第36話 義を見てせざるは勇なきなり
いろいろ相談した結果、俺たちはあと7日、この村へ滞在すると決めた。その間何をするか、答えは決まっていた。
俺は“人を殺すべきか”という最大の課題と向き合い、福莱は俺が教えた“国のカタチ”について考え、愛紗は女媧と鍛錬……と。
2人は順調みたいだったけれど、俺は何も得ることが出来ないまま、無情にも時は過ぎていった。
必要なもののうち、ここで手に入れることの出来るものは全て手に入れ、出発だ、そう思った朝。1階へ降りるととても騒がしく、また殺気立っていることに気づいた、
「何が……あったのでしょうか?」
愛紗と福莱も当然それに気づいた。すると、俺たちを見つけた女将さんが近くへ来た。
「賊から使者が来てね……。あたしらの全財産に相当する額と若い女の子30人を要求してきたんだよ。」
「え?」
「これまでの賊は烏合の衆だったけど、今回は違うみたいだ。拒否して村を焼き払って逃げることにしたよ。」
「そんな……。」
「アンタたち、季衣を止めてくれないかい? 一人でも行くって聞かなくてねえ……。」
「だって……。これまではボク一人で追い払ってきたんですよ!! 今回だって行けます!」
「無茶言うんじゃないよ!これまでは精々200人くらいだったろう! 今回は2000人近く居るんだよ!」
使者、2000人の賊、そして何より“全財産に相当する額”が引っかかっていた。賊にそんな知能は無い。これまで何度も戦ってきたなかでそれはわかっていた。何せ、俺たちはそこをついて勝利してきたのだから。間違いなく、裏で糸を引くものが居る。そう思うと心が静まってきた。“義を見てせざるは勇なきなり”だ。
「……。俺たちが行くよ。たかが2000人。大丈夫。いろいろ世話になったお礼です。」
「アンタたち、武芸者だったのかい!?」
「そんなところです。」
「ボクも行く! 連れて行って下さい!」
「構わないよ。村の外れで待ち合わせしよう。」
「はい!!」
「女将さん、これ、少しですけどお礼です。ただ……。今回は俺たちがやるから大丈夫だけれど、今後また何があるか分からない。だから、太守の曹操に庇護を求めて下さい。きっと受け入れてくれるはずです。」
ずっとここで情報収集をして得た曹操の話。それを聞いていると、間違いなく受け入れてくれると思えた。
「わかった。季衣、必ず生きて帰ってきなよ!」
「はい!!」
女将さんは不安げだったけど、大丈夫。俺たちならやれる。そして許褚さんと別れ、部屋へ。
「ということは……。決断したのか?」
「ああ。俺の世界にかつて居た“無能”な連中と同じにはなりたくない。それは間違っている。」
「どういうことだ?」
「部下には人殺しを命じていながら、自分は指示するだけ。“制服組”――ようはキャリア――上官の典型だけど、それはこの世界では通用しない。率先してやるようでなければ、みんなが見放す。それに……。間違いなく裏で糸を引く奴が居る。そんな奴ら、許せないしさ。
だから殺す。」
「そうか。その目ならば大丈夫だろうな。」
「いえ……。ご決断に水を差すようで申し訳ないのですが、ご主人様は人を殺さないで下さい。」
「え?」
愛紗からそう言われた。予想外の言葉。俺が悩んでいたことに気づいていたのだろうか。
「それは私たちの仕事です。ご主人様は“人を殺さない”から見える“最善の道”を探して下さい。
ただし……。」
「この世界は“死”と隣り合わせ。ご主人様の居たところよりも死は身近にあります。それには“慣れて”下さい。」
福莱の言葉に続けて、声を合せてそう言われた。
「でも……。」
「でもも何もありません。言うことは“わかった”だけです。」
「あ、ああ……。わかった。」
愛紗からトドメにそう言われてしまった。
「さて、許褚さんとの待ち合わせ場所に行きましょうか。」
福莱はそう言った。もう何も話すことはない、そういった風で。
許褚さんは先に待ち合わせ場所に来ていた。
「よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく。」
「あの……。ご主人様……。」
ふと、愛紗が遠慮がちに何か言おうとしていた。
「どしたの愛紗?」
「“これ”を使っても良いでしょうか?」
“これ”は熊の皮。要は青龍偃月刀、愛刀だ。女媧との鍛錬では多少使っていたようだけど、それ以外の時はずっと熊の皮で覆っていた。“武人”としては辛かったろうな……。
「許褚さん、俺たちがどう戦ったか秘密に、できる?」
「え? 大丈夫ですよ?」
「愛紗、構わないよ。」
旅をして以来、結構な月日が経っているけれど、俺、女媧、福莱以外で見るのは彼女が初めてのはずだ。
許褚さんの反応は劇的だった。
「青龍偃月刀! 幽州に現われた無敵の“美髪公”関羽の持つ武器! まさかお兄さんたち“劉備”の?」
「ああ。俺は北郷一刀。彼女は護衛の甄姫だよ。」
「有名人は大変ですね……。私は徐庶。字は元直です。」
「既に知られているようだが……。あの選択は正しかったようだな。私は関羽。字は雲長だ。……。今だけはこの鬱陶しい髪でいる意味も無いか。」
そう言うと愛紗は“いつもの”髪型に戻した。なんだか懐かしいな……。しかし、髪を下ろした愛紗もかわいい、ということに今気づいた。別の魅力がある。
「! 髪、下ろすとかわいいですけど、結うと凜々しいです!」
「な! “かわいい”だの“凜々しい”だのと言うな!!」
「そんな照れなくても……。」
「照れてなどいない!!」
福莱がまぜかえすと愛紗はさらにヒートアップ。これ以上言うのはマズイかな……。
「それはそうと、手合わせして欲しいんですけど、どうですか?」
「いいだろう。相手になろう。」
武人同士、やはりぶつかり合いでわかるものもあるのだろう。強者は強者に惹かれるものだ。
「さて……。どんな結末になりますかね……。」
「見えている。一瞬だ。よく見ておけ。」
「え?」
福莱に女媧はそう応じた。その言葉通り、勝敗は一瞬でついた。
「私と鍛錬していたのだ。愛紗は別次元の強さを手に入れている。」
「私は、これ程に……。」
自分の強さに、愛紗自身が一番驚いているようだった。
「やっぱり凄いや。ボクの真名、預かって貰えませんか? “季衣”っていいます。」
「私は愛紗。また手合わせをしたいものだな。」
そうして皆で真名を交換し、賊の根城――といっても平原だ――へとたどり着いた。
「これは……!」
少なくとも白露の郡よりは統率のとれた、“賊”とはほど遠い集団がそこにはいた。頭を討って“虐殺”すればいい、そう思っていた俺の目算は狂った。こちらに有利なことはたった一つ。全員が馬に乗っている。それだけだ。
「突撃して、馬上から殺し続けるしかありませんね。2000対、2としましょうか。面白い。甄姫様。ご主人様のこと、よろしく頼みます。」
「わかった。」
「いきましょうか、季衣。」
「はい!」
「我が名は関羽。かかってこい!」
「ボクは許褚! 覚悟しろ!」
そう言って正面から突っ込んだ愛紗と季衣。“死屍累々”という表現が的確だろう。いかに統率のとれた賊といえど、武力は並かそれよりちょっと上、くらいだ。愛紗と季衣の強さには敵わない。
ましてやこちらには兵がいない、つまり気にするものがないということも大きいのだろう。馬上からただひたすらに殺していった。相手が固まろうと、輪形になろうとお構いなし。ただ……。
「これではいつまでかかるかわかりませんね。人は多い方が良いでしょう。私も出ます。」
「待て。」
「甄姫様?」
「愛紗と季衣に退却を伝えろ。私が出る。」
「お前……! どうして?」
「出る条件が整った。お前もようやく“敵”を見られるぞ。」
まさか……。居るのか、この戦場に。
「甄姫様?」
「どうしたのですか?」
「私が片付ける。お前たちは下がっていろ。」
そう言って刀を一振り、残りの賊――およそ1200人くらいだろうか――の首が飛んだ。
いや、たった一人。受け止めたのか生きている奴が居た。
「流石は神仙。それもS級にランクされるだけのことはありますね。私の能力“擬態”を見破ることは極めて難しいはずなのですが……。」
「お目に掛かるのは初めてだな。左慈。」
奴が、左慈。女媧の話を聞く限りでは奴のほうが危険だ。“思想”を持った奴はそれだけ強い。ブレない、からだ。
「そうですね。しかし私は驚きました。女媧様ともあろう方がそんな少年の護衛に身をやつしていようとは。」
「女媧!?」
「福莱、その話は後だ。私には私なりの考えがある。お前に驚かれる謂われはない。」
明らかに、“わざと” “女媧”と言った。そう確信できた。俺たちの動揺を誘うためだろう。
「なるほど……。そして君が、現代人か。名は? 私は左慈と言います。」
慇懃にそう告げ、口の端をつり上げて笑った。
「北郷、一刀。」
「北郷君、君は何か聞きたそうだね。」
「お前は、こいつらに何をけしかけた!?」
「バラバラだった賊を一カ所に集めて戦い方を教え、手始めにあの村を襲わせました。並の軍よりは強いですよ。我々より強いのは劉備軍、それだけでしょうね。」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどいません。本当のことを言っているだけです。」
「お前は、何を目的に行動しているんだ?」
頭の中に直接、女媧の声が響いた。“引き延ばせ”と。それで少し、冷静になれた。
「“天下統一” 私を王とした国をつくるのです。そのためなら何でもしましょう。幸いにして女媧様は全力を出せないようですし、存分に楽しめそうです。この国の闇は深い。これから面白くなるでしょう。では……。」
左慈は消えた。
「どうして逃がしたんだ!?」
「最初から幻影だ。それにしてもよく喋る奴で助かった。お陰で色々と調べられた。奴の本体に監視をつけることまではできなかったが、2人の潜伏場所は突き止めた。」
「どこにいるんだ?」
「奴は并州。どういう繋がりかまではわからんが、張角、張宝、張梁の3人と共に行動しているようだ。もう一人、于吉は……。涼州だ。
于吉のほうは居場所だけだな。左慈はもともと冀州で旗揚げするつもりだったらしい。だが、あまりに平穏で諦めたようだ。」
「并州に涼州……。遠いな。」
2人、まとまって同じ所に居ると思っていたのだけど、そうではないらしい。
「あの……。ご主人様……。」
奴らの行動について考えていると、福莱が遠慮がちに声をかけてきた。
「いえ、甄姫様。本名は“女媧”なのですか?」
「そうだ。」
「どうして、教えて頂けなかったのですか?」
愛紗と福莱の声は震えていた。
「お前たちを信用していなかったわけではない。だが、その名が一人歩きすることも、大衆に触れることも良くないと思ったのでな。すまなかった。」
「いえ……。」
女媧がそう言うと、安心したようだった。こんなことで揺らぐ俺たちじゃない。
「ねえ、お兄ちゃん。これどうするの?」
季衣が言った“これ”は死体の山。手段は2つ。無視して進むか、女媧に埋めて貰うかのどちらかだ。
「甄、いや、女媧に頼むよ。」
「……。わかった。」
穴を数カ所作り、そこに死体を入れて埋葬。一瞬で終わった。
「凄い……。」
「ボク、曹操様のところになんて行きたくないなあ……。お兄ちゃんたちと一緒がいい!」
「ごめん。それはできない。曹操もちょっとした問題があるから手が回らないだけだと思う。味方になって少しでもわかり合えれば好きになれるんじゃないかな。それに“住めば都”なんて言葉もある。」
「また、会えますよね?」
「もちろん! そんなに遠くないと思う。」
「ああ、また会おう!」
「ありがとうございます! じゃ、また!」
最後にそう言うと、季衣は村へ向かった。
「曹操に“問題”?」
「ああ。話を聞く限り、極めて優秀な為政者には間違いないと思う。でも、優秀な人って得てして“何でも一人でこなそうとする”ものなんだ。そうじゃない人のほうが珍しいくらい。曹操もそうなんだと思う。それに、“イエスマン”ばかりで上手く分担できていない、それも大きいんじゃないかな?」
「イエスマン?」
しまった。思わず外来語を使ってしまった。
「ごめん。要は“ただ盲目に従うだけの人”のこと。俺たちは自由に反論もしながらやるけど、そういうやり方を取らないんだと思ったんだ。あともう一つは、“統治方針”これが明確に定まっていなくて抽象的なものに囚われているようだから、難しいんだと思うよ。」
「言われてみればそうですね……。」
「ええ。それは兎も角、今回、これからその曹操の本拠地にいくわけですが、会わないことを願いましょう。将来のことを考えるとあまりよろしくないと思います。」
「その通りだね。行こう!」
中心街、何が待っているのだろうか……。
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第3章 北郷たちの旅 新たなる仲間を求めて