「―――さい」
俺の耳に届く涼やかな声。
「耕也さん、目覚めて下さい」
「ん…」
目を開けると、そこには綺麗な平原が広がっていた。その平原には、俺も見覚えがあった。
「む、ここは、俺の…」
「ええ」
目の前に現れた白服の少女を見て、俺は納得する。以前も何度か同じような事があったので、げんぶにとっては既に慣れている状況だ。
「どうしたんだ?」
「この世界はイレギュラーな事が多すぎます。貴方が望んだ能力だけでは、恐らく生き残る事は不可能に近いでしょう」
悔しいが彼女の言う通りだ。今の俺では、いずれ戦いの中で死ぬ事になるだろう。
「ですので、許容範囲ギリギリではありますが、平行世界で戦っている貴方の能力を二つ授けましょう」
この世界で戦っている俺の他にも、様々な世界で“俺”が戦っている。正直俺にもよく分かっていないが、彼女はどうやら俺の魂を分割しているらしく、その分“今ここにいる俺”の魂の容量は少なくなっている。
その為、転生特典は大きなもので1つ。
小さなもので2つまでしか付与できない。これで魂の3分の2を埋めるのだ。
「どの世界の俺の能力を入れるんだ?」
「それは…」
「そこから先は俺が説明しよう」
声がした方を見ると、そこには
その姿は黒い着物を纏っており、生前やっていたゲームのキャラの武器を持っていた。
「お前は…」
「分かりやすく言うと、俺は“死神”になったお前だ」
「死神……つまり『BLEACH』の世界に行った“俺”って事か」
「大正解。まあ何処ぞの馬鹿神が面白半分で転生させた奴の処理と、その所為で狂った世界の調整の為にだけどな。転生させられた奴が善良で助かった」
肩を竦めて首を振る動作をする俺。俺って言うと何だかややこしいな、ひとまずこいつの事は“死神”とでも呼ぶとしようか。
「んで、世界の調整の方はかなり難航してるぜ。なんせ、虚として紅世の徒(ぐぜのともがら)が出て来てるくらいだからな」
「うわぁ…」
「まあいい、それじゃ能力を渡すぜ。つっても、能力をコピーするだけの話だがな」
そう言って死神は笑った。隣に立っている彼女が死神の持つ大槍に触れると一瞬だけ光り、それと見た目が全く同じ物が現れた。その大槍は刀の姿となって光の球に変化し、光の球になったそれを彼女は俺の胸に押し付ける。
「これが…ッ!?」
光の球は抵抗なく俺に吸い込まれていく。それと同時に、俺の全身に激痛が走り始めた。
「ぐ、ぐが……ぁ…!?」
「少しだけの辛抱です、我慢してください」
彼女が言う通り、その激痛もやがて去った。おまけに新たな力を得た事による高揚感の様な物が、今の俺の中には存在していた。
「呼び出して見な。“俺”なら出来るだろう?」
「…あぁ」
死神にそう言われた俺は目を閉じ、自身の中に眠る斬魄刀を呼び出そうとする。すると右手に重みを感じたのでゆっくり目を開けてみると、そこには未だ覚醒していない斬魄刀が現れた。
「…なるほどな」
まだ覚醒はしていないが、彼女の名前自体はハッキリ分かった。これは理論に基づく物ではなく、俺の第六感に訴えかけてきているとか、大体そんな感じだ。
「俺の後に続け」
「あぁ」
「「結び割れ、蜻蛉切!!」」
その言葉の後、死神が持っている大槍と同じ槍が俺の手に現れた。ひとまず、これで何とかコピーは完了したようだ。
「よし、成功だ。まあ、卍解の方はおいおいやっていけや」
「ん、分かった」
「それじゃ俺は行くぜ。あんまり留守にしてっと、砕蜂や夜一逹に怒られちまう」
そう言うと死神の俺は片手をあげ、その場から現れた時と同じように唐突に消えた。
「耕也さん。貴方に授ける能力はもう一つありますが、それは後日に回す事にします。あなたの体の傷は治しておきました。それでは―――」
そう言って、彼女は俺の前から姿を消した。残された俺も身体が浮上するかのような感覚と共に、意識が外の世界へと目覚めていく…
(ごめんなさい、耕也さん。私にはもう、時間が無いのです…)
「―――さて、こんなもんか」
地球での任務中、黒騎士によって致命傷を負わされたげんぶ。彼は現在、今まで使えなかった筈の能力が使用可能となっていた。それが死神の力であり、幽霊騒動の際もこの能力がいくらか役に立った。そして今、彼はいつも通りロストロギアの回収、不正転生者の討伐など様々任務を受け続けている。
「しっかし、本当に唐突だったな。あの二人」
黒騎士に負わされた傷で意識を失っていたところに、突然彼女から能力を授けられた。正確には彼女と“死神”の二人だが、まぁそれは別に良い。
(何であのタイミングなんだ? 何か焦ってる感じにも見えたが……いや、今は俺が考えても意味は無いか)
「お~いげんぶ、そっちは終わったか~?」
「あぁ。たった今、最後の一人も狩り終えたところだ」
俺と同じく、不正転生者討伐の任務を受けていたmiriからも名前を呼ばれた。向こうもちょうど始末し終えたところのようだし、ちゃっちゃと
そう思いつつ、げんぶがmiriのいる下まで向かおうとしたその時だった…
-ズズズズズズ…-
「!?」
突如、げんぶの目の前の空間が歪み始めた。
「な、何だ…ッ!?」
その空間は数秒も経たない内に大きい歪みを生み出し、その中に出来た“裂け目”がげんぶを暗闇の中へと吸い込んでいってしまう。
「げんぶ!? おい、何があった!!」
(畜生、また面倒な事になったなぁ…)
miriの呼ぶ声が聞こえてくる。げんぶは暗闇の中へと落ちていく感覚をその身に感じながら、今の自分の状況に溜め息をつかざるを得ないのだった。
場所は変わり、
「「……」」
その食堂に向かう為の通路にて、okakaとロキは唖然としていた。何故なら…
「…何だこの光景」
二人の目の前にはSPと言えるであろう黒服の男性が複数、それぞれ二列で壁に背中を向けるように整列していたからだ。その二列の間にはいきなりレッドカーペットが敷かれ、良い感じに食堂の入り口前まで長く続いている。
「さ~て飯だ飯…わぉう!? 何このSP集団!!」
「あ、kaito」
ちょうどそこにkaitoもやって来た。やはり彼もこのSP集団には驚きを隠せなかったようだ。
「なぁお二方、これどういう事よ? 何で昼飯を食べようとしてこんな暑苦しい光景を見なくちゃいけない訳なのさ?」
「安心しろ、俺達も大体同じような事を思ってる」
「とにかくだ。誰がこんなSP共を従えているのか、それを知るのが先だ―――」
その時。
「お嬢様、こちらが食堂でございます」
「えぇ、ありがとう刃さん」
「…え?」
レッドカーペットの上を、一人の女性が刃に導かれる形で歩いてきた。その女性の容姿を見て、ロキ逹三人は思わず絶句する。
「…朱音さん?」
その女性の容姿は、まさに朱音その物だった。水色のワンピースに、青色のハイヒール。屋内にも関わらず右手で差している日傘、膝裏まである長髪。何処かお淑やかな雰囲気を持った彼女の姿は、三人からすれば想像もつかなかった。
「え、えっと、朱音さん…?」
「珍しいっすね、その恰好。アン娘と一緒にプライベートすか?」
kaitoの告げた“アン娘”という名前に、朱音似の女性はピクリと反応する。
「すみません。今、アン娘と仰りませんでしたか?」
「へ? え、あ、はい。そう言いましたが…」
「まぁ、ちょうど良かったですわ! 実は私、アン娘さんに用があって来たんですの!」
「は、はぁ…」
声まで朱音そっくりの彼女は嬉しそうにkaitoの手を取り、ロキやokakaだけでなく流石のkaitoも思わず反応に困ってしまった。普段の朱音を知っている彼等からすれば、目の前にいる彼女は色々と違っていて違和感が半端ではないのだから。
「え、えっと、あなたは…」
「あ、申し訳ありません。自己紹介がまだでしたわね。私は―――」
彼女が自己紹介をしようとしたその時である。
「さぁてアン娘ちゃん、一緒に昼ごはんでも食べましょ~♪」
「分かった分かった。だから何度も抱きついて来るのはやめてくれ、歩き辛い」
そこにちょうど、Unknownと朱音の二人もやって来た。これにはロキ逹の絶句する。
「「「あ、朱音さんが二人…!?」」」
「む? あなたは…」
「うげ、あんた何でここに…!?」
Unknownも朱音似の女性に気付き、朱音は自分そっくりの女性を見て苦い表情になる。
「アン娘さ~ん! 会いたかったですわぁ~♪」
「ちょ、ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?」
Unknownの姿を見た朱音似の女性は目に見えないスピードでUnknownに飛びかかり、彼女の抱擁(という名のタックル)を受けたUnknownは壁まで吹っ飛ばされてしまった。
「アイエエエエエ……ナンデェ、先輩ナンデェ…」
「すぅぅぅぅぅぅ…はぁ。あぁ、これですわ。アン娘さんの匂い…♪」
「な、何であんたがここにいんのよ……瑞希!!!」
「瑞希?」
朱音似の女性―――
「あら、まだアン娘さんの事を諦めてなかったのかしら? ア・ヤ・ネ?」
「それはこっちの台詞よ……いい加減アン娘に寄りつくのはやめてくれないかしらねぇ瑞希ィ…!!」
瑞希と朱音の視線の間に火花が飛び散る中、ロキ逹は壁に叩きつけられたUnknownに問いかける。
「アン娘さんや……あの二人、一体どういう関係で?」
「双子だよ。瑞希先輩が姉で、姉貴が妹って感じ」
「「「…え?」」」
Unknownの口からサラリと真相が明かされ、ロキ逹は思わず硬直。そして…
「「「…えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!??」」」
驚きの声を上げるのに、そう時間はかからないのだった。
「ところで刃さんや、お前何で彼女の案内を?」
「たまたま近くを通ったら、彼女に捕まって道案内を頼まれました」
「流石、やってる事が本当に執事」
そんな中、kaitoと刃がそんな会話をしていたのはここだけの話である。
次元の狭間、そこに存在している世界…
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ…!!」
そのとある森林の中で、一人の少女が走り続けていた。げんぶに力を授けた、あの少女だ。
(いずれ見つかるだろうと思っていましたが……まさか、こんなに早く見つかるなんて…!!)
彼女は今、傷付いた右腕から血を流しながら“何か”から逃げ続けていた。かつてげんぶ―――本郷耕也を転生させた神として、本来ならあり得ない程の傷を今の彼女は負っており、彼女が何かとんでもない状況の中にいる事は明らかだった。
「はぁ、はぁ……あぅっ!?」
逃げる事に必死だった為に、少女は足元にまで視線を向けている余裕は無かった。それ故に足元の石に気付けなかった彼女は躓いて転倒し、雑草が生えている地面の上を大きく滑る。
「く…!!」
すぐに起き上がろうとした彼女だったが…
-ズドォンッ!!-
「ッ!?」
彼女の目の前に、一本の剣が突き刺さる。
『逃がさない』
「!!」
少女の前に、白装束の少女が姿を現した。どうやら剣を突き立ててきたのも彼女のようだ。
『ここはあなたのような神如きが、足を踏み入れて良い聖地ではない……そしてあなたは、“あの方”が決めたルールに自ら反した』
白装束の少女は目の前に指で文字を書く。すると書かれた文字が変化し、そこから無数の剣が出現する。
『あなたは裁かれなければならない。全ては、“あの方”の望みを叶える為に』
「く…あぐっ!?」
逃げようとした少女の右足を一本の剣が斬りつけ、少女の右足からも血が流れる。
『無駄よ。あなたはここで、消えゆく
白装束の少女が両手を広げると共に、召喚された無数の剣の刃先が一斉に少女に向けられる。
『さようなら』
(ッ……ごめんなさい、耕也さん…!!)
『悪いが、少し待って貰おう』
「…え?」
その声を聞いて、少女はゆっくりと目を開く。
『大丈夫か、エリスよ』
「あ、あなたは…」
『ッ……あなた、どうしてここに…!!』
少女―――エリスと白装束の少女の間に現れたのは、あの黒騎士だった。黒騎士はエリスを庇うような形で姿を現し、白装束の少女は突然現れた黒騎士を睨み付ける。
『アルブム……確か、“奴”の飼い犬の一匹だったか。未だにこんな何も無い世界を守る続けているとは、ご苦労な事だな』
『黙りなさい……“あの方”の意思に歯向かった、裏切り者の分際で!!!』
白装束の少女―――アルブムは周囲の剣を一斉に投擲し、二人がいる場所を爆破させる。しかし爆発による煙が少しずつ晴れていき、そして煙が晴れる頃には黒騎士もエリスも姿を消してしまっていた。
『逃がさない、絶対に…!!』
誰もいない森林の中で、アルブムは忌々しげに歯軋りする事しか出来ないのだった。
旅団メンバー逹の知らないところで、物語の歯車は更に速く回転し始めていた。
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双子登場・追われる神