ばれてきた
続いて白子のから揚げのような料理が運ばれてきた。
銀は抑揚のない別人の声で、
「今、四方野井さんがいらっしゃいますから、とりあえずみなさん
先に飲んでいてください。」
「すみません、女将さん、じゃ我々だけで先にやっていますよ。」
ビールのような液体はあまりにも口当たりがいいためどんどんお代わりしていた。
無表情の年増の女将はどんどんジョッキにビールのような液体を注いでいった。
某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちはかなり飲んだようだったが
全く酔った気がしなかった。
やがて、恐ろしく顔色の悪い貧相な青年が現れた。
「本日は僕のためにわざわざご足労頂きありがとうございます。」
某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちは平伏して
雅らしき青年を上座に座らせた。
「まぁ、とにかく飲んで下さいよ、話はそれから聞きますから。」
雅らしき青年は某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちに
ビールのような液体をしきりに勧めた。
某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちは勧められる儘
にビールのような液体を飲んでいた。
雅らしき青年は抑揚のない声で某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちに、
「僕と契約するならあなたたちがやって来た仕事を
包み隠さずここで話して下さい。」
「僕はあなたたちの仕事が知りたいんだ。」
某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちは契約が取れると思い気持ちが
軽くなって今までにやって来た悪事を暴露していった。
しかし何回も何回も繰り返す様に自分たちの悪事を暴露していた。
大和警部補は困惑していた
某大手民間エクスタミネーター事務所の幹部たちが夢見がちに堂々と往来で
自分たちの悪事を暴露していた。
それも立件できるような悪事とその証拠をべらべらと暴露しているのであった。
証拠を固めて立件できるかを確認した上で某大手民間エクスタミネーター事務所の
幹部たちを正気に戻るかどうか別にしてとりあえず病院で治療してみることにした。
「という奇妙な事件があったんだよ、みやちゃん。」
大和警部補は雅に事件について詳しく話した。
「何か強力な自白剤でも飲んだんでしょうか。」
「今まで、影で散々悪いことをやって来た奴らがわざわざ社会的に
自殺するようなことをするもんでしょうか。」
「天網恢恢疎にして漏らさずとはよく言ったものじゃな。」
いつの間にか現れた提灯屋の源さんが人懐っこい笑みを浮かべていた。
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34、妖子の変化
35、エクスタミネーター事務所奇譚
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