No.718056

黒外史  第十四話

雷起さん

一刀vs劉虞 遂に開幕です!


まるで関係ない話ですが
「妖怪ウ○ッチ」

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2014-09-16 13:53:14 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2273   閲覧ユーザー数:1918

 

 

黒外史  第十四話

 

 

「孫堅さん!抜け駆けだなんてして、この連合の結束を乱した責任をどう取るおつもりですのっ!?」

 

 長い金髪縦ロールを振り回して喚き散らす袁紹を、孫堅は鼻を掘じって眺めていた。

 一刀との邂逅を終えて自陣に戻った孫堅を待っていたのは、追いついた反北郷連合の面々だった。

 

「きいいいいいいいっ!わたくしの話を真面目にお聞きなさいっ!」

 

 詰め寄ってきた袁紹に孫堅は眉を顰める。

 孫堅は袁紹を『着飾った猿』程度にしか見ていないが、振り回す金髪縦ロールが鬱陶しく顔に当たるのでムカついた。

 

「酸棗で下らねえ井戸端会議なんかしてるからだろうがっ!」

 

 まさか突然キレると思って無かった喬玄は、孫堅を制止するのが遅れてしまった。

 

「い、井戸端会議ですってっ!?南方の田舎者には都流の洗練された軍議という物が理解できませんのね!」

 

「軍議なんざ馬で移動しながらでも出来んだろ!天幕の中で茶を飲んでバカっぽく高笑いすんのが軍議かよっ!!」

 

 頭に血が上って凄まじい殺気を噴き出す孫堅に対し、袁紹は歯を剥き出して睨み返した。

 袁紹が孫堅に匹敵している訳ではない。

 袁紹に相手の殺気を感じる神経が無いのだ。

 

「孫堅様!落ち着いて下さい!」

「袁紹様!いけません!斗詩!猪々子!麗羽様を押さえなさい!」

 

 喬玄と田豊が間に割って入り、二人を引き離した。

 黄蓋と程普が孫堅の前に出て喬玄に加勢し、顔良と文醜も袁紹の腕を掴んで引っ張る。

 孫呉側は連合内の立場をこれ以上悪くしない為だが、袁家側は袁紹が殺されると思い本気で慌てていた。

 距離を取っても睨み合う孫堅と袁紹の間を劉虞が静かに遮る。

 

「孫堅殿、貴方の武勇は聞き及んでいます。貴方から見れば私のやり方は消極的と映るかも知れませんが、少しでも被害を少なくする為の努力を将が怠れば、失うのは兵の命とその家族の未来です。」

 

 孫堅は劉虞に対しても鋭い視線で睨む。

 

「孫堅殿の武勇はこの連合にとって必ず要となります。どうか無駄に兵を損なう行動は止めてください。」

 

 喬玄は劉虞がこうして穏便に解決しようとしている内に、孫堅が機嫌を直してくれる事を願った。

 袁紹相手ならまだしも、劉虞は総大将だ。

 これ以上は孫堅軍が連合の中の敵と見做されてしまう。

 喬玄が集まっている諸侯を素早く見渡せば、不快感以上に敵意の混じった視線を向ける者が少なからず居た。

 しかし諸侯の中から一人、静かな顔で前に出る者が居る。

 

「劉虞様。孫堅殿がしたのは一騎打ちのみ。これは兵を損なわない最良の選択だったのではありませんか?」

 

 それは曹操だった。

 穏やかな口調と和やかな顔で劉虞に語り掛け、続いて孫堅に一礼する。

 

「孫堅殿は抜け駆けをされましたが、自ら先陣を切って敵軍の力量を見定めてくれたとも取れます。ここはひとつ、その武勲で抜け駆けの罪を帳消しとしては如何でしょう。」

 

 曹操は劉虞ひとりではなく、諸侯に問い掛ける様に語った。

 これにより諸侯の中に自軍を損なう事無く情報を入手出来るという思いが芽生えた。

 

「曹操殿の言う事は理に適っていますね。では孫堅殿、貴方から見た北郷軍の将の力量を軍議で諸侯に語って下さい。それを元に明日の汜水関攻撃の策を練りましょう。」

 

 孫堅は先程とは変わって冷静な目をしていた。

 但し、和やかさは微塵も感じられない、獲物を見定める虎の目だった。

 その視線の先に居るのは曹操。

 曹操もその視線を真っ向から受け、そして笑って見せた。

 

「軍議、軍議か!しゃあねえ、俺が戦った将の話を聞かせてやるよ!」

 

 孫堅は曹操から視線を外し、いかにも不満そうな態度を取り、場の緊張した空気を霧散させる。

 

「では早速天幕へ移りましょう。」

 

 劉虞の言葉を受けて諸侯は移動を始めた。

 天幕へ向かう途中、喬玄は孫堅から離れ曹操へ声を掛けた。

 

「ありがとうございます、曹操殿。我が主君と我が軍がこの連合内での敵とならずに済みました。」

 

「喬玄殿。貴方程の方が主君と認めた孫堅殿。この様な所で下らない死に方をされても面白く無いわ。」

 

 曹操は喬玄の過去の経歴を知っていた。

 喬玄、字は公祖といい、かつては十一代皇帝の桓帝に仕えていた。

 度遼将軍に任命され、高句麗の反乱を征し、その後の任期中三年間は高句麗を見事に恭順させた経歴を持つ。

 任期を終えた後は生まれ故郷の豫州梁国睢陽県で県長を務めた。

 その時に孫堅と知り合い、彼の人柄と武力に惚れ込み、己が主と認め臣下となって働いている。

 

「曹操殿…………この老いぼれからひとつご忠告申し上げる。」

 

「ほう?」

 

「陳留を治める手腕は正に能臣だが、黄巾の乱での行いは奸雄のそれ。私が孫堅様に出会う前であれば、曹操殿を主と呼ぶ事も有ったやも知れませぬ。」

 

「奸雄と呼ぶ相手に仕えるのか。」

 

 曹操殿は実に楽しそうに応えた。

 

「ですが、私は孫堅様にお仕えしておる。孫堅様に謀を企てるならば、この喬玄公祖、全力を以て阻止して見せましょう。」

 

「くくく……はーっはっはっ♪素晴らしいわ、喬公祖♪その忠義こそ私が求める物!ならば私は、いずれその忠義ごと貴方を手に入れて見せましょう♪」

 

 この時、喬玄は曹操が何を考えているのかを確信した。

 

「曹操殿は南の猛虎を手懐られるとお思いか…………」

 

「私は欲しいと思った物は手に入れなければ気が済まないの。南の虎も天の龍も、共に手に入れるわ♪」

 

 南の虎は孫堅。天の龍とは一刀の事である。

 

「………どうやら余計な忠告だった様ですな。」

 

 喬玄は自分の生まれた時代が早すぎたと悔やんだ。

 目の前に居る曹操。主と認めた孫堅。先程間近で見た北郷一刀と董卓。

 ひとりの武人として闘ってみたいと思いはすれど、年老いた体では満足に相手は出来ないと痛感もする。

 悔し紛れに曹操へもう一言付け加えた

 

「明日の戦では正に龍虎相搏ち、共倒れするかも知れませんぞ。」

 

「明日は、その心配は無用よ。」

 

 喬玄が曹操のこの言葉の意味を知ったのは軍議の時だった。

 

 

 

 

 間も無く日が沈み、夜の帳が降りようという頃、汜水関に孔明が到着した。

 

「何でお前がもう到着してんだよ。」

 

 一刀は憮然と孔明を睨んだ。

 

「思いの外、洛陽の軍編成が早々に終わりまして♪」

 

 相変わらずのクリーム色のスーツを着て、羽毛扇で口元を隠しながら、いかにも何か企んでますという流し目で、孔明は一刀を見る。

 

「そうかそうか。別にお前がひとりだけ洛陽に残っていても良かったんだがな…………それはそれで嫌な予感がするな……………くそめんどくせぇ!」

 

「まあまあ、ご主君。若い内から悩み過ぎると禿げますよ。」

 

「お前が悩みの原因だよっ!!禿げたらお前の所為だっ!!」

 

「丸坊主のご主君…………マヂウケルwww」

 

 目を細めてクスクス笑う孔明から目を逸らし、一刀は左に立つ張遼に感情を殺した顔を向けた。

 

「なあ、張遼。こいつを城壁から突き落として来たいんだが。」

 

「朱里の場を和まそうっちゅう冗談や♪気にしたらあかんて♪」

 

 現在の汜水関は微妙な空気に包まれていた。

 張遼と華雄の二人が孫堅ひとりに翻弄され、一刀と董卓も結果だけ見れば一合も剣を交えず戻っている。

 何より遠目にもその存在を誇示していた孫堅の逸物が兵の士気を著しく低下させていた。

 孫堅に負けて気落ちしていた張遼にいつもの調子が戻っている事から、孔明がこの空気を払拭する為に自分をからかった様に他人の目には映ったのなら、一刀も一歩引いて認めざるを得ない。

 

「しょうがない……………今日の所はお前の思惑に乗ってやる。」

 

 再び孔明を睨んでから、一刀は軍議の席へ乱暴に座った。

 

「はっはっは♪それでこそ私の認めたご主君です。」

 

「お世辞はいい。それよりも明日の戦いなんだが、俺は孫堅と一騎打ちの再戦をするから、それを踏まえた作戦を考えてくれ。」

 

 一刀の発言を聞いて、孔明は目を開いて驚いた。

 

「ご主君がまた自ら出られるのですか!?」

 

「孫堅と別れ際に約束したからな。俺が行かないと連合には舐められるし、こっちの士気も更に落ちる。孫堅を負かせば今のこの空気を払拭出来るし、連合の諸侯も怖気付く奴も出るだろう。だから一騎打ちの間は誰も手を出すなよ。」

 

「流石ご主君。では敵が怯んだ所を一気に叩きますか?」

 

「いいや。一度劉虞に会見を持ち掛ける。」

 

「ほほう、この状況でも戦を回避する道を模索されますか。」

 

「洛陽での軍議の時に見た帝のご様子。劉虞を反逆者にしたくはないとお思いなのはお前も解ってるだろ。」

 

「ご主君は正に帝の忠臣ですね。判りました。この諸葛孔明が劉虞様との会見が実現出来る様に知恵を絞りましょう。」

 

 こうして軍議は終了となり、全員が持ち場に戻って明日の戦いの準備に始めたのだった。

 

 

 

 

 明けて翌日。

 反北郷連合は魚鱗之陣で汜水関に進軍を開始した。

 その兵数は約二十万。

 総大将の劉虞は陣の中央で白馬に跨り指揮を執る。

 隣には袁紹が従い、朝日を受けて輝く劉虞の姿をウットリとした目で見つめていた。

 

「袁紹。孫堅の様子はどうでした?」

 

「は、はい?え、ええと…………田豊さん!孫堅の様子はどうですの!?」

 

 袁紹は後ろに振り返ると、控えている田豊が恭しく答える。

 

「はい。後衛に回された事でかなり不貞腐れておりました。」

 

「ふん!抜け駆けをしたのですから当然の罰ですわ!ですわよね、劉虞様♪」

 

「あの人が孫武の末裔とは………悲しい物です。」

 

 劉虞は溜息を吐いて己の中に在る孫子の理想と孫堅を比べた。

 『出来うる限り戦を回避せよ』とは孫子に書かれている最初の教えである。

 なのに孫堅は自ら戦いに飛び込んで行く。

 

「私が孫武の子孫に孫子を体現して教えてあげましょう。」

 

 劉虞の考えでは二十万の大軍で汜水関の兵の士気を挫き、そこに舌戦を交えた後で対話へ持ち込むつもりでいる。

 しかし、舌戦の流れ次第では戦闘になる事も充分考えていた。

 その時は矢を雨の様に撃ち込み、威嚇をした所で引き上げる。

 今日、敵の戦意を落とす事が出来れば、明日また対話を持ち掛けた時に聞き入れられる可能性が上がる。

 この策は酸棗での軍議で諸侯からも賛同を得ていた。

 彼らとて自分の軍の被害が少ないに越した事は無いのだ。

 

 朦々と砂煙を上げて進む大軍の先陣から動揺の声が聞こえて来た。

 

「何事ですかっ!?」

 

 劉虞の声に伝令を受けた田豊が答えた。

 

「劉虞様!袁紹様!汜水関の外に北郷一刀がひとりで立っていると報告がっ!!」

 

 

 

 

 一刀は孫堅との一騎打ちに応える為にひとりで汜水関から出てきていた。

 

「砂煙が凄くて旗がよく見えないな…………」

 

 城壁の上ならば見えたであろう旗の文字も、地面に立つ一刀には判別が着かない。

 

「お、進軍が止まったな…………………………ん?孫堅が出て来ないぞ?」

 

 当然の事だが、一刀は孫堅軍が後衛に回された事を知らない。

 

「砂煙が晴れて来たな。さて孫堅は何処に………………………………孫の旗が無い………」

 

 

ジャアアアアアン!ジャアアアアアアアン!ジャアアアアアアアン!

 

 

 突然連合の先陣から銅鑼の音が鳴り出し、それに合わせ一軍が突出した。

 その旗は『曹』。

 

 

ウッホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 

 一刀は瞬間的に理解した。

 孫堅は後ろに下げられ、一騎打ちの約束を曹操が利用したのだと。

 

(曹操っ!!卑怯な真似を!貴様に華琳の爪の垢を呑ませてやりたいぜっ!!だがここは………)

 

 

「ここはこの俺がお前の根性を叩き直してやるっ!!!」

 

 

 一刀は剣を抜き、怒りに任せて曹操軍に突っ込んだ!

 

ジャアアアアアン!ジャアアアアアアアン!ジャアアアアアアアン!

 

 ここで更に銅鑼の音が鳴った。

 しかも今度は複数箇所からである。

 

ウッホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 曹操ひとりに『天の御遣い』を渡してなるものかと諸侯も一刀目掛けて突撃を開始した!

 

 さて、読者諸兄は覚えておいでだろうか。

 この外史の一刀が武力チートである事を。

 

「天の遣い!北郷一刀!この張郃儁乂(しゅんがい)がぶわああぁぁああっ!」

 

 田豊の密命を受けて先陣に配置されていた張郃は、一刀に袈裟懸けに斬られて絶命した。

 頭に血の上った一刀は相手が何者かなど判らず、寄る者全てを切り伏せて行く!

 剣の刃がこぼれ、斬れなくなれば手近な武器を拾っては即座に次の敵を斬り捨てる!

 剣、槍、矛、戟、手にする武器毎にそれに合った動きに変え、ひと振りする度に複数の敵兵が血を撒き散らしながら吹っ飛ぶ!

 

 

「めんどくせえっ!!これでも喰らえっ!!うおおおおおおおおおおおっ!!

 

青龍!逆・鱗・斬っ!!」

 

 

 この時一刀の手にしていた武器は偃月刀であった。

 そして繰り出した技は愛紗の必殺奥義!

 殺到していた敵兵がまとめて体を分断されて弾け飛び、飛んで来た死体がぶつかった衝撃で更に死体が出来上がる。

 

 ここに来て漸く敵兵に恐れが出始めた。

 

「じょ、冗談じゃねぇ………こ、こんなのと戦えるか!」

「天の御遣い………ほ、本当に天帝様の御遣いなんだ………」

「い、いやだ!か、神に逆らって死んだら地獄行きだあ!」

「お………おたすけ………おたすけ…………」

 庶人出身の兵の忘れていた信仰心すら呼び起す一刀の戦い振りに、敵兵は逃げ惑い、腰の抜けた者はその場で失禁しながらひたすら手を合わせて一刀を拝んだ。

 

ジャアアアアアン!ジャアアアアアアアン!ジャアアアアアアアン!

 

 今度の銅鑼は連合本陣から鳴らされた。

 

「全軍退けええええええええっ!撤退せよおおおおおおおおっ!!」

 

 劉虞の渾身の叫びが次々と復唱されて行く。

 恐慌状態に陥った先陣は我先にと逃げ散り、その恐怖が伝播した中軍も陣形などお構い無しに逃げ出した。

 ただ、先陣の中で曹操軍だけが整然と円形陣を組んで後退していた。

 

「華琳様。ほぼ予定通りの成果が得られたと思います。」

 

「見事よ、稟♪これで諸侯達は北郷一刀を諦めるでしょう♪」

 

 曹操は馬上で振り返り、屍で埋め尽くされた地にひとり返り血で真っ赤になった一刀が立っているのを見た。

 曹操と轡を並べて駆けるのは郭嘉奉孝。

 郭嘉の立てた策とは、曹操軍が突出して見せた後、諸侯が釣られて突撃を開始した所で直ぐに元の陣形に戻るという単純な物だった。

 諸侯が一刀を捕らえようと狙っているのは先刻承知している。

 孫堅が抜け駆けした事で諸侯にも焦りが出ていたのを曹操は見抜いており、酸棗での決定など直ぐに崩れ去ると読んでいた。

 後はちょっとした切掛を与えてやればいいだけの話である。

 

「ふふふ、北郷一刀…………貴方の強さが世に知れ渡る程、私の手に入れる貴方のお尻の価値が上がるのよ!」

 

 

 

 そして反北郷連合でもうひとつ冷静な軍が有った。

 後衛に回された孫堅軍である。

 

「チックショウ!やっぱり俺だけでも抜け出して、野郎と戦ってくりゃ良かったぜ!」

 

 馬上で不貞腐れる孫堅に側近達は溜息の合唱で応えた。

 

「そんな事をされたら今の我々は連合には潰されます。」

「玄喬の言う通りよ、炎蓮。まあ、ここで大人しくしていてくれたから褒めてあげる♪」

「粋怜、お前は炎蓮様を甘やかし過ぎだ!」

「そう言うでない、雷火。武人としてあの様な強さを見せられては血が騒ぐものじゃ♪炎蓮様は良く我慢なされたわい♪」

 

「祭、良い事言うじゃねえか♪……………あ~、でもこれで北郷に借りを作っちまったなぁ。」

 

 孫堅は猛禽の目で、敗走する連合軍の向こうに居る一刀を見ていた。

 一刀は白かった服を真っ赤に染めて汜水関に戻って行く。

 

「生きていれば、いずれ必ず借りを返す事が出来ます。さあ、我らも退きますぞ。」

 

 喬玄の言葉に孫堅は少し機嫌を直し、片手を軽く振って後退の合図とした。

 

 

 

 

 一刀は汜水関に戻ると、兵達の大歓声で迎えられた。

 

『ウホッ!いい男っ!!』

 

 いつもなら気力をゴッソリ持っていかれるこのフレーズも、今の一刀の耳には届いていない。

 一刀は爆発寸前の怒りを抑えて城壁の上へと駆け上がる。

 姿を見せた一刀に孔明を始め北郷軍の将が拍手で出迎えた。

 

「おいっ!お前ら全員!孫堅が後衛に回されていたのが見えていたんだろうがっ!!何で教えないんだよっ!!」

 

「ご主君、返り血を浴びて顔が真っ赤じゃないですか。まるで怒っている様に見えますよ♪」

 

「俺は怒ってんだよっ!!」

 

「おや、そうだったんですか!ああ、孫堅殿と一騎打ちが出来ず、あの程度では暴れ足りないのですね。」

 

「そうじゃ無いだろっ!お前らが教えてくれれば俺はさっさと汜水関に引き上げて来れただろうが!」

 

「ひとりで出撃するから手を出すなと仰言ったのはご主君じゃないですか♪」

 

「だから!それは孫堅との一騎打ちの話だろ!」

 

「ご主君は昨日、何と仰言られたか覚えておいでですか?」

 

「は?」

 

 孔明が駄々を捏ねる子供をあやす口調で訊いてきたので、一刀は目が点になったが思い起こしてみる。

 しかし、一刀が思い出す前に孔明が答えた。

 

「確か『孫堅と別れ際に約束したからな。俺が行かないと連合には舐められるしこっちの士気も更に落ちる。孫堅を負かせば今のこの空気を払拭出来るし、連合の諸侯も怖気付く奴も出るだろう。だから一騎打ちの間は誰も手を出すなよ。』でしたね。」

 

「そうだろ。一騎打ちが無くなったんだから…」

「今日の戦いで重要なのは『劉虞様に会見を持ち掛ける』為に、こちらが優位な状況を作る事です。ご主君の戦う相手が孫堅でも敵兵一万でも、同じ結果が得られればどちらでも構わないじゃないですか♪」

 

「………ちょっと待て………敵兵一万…………だと?」

 

「ええ♪ご主君が倒された敵兵の目算です。万夫不当の勇士とは正にご主君の事ですな♪」

 

「オレなら二万は殺れたのによ。こいつらが邪魔するから出て行けなかったぜ。」

 

 不貞腐れて口を尖らす董卓の両横には貂蝉と卑弥呼の二人が心底申し訳無いという顔で肩を落としていた。

 

「ごめんなさいね、ご主人さまぁ…………」

「こやつが飛び出そうとするのを牽制するのが精一杯での………御主人様を救いに行けなかった………」

 

 そこに左慈が楽しそうに笑いながら口を挟んだ。

 

「今の貴様ならあの程度の雑兵に殺されるなど有り得ないだろう。」

 

 于吉も眼鏡の奥の瞳に愉悦の色を湛えて加わる。

 

「北郷一刀、今の貴方は水も滴るイイ男ですよ。尤も滴っているのは返り血ですが♪」

 

 左慈と于吉の皮肉を含んだ態度に怒りが蘇って来たが、この場に居る張遼と華雄、そして趙雲、呂布、高順、陳宮は一刀の強さを素直に賞賛の目で見ているのに気付き、二人に言い返す言葉を飲み込んだ。

 

(戦場で敵を殺す事に躊躇いは無い。自分が人を殺す事を厭う様では、今は離れた外史に居る彼女たちを愛する資格など無いじゃないか。だけど、怒りに我を忘れて殺戮を行うのは駄目だ!黄巾党の張角、張宝、跳梁を見た時も、洛陽で張譲を殺された時も同じ状態になり、身体が勝手に動いてしまった……………)

 

 一刀は己の中にとんでもない獣が棲み着いて居る様に感じ、背筋に悪寒が走った。

 

(この先、俺は董卓の様に人を殺す事に悦びを感じ始めるんじゃないのか…………)

 

 口を噤んでしまった一刀に、孔明が深刻そうに声を掛ける。

 

「実を言いますと、ご主君に敵兵が殺到した時、本当にご主君は大丈夫なのかと心配していました………私はご主君の戦う姿を、華蝶仮面となった星殿との一戦しか見た事が有りませんので…………」

 

 それは孔明が一刀に対して初めて見せた心からの憂い顔だった。

 

「孔明…………お前………」

 

「ご主君に襲い掛かる無数の屈強な男達!このままご主君の肉体が蹂躙されたらと想像したら興奮が止まりませんでした!あれが『寝取られ』という感覚なのですね!」

 

「少しでもお前の事を見直し掛けた俺がバカだったよ。」

 

 拳を握って力説する孔明に一刀は開きかけた心を再び閉ざした。

 そこに于吉が、孔明の肩に手を置いて語り掛ける。

 

「おやおや、北郷一刀の強さは私と左慈が保証したでは有りませんか。あの程度の雑兵ならばひとりで大丈夫だと♪」

 

「ちょっと待て、于吉!それに左慈!お前達が前衛に孫堅軍の居なかった情報を俺に伝えなかった張本人かっ!!」

 

 憤る一刀だが、孔明と于吉は呆れて真顔になり、左慈は少し離れた所で声を殺して笑っていた。

 

「その事なら昨日の段階で解りきっていましたよ。ご主君の戦意が滑稽………戦意を維持するのも軍師の仕事ですからね。」

 

「今、お前、一瞬口を滑らせたって顔をしたよな…………」

 

 睨む一刀に対して、涼しい顔で孔明はすっトボける。

 

「はて、何の事でしょう?まあそんな事よりも、私はご主君のご希望通り敵軍に会談を持ち掛ける準備を致します。ご主君もお風呂に入って返り血を落とされた方が宜しいのでは?」

 

 一刀は不本意では有るが、敵の戦意が回復する前に会談をしなければいけない事も解っているし、いつまでも返り血を浴びたままでいる訳にもいかないので孔明の勧めを受け入れた。

 

「判った。向こうに渡す書状が出来たら俺の所に持って来てくれ。一度目を通しておく。」

 

「御意に。では貂蝉様、卑弥呼様、ご主君のお風呂はお任せ致します。」

 

「なっ!!?」

「あ~~ら、孔明ちゃん気が利くわねぇえん♪」

「御主人様を助けに行けなかった分、心を込めて綺麗にするぞ♪隅から隅まで外から中まで♡」

 

 漢女心に火の点いた二人にガッチリと固められた両腕は今の一刀でも振り解く事が出来ず、締められる鶏の如き叫び声を上げながら風呂へと連れ去られてしまった。

 

 

 

 

 汜水関で一刀が一万人斬りをしてから三日後。

 一刀と劉虞の会談の席が設けられた。

 汜水関から一里離れた場所に簡易の天幕が用意される。

 天幕と言っても日差しを遮るだけで周りからはその様子が見る事が出来た。

 そこに北郷軍からは一刀、孔明、呂布、陳宮、趙雲が。

 連合軍からは劉虞、曹操、程昱、孫堅、程普が出席した。

 

「北郷一刀殿、貴方の提案通り五人でここに来ました。ですが私は貴方と二人だけでお話しがしたい。」

 

 会談の挨拶をする前から劉虞は突然そう切り出した。

 出席者を五人ずつとしたのは一刀の連合軍への配慮である。

 三日前の一刀の戦い振りを見れば、総大将を単身で会談に出す筈がないと思ったからだ。

 しかし劉虞はここで二人だけでの会談を言い出す。

 一刀はその心胆の強さに好感を持った。

 一刀が素早く連合側の四人の反応を確認すると、程昱が僅かに目を開いて驚きを見せたので、これは劉虞の独断だと判断する。

 曹操は完璧なポーカーフェイスで表情からその心を読み取る事が出来ない。

 孫堅は最初に一刀と目が合った瞬間に小さく謝る仕草で一騎打ちの約束を破った事を詫びて以降は完全に劉虞のボディーガードに徹している。

 程普を一刀は初めて見る訳だが、服装から孫呉のひとりで、態度から孫堅のお目付役として同行したのだと理解した。

 因みに、一刀は程昱も初めて見たのだが、一目見て誰なのか判った。

 

 何故なら頭の上に宝譿が乗っているからである。

 

 そして、一刀が連れて来た四人の中に趙雲を入れたのは、劉虞が本人である事を確認する為である。

 一刀が振り返ると趙雲は無言で頷いた。

 

「判りました。」

 

 一刀は劉虞に答えると会話の届かない位置まで四人を下がらせ、劉虞も同じ様に曹操達を下がらせる。

 一刀と劉虞は会談の席に着きお互いの顔を見つめ合った。

 

「改めてご挨拶致します。私の名は劉虞伯安。初めまして、天の御遣い殿。」

 

「初めまして。俺の名は北郷一刀です。劉虞殿の事は帝から伺っております。」

 

「帝…………ですか。私も袁紹の言う事を鵜呑みにしている訳では有りませんが、貴方は劉協様を皇帝に就ける事で貴方自身が諸侯から疎まれるとは考えなかったのですか?あの子はまだ八歳なのですよ。」

 

 劉虞は明らかな傀儡政権であると批判しているのだ。

 しかし、一刀は落ち着いて劉虞に答える。

 

「俺は洛陽に入城した翌日に帝と劉弁様に守って欲しいと頼まれました。何から守るのかは劉虞殿ならお解りでしょう。」

 

「その話は両刃の剣ですね………現状と照らし合わせれば貴方が霊帝と何皇后を暗殺する切掛と取られます。」

 

「そうですね……………劉虞殿は霊帝と何皇后の死因を聞かれていますか?」

 

「正式な書簡では事故死と有りましたね…………現政権がその事故を詳しく伝えないのが暗殺説を後押ししている原因です。事故ならば正しい状況を伝えるべきです!」

 

 一刀と劉虞は詰将棋の様に会話を進め、遂に劉虞が攻撃の一手を打って来た。

 

「では、劉虞殿にはお伝えしましょう。お二人は情事の最中に亡くなったのです。霊帝は気をやった時の心臓麻痺。何皇后は霊帝の逸物を喉に詰まらせ窒息…………これを公表できますか?」

 

 一刀は劉虞の攻撃を受けきって、逆に強烈な反撃の一手を指す。

 

「それは……………」

 

 戸惑った劉虞へ更なる追い討ちを掛ける。

 

「今度は俺が劉虞殿に問いたい。劉虞殿は皇帝になりたくて連合の盟主となったのですか?」

 

「違います!私は諸侯の疑心を取り除き、漢王朝の安定を願い引き受けたのです!私は皇帝にはなれない…………ご存知でしょう…………」

 

「皇帝に『なれない』?劉虞殿は正式な高祖劉邦の血筋でしょう。それが何故………」

 

「ご存知無いのですか……………………私は………」

 

 劉虞は一度口を噤み、強い目で一刀を見る。

 

 

「私は不能なのです。」

 

 

 一刀は絶句した。

 一刀にしてみれば、将棋盤の上の駒が全て吹っ飛んだ思いだ。

 何と言葉を掛けて良いのか本当に判らず、ただ劉虞を見るだけしか出来なかった。

 不意に孫堅の言葉が脳裏に蘇る。

 

『おめえは玉無しの劉虞より百倍マシだと思ってんだから、逃げんじゃねえぞっ!!』

 

 あれは比喩では無く、そのままの意味だったのだ。

 

「私が霊帝から遠ざけられた本当の理由はこれが原因です。あの人は面白く無い玩具を手元に置いておく人では有りませんでしたから。」

 

「そ、その事は諸侯も………」

 

「皆知っています。噂としてですが、その噂を流したのも霊帝本人ですけどね………」

 

 自嘲する劉虞を見て、一刀はその心中を考えた。

 何故、劉虞はそんな仕打ちをされても霊帝に従っていたのか。

 それは彼にとって高祖劉邦の子孫であるというのは心の拠り所だからだ。

 漢王朝を守る事こそが自分の存在意義であると強く思い込む程に。

 

「私からもうひとつ質問です。北郷殿、貴方は先程劉協様と劉弁様から守って欲しいと頼まれたと言いましたね………………貴方は劉弁様を守れなかった!」

 

「それは……………」

 

 一刀は答えに窮した。

 本当は劉弁が生きていると教えるべきか。

 正式な発表では袁紹の配下が劉弁を殺した事になっている。

 しかし、袁紹は元々何進派であり、劉弁を次期皇帝に推していた。

 袁紹も劉虞にそんな事はしていないと言っているに違いない。

 更に劉弁は一刀によって暗殺されたと言っている筈だ。

 状況ではその方が納得出来るだろう。

 実際に劉虞は一刀に疑いの目を向けている。

 

 一刀の腹は決まった。

 

 

「弁王子は…………生きています。」

 

 

 一刀の答えに劉虞の表情が緩んだ。

 

「あの時の袁紹と袁術の軍は霊帝と何皇后が十常侍によって暗殺されたと信じ込んでいました。袁紹軍と袁術軍が城内で宦官は勿論、文官武官を問わず殺し始めたので、一刻も早く止める為には袁紹の希望を断つ必要が有りました。」

 

「それで劉弁様を死んだ事にしたのですね。」

 

 一刀は劉虞の目を見て頷いた。

 

「今もお二人は仲良く……いえ、それまで以上に仲良く過ごされています。」

 

 一刀は劉虞を安心させようと静かな口調で伝えた。

 しかし、劉虞は感情を殺した顔で一刀を見返している。

 

「もしやとは思っていましたが、帝の貴人となった伏寿様が………」

 

「ええ、劉弁様の今の名前…」

 

 

「北郷殿っ!貴方は何と言う事をっ!!」

 

 

 突然立ち上がって怒鳴る劉虞に一刀は一瞬呆気に取られたが、二人の事を想い言い返す。

 

「お二人は異母兄弟ですが愛し合っておられます!」

 

「……………北郷殿。ならば貴方は帝の子を産むおつもりか。」

 

「え?」

 

 一刀は混乱した。

 男の自分に子供が産める筈がない。そもそも今は劉協と劉弁の話をしていた。

 この外史では『やおい穴』なる器官が実在して子供が出来る。

 つまり劉虞は自分にもそれが有ると思っている。

 劉虞は自分が何皇后や王美人の地位を狙っていると勘違いしている。

 

 一瞬でそこまで考え、慌てて弁解した。

 

「ま、待って下さい!俺が『天の御遣い』と呼ばれて居るのはご存知でしょう。天の国の者は『やおい穴』を持っていないので子供を産む事は出来ません!」

 

「で、では…………貴方は漢王朝を滅ぼす気ですかっ!!」

 

 またしても予想外の言葉が返って来た。

 

「み、帝と伏寿様の間に数年後には御世継ぎが……」

「出来ません!………………北郷殿……成程、貴方が本物の『天の御遣い』であると今、確信しました。」

 

 一刀には劉虞の話が飛んでいる様にしか思えない。

 しかし、

 

 

「高祖劉邦は不妊でした。その血を受け継ぐ者も不妊です。不妊こそが高祖劉邦の血を引く劉氏の証なのです!」

 

 

 一刀は漸く劉虞の言わんとする事を理解した。

 この事はこの地に住まう者ならば知っているのが当然の知識なのだ。

 劉虞が不能だから皇帝になれないと言った時、一刀はもっとその意味を考えるべきだったのだ。

 一刀を弁護すると、こんな非常識な世界に放り込まれた一刀を攻めるのが酷な話ではあるのだが。

 

「霊帝の手段は最低でしたが、漢王朝を守る意味では間違っていませんでした。このままでは次期皇帝を決める為に劉氏同士が争う未来が必ず来ます。貴方は今からでも帝と伏寿様を引き離すべきだ!」

 

「それは出来ない!あの二人の仲を裂くなんて!……………俺には出来ない………」

 

 拳を握って苦悩する一刀を劉虞は冷ややかな目で見た。

 

「では交渉決裂です。後は武力を以て雌雄を決しましょう。」

 

 劉虞は一刀に背を向けて歩き出す。

 一刀は呼び止める事が出来ずその姿を黙って見送った。

 しかし、劉虞が足を止めて振り返る。

 

「北郷殿。本当は劉備殿を貴方の所へ逃がして差し上げるつもりでしたが、劉備殿は我々の『切り札』となりました。劉備殿は貴方を慕っていたのに、残念ですよ。」

 

 劉虞はそう言い残して曹操達の所へと戻って行った。

 一刀は劉備を救出する最大のチャンスを逃した事に初めて気が付いたのだった。

 

 

 

 

「董卓っ!お前は知ってたのかっ!!」

 

 汜水関に戻った一刀は董卓に詰め寄った。

 

「なんだ藪から棒に?」

 

「高祖の血を引く者は不妊だって云う事だ!」

 

「ああ、その事か。そりゃ知ってたぜ。てか、お前は知らなかったのかよ。」

 

「知ってたらあの時に賛成する訳無いだろうっ!!」

 

 一刀は李儒が劉弁と劉協に策を持ち掛けた時に引っ掛かりを感じている。

 その正体がここに来てやっと解った。

 

「そんじゃ、お前はあの二人を引き離す事が出来たのか?出来ねえだろう。」

 

 一刀はここでも言葉に詰まった。

 董卓の方が一刀の為人を良く理解している。扱いはドSだが。

 二人のやり取りを于吉は冷静な態度で眺め、口を開いた。

 

「その様子では交渉の結果を聞くまでも無い様ですね。孔明、どの様な策で連合に対処しましょうか。」

 

 孔明は羽毛扇をヒラヒラ動かし、上機嫌で答える。

 

「兵は拙速を尊ぶと言いますからね。そろそろ董卓様も暴れたい頃でしょうし、派手に返り討ちにしましょう♪」

 

「お♪一刀が一万だったからオレは三万以上殺して……いや、それよりも孫堅を貰うか?雑魚を潰すより面白そうだしな♪華雄、お前も今度はしっかりやれよ!」

 

「はっ!董卓軍の将として必ずや汚名を返上致します!」

 

「一刀はん!ウチも気張って名誉挽回するで!!」

 

「………恋も頑張る。」

 

「恋殿。背中はこの高順にお任せ下さい!」

 

 武将達は一刀とは逆に、戦を前にして意気軒昂で息巻いている。

 そんな中で趙雲は静かに一刀の所にやって来た。

 

「主…………私に劉備殿を救いに行くようご命令下さい。」

 

 一刀はまだ立ち直ってはいないが、自暴自棄になる事無く趙雲に答える。

 

「趙雲、気持ちは判るが焦っては駄目だ。劉虞が劉備の事を『切り札』と言ったのは人質という意味じゃない。次期皇帝という御輿にするつもりだ。命の心配は無くなったんだから、戦に勝てば解放出来る。」

 

 趙雲に言い聞かせるつもりで話していたが、言葉にすると考えがまとまり落ち着いて来た。

 

「御意に………この戦に勝てば伯珪殿を救う事にも継がります。必ずや連合軍を破って見せましょう。」

 

 趙雲が深々と礼をして下がると、一刀は貂蝉と卑弥呼だけに聞こえる声で話し始めた。

 

「駄目だな………俺が自分の常識で考えてしまうから、こんな事態になっちまった。」

 

「それはしょうがないわよ、ご主人さま。普通は赤ちゃんが産めない遺伝なんて想像つかないもの。」

 

「劉虞にも同情するぞ。子供が産めない上に子種も無いのでは、生まれながら宦官の様ではないか。私なら気が狂う程泣き続けてしまうであろうな…………」

 

「……………お前らの常識がこの外史の常識だというのは良く判った。」

 

 一刀が溜息を吐いた時、ふとひとりの人物を思い出した。

 

「そう言えば、華佗はこの外史に居ないのか?」

 

「う~~~ん、どうかしら。わたしとしては華佗ちゃんに居て欲しいけどぉ~~」

 

「うむ、ダーリンならば不妊も不能も治す事が出来るであろうが、この外史の『華佗』がダーリンと同じとは限らんからの。」

 

「そうか、華佗も外史の住人だから、この外史仕様の華佗になっているのか…………不安は有るが、それでも人を使って探させよう。名医と呼ばれる人間が味方側に居るのは心強いからな。」

 

「それはいい考えねぇ、ご主人さま♪ああ~ん、どうか華佗ちゃんがいつもの華佗ちゃんでありますように………そうすればついに華佗ちゃんと~~~~ぐふふふふふ♪」

 

「ぐぬぬぬぬ!出来る事なら私自身が探しに行きたいぞ!だがここは耐えるとしよう………ダーリンに優しく愛を囁かれる日を夢見て…………ぬふふふふふふ♪」

 

「………………考え直した方がいいかな…………」

 

 一刀は貂蝉と卑弥呼が華佗と絡んでいる所を想像しそうになり、慌てて頭を振っておぞましい光景を追い出した。

 

 

 

 

 一方、連合軍の本陣に戻った劉虞は劉備達の天幕に直行した。

 

「玄徳殿。申し訳ありませんが、この間の話しは全て無駄になりました。」

 

 挨拶もせずに突然語りだした劉虞に、劉備は戸惑った。

 

「ええっ!?ど、どうしたんですかっ?北郷さんとどんな話し合いを…」

「貴方達は北郷一刀に騙されている!」

 

 劉備の言葉を遮る劉虞の強い声に、劉備は勿論、関羽と張飛も目を剥いて驚いた。

 

「劉虞のお兄ちゃんでも北郷のお兄ちゃんの悪口は許さないのだっ!!」

「鈴々!落ち着け!……………劉虞様、北郷様と何が有ったのですか?どうかお教え下さい。」

 

 飛び掛かろうとする張飛を関羽が咄嗟に押え、劉虞に悲しい目で問い掛ける。

 

「北郷一刀は漢王朝を内部から崩壊させようとしています。いえ、本人にはその自覚も無い様ですが、このままでは漢王朝が滅ぶのは時間の問題でしょう。あの人は漢王朝にとって『天の御遣い』では無く『地獄の使者』です。」

 

「そ、そんな!北郷様は漢王朝を脅かした黄巾党の首領を倒した英雄なのですよ!」

「待って!愛紗ちゃんっ!!」

 

 今度は劉備が関羽を止める形に両腕を広げて遮った。

 劉備の目には強い意思が込められ、関羽は言葉を飲み込んだ。

 

「それで伯安さんはわたしに何をさせる気ですか?」

 

 劉虞に振り返らず、劉備は両腕を広げたまま問い掛ける。

 

「曹操の企みを利用し、更に一歩進めます。玄徳殿、貴方には今からこの連合軍の旗頭となって頂きます。不能の私より貴方の方が次期皇帝として諸侯も納得するでしょう。」

 

「伯安さんは……………わたしに傀儡になれって言うんですか…………」

 

「傀儡になどさせません!あれは私が死んだ後の話です。私が生きている間に貴方を真の皇帝にしてみせます!どうか漢王朝を救う為に立ち上がって下さい!!」

 

 劉備は暫し無言のまま劉虞に背を向けていたが、ゆっくりと振り返った。

 

「分かりました…………伯安さんの話に乗りましょう。」

 

「玄徳殿!!有難う御座います!!では早速諸侯の前で私が次期皇帝に推薦して見せましょう!」

 

 劉虞は劉備の手を握り感激を顕にした。

 

「いえ、先に伯安さんが諸侯を説得して下さい。いきなりわたしがみんなの前に出てそんな事を言い出せば反感を買うと思います。」

 

「そ、そうですね…………私とした事が先走ってしまいました。では、私は早速会議を開いて意見を統一してきます。」

 

 普段は物静かな劉虞がこの時は慌ただしく天幕を後にした。

 逆に残された劉備は、関羽と張飛へ静かに振り返る。

 

「どういうつもりなのだ!桃香お兄ちゃん!」

 

 やはり先に食って掛かるのは張飛だった。

 

「鈴々ちゃん……わたし達が旗揚げした時の志は何?」

 

「え?…………そんなの弱い人を悪い奴から守るためなのだ!」

 

「うん、そうだね♪わたし達は俠だよ。漢王朝なんて関係ない。弱い人を助けて、受けた恩義には必ず報いる。だから、わたしは北郷さんを信じるし、この連合軍を中から食い破って北郷さんを援けるの!」

 

 劉備の言葉に張飛は笑顔になり、関羽は感動の涙を流した。

 

「よくぞ申されました、桃香様!桃香様は俠の鑑です!この関雲長!どの様な茨の道であろうとも、共に歩んでみせますっ!!」

「鈴々もなのだっ♪」

 

 三人は笑顔で互いの顔を見つめ合う。

 

 

「「「我ら三人生まれた日は違えども!逝く時は同時を願わんっ!」」」

 

 

 劉備、関羽、張飛の三人はその誓いを本来の意味で、いつも以上に深く胸に刻み込んだのだった。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

遂に劉虞の秘密を明かす事が出来ました。

劉虞が五胡と心を通わす事が出来た本当の理由もここに有ります。

 

これで『種馬vs種無し』という究極のカードが実現しましたw

 

劉氏の不妊設定は霊帝劉宏のキャラ作りの時に思い着きました。

「皇帝自身が子供を産めるなら『皇后』の位が存在しなくなるのでは?」

と、感じた所が出発点です。

 

 

曹操、孫堅、劉備とそれぞれが、やっと動き始めました。

ダ名族は……………………どうしましょうねえwww

 

華佗はいつか出します!

下手にいじるよりプレーンな『医者王』のままの方が面白いかも知れませんね。

 

 

 

 


 
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