No.704334

恋姫異聞録180-1 -神楽-

絶影さん

いよいよ最終話です。今回は、長いので二部構成になっております
続きは恋姫異聞録180-2 -倭舞-です

眼鏡無双の方は楽しんでいただけたでしょうか?
まだプレイしていないという方は、此方の献上物からどうぞ

続きを表示

2014-07-27 18:44:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5220   閲覧ユーザー数:4399

 

迫る金煌の切っ先

 

三叉に別れた穂先は、武器と交われば武器を破壊し、肉に刺されば傷口を大きく巻き込み切り開く

 

「もらったぁっ!!」

 

意識の外、完全に昭の視界からは外れた横撃。仲間の死を横目で見ながら歯を、唇を噛み締め身を隠した

全ての感情を、仲間の無念を、仲間の命を載せた一撃

 

「剣帝だっ!!」

 

関羽の眼にすら完全に決まると映った一撃。しかし、目の前で己と刃をぶつけあうもう一人の麒麟

秋蘭の叫びで、関羽の考え蒲公英の感情は全て打ち砕かれた

 

昭の躰に迫る切っ先を見た瞬間だ、全く視界に入っていない昭は、目の前で剣を構える劉備を無視し、秋蘭の言葉に忠実に従う

 

何の疑いも無く、唯、秋蘭の妻の望むがままに舞い踊る

 

飛びかかるような勢いを殺し、足を地面に踏みしめ、その場で腰から鉄刀【桜】を抜き取り暴風のような剣戟を繰り出す

 

突き出された蒲公英の槍、金煌は、粉砕機に投げ込まれる木っ端のように先端から細かく切り刻まれ、鉄刀桜に弾かれ火花を散らす

 

「そんなっ・・・!?」

 

武器が破壊されていく様に唖然とする蒲公英。昭は少しも此方を見ることが無い

しかし、彼が振るう剣は、左右に大きく振り回され横撃したはずの槍までも噛み砕かれるように

 

「昭っ!」

 

驚く蒲公英だが、動けず背後に大きな隙があるとみた関羽は、昭へと狙いを変えるが

隙を無くすように秋蘭が昭の背後に、ピタリと背中を合わせ腕を絡めた

 

ギシィッと絡めた腕からまるで荒縄を縛るような音が鳴り響く

 

「助かった。大丈夫か?秋蘭」

 

「ああ、止めるには、こうでもしなければならないだろう?」

 

自分自身では止めることが出来ぬ剣帝を腕を絡めることで無理やり止めた秋蘭とアキラは、再び眼前の敵へと狙いを定めた

 

秋蘭は関羽を、昭は劉備を、ふらふらと立ち上がる凪は、武器を無くした蒲公英へと狙いを定めた

 

誰もが蜀との決着が近いと思った少し前

 

宙を舞い、ぐしゃっとズタ袋のような音を出して地面に落ちた軍師諸葛亮が霞む視界で捉えたのは王ではなく

遥か先にて足を止められる蜀の龍、馬超の姿

 

「ここまで・・・私の描いた通り。とどめは、翆さんが」

 

口から赤黒い血を吐き出す諸葛亮の指し示す指は、一馬と春蘭、流流と季衣に囲まれる翆

 

見たはずだ、趙雲を退け自分にまで放った舞王の妻の弓撃を

出来るはずだ、水を使い敵の技をその身に刻み、誰よりも、呂布よりも、大陸の誰よりも磨き研ぎ澄まされた武を持つならば

敵に囲まれようとも、王を撃ち抜く槍が放てるはずだ

 

井闌車の上で全体を見て道筋を全て導き出した稟が驚愕する

 

見えていた。ここまでの道のりが。翆を無視し、昭と秋蘭を劉備の元へと導く道筋を

 

「バカなっ!王を危険に晒すなどと、蜀の軍師が!?」

 

しかし、諸葛亮が己の身を犠牲にしてまでも、最強の手札を王より遠く離れた場所へ置いてまでも生み出したこの策は

ついに稟の想像を凌駕した

 

伸ばす手は宙を掴み、己が仕立てたこの状況で勝利を掴み取れと示した意思は、遥か遠くの翆の瞳に刻まれた

 

翆の目の前に広がる血で染められた紅い道筋

 

その先には、剣帝で動きを止めた昭と秋蘭の二人の姿

 

狙うは此処を置いて他にない

 

全てを見せろ、己の姿を見せるには此処を置いて他になし

 

典韋の武器を破壊し、許?の鎖を断ち切り、劉封と的盧の攻撃をいなし、夏侯惇の一撃を弾き飛ばす

 

地面に足を強く、震脚のように踏み込み、全身の捻転を利用し肉体を弓のように撓らせ、弾き出すのは無明を切り裂く知慧の一撃

 

人は進化の過程で知能の他に発達させた能力が一つだけある

 

人の肉体は、あらゆる生物の中で最もモノを投げる能力に特化した構造を持つ。それは生存競争を生き抜くために身につけた牙

 

それが投擲能力。腕の可動率から力の溜めまで、全てが他の生物を凌駕し強力なカタパルトとしての機能を持つ

 

無論、それはこの外史であっても全くの同様。翆が選んだ攻撃は、最も原始的で最も人間の能力を最大限に発揮できる攻撃

 

いつしか兄に囚われていた心すら認め、全てを、弱さを、宿業を断ち切ったその一撃は、空気を切り裂き地面を削り

立ち止まる二人へと一直線に襲いかかった

 

今度は、秋蘭に翆から全力で投げ飛ばされた槍の切っ先が迫り、昭の動きを止めるために絡めた腕で完全に身動きが取れぬ状態に

 

「クッ、翆かっ!」

 

やはり我らの命を狙い、討つ者は翆であるのかと絡めた腕が昭の腕を強く締め付ける

避けられぬなら、せめて昭だけでも救わねばと動こうとする秋蘭であったが、昭が逆に秋蘭の腕を強く締め付けて押しとどめていた

 

「何をするっ!せめてお前は劉備をっ!!」

 

この期に及んで私の命を惜しいなどと思うな、ここまで来た道のりを見ろ、兵の血で開いた道を

凪と共に劉備を討ち取れ、我らの国を勝利に導けるならば、私の命など安いものだと表情に表す秋蘭にイヤだと首を振る

 

そして、そして昭は叫んだのだ。剣を交え作り上げた絆を、育て上げ珠玉となった娘が作り上げた絆を

 

信じることこそが、全てを打ち砕き活路を開く道であるのだと

 

「しぇれえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!!!!!」

 

咆えるは新たな絆。信じるは新たな絆。何より、信じるべきは、己の愛すべき娘が信じた絆

 

「ようやく呼んでくれたわね。美羽、見てて頂戴っ!」

 

現れたのは、敵兵の壁を突破し翆と張飛を囲む呉の将達。そして、槍の射線に立ちはだかる一匹の獣と化した孫伯符

 

「コレがっ!私の全身全霊の一撃よっ!!」

 

孫堅より受け継がれた武の全てを載せた雪蓮の上段からの一撃は、施条弾のような翆の槍にぶつかり

 

ガリガリと音を立てて新調された古錠刀が削れ、砕け、それでも肉体を盾に貫かれた槍を止めにかかる

 

「雪蓮っ!!」

 

遥か遠く、後方で見ていた美羽が叫ぶ。その声が届いたのか、いや届くわけはない。顔が歪み流した雫さえも見えるはずはない

 

だが、呼応するように雪蓮は気迫と共に口を開き牙をむき出しにする。遠くで見守る者の為に、約束を守るために

呉の為に命を捧げると言った友の為に

 

「コォォォォォッ!!」

 

呼吸を整え、筋肉を締め付け、穏のように硬気功を利用し

 

己の躰を、命を捧げるのは此処であるのだと喰いこんだ槍を両手で掴み、体全体を使い抑えこむ

 

「止まれっ!此処から先は、槍であろうと進ませはしないっ!!」

 

腹に突き刺さった槍の威力全てを自分の躰で飲み込むようにして躰を丸め、足で地面に食らいつくが槍の威力は少しも落ちることはなく

雪蓮の肉体に食い込んでいく

 

口元から血を流し、歯を噛み締め、槍を睨みつける雪蓮

 

「こ、のぉっ!!」

 

「策殿、御助力いたす」

 

「祭!?」

 

現れたのは、雪蓮が前へ出ると同じくして走りだした祭。雪蓮を後ろから躰で包むように重ね、腰を落とし、氣を両手に集中し槍を抑えこむ

 

「弟子の救った呉兵、幾万の魂が盾となるっ!貫けるものならば貫いてみるがいいっ!!」

 

叫ぶ祭の気迫は、兵たちの眼に無数の手を映す。雪蓮と祭の背に当てられた無数の手は、二人を支え槍を次々に掴み

地面には四つの轍を残し、ついに耐え切れなくなった両足が地面を離れ砂煙を上げて転がり、雪蓮の腹で静かにその役目を終えていた

 

地面に仰向けに、天を仰ぐようにして倒れた雪蓮は、満面の笑みを持って腹に突き刺さった槍の柄をみていた

 

「護ったわよ。ちゃんと、貴女のお父様を。見ていてくれた?」

 

口元から血を流し満足気に呟く雪蓮と祭に襲いかかる無慈悲な蜀の兵たち

此処で呉の王を討ちとれば、舞王や魏王とまではいかずとも、士気を下げる事が出来るはずだと

 

しかし、彼らの考えは曲刀の一撃をもって掻き消される。落ち着き、王の守護者として申し分の無い成長を遂げた一人の将によって

 

「ありがとう思春」

 

孤軍奮闘する甘寧の姿を瞳に映し、次は貴方の番よと呟けば追いついた呉の将達が、此処ぞとばかりに翆に襲いかかる

 

「我ら全ての力をもって、貴様を此処に封じ込める。会陽、明命、亞莎、己が全ての武力をもって、敵将を撃破せよ!」

 

【御意】

 

 

 

 

 

 

強行し集結した呉の将兵たちは、狭められた戦場を両翼から広げるようにして前へ蜀の軍を押し切り迫る

 

「・・・ダメだったか。でも、まだ諦めたりしない。そうだよな、兄様」

 

全身全霊を持って放った槍を防がれた翆は、ヨロヨロと地面に膝を落としそうになるが、襲い来る周泰の野立を紙一重で避け

兵から槍を受け取り、程普と呂蒙の武器を流麗に受け流し払いのけた

 

「まだ、槍は残ってる。仲間の剣で舞う兄様のように、アタシも仲間の槍があるっ!」

 

兵に指示を出し、自分に槍を投げ込ませ魏と呉の将を相手に奮闘する翆は、微塵も諦めを瞳に映したりはしなかった

 

それは、関羽と劉備においても全く同じであった。眼前に迫り、武器を合わせ、蒲公英の狙った急襲すら防がれたとしても

 

「例え一人になろうとも、なんて思ったりはしない。私が、天を切り捨て決着を付ける」

 

劉備の言葉に関羽は大きく頷き、御心のままにと偃月刀を携え振るう

 

新たな偃月刀は、秋蘭の持つ青紅の剣に防がれるが刃こぼれなど僅かなもの。彼女の気迫と意思が、刃を通し秋蘭の剣に襲いかかる

 

再び見えるは劉備と昭

 

「正面からぶつかるなっ!私と共に討つぞ!!」

 

「させるものか、今の桃香様の武は私に迫るものがある!一騎打ちならば負けるはずがないっ!!」

 

関羽と秋蘭は、互いに譲らず激しくぶつかり合う。間を狙い弓を構えようとするが、その隙を逃すはずもなく

関羽は力の限り偃月刀で打ち込んでいく

 

関羽の言葉を信じてか、それとも己の力を信じてか、劉備は地を蹴り昭へと猛然と立ち向かう

 

昭も同様に、剣を二つ構え劉備を迎え撃つ

 

ぶつかり合う靖王伝家と鉄刀【桜】。火花を散らし、次にぶつかり合うのは、神刀と倚天の剣

 

激しく撃ちあった二つの刃。互角のようにも見える剣戟

 

結果はやはり昭が打ち負け、弾き飛ばされるように後ろへと押し出されていた

 

体勢を崩す昭を見逃す劉備ではない。靖王伝家で上段からの追撃の一撃を見舞えば、辛うじて防いだ鉄刀【桜】は弾かれ

倚天の剣で横薙ぎの神刀を受け止めれば、体ごとずらされ頬に紅い筋が疾走る

 

「チィッ!昭、劉備は以前の劉備とは違う!!」

 

秋蘭の叫びが真実であるように、昭の躰は双剣を振るう劉備に切り刻まれ肉体からは紅い鮮血が吹き出す

 

一度は対峙し動きをその眼に刻んだ昭であったがボロ雑巾のように刻まれる。襲いかかる劉備は悲痛な表情と叫びを上げていた

 

まるで、己の真意ではないと叫ぶように、己の目指す未来と現実のハザマで苦しみ振るう剣

 

だが、その剣には意思が強固な信念が宿る。苦しみ、見出した道だからこそ己が汚れぬままに居られるほど劉備は子供ではない

 

美しい理想と未来を持つからこそ、その身を汚し泥の中から皆の意思を汲み取る民の代表であるのだ

 

「はああぁぁぁぁぁっっ!!」

 

再び襲い掛かるのは劉備の上段からの靖王伝家

 

満身創痍の昭に防げるものではない。足からも、両腕からも、頬からも血を流し、刀すら弾かれ手には一つの剣のみ

 

「はっ!?」

 

肌を切り裂く殺意、絶対の死、恐怖

 

だが、劉備の前でたった一つの剣を構える昭の顔は

 

 

【笑っていたのだ】

 

 

鮮血に顔を染め、頬を流れ落ちる血を拭いもせず、ヤツは笑っていたのだ!!

 

死を前に、恐怖を前に、己を奮い立たせるために、心を強固に保つために、己の足を進めるために、振り下ろされる白刃の前で昭は笑っていた

 

落とされる靖王伝家を受け止めるように、両足を地面から放して地面に背から落ちれば

その場でブレイクダンスのウインドミルを繰り出し劉備の眼を欺く

 

振り回された足に、劉備が一度だけ怯むが即座に踏み込みと同時に放たれる下段から振り上げる剣戟

 

立ち上がる昭の顔に向けて襲いかかる剣

 

それを、昭は左腕を盾にして受け止めていた

 

同時に、昭の笑みで覚悟を決めた秋蘭が関羽に背を向け、背で関羽の偃月刀を受けたまま劉備の振り上げた神刀に己の青紅の剣を合わせた

 

火花が飛び散り、昭の腕の中程で秋蘭の剣により劉備の剣が止められた

 

誰もが昭と秋蘭の死を予見した時だ

 

風が突き抜ける

 

吹き抜ける風。翆が、呉と魏の将兵を相手に大立ち回りをする中、翆の隣を通り過ぎる一陣の風

 

「なっ!?待てぇっ!!」

 

「この夏侯元譲、王の御身を護る一振りの太刀。この身を賭して王の盾とならん!」

 

赤く、魏の兵達の血肉で作り上げられた道を吹き抜ける風は、槍を腹に食い込ませ空を仰ぐ雪蓮の上を突き抜け

 

狭まる蜀の陣を一直線に吹き抜けた

 

血河に濡れた足を踊らせ、金色に輝く髪を血で染めて、双眸には男たちの魂を携える

 

舞王の上を魏王が舞う

 

雲間から日輪が顔を覗かせる

 

振りかぶる大鎌の切っ先は、秋蘭の流した血をかぶり、剣を止められた劉備の肉を切り裂き

 

大地に両足を着けると同じくして、鮮血が天を染めた

 

「劉備玄徳、この曹孟徳が討ち取ったぁっ!!」

 

勝負を決する勝ち名乗りと共に、劉備は地面に膝を着け崩れ落ちるようにして倒れた

 

何時しか降り注いでいた雨は止み、雲間からは煌々とした太陽が顔を覗かせ

 

「と、桃香さまぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

関羽の悲痛な叫びは、雲間から覗く蒼天に響いていた

 

それは、明らかな戦の終わりを示していた

 

決したのは華琳

 

劉備を斬り、蜀と魏の戦を、大陸を、乱世を集結させたのは曹操の手によってであった

 

何も指示など受けては居ない、諸葛亮と鳳統の読みは完璧であった

 

本陣を囮にし、昭と秋蘭を引き込み、敵の将を正面で受け止め入り込めば左右の挟撃にて潰す

 

上手く行けば昭と秋蘭を同時に討ち取れる。例え、呉の将が翆の一撃を抑えたとしても翆ならば呉の将ですら抑えられる

 

なにより、今の劉備と関羽ならば王に匹敵する影響を持つ将を討ち取るのに何一つ不安などない

 

証明するかのように、秋蘭は傷つき昭の腕は切創が骨まで届いている

 

それほど計算された策であったはずなのに、本陣を晒してまで王を危険に晒さぬ己の信念すら投げ捨てた策なのに

 

敵の軍師である稟にでもなく、ましてや師である水鏡にでもなく

 

敵兵犇めく中、前線に、単騎で

 

王一人が敵本陣に突入し勝負を決して来るなどと誰が考えたであろうか

 

「前に出るとしても、士気を上げるために中程までと、予想していたのですが・・・」

 

井闌車の上の稟ですら、華琳の動きを読むことが出来ず唇を震わせていた

 

「ゴホッ・・・」

 

「桃香さまっ!!」

 

「ごめんねぇ、まけちゃったよ」

 

「よいのです。喋らないでください。誰かっ!衛生兵をっ!!」

 

袈裟斬りに斬られた劉備の躰からは赤々とした血が流れ落ち、関羽は顔を真っ青にして声を荒らげ兵を呼び叫ぶ

 

「私の勝ちね」

 

「はい。でも、私の勝ちです」

 

「そうね、貴女の思惑通りになったわ」

 

抱えられる劉備に近づく華琳に睨みつける関羽であったが、意外な言葉に驚く

 

「貴女が王ではなく一人の民として、民の代表として起こしたこの戦は、天子様の脳裏に刻まれ此処で戦った兵達の心に刻まれ

歴史に刻まれた。為政者が民を思わず、正しい政を行わなければ、必ずや民は再び刃を向ける。第二第三の貴女が

民の中から劉性を名乗り天に剣を向ける。貴女が望んでいた、戦の無い世界の抑止力として十分な力を発揮するはずよ」

 

「やっぱり、わかっちゃいましたか」

 

「ええ。私には、貴女と同じような考えをする人間が、常に側にいるからね」

 

イタズラのバレた子供のように舌を出す劉備

 

華琳の向ける視線の先には、己の腕の傷など構わず愛しき妻を抱きしめる昭の姿

 

翆と紫苑から話を聞いていた関羽は、ビクリと身を震わせ武器を手に取るが、意外なことに昭の顔は怒りに染められてなどはおらず

ただ、妻の躰から流れ落ちる血を止める為に手で強く圧迫して穏やかな顔を向けているだけであった

 

「大丈夫か秋蘭」

 

「ああ、終わったな。長いように感じていたのだがな、終わってみれば短く感じるものだ」

 

「ようやく、涼風たちが幸せに暮らせる世が来るよ」

 

「そうだな。フフッ・・・こうして改めて見ると、随分と凛々しくなっていたのだな」

 

抱きしめられる秋蘭は、昔と比べているのか手を伸ばし昭の頬を愛おしそうになで微笑んでいた

 

「いらぬ心配よ、此方には華佗がいる。既に決着がつき、秋蘭の命も助かるとわかれば昭が劉備に刃を向けることなど無いわ

劉備にはね・・・」

 

関羽の心を見透かしたような華琳の言葉は、関羽を安心させたのか駆け寄る衛生兵たちに劉備の躰を預けて武器を握りしめた

 

「武器を構えた所で、私はもう戦わないわ。戦は終わりよ」

 

「・・・」

 

「それとも、まだ助かる劉備を本当に死なせたいの?」

 

ゆらりと覇気を殺気を交えたモノをその小さな体躯から溢れ出させる華琳に、関羽は言葉に真実があるとみたのだろう

武器をおろし、再び腰を地に着けて劉備の手を握りしめた

 

「側にいてね、愛沙ちゃん」

 

にっこりと微笑む劉備。震える手は、己の傷のせいかそれとも華琳より下される己の処遇についての恐怖か分からない

 

だが、華琳の口から出た言葉は・・・

 

「馬岱、後から来る者達に伝えなさい。戦は終わり、劉備は死んだ。衛生兵と華佗を、秋蘭と昭、そしてこの者にと」

 

「えっ!」

 

「早くしなければ劉備は死ぬわよ」

 

劉備は死んだ、劉備を救えとの矛盾した言葉。そして、次の言葉に関羽は眼を見開いた

 

「劉備、王として敗者の貴女に命じるわ。真名を、私に預けなさい」

 

「はい、私の真名は桃香です」

「桃香ね。まったく忌々しいわ。此処で貴女の命を奪えば私は完全に悪者よ。歴史には、そう刻まれてしまうわ」

 

「どこで、私の考えがわかったんですか?」

 

「私の元で芝居をうった時からよ。貴女は、私の想像する昭が王となった姿にそっくりだもの

負けて己が滅んでも心だけは残そうとするはず」

 

見回せば、多くの兵が事の顛末をその頭と心に刻み込む最後の戦。いくら勝者である魏が歴史を改ざんしようと口伝で必ず伝わってしまう

つまりは、この戦を挑み受けた時点で劉備の思いは、願いは、永遠に残り伝わり続ける

だから、華琳は己の城に劉備が現れた時に笑っていたのだ

 

「殺さないんですか?」

 

「この戦の贄は劉備玄徳、貴女は桃香でしょう?わかっていてそれを言うなんて、本当に変わったわね貴女」

 

つまらなさそうに口を尖らせる華琳に、手の震えが止まった劉備。関羽は感じていた。劉備は、本当に死を覚悟していたのだと

 

 

 

 

 

 

 

「血を流す戦はもう終わり。蜀についてなのだけれど、貴女に預けるわ【桃香】」

 

「なっ!?いったいどういう事だ!何を考えているっ!!」

 

「どういう事もなにも、私一人でこの大陸を収めるには手に余ると言うことよ。実際に、呉を属国として魏に組み込んだのは正解だったわ」

 

後方で将兵達に囲まれる雪蓮と蓮花、そして遥か遠くにいる美羽を見ながら華琳は微笑む

 

「彼の娘が私に証明してみせてくれた。剣を交えた相手であろうとも、憎しみや怒り、恨みを持つ者達であろうとも心を交わし

絆を作り上げることが出来ると。私は、新たな秩序をこの地に立てそれを護りたい。そのためには、貴女達の力が必要なの」

 

「・・・私達を、監視役として置くつもりか?」

 

「そう、三つの国が互いを監視し互いに切磋琢磨し、より良き国を世界を創る。纏めるのは魏であり、中央に座すのは」

 

「魏王、曹操」

 

細められる瞳と共に、歯の根がギシリと音を立てる関羽であったが、華琳はそんな関羽を笑う

 

「な、何が可笑しい!魏が勝利したのだ、我ら蜀も魏の属国とするのだろう!」

 

「愛紗ちゃん、ちがうよ。曹操さんは、あくまでも天子様に仕える臣下」

 

「と、桃香さま、無理をなさらないでください」

 

「掲げるのは天子様。元から、復興させる気だったんですよね漢帝国を」

 

諌めるように、関羽の裾を掴む劉備はにっこりと微笑んでいた

 

「復興させるか、それとも新たな国として号を変えるかは天子様次第。元より私は皇帝の位などに興味は無いわ

乱世を終わらせる。友が安らげる国を創る。それだけが、私の願いだから・・・涼風が生まれた時から」

 

秋蘭と昭を見つめる瞳は、様々な感情を入り混ぜた悲哀に似た色を持ち、関羽はなぜかその瞳を見て何も言葉が出なかった

 

「待たせたな。夏侯淵は、オレに任せろ」

 

「任せる。本当に、本当に任せるぞ華佗。絶対に、死なせたりしないでくれ。秋蘭が死んだら、俺は俺を許せない」

 

「解っている。約束は守るさ、お前が約束を守ったのだからな」

 

一馬の操る的盧に乗せられた華佗は、到着と共に直ぐに秋蘭の治療を初め、昭は一馬の頭を乱暴に撫でた

 

「ありがとう。お前は本当に自慢の弟だ」

 

「お疲れ様です兄者。後はお任せください」

 

額当てを外し、昭の傷口に巻きつける一馬。弟の無事と妻を共に預けた昭は劉備の元へと行こうと足を進めるが

秋蘭は手を伸ばして裾を掴んだ

 

「どうした?」

 

「忘れ物だ・・・」

 

引き寄せられ触れる唇と唇。そして、秋蘭が傷つけられ無意識に握りしめられた拳は開かれ

 

「私は、大丈夫だ」

 

「怒らないよ」

 

「劉備には、だろう?」

 

先ほどの言葉、傷つけたのは関羽。なら、お前は関羽に対して怒りをぶつけるかもしれんと微笑む秋蘭に昭は苦笑して頬を寄せた

 

「それなら、もう大丈夫だ」

 

「そのようだ。お前は私を失望させたりはしないからな」

 

何時しか手当の額当てから血が溢れるほど握りしめた手は優しく秋蘭の頬を撫で、華佗に頼んだと頷き再び劉備の元へと足を進めた

 

劉備にしっかりと掴まれる関羽の腕

全てが終わったと言うのにも関わらず、劉備の笑みは固く引きつり先程よりも関羽の腕を掴む手が震えていた

 

「全て終わったわ。これ以上は無意味。解っているでしょう」

 

「解っているよ。劉備は死んだ。贄は劉備という名であったのだろう?」

 

「ならば、関羽も許しなさい。秋蘭は、貴方が怒りに身を任せることを望んでいないわ」

 

「しないよ。秋蘭が、大丈夫と言ったのだから」

 

地に腰を着けて息を荒らげる凪の頭を優しく撫でた昭は、そのまま劉備の変化を感じ取り武器を握りしめる関羽へと近づいていく

 

関羽は、華琳の言葉と秋蘭の行動でようやく理解したのだ

怒りを向けられるのは、今もっとも危険であるのは自分自身であるのだということに

 

だから華琳は言ったのだ。劉備には刃を向けることはないと

 

唇が噛み締められ、表情が固くなる関羽であったが

 

「ちょーっと待ったなのーっ!!」

 

「隊長に手は出させへんでーっ!!」

 

爆音と共に現れた二人。真桜と沙和に驚き、巻き上がる砂煙にあっけに取られる関羽

 

「やっぱり劉備さんが死んだなんて嘘だったのーっ!」

 

「危うく騙されるとこやったで。阿呆が、隊長の腕こんなにしやがって!」

 

「凪ちゃんも秋蘭様もっ!絶対に許さないのーっ!!」

 

新たな槍である玄天の砲撃を使用し、高速移動で趙雲達を置き去りにして駆けつけた二人は、ボロボロの己の躰など構いもせずに

劉備に躰をかぶせる関羽に武器をかまえるが・・・

 

「本当にもう終わりだ。月の時と同じ、劉備は死んだんだ」

 

あまりの必死さから急に気の抜けた表情に変わる二人

華琳は二人を見て優しく微笑んだ。昭の言葉を肯定するかのように

 

「な、なんやウチはてっきり・・・よかったー」

 

「も、もう終わりなら、沙和は秋蘭さまを」

 

「沙和、彼女を診てくれないか?」

 

「えっ!?」

 

へたり込む真桜の隣で、まだ自分の仕事は終わりじゃ無いと治療を受ける秋蘭の元へと向かおうとした時だ

昭の指し示す方向に驚き、何度か傷ついて倒れる劉備と昭、そして華琳の顔に視線を映す

 

関羽もまた同様に驚いていた。普通ならば、戦にて王の次に罪の大きい軍師に処罰をするところなのだが

治療をしてくれと、昭の天の知識を盗み出し、爆撃にて魏と呉の将兵を傷つけた者を救ってくれと頭を下げるのだ

 

「ダメなの!隊長は、沙和達に頭を下げちゃ。隊長は、偉そうに治療してこいーって言えば良いの」

 

「ははっ、俺は偉そうにするなんて向いてないんだ。それに、これは俺のわがままだしただのお願いだ。嫌なら聞かなくて良い」

 

「嫌なんて言ってないの。真桜ちゃんも、凪ちゃんも、沙和も隊長のそういうところが好きだから頑張っちゃうんだから!」

 

にっこり微笑み、沙和は緊張の糸が切れ、腕を切り落とされ意識が朦朧とする鳳統に近づき

警戒する蜀の衛生兵を前に、手に持つ武器を放りなげて頭を下げた

 

「お願いしますなの。その娘を助けたいから、沙和に治療させてくださいなの」

 

「ウチも手伝うわ。だからたのんます、治療させてください」

 

四つん這いになりながらも、沙和の後についていき残りカスしか無い氣でも使い道はあるはずだとついていき頭を下げる真桜

 

「よろしいか、関羽殿」

 

「・・・っ!」

 

二人の姿に完全に戦が終わり、もう何も自分にできることは無いのだと理解した関羽は、ついに武器を手から放した

 

「私を御斬りになりますならば、どうか皆の命はお救いください。雛里だけなく、後ろで気を失っている朱里も傷つき倒れた

桔梗も焔耶も同様に敗者の言であり、恥知らずと取られても構いません」

 

貴方の妻を傷つけた罰は甘受します。ですが、どうか傷ついた仲間を救って欲しい。己の主は、皆が死ぬ事を望んでなど居ない

そう、頭を下げる関羽に、劉備は腕を伸ばし唇を噛み締めて首を振る。貴女が死ぬことも望んでは居ないのだと

 

しかし、関羽は淋しく微笑み返すだけ。劉備が死んだなど言葉だけで、仲間を殺された将の気持ちは収まらない

同じ将である自分が一番良く理解できる。ましてや、部下にあれほど思われているのだ、将である昭も同じく部下達を思っているに違いない

命には命で償うことしか出来きない。王は、劉備は名を捨て助かるのだ。これ以上何を望むか、己の死一つで全て収まるならば安いものだ

 

「我が主は、曹操殿の仰るとおりこの場で亡くなりました。残る大将首となれば私」

 

顔を上げ真っ直ぐ前を見れば、関羽と同じ目の高さで地面に膝を着け穏やかに微笑む昭

 

「もう、良いんだ」

 

哀しみと喜びの交じり合う表情に、魏を通過した時に見た雰囲気を感じた関羽は、つい見惚れ言葉を失くしていた

 

「華琳は、許せと言った。それが全てだよ」

 

「し、しかし・・・」

 

「それよりも、貴女の後ろに居る御仁の名を聞いても宜しいか?」

 

急に背を正し、張り詰めた空気を纏う昭

関羽は、ビクリと肩を震わせるが、直ぐに真意を理解したのか唇を震わせ振り向いた

 

「性を夏侯、名を昭、字名を文麒。夏侯家、次女夏侯淵が夫。曹操様に仕え、将として軍列に並び、戰場を舞い踊る者」

 

傷つき、倒れた女が痛みすら忘れ躰を起こし唾を飲み込む

 

「真名を【叢雲】と申します。お名前をお聞かせ願えますか?」

 

正面で開いた唇が言葉を紡ぐ

 

滴り落ちる大粒の涙と共に女は、ひとつずつ己の真なる名を言葉に移す

 

「どうか、でず。桃の香りと、かいて・・・桃香と、言いますっ」

 

桃香と名乗った女は、ぐしゃぐしゃになった顔で何度も名を、己の名を名乗り流れ落ちる涙を止めるように天を仰いだ

 

袁紹に追われ、魏の領土を通った時、素直に目の前の天が欲しいと思った、しかし手に入れるどころか認められることが無かった

 

「貴女の心根、己の命を持って戦を収め、民の真意を天帝の心に刻み込んだこの戦にて理解いたしました」

 

終に天に認められ、越えられたのだと

 

「桃香殿、異民族ですら絆を交わせる貴女の義侠心に感服いたしました。どうか、私の真名をお呼びください」

 

預けられることの無かった真名を預けられ桃香は声を上げて泣き叫ぶ

 

再び倒れ、心配そうに覗きこみ治療する兵や妹の眼すらはばからず、桃香は泣き続けた

 

終に桃香、自身の戦は終わったのだと

 

「民のまま天を超えるか、私には出来ない事ね」

 

「華琳様・・・」

 

「歴史には、私はこの戦の勝利者として書かれ、桃香はしたたかに立ち回り民の心根と怒りを帝の心に刻んた者として残る。

でもね、この戦の真の勝利者は、桃香でも私でもない」

 

治療を受ける秋蘭の躰を支える華琳は、不思議そうに見つめる秋蘭に微笑んだ

 

「もちろん、貴女の夫である昭でもましてや民でもないわ」

 

「それは、一体?」

 

「歴史にも、私達以外の誰の記憶にも残らない。でも、ずっと私達を支え続けた

今もまた、彼が関羽を怒りのままに斬り終わらぬ戦になるところを止めてくれた」

 

目を見開き驚く秋蘭

 

「勝利者は、貴女よ秋蘭」

 

華琳は感謝と共に頬に唇を寄せた

 

「ありがとう。そして、これからも私と共に居て頂戴」

 

優しく微笑みを向ける華琳は、遠くからこちらへ向かってくる魏と呉の将兵達を眩しそうに見つめていた

 


 
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