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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第四十六話

ムカミさん

第四十六話の投稿です。


予想していたより文字数食ってしまい、一話で収めることが出来ませんでした

2014-08-28 01:19:30 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:7103   閲覧ユーザー数:5183

早朝、静まり返った街の門外。

 

直接その目に収めねば、そこに500人からの集団が存在していることなど到底信じられなかったろう。

 

集まるはこの街に詰めていた対外警戒部隊の者たち。

 

そのほとんどは一刀の部隊の者であり、ピッチリと乱れなく整列する様からその練度の高さを窺い知ることが出来た。

 

各々の顔に緊張も見られるが、過度の緊張を有するものは無く、適度な緊張感がこの場全体を包んでいる。

 

そんな中、整列した兵達の前に5人の人物が現れる。

 

戦装束に身を包んだ月と詠、武官然とした格好の恋と梅。

 

そしてその4人の中央に、天の御遣いの証たる白き衣を纏った一刀。

 

5人の登場に一同の緊張度合いが一段高まる。

 

一刀は両脇に並ぶ4人と目を合わせ、頷きあってから一歩前に出た。

 

「皆の者!いや、敢えてこう呼ぼう!心優しき義将・董仲穎に従いし勇兵達よ!

 

 お前達には長きにわたり董仲穎共々不自由を強いてしまった。例の連合にあって、世間一般には『董卓憎し』が広まってしまっていたが故だ……

 

 権力を狙う輩の不躾な争いに巻き込む形となってしまい、非常に心苦しく思っていた。

 

 だが、長き雌伏の時は今、終わりを迎える!今日、この瞬間から皆に課していた枷を取り払おう!

 

 予てより培ってきた皆の力、存分に見せてやれ!その働きを持って、我等が部隊の精強さを内外に示そうではないか!」

 

一刀の一言一言が居並ぶ兵達の胸に浸透していく。

 

洛陽より落ち延びる形で陳留へと辿り着いた。

 

そこで一つの部隊としての形を得ながらも、今日この日まで出陣することは終ぞ無く、一部から陰口を叩かれていることに気づくものもいた。

 

その状況にあって、一刀が、恋が、詠が、そして何よりも月が、激情を抱こうとも抑えてくれと頼み込んでいた。

 

元より大半の者は月さえ無事であれば如何なる処遇にも耐える所存、道すがらに合流した者達もまた志を同じくしていた。

 

結果、当部隊はこれまで諍いの一つとして起こさず、ただひたすらに己を鍛え上げたのだ。

 

新たな武器を得、新たな戦術を覚え、実戦使用の為に鍛錬を繰り返す。

 

月を守りたい。月の理想を守りたい。月が望むならば、大陸の平和をこの手で。

 

果たしてそれだけの力を手にすることが出来たのか、それを知りたい者も数多存在していた。

 

そんな者達から我先にと興奮を抑えきれぬようにさざめき立ち始める。

 

熱が熱を呼び、一同の心が熱く燃え上がる。

 

ざわめきが極大にまで達した頃合を見計らい、一刀が一段と声を張り上げた。

 

「さあ、踏み出そうではないか!我等の記念すべき第一の敵は、愚かにも董仲穎を罠に嵌めようとした袁紹の軍だ!

 

 地に伏せていたその身を今こそ天に翻し、我等が偉容を目に焼き付けてやろうぞ!

 

 行くぞ!『火輪隊』、出陣!!」

 

『おおおぉぉぉぉおおぉぉ!!!!』

 

大気を震わす鬨の声を上げ、ピッチリと定まった隊列を乱すことなく平野に向けて歩みだす。

 

「では、私は予定通り部隊の先導を致します。また後ほど」

 

部隊が動き出すと共に梅が一言残して最前へと急ぐ。

 

その先で大地をも揺らさんばかりに力強く踏みしめ歩く兵達を視界に収めつつ、一刀は思わず苦笑を漏らした。

 

「『火輪隊』、か。また小洒落た、いや皮肉が利いたとでも言うべき名かな……」

 

「華琳が決めて寄越したんだっけ?天と太陽に自身の名前を掛けて」

 

「へぅ……音だけとは言え華琳さんの名を冠するのであれば、余計に負けられなくなりましたね」

 

「まあ、元より負けるつもりはサラサラ無いがな。さ、俺達も行こう。月、恋。頼むぞ」

 

「はい」

 

「……ん」

 

各々の得物を握り直し、思いも新たに部隊に歩を合わせる。

 

様々な面で大きな意味を持つことになる大戦はもう目前のこと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東の空に昇った太陽が照らす平野を駆け抜けるように進む軍隊が一つ。

 

その真ん中から叫ぶような声が響き渡る。

 

「麗羽様!いくらなんでも強行軍が過ぎます!」

 

「な~にを仰っているんですの、斗詩さん?白蓮さんのところを落とした時もこのようにしたではありませんか!

 

 いいことを教えてあげますわ、斗詩さん。『兵は拙速を尊ぶ』と昔の人も言っておりますわよ。お~っほっほっほっほ!」

 

「それ違います、麗羽様!『兵は拙速を聞くも、未だ巧久を賭ざるなり』です!今からでも遅くないですから、行軍速度を緩めましょう!」

 

どうやら一人の部下が主君を諌めようとしているようだが、残念ながら主君の方は聞く耳を持たない様子。

 

この軍隊は袁紹軍本体、聞こえるはその大将たる袁紹と腹心の1人たる顔良の声である。

 

「斗詩は心配しすぎなんだって!あたいらがパパーっと行ってササーっと片付けたら今までと変わらないって」

 

袁紹を諌める顔良と反対側で並走するもう1人の腹心、文醜が主に賛同を示せば最早手のつけようも無い。

 

それでも、無駄だと半ば悟りつつも抵抗を続ける。

 

「今度の相手はあの曹操さんですよ!?策らしい策も無く数任せに突っ込むのは危険ですっ!」

 

「う~るさいですわよ、斗詩さん!名門袁家の当主たるこの私が、あんなちんちくりんなんかに負けるはずがないでしょう!」

 

「ですから家の格の問題じゃないんですってば!曹操さんのところの将は皆さん名を聞く一騎当千の方々ですし、軍師の方達もその力の一端を虎牢関で見たじゃないですか!

 

 それに、曹操さんのところには桂花ちゃんもいるんですよ!?」

 

「あら、姿が見えなくなったと思ったらあの小娘はそんなところに行ってたんですの。

 

 地味~な策ばかり献上するあの小娘はちんちくりんの華琳さんにはお似合いですわね」

 

顔良は必死になって不安材料と為りうる点を列挙していく。

 

その努力にも関わらずそのほとんどはスルーされ、珍しく話題が拾われたとしても論点がずれているという有様。

 

自陣にいた者、それもそれなりの役職に就いていた者が敵陣にいる。

 

その危険性を欠片たりとも理解していない様子の主に思わず深い溜息が漏れてしまう。

 

それでもめげることなく顔良は説得を試みるも、それ以降は悉く流されてしまい、半刻もする頃には顔良の精神力の方が尽きてしまっていた。

 

「どうしたんだ、斗詩?いつにも増して心配しすぎてやしないか?何かあったのか?」

 

同僚であり親友でもある文醜が遂に口を噤んでしまった顔良にそう声を掛けてくる。

 

普段から直情径行で主と共に多種多様なトラブルを引き起こす文醜ではあるが、時折こうやって鋭さを見せる時がある。

 

「……ううん、何でもないの。文ちゃんも気にしなくていいよ」

 

「ん~?そっか、斗詩がそう言うなら」

 

悲しいのは文醜が鋭さを発揮したところで、その内容を吐露してもほとんど意味が無いことであった。

 

初めの内は顔良もこういった場面でその胸の内を文醜に打ち明けたことがあった。

 

しかし、文醜は持ち前の能天気さで、大丈夫、なんとかなる、くらいしか言わないのだ。

 

そんなことが何度かある内に、結局顔良は全てを己の内に秘めてしまうようになっていた。

 

 

 

そこからは何事も無く目標の街について欲しいと願うばかり。

 

願い続け、進み続け、しかしその願いは太陽が中天を越えて一刻もした頃、まさに州の境を越えようとした頃にあっさりと破られてしまう。

 

「申し上げます!前方に展開する部隊有り!兵装からして恐らく曹軍かと!」

 

ああ、来てしまったか、との嘆きをひた隠し、顔良は報告にきた斥候に問う。

 

「恐らくとはどういうことですか?旗は確認したのでは無いのですか?」

 

「展開する部隊の鎧は曹軍のものと思われます!しかし、旗が見慣れぬものでして……」

 

「どのような旗だったのです?」

 

「白地に黒丸、中に黒十字であります!」

 

報告を聞いた瞬間、顔良はハッとする。

 

今説明された通りの紋章を、顔良はつい最近目にしていた。それも、俄かには信じられない文言と共に。

 

「そ、それは……それは、本当ですか?」

 

「はい、間違いありません!」

 

「……分かりました、下がって構いません」

 

「はっ!」

 

顔良の許可を得て斥候が下がるや、袁紹が顔良に問いかけた。

 

「相変わらず小生意気な小娘ですわね。それで、斗詩さん?どなたが私の華麗なる進軍を妨げようとしているんですの?」

 

「…………御遣いさん、です」

 

「はい?」

 

何かの聞き間違いかと袁紹は聞き返す。

 

が、返ってきたのはいつもの顔良ではない、何かを強く押さえつけているような、抑揚が極端に乏しい声だった。

 

「天の、御遣いさんです。最近噂の……」

 

「ああ、ちんくしゃさんのところに降り立ったとか言う、あの胡散臭い輩のことですわね。

 

 丁度いいですわ。そのふざけた輩を華麗に打ち倒して、この私の力を世に知らしめてあげましょう!」

 

あくまでマイペースに袁紹は全体を進軍させる。

 

傍らでは顔良が暫く顔を俯かせていたが、やがてゆるゆると顔を上げると、前を見据えた。

 

そのまま進むこと数里、袁紹軍の目前に大きく展開した一つの部隊が立ちはだかる。

 

その中央手前に白い光が一つ。

 

光の正体を探ろうと目を凝らせば、そこに見えるは1つの人影。

 

太陽の光を受けて燦然と輝く白き衣を纏った1人の男が待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詠の計算から割り出した交戦予測ポイント。

 

そこに到着したのはつい1刻前のこと。

 

前日より既に送り込まれていた工作兵を回収し、後方に下がっての休息を指示すると、今度は火輪隊の展開にかかる。

 

月と恋も既定の位置に付き、袁紹軍を迎え撃つ準備が完全に完了した。

 

暫く後、前方の中空にもうもうと立ち込める砂煙が目視出来るようになる。

 

「来たか……」

 

人知れず呟くと後方を振り返り戦前最後の檄を飛ばす。

 

「もう間もなく敵影を認めることが出来るだろう!各員、改めて気を引き締めろ!」

 

『はっ!!』

 

短く、されども力強く、何よりも意志に満ち溢れた返答。

 

確と頼もしさを感じ、薄く笑みを顔に貼りつけながら一刀は敵を待つ。

 

やがて前方に平原を埋め尽くさんばかりの数の兵を従えた袁紹軍が現れる。

 

部隊の後ろに巨大な尾っぽのように砂煙を棚引かせ、十分以上の距離を保って袁紹軍は停止した。

 

それを見届けてから一刀が敵軍に向けて声を張り上げた。

 

「冀州は南皮に本拠を置く袁本初の軍と見受ける!当侵略に関し、袁、顔、文の旗に恥じぬ心意気あらばその顔を見せよ!」

 

明白な挑発にも関わらず袁紹軍には即座に動きがあった。

 

軍の中央から前線にかけて人垣が割れ、中央から3人の女性が進み出てくる。

 

3人が3人とも派手な金色の鎧に身を包み、金髪の女性が堂々たる様で中央を、薄緑の髪の少女と黒髪の少女の2人が斜め後ろに付き従う形での歩み。

 

彼女達はそのまま歩みを進め、一刀と同様に自軍の先頭少し手前に出た地点で歩みを止めた。

 

そして、止まるや否や袁紹が口を開く。

 

「どこのどなたか存じませんが、この私、袁本初を呼び出そうとは随分と思い上がったお猿さんですわね。

 

 その奇っ怪な布っきれは妖術でも使っているのではありませんの?」

 

「ほう、我が衣をただ奇っ怪とのみ申すか。まあ、よかろう。今はただ貴公に問う!

 

 何故今、貴公は各地に対して侵略を繰り返す?よもや己が為出かしている事、説明できぬわけではあるまい!」

 

袁紹の罵倒は捨て置き、当初の予定通り問答を仕掛けていく。

 

ここからの流れ、ミスは許されない、と強く拳を握りなおす。

 

一刀の問いに対し、袁紹の答えは実に予想の範疇であった。

 

「あらあら、奇っ怪なお猿さんはおつむの方もお猿さんのようですわね。先日の一件で誰にでも分かることでしょうに。

 

 皇帝率いる漢王朝は今、不本意ながらも衰退の一途を辿りその威光が各地に届かなくなってきておりますわ。

 

 その結果起こったのが黄巾の乱に董卓さんの皇帝傀儡支配。つまり、今大陸は新たに誰かが纏め直さねばならぬ時期に来ているということですわ。

 

 そうなれば、当然その役目を担うのは三公を幾人も輩出した名家、袁家の当主たるこの私、袁本初に決まってますわ!」

 

「不敬極まりない上に思い上がりも甚だしいものだ……そして何より、貴公の行動には我が胸に宿す義と決定的に相容れない点がある。

 

 袁紹、貴公は今まで一体どれだけの数の民を強制的に徴兵した?どれだけの数の戦を望まぬ者を死地に追いやった?

 

 貴公は如何なる理屈を持って斯様な人道に悖る行動を繰り返す?我には欠片ほどとて正当性が見えぬ!」

 

「何が不思議なのか、私には分かりかねますわね。

 

 折角袁家当主たるこの私自らが大陸の再統一に乗り出そうというのですから、庶民は私に力を貸して当然でしょう?」

 

暴論極まる袁紹の主張に然しもの一刀も一時唖然としてしまう。

 

が、ここで舌戦を停滞させてしまってはいけない。そう思い直し、脳裏で新たな情報を加えたロジックを組みながら口を開く。

 

「袁紹よ、貴公は根本的に間違っている!手段を選ばぬ力づくでの統一など何の意味も持たない!

 

 確かに当代の統治においてはそれでも目立った綻びは出ぬかも知れん。だが!然様な暴政は3代と至らず崩れ落ちるだろう!

 

 力を持つは決して軍を持つ支配者のみならず!貴公は民の力を知らぬ!侮りすぎている!

 

 まさに今、貴公が言ったことだ。黄巾の乱を思い出してみよ!かの反乱は正真正銘、純粋たる民の起こした反乱だ!

 

 各地の諸侯の活躍が無ければ、かの反乱で漢が落ちる未来もあったやも知れん。民達とはそれほどの力を秘めているのだ!

 

 しかし、彼ら・彼女らは元来戦いを望んでなどいない。求めるはただ平和な暮らし、その一つだ!

 

 我等為政者が為すべきはその平和を守ること。貴公の愚行は本末転倒だと言えよう!!」

 

声高々に語られる一刀の持論を聞き、顔良が思わずといった様子で目線を逸らす。

 

やはり顔良は常識人の側か、と心中で確認するも、相手側にとってそれは少数派でもあることが目から入ってくる情報によって明らかとなる。

 

顔良の主たる袁紹は一刀の持論に共感するどころか、まるで言葉の通じない宇宙人を見るかの如く訝しさ全開の目をしている。

 

文醜に至っては頭上に疑問符が幻視出来るほどに理解していない様子であった。

 

とは言え、この程度の論説で説得出来るようであれば袁紹の進撃は恐らく幽州で止まっていただろう。

 

だが、ここまで来ている以上、舌戦では袁紹を踏み止まらせることは出来ないだろうことは既に確定事項としていた。

 

(持論のぶちまけはこの辺りにして、そろそろ実行に移っていくとするか)

 

内心でそう独りごちると、一刀はより視線を厳しくし、袁紹を睨み据える。

 

「どうやら貴公にこの話をしても無駄なようだな。では、本題に入ろう。

 

 今、我等が真に問いたいことはただ一つ!袁紹よ!貴公がなぜ洛陽を、董卓を攻めたのか!明確な理由を示してもらおうか!」

 

鋭い眼光を浴びせてくる一刀に、しかし袁紹は一歩も怯む事なく平然と言い返す。

 

「あらあら?今更何をおっしゃっているのやら。貴方もご存知のはずでしょう?

 

 董卓は都にて皇帝を傀儡にし、暴政を執り行っていた。ですからこの私が諸侯に呼びかけ、皇帝陛下をお救い申し上げたのですわ!」

 

高慢を絵に書いたような態度を崩すことのない袁紹。

 

どこから溢れてくるのか分からないその謎の自信に妙な感心を抱きつつも、一刀の口は自動的に反論を述べ立てる。

 

「そうではない。もっと根本的なところを聞いているのだ!

 

 なるほど、確かに世間一般に貴公が今語った話が浸透してはいる。だが!ならばまだ噂もほとんど無かった当時、貴公は一体どのようにしてその情報を掴んだというのか。こちらはそこを問うている!」

 

「そんなもの、草の者が拾ってきたに決まっているでしょう?ですわよね、斗詩さん?」

 

突如振られた話に顔良はビクッと肩を竦ませる。

 

袁紹は顔良のその様子に片眉を上げるも、返答を待って見つめ続けた。

 

集まった視線に僅かな逡巡を見せた後、怖々といった様子で口を開く。

 

「麗羽様、あの時も一応申し上げたのですが……あれは草の者が得た情報では無く、兵が城下に降りた際に小耳に挟んだ民の小話でした。

 

 ですので、あの当時、まだ裏付けなどあろうはずも無く、ですが事が事だけに取り急ぎ麗羽様のお耳にも入れておこうとした次第で……」

 

「あら、そうだったんですの。ですが、結局それは正しかったのでしょう?

 

 私の結成した連合軍が迫る恐怖に耐えられず、董卓さん達は自ら火に身を投げ入れたのですから。

 

 結局陛下を蔑ろにした愚かなおバカさんには似合いの結末でしてよ!お~っほっほっほっほ!」

 

まるで普段の他愛ない会話のように交わされるそれを耳にして、一刀は背後から怒りの炎が燃え上がり掛けていることを察する。

 

だが、今変に部隊が爆発するのはよろしくない。

 

そう考え、後ろでに手振りで今は怒りを抑えろ、とメッセージを送った。

 

一刀の意思をなんとか察してくれたようで、熱は感じるものの、爆発しそうな雰囲気は消えたことで内心で安堵する。

 

直ぐ様意識を袁紹達に向け直す。

 

いよいよ大陸中に対して伏せ続けて来たカードを切る時が来た。

 

軽く目を瞑って深めの呼吸を一つ。

 

ここが俺の正念場だ、と改めて気合いを入れ直し、遂に一刀の口が開かれた。

 

「袁紹よ!それを事実と盲信するならば、今こそ我が隠し得ぬ真実を知らしめよう!

 

 弁の願いを込め、協の想いを汲み、今こそ我が力を示そう!我が”天の御遣い”の力を!!」

 

一刀達にとって重要な語句がそのまま袁紹軍の一般兵の動揺を誘う。

 

強制的に徴兵された者は言わずもがな、元来の兵の中の多くも元を辿れば庶民である。

 

必然、大陸の民達の噂に登る”天の御遣い”のことは耳にしていた。

 

今一刀の宣言を受けて改めてその姿を見てみれば、確かにその身に纏う衣は天の光を映したが如き輝き。

 

その堂々たる立ち居振る舞いに加え、臆面もなく現皇帝お呼び前皇帝の名を呼び捨てる様子に、袁紹軍の兵はいよいよその存在を認め始めたのだ。

 

思ったよりも効果が出た第一の宣言に続け、立て直させまいと畳み掛ける。

 

「閉ざした耳を開いて聞け!濁った目で刮目せよ!これより我が語るは洛陽の真実!歴史の闇に葬り去られんとした悲しき真実だ!

 

 ことの始まりは連合発足より更に遡る。十常侍により何進、何太后が暗殺された折、協と弁は十常侍の手で捕われかけていた。

 

 そこを颯爽と救った一人の人物。彼女は幼い協をよく助け、彼女を気に入った協から非常に名誉ある職を賜った。

 

 その後、洛陽は特に乱れることも無く、治安も向上し、近年にない平和なひと時を過ごしていた……そう、あの連合があるまでは!

 

 洛陽に住む民から情報を得ればすぐにでも判明するだろう。彼女、董仲穎は暴政を行ってなどいなかった!

 

 全ては、袁紹、貴様が作り出した虚構の罪だったのだ!

 

 彼女達が獲られることがあってもいいものなのか。否!あってはならない!

 

 民を思い、義に生きるが我等為政者のあるべき姿!

 

 故に!我は今ここに宣言しよう!」

 

背後で石突を2度打ち鳴らす音。

 

それに合わせ、一刀は腰に佩いた刀を音高く抜き放つ。

 

ゆっくりと刀を体の横に持ってきた時、再び背後から今度は3度打ち鳴らす音。

 

同時に一刀は勢いよく刀を振り上げ、天に浮かぶ太陽を指し示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀が抜刀したことで身構える袁紹、顔良、文醜の3人。

 

いよいよ戦が始まるか、と思うも一刀がそのまま刀をゆっくりと下げていく様子を見て文醜は毒気を抜かれたように脱力した。

 

しかし、この直後から時間にしておよそ1分。

 

あの袁紹をも含めた軍の全てが、起こったことに対して動くことも出来ず只々目を見張るだけだった。

 

下げられた刀の切っ先が一拍の後、鋭く天を衝く。

 

行動の真意を図れず、その切っ先を目で追う軍一同。

 

が、間を置かず、ドドォン……と連続で爆音が轟いた。

 

発生源は現代距離にして一刀の左右それぞれ50メートルほど。

 

もうもうと立ち込める煙の奥、大きく開いた穴の底からそれぞれ1頭の馬が踊り出て来てそのまま一刀の隣へと収まる。

 

一刀の右側に収まった赤い馬、その背に跨がる人物を目にするや、先程に倍する動揺が袁紹軍を駆け巡る。

 

それは一般兵のみならず、幹部たる文醜、顔良までもが思わず尻込みしてしまうほどの衝撃だった。

 

「掲げーーーーっっっ!!」

 

遥か前方、敵軍の中央後方で大きな声が上がる。

 

その声が起こるや否や、既に掲げられていた一刀の十文字紋の左右にそれぞれ旗が高く掲げられた。

 

十文字紋の右側に立てられたのが、未だ恐怖と共に記憶の中枢に留まり続ける、深紅の呂旗。

 

そして左側に立てられたのは、未だ戦場において誰も目にしていない旗。

 

気品すら感じる薄めの紫の地。大将を思わせる豪華な装飾。そして、中央にでかでかと記された、”董”の一文字。

 

これだけの情報が出揃って、それでも尚理解出来ぬ者など存在しない。

 

しかし、理解はしても受け入れることが出来る者が非常に少ない。

 

金縛りにでもあったかのように軍全体が固まっている中、爆発の残響が完全に消えると同時に一刀の宣言が高らかに空に響いた。

 

「為政者の鑑の一人と言えよう、義に生きた相国、董仲穎!

 

 彼女の理想に共感し、類稀なるその武で支えようとした武人、呂奉先!

 

 加えて卓越した頭脳で政・軍両面を陰ながら支え続けた軍師、賈文和!

 

 我はこの度、彼女達を黄泉の淵より連れ戻し、一部隊としての董卓軍の復活をここに宣言する!!」

 

朗々たる声で挙げられたこの宣言は

 

「そ、そん……な…………」

 

既に身体の金縛りにあっていた袁紹軍の呼吸までをも

 

「う、嘘……だろ…………?」

 

凍りつかせるに十分なものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月が、恋が、予定通りの演出を持って戦場に登場する。

 

段取り通り、月達の旗が掲げられ、一刀の宣言も唱え終える。

 

そうして作られた状況は、予想以上に嵌りすぎたものだった。

 

袁紹軍からは物音どころか、身動ぎ一つする気配が見えない。

 

先頭に出てきていた武官筆頭たる2人、顔良と文醜ですら目を剝き、その顔は驚愕に染まっている。

 

どうやら上手く一刀に敵に視線を集中させ、月と恋の潜む穴、そこに被せた土色の布から意識を逸らすことが出来ていたようだ。

 

董卓死亡説は元々袁紹陣営が唱え出したものなだけあり、月達の生存を微塵も疑っていなかったこともこの想定以上の状況を生み出した一端を担っているだろう。

 

最後のダメ押しだ、と、一刀は馬を寄せ、ポンと月の背中を軽く叩く。

 

これに頷きで答え、月は更に進み出ると、普段の弱々しい印象からは想像も出来ないほど凛と張った、よく通る声で口上を述べ始めた。

 

「我が名は董仲穎!陛下より相国の位を賜り、洛陽にて政を執っていた者である!

 

 謂われなき罪に抗うも、正統なる理由なき侵略により我等は一度、命を落とした。

 

 しかし、御遣い殿の導きにより、我等は再びこの地に舞い降りた!

 

 我等が胸に抱くは恨みの炎などでは断じて無い!我等が胸に宿す思いは、憂い、ただその一つ!我等は大陸を憂い、民を思う!

 

 故に我、董仲穎以下黄泉帰りし董卓軍500余名、平穏を世に齎す為に御遣い殿に助力を誓う!」

 

滔々と放たれた月の口上。

 

そこには華琳とはまた質の違った、しかし確かな覇気を感じることが出来た。

 

然しもの袁紹もそれを感じ取ることが出来たのだろう。

 

未だ衝撃から立ち直りきっていないにも関わらず、若干悔しげに顔を歪めているようにも見える。

 

口上を述べ終え、月が一刀の隣にまで戻ってくる。

 

当初の計画は見事完遂、成果は眼前に広がっており、予想以上の出来栄え。

 

一刀は月、恋と視線を交わらせ、頷き合う。

 

危険を侵し、作り上げたこの状況。

 

みすみすこちらから余分な時間を与える意味も最早無かった。

 

下げられていた一刀の刀が、今度はゆっくりと振り上げられる。

 

一つ、大きく深呼吸。そして。

 

「最早言葉はいらぬ!袁紹よ!貴公が侵略を止めぬ今、我等が力をその身にとくと示そう!」

 

スッと刀を前方に突きつけ、高らかに宣言した。

 

「全軍、攻撃準備!侵略者、袁紹より我等が街を、国を、理想を守ろうぞ!!」

 

『おおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!』

 

 

 

ここに、大陸の情勢を大きく揺るがす第一の大戦の幕が、切って落とされたのだった。

 


 
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