外史を駆ける鬼・戦国†恋姫編 第003話「北条家」
重昌達が小田原城に入城してからというもの、重昌達は霧翼の依頼主である北条氏康と対面しており、今負傷した霧翼の代わりに重昌が報告している最中であった。
霧翼は胸の負傷に加えて足が骨折しているので、足を崩して座る許可をもらっているが、重昌はキチンと作法に乗っ取り氏康に報告していた。
「申し訳ございません。叔母上様の食事代でしたら直ぐにご用意致しますので」
客間にて重昌に頭を下げるおかっぱ頭の少女は北条氏康。
この小田原城の主であり、相模国を収める巷では『相模の獅子』で知られる大名。
正史では本多忠勝は最も優れた武の持ち主、毛利元就は最も優れた鬼謀の持ち主と言われる様に、北条氏康は最も優れた政治家・国主として有名である。
その隣に控えるシスター帽の艶めかしい女性は北条幻庵。
正史では和歌・連歌・茶道・庭園・一節切りなどに通じた教養ある人物であり、北条五代に仕えた名軍師としても名を残している。
北条早雲の子として生を受けるが、この外史では性別が変わっているだけではなく、彼女は早雲の子ではなく、早雲の息子氏時の子であった。
しかしながら氏時が早死したために、幻庵は氏時の兄であり氏康の親、氏綱に養女として迎えられ、氏康とは従姉妹であり義姉妹であるといった、何とも複雑な関係である。
最後に控える氏康に「叔母上」と言われ、赤髪で黒のマントを羽織り、傾いた格好をした長身の女性は北条
正史では旧姓『福島』。
今川家の内紛である花倉の乱にて、父親が今川義元を支持しなかったために父親は殺され、自らは義元に追われて相模の地に着き北条氏綱に仕えた。
氏綱は綱成を大層気に入り、自分の娘を綱成に娶らせて綱成に北条姓を与えたのだ。
この世界の綱成は相模に亡命した際に早雲に気に入られ、早雲は彼女を養女として迎え入れた為に、氏綱と綱成は義兄妹となった。
それ故氏康は綱成のことを「叔母上」と呼ぶのだ。
「いいじゃねぇいか
「それを許せば叔母上はつけあがりますから、絶対ダメです」
姪に説教される叔母。
そんな異様な光景に重昌と霧翼はどうすればいいかわからないまでも、本題を切り出した。
「……えっと、まぁとりあえずこの件は置いといて、本題に入りませんか?」
氏康はハッとした様に重昌の声に気づき、一つ咳を鳴らした後に話を切り出した。
「失礼しました。それでは、どうぞ」
「はっ、今回の依頼の件についてですが、段蔵がこの様な状態ですから、及ばずながら私が報告させていただきます」
重昌は段蔵が報告すべき内容を、そのままそっくり話し、それに付け加えて自らが鬼と交戦したことについてを話した。
「……それほどのものなのですか?鬼とは……」
「言葉で説明だけであれば難しいのですが、霧翼……いえ、段蔵の様子から見て鬼の恐ろしさはわかるはずです」
「確かに、あの有名な『鳶加藤』ここまでやられるとは、貴方の話を信じるしかないですね。しかし私が懸念しているのは、貴方ですが」
今まで口を閉じてただ話を聞いていた幻庵が、口を開き重昌に問いかけた。
「私……ですか?」
「聞くところによると、その鬼は貴方が撃退したと言いますが、しかしどうやって?鳶加藤が苦戦する、常人より超えた能力を持つ鬼を撃退出来たのですか?私にはどうにも貴方が意図を引いているようにしか見えないのですが?」
そう、言われてみればその通りでもある。
いきなりパッとでの人間が、襲われそうになっていた人間を助けるものか。
それに何といっても相手は物怪であり、そんな風に思われても仕方がないし、逆に重昌が全ての意図を引いていると考えたほうが妥当である。
それでも霧翼はあの時の重昌の胸の温もりを信じていた。
「分かりました……それではこうしましょう」
重昌が懐に手を忍ばせると、綱成と幻庵は腰の刀に手を添えたが、彼が取り出したのは一本の脇差であった。
その脇差をゴトリと目の前に置き、氏康の目を見て言った。
「私が仮に嘘をついていると言うのであれば、好きにするがいい。だがこれだけは言わせてもらう……私をあんな出来損ないの化物と一緒にするな」
重昌の威圧に部屋の中にいる者は全て飲み込まれた。
北条の者たちが一つだけわかったことがある。
【鬼は何処にいる?畿内?領内の相模金山?違う!鬼は目の前にいる。目の前にいる男、この者こそが本当の『鬼』だ】っと。
霧翼も思い出し、確信したことがある。
未だに半信半疑であり、自分が鬼に襲われたことも信じられなかったが、今はっきりした。
自分の目の前で、多くの鬼を切り殺した『鬼』こそ、目の前の重昌だという確信を……。
そんな気に押されながらも、氏康は改めて頭を下げた。
武士が自らの脇差を目の前に置いて話したのだ。
彼を疑う理由も無くなっていた。
「分かりました。私は貴方の話を信じます。部下の不手際を……どうかお許し下さいませ」
両手を着き真摯な態度で謝る氏康の誠意に胸打たれ、重昌も気を抑えて懐に脇差をしまった。
「話は変わりますが、影村殿。貴方の出身は何処なのですか?」
重昌はまだ自分が何処から来たのか言っていなかった。
「元は北越後にて商いをしておりましたが、南蛮の知識を取り入れる為、日の本より離れ異国を転々としておりました」
「なるほど……鬼を迎撃する程の手練が、全くの噂が無いなどおかしいと思いました。これから行く宛はありますか?」
「とりあえずは、段蔵の傷が完治してから考えようとしているので、まだ何とも――」
「加藤はどれほどで治りますか?」
重昌は立ち上がり霧翼に近づき、いきなり彼女の乳房を揉み下し、氏康達も何事かと思い目を丸くした。
「ひゃ、重昌さん一体なにを!?」
こんなことをしている重昌であるが、彼の目は至って真剣である。
「………足の骨折に加えて、霧翼の左胸の一部が、シコリが溜まったように硬くなっており、少し張っています。恐らく化膿しかけているのでしょう。命に別状はありませんが、放っておくと大変なことになります」
「た、大変なこと、と……は?」
霧翼は彼の放つ次の言葉を怯えるように待った。
「最悪、お前の乳房を全て除去することになるかも知れない」
女性が乳房を除去する。
乳房とは、女性が女性たらんと主張する一部であり、それを除去することは、女性の尊厳の一部を取ることでもある。
霧翼はその一言で顔が真っ青になるが、重昌は言葉を続けた。
「しかし方法がないわけではない。まだ初期段階であるから、化膿の原因である『菌』を取り除けば、除去せずに済む」
戦国の世に『菌』という概念はない。
よってこの部屋にいる者で重昌の言っていることを理解できた者はいなかったが、少なくとも医療方法あること、それが判ったことに霧翼も安心した。
「期間で言えば……治療に三ヶ月、再発注意の為の観察に一ヶ月。計四ヶ月。それだけあれば十分です」
本来であれば彼女の胸を解剖し、溜まっている膿を取り除くことが早いのだが、解剖・麻酔技術が高い現代に比べると、戦国時代の解剖は危険が伴う。
それを考えれば、急がないことであれば、出来るだけ遠回りでも安全策を取るのが一番なのだ。
「その四ヶ月、一体どこで住ごすつもりですか?」
「そうですね……幸い、手持ちはそれなりにあります。まぁ、適当に宿でも借りて過ごしますよ」
氏康の質問に答えると、彼女はとある案を重昌に持ち込む。
「……影村さん、うちに来て働きませんか?」
その案に重昌の眉がピクリと動いたが、幻庵が案に意を唱える。
「お待ち下さい氏康様。そんな急に素性を知れる者を雇うなんて、私は反対ですよ」
「アタイは別にいいと思うぜ。『目には目を、鬼には鬼を』ってね。こいつがウチに加われば、面白いことになるんじゃないか?」
「綱成殿、それで臣下が務まるんですか?馬鹿なのですか?腹を裂いてもいいですか?」
「木葉はそういった冗談言うくせに、考えが堅すぎんだよ。それに今は評定でもないんだ。真名で呼び合えばいいじゃん」
「締めるところは締める。優秀な主に仕える、臣下の務めです。……あぁ、それと腹を裂きたいと言うのは本当ですよ」
「恐ぇよ!お前アタイを何だと思ってるんだよ!?」
「それは……モルモット?」
「南蛮の言葉で言っても恐いものは恐いよ!」
二人はそんな漫才な会話を繰り広げており、氏康は氏康で重昌の反応を伺った。
「それで……どうでしょう?」
彼は腕を組みしばらく考え、やがて答えを出したかのように腕組みを解き、両手の握りこぶしを畳に付けて頭を下げた。
「……承知しました。客将としてでしたら、しばらくこちらで厄介にさせていただこうと思います。商い心得えがございます故、金銭問題などに関しましてはお力になれると思います」
「わかりました……それでは改めて紹介させて頂きます。私の名は北条伊豆千代丸
「アタイは北条孫九郎夢羽綱成だ。宜しくな、旦那」
「………はぁ、氏康様が認めただけであって、私は貴方を認めたわけではありませんから。出来が悪ければ、その腹わたえぐり出すから。私は北条三郎木葉幻庵です。別に宜しくしてくれなくても結構ですからね」
「紹介痛み入ります。私の名はシゲマサ・T・カゲムラ。日の本での名は影村重昌です。短い間ですが、身命を賭して働かせて頂きます」
この日から、重昌は一時的に北条家に仕えることになった。
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どうもお久しぶりです。
ほんと毎日暑いですね。
ですが皆さん、クーラー病にはお気を付け下さい。
ちょっとした油断が命取りですよ?
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