「魔王は勇者が来るのを待ち続けるのを思い出す」
ラガンとカインの戦いは数刻の長さと感じるほどだった。後に目撃者達はそう証言している。
黒天白夜の姫。それを顕現させてからは形勢は決まってしまう。ラガンは明らかに押され、今にも膝を折りそうな程に弱々しく大地に立っていた。苦悶に満ちた表情で相手を睨むが、最早それすら威厳を感じられない。ただ弱々しい老人のそれだった。カインは嘲笑うかのように大剣を振り抜く。
水っぽい音が響く。
袈裟斬りされ、ラガンはついに地面に倒れ伏した。
「ここまでだな」
「へっ。お前のその黒天白夜……どうやら無理矢理使っているようだな」
「それがどうした? こうして私が使えているのだ。そんなことはさした問題ではない」
ラガンは笑う。それは勝利を確信したようにも見えた。故にカインはそれに気を取られてしまう。
「何が可笑しい?」
「八百万と結びて、世界を救世せん」
「そうだ俺が――」
「お前じゃねーよ」
その時カインは確かに感じた。そして身構える。巨大な陰が彼を襲わんと猛烈な勢いで突っ込んできたのだ。咄嗟に飛び退き事なきを得る。
それはソラが乗っている魔剛騎ヴァンであった。海上都市の外壁に突っ込んでその勢いを止める。よく見ると袈裟斬りされて魔剛騎は機能を停止していた。間髪入れずに背部が斬り飛ばされ、人影が飛び出る。
雄叫びを上げながら、蒼き一閃をカインに見舞う。避けるまでもないと判断したのか黒い籠手でそれを容易く受け止めた。
「お前……師匠を!」
「ラガンの弟子か。ふん、ならば己の師を恨め。お前が今日ここで死ぬのはラガンのせいだ」
ソラを容易く押し返し、距離を取る。明確な殺意がこもった眼差しを受けて、心地よさそうに笑うカイン。互いに睨み合う。まるで動かなくなった。間合いの読み合いだ。数瞬の出来事だが見ているものはソレ以上の時間を錯覚していた。見物人の1人が溜飲が下がる。それを合図に互いに駆け出した。
殺意が乗りすぎた刃を、容易く受け流し反撃に白と黒の大剣を振り抜く。それを寸で躱される。蹴りを見舞う。鳩尾に入ったが、相手は怒りのあまりにそれを無視して行動する。カインは冷静に相手の攻撃を摘んで、反撃を叩き込んでいく。気づけばあっという間にソラはボロボロになっていた。感情で体の痛みを無視していたが、それが限界を迎え体が思うように動かなくなる。
(次で終わりだ)
カインは飛び込んで来るソラを、余裕を持って迎えた。
突如ソラから殺気が薄れた。ソラは距離を取り、顔を抑えこむように手で覆う。カインは用心して出方を伺った。
「なんだこの声は……?」
「む?」
カインは訝しむ。そして地に伏しているラガンが笑う。
「何が可笑しい?」
「声に従えソラ……お前ではまだカインには勝てん。だが……声がこいつを倒す唯一の手段だ」
ラガンはカインに答えず、弟子に助言する。
「お前なら……出来る……」
先ほどまでの殺気がなくなり、彼は悟るかのようにカインを見つめる。それが気に入らないのかカインはここに来て初めて苛立ちを見せる。
「今助けるから」
「世迷い言を!」
カインは飛び出した。ソラから感じる言い知れぬ苛立ちからなのだろう。黒天白夜の大剣を振り下ろす。ソラはその一撃を左手をかざすことで受け止めようとしているように見えた。
「八百万結びて、世界を救世せん」
「どうしたんですか突然?」
魔王は人の形を象り、海上都市港で起きている戦いを見下ろした。側には宰相。宰相は壊れた外壁を面白くなさそうに見つめた。
「千年前のお伽話。八百万と結び、世界の危機を救った救世主。そしてそれが彼なのだ」
「はっ? はい?」
魔王は笑う。自分の事のように、どこまでも嬉しそうにだ。
「だとしたらこの先起きることは……」
「混迷の時代だろうね。だからこそ、富国強兵に努めないとね」
魔王は寂しそうに告げる。
「何?」
驚愕の声はカインから発せられた。自身の右手を信じられないと言った様子で見つめている。それもそうだ。そこには彼が所持していた黒天白夜の指輪があった。しかし、今それは――
「こいつはもらう」
目の前に黒と白の戦士がいた。黒と白の大剣を携え、カインと対峙する。そこで初めて彼は気づく。
――彼の指からなくなっていた。
「八百万結びて、世界を救世せん?! 違う! それは私のだ! 私のもののはずだ!!!」
激昂して飛びかかる。常闇の刀がソラに迫る。ソラはそれを意趣返しするかのように蒼い籠手で受け止める。黒と白の体躯に蒼いガントレット、赤い翼、白いアンクレット、紫の胸当てが顕現した。
「なっ……?! 返せ!」
「黒天白夜は俺のだ」
黒と白の軌跡が振りぬかれ、カインは血飛沫を撒き散らす。傷が浅いのかすぐに復帰すると、彼は叫ぶ。言葉にならぬ雄叫び。
「必ず! 必ず取り返してみせる! 私が! 私こそが八百万の君なのだ!」
「あれから3年だな」
「今日はラガンの命日です。いかがなさいますか?」
宰相は手元の資料を魔王に手渡す。
ここは書斎。3年が経ち、いささか部屋に年季が感じられた。
「そうだな…………いや、それよりも、だ――」
魔王はもったいぶる様に言う。
「――勇者をどうやって呼び込むか」
「忘れてなかったんですか」
「私は勇者が来るのを待ち続けているぞ!」
魔王は自信満々に叫んだ。
~続く~
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魔王は勇者が来るのを待ち続けるだけのお話のはず
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