No.713732

Dearest

たけとりさん

黄怪盗ことブラックホール・イエローさんとトゥエンティの話です。ふたミルの3〜4話辺り。
黄怪盗の本名が戦中の江戸川乱歩の別PNが由来らしいので、元ネタが同じトゥエンティと面識があったら面白いな〜と思いまして。アニメのふたミル最終回を見た辺りから思いついていたのですが、月刊ブシロードで連載中のコミック版がそろそろ11話のエピソードに入りそうなので、急いで形にしてみました。
作中の黄怪盗さんのトイズにはついては、こうじゃないかなー?という予想です。

アニメのふたミルを観ていたら「黄怪盗はシオンに惚れてるんじゃないの?」と思っていたんですが、コミック版の4話辺りで明言されて「やっぱりな!( ̄ー ̄)bグッ」となりましてね。惚れてないとあそこまで出来ないだろ……というか。しかしこうなるとシオンは何げにハーレム属性もちなのに、重度なシスコンのせいで意味が無いという……。

続きを表示

2014-09-05 01:41:10 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:876   閲覧ユーザー数:872

 玄関の扉を閉め、鍵とチェーンを掛ける。

 リョウコ・コマツは小さく息を吐くと、薄暗い室内を見渡した。

 探偵事務所として使っていた一室は、ソファーや事務机、過去の資料を束ねたファイルを納めた棚など、大半の家具を既に引き払っていた。かつては手狭に感じていたものだが、フローリングの床だけになると、広々としているように見える。

 リョウコは事務室の電気を点けることなく、奥にある扉へと真っ直ぐに進んだ。そして扉を開け、プライベートエリアへと入る。手狭な玄関で黒の革靴を脱ぎ、板張りの廊下を進んだ。そして寝室へと続く扉へと手を掛ける。

 扉を開けた途端、冷ややかな夜風がリョウコの頬を撫でた。目元まで伸びた前髪が煽られ、頭上でひとまとめにした長い黒髪の先が小さく揺れる。

 彼女は体を強ばらせ、とっさに周囲へと目を配らせた。

 玄関だけでなく窓も全て施錠して出掛けたのに、何故風が入り込んでいるのか。

 しかし、寝室にはベッドと洋服ダンス以外家具は残っておらず、人が隠れられるスペースはない。

 リョウコは身構え、窓辺へと目を向けた。壁側に置いたベッドの先で、白いレースのカーテンが大きく波打っている。その隙間から、白いスーツの足下と、黒いブーツが見えた。大きく足を組み、ベランダの柵に腰掛けている。

 ベランダに誰かがいる。

 リョウコは身構えた。だがその人物は動く気配はない。

 さらにカーテンが大きく波打つと、隠れていた上半身が露わになった。黒く縁取りされた襟元と紫のネクタイ、そして左胸に赤い薔薇。

「まさか……?!」

 彼女は両目を大きく見開き、息を呑んだ。

 知っている。

 この男が誰か、何者なのか知っている。

 リョウコはすぐさま窓辺に駆け寄り、揺れるカーテンを掴んだ。そして一気に開くと、ベランダの銀色の柵に腰掛け、金色の髪の青年が優雅に微笑を浮かべている。

「おかえり、ハニー」

 月光のように美しい金髪が、夜風に小さく揺れた。その頭上には、ダイヤのマークが記された黒のシルクハットが載っている。そして黒い皮手袋を着けた右手を、胸元でひらひらと小さく横に振った。

「怪盗トゥエンティ……?!」

 彼が左目に掛けた片眼鏡には、目を見開き、頬を強ばらせた己が映っている。

 何故このタイミングで、彼がここに現れたのか。

 その理由は、彼女には分かりきっていた。

 自分達は、探偵だけでなく彼らーー怪盗帝国にも喧嘩を売ったのだ。

 リョウコは奥歯を噛みしめ、鋭い眼差しで彼を見据えた。

 かつて怪盗トゥエンティとは、とある美術品を巡って、探偵として対峙したことがあった。ほんの数年前だったが、当時の彼はまだ怪盗帝国に所属しておらず、怪盗帝国そのものが存在していなかった時代。

 彼女は素早い状況判断で、彼のトイズとその変装を見破った。しかし同様に彼もまた、彼女のトイズの唯一の欠点を見破り、まんまと逃げ仰せたのだ。どんな怪盗が相手でも常に勝利を収めてきた彼女にとって、土を付けられた数少ない相手となっている。

 無言で睨み返しながら、彼女は思考を巡らせた。

 今ならばまだ、己はまだ「探偵」で、怪盗を問答無用で攻撃したところで罪に問われることはない。だからいっそのこと、問答無用でトイズを発動させようかとも思ったが、今の彼はベランダに腰掛けて「地面に足を着いていない」。

 リョウコは内心舌打ちした。

 例え物であろうが人であろうが、彼女のトイズは、地面に作り出した黒い穴ーーブラックホールへと落とし込む。それが彼女の能力だった。そこに落ちたが最後、彼女の意志がなければ、そこから脱出することは絶対に出来ない。

 しかもこのトイズは離れた場所からの発動も可能で、例え視認していなくとも、彼女がその空間を把握している場所でありさえすれば、ターゲットの動きに合わせて発動させることも可能だった。

 だがこれほど強力なトイズであっても、欠点はある。いわゆる「穴」を作り、そこに相手を落とす能力であるから、その地面に足を着いていなければ効果はないのだ。

 故に怪盗トゥエンティは、変装というトイズだけでなく、機械工学を自在に駆使する特技と努力を以て、まんまと彼女から逃げ仰せた。

 そうーー背中にジェットパックを装備していたのだ。

 宙を飛ぶ相手には、彼女のトイズは意味がない。

「怪盗デビューおめでとうって言うべきなのかな?」

 トゥエンティは軽く肩をすくめると、海のように蒼い眼差しを彼女へと向けた。そして、柔らかな笑みを浮かべる。

「久しぶりだね、ハニー」

 口説くような甘い声音だったが、彼が発する「ハニー」という呼び方に意味がないことを、リョウコは過去の経験で知っていた。

「何故ここに……」

「放送、観てたよ」

 あくまで柔らかな物腰ではあったが、淡々とした口調に、背筋に冷水を浴びたような感触が走る。

 仲間である「疾風の赤き獅子」を捕らえた謎の探偵・フェザーズを誘き出す為に、彼女は仲間と協力して罠を張った。その為に、ゲストとして呼ばれたニュースバラエティーを利用したのだ。

「まさか……」

「観てたよ、全部」

 おそらくTV局を見張っていたのだろう。ということは、フェザーズと覚しき少女達を誘い出した一部始終も、どこかで盗み見していたに違いない。

「まさか君が、カラー・ザ・ファントムの一員だったとはねぇ」

 トゥエンティは両手を軽く持ち上げると、大袈裟に肩をすくめてみせた。

「探偵が怪盗になるなんて、美しくないなァ」

 深い溜め息と共に、首を横に降る。リョウコは鼻白んだ。

「フン。通報でも何でもすればいいだろう」

「まさか。そんな美しくない行為、ボク達はしないよ」

 その言い回しに、リョウコは眉間の皺を深くした。つまり彼だけでなく、怪盗帝国にも己の正体がバレたという事だろう。

「だったら何の用だ」

「昔のよしみで、少しだけトークしたくなってね」

 そう告げると、トゥエンティは彼女に向かって片目をつむり、小さく舌を出した。

「君に怪盗は似合わないよ」

「は?」

 想定外の言葉に、リョウコは切れ長の瞳を瞬かせた。

 宣戦布告されるか、この場で一戦交える事とになるのではと警戒していたが、彼がまとう雰囲気はあくまで飄々としている。世間話を続けるように、彼は組んだ足を解いた。

「君は怪盗に向いてないと思うよ」

「なにを……」

「だってサ、君、自分の為にトイズを使ってないじゃないか」

 咎めるでもなく、皮肉でもなく、ただ柔らかなトゥエンティの声音が、深く胸に突き刺さってくる。

 リョウコは、拳を強く握りしめた。

「そんな事はない」

 否定する彼女を、トゥエンティはじっと見つめた。

「私は、私の願いの……欲望の為にトイズを使っている」

 だから怪盗だと彼女が続けると、彼は唇の両端を軽く持ち上げた。

「それでもボクは、君が誰かを助けたくて自分のトイズを使っているように見えるよ」

「だとしても、お前には関係ない事だ」

「そうだね」

 睨み返すリョウコに、トゥエンティはあっさりと頷く。

「でも覚悟を決めたユーの姿は、ビューティホーだよ」

 その言葉と共に、彼は軽やかに柵の上に立ち上がった。

「じゃぁね、グッナイ!」

 片手を挙げて朗らかに告げるトゥエンティに、リョウコは慌てた。

「待て、トゥエンティ!」

 思わず呼び止め、尋ね返す。

「お前、何しに来たんだ?!」

「だから、昔馴染みのユーと少し話したかったって言ったでしょ? それにね……」

 トゥエンティは笑みを浮かべたまま、すっと目を細める。

「ボク達ビューティホーな怪盗が戦うべき相手は、探偵さ」

 その言葉に、リョウコは目を見張った。

「だから、もうユーとは戦えないね」

 トゥエンティは細い眉を寄せて困ったような笑みを浮かべると、彼女の方を向いたまま柵を軽く蹴り、夜空高く舞い上がった。いつの間に装着していたのか、背のジェットパックは僅かな振動音を響かせるだけで、その小さな音も、目立つはずの白のスーツ姿も、一瞬で街の喧噪に溶けていく。

 リョウコは拍子抜けしたように、目を何度も瞬かせた。

 彼はその言葉通り、単純に話がしたかっただけらしい。

 奇妙な男だと、リョウコは思った。だが、何故か不快ではない。

 リョウコは軽く息を吐き、ベランダの柵に両手をついた。眼下の住宅街に人影は無かったが、道沿いに白く輝く街灯が点在している。視線を上げると、高速道路を走る車のヘッドライトが、光の川のように流れていた。さらにその奥には、偵都を象徴するランドマークタワーの輪郭をなぞるように、赤と白の光が点在している。

 リョウコは、柳眉を深く寄せた。

「私は、ただ……」

 瞼を閉じると、銀髪の青年の柔らかな笑みが浮かぶ。だがその眉根を寄せた笑みは、優しげではあったが陰ってもいた。

「あの人の望みを叶えて、その心を救いたい。ただそれだけ……」

 その為には、探偵のままでは駄目だった。だから怪盗になる道を選んだのだ。

 そして同時に、探偵を辞める事も決めていた。それは彼女なりのケジメの付け方でもあったし、彼は怪盗をライバルとして認める「探偵」を嫌っていた。だから、自分は彼らとは違うという、意思表示のつもりでもあった。

 探偵になる事も、探偵であり続ける事も、決して容易ではない。

 けれどそれらをあっさり捨ててしまう事ができる理由を彼女は知っていたし、把握してもいた。

 後悔などしていない。迷いもない。

 だが。

 リョウコは瞼を開くと、ランドマークタワーの頂上と覚しき赤と白の光を見上げた。

 地上で作り出された光に負け、夜空を照らすべき星は輝きを失って既に久しい。ただ、弓のように細く伸びた月が、暗闇の中に淡く浮かび上がっている。

 彼女は自嘲気味の笑みを浮かべた。

 怪盗トゥエンティの指摘は、おそらく正しい。だが、引き返すつもりは毛頭ない。

 彼女は室内に戻ると、鍵を掛けてカーテンを閉めた。そしてポケットからスマートフォンを取り出す。

 あの様子では本当に話をしに来ただけかもしれないが、リーダーには一応知らせておくべきだろう。

 もう寝ているかもしれないな……と思いつつ、リョウコは画面を操作し、彼の電話番号をタッチした。

 

 

<了>


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択