No.707684

【小説】しあわせの魔法使いシイナ 『不思議なふわふわ』

YO2さん

普通の女の子・綾と、魔法使いの女の子・シイナは仲良し同士。
何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもはらはらどきどき。
でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。

2014-08-10 18:57:07 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:455   閲覧ユーザー数:451

 

綾の住む「央野区」は、普通の街と少し違っています。

 

街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。

綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。

 

今日は日曜日。

 

秋の日差しが優しく中庭に降り注いでいます。

 

綾は、中庭のマリーゴールドに水をやっています。

 

もうすぐお昼なのに、シイナはまだ寝ています。

 

水やりを終えた綾は、お昼ごはんの準備でもしようかな、と思って、じょうろを片付け始めまし た。

 

そのときです。 綾は中庭の片隅に、見たことのないものが浮かんでいるのを見つけました。

 

「あれ? 何かしら」

綾はつぶやきました。

 

綾が見つめる先には、白く輝く、半透明のふわふわしたなにかが浮かんでいました。

 

それはちょうど、赤ちゃんくらいの大きさで、丸い体の下にひらひらした薄絹のようなひだがついています。

 

まるでくらげのように柔らかそうな体が、風にゆられてふわふわと揺らめいていました。

 

綾は、丸いふわふわをまじまじと見つめました。

 

『何かしら? 見たことがない不思議なものだわ。 生き物なのかしら?』

綾は思いました。

 

透き通った白いふわふわは、綾の目の前でゆらゆらとふるえます。

 

綾は、ふわふわにおそるおそる触れてみました。

ふわふわは、ぴくん、と少しふるえて、それから甘えるように綾のそばへ寄ってきました。

 

ふわふわは、綾の胸にゆっくりと飛び込んできます。

綾はふわふわを優しく、かるく抱きしめてあげました。

 

ふわふわは嬉しそうにふるえました。

ふわふわがふるえるたびに、白いふわふわの奥からぼんやりとしたピンクや黄色の光がわき上がってきました。

 

『なんだか、感情があるみたいだわ。 生きてるのかしら』

綾は思いました。

 

「綾ちゃん、どうしたの? ごはんまだ?」

シイナが寝ぼけまなこで、後ろから綾に声をかけました。

 

「シイナ、いま起きたの? 待ってて、すぐお昼ごはん作るから」

綾はふりむいてシイナに言いました。

 

そして、綾はシイナに白いふわふわを見せました。

「なにかしら、これ?」

綾はシイナに聞きました。

 

「うーん、ちょっと待ってね」

シイナはそう言って、二階の自分の部屋に行くと、大きな分厚い本をかかえて下りてきました。

それは、魔法についてのいろいろなことが書いてある百科事典でした。

 

シイナはしばらくその本のページをめくっては、1ページ1ページ真剣に読んでいました。

ときおり、白いふわふわを間近でじっくりと観察して、また本を見るということを繰り返しました。

 

とうとうシイナが言いました。

「うーん、よくわかんないや。 でも、もしかしたら、これは何かのさなぎかもしれないよ」

シイナは本をパタンと閉じました。

 

「さなぎ? さなぎって、あの、昆虫が幼虫から大人になる途中の、あのさなぎのこと?」

綾はシイナに聞きました。

 

「うん、このふわふわは、これから何かに生まれかわる準備をしているのかもしれない。 何が生まれてくるのかはわかんないけど」

シイナは言いました。

 

白いふわふわは宙に浮かびながら、綾のまわりをゆっくりただよっています。

時々、甘えるように綾にすり寄ってきます。

 

「この子、どうすればいいのかしら?」

ふわふわを優しく撫でてあげながら、綾はシイナに聞きました。

 

「ねえ、綾ちゃん。 その子を育ててみる?」

シイナが言いました。

 

「えっ、私が?」

綾は驚いてシイナに言いました。

 

「うん、その子は綾ちゃんに懐いてるみたいだし」

シイナは言いました。

 

「う〜ん」

綾はしばらく考えました。

「育てるって、どうすればいいの?」

綾はシイナに聞きました。

 

「愛情を与えて、優しくしてあげればいいと思うよ。 綾ちゃんが優しくしたら、その子は喜んだんでしょ?」

シイナは言いました。

 

「そういえば… そうかも」

綾は、ふわふわを優しい手つきで撫でてあげました。

すると、ふわふわはゆらゆらゆら、とふるえて輝きを発しました。

 

綾がふわふわを抱きしめてあげると、ふわふわから暖かなぬくもりが伝わってきました。

 

綾が優しくしてあげると、ふわふわはだんだん元気がよくなっていくようでした。

 

「わかったわ。 私、この子を育ててみるわ」

綾は言いました。

 

「うん!私も協力するよ!」

シイナが言いました。

 

「ところで、この子の食べ物は、何をあげればいいのかしら?」

綾は言いました。

 

「さなぎはごはんを食べないよ。 愛情をそそいであげれば大丈夫」

シイナが笑顔で言いました。

 

綾はうなづいて、ふわふわを見つめました。

綾は、ふわふわを大切に育てる決心をしました。

 

そのあと、二人はお昼ごはんを食べました。

 

それから、綾のふわふわを育てる日々が始まりました。

 

朝、起きると、さっそく綾の側に、ふわふわが甘えるように近づいてきます。

 

綾は、『おはよう、今朝は天気が良くて気持ちがいいね』と思いながら、ふわふわを抱いてあげました。

 

ふわふわは喜んでいるかのように、ふるふるとふるえました。

 

ごはんを食べたあとには、『お腹がいっぱいで幸せな気分だよ』と思いながら、ふわふわを抱いてあげました。

 

午後のお茶を飲んだあとには、『とっても落ち着いていい気持ちだよ』と思いながら抱いてあげました。

 

寝る前には、『私はこれから眠るけど、あなたもゆっくりお休みなさい』と思いながら抱いてあげました。

 

中庭の花に水をやったあとには、『見て、とってもきれいでしょう』と思いながら抱いてあげました。

 

綾がいろいろな想いを感じながら抱いてあげるたびに、ふわふわはどんどん元気になっていき、いろいろなしぐさや光を放って、綾の気持ちに応えようとしているようでした。

 

「綾ちゃんってば、ずっとふわふわの相手ばっかりしてるー。 私とも遊んでよぉ〜」シイナが不満そうに言いました。

 

綾は、『シイナがやきもちをやいてるよ。 ふふふ、なんだかおかしいね』と思いながら、ふわふわとシイナの頭と、両方をなでなでと撫でてあげました。

 

ふわふわはぴょこぴょこと空中を跳ねて喜びました。

シイナは「うふふ〜〜♪」と満足げに笑顔を浮かべて、ふわふわをちょんちょんとつついて遊んであげました。

 

そんなふうに過ごしながら、二週間が経ちました。

 

ある朝、綾が目覚めてみると、いつも枕元に浮かんでいるはずのふわふわがいないのに気がつきました。

 

「シイナ、起きて。 ふわふわがいないの」

綾はシイナを起こしました。

 

「ん〜…ふぁ〜〜…」

シイナが寝ぼけながら起き上がります。

 

二人は家中を探しまわりました。

 

「あっ! いた!」

綾がふわふわを見つけました。

 

ふわふわは中庭の真ん中に浮かんでいました。

ふわふわの体は、内側からにじみ出すような透明な光につつまれていました。

 

綾はそれを見て、蝶が羽化する姿を思い出しました。

 

『きっと、さなぎがかえるときが来たんだわ』

綾はそう思いました。

 

「あっ、羽化が始まってる!」

シイナもやってきて、輝きを放つふわふわを見つめました。

 

「もうすぐさなぎがかえるのね?」

「うん、そうだよ!」

二人は中庭に出て、さなぎを見つめました。

 

さなぎが割れ、その中から光輝く薄衣と、金色の髪の毛が覗きました。

 

さなぎの殻を脱ぎ捨てると、薄衣をまとい金色の髪を持ったそれは、綾とシイナに向かって静かに微笑みました。

 

二人の目の前にいるのは、美しい薄衣をまとって、頭上に光輪を輝かせる少女の姿をした、天使でした。

 

「あなたは天使ね? これは天使のさなぎだったのね」

綾が天使に語りかけました。

 

『そうです、綾』

天使の声が、綾とシイナの頭の中に直接語りかけてきました。

 

『私たち天使は、生まれる前のさなぎの時に、人からたくさんの愛情を注いでもらって生まれてきます。天使になったあとは、その愛情を今度はたくさんの人々に与えてまわるのです』

天使は言いました。

 

『私はあなたからたくさんの愛情をもらいました、綾。 あなたから、私は人を愛することを教えてもらいました。ありがとう』

天使の声が響きました。

 

「私、とてもびっくりしたわ。 そんな大事なことをしてるなんて知らなかったから。 私のやり方でよかったのかしら?」

綾は心配になって聞いてみました。

 

『私は、育ててくれたのがあなたでよかったと思っていますよ』

天使は言いました。

 

「ありがとう、嬉しいな」

綾はそう言って笑顔になりました。

 

「私は? 私も育てるの手伝ったよ! ねっ、ねっ?」

シイナが自分を指差して言いました。

 

天使はくすりと笑って、

『もちろん、私はシイナも大好きですよ』

と言いました。

 

「あー、よかった!」

シイナが笑顔で言いました。

 

『お礼に、二人を天界の国にご招待しましょう』

天使が言いました。

 

天使が背中の羽をゆっくりはばたかせると、ふわりとその体が宙に浮き上がりました。

そして、綾とシイナの体も浮かびあがり、空へ舞い上がりました。

 

シイナが興奮して言いました。

「わぁお!飛んでる! あれ?でも、天界って天国のことじゃない? そこに行くってことは、私たち死んじゃうってこと?」

ふわふわ浮かびながら、シイナは心配になりました。

 

『安心してください。 天国は亡くなった人しか入れませんが、遠くから見ることなら生きていてもできます』

天使の声が響きました。

 

「そっかー、ほっ。 一安心」

シイナ顔をほころばせました。

 

どんどん速度を増して空を登ってゆく三人。

 

雲の上の、さらに遥か上へと飛んでいきます。

 

そうして三人は、清らかな光に包まれた場所へたどり着きました。

 

そこでは、きれいな白い雲が大地のように広がり、またたく小さな光が大気の中に降りそそいでいました。

 

たくさんの天使たちが忙しく飛び回っています。

 

「ここが天界かあ〜」

シイナが感心したような声を上げました。

 

天使たちは、キラキラと輝く『幸せのかけら』を袋にいっぱい詰めて、地上に降りていきます。

 

一方で、『幸せのかけら』を配り終わって、地上から戻ってきた天使たちが、新しい『幸せのかけら』を袋に詰めていきます。

 

天使たちは、笑ったりじゃれあったりしながら、楽しそうに働いていました。

 

天使たちは綾とシイナに気がつくと、二人のそばに寄ってきました。

二人のまわりを天使たちがくるくると回って、輝く光の粒を撒き散らし、それは見事な光の絵を空中に描き出しました。

 

「すごいすごい!」

綾とシイナは大喜びしました。

 

天使たちはにっこりと微笑むと、仕事に戻っていきました。

 

『彼らは、地上のいろいろな人たちに幸せを配っていくんです』

天使が綾とシイナに説明しました。

 

『幸せのかけらを配り終わったら、天界に戻って、また新しい幸せのかけらを袋に詰めて配りにいくんです』

天使が言いました。

 

「みんな一生懸命やっているんだね。 でも、みんな楽しそう」

綾は忙しく飛び回る天使たちが、みな笑顔でいることに気がつきました。

 

『ここにいる天使は、みな誰かに愛されて生まれてきました。 自分たちが配る幸せのかけらが、また新しい愛を生み出すことが、みな嬉しいんです』

天使は穏やかな微笑みを浮かべて言いました。

 

「天使のお仕事って、素敵だね!」

シイナが言いました。

 

「そうだね」

綾も心からそう思いました。

 

『私もそろそろ幸せのかけらを配りにいかないといけません。 綾、シイナ、お別れの時間です』

天使が言いました。

 

「えー、もうさよならしなきゃいけないの?」

シイナが言いました。

 

『はい。そして、お別れして地上に戻ったら、私たち天使のことも天界のことも、あなたたちは全て忘れてしまいます』

天使が静かに二人に告げました。

 

「ええっ!?」

綾は驚きました。

 

「そんなの寂しいよー!」

シイナが大声で言いました。

 

『しかたがありません。それが天界の決まりですから』

天使は言いました。

 

「そんな…」

綾は絶句してしまいました。

 

『ごめんなさい、悲しい思いをさせるつもりではなかったんです』

天使は綾に言いました。

 

「あっ、そうか。魔法の本に、天使のさなぎのことが書いてなかったのは、それが理由なんだね。天使に会った人は、みんなそのことを忘れちゃうんだ」

シイナがはっと気付いて言いました。

 

『はい、その通りです』

天使は話を続けます。

 

『どうせ忘れてしまうのに、あなたたちを天界に連れてきたのは、私の仕事を見てほしかったからです』

天使は言いました。

 

『綾、あなたの優しさや愛情が、めぐりめぐって誰かを幸せにしているんです。

それは、とても大切なこと。

あなたはきっと、私と出会う前からそれを知っていたんでしょうね』

天使が言いました。

 

『お別れしても、そのことはいつまでも忘れないでくださいね、綾』

そう言って、天使は微笑みました。

涙をこらえているような、ちょっと悲しい笑顔でした。

 

「うん。忘れないよ、絶対」

綾は真剣な顔で言いました。

 

「私も!」

シイナが言いました。

 

二人の言葉を聞いて、天使は安心したように微笑みました。

 

『ではお別れです、さようなら!』

天使の声が響くと、綾とシイナの体は光に包まれて、何も見えなくなりました。

 

気がつくと、綾とシイナは自分の家の中庭に立っていました。

二人はしばらく呆然としていました。

 

「なんだろう、なんだかとっても不思議な体験をしたような気がするけど…でも、なんだったのか思い出せないわ」

綾がそうつぶやきました。

 

「う〜ん、私も。でもどうしてかな、思い出せないや」

シイナも言いました。

 

二人は少しの間、だまって考えこんでいましたが、何も思い浮かぶことはありませんでした。

 

「なんだかとても嬉しいような、でも悲しいような、大切なことだった気がするんだけど…」

綾が言いました。

 

「まあ、思い出せないならしょうがない。大切なことなら、いつかきっと思い出すときが来ると思うよ」

シイナが言いました。

 

「そうね…」

綾が言いました。

 

「お腹すいちゃった!朝ごはん食べよう、綾ちゃん!」

シイナが綾に言いました。

 

「うん、そうしようか」

綾が言いました。

 

二人が家の中へ入ろうとしたとき、綾はふと足を止めました。

 

昨日まで芝生しか生えていなかった中庭の一角に、一輪の花が咲いているのを、綾は見つけました。

「あれ、こんなところに花が咲いていたかな?」

綾はその花を見つめました。

 

それは小さな赤い花でした。

綾とシイナは覚えていませんでしたが、その花は、天使がさなぎから羽化した場所に咲いていました。

 

「これ、何の花?」

シイナが聞きました。

 

「コスモスだよ。花言葉は『愛情』だね」

綾はシイナに言いました。

綾が『愛情』という言葉を口にしたとき、なぜか胸の奥にせつない気持ちがこみ上げてきました。

 

そのとき、綾の耳元をふわりと一迅の風が吹き抜けました。

 

綾は、はっとして振り返りました。

もちろん、振り返った先には誰もおらず、青い空が広がっているだけでした。

 

『もしかしたら、目に見えない天使が、私の耳元にささやきかけたのかも』

綾はふと、そんなふうに思いました。

なぜ、そんなことを考えたのか、綾自身にもよくわかりませんでした。

でも、綾はとても暖かな気持ちが胸の中に湧きあがってくるのを感じました。

 

綾は空を見上げました。

 

目には見えないけど、あの青空の中を、天使たちが笑顔で飛び回っている、綾はそんな想像をしてみました。

なぜか、涙がこぼれそうな気持ちになりました。

 

「綾ちゃん、どうかした?」

シイナが声をかけました。

 

「ううん、なんでもない。さ、朝ごはんにしよう」

綾はそう言って、シイナと一緒に家の中に入っていきました。

 

中庭のコスモスには、朝の日差しが暖かく降り注いでいました。

 

今日はとてもいい一日になりそうです。

 

―END―

 


 
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