No.713513

愛と呼べ

カカオ99さん

ウォール・マリア奪還作戦あたりの話。『悔いなき選択』とコミックス14巻あたりのゆるいネタバレと捏造有。エルヴィンの一人称が「俺」。過去の捏造とエルヴィンの女性関係を匂わせる部分があるのでお気をつけて。

2014-09-04 00:48:15 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2377   閲覧ユーザー数:2376

   1

 

 地下街ではちょっとした有名人だったリヴァイたち窃盗団をエルヴィン・スミスの隊が捕え、脅しと取引によって強引に調査兵団にスカウトし、紆余曲折を経て、エルヴィンとリヴァイは上司と部下に収まった。

 さらにエルヴィンが自身のミスによって実の父が王政府に殺されたのを話したことで、同様に自分のミスで仲間のファーランとイザベルを失ったリヴァイの心は幾分ほぐれ、二人の関係のざらつきは少なくなった。

 そんな時、エルヴィンはリヴァイを誘って場末の飲み屋に行き、酒の肴として過去の話をした。「将来を約束した人がいたんだ」という、使い古された始まりとともに。

 よくある話の一つだと、エルヴィンは淡々と隙間なく語った。

「彼女は俺より年上の先輩で、故郷の山奥の日常に馴染めなかった。俺も似たようなものだったから、ウマが合った」

 閉じた社会での濃い人間関係が苦痛だったそうだ。誰のせいでもないから、自分が共同体から出るしかなかった彼女の気持ちは、よく分かる。

 調査兵団に入るのは酔狂な人間ばかりだ。奇人変人に加え、お前のように犯罪の免除で入ってくる人間もいる。いい顔をする身内は少ない。

 だが、調査兵団に入って手っ取り早く功績を上げれば、ウォール・シーナに住む権利を貰えるかもしれないと言えば、納得する身内も多い。憲兵団や駐屯兵団だと、出世するのが大変だからな。

 閉じた集団は辛いと分かったから、調査兵団を選んだ。彼女はそう言ってたよ。生きるか死ぬかの二択しかないから、とても分かりやすいとな。

 彼女は美しい人で……世間一般の美しいとは違うな。野山を駆ける動物のような、躍動する美しさを持っていた。

 森の空気みたいに凛としていて、目の色も森の色だった。普通の人が見落とす小さな部分も見逃さなくて、面倒見が良かった。でも、使えない人間を突き離す時は容赦なかった。

 そのへんの男に負けないくらい強くて、いろいろな伝承の歌を知っていて、自分の心の在りようも分かっていた。とにかく全部が優秀で、生まれながらの戦士だった。……ああ、座学は俺の方が上だったがね。

 巨人との戦いを、ただ在るべきものとして認識していた。人間が一くくりにして見ている動物も、狩る動物と狩られる動物がいる。人類はけして特別じゃないから、生き延びる術を身につけないといけない。そんな風に、人類と巨人も同じものとして見ていた。

 人の死への接し方も、みんなと違った。生き延びたらそれで良し、死んだらそれまで。そういう考え方で、長く引きずることがなかった。山での生活は、恵みを得ると同時に死と隣り合わせだったそうだから、自然とそういうのが身についたんだろう。

 大勢の凡庸な兵士を生き残らせるのは、たった一人の戦士だ。彼女はそれだった。生き延びていたら、俺より先に分隊長になったかもしれないな。

 でも彼女は俺を守って死んだ。俺より頭が良くて、格闘がうまかった人たちはたくさんいたのに、みんな死んでしまった。優秀だからといって生き残るとは限らない。ほんの少しの運の差だ。あとは慢心や油断、甘さ、好奇心、それに周囲の何気ないミス。

 彼女の場合は甘さだった。俺が班長になった時、自分は責任ある立場には向かないと言ったんだよ。どうしても仲間を切り捨てられなくて、助けに行ってしまう甘い人間だから。今まではうまく行ったけど、次はうまく行くと限らない、とね。

 謙遜かと思ったら、本当だった。ある時、壁外調査でほんのちょっと油断して、巨人に襲われて、運良く気絶しただけの俺を助けに来てくれた。誰が見ても俺を置いて行ったほうが正しいのに、彼女は来た。

 足が折れようが、引きちぎられようが、痛いはずなのに、最後まで戦っていたよ。命乞いもしなかった。彼女は最期まで戦士だった。

 前だけ見ろ、進め、行け。それを最後の言葉にして、彼女は食われた。彼女の言葉が、俺やその場にいた兵士たちを前に走らせたんだ。本当に戦士だったよ。もちろん、彼女の遺体は回収できなかった。

 今思うと、甘さというのは違うな。愛だよ。特定の人間への愛だ。愛ゆえに切り捨てるか、切り捨てないか。彼女は後者を選んだ。

 俺がここまで生き残ったのは、運が良かったからだ。それに、自分の命を投げ捨ててまで守ってくれた人たちがいたからだ。

 今日は彼女が死んだ日だ。こういう日は思うんだ。

 俺は誰かに助けられて、生き残ってほしいと思えるだけの価値がある人間だろうか。調査兵団は資金を提供するに値する組織だろうか。俺より優秀で勇敢な人間たちが心臓を捧げた人類は、それだけの価値があるだろうか。

 内地には守る価値のない人間が大勢いるが、彼女たちの犠牲があるから、恐怖を超えて、人類は心臓を捧げる価値がある。

 ……いや、価値があるってのはおかしいな。俺が決めることじゃない。それを決められるのは死んだ人間だけだ。

 だから多分、彼女に守られた俺には価値がある。身内は俺に十分な教育を施してくれたし、日々の食べ物にも困らなかった。病気になればすぐに医者に診せてくれた。申し分のない環境で育ててくれたよ。

 だが、はっきりと俺に価値をつけたのは、彼女や彼らだ。

 生き残った俺は、彼女たちに恥じない戦い方をしているだろうか、諦めていないだろうか、うしろを見ていないだろうか。まあ、こんな話をするってことは、振り向く時はあるってことだな。

「あまり気分のいい話じゃないな。すまない。酒がまずくなっただろう」

 そんな風に締めくくられて、突然嵐に遭遇したようなリヴァイは、小さなグラスに入っている琥珀色の液体を一息で飲んだ。

「そういう作り話もあるということだ」

「そうか」

「そうだ」

 結局その日、二人は無言で杯を重ねたあと、すぐに切り上げた。

 

   2

 

 翌日、リヴァイは立体機動の訓練を終えたあと、エルヴィンよりも背が大きい、鼻がよく利く髭面の大男の所に行った。壁が崩壊する前に調査兵団に入った変人の一人、ミケ・ザカリアス。

 作り話と言われたものの、堅物にしか見えないエルヴィンが真摯に語った女性のことに興味が湧いて、彼と付き合いの長いミケに聞いてみたが。

「昔の女?」

「ああ。エルヴィンにもいたんだろ? そういう女」

「いい年だから付き合った女は何人かいただろうが、詳しくは知らん」

「歯切れが悪い答えだな」

「あいつがよく相手にするのは、後腐れのない商売女だ。だからといってお気に入りの娘を見つけて通い詰めるわけでもなかったし、浮いた噂も聞いたことがない。本人からもそういう話を聞いたことがない」

 思わぬ答えに、リヴァイは「……は?」と間抜けな声が出た。ミケはなにか思い当たったようで、「もしかして」と尋ねる。

「エルヴィン・スミス分隊長の百物語を聞いたのか」

「なんだそれは」

「本人に聞くといい」

 返事がまったくない。ミケはスンと鼻を利かせると、リヴァイの体臭に若干の変化があったことを嗅ぎ取る。

「なにを怒っている」

「怒っちゃいない。腹が立っているだけだ」

 同じことだが、ミケは突っ込まなかった。リヴァイは大きく舌打ちをして、「すまなかったな」と軽く礼をすると、エルヴィンの部屋へ大股で歩いていく。ミケは面白そうに鼻で笑って見送った。

 リヴァイは分隊長の部屋の前に来ると、「エルヴィン!」とノックもせずにドアを勢いよく開けた。

 近づく足音で怒鳴りこんでくることが分かっていたエルヴィンは、驚きもせず、読んでいた手紙から顔を上げる。

「ドアを開けるのは、ノックをして、相手がいいと返事をしたらだ。やり直し」

 そう言うと視線を戻し、手で払う仕草をする。リヴァイはドアを叩きつけるように閉めることで返事とした。

「昨日の話は本当に作り話だったのか」

「昨日?」

「しらばっくれるな。てめぇの大事な女の話だ」

 大声ではないが低くドスの効いた声に、エルヴィンは「ああ、あれか。作り話と言っただろう?」と軽く返し、手紙の次のページを読み始める。

「百物語ってなんだ」

「資金を提供してくれそうな家のご令嬢方への小話だ。多少の真実を混ぜて話す。昨日のは、亡くなった俺の父と同僚の話を織り交ぜて、それを最近流行りの小説風に仕立て上げたものだ。今のお前のように、本当の話と思って感動する人間もいる」

 すかさずリヴァイは「感動してねぇ」と否定し、「タチが悪いな。料理かよ」と舌打ちした。

「真実を話せば相手に引かれるか、悪ければ捕まって、最悪殺される。俺の父親のように」

 父親から禁忌に触れる仮定の話を聞かされた子供が、無邪気に周囲に話したことで、父親は王政府に捕まって殺された。そんなエルヴィンの過去話を思い出し、さすがのリヴァイもグッと怒りを引っ込めた。

「だが、分かりやすく作り話を混ぜると、聞き手は安心する」

「……あんな話を聞かされたら、誰だって親身になるだろうな」

「王都の美しいご令嬢方は、そういう話を求めている。あとでやり方を教えよう。お前には必要な技術だ。さっきお前が本気で怒ったように、ご令嬢方に本気でそう思わせろ」

「なんで俺が」

「巨人を狩る才能があるからだ」

 ようやくエルヴィンはリヴァイの顔を見て話す。

「討伐数が上がれば上がるほど有名人になり、貴族のパーティに招待されることが多くなる。その際の仕事は、話すことだ。彼らを満足させることができたら、資金が手に入る。壁の外に行くには必要な手段だ」

 リヴァイは「ハッ!」と嘲笑った。

「だからって、あんなメロドラマみたいな話をしろって?」

「だが彼女は愛を選んだ。そして後悔しなかった」

 突然のエルヴィンの真摯な語りにリヴァイが戸惑っていると、エルヴィンは手元の手紙を見せた。

「……というお話に感動致しました。また新しい話をお聞かせください。壁外調査の資材調達でお困りのようですので、父に一言添えておきます、だそうだ。つまりこういうことだ」

 汚物を見るような眼差しで、リヴァイは金髪の大柄な男を睨むと、「クソだな」と吐き捨てるように言う。

「話の途中すまんが、俺はこれから会議だ。失礼する」

 手紙を畳むと机の引き出しの中に入れ、必要な書類を持って席を立った。

「昨日の話の教訓は、調査兵団では普通の幸せを得ることはできない。普通の幸せを得たければ、調査兵団を辞めるしかない。だから将来設計は慎重に。以上だ」

 リヴァイの横を通り過ぎる時、エルヴィンは軽く肩を叩く。

「それ以外の教訓もあったと思うが」

「今答えが出ないのなら、それは宿題にしよう。じゃ」

 ドアを開けると、先に出るようにリヴァイをうながした。リヴァイは苛立った態度で分隊長室の外に出ると、ドアの脇にはミケがいた。ミケが「聞いたか?」と声をかけると、「聞いた」と簡潔な答えが返ってきて、リヴァイは大股で歩き去った。

「猫が毛を逆立てているみたいだな」

「意外にあれはよく喋るし、感情が豊かだ。多分、表に出すのが苦手なんだろう」

「……リヴァイに、お前の昔の女について尋ねられた。いただろうが詳しくは知らんと答えたが、それでいいか」

「すまんな。昨日、話を盛って同情を引いた」

 エルヴィンと同じ匂いがした女性は確かに兵団内にもいたが、彼らから互いが付き合っていると聞いたことは一度もない。鼻が効くミケが、そうなのではと推測しただけだった。

 美しい立体機動技術を持つ女性兵士で、エルヴィンもミケも、訓練時に直接指導を受けたことがあった。女性は壁外調査で巨人に食われて死亡。遺体は回収できなかった。

 リヴァイに話した昔の女の話は嘘か真か。ミケはそのことに関して踏み込んで聞く気はなかった。私生活でも仕事でも必要以上に踏み込んで聞かないからこそ、ミケとエルヴィンの関係は良好に続いている。

「あまり意地悪をするなよ? 地下街の出のわりに、結構純粋なようだ」

「分かっている」

 楽しげな口調と軽快な足取り。これはナイルと知り合った時と同じだなと、ミケは苦笑した。

 

   3

 

 八四五年、超大型巨人と鎧の巨人の突然の襲来により、人類はウォール・マリアを放棄した。

 ウォール・マリアとウォール・ローゼの間の広大な領域を諦めるということは、そこで作られていた作物を捨て、住民たちはウォール・ローゼの中に逃げるということ。

 急激に増加した人口と食糧難と不満を解決するためにおこなわれたのが、立体機動技術がない大勢の民兵が主体となったウォール・マリア奪還作戦。

 この軍事作戦が口減らしであることを皆が知っていたが、誰も表立って騒がなかった。綺麗事を言える余裕はなかった。生き延びるため、誰もが口を閉じた。

 憲兵団主導でおこなわれた奪還作戦の指揮は、壁の外をよく知る調査兵団によっておこなわれ、同時に巨人捕獲作戦もおこなわれた。

 作戦内容は民兵が巨人の注意を引いている間に、技術的に優秀な兵士たちが捕獲するというもの。捕獲作戦の立案者であり実行責任者はエルヴィン・スミス分隊長。

 最初から予想できていたが、成果はまったく得られない。訓練された調査兵団の兵士ですら巨人の捕獲は至難の業。民兵主体の編成なら尚更。疲労だけが溜まっていく。

「お前、いつのまにこんな作戦考えてたんだ」

 会議が終わったあと、リヴァイは疲れをにじませる声で、座って机の上に広がる地図を見つめるエルヴィンに問うた。相手は顔を上げないまま、「出兵する前から」と打てば響くような答えを返す。

「つまり、最初からか」

「壁の奪還は無理でも、巨人の捕獲なら実現性がわずかに高い。そっちのほうが、まだ希望を見出せる」

「民兵を犠牲にするのは変わらない」

「まだ割り切れないのか」

 かろうじて安全が確保されている前線基地でも、諦めと死の香りが満ちている。その中で比較的普段と変わらぬ振る舞いをする一部の古参兵は頼りになり、畏怖の眼差しで見られた。人の死にこれほど鈍感になるのかと。

「兵士なら割り切れるさ」

「確かにな。だが、壁の外に行ったことが多いこちらからすれば、いつも通りの光景だ」

 その答えに、リヴァイは何気なく見た床から視線を動かせなくなった。

「普通だが、兵士ではない人間が死ぬのはむなしい。むなしいが、彼らの死は口減らしとして意味がある。王政府は人口の二割の命を糧にして、生き残る次を選んだ。選択は正しくても、そこまでして人類を守るべきかと聞かれたら、戸惑う人間は多い。だが、人類を滅ぼすべきかと聞かれれば、どうだ? 自分が恵まれず、幸せになれない世界なら滅んでしまえと思う人間は多い。お前も一度は口にしたことがあるだろう?」

 書類を読み上げるようにエルヴィンは語る。なめらかな口調と、話す内容の重さの差。

「……あるな」

「そんな人類は、守る価値がないかもしれない。が、滅ぼす価値はある」

 リヴァイはようやく床から視線を剥がす。エルヴィンの表情は口調と同じく揺らがず、暗い歓びも邪悪な笑みもない。

「ウォール・マリアが破られた以上、ウォール・ローゼとウォール・シーナが破られない絶対の保証はない。過去には内側から扉を開けて、巨人を招き入れた人間もいる。人類が巨人に食い尽くされるのは時間の問題だ。それを壁で見えないようにしている。そもそもどうやって壁は作られた。真実に近づいた人間はなぜ消される。なぜ巨人は駆除するように人間を食べて殺す。人間を滅ぼせないから、壁を壊せる新種の巨人が現れたのか。王政府はなにを知っている。これらの疑問に明確な答えはない。ある程度までは推測できても、分からないことばかりだ。だから、最後の悪あがきをするしかない」

 吐き出されるように語られる思考を、リヴァイは止める術を知らない。ただ黙って聞く。

「これは、物語ではその他大勢にすぎない我々が生き残るための戦いだ。民兵二十五万の命は、切り捨てられる側の無力さの証しだ。それでも彼らだけが、今から人類に守るべき価値を与える。滅ぼすべき人類に守る価値を与えるのは、死者だけだ」

 この話の内容はけして良くないもの。不穏なもの。喋っている側も聞いている側も、それを分かった上で流れるように話し、聞く。

「主役の王政府の人間たちは確実に生き残れるだろう。それに対して、名もなき脇役たちはどれくらい生き残れるんだろうな。我々は滅ぼされる価値があるのなら、生き残るために戦おうじゃないか」

 エルヴィンの長い語りに対して、リヴァイは「そういうことをここで言うか」とばっさり切り捨てた。そんな答えが返ってきても、エルヴィンは小さく緩い笑みを浮かべるだけだった。

「お前は人類でも滅ぼすつもりか」

「失敗すればそうなるが、そのつもりでやらないと守ることさえ難しい。捨て試合を選べるほど、我々に余力はない」

「小難しい話をまとめると、人類は守るべきって思ってんのか」

「そうだな。人類は、守る価値がある」

 リヴァイは鼻で笑い飛ばした。不穏なことを言ったかと思えば、その根源にあるものはひどく泥臭くて、単純なもの。

 人類が生き残るならば、優秀な人間だけを選び、残そうとする方が正しい。

 エルヴィンはその逆を行く。リヴァイの思考範囲の外にある答えによって、平凡で戦力にならない無名の人々を一人でも多く生き残らせようとしている。そして人類は滅ぼす価値があると語る。

「なら、てめぇも守る価値がある。だろ?」

 思考が異形の人間には、かつて彼をそのまま受け止め、愛した人がどこかにいて、消え去った。この人間にはそういう経験がある。

「お前も守る価値がある。そのクラバットをくれた相手は、そうなんだろう?」

 エルヴィンはリヴァイの問いに似たような問いで返し、リヴァイはエルヴィンの問いに答えなかった。無言を返事と解釈したエルヴィンは、「誰かに守られた命は価値がある。詩的でいいな」と話題を断ち切る。

 その後に続く、他人にとってはどうでもいいことだが、という一言は心の中でだけ付け加えた。

 リヴァイはエルヴィンの言葉に続きがあることを、なんとなく察する。それは真実であると同時に余計な一言であり、言ってはいけないもので聞いてはいけないもの。

 だからリヴァイは無言を通したあと、「宿題」と唐突に呟いた。

「ん?」

「前に延々と喋っただろう。調査兵団にいると普通の幸せを得られないって教訓の話」

 エルヴィンは過去の記憶を検索して思い出すと、「ああ、あったな」と言う。

「ほかの教訓は、愛を選んだ人間は愛する人を切り捨てないし、後悔しない」

 青く澄んだ眼にじっと見つめられ、この人間の中の真実を突いたとリヴァイは直感する。相手の真意をつかもうとする時、この人間の眼は鏡になる。

 愛を選び、助けた相手は後悔しないからこそ、助けられたほうはなぜ自分が生き残ったのか問い続ける。

 そんな分かりきった悩みは言わず、リヴァイはエルヴィンに近づくと、心臓の上に右の拳を強く押しつけた。

「守ろうとして滅ぼしたら、お前を殺す」

 青い眼にきらりと感情の光が戻り、エルヴィンの表情が柔らかくなる。

「好きにするといい」

「そんな簡単に決めると、あとで後悔するぞ」

「死んだらそれまでだ。好きなものを好きなぶんだけ持っていけ」

 穏やかな笑顔で、リヴァイの拳を軽く叩く。

「じゃあ、俺の取り分を増やすために、頭ばっかり働かせてないで飯を食って太れ」

 それが地下街流の励まし方であることを、エルヴィンは理解していた。椅子から立ち上がると、「今夜のメニュー、知ってるか?」と聞く。

「豆と小さな肉が入ったスープと硬いパン、それに水気の多いポテト」

「いつもと同じだな」

「うまくもないがマズくもない」

 二人並んで廊下を歩くと、ぎしぎしと木の床が鳴る。それは生きた人間の体の重みの音でもあった。

 それでもリヴァイには、自分より重いであろう男の体がとても軽く感じた。巨人と同じ。重そうに見えるのにとても軽い。二十五万人分の命の重さがなければ、地に足がつかない。目を離した瞬間にどこかへ飛んでいきそうな軽さがある。

 そういう飛んでしまう人間は地下街にもいて、根無し草と呼ばれる類の人間だった。そんな人間を命の重さ以外でどうやって留めるかなど、リヴァイは知らない。ふらりと旅立つ彼らが帰ってくるのを待たなければならない。

 あるいは、飛んでいく人間に付いていくか。

「お前が、そんなに愛にあふれた人間だと思わなかった」

 エルヴィンは不思議そうな顔で「愛?」と聞き返す。

「人類を守るってのは、愛だろ」

 小声で再び「……愛?」と繰り返し、面白そうに「愛か」と言う。

「そうだ」

「そうか」

 あいつはよく笑う奴だったとリヴァイが過去形で教えてもらったのは、いつ、誰からだったか。

 喉の奥で小さく笑うエルヴィンは、実に楽しそうだった。こういう笑い方を見るのは初めてで、多分、過去にはこういう笑い方をたくさんしたのだろうと想像する。

 リヴァイも小さく小さく笑う。

「こんなのが愛と呼べるならな」

「呼んでおけ。減るもんじゃない」

「お前、詩人の才能があるぞ」

 眉間に皺を寄せ、理解不能という表情で「そんな才能あるか」とリヴァイは否定の態度を取った。

 周囲からフランクさに欠けると判断されている二人が、「ある」「ない」と押し問答を続けながら殺伐とした簡易食堂に入ってきたため、その場にいた人間たちは驚いた。

 セルフサービスで料理が盛られた皿を取り、先に食事をしていたミケと同じ席に座る。

「なにかあったか」

 ミケが尋ねると「まあな」「ない」と同時に異なる答えが返ってくる。ミケは二人を見比べると、「そうか」とだけ言って、鼻で笑い飛ばした。

 

END


 
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