21、さつきだって
安達原さつきは四方野井雅に密かに思いを寄せていた。
紀美の雅に対する自爆、空回りや雅の美猫に対するまるで母親ようなの愛情の注ぎ方
など雅に思いを寄せる女性に対するガードの難さは尋常でないことを誰よりも思い
知って居たので無様な行動は自分の美意識からも避けたかった。
唯一大人の女性として、慕われている銀ですらどちらかと言えば親しい親戚のお姉さん
の様に接しているのである。
さらにエリカに至っては女性扱いすらされていないのである。
それも雅に全く恋愛経験がなく心身共に潔癖なことはさつきの特殊能力からもわかる
ので、銀の言うところの唐変木の朴念仁は筋金入りであった。
さつきは自分の女性としての魅力は美猫以上紀美以下であると分析し、もう少し時間を
かけ自分の女性としての成長に望みをかけていた。
紀美は来年で25歳を迎え、女としての盛りを過ぎどんどん下っていくので自然に脱落
していくことが予想される。
美猫は元々器量好しなのでこれから美人になることが予想された。
本人は最近自分の幼児体形、貧乳を気にし始めたようだがそれ以前に生まれつきの
子供っぽい性格を何とかしなければ、当分は大人の女性として扱われることはないので
心配はなかった。
唯一心配なのは銀が雅を本気で落としにかかって来た時である。
手段を選ばず既成事実を作られたら太刀打ちできないのであるが今のところ銀が雅との
年齢差と自分がバツイチであること気にしているので大丈夫であった。
そんなさつきだったが居酒屋銀猫の調理場に入った逆神妖子の存在が何れ最大の脅威
になると分析した。
彼女の素性は謎が多く、関係者の雅、美猫、大和警部補、銀らの口が堅く何もわからなかった。
彼女自体高位のライカンスロープでさつきの特殊能力も全く役に立たなかった。
魔眼、催眠術で喋らせるのもさつきとしては絶対にプライドが許さなかった。
逆神妖子の正体は化け狐であることから将来自在に変化できることは銀以上のスペック
が想像されそれを逆転するのはかなり困難だと分析していた。
「この娘、本当に強敵よね、かなりの潔癖症で客相手の商売が苦手で、その割に雅さん
ともかなり親しいようだし、さてどうしたものか。」
アバルー収容所出身の新規戸籍作成者はすべて21歳になっていたが、実際には
推定年齢〇25歳の銀を除くと15歳~18歳ぐらいだった。
美猫、さつき、妖子は偶然にも実年齢16歳だった。
「そうか、この娘ともお友達になればいいんだ。簡単だよ。」
さつきは美猫に妖子の紹介を頼んでみたが美猫は難しい顔して考え込んでしまった。
「あの娘って、異性だけじゃなくてバンパイアも苦手だから大丈夫かなぁ。」
妖子がバンパイアも苦手というのはさつきにとって初耳だった。
「私のような人畜無害なメゾバンパイアは他にいないよ。」
「もしバンパイアに苦手意識があるとしたら、私と仲良くなればそれも解消できる
ようになると思うよ」
「さつき何が人畜無害よ、「ゴメンネ!」吸血鬼事件のこと忘れていない。」
「女の子の顔を有無を言わさず拳で殴る美猫ちゃんに言われたくないよ、おかげさまで
未だに魔眼が不安定なのよ。」
さつきは大和警部補や銀には有効になったものの実際未だに美猫には魔眼が使えなかった。
「そうか、魔眼が不安定で使えないなら妖子ちゃんも怖がらないかもしれないなぁ。」
美猫はさつきを妖子に紹介してみることにした。
「妖子ちゃん、こちらがこないだ話した是非お友達になりたいっていう安達原さつき。」
「初めまして、私が魔眼の不安定なメゾバンパイアの安達原さつきです。」
「初めまして、変化が不完全な化け狐の逆神妖子です。」
「さつき、妖子ちゃんの変化が不完全になった理由については聞かないでね。」
美猫はさつきに念を押した。
さつきは変化が苦手な高位のライカンスロープだと聞いて不思議なシンパシーを
感じていた。
一時期魔力が全く使えず落ち込んでいた自分の姿と重ね合わせていた。
「妖子ちゃんだっけ、大丈夫だよ、いずれ元通りになるから心配いらないよ。」
妖子は自分と友達になりたいという魔眼が不安定だという
さつきに好意的な感情を持った。
「さつきさん、実はメゾバンパイアの方と会うのは初めてで
どういう魔力の持っているかも知らないんです。」
「メゾバンパイア自体個体数が少ない上、一般デミヒューマンの中から突然自然発生
するの、だから大抵親から厄介者として捨てられて孤児として収容所で育つことが多いよ。」
「それって酷すぎませんか、自分の子供なのに。」
妖子は憤慨していった。
「仕方ないよ、親から見たら突然政府から厳しく監視されるようになるんだから。」
さつきは諦観したように言った。
「この国の政府は真祖バンパイアに頭が上がらないくせにデミバンパイアを危険視して
いるからね、本来関係ないメゾバンパイアまで目の敵にされているよ。」
「私はもう魔力なんかに頼らずに生きているよ。」
「さつきさんって私と同年齢の割に苦労されているんですね。」
妖子はさつきが苦手なバンパイア族であること忘れるほど感情移入していた。
「私も変化に頼らずに生きていけるようになりたいです。」
さつきも素直でやさしい妖子に好意を感じるようになっていた。
なんとなく、意気投合した2人は美猫も加えて3人でカオスな古着屋へ買い物に行くことになった。
「わぁー妖子ちゃんってスタイルいいよ。」
妖子のスリーサイズは上から85・52・84と思わずさつきはため息をついた。
さつきは年齢を考えると銀や紀美のようなナイスバディは無理だとしても
自分のスリーサイズに自信を持っていたのだが妖子の規格外のスタイルに脅威を
感じていた。
しかし、当の妖子は自分の規格外のスタイルが嫌いでもっとスレンダーな美猫の
様なスタイルにあこがれていた。
美猫は美猫でもう少しせめてさつきぐらい胸が欲しかった。
全員が思わず、ため息をほぼ同時ついたので、なんか可笑しくなってみんなで
笑ってしまった。
そのあとは中央公園のベンチでクレープを食べながら女子会のようなものを始めた。
しかし、美猫はひたすら食べるのに夢中でたまに生返事をするぐらいでおもにさつき
と妖子の親睦会の様相を呈してきた。
「さつきさんの強い魔力ならデミバンパイアの魔力を打ち消すことが可能だとおもいます。
魔力の後遺症に悩むライカンスロープ達を救うことが出ると思います。」
「デミバンパイアの暗示や魔法の強制力は恐怖心を煽る事だからその位なら打ち消す方法
はたくさんあるよ。」
「妖子ちゃんは源さんや銀さんと同じぐらいのことができる変化の才能があるんだから
少しずつでもいいからリハビリして本来の力をとりもどした方がいいよ。」
自然にお互いの能力の可能性について語り合っていた。
妖子はさつきに思い切って自分の過去のトラウマについて語りだした。
さつきは妖子が受けた理不尽な暴力に強く憤慨した。
「さつき、そのデミバンパイアなら両目を潰されてアバルーの収容所で拷問に掛けられて
いるから、少しは腹の虫が収まると思うよ。」
美猫が補うように言った。
「雅さんの日輪の十字架で始末されたんじゃないんだ。」
さつきは不思議そうに言った。
「あんな悪い奴はみやちゃんの十字架で安楽死させるような甘い罰じゃ許されないよ。」
「死ぬよりも辛い目に会わせてやらないと気が済まないよ。」
美猫は思い出すだけで忌々しそうであった。
妖子は2人がここまで自分のことを思ってくれることがとても嬉しかった。
「ところで、さつきさんの魔眼ってどうして不安定になったんですか。」
妖子は素朴な疑問を投げてみた。
さつきは美猫と顔を見合わせてから自信を持って言った。
「これは、なんというか自業自得というか天罰のようなものだから。」
さつきは美猫に責任転嫁せず、すっきりしたような顔で言った。
「魔力の悪用はたとえ些細なことでも許されないってことかな。」
さつきの殊勝な態度に美猫は内心とても嬉しかった。
「さつきは苦難に遭遇するたびに強くなる子だから。」
美猫は本当は泣虫のさつきが勇気をもって理不尽と戦う姿を知っていた。
特に最近は雅の影響でバンパイア族特有の選民意識が全く無くなっていた。
妖子が素直で芯の強いしっかりもので、本来の明るさで暗い過去を吹き飛ばして
欲しいと美猫は思った。
美猫は2人を会わせて正解だったと微笑んでいた。
自分の部屋に戻ったさつきは妖子との親睦が深まった喜びを噛み締めていた。
「妖子ちゃんって本当にいい子だなぁ。」
「美猫ちゃんに紹介してもらってよかったよ。」
妖子と友達になるという目的を果たして大満足のさつきだったがなぜ友達になる必要が
あったかという当初の目的を完全に忘れているさつきであった。
22、美猫の恋の胃袋
「みやちゃん、チキンライス玉葱抜きお代わり。」
「美猫一体これで何杯目だ、食べすぎじゃないのか。」
雅は美猫の健啖振りに呆れていた、一日にご飯を1升炊かないと追いつかないペースで、
鶏の腿肉を1kg、卵12個をペロッと平らげていた。雅は美猫の身長、体重、
スリーサイズを測り、果ては糖尿の検査まで受けさせたがまるで異常はなかった。
雅は心配になって美猫の異常な食欲について銀に相談した。
「雅さん心配いりませんよ、私もあの位の年の頃には食用油を一日に一斗缶で10杯位
は平気でしたよ。」
と銀は恐ろしいことを平気って言っているのだった。
さらに雅は同じ猫又の大和警部補にも相談してみた。
「俺は魚市場で獲れすぎた秋刀魚を毎日1屯位食べていた記憶があるなあ。」
居酒屋銀猫の他の猫又ハーフの子にも聞いてみたが大体16から17歳頃になると
ある日突然異常に食欲が湧いてしょうがない時があるそうで、猫又にとっての通過儀礼
のようなものだということらしかった。
とはいうものの雅はやはり美猫が心配なので胃薬、消化薬などを用意していた。
しかし、美猫の食欲はさらにエスカレートしてお昼に葱抜き鴨南蛮を12杯平らげ
さらに朝、晩1升のご飯と5kgの鶏肉24個の卵を平らげるようになった。
居酒屋銀猫の調理場から妖子に応援に来てもらったりと四方野井家の食卓は
パニック状態だった。
家主の雅は携帯食で3食済ますといった感じで貧相な外観に磨きをかけていった。
つやつやほっぺの健康的な美猫と対照的に青白い貧相な雅の不健康ぶりが目立った。
雅は美猫の食事を作っているだけで食欲がなくなり最低限の食事しかとらなかった。
こうなると美猫の方が雅の健康状態を心配するようになり、なんとか普通に雅に食事を
食べて貰おうと薬膳料理を妖子に作ってもらい雅の健康状態の改善を図り顔色がやや
良くなった。
しかし美猫の食欲は全く衰えることなくその健啖振りに磨きをかけて行った。
遂に美猫の食事は妖子が作るようになり、しばらく雅は自分の食事に専念することになった。
やがて、美猫の食事の量が元通りになって雅は安心して2人分の食事を作るようになった。
妖子に今まで世話になったお礼ということで細やかながら3人で食事会を開いて饗した。
妖子も喜んで饗をうけた。
雅は改めて美猫に異常な食欲の理由を尋ねてみた。
「なぁ~ネコお前の異常な食欲って結局なんだったんだ。」
美猫は頬を赤らめて恥ずかしそうに言った。
「みやちゃん、春って猫族にとって恋の季節なんだけど
まぁいわゆる盛りがつくっていうか、でもその感情を抑え込もうとすると
食欲に皆いってしまうみたいなんだよ。」
「お前、もうそんな年頃なのか?」
「失礼ですよ、雅さん。」
「美猫さんはもう16歳ですからそういう感情が芽生えても可笑しくないですよ。」
妖子が責めるように言った。
「済まない、そんなことにも気付いてやれなくて保護者失格だな。」
雅は素直に美猫に謝った。
「いいよ、みやちゃん。」
「みやちゃんの優しさは充分あたしに伝わっているから。」
美猫は雅の用意した胃薬、消化薬を取り出して、頬を赤らめた。
妖子は空気を読んでそっといつの間にか姿を消していた。
いつの間にか2人っきりにされて雅も美猫もお互い照れ臭かった。
「そういえば、一緒に住むようになって半年がたつのか早いなぁ。」
雅は照れ隠しで呟いた。
美猫は思い出したように
「そういえば、いつの間にか妖子ちゃんみやちゃんの料理を見事に再現していたね。」
「いつみやちゃんの料理の作り方なんか教えたの。」
「妖子ちゃんが居酒屋銀猫の調理場で働き始めてすぐ位だよ。」
「理由は妖子ちゃんネコに恩返ししたいからまずは僕の料理を覚えていずれ美猫の舌を
満足させるものが作れるようになりたいってさ。」
「本人は一言も言わないけれどやっぱり、あの謎の老婆の正体を初見で見破っていた
ようだね、でもネコの気持ちを汲んで気が付かないふりをしているようだけどね。」
雅は懐かしそうに言った。
唐突に顔を赤らめて美猫が
「ところでみやちゃん、来年盛りの季節が来たら発情してもいい。」
雅は驚いたように、
「誰に発情する気なの。」
美猫は雅の瞳をじっと見つめた。
「えぇっ僕なの。」
美猫はこんなこと女の子に言わせないでよねというような目で訴えかけていた。
雅は耳まで真っ赤にして俯いて一生懸命言葉を紡ごうとしたが言葉に詰まってしまった。
「美猫、あんまり雅さんを困らせちゃだめよ」
雅の両肩に手を載せて銀が後ろにいつの間にか立っていた。
「雅さん、本当に繊細な人なんだからそんなに強引なやり方で攻めたら可愛そうよ」
「銀ねぇ、いつからこの部屋に居たの。」
「妖子ちゃんと入れ違いぐらいかしら。」
「全く、神出鬼没なんだから。」
「でもよかったわね、美猫のこと雅さんちゃんと異性として意識している様よ。」
「わあぁ、銀ねぇ恥かしいこといわないで~。」
「大体、美猫が発情なんて恥かしい言葉を使うから悪いのよ。」
「せめて、あなたに恋してもいいですかぐらいのこと言いなさい。」
「どうせあたしはそういうことに慣れてないもん。」
2人の毒気に充てられてしまった雅は完全に沈黙してしまった。
「こんな粗忽な子だけどこれからも保護者として面倒見てくださいね。」
銀は雅に念を押すように言った。
「美猫からも雅さんにちゃんとお願いするのよ。」
「銀ねぇ、用事がすんだらさっさと帰れ!」
美猫は声を荒げて銀を追い返した。
美猫はとりあえず雅と二人きりになりたかった。
まだご機嫌斜めでソファーの上でプンスカしている美猫をチラ見しながら雅は
食事の後片付けをして自分の気持ちを冷却させていた。
「ネコ、苺洗ったから食べるか。」
「生クリームと粉砂糖もお願いね。」
雅の経験上、デザートを出せば美猫の機嫌など簡単に治る事などお見通しだった。
「ネコ、今日は本当ににぎやかでたのしかったよ。」
「今まで本当にありがとう、これからもよろしくたのむね。」
生クリームをたっぷりつけた苺に満面の笑みを浮かべご機嫌の美猫に
雅は優しくお礼をいった。
23、弓道無残
「お願いです。」
「父の死の真相を知りたいのです。」
警視庁保安局亜人対策課へ押しかけてきた少女に島田課長は厄介ごとには万事
事なかれ主義で対応する方針なのでとりあえず別の課に行って欲しかったがどうやら
エクスタミネーター絡みらしくここへ回されてきたようなので困惑していた。
頼みの綱の大和警部補は外へ出ていて今日は直帰の予定なのでいつものように
丸投げするわけにもいかなかった。
渋々話だけでも聞くことにした。
少女の名は守屋靖子、弓道師範で国際A級エクスタミネーターの守屋味扇斉の娘だった。
守屋味扇斉はある政府高官から極秘の依頼を受け高位のライカンスロープの犯罪者を
射殺する任務に着いていたそうだが翌日火葬された遺骨になって帰ってきたというのだ。
守屋味扇斉愛用の弓は強い力で圧し折られ、魔性殺しの矢は持っていた10本のうち
9本が無傷ながら血まみれで使われたと思われる1本の矢は中央の部分を強い力で握り潰され
無残な状態だった。
多分ターゲットの犯罪者に返り討ちにあったと思われるのであるが依頼主もターゲットの
犯罪者も分らず、これでは死んだ父が浮かばれないという話だった。
島田課長は聞くんじゃなかったと大いに後悔した。
先日大和警部補から政府関係者と名乗るテロリストを問答無用で全員射殺した
という報告を受けて肝を冷やしていた。
このときは陸軍諜報部から内密に処理して欲しい、後始末はこちらで全て
処理するので警視庁側では何もしなかったことになりホッとしたばかりだった。
明らかに同じ山の臭いがする守屋靖子の相談はかなり厄介だった。
島田課長は民間のエクスタミネーターが犯罪者に返り討ちにあったという証拠がなく
むしろターゲットのライカンスロープの方が被害者で正当防衛の可能性が高いので
警視庁保安局亜人対策課が動くことはできないと説明した。
島田課長の回答に守屋靖子は激怒してでは死んだ父を犯罪者呼ばわりするのかと
喚きちらし手の付けようがなかったので、警備の若い警官を呼んで強引に帰らせた。
守屋靖子は何としても父の仇を討とうと民間のエクスタミネーター事務所等を
回ってみたが全て門前払いだった。
国際A級エクスタミネーターが返り討ちに合うような相手ではとても引き合わない
ためである。
また、大体民間エクスタミネーター事務所同志友好的で無いため、
守屋味扇斉の仇を討とうなどと考えるところは一か所もないのである。
後は守屋靖子が自ら父守屋味扇斉の仇を討つしか方法がなかった。
は父の形見の魔性殺しの矢と自分の弓を持って亜人街を彷徨い歩いた。
偶然、塗仏の鉄がその姿を目撃しこれは災厄の元に成りかねないと下調べをして雅に報告
しようとしていると繋ぎの美猫が現れた。
「鉄さん、緊急事態のようだけど何が起きたの。」
「美猫ちゃん大変だよ、居酒屋銀猫の女将を狙ったテロリストの娘が仇討ちをしようと
亜人街を徘徊しているんだ。大丈夫だと思うが雅さんと女将は標的になる可能性がある
から、気を付けるように伝えてくれ。」
「しかも奴さん自分の父親がテロリストだと思っていないから性質が悪い。」
「特に奴さんの持っている魔性殺しの矢は俺たちライカンスロープにとっちゃ
危険極まりないものだからな。」
鉄の話を聞いた美猫は自分の手で何とかしようと考え、
とにかく会って話をしてみようと思った。
とりあえず、亜人街を彷徨っているというテロリストの娘を探した。
テロリストの娘こと守屋靖子はすぐに見つかった。
亜人街で弓道着に弓矢という格好は非常に目立つもので自らを囮にしている様だった。
「みやちゃんにはあの子を殺すことはできない、銀ねぇにも殺せない。」
「交渉決裂の時は一か八かあたしの手で始末するしかない。」
美猫は命懸けの大勝負を覚悟した。
人気のない寂れたアーケード街で美猫は守屋靖子に声を掛けた。
「守屋味扇斉の娘、守屋靖子さんですか、
あたしは守屋味扇斉のターゲットの関係者で
守屋味扇斉を始末したものの関係者でもあるの。」
「あなたは私の父の最期をご存じなのですか。」
「それを伝えるためにあなたに会いに来ました。」
美猫は、起こったことを淡々と無感情に守屋靖子に伝えた。
「守屋味扇斉はテロリストの1人としてはターゲットが多人数のテロリストとの
戦闘の最中、隙を突き魔性の矢で暗殺しようとしたの。」
「だから、あたしの仲間が魔性の矢を握りつぶして、竹槍で串刺しにして始末したの。」
あまりにも無様な武人にあるまじき守屋味扇斉の最期の様子を聞いて守屋靖子は動揺して
美猫に問いかけた。
「それはどういうことですか。」
「わからなきゃ教えるけど守屋味扇斉は右京門陸軍中将の依頼で右京門家にとって
生きていると都合の悪い右京門邦春の恋人を暗殺しようとして阻止されたのよ。」
「あなたのやろうとしているのは依頼者の居ない暗殺の継続、ただの人殺し。」
「おとなしく手を引きなさい、それとも無駄な血を流す気なの。」
守屋靖子は振り絞るように美猫に言った。
「私は父の汚名注ぎ守屋流弓術の家を守る、そのためには父の最期の仕事を完成させる。」
「そんなことをしてもあなたのお父さんは喜ばないよ。」
「父の不名誉は守屋流の恥、守屋流の名誉を守るためには守屋味扇斉がテロリスト
として右京門家から暗殺を引き受けたことを知っているものを全て殺し尽くす。」
美猫は驚愕した、守屋靖子の目的は自分の家の名誉を守るためで、ただ父親の
仇討ちだけで動いているのではなかった。
「すべて殺しつくすって、それじゃあなたは何人殺す気なの。」
「守屋流の名誉を守れるならば、亜人など何人でも殺す。」
守屋靖子は亜人を人間とは思っておらず、殺人に罪悪感を持っていなかった。
「交渉決裂か仕方ない。」
美猫の行動は素早かった一瞬で猫又に変化して間合いを詰め、
魔性殺しの矢を射る機会を与えなかった。
聖別された銀のナイフで守屋靖子の弓の弦と頸動脈を切りさいた。
さらに心臓を突き、止めを刺した。
「ごめんね、苦しくなかったよね。」
美猫は守屋靖子の遺体を弓と魔性殺しの矢と共に荼毘に付して小さな骨壺にいれて弔った。
守屋家の玄関に小さな骨壺が届けられ、やがて父守屋味扇斉と共に葬られた。
24、猫又注意報
丘の上のお嬢様学校に通う、大和撫子は大の猫好きで大の猫又フリークであった。
当然のことながら義父の大和龍之介のことがとても大好きだった。
でも本性の黒猫の姿になってくれるが半人半猫の猫又の姿は恥ずかしがって全く見せて
くれないのがちょっと不満であった。
最近父親の紹介で友達になった竜造寺美猫はお願いすればいつでも猫又になって
くれるのでいつでも猫又分を充分に補充することが可能になった。
美猫の猫又ハーフのお友達とも仲良くなったので美猫と居酒屋銀猫に行くのが
とても楽しみになった。
美猫のお姉さんの銀とも撫子は仲良くなって猫又になってもらえるようになった。
流石に銀はアダルトな雰囲気で妖艶といった感じだった。
「じつはお父さんいくら頼んでも恥ずかしがって猫又になってくれないんです。」
純朴な撫子はよりによって銀に相談してしまった。
大和龍之介にとって最大の不幸であることを撫子は知らない。
「みやちゃん、さあ、呑みに行こう。」
事務所が定時になる前から大和警部補が雅の隣の空き机で待っていた。
「やっさん、こういつも直帰で大丈夫なんですか、署の方に顔出さなくても。」
「大丈夫、あの丸投げしか能のない島田課長は二度ほど呑みに連れて行って
二度ともグデングデンに酔い潰したから大きな事なんか言えないよ。」
「やっさん、容赦ないですね。」
大和警部補はこれから何が起こるかも知らず、雅をお供に魔窟居酒屋銀猫に向かっていた。
格子戸をあけると「いらっしゃいませ。」元気な猫又ハーフの娘たちの声がした。
続いて「いらっしゃいませ。」と落ち着いた声で白猫銀が挨拶した。
店内は結構混んでいたが、銀は大和警部補と雅を座敷に案内した。
しばらくは2人だけで飲んでいた、だがいつの間にか銀が座敷に上がっていた、
「聞きましたよ大和さん、人前で猫又にならないそうですね」
「男の猫又って見たいと思いますか、猫目猫耳猫尻尾の男ですよ。どう考えても不気味
じゃないですか。」
「あれ、みやちゃん、顔が引きつっているようだけどどうしたの。」
「いいえ、なんでもないです。」
雅は大和警部補が銀に一服盛られてマタタビが利き始めた瞬間猫又になっているのを
何度も目撃しているのだが、大和警部補の言うとおり確かに不気味であった。
「でも撫子ちゃんはそうは思っていないみたいですよ。」
大和警部補は急に居住まいを正して、
「娘がここに来たんですか。」
「えぇ、美猫やここの猫又ハーフの娘たち、そして私も猫又になってみんなで記念撮影を
しましたよ。」
「これは、娘が我儘を申しまして本当に申し訳ございません。」
「いいえ、とてもいい御嬢さんでみんな仲良くさせて頂いてます。」
「その撫子ちゃんが是非お父さんの逞しい猫又姿が見たいと。」
「ぶっ、」
雅は思わず失礼とは思いながらも耐え切れず吹いてしまった。
「どうしたんだ、みやちゃん行儀が悪いぞ。」
「やっさん、やっさん、耳が、耳が、」
「えっ」
大和警部補は雅の様子がおかしいので気になって頭に手をやって、固まってしまった。
そこには有るはずのない猫耳が生えていたのである。
「みやちゃん。」
「はぁいぃ。」
「君は今見てはいけないものを見ているね。」
「俺の目は猫目かな。」
「おっしゃるとおりです。」
「尻尾は生えているかな。」
「思いっきり生えてます。」
「みやちゃん、逃げよう。」
その時、
「キャッ、お父さん、カッコ可愛い。」
大和警部補に娘の撫子が抱き着いてきたのである。
喜びのあまりはしゃぎ回る普段見られないような娘の姿に、
恥かしいやら、照れ臭いやれ、うれしいやら、と複雑な思いの気の毒な大和警部補に
掛ける言葉が見当たらない雅だった。
大和警部補はそのままの姿で腕に娘の撫子が思いっきり抱き着いている状態で帰宅
する羽目になったのであった。
雅はそのまま少し飲んでいこうと座敷に残っていると銀がやって来た。
「お一人でお飲みになるのはちょっと寂しいだろうと思いまして私がお相手いたします。」
「しかし、今日の悪戯はちょっと酷過ぎるとおもいます。」
「でも撫子ちゃんって本当にお父さん思いのいい娘さんでお父さんの猫又姿が見たいって
いうんでちょっと協力してあげたんですよ。」
「ところで雅さんも猫又が好きって聞いたんですけど本当ですか。」
「ネコが今晩一緒に寝てって甘えてくるんですよ、猫又姿で。」
「たぶん、小さい頃の怖い夢かなんかまた見て怖かったんだと思うんですけど。」
ふと銀は何かを思いついたような顔をして、
「では、酒の肴代わりに私の猫又姿をお目に掛けましょうか。」
「えぇっ、」
そこには、凶悪なくらい妖艶な猫又が着物を着崩して雅に迫っていた。
雅はあくまで平常心を保って銀の誘惑的な仕草に堪えていた。
「雅さん、美猫程度の猫又で猫又を語るのは早いですよ
今晩は本当の猫又を味あわせてあげますよ。」
銀は体を雅にすり寄せながらお酒の酌をした。
「ぎ、銀さん何かいろいろとあたっているのですが。」
ガチガチに緊張して雅は何とか言葉を紡いだ。
「雅さん、あてているんですよ。」
銀は落ち着いて答えた。
「いやぁ~それはちょっとまずいのでは。」
雅は顔を真っ赤にして答えた。
「本当は嬉しいでしょう、顔に書いてありますよ。」
銀はさらに体をすり寄せてきた。
「銀さん、本当にごめんなさい勘弁してください。」
雅は一瞬のすきをついて銀から離れその場で土下座した。
「雅さんは私が嫌いなんですか、そういうのってものすごく傷つきます。」
銀は拗ねる様に言った。
「いいえ、むしろ銀さんのこと大好きです。だからそういうのはどうも苦手なんで。」
雅は額を畳に擦り付けて銀に言い訳のようなこと言って口ごもっていた。
そんな雅の姿に銀は少し可哀相になって、
「雅さん、ちょっと私、悪戯が過ぎたようでごめんなさいね。」
銀は着物の着くずれを直し居住まいを正して雅に謝った。
雅は銀の猫又姿に本当は興味があったので、
「銀さん改めて猫又姿を見せて頂けますか。」
「先ほどは目を開けられないと言うか、よく猫又姿を拝見できなかったもので。」
銀は清楚な猫又姿を雅に見せた。
雅は銀の猫又姿に見とれてしまいぼーとしていた。
あまりじっと見ていたので今度は銀が恥ずかしくなってしまい、雅の頬を指で突いて、
「雅さんのエッチ。」
雅は慌てて正座して銀に、
「結構なものをお見せ頂きありがとうございます。」
と丁寧に礼を言った。
銀は雅が少々滑稽だったので優しく微笑んだ。
雅は暫く銀の酌で酒を飲み、銀と他愛もないことを話していた。
二人は時間がたつのも忘れて話し込んでいた。
その時、座敷の襖が開いて、
「みやちゃん、おなかすいた。」
美猫であった。
美猫は雅の帰りを待ち続けていた。
雅は今晩呑んで帰るから先に夕飯を食べるように言っていた。
美猫は夕飯を食べたものの、またお腹がすいてきたので
多分隣の居酒屋銀猫で飲んでいるだろうから、隣に押し掛ければ
何か、自分の好物を作ってくれるだろうと乱入してきたのである。
「こらっ美猫、行儀が悪いわよ。」
「あれっ銀ねぇ、なんで猫又に変化しているの。」
雅は大和警部補と飲んでいるものだと思った美猫は銀と2人で飲んでいたので
不思議に思った。
さらにわざわざ猫又に変化していたので美猫には意味不明だった。
美猫はここは自分も猫又に変化した方がいいと思い変化した。
美猫が抱き着いてきたので当然の様に銀も抱き着いてきたので
雅は両手に猫又状態になってしまい、とても暖かかった。
「やっぱり、猫又はふかふかで気持ちいいですね。」
「今日はここにお布団を敷いて一緒に寝ましょうか。」
銀は雅をからかうつもりで言ったのだが、雅がうとうと
し始めたので本当に布団を用意して3人川の字で寝てしまった。
翌朝熟睡した雅が目を覚ますと銀と美猫が猫又姿で一緒に寝ていた。
多分これは自分の妄想で夢を見ているのだろうと思いまた寝てしまった。
次に目を覚ました銀は自分の胸に雅の顔を押し付けたら目を覚ました時の
雅の反応が面白いだろうと思ったがやっぱり可哀相なのでやめて二度寝した。
最後に目を覚ました美猫は猛烈に空腹だったので乱暴に雅を起こし何か食べるものを
作るよう要求した。
雅は寝ぼけ眼で調理場へ行きチキンライス玉葱抜きを作って戻ってきた。
「みやちゃん遅いよ。」
座敷は布団が片付けられて美猫専用テーブルの前で美猫が自分の好物を待っていた。
雅はまだ寝ぼけていた。
テーブルの上にお茶が用意されていた。
一足先にお茶を飲んでいる銀に雅はお茶を勧められた。
お茶を啜り、だんだんと目が覚めてきた雅は美猫と一緒とは言え銀と同じ布団で寝たと
いう事実に気づき愕然とした。
そんな雅の気持ちを察するように銀は微笑みながら言った。
「責任とって下さいね。」
25、少佐リリシズム
エカチェリーナ・キャラダイン少佐ことエリカは謹慎明けで訓練所の鬼教官
の任務に就いていたが、この度やっと実戦部隊に復帰した。
滅殺機関は政府直属のため政府内の他の組織の影響を全く受けなかった。
軍の部隊とも対等かむしろ発言権は上だった。
実際デミバンパイアで編成された某国のゲリラ部隊をエリカ1人で壊滅させた。
右京門陸軍中将の事件でも陸軍諜報部は滅殺機関に何も言えなかった。
そんないつも殺伐としたエリカだったが実は可愛いものが大好きだった。
ただ自分の体形が女子プロレスラー並に筋肉質で逞しいのでちょうどいいサイズの
可愛い服が無かった。以前雅に見立ててもらった服が唯一女性らしい服であった。
以前は雌ガキ呼ばわりしていた美猫のことも右京門陸軍中将の事件以降は中々見所
のある奴とエリカの評価は高かった。
美猫は可愛い外見とは裏腹に機転が利き、かなり戦闘力が高かった。
エリカの貸したモーゼル712フルオートマチック自動拳銃や手槍を猫又化していた
とは言え見事に使いこなしていた。
さすがは、雅のアシスタントを勤めているだけあると感心していた。
可愛いのに強いというのはエリカにとって憧れであった。
エリカは戦っている美猫の姿を見て思わず見とれてしまいそうだった。
エリカは休暇の時自然と亜人街に足が向くようになった。
ただ、以前泥酔して大暴れして店を全壊させた魔窟居酒屋銀猫には行き辛かった。
近くまで行ったもの、引き返そうとしたところ肩を優しく叩くものがあった。
白猫銀である。
エリカは向き直ってから2m位後づ去りをして尻餅をついた。
銀はエリカに手を貸して、
「そんなに驚かれるとは思わなかったもので、ごめんなさいね。」
エリカは銀に頭が上がらなかった。
店を全壊させ迷惑を掛けたにもかかわらず、初めて会った時と
同じように優しく接してくれるのである。
でもエリカの大暴走も元はと言えば銀が一服盛ったのが原因であった。
知らないのはエリカだけだった。
銀は折角だから一杯飲んでいくようにエリカを誘った。
エリカは銀の誘いを断りきれず、魔窟居酒屋銀猫にはいっていった。
モルモット2号の誕生であった。
エリカはカウンターに座り、例によって銀が出した焼酎のようなものを一気に飲み干した。
恐る恐る、エリカは銀に尋ねた。
「この間お店を壊した時は全然記憶が無くて
自分でどこから暴れだしたかわからないのです。」
銀は優しく言った。
「お酒を飲むときはそんなこと気にしてはいけないわ、お酒がおいしく飲めませんよ。」
銀はエリカのコップにまた焼酎のようなものを注いだ。
エリカは学習能力に問題があるのか銀の注いだ
焼酎のようなものの所為かまた一気に飲み干した。
「ところで雅のアシスタントの美猫ってどうしてあんなに強いのですか。」
「滅殺機関の訓練生でも出来ないようなことも簡単に熟しているのは凄いですよ。」
と言ってまた焼酎のようなものを一気に飲み干した。
「しかもあんなに可愛いなんて反則ですよ。」
と言ってまた焼酎のようなものを一気に飲み干した。
「私みたいに筋肉ダルマになってないのに高い筋力と瞬発力、羨ましいですよ。」
と言ってまた焼酎のようなものを一気に飲み干した。
「私なんてウェストが65センチも有るんですよしかも筋肉だからダイエットできない。」
と言ってまた焼酎のようなものを一気に飲み干した。
「身長も172センチもあるでかい女だし、影では雌ゴリラ少佐と呼ばれてますよ。」
と言ってまた焼酎のようなものを一気に飲み干した。
例によってカウンターから見えない安全なところで
さつきと妖子が危険生物の様子を観察していた。
「わあぁ、あの人またエタノールをぐいぐい飲んでいるよ。」
さつきはエリカの様子を見て驚いていた。
「エタノールって溶媒として優秀だからいろいろな薬品を混合できますよね。」
妖子はさりげなく怖いことを言っていた。
しかし、今回のエリカは様子が違った。
「私みたいなゴリラ女なんて、私みたいなゴリラ女なんて、・・・。」
と言ってまた焼酎のようなものを一気に飲み干した。
そしてわんわんと号泣し始めた。
冷めた様子でエリカを観察していた銀だったが
やがて、エリカが泣き止むと優しい声を掛けた。
「陰口なんて気にすることありませんよ、あなたにはあなたの良い所があるんですから。」
「ありがとうございます、おかげで気が晴れました。」
と言ってまた焼酎のようなものを一気に飲み干した。
「なんか元気が出てきました、では公園でも行って走ってきます。」
とエリカは格子戸をあけ外に出て行った。
安全を確認してから奥からさつきと妖子が出てきた。
「銀さん今回はいったい何を飲ませたんですか。」
「普通の人なら急性アルコール中毒で救急搬送コースですよ。」
銀は悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「ちょっと元気が出る薬と自白剤を混ぜてみたんだけど
意外な本音が聞けて、興味深い結果がでたみたいね。」
格子戸が開いて雅が慌てて入ってきた。
「銀さん、エリカに何を飲ませたんですか?」
「エリカが公園内の道路を全速力で暴走して公園の清掃車に激突して、
まぁエリカは無傷なんですけど、清掃車が全損で公園中に清掃車の破片や
ゴミが散らばって管理人が総出で片付けてるところなんですよ。」
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