No.706532

スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~<1>始まりの出会いと桜庭の章 【プロローグ】

みっくーさん

【あらすじ】
伝説とすら言われる〝綴導術師〟に師事しながら小さな辺境の町で日々の生活を凌いでいた女の子スフィールリア。根無し草の放浪師匠が家を売り払ってしまったために、長らく住み慣れた辺境を離れ、一転――王都の大学へ! そこで出会うことになる師の〝家族〟、〝失われた自身の起源〟、初めて出会う同級生たち、そして、〝自分と同じ〟才能を持つ少女――。世界最高の〝綴導術師〟を目指し、破天荒なスフィールリアの学院生活が始まる!

◆『錬金術系・アトリエ系統』『生産系ファンタジー』のカテゴリになります。
当作者がアイテム作成系・生産系ゲームに飢えた末、『アトリエシリーズ的な世界観』の中の人々や、(ゲームで登場するような)錬金術師たちの生活面や職業面などをとことん突き詰めてやってみようと企んだものが拙作となります。

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2014-08-06 03:27:54 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:508   閲覧ユーザー数:500

王立ディングレイズ・アカデミー!(仮題)

<1>始まりの出会いと桜庭の章

 

目次

 

 

 

1.プロローグ

 

 

1章 入学初日が退学日?

 

 

2章 チュ~ト・リアル! 金と黒の少女たち

 

 

3章 霧のへ(もり)

 

 

4章 友を救え! 緊急クエスト!

 

 

5章 記憶(こころ)のありか

 

 

エピローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

プロローグ

 

 霧。

 思い出すのは、いつも、この風景からだった。

 白い、霧。

 ほかにはなにも見えない。

 音もなく、色もなく、温度もない。肌を切るような――清冽(せいれつ)で、どれだけ(はかな)(あわ)い記憶の(ぬく)もりの介在も許さないような、すべてが純化(じゅんか)し尽くされた。そんな――()め切った空気だけがある。

 ほかにはなにも見えない。この景色の中にいる自分もまた、静まり返った世界に(しょう)じたかすかな空気の揺らぎのようなものにすぎないのかもしれなくて。

 そうだとすれば、まぶたを閉じて、静かな気持ちのまま、この白い世界に(かえ)ることができるのだろう。そうに違いないという予感があるのだから。

「そう……」

 そして、その通りと消えてしまおうとしたところで、あの声がするのだ。

「そういうことだったの。あなたが呼んだのね。あなたが、私を……」

 目の前の霧がゆらりと揺れて、気がつけば自分は、現れていた女性に抱きしめられているのだ。

「もう、大丈夫よ」

 その声を聞いたとたん。光が、音が、匂いが、温度が――

 自分を形作っていたすべてのものが戻ってくる。

 彼女の胸が、彼女の声が、彼女の匂いが、温もりが。

 染み渡ってきて、自分の形を思い出させてくれる。

 そして自分は、自分がどうしようもなく寒くて、怖くて、(さび)しくて……悲しかったことを思い出して、わっとみっともなく泣き出してしまうのだ。それを、女の人は、やさしく抱きしめたまま受け止めてくれる。

 しばらくそうしてあやしてくれていた彼女は、立ち上がり、自分の手を取り歩き出すのだ。

「帰りましょう」

「帰る……?」

「ここにいてはいけないから。ここは世界の果ての、終わるところだから」

 ここにいてはいけない。その意味はよく分かったから、彼女の手に引かれるまま、歩いた。

 どこまでいっても白い霧しかない世界。つないだ手もよく見えず、自分たちの足音すらあいまいで……それでもこの人がいれば大丈夫だと、素直に信じることができた。

「助けてくれるの……?」

「違うわ。あなたが私を助けてくれたのよ」

意味は分からなかったが、彼女は、

「今は分からなくていいの」

 とだけ言った。

「どこに……帰るの?」

「そうね……」

 一日、歩いた。歩き疲れて、休んだ時に、そう聞いた。

 彼女は考える振りをしていて、でも、笑っていたと思う。

「私の家族のところへ」

「かぞく……?」

「そう」

 常にやさしい微笑みを(たた)えた彼女が、ふわりと毛布をかけて、後ろから抱き寄せてくれる。とても暖かくて、すぅ……と眠さが覆いかぶさってくる。

「弟がいるの。みんなは変わり者だって言うけれど、本当はとてもやさしい子……面倒見はいい方じゃあないかもしれないけれど。それでも、いつだって、どこにいる時だって、大切な人のことは忘れない……」

「う、ん……」

「なにもない田舎町だけど――あの子は騒がしいのが苦手だから――でも暖かくて、(おだ)やかで、いいところ。大丈夫。きっと上手(うま)くやっていけるわ」

 春の空明け祭りの時はとても(にぎ)やかで――あの子もその時だけはかならず町に――

 夏は近くの河が涼しくてあなたくらいの子たちがたくさん――きっと上手くやっていけるわ――

 きっと――

「……」

 そこから先は覚えていない。眠ってしまっていたのだから。だけど、ずっと優しい声が包んでくれていたことだけははっきりと覚えている。

 その中で、ひときわ強く、『彼女』の中に残り続ける言葉があった。

 きっと――

 以来、その言葉は『彼女』の頭の中を、ずっとずっと、くるくるとめぐり続けることになった。

 あなたなら、きっと、いつか――幸せを――せるから――――

 

「幸せを……幸せ、を……」

 ――ドンドンドン!

 ――スフィーっ? 起きてるの! いるのっ? いるわよねぇ!? スフィールリアーー!

「幸せに……むにゃ……幸せ~」

 ――ああもう、結局これやんないと起きないんだから……せぇのっ!

「……しあわ、」

 ――ドカコン!!

「はっ!?」

 隙間だらけな玄関の扉に、大変な衝撃が走った。粗末な家屋そのものが揺さぶられて、ようやくスフィールリアは目を覚ましたのだった。

 ぱっと寝ぼけ(まなこ)なままの顔を起こしたのは、南西方向に向けて五度(かたむ)いているのが定位置である木のテーブルの上だった。見回す。

 いびつな形の土の暖炉。窓ガラスと、窓枠と壁の間に空いた隙間から差し込む朝日の光線。つまり、いつもの住み慣れたボロの家。

「……えーっと」

 目の前には、中途半端に折りたたまれた世界地図と、彼女が一晩かけて作り上げたよだれの世界地図。ああそうかと思って足元に目をやれば、記憶の通り、思いついたものを(かた)(ぱし)から詰め込んだゴテゴテのリュックサックが、ふてぶてしい感じで鎮座している。そうだ。昨日の晩、徹夜で荷造りをしていて、そのまま眠ってしまったんだった。荷造り……?

 と、そこまでを低血圧な頭から掘り起こしたところで、

「スフィーっ、今日ばっかりは寝坊したらダメなんじゃないのー! 出発の日でしょー!?」

 出発――

 旅立ちの日――

 玄関前から聞こえてくる幼馴染の声に、さぁっと顔を青ざめさせた。

「ヤバい……!」

 

 

「はいこれ。馬車の中で食べてよ。あたしとおふくろが昨日の晩から一生懸命作ったんだ」

「ありがと、キーア」

 受け取った風呂敷を自分のリュックサックにくくりつけると、スフィールリアは幼馴染の後ろに控えていた夫婦に勢いよく頭を下げた。

「オヤジさんとおふくろさんも、ほんと、ありがとございっした!!」

「おうっ。俺っちの馬車がなかったらマジ間に合わなかったな!」

「ここまでくる乗合い馬車ほんとに少ないんだから。今日逃したら次は来週になるところだったよ?」

「てっへへ……」

 ごまかす……よりは照れ笑いにも見えるしぐさでスフィールリアは頭をかいた。

 フィルラールン高地の芝の浅い野原の一角にある停留所。普段は一週間どころか一月にひとりくらいしかだれかを見かけることもないようなオンボロな待合の木小屋の前に、スフィールリアと彼女の幼馴染(おさななじみ)、そしてその両親は佇んでいた。

 高原の風は湿(しめ)ってなんかいなかったけれど、少しだけ、しんみりした空気が流れた。

 スフィールリアは、髪の毛を短く切りそろえた、活発そうな女の子だった。

 遠目からは銀髪に見えるがよく見ると()っすらと乳白金色の不思議な輝きを帯びた細い髪が、さらさらと流れて高原を降りゆく風を追いかけようとする。

「……本当に王都の大学、いっちゃうんだねぇ。寂しくなるよ。ここいらの家はみんな、ものが壊れるたんびにスフィちゃんに助けてもらってたから」

「ばかお前、大学じゃねーよ。王都の〈ディングレイズ・アカデミー〉つったらおめー、アレだろう? 王室お抱えの『魔法使い』をわんさと育ててる専門機関だって。超がつくくれー学費もおっ高いし試験も難しいから、アタマがいーだけじゃ貴族様の子供でも入れないって超有名なんだぞ!」

 熱のこもり始めた弁舌に、スフィールリアは顔をやや赤くしながら補足した。

「あー、いや、あたしもよくは知らないんですけど、大学は大学でいいらしいですよ? 師匠の手紙にはそう書いてあったし。それと『まほーつかい』じゃないです。『綴導術師(ていどうじゅつし)』です、一応。あはは……」

「そうなのかい? よく分からないけどねぇ。とにかく寂しいよ」

「まぁなあ……でも、大躍進(だいやくしん)ってヤツじゃねぇのよ? ウチの町からそんなケツブツが出るかもしんねーんだ……笑って送り出してやんねーでどーするってなもんよ。なっ」

「あたしは別に一週間後だってよかったけどね……」

 幼馴染の少女が憮然(ぶぜん)とした面持ちでつぶやいた。

 次に、ばっとスフィールリアの両手を取って、言ってくる。

「っていうか、お師匠様の言いつけだかなんだか知らないけど、王都なんかいかなくたっていいよ。ねぇスフィー、今からでも遅くないよ。王都の大学なんかいくのやめてさ、ずっとこの町にいよーよ!」

「えっ? でもなぁ、うーん。師匠、あの家もう引き払っちゃったって書いてあったし……」

「だったらウチに住めばいいじゃない! あー、部屋はないけど……大丈夫! あたしと一緒の部屋でいいでしょ、ねっ!?」

「え、う、あー、うーん」

「第一、都会は怖いところだって言うし、しかも、王都だよっ!? 男なんてきっとみんな誠実じゃないし、一瞬でも気を抜けば、そう、ナンパされて、言いくるめられて、気がついたらベッドの中なんてことに!」

「えー、いやぁ、うん、そうかなぁ……?」

「なんでそんなに歯切れが悪いの……はっ!? まさか……すでにカレシが……!? 許せない! だれだあたしのスフィーに手ぇ出した馬の骨は今すぐここに連れてきなさい!?」

「ちょ、落ち着いて――て、なんでまだいってもない王都にカレシなんているのよ!」

 幼馴染の少女の剣幕に押されていると、どかどかと寄ってきた父親が彼女の頭をゲンコツではたいた。

「あだ! づおおおお……!」

「コラ、キーアおめー、すっとぼけたこと抜かしてんじゃねぇっ。スフィーちゃんはおめーなんかたぁドタマのできが違うんだってのこら!」

「スフィちゃん困ってるからそのくらいにしておきなさい」

「ううう、スフィ~ぃ……」

 目いっぱいに大粒の涙を()める親友の姿にこちらも胸をいっぱいにしていると、やがて、なだらかな丘陵(きゅうりょう)を沿うようにして馬車の姿が見え始めてきていた。

 スフィールリアは自然と、居住まいを正すようにして、改めて三人に向き直っていた。

 お別れの言葉をなんと言えばよいか、昨晩はずっと悩んだりもしたけれど、いざその時が近づいてみるとしっかり身体はついてきてくれるようである。

「スフィちゃん、がんばるんだよ。身体には気をつけてね」

「はい。おばさん」

「でーじょぶだ。スフィーちゃんならどこの馬の骨に絡まれたって頭突きイッパツよ!」

「あ、ドタマのできってソッチすか。えへへ……」

「……」

 目を戻すと、親友は、うつむいたままだった。

「……」

「……」

 無言で向き合ったのは、少しだけ。

「そんじゃねっ!」

 ぱっと荷物を持ち上げ、スフィールリアは、まだ到着していない馬車に向かって駆け出していた。

 後ろから、驚いた親友の声が届いてくる。

「えっ、あ、ちょっ――いっちゃうの!?」

「お別れの言葉なんて言ったら泣いちゃうもん! またね!」

 どたどたと走って大きな荷に振り回されながらも、後ろ手だけを振ってやる。追いついた馬車に飛びついて、「なんだなんだ慌ただしいな」などと野次を投げられながらも人もまばらな客席によじ登った。

 当たり前だが通りすぎる予定の馬車にひと足早く乗り込んだのだから、もう一度、スフィールリアは親友と顔を合わせることになった。

「……スフィー。手紙、毎月書くから!」

「うん!」

「……一週間に一度は書くから!」

「待ってんね!」

「……半日に一回は書ぐがら゛ね~~……!!」

「……えー? あーそれは……」

 そんなこんなでぶんぶか手を振る親友の姿が再び遠ざかってゆき、「おめーはウチを破産させっ気か!」「あだっ!」というやり取りが届いてきて、馬車の中、どっと笑いが巻き起こった。

「えへへ。どうも、どうも」

 調子を取るように頭をかいて席に戻ると、別れの余韻に(ひた)る間もなく、さっそく面白がって寄ってきた中年や行商人風の青年らと話が(はず)んだ。

 そうして馬車に揺られ続けること夕方にもなると、旅の疲れから、自分の席で眠りこける者が大半になっていた。

 ひとりに戻って、視線は窓の外に。名も知らぬ湖畔を輝かせる黄昏を眺めて、ようやく、スフィールリアの胸の内に実感が(とも)ってきていた。さあ、旅立ちの時だ。

 皮の小袋から取り出した砂糖化粧をした豆を口に放り込んで、すぎてゆく景色とともに、スフィールリアはことの経緯を思い起こす。昼間の内に商人から小袋いっぱいに分けてもらった豆菓子の甘味はじんわりと舌を広がって、彼女の疲労を()かしてくれた。

 ――物心ついたころから暮らしていた家へ、最近では年に一度帰ってくればよい方だった彼女の〝師〟より手紙が寄越されたのは三月ほど前のことだった。

 相も変わらずぶっきらぼうで愛想だとか装飾だとかに欠けた手紙に記されていたことは、みっつ。

 ひとつ。長らく留守にしてここ数年ではすっかり彼女が主のようなものだったあの家を、このたび、正統な土地主である師が売り払ったこと。

 ふたつ。土地ごと売り払ったのだからして当然その上に建っている家もセットである。もう買い主である一家がこちらに向かっているからスフィールリアはさっさと荷物をまとめて出てゆく準備をしておけとのこと。

 そして、みっつ。

 その後の身の振りは、王都にある〈アカデミー〉へ通うように。

 という命令文であった。いわく。自分は用事ができたので待っていてももうあの土地には戻らない。〈アカデミー〉は経営者が知り合いで、試験についても入学金についても話をつけてあるからあとはお前次第である。自分の食い扶持(ぶち)は自分でなんとかしろ。気が向いたら会いにいかないこともない。達者に暮らせ。……などなど、思いついた順に適当に書き連ねられただろう内容というのが、こんな感じだったのである。

 言われなくたってそもそも今まで生活金のほとんどは自分で稼いでいたし、師がロクに戻ってこないなんてのも、もう当たり前だと思っている。

 要するに、彼女としては、今までと『ほとんど』状況が変わっていないのである。

 家がなくなったとしても、なんだかな、としか思えない。いつかこんな風に唐突に住みかを追われる日がくるような気すらしていたのだ。

 むしろ師が生きているままでこの状況が(おとず)れたことが意外だった。彼女としてはてっきり、ある日突然どこかの国の兵隊さんがやってきて「あなたの後見人は道ばたで拾い食いをして死にましたので家を引き払ってください」とか、もしくは「あなたの後見人は道ばたでドラゴンに拾い食い『されて』死にましたので家を引き払ってください」みたいなことを言われるものだと思っていたのだが……。

(ま、考えて見たらあの人がドラゴンくらいでどうにかなるわけないわよね。ドラゴンって見たことないけどね)

 そういうわけだから、別に師の言う通りと王都に向かう必要もなかった。

 幼いころから師を手伝って得た〝技術〟があれば、どこにいったって、いくらだって食い扶持(ぶち)を稼ぐことはできるし、なんならキーアの言う通り町に間借りさせてもらったってよかったのだ。

 それでもスフィールリアが、師に言われるままに王都を目指すことしたのには、たしかなわけがあった。

 師の寄越したぶっきらぼうな手紙、その、最後に書かれていた――

(王都に……〈アカデミー〉……いけば、あたしの…………本当、なんですか…………師匠……)

 つらつらとそんなことを思い起こしていると、やはり疲れが溜まっていたらしい。いつの間にか、眠ってしまっていたようだった。

 

「ふわ……ぁ」

 朝になり、スフィールリアは窮屈(きゅうくつ)な馬車の座席の上、猫のように大きく長い屈伸(のび)をしていた。

 彼女の出てきたフィルラールン高地はエムルラトパ大陸の最南端に位置する。そこから大陸を統治する聖ディングレイズ王国の首都――すなわち王都ディングレイズにたどり着くまでには、十四の大きな街を経由し、最低でも、実に十回もの乗り換えを行なわなければならなかった。

 その十回目の馬車の中。故郷を旅立ってからこちら、ちょうど半月目の朝を迎えていた。

 お金がかかる割にほとんどが馬車に揺られるだけの生活だったので肩腰はもうバキバキだったのだが、それでも乗り合う人々と、どこからきたのか、どこへゆくのかといった話に華を咲かせるのはとても楽しかったし、自分の知らない土地のことを聞けるのも、なんだか自分が御伽噺(おとぎばなし)の冒険者になったような気分が味わえて、とてもわくわくしたものだった。

 そして――

「……うわぁ!」

 昼になり、見えてきた景色に、スフィールリアはついにきたという感嘆(かんたん)の息を()らした。

 なだらかな大地に沿う広大な田畑(たはた)とあぜ道。その先にいくつもの町が細かな道を(たば)ねるかのように点在していて、さらに先にある〝都市〟へと続いてゆく。

 山みたいに高くそびえる白い巨石の壁と、物見の塔。内側には、まるですぐ外にある田畑のように色分けされて、膨大な数の建物が(のき)を連ねている。色とりどりの屋根。街の中にある湖。湖のほとりの丘の上に立つ壮麗な王城の白と青の尖塔(せんとう)たち――

 王都ディングレイズ。

 馬車のゆく山道からは、それらのすべてがよく見渡せた。

 今まで馬車に乗り合った人々から聞いた話によると、〈アカデミー〉は王城の城壁に寄り添うようにして建っているという。ということは、あの青い大きな建物がそうなのだろうか。

 王立・ディングレイズ・アカデミー。世の理を解き、物質と世界の正しき絆を(つむ)ぎ導いてゆく賢者たちの住まう場所。

 彼女と同じ〝綴導術師(ていどうじゅつし)〟の卵たちが通う、学びの城である。

(これから、あの街で暮らすんだぁ)

 自分の力で、自分の生活を切り開いてゆく。するべきことは、王都でも、どこであっても、変わらない。

 それでもスフィールリアは、今までにない新しい高揚を覚えていた。

 これまで生きてきて〝自分と同じ〟人間は、師以外にはほとんど見たことがなかった。でも、あそこには、それがたくさんいる。

 たくさんいて、同じことを話し合ったり、教え合ったり……(きそ)ったりしているのだ。

 どんな人たちがいるのか。どんな生活が待っているのか。楽しみでないわけがなかった。

 スフィールリアは期待に胸を膨らませて、窓の外の景色を眺め続けていた。

 新しい生活が、始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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