第二十一話「~強 化~あたらしいチカラ」
「ここが桜のお墓?」
エイダの問いに優大は短く「ええ」と答える。
彼は膝をつき、花を添えた。その花は桜の実家が経営する花屋で買ったものである。
線香に火を灯し、優しく息を吹きかけて火を消す。白い煙が細く長く天へと立ち昇る。
優大の後ろにはフードを深く被った女性が立っていた。フードは少し左右に尖るように隆起している。
深く被ったフードから、絹のような金髪。エメラルドグリーンの瞳が覗く。
「母さん。友人がやってきたよ」
優大は「少し時間間隔が狂っているみたいだけど」と墓前で満面の笑みになる。
「言うじゃない」
「少し意地悪くも言いたくなります。これで最後ですけど」
エイダは内心、自身の不甲斐なさを呪った。
後悔しても何も始まらない。それでも自身の種族と、人間である者達との時間間隔のズレを留意しておくべきだったと考えていた。それさえなければ、もっと状況は好転していたに違いない。そうわかってしまうから、失ってしまった命に対して重い罪悪感が彼女の心を蝕んだ。
「本当に――」
「ありがとうございます。貴方のお陰で多くの人が救われました」
「――何を、私の失態で招いた犠牲もあるのよ?」
暗にエイダは直の事を言っていた。
優大は振り向かないまま、首を横に振る。
「すいません。そこまで気に病んでいるとは思いませんでした。それでも、貴方のお陰で守れた命があるんです。明樹保も、みんなも。だから、ありがとうございます」
「……ありがとう。そう言ってくれるだけで少し救われるわ」
エイダは優大に倣い両手を合わせた。
「不思議ね。こうしているだけで目の前に桜がいる気がするわ」
「そうですね」
2人は満足するまでソレを続ける。優大は一足先にやめ、道具を片付けていく。その音に反応してエイダも両手を離した。
「本当にいないのね……」
優大はその声に反応して顔を見上げる。そして目を少し見開いて、すぐに優しく微笑んだ。彼はエイダが泣いていることに気づき、柔和な声で「そうですね……」とつぶやいた。
エイダは声も上げずにただ静かに涙だけを零していく。明樹保達が見れば驚いたに違いないだろう。それだけ今の彼女には普段の強さを感じなかった。まるでか弱い乙女のように泣いていたのだ。
彼はしばらく彼女が泣き止むのを待ち続けた。
「ごめんなさい。もう大丈夫よ」
「母さんはきっと喜んでいますよ。貴方がここに来てくれたことを」
「そうだといいわ」
優大は帰ろうと踵を返したところで、エイダに言葉を投げかけられる。
「貴方は……泣かないの?」
「たくさん泣きました」
「違うわ。直の事よ」
優大は無言のまま「ええ」と小さく漏らした。近くに須藤直の墓もある。もちろんすでに花は添えだのだが、彼はそこでも平々凡々としていた。エイダはそれでいいのかと聞いていたのだ。
「まだ、全部終わってないですから」
彼はそう告げると、少しだけ顔をエイダに向けた。
「あ……そう、ね」
エイダは見てはいけないものを見たかのように、視線を地面に落とす。
そこには一筋の涙が流れていた。
タスク・フォースの基地の倉庫内。そこには多くのスタッフが作業をしていた。
怒鳴り散らす者。騒ぐ者。悲鳴をあげる者
先日のアネットとの戦闘で、タスク・フォースのパワードスーツが全部損傷したのである。急ピッチで作業を進めているが、なかなか目処が立たない。
そんな中早乙女源一は、鳴子と金太郎を助手として新兵器開発に着手していた。
当然余っている明樹保達は、暇となり。倉庫内のベンチで座ってその作業を見ることしか出来なかった。
彼女達の学校は先日の件により、休校となっている。暁美は「こりゃあ、夏休みにロスタイムに入るな」とぼやいた。
そんな彼女に紫織は「遅刻は許さないわよ」と釘を刺す。当然優大の襲来があるので、暁美は即座に「出来ませんよーだ」と返した。言葉とは裏腹に彼女達2人の仲はそれほど悪くない。そんな2人のやりとりを、水青は微笑ましく眺めている。ちなみに凪は爆睡していた。
ちなみに白百合は斎藤とタスク・フォース01のチームと一緒に基礎トレーニングに出ている。彼女は先日の戦闘に参加できなかったことを気に病んでいた。役割分担とはいえ、前線に出て守られているだけなのは、彼女なりに思うところがあったのだろう。
「いいな大ちゃん。私もエイダさんの本当の姿見たかったな~」
明樹保は頬をふくらませて、足をばたつかせる。
「最終決戦では本当の姿に戻るって言ってたな」
暁美は言いながら紫織と軽く拳を交わしていた。もちろん本気ではなく、軽い特訓のつもりだろう。しかし、魔鎧の影響で強化された2人のやり取りは空気を軽く切っていた。
「楽しみですね。確か……おっと、危ないですね。ハイエルフでしたっけ?」
水青は凪が倒れそうになったので、彼女の頭を優しく手に取り、そのまま自身の膝を枕として寝かせる。
「ハイエルフ? エルフと違うの?」
「なんかひとつ上のエルフって感じじゃないのか?」
暁美は適当に答える。拳が眼前に迫ったので受け止めて、紫織と視線をぶつけた。そのまま紫織は口を開く。
「ダークエルフとかならわかりやすいけどね」
「ハイエルフかぁ。帰ってきたら聞いてみようかな?」
「その前に皆さん。ご提案があるのですが?」
水青は律儀に手を上げて、全員の注目を集めた。彼女は少し恥ずかしそうに口元を歪める。
「その……親睦会……などをやりたいなと思いまして」
「おお! いいな! 俺達もだよな!」
金太郎が会話に割って入ってきた。その後ろで早乙女源一が「若くて可愛いおなごが焼く肉! 食べたい!」と力強く握り拳を作っている。
「鳴子ちゃん!」
「えへへ。とりあえず目処は立ったよ」
鳴子は恥ずかしそうに頭をかきながら、明樹保達に歩み寄った。
「凪ちゃんが寝てるってことは平和だね」
「そうだね」
「俺、タッキーに許可もらうために話つけてくる!」
明樹保は首を傾げる。
「許可ってなんの?」
「どうせなら広いところでBBQしようぜ! ならどこか? ここでしょ! ということで、ここで全員でバーベキューと洒落込もうぜ! なあみんな!」
金太郎が倉庫内のスタッフに大声で聞こえるように話をしていた。その言葉にスタッフたちは声上げて喜ぶ。否、それは歓声となった。皆口を揃えて「肉!肉だ!肉だぞ!」と叫びながら、作業を進めていく。
「え? 水青ちゃん大丈夫なの?」
「それくらいのわがまま聞いてくださらないと困りますね。崎森さん」
「ハッ。こちらに」
突如崎森彩音は現れると、2,3水青とやりとりすると、そのまま何処かへ消えていった。
「やっぱあの人忍者だな」
「そうね」
暁美と紫織は呆気に取られながら、拳を受け止め合う。
「バーベキュー? 馬鹿なことを言うな!」
滝下浩毅は金太郎に怒号を浴びせる。だが、毛ほどもそれを気にしていないのか、金太郎は「いやいや、やるから」と、彼に告げる。
「決定事項か!」
「いやいや。ここで親睦深めようぜ。いい雰囲気になっているんだしさ。敵だったあの2人も参加させてさ」
滝下浩毅は眉根に出来た深いシワを揉み解く。
「だから、なんでこの時期に……いや、確かにそうだな。皆、疲れが出ているか」
「いくらなんでも全損だからな。夜なべして整備してくれているが、ここらでリフレッシュして欲しいしな」
先日の戦闘で、滝下浩毅と整備班のスタッフは重軽傷を負った。即座に医療用のナノマシンを投入して、全員事なきを得ている。だが、滝下浩毅はそれを注入しなかった。
前線に出ていた魔法少女と超常戦士を除く、全ての者が負傷をしており、そちらに優先的に回した結果。滝下浩毅の分はなくなってしまったのだ。
銃の反動をもろに受けた彼は、遠くに吹き飛ばされたお陰で爆風による負傷は軽度であった。しかし、銃の衝撃によって、彼は右肩を脱臼している。したがって今は包帯を巻いて、右肩を固定していた。
「しかし、肉なんぞに予算を割けないぞ」
「大丈夫だ。それは雨宮が負担してくれるさ」
滝下浩毅は「その自信はどこから出てくるんだ」と、項垂れた。
「ああ、それと。言い忘れてたが、例の強化プランに目処がついたよ」
「そっちの方が重要だろう!」
金太郎は悪びれた様子もなく「悪い」と数度繰り返して、USBメモリに似た機器を渡した。彼からソレを受け取った滝下浩毅は、差し込みディスプレイに表示させる。
「これは使えるのか?」
「それは使えるでしょう」
「言葉が足りなかったな。安全に使えるのか?」
そう問われた金太郎は苦笑いする。それを見てわかったのか、滝下浩毅は顔を手で覆う。
「これから大ちゃんが使って、試験運用するところ。一応、白百合ちゃんの協力のお陰で下準備は出来たけど、こっから先は魔石の暴走の事も考慮して色々と調整していかないとな」
「わかった。オニキスに試験運用の参加を許可しよう。必ず成功させろ」
「わかってるって」
滝下浩毅は深い溜息をついた。
猫の姿に戻ったエイダは早乙女源一の話に耳を傾ける。
「なるほど」
「どうじゃ?」
「よくわからない……」
それを遠巻きに聞いていた明樹保達は、頭から煙でも噴き出しているかのように頭を抱えた。
暁美に至っては目を回している。
「えっとつまり、魔石の内的干渉を物理的に遮断してね。それを外部装置に取り付けてパワーアップしようって話なんだ」
鳴子の説明にさらに混乱の様相を見せる暁美。
「要点は強化するってことよ暁美。んで、その方法が外付け装置に未覚醒の魔石を使うの。前にエイダさん言っていたでしょう。魔石はこっちでいうガソリンだって。覚醒させないでそのガソリンだけ引き出して、私達をパワーアップしようって話」
「そんなこと出来るのかよ。魔力に触れたら暴走状態になるんだろう?」
暁美と同じことを思っていたのか、明樹保と水青は頷いた。エイダが凪の話を引き継ぐ。
「そこは装置内に内包するから大丈夫よ。純粋に魔力による強化が可能になるわ。人に触れないまま使用されれば魔石もそのうち貴方達の色に染まってそれきりよ」
そこで明樹保はルワークがしてきた洗脳を思い出す。あれもその手法の一種なのかもしれないと、彼女は内心結論づけた。
「で、一応試験運用するのが俺ってことだ」
優大はオニキスの姿になっていた。手には白い棍棒。それはオニキスが使っている黒い竿状の棒によく似た形状をしていた。
「おっと、パワーアップユニットを作る前にお前さんたちに、魔力を注いで欲しい魔石があるんじゃわ」
早乙女源一が取り出したのは、菱形の形に加工された魔石だ。
すでにエイダによる加工が施されているため、暴走状態になることはない旨の説明を受ける。
「これは?」
紫織が代表して聞く。
「お主らの武器などを手持ちで運ばせるのも手間だしの。この魔石にそれの入れ物になってもらう」
明樹保達は「そんなことも出来るんだー」と声を漏らす。エイダは補足する。
「魔石の原石のままで魔力を流せば、暴走状態に。加工して魔力を流したものは、魔法を顕現させる武器としてや、道具入れにも出来るのよ」
明樹保その話で、ルワークが終焉の剣をどこからともなく引き出したのを思い出していた。
早乙女源一から加工された魔石を受け取り、暁美はそこに6つしか無いことに気づいた。
「白百合の分は?」
「彼女は前線に出さないわ。だから必要ない」
エイダは即答する。
「そっか……」
何かを諦めたかのように暁美は言う。
「決して戦力外だとかそういうのではないわ。彼女には別のことをしてもらうわ」
暁美は「わかっているよ」と手を上げた。
明樹保達は魔石に魔力を流すと、それらは黒から明樹保達のパーソナルカラーへと彩る。
「やっぱり私はピンクなんだ」
「青でした」
「やっぱ赤か」
「緑……」
「黄色!」
「紫ね」
それらを早乙女源一に預け、彼はエイダを連れ立ってラボのある部屋へと消えていった。
「んじゃあ、俺もテストしてくるよ。バーベキューの準備、頼んだよ」
「うん。わかった」
「バーベキュー。バーベキュー。愛しのバーベキュー!」
歌いながら整備スタッフはタスク・フォースのパワードスーツを修理する。彼らはそれをモチベーションのカンフル剤として、作業を進めていった。
そんな歌を聴きながら、明樹保達はバーベキューの準備をしていく。
「炭はここらへんでいいかな?」
烈達は炭を買いに隣町まで足を運んでいた。足で大量の炭を運んできたためへとへとな様子だ。
「疲れた。さすがに疲れた」
烈達は床に転がった。どうやら途中から競争になったらしく、無駄に体力を消費したらしい。
彼らなりに特訓をしたつもりなのだろう。戦いが終わった後、生身である神代拓海の活躍ぶりを聞かされ、競争心に火がついたのだろう。彼らはスキルデータを打ち込んで、強化されているのにも関わらず、何も処置していない人間に負けているのは悔しいのだ。
とはいえ、そんなのは男の子小さなプライドである。
そんなものは女子である明樹保達にはわからず。全員が「何しているんだろう」という表情で烈達を見やる。
そこへ崎森綾音が到着した。
「お待たせしました皆様。食材を調達してきました」
と言う彼女の背後には5トントラックが停車したところである。崎森綾音は流れるようにトラックの扉を開き、青白く光る。
彼女もまた能力を持った者であった。
まずは巨大な業務用の冷蔵庫を取り出した。もちろん1人で担ぎ上げて降ろす。
明樹保達はすぐに荷物を降ろすのを手伝い始めた。崎森綾音も最初は自分に任せてほしいと言っていたが、水青が「それでは親睦会の意味がありません」と言うと、後は黙って黙々と作業を始めていく。
「食材は次のトラックに」
「うひゃあ、なんだこの量は」
「これは……高級だな。食べ切らないとバチが当たる」
金太郎と滝下浩毅はそれを眺めて思い思いの感想を述べる。
もちろん彼らも簡単な作業を手伝っていく。
「ああ、整備班はそのまま修復作業を進めてくれ。ここは私達に任せてもらおう!」
腕まくりをして、鼻歌交じりに滝下浩毅は準備を進めていく。
「タッキーその台詞は戦場で使おうよ」
「何がだ?」
「いや、なんでもない」
金太郎は諦めたかのように食材を冷蔵庫に突っ込んでいく。
「あ! お前らサボっているな! 手伝え!」
寝転がっている烈達を無理矢理せっついて叩き起こす。彼らは疲れきった声を漏らしながら、手伝いに入った。
「うわっ。切れ味が凄そうな包丁!」
明樹保は「ほら」とみんなに見せる。
「舌なめずりするの、よくアニメとかで見るな」
「舌が切れちゃいますよ」
水青の的はずれなツッコミに暁美は頭を抱える。「いやそうだけど、そうじゃないんだ」と水青に説明をしようとするが、彼女の説明に水青はただ首を傾げるだけであった。
「美味しそう……」
「凪ちゃんまだダメだよ」
凪は「うん」と返事をするが、視線は肉に釘付けになっている。紫織は危険を察知したのか、肉を掴んで冷蔵庫に素早く入れる。肉が消えると「ああ……肉」と凪は声を哀しそうに漏らした。
「お姉様―! 私が来たからにはお肉三昧ですわ~ん」
「ごめんあたし肉食いすぎると胸焼けするんだ。野菜もバランスよくね」
「意外っす。姐さん肉とかがっつり食いそうなイメージあるんですけどね」
暁美は「うるへー」と言いながら野菜の味の良さをぶつぶつと言い始める。
「明樹保! 包丁の持ち方危ない!」
紫織が明樹保の手から包丁を奪い取る。明樹保の持ち方は決して、食材を切るような持ち方ではなく。突き刺すような持ち方となっていた。
「ああ、紫織さん。バーベキューくらいなら私だって出来ますよ」
「違う。そうじゃない。包丁の持ち方が危ないのよ。怪我したら大変でしょ」
紫織は人差し指を立てて明樹保に注意をする。「できますよ」と明樹保は言っているが、鳴子と凪は首を振ってそれを否定した。
「明樹保ちゃん家庭科の授業でも先生に注意されてたね」
「あれは危険だったわね」
凪の証言に暁美は首をひねる。
「お前、普段寝てるんじゃないの? 家庭科も寝てただろう?」
「調理実習は起きているわよ」
不敵に凪は笑うが。その後ろで鳴子は困ったような顔をしていた。
「見ているだけだけど……」
「味見は任せなさい! 料理は明樹保と同じくらいダメね!」
凪は胸を張って言う。暁美は「おいおい」と言いながら頭をがくりと落とす。水青は楽しそうに「まあまあ、私達で頑張りましょう」と暁美の背中に手を添えた。
「私もがんばりますわぁああん」
「俺も炭に火をつけるのは得意ですぜ」
「いや、あたしの魔法で一発だろ」
斎藤は「あんまりだぁあああ」と、倉庫内に叫びがこだまする。
「バーベキューやると聞いて、このジョン・鈴木が駆けつけたぞ1」
一同「うるさいのが来た」という顔になった。しかしジョンは動揺も悪びれも見せない。そして後ろにはスミス財団の私兵の人たちが巨大な肉を持ち運んでいた。
「ま、まさか! その肉は!」
崎森綾音は圧倒されたように肉を見定めていく。
「左様! 肉だ」
問われたジョンは腰に手をあてて「えっへん」と胸を張った。
「なんか少しはひねれよ。最高級肉とか」
たまらず暁美はツッコンだ。その後ろで紫織も手だけでツッコミの動作を入れていた。
「っていうか食いきれるのか? この量はさすがに未知の領域だぞ」
金太郎は楽しそうに食料の山を見渡す。
その晩、タスク・フォースの基地はお祭り騒ぎとなっていた。
そこにはタスク・フォース、警察、スミス財団、明樹保達魔法少女達が和気藹々と、会食していた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお! 肉だぁああああああああああああああ!」
斎藤は叫びながら、肉を素早く取る。しばらく眺めた後、タレにつけて口に運んだ。
「うーまーいーぞー! とろける! 歯がいらない! とっろとっろや!」
「あまりはしゃがないでくださる? みっともありませんわ」
白百合はそんな様子の斎藤を諌めるが、彼は聞かず肉を口に運んでいった。吸引力の落ちない家電製品のように、肉を水を飲むかのように流していく。
「野菜も取りなさい!」
「ぶぶべー」――うるへー。
「貸しなさい! バランスよく食べなくては胃がもたれますよ。ああ、口にタレが付いている」
近くにあったキッチンペーパーで斎藤の口元を拭おうとする。
「やめっ! お前は俺の母ちゃんか! やめて! タレくらい自分で拭ける! あ、あああん!」
そんな2人の様子をニヤニヤ眺める暁美は、ゆっくりと肉を皿にとって行く。もちろん野菜もバランスよく取っていく。
「かぼちゃはまだ火が通ってないよ」
「あいよー。しっかし、ゆうはいいのか?」
優大はオニキスの姿のままだ。ちなみに遠くはなれたところにいるジョンも同様に超常戦士の姿となっている。
それに関して、最初は滝下浩毅達に咎められたが、本人達は頑なに普段の姿に戻ることを拒んだ。
ただ、優大に関してはエプロンをつけているので、ちょっとしたシュールな様相になっている。それを視界に入れたものは、顔をついほころばせてしまう。
「なんで?」
「さっきから焼いてばっかりじゃないか」
優大は特に気にした様子もなく「焼くのは俺の役目さ」とサムズ・アップした。
「大ちゃんお肉~~」
「今焼けたのがあるよ。ほら」
「ありがとー」
「大~私も~」
優大は肉の裏返し、焼き加減を確認するとそれを凪の皿にも運んだ。
「うーん。大の焼いたのも美味しいわね」
凪は言いながら周りの様子を見た。卓球台のほどの大きさの網が5つ。思い思いに焼いて食べている。食材は自由に持ってきていいのだが。優大と崎森綾音、そしてスミス財団のエドワードは肉を焼く係を買って出ていた。他の台は代わる代わる交代している。
「みんなで食べると美味しいね」
「ええ」
鳴子と水青も優大の網にやって来て、肉を取っていく。網の上の食材が減ってきたことに気づいた優大は足早に食材を掴んで、網の上に並べていく。
「バーベキューなら失敗はしないよ」
優大は自信満々に言った。
ハマグリを銀紙に乗せ焼き始める。しばらくすると口が開いので、醤油バターをかけて香ばしい香りを振りまく。
「大!」
「ほいよ!」
肉で凪を持たせる。彼女が今要求しているのはハマグリだが、彼は「まだ待て」と、焼き加減を見ていく。
「悪い暁美。野菜拾っていって、かぼちゃは……火が通ってそうだな。かぼちゃもいいよ」
「あいよー。水青もピーマンどうだ?」
「頂きます」
水青は頬張ると、口の中でピーマンの味を楽しんだ。それを鳴子は信じられないと言った様子で眺めていた。当然凪はそれがどういう意味なのか知っているので、意地悪く笑いながら指摘する。
「鳴子……嫌そうな顔をしたわね?」
「うぐっ……食べられる! 食べられるよ! 苦手だけど……」
鳴子の皿にピーマンが山盛りに運ばれていく。鳴子は涙目になりながら首を振る。だが、誰も助け舟は出さず、どうするのかと眺めていた。
「わ、わかったよ! 食べるよ……」
鳴子は一度固唾を呑んで、意を決するとピーマンを勢い良く流していく。優大はそんな彼女の皿に肉を置く。
「ありがとう」
「大!」
「まあまあ、ハマグリでも」
凪は不服そうにハマグリをつまむ。
「おい優大。肉を焼いているだけじゃあないか! 口を開けろ」
ジョンはやってくるなり、タレをつけた肉を差し出した。
「ありがとう――」
オニキスの口の部分は普段は閉じられている。明樹保達も何度か堅く閉じられたそこが開いているところは見たことがあった。だが、間近で見るのは初めてのため、期待を込めた眼差しでオニキスの口元を注視している。
尖った牙同士が隙間なく閉じられており、普段は侍の面当のようになっている。明樹保達と会話するときも閉じられていたその口が、金属と金属がこすり合う音にも似た音を響かせながら開く。中には鋭く尖った牙がズラリと並んでいた。
「――あーん」
優大は焼きながら口を開く。ジョンはそのまま肉を優大の口の中へと運んだ。肉を美味しそうに咀嚼し、彼は更に焼いていく。
「やっぱこっちだと肉が切れるな」
「よしよし。この俺がお前に食わせてやろう!」
ジョンは気を良くして網の上の肉に箸を伸ばす。そこに別の箸が肉をかっさらっていった。
「おい! 葉野!」
「早い者勝ち」
「お前はさっきから食いまくっているだろう! 優大にも少しは分けろ!」
凪は頬を緩ませて「この世は弱肉強食」と言いながら、肉を高速で皿に回収していく。
「野菜も食え!」
「お断り!」
そんなやり取りを尻目に水青は、端の方にあった肉を取ると優大に差し出した。彼は特に気にした様子も見せず口をあんぐりと開け、それを素早く食す。
水青は口の中をまじまじと見ては「すごいですね」と漏らしていた。
「ありがとう雨宮」
「ちょっと待った!」
「なんだよ暁美」
「今の今まで気になってたんだけど――」
優大は食材を網に追加させながら「なに?」と聞く。
「――いい加減苗字で呼ぶのやめないか? もう仲間なんだし」
明樹保は「言われてみればそうだね」と困ったように笑う。ちなみに物凄い速さで肉を流し込んでいることにはまだ優大以外は気づいていない。
優大はそんな明樹保に視線を流した後に、「そうだな」とつぶやき肉を山のように乗せた。
「じゃあ私は凪ね」
「鳴子で……」
鳴子は上目遣いになって、恥ずかしそうにする。対して凪はいつもの風体。特に気にした様子はない。本人はさも当然と言った様子だ。
「私はみーちゃん以外ならなんでも」
水青は恥ずかしそうに明樹保を見て、小さくなっていた。
「水青」
「はい。優大さん」
「紫織よ」
紫織は普段は出さないような語気で言う。
「は、はい……紫織さん」
優大は恥ずかしくなったのか、少し顔を背けた。誤魔化すためにわざと煙を吸って咳き込む。
「なんの騒ぎっすか?」
暁美は笑いながら説明をした。その間にオニキスは食材を網に並べ、グレートゴールデンドラゴンナイトは合間合間に肉をつまんではオニキスの口の中に放り込む。
「では私も白百合と」
「俺も和也でいいっすよ」
斎藤の言葉に全員が「和也?!」と叫んだ。
「あ、あれ? みんな俺の名前知らなかったんっすか!?」
全員は口々に「聞いてない」だの「今知った」など、好き勝手言いながら斉藤和也をいじり始める。
「今更っすか! てか姐さんも?!」
「ごめん。今はじめて知った」
「そんなー!」
そんな彼らの姿を遠巻きで見ていた須藤直毅と、神代拓海は微笑ましそうにしていた。
「やっぱああいうのが、子供の本当の姿だよな」
神代拓海は「ええ」とだけ言うと、表情を少し曇らせる。
「俺がもっとしっかりしていたら、あの輪に直も入っていたんだろうな」
「それは……」
神代拓海はその先を言えずに、黙りこんでしまう。
「いいんだ。こうやって自分自身を戒めているんだよ。そうじゃないと俺は……自分自身を保てないからな」
神代拓海は顔を俯かせる。彼にかけるべき言葉が見つからず、ただ黙りこんでしまう。
須藤直毅もそんな様子を気にすることなく箸を進めた。
食材は1つ残らず消えたことに崎森綾音は驚きの声を漏らす。
「皆さん食欲旺盛でしたね」
「そうですね。これが明日の英気になれば幸いです」
水青はそこで何かに気づいたかのように、手を打った。
「思いつきました。この戦いが終わったら祝勝会をやりましょう」
その瞬間、崎森綾音も周りでその言葉を聞いていた面々も「それは死亡フラグだ!」と総ツッコミを入れる。
「し、死亡フラグ?」
「水青は知らないのか。この戦いが終わったら~~なんてのは死亡フラグって言われる言葉の代表格なんだよ」
「えっと……それがなにかいけないのでしょうか?」
暁美の説明に水青は首を傾げる。水青は祝勝会をやることがいけないのだろうかと勘違いしているようだった。暁美も何度も説明をするが、彼女がそれを理解するのは相当時間を要す。
「つまり、縁起の悪い言葉なのよ」
凪は総括する。
「なるほど。未来にばかり囚われず、今を見よ。という事ですね」
「そうなんだけど。そうじゃないっていうか。まあ、それでいいわ」
水青の的はずれな解釈に、凪は諦める。
「ねえみんな?」
明樹保はそこにいる全員に聞いた。
「大ちゃんどこ言ったかわからない?」
明樹保は「大ちゃんに聞きたいことがあったんだけど」と言いながら探す素振りを見せる。
「そういえば、早乙女く……優大君いないね」
鳴子は言いながら辺りを見渡す。
「鈴木と和也、烈達もいないな。白百合気付かなかったか?」
「お姉さまに見とれていましたわぁん」
「だから突然飛びつくな!」
多くの男子がその場から姿を消していた。さすがに違和感を覚えたのか全員が、辺りを探すが姿も気配もしない。
「ものの見事に男子達だけがいませんね」
滝下浩毅は突如倉庫を飛び出していった。
しばらく取り残された明樹保達は、その姿を見送ってしまう。
「追いかける?」
「追いかけましょう」
「片付けサボる気かもしれないな!」
「……あっ」
「どうかしたの凪ちゃん?」
凪は首を振って「ううん」と意地悪く笑う。
「貴重なお片付けの戦力をここで失うわけにもいかないし、みんな追いかけるわよ:
紫織の指示に全員が「はーい」と答え、滝下浩毅が消えた方向へと駆け出していく。
明樹保達が追いつくと、部屋の戸口で金太郎と滝下浩毅は揉めていた。
部屋はブリーフィングルームだ。
「男子による。男子のための親睦会を開いていたんだよ」
「大人である俺がそんな理由でこんなの許すと思うか!?」
金太郎は笑顔で「それはねーな」と返事をする。
「まったくお前たちは……」
「タッキーも仲間に入りたいんだろう?」
「曲がりなりにもちゃんとした組織の司令だぞ!」
「男じゃない」
金太郎と滝下浩毅の口論に、明樹保達は頭に疑問符をつけた。凪はニヤニヤ笑いながら、その光景を眺めている。
「何していたんです?」
「おわっ! 明樹保ちゃん!! たち?!! ……総員退避ぃいいいいいいいいいいいいいい!」
金太郎が叫ぶと、部屋の戸口より一斉に男子たちは飛び出していく。
優大とジョンは超常戦士の姿で物凄いスピードで駆け抜けていった。
紫織は使命感に似た物を感じたのか、近くを通り抜けようとした斎藤和也をとっ捕まえた。
そのまま彼を床に転ばす。
「は、離せ! 後生だから許してー!」
「和也が捕まった!」
「あいつはもう無理だ! 俺たちだけでも生き残るんだ!」
何やら物々しい発言に、明樹保達は目をぱちくりとさせる。
「何をしていたのかしら?」
「お、おおおおおお前らには関係はない!」
そう言って腹部の辺りを抑えていた。誰が見てもそこに何を隠しているのは明白だ。紫織は目配せで、暁美と白百合に抑えつけるように指示する。
「は、離してくれ! あ、いや! そこはダメ! 見ちゃダメ!」
「変な声を出すんじゃない!」
暁美は言うと殴りつけた。和也は「死ぬほど痛い!」と暴れるが、がっちり抑えられているため、抵抗は無駄に終わる。紫織が上着をひっくり返すと、本が一冊落ちた。
その瞬間和也は力なく頭を垂らす。
「終わった……」
「なんでしょうこの本?」
本に水青の手が伸びる。
しかし黒い影が壁となり、その手を阻んだ
「なっ?!」
彼女達が振り返ると、漆黒の戦士オニキスが魔法を使っていた。背後が燦々と輝いている。その輝きが跳躍すると、本と和也を一瞬で回収して逃亡する。
追いすがろうとする明樹保達は闇の壁に阻まれて、彼らを取り逃がしてしまう。
彼らが消えた後に滝下浩毅はポツリとつぶやく。
「魔法を使ってまでもすることか……」
明樹保達は首を傾げた。
明樹保達は片付けを行いながら「男子は何をしていたのだろうか?」という話題で盛り上がっている。当然、近くで片付けをしている男子たちはいい顔をしない。烈達は露骨に狼狽えていた。時折、物を足に落としている。
「凪、お前は心当たりあるのか?」
「なんで?」
「なんかお前だけわかっている感じがした」
凪は態とらしく笑う。
「それはね――」
「おいやめろ!」
烈はたまらず話題に入ってしまう。それこそ凪の罠だと知らず。
会話に入ってしまった烈は、質問攻めにあう。だが、烈もただでは口を割らず。最初は上手く躱していた。
「人に言えないようなことなんですか?」
「そ、そんなわけないだろう!」
水青は特に意図して発言したわけではない。烈もその為勢いで返した。
しかしそれは、売り言葉に買い言葉で墓穴をほってしまう。
「人に教えられるなら教えてくれてもいいわよね?」
凪は烈の逃げ道を塞ぐ。烈は言われて自分が自爆したことに気づく。助けを求め、周囲を見渡す。だが、誰一人とて彼に助け舟を出す者はいなかった。ライオンに狩られた仲間を見捨てるかのように、距離を取っている。
烈は「裏切り者―」と叫ぶが、それでも事態は好転することはない。
「ほら、教えてごらんなさい」
「あ、いや……その……」
凪に追い詰められた烈は、明樹保に視線を流し苦し紛れに悪あがきをした。
「あ、明樹保! お前優大に用があったんだろう?! ほ、ほらいいのか?」
凪は「ちょっと話を変えないでよ」と烈に迫る。
誰がどう見てもそんなものは無いように見えた。しかし、明樹保は思い出したかのように優大に声をかける。
「大ちゃん! 大ちゃんに聞きたいことがあったんだよ」
優大はオニキスの姿のまま、肩を震わせる。そして小さく「やれやれ」と漏らすと、明樹保達に歩み寄った。
明樹保は上目遣いになって優大に迫る。
「あのさ! どうだった?」
「ああ……ああ! うん。凄く良かった」
烈も、そして周りにいた男子たちは激しく動揺を見せる。ジョンに至っては「何もそこまで堂々としなくてもいいじゃないか!」と叫んだ。
凪は珍しく目を四白眼にして、2人の様子を疑うように眺めていた。
「本当に! 私も見たかったなぁ~」
「俺は結構、好きだな」
「本当に!? そんなに良かったの!」
「良かったよ」
周りにいた男子たちは「まじかよ。あいつ勇者すぎるだろう」や「なんて堂々たる武人!」と漏らす。
2人の会話に危機感を感じた金太郎が、会話に割って入る。
「おい! 大ちゃんいくら親しいからって、なんでもあきちゃんに言うのは――」
「え? あ……違いますよ」
「何がだよ! 今の会話じゃさっきのDVDの内容じゃないか!」
「DVD? なにそれ?」
優大は顔を抑える。
「え? そっちじゃない……」
そう。明樹保と優大は、主語がなくても会話が出来るほど、意思の疎通が出来るのである。故に彼らだけにしかわからない会話が時折見かけられるのだ。
「DVD?! えっ! まさか!?」
鳴子は何かに気づいたのか、顔を真赤にする。そしてそれで気づいた白百合も同じく顔を赤く染めた。
「大ちゃんたちさっき、何してたの?」
明樹保の責めるような問いに、彼は「やれやれ」と言いながら、周囲を見渡して敬礼する。その仕草で多くの男子が諦めたかのように笑い、敬礼し返した。
「大人向けの映像媒体と被写体を収めた書籍を鑑賞していた」
「え? それってエ――」
「ああ、皆まで言うな!」
明樹保は顔を赤くして、優大より一歩引き下がる。
その後非難轟々の嵐となり、男子達はバツとして片付けを全部やらされることとなる。
ちなみに優大とジョン以外は映像媒体と書籍を没収された。優大達は変身した体の中に隠していると思われた。だが、変身を解除して身ぐるみ剥がしても、出てくることはなく。有罪確定なのだが、証拠不十分で開放されたのである。
翌日、明樹保達は敵の襲来に備えて特訓をしていた。グレートゴールデンドラゴンナイトに見事なまでにやられるという情けない結果になり肩を落としている。当然魔法を使えれば結果はわからないが、当然使うことを目的とした訓練ではない。
倉庫でオニキスは金太郎と何やら打ち合わせをしている。
金太郎は書類をめくりながら、頭をかいていた。そこへ特訓を終えた明樹保達が倉庫に休憩にやってくる。ちなみに鳴子は早乙女源一と共にラボにおり、白百合も和也を含めて、基礎的な特訓に励んでいるためここには居ない。
「そうだ。昨日のあの会話は何だったんだ?」
「あれはエイダさんの本当の姿ってどうだったの? という会話ですね」
金太郎は口笛を吹く。
「凄く良かったのか!」
「この世の美人が霞む程度には」
「お前がそこまで言うほどに! 言うほどにかー! あ! じゃあ昨日のアレ返せよ!」
「それはそれ、ですよ」
「生意気なぁ~!」
2人の会話に明樹保達も入ってくる。
「というか、ゆうがそんなの言うなんて意外だったな」
「むっつりかと」
暁美と凪は何度も「意外だわ」と頷いた。
「人並みの男子だよ!」
「どんなだった?」
「そうだな――」
「はいそこ! また周りがついていけないような会話にしない!」
暁美は隙かさず、明樹保と優大にしかわからない会話になるのを止める。明樹保は謝り、意識して「エイダさんはどんなだった?」と問いなおす。優大は少し考える素振りを見せて口を開いた。
「すごい美人。目鼻立ちは整っていて、絹のような髪。満月のように優しく煌々と輝く金色だった。エメラルドグリーンの瞳。肌は乳白色の陶磁器を思わせるような……って、そんな一文が出てきそうな美人さんだった」
「乳白色の陶磁器って、凄く白くないですか?」
「例えだよ例え。限りなく明度の高い肌色だった」
水青の真面目過ぎる質問に、彼は丁寧に答える。紫織は顎に人差し指を当てながら「気になる」としきりに言っていた。
「後は、少しスレンダーな体型だったな。でもお尻は安産型だったけど」
「これでも私達の種族の中じゃ豊満なほうなんだけどね」
そこへ件の噂をしている人物。否、猫がやってきた。
猫は優大をうんざりとした顔で眺める。
「随分と、よく観察していたのね」
「それはかなり好みでしたし」
「んなっ!」
彼の言葉にエイダは少し照れたように「まあ、悪く無いわね」とそっぽを向く。
「ゆうの好みとは?」
「気になるわね」
「一言で言えば年上が好きだな。母性を感じる人とかね。ほら、俺マザコンだし」
優大のあっけらかんとした言葉に全員が驚く。
「そんな堂々と言われても」
「事実だしね」
優大は微笑みながら冷静に自分のことを「たぶん母親への愛情に飢えているんだよ」と評した。
「マザコンという褒め言葉を聞いて!」
ジョンは突然現れると「このグレートゴールデンドラゴンナイト様は、正真正銘のマザコンよ!」と高らかに宣言していた。
「お前じゃねぇーよ!」
「こっちは変に突き抜けているわね」
暁美と凪の言葉に、ジョンは「何をー!」と地団駄踏む。
エイダは頬をふくらませながら「もう!」とツンケンとし始める。
「年齢だけなら無駄に食っているしね」
「そう拗ねないでくださいよ。そういう意味ではないですよ。それだけ俺には貴方が魅力的だったということです」
「む、むぅ……」
「あ、エイダさん照れてる!」
明樹保の指摘にエイダは勢い良く首を横に振る。
「そんなわけないでしょ!」
会話に花を咲かせていると、鳴子と早乙女源一がそこに現れた。
「鳴子。ジジィ変なことしなかった?」
「あ、えっと大丈夫。電撃は放った」
鳴子の言葉を受け取ると、優大は漆黒の炎を爆ぜさる。竿状の棒を構えた。
「あ、ちょっと待って早乙女優大君。わし今疲れているから、きついの一発やばい」
早乙女源一は土下座しながら「今度! 今度にしてくれ!」と額を床につける。優大は「やれやれ」と言うと、ロッドを火の粉にして消した。
「んで?」
「おお! そうじゃった。出来たぞい!」
早乙女源一は白衣のポケットから、魔石を6つ取り出す。それは先日明樹保達が、魔力を込めてパーソナルカラーにした魔石である。
「強化装備って言ってたけど――」
暁美は自分の色の魔石を取り、小刻みに振って見たり光にかざしてみせた。彼女にならい、全員が全員、自分の魔石を取る。
「――えらく小さいというか……装置は?」
「暁美……あんた昨日の話忘れたの?」
凪に指摘された暁美は頭を捻るが、思い出せないようである。
「この石を入れ物にしているそうです」
「おお! そうだったそうだった」
「出し方は念じるだけだよ」
鳴子が満面の笑みで、装置を出してみせた。それは鳴子の体に寸分違わず装着される。白を基調にした黄色のアーマー。それが彼女の胸の辺りを覆う。そして背中から鳴子の小さな体躯に不釣り合いな巨大なアームが一対あった。アームには指が3本あり、指の腹の部分には刃のようなモノが取り付けられていた。指先は閉じてドリルの用に回ったり、開いたりしていた。
それらは鳴子の意思に従うかのように、畝るように動く。
「で、でけー!」
「えへへ。すごいでしょ! 早乙女君……じゃなかった。優大君の案なんだ。みんなの武器も私と優大君で相談して決めたんだ」
嬉しそうに巨大なアームを動かし、じゃんけんのグー、チョキ、パーをしてみせる。
「でもなんでそんな近接武器なんだ? 鳴子ゲームで射撃得意だっただろう。そっちでよかったんじゃないか? 前に出る方でもないし」
「えっとそれは無理なんだ」
暁美はまたしても首をひねる。同様に明樹保、凪、紫織も腑に落ちない様子だ。
「それは俺が補足するよ。簡単に言うとアウターヒーローは飛び道具を持ってはいけないんだ」
優大の説明に明樹保、暁美、凪、紫織は驚きを示す。
「な、なんでだ?」
「それは聞き捨てならないわね」
凪としても彼女には後衛として居て欲しかったのだろう。食い下がるように優大に聞く。
「飛び道具は簡単に建物とか人を破壊できてしまうんだよ。それが本人の意思とは関係なく。それで大分前に、アウターヒーローが飛び道具を使った際に、無関係な人を攻撃してしまってね。それ以来アウターヒーローの武器は近接武器のみ、ってのが原則になったの」
「そうなると私達の魔法は?」
明樹保の疑問は最もである。ここに来て飛び道具禁止と言われても、明樹保達の魔法は特性上、遠距離攻撃が可能である。さらに彼女達はそれらを惜しげも無く使っていた。
今更禁止と言われても困るというのが、彼女達の本音だろう。
だが、優大は「大丈夫」と続けた。
「飛び道具は禁止。自身の能力で遠距離攻撃出来るのはギリギリセーフ。だけど建物とかぶっ壊しまくっているとアウトだよ」
「やっぱりアウトなんじゃ……」
「それをセーフにするために、色々と警察が誤魔化してきたので、これからは気をつけて使いましょう」
暁美は面倒くさくなったのか、自分の魔石を眺める。
「あたしのはなんだ?」
「出してみれ。それと鳴子変身」
優大は鳴子に変身するように促すと、踵を返して訓練場に足を向けた。背中で「試すよ」と彼女達に告げる。明樹保達は変身し、優大の後に続いて訓練場へと足を運ぶ。
「おお! でっけぇ拳だ。それに脚にもなんかついたな。でっけぇー爪だ」
「左と右で違うでしょ?」
暁美は見比べて「本当だ」と見比べる。右左で違うガンドレッド状の武器を握ったり開いたりして、確かめていた。
それは手から肘まで覆っており、指先は鋭利に尖っている。
「右が攻撃特化。左が防御用だよ。左手で平手を突き出すように構えて」
「あいよ! っと、なんか開いた!」
暁美が左腕を前に突き出すと、4枚の板状の者が花びらが開くように展開する。そのまま暁美は魔力を込めると、炎の壁が展開された。
「おお! すげぇ! これすっげぇ!」
「はしゃがないの」
暁美が炎壁を展開したまま動きまわり、それを紫織は注意して止める。
暁美は炎の壁をしまい。脚を眺める。
そこには彼女の脚を二回りほど大きくさせている装甲があった。それは足から膝まで覆っている。足に当たる部分には、前と後ろ合わせて3本の鉤爪が備えられていた。回し蹴りしただけで色々とえぐれ取れそうなそれは鋼鉄製の床に深く突き刺さっている。
「鉤爪みたいなの付いてるのがすげぇ!」
暁美は言いながら、体を動かしていく。
「紫織さんのは……大ちゃんが使ってたやつ?」
「私がお願いしたのよ。オニキスの武器、便利そうだったし」
紫織は白い竿状の棒を中心から分離させたり、繋げたりしていた。そして両端にある魔石から重力の刃と、糸を出すなどの挙動を試していく。
明樹保はそんな光景を見ながら「なるほど」と言い。自身の杖をニンマリと眺めた。
その杖は桜色の球体が一際目立った。さらに球体を覆うように輪が浮いていた。土星の輪と土星を彷彿とさせる。球体は杖から浮いていた。それでも杖を振ると、何か見えない棒で繋がっているかのように、外れることも無く球体と輪は杖と連動して動いていた。
「魔法少女!」
嬉しそうに優大に見せつける。彼もそれを嬉しそうに眺めている。
「それも優大君の案なんだ。最初、私は反対したんだけど――どうしても――って言うから」
「明樹保は魔法少女になりたいって言ってたし。何より明樹保のイメージ力を高めるためにも、それにした」
「どういうこと?」
明樹保は杖と優大を見比べた。
「明樹保の光と俺の闇はイメージ力が直接魔法として行使されるんだ」
鳴子は「だからか」と納得したように首を縦に振る。
明樹保は嬉しそうに魔法少女らしいポーズを何個か試していた。
「で、1つ聞きたいんだけど」
鳴子は凪と向き合う。
「どうして私と水青だけは、太刀と鉄扇なのよ」
「えっと、優大君と相談した時に、2人は魔法の応用力が高いから、武器はシンプルでいいんじゃないかってことになって」
鳴子は申し訳なさそうにしている。凪もそれ以上は聞けず、溜息を吐いた。
凪は自身の太刀を鞘から抜刀して刀身を眺めた。
刀身は証明の光を虹色に反射し、見るものを魅了する。凪もしばらく見惚れていた。
「綺麗ね」
「それは早乙女博士のお知り合いの刀鍛冶さんが打ってくれたんだよ。魔石もちゃんと仕込んであるから魔力を流しこむと切れ味が上がるよ」
「私は鉄扇……ですか」
水青は言いながら、鉄扇と水を併用して使う。
「問題はなさそうですね」
「閉じて使えば打撃武器に。広げれば防御になるよ」
鳴子の説明に彼女は「ありがとう」と答えた。
「よし。じゃあやるか」
優大の言葉を皮切りに、明樹保達は魔力を放出させる。強化ユニットの各所に組み込まれている魔石が輝きだした。輝きがさらに増していき――。
『空間湾曲確認。繰り返します。空間湾曲を確認!』
突如警報と女性の声が明樹保達の耳を貫く。明樹保達は飛び出すようにブリーフィングルームに走った。
「滝下さん!」
『監視カメラに魔物を確認した。君たちはすぐに――』
『待ってください! 空間湾曲さらに増大! 恐ろしい勢いで増大しています!』
『――なんだと?!』
明樹保達は魔物以外の襲来に不安な素振りを見せる。優大はそんな彼女達に笑いかけるが、オニキスの身である自身の表情が変わってないことに気づいて、声をかけた。
「大丈夫だよ」
滝下浩毅と金太郎は、雪崩れ込むように司令室に飛び込んだ。モニターに表示されている文字は赤く表示されていた。滝下浩毅は素早く確認し、女性オペレーターに指示を飛ばす。
「避難指示発令。雨宮に出動要請を出すんだ。警察の方はどうなっている?」
「すでに全て行いました。後は……オニキス達に出動要請を出すだけです」
オペレーターの返答に、彼は短く「そうか」と答える。席に着席して、深呼吸をすると手近にあるディスプレイを眺めた。
「数値は?」
「物凄い速度で上昇しています! 過去に類を見ない上がり幅です」
言いながらキーボードを叩き、司令室一面を覆う巨大なディスプレイに表示する。金太郎は「まずいな……」と小さく漏らした。
滝下浩毅はそれらの状況を見て目を四白眼とする。
「いや……あるぞ。これは……埼玉の再来だ!」
滝下浩毅は椅子を吹き飛ばすほどの勢いで立ち上がると、マイクを掴んだ。
「オニキスとグレートゴールデンドラゴンナイトは至急、空間湾曲が計測される地点に向かってくれ! ローズクオーツ達は彼らのバックアップ! ファントムバグが大量に出てくるぞ! 少しでも時間稼いで、市民を避難させる」
『埼玉の再来?』
指示に疑問の声を漏らしたのはグレートゴールデンドラゴンナイトであるジョンであった。
『移動しながら説明する。ローズクオーツ、そっちは任せたよ』
『了解……』
オニキスの声は普段のソレと変わらないが、ローズクオーツの声は不安の色が色濃く出ている。
「まずいのぅ」
早乙女源一はいつの間にか司令室に現れ、勝手にキーボードを操作していた。それを見て滝下浩毅は眉根を寄せるが、金太郎の目配せを確認して溜息を漏らす。
彼は早乙女源一の行動に関して諦めたのだ。
むしろ彼のもたらす情報の方が有益であると判断したのだろう。
実際の所、早乙女源一の表情は真剣そのものであり、触れれば切れてしまう抜身の太刀を連想させた。
「まずい……とは?」
だからこそ慎重に彼は問う。
「数値の上がり幅が埼玉の再来だが、質量の転移情報は埼玉の事案を軽く越えておるぞ」
滝下浩毅は手にしていたマイクを落とした。スピーカーからは地面を打つ音が反響する。
「なんですって」
前線に向かう軌跡は8人だけだった。
「運がいいというか悪いというか」
「この俺達もいれば確実だろう?」
ガーネットの愚痴に、グレートゴールデンドラゴンナイトは陽気に答える。
ローズクオーツ達はオニキス達と共に目標へ移動していた。
「強化ユニットのテストをしたかったな……」
「そんなにしょげない」
カーネリアンは心底ショックを受けており、何度も「使いたい」と漏らしている。そんな彼女をクロムダイオプサイトは励ますように言った。
「テストもしないままの使用は危険ですからね」
アイオライトは困ったように笑いながら言う。
ローズクオーツ達は強化ユニットを現在は使用していない。まだ試運転も出来ていない状況での使用を避けたのだ。
予測不能な現状でテストもしないまま新兵器を使用することは、自身を逆に追い詰めてしまう可能性があった。
「埼玉の再来って?」
アメジストは顔をまっすぐ向けたまま聞く。皆がオニキスの言葉を待った。
「埼玉がファントムバグに支配されている地域ってのは理解しているよね? つまりここもそういうことになる前兆が現れたってこと」
淡々とした言葉。不安も何も感じさせない普段通りの声音にローズクオーツ達の驚きを見せる。彼は変わらず話しを進めていく。
「ファントムバグが出る前に空間湾曲が検出されるんだ。しばらくするとゲートが開く。その空間湾曲にも地震のような強い弱いの波形があって、強ければでかいゲートが、弱ければ小さいゲートが開く。つまり今この街にどでかいゲートが開こうとしているんだ」
彼らの疾駆する方向とは逆に、避難していく人波。彼らはヒーローたちの姿を確認すると指を指した。口々に「頼んだぞ」や「この街をお願いね」という言葉をかけていく。
子供達は彼らの背中に声援を送った。
そんな声援にローズクオーツ達は表情を暗くする。
「そんなの……私達じゃ……」
「俺は何とかするよ」
オニキスの言葉は力強く。それを否定出来る者は誰もいなかった。
「話の続きな。今回の空間湾曲は埼玉のそれと同じくらいのが開くだろうけど、転移してくる質量の情報量が段違いらしい」
「最悪の事態じゃねえか! でかい門は開くは、そっから出てくる化物も多いってことだろう?」
グレートゴールデンドラゴンナイトは隙かさず言う。
「そうですが、そうでもないのです」
アイオライトは不安をかき消すように言った。
「うんうん。ゲートを壊せばいいだけだよ。こっちに顕現すれば実体化するんだよ」
「つまりそれを叩けばいいのね」
カーネリアンの説明に、すぐにクロムダイオプサイトは目つきを鋭くさせる。
「なら、私達は手早くゲートを片付けるわ」
「あいよリーダー」
ガーネットの言葉にアメジストは首をひねる。
「私が?」
「先輩以外にいないっしょ?」
ガーネットの言葉にローズクオーツ達は大きく頷いた。
そんな彼女達の様子にアメジストは態とらしく溜息を吐く。
「やれやれね」
「それは俺の十八番!」
オニキス達は、警察が張り巡らした規制線を飛び越えたところで足を止める。
そこには、すでに到着していた神代拓海達が銃器の確認作業を行っていた。
「でも本当にゲートは閉じれるのか?」
「埼玉のゲートも本来は閉じることができたんだ。だから出来る。ただ企業や国にバレる前に潰したいな」
誰もがその言葉に耳を疑う。
「そんなあたしらで出来るのか?」
女性のオペレーターが何かを叫ぶ。それと同時に青空が黒く染まり、虚空に黒い孔が開いた。
「出来る出来ないじゃないよ。やるんだ――」
オニキスの声は柔らかい。
「――だって、俺達はヒーローだから」
ローズクオーツは力強く頷き言った。
「そうだ! 私達はヒーローで、魔法少女なんだ! 魔法少女は人々の平和と自由を守る希望の象徴だから!」
「頼んだよ魔法少女さん」
「そっちもね。私達のヒーローさん」
孔から黒い靄が溢れ出し地面を覆う。ローズクオーツ達は身の毛がよだつ思いでそれを受け止めるが、とくに異常は見られることもなく。当人達は足元に絡みつく靄を足で蹴飛ばしていたりしていた。
「ファントムバグは任せろ。この俺、グレートゴールデンドラゴンナイトと!」
グレートゴールデンドラゴンナイトはオニキスに視線を送る。それに気づいたオニキスは「やれやれ」と零すと続けて言う。
「このオニキスがなんとかする。お前たちはゲートを頼むよ」
初めて間近で見たファントムバグの感想は「虫っぽいな」だった。
地面を覆い尽くすファントムバグの影。それをオニキスの黒い炎とグレートゴールデンドラゴンナイトの黄金の炎が焼き払っていく。それでもファントムバグの数は一向に減ることはなく。むしろ逆で恐ろしい早さでその数を増やしていた。
私達は急いでゲートの直下へ向かう。作戦は私の魔法でドカンと一発撃ちこむだけである。そのため私は魔力を温存していた。周囲に迫るファントムバグはオニキスとグレートゴールデンドラゴンナイトが蹴散らしている。他のみんなはオニキス達の迎撃し損ねたモノを拳打で迎撃している。これも一応温存だ。私達は素早くゲートの直下へ。
私は余力を残して魔法を発動させる。
ゲートに損傷を与えることに成功した。だが、溢れ出るモノは勢いが衰えない。それどころかさらに勢いが増していく。
『ゲートに損傷確認』
『よしこのまま勢いで行くぞ。魔法少女達は――』
誰もがこのままの勢いで行けると思った時だった。
『オニキス急げ! 巨大な質量反応じゃ! なんかくるぞい!』
早乙女源一が叫ぶと同時に空に空いた孔が脈動する。それは空気を、地面を、そして街を震わせた。
生き残ったファントムバグ達は奇声を上げる。何かを迎え入れるかのように虚空を見上げた。
孔は大きく歪み、空に波紋が走る。それは大気を大きく揺さぶった。
『今までに見たことのない質量反応です! 来ます!』
そしてソレは現れる。
ソレは地面を打ち砕かんと勢い良く着地した。
「か、怪獣?」
カーネリアンはソレを見てそうつぶやく。
孔から現れたのは怪獣。特撮などの作品で見られる大きな怪獣だった。30メートルの巨体。獣脚類のようなそれは
ファントムバグ特有の青白い光を全身に走らせる。それは胴体から頭と尻尾の先まで何度も何度も走った。まるで心臓の鼓動にでも合わせるかのようにも見えた。
怪獣は歯を剥き鋭い牙を青く光らせる。そしてそのまま口を開き、咆哮を上げる。
爆音。それは地面を砕き、空気を重い衝撃と変化させて周囲を吹き飛ばした。
誰もがその存在に圧倒されている中、黒い光が一閃する。
オニキスが先制攻撃を首筋に入れたのだ。黒い一太刀は怪獣の首筋に深く真っ直ぐな傷を残す。その傷口から青黒い液体が膨れ上がる。
あっという間に青黒い液体が勢い良く吹き出す。
痛みに怪獣は身悶えさせる。暴れ回り地面に地団駄を踏み、打ち砕く。
『質量反応なおも継続中です』
『ローズクオーツはゲートに向かって砲撃続行だ!』
滝下浩毅の指示にローズクオーツ達はようやく、金縛りから解かれる。
「あ! や、やってみます!」
ローズクオーツは言い終えると、両手を突き出し構える。
「いっけぇええええええええええええ!」
叫びと同時に桜色の光が、上空にある孔めがけてまっすぐに突き進む。それはゲートに直撃し、激しい衝撃と光が周囲を襲う。ゲートに激突した桜色の光は、桜の花びらを舞い散らすかのように光を散らす。
『こちら神代拓海です。ゲートに亀裂が走ったのを確認した』
『こちらグレートゴールデンドラゴンナイトだ! もう少しで行けるぞ! どぅああああ! この怪獣デカすぎだろう!』
『グレートゴールデンドラゴンナイト! 足を斬り飛ばせ! 転ばせるぞ』
亀裂がゲート全体に走った時だった。
孔は脈動し波紋が空気を走り、桜色の光は霧散させられる。
「そんな!」
ローズクオーツ達が表情を曇らせていると孔は更にファントムバグを大量に降り注がせていく。怪獣。巨大な柱。巨人。それらが合計30降り注いだ。
柱には4つの足があり足を使って移動していく。柱から青い光の線が放たれ、地面を焼いた。
『見たこともないタイプがたくさん……そんな……』
『しっかりしろ! 我々の動揺が彼女達に伝染るだろう! タスク・フォースの出動はまだ間に合わないのか?!』
『整備がまだ間に合っていません。今01を優先的に修復作業を進めておりますが、もろもろの準備が整うのに30分かかります』
『ゲートの亀裂が塞がっていくぞ!』
滝下浩毅達はあれこれ指示を飛ばすが旗色は悪い。
『明樹保! もう一度撃てるか?』
「あ、うん。大丈夫だけど――」
「怪獣がこっちに来た!」
カーネリアンの叫びにローズクオーツは視線を上へと変えると、巨大な黒い影が迫っていた。
「させるかぁあああああ!!!」
ガーネットが巨大な火球をぶつけるが、相手はびくともしない。
「マジかよ!」
「ガーネット頭下げなさい! 私が風で斬る!」
緑の風の刃がガーネットの頭上を駆ける。寸でのところで頭を引っ込めていたガーネットは事なきを得た。
緑の刃は黒い外骨格に弾かれ霧散する。
「ならば重力で押し潰すまでよ! アイオライト怪獣の足を止めて!」
「任せてください」
アイオライトは怪獣の足元を水で満たし、渦を巻いて捉えた。
紫の光が重力波となって怪獣の背中を押し潰す。
「っしゃああ!」
ガーネットは尻尾に飛びつき。炎で焼く。
怪獣は咆哮を上げ、周囲を吹き飛ばす。が、水と重力波は振り払えず、ガーネットも飛びついたままだ。
「クロムダイオプサイト!――」
「あいよ!」
アメジストの指示が言い終える前に緑の風が渦となり、怪獣をさらに拘束した。
黄色の雷が怪獣の背中に穿つ。外骨格にようやく傷がつき、そこから重力波が砕いていく。
「ローズクオーツ!」
「わかりました!」
彼女は飛びつき、背中の傷に手を当てる。桜色の光が手のひらに収束する。
「やぁああああああああああああああ!!!」
桜色の光が怪獣の巨体を撃ち貫く。断末魔のような咆哮を上げると、ノイズのような物が走り怪獣は影も形も、そして実態も消えていく。
飛びついていたローズクオーツとガーネットは突然消えたことにより、地面に落着する。
「いててて」
「お尻打った……」
ローズクオーツ達は息を乱しながら周囲を見渡す。
「こちらアメジスト。化物の方を一匹潰したわ……」
彼女達の表情には勝利の喜びはなかった。彼女達は6人がかりでようやく一体を倒したことに愕然としていたのだ。まだ敵はいる。
『君たちはそこから魔法攻撃が出来るか? ゲートを集中攻撃してほしい。デカブツの類はオニキス達になんとかしてもらう』
滝下浩毅は苦々しく指示を出す。その言葉の語気は弱くなっていた。
『ファントムバグなおも増大。命ヶ原を超えて藤の里にも突入した模様』
『避難シェルターの収容状況が悪いです。孤立した地域がある模様です。現在状況は不明』
『こちらオニキス。5体目を潰した。藤の里の方に柱とそれを守る一団が向かっている。っと! こっちは怪獣の相手で手一杯だ! 藤の里の奴らに連絡を!』
ローズクオーツ以外の面々は次々と入ってくる報告に視線を落とす。
「これを使えば――」
ローズクオーツは菱形の魔石を取り出した。
「ま、待って! それはまだ――」
「それしかないかもな」
ガーネットも取り出した。それを見ていたアイオライトも、クロムダイオプサイト、そしてアメジストも魔石を取り出す。
カーネリアンだけは首を振って、みんなを止めた。
「危険だよ。まだテストできてないし。何が起きるかわからない!」
「これしかないわ」
「でも――」
ローズクオーツはそんなやり取りを無視して、装備を取り出し装着した。
桜色の光が粒上に周囲に現れ、彼女の周りを飛び回り光がローズクオーツの体を覆い始める。手のひらに光の粒が集束し杖が現れる。それに呼応するかのように上半身にアーマーが現れた。それは寸分違わず彼女の体にフィットする。
「私は――やるよ」
「ああ、もう! わかったよ。私もやるよ!」
5色の光が仄かに街を彩り、そこに新たな装備を携えた魔法少女が6人現れる。
「まだ初期起動だから大丈夫だけど、魔力をこめたらどうなるかわからない。だから――」
「四の五の言わずにいくわよ」
「時間がありません」
「早くしないと街がやばいしな」
今も彼女達の鼓膜には戦況が悪化していく報告が飛び交っていた。
「急ぐわよ」
すぐに異変が体を襲う。滝下さんが「すぐにやめるんだ」という声がやけに遠く感じる。この感じは覚えていた。初めて魔法少女になった時と、ルワークに洗脳されそうに似ている。魔物になりかけたあの時と同じだ。何かが私の中に流れ込んでくる。私はそれを必死に押しとどめようとする。
「ぐっ! がぁ!」
流れてくるものを押しとどめようとすればするほど苦しい。けど、流れこんでくる物を押しとどめなくちゃいけない。
私は霞む視界の中、周囲に視線を向けた。
みんな地面に倒れこみ、苦しそうに声を漏らしている。
失敗だったのかな? ダメだったのかな? 私達は魔法少女になれないのかな?
エイダさんの声が聞える。きっと「ダメだ」って言っているに違いない。けど、これを乗り越えないと街を守れない。ルワークって人にも勝てない。
「勝たなくちゃ……」
――大丈夫だよ――
「私は……魔物になっちゃうのかな?」
脳裏にさっき見たばかりの人達の姿が過る。
それは嫌だ。
必死にこらえようと歯を食いしばる。
「何言っているんだよ。明樹保は魔法少女だろ?」
声が突然降ってきた。見上げると大ちゃんが立っていた。
「な、なんで――」
「無茶するバカがいるから急いで来たんだよ」
黒い体には亀裂が走り、そこから赤い血が溢れでている。
「大ちゃ……私……」
「どういう状況? その、魔力的に」
黄金の輝きが上空を覆う。黄金の雨が降り注ぎ衝撃と爆音が耳を突いた。随分近くだ。
「すごく……流れこんでくるの。なんとか抑えているんだけど――」
「ん? 抑えて苦しいの?」
「うん」
「抑えなかったら? そもそも魔力的には増えるはずだから、流れこんでくるのが正しいんじゃないの?」
私の頭の中は真っ白になった。
「だ、大ちゃん?」
「大丈夫だよ。だって明樹保は魔法少女なんだろう? 魔物になんてならないよ」
「そ、そんなのわからないじゃない! 魔物に――」
私は立ち上がろうとして、失敗する。
「ならないよ」
「なんでそんな自信満々に――」
「だって仲間だろう? なら、仲間を信じるのは当たり前じゃない」
激しい衝撃が地面を何度も打つ。それは徐々に近づいていた。大ちゃんの背後に怪獣が見える。それは迫って来ていた。
「大ちゃ――」
「大丈夫だよ」
背後に振り向きざまに跳びかかり、怪獣の顔面を真っ二つに斬り裂く。青黒い液体が弾けるように流れ出し、周囲を染めていく。
私達に降り注ぐはずだったソレらは黒い屋根に防がれる。
すぐに闇の魔法で防いでくれたのだとわかった。
顔を真っ二つにされてもまだ生きており、大ちゃんに覆いかぶさるように突進する。それを大ちゃんは受け止めた。地面に足がめり込み、それはそのまま私達のところまで迫ってくる。
「受け入れたら、本当になれるのかな?」
私は小さくつぶやいたつもりだった。だけどそれはちゃんと大ちゃんに届いていた。
「なるならないじゃない! 明樹保は魔法少女なんだ! 魔法少女は?」
「え? ……人々の平和と自由を守る――」
希望の象徴。
私は手にしている杖を見た。
そうだ私は魔法少女になるんだ。
やけにオニキスの背中が迫ってくるのが遅く感じた。受け入れようとしたからそうなったのかよく覚えていない。
気づいたら桜色の光が天を走り、黒い空を斬り裂いていた。迫っていた怪獣はどこにもいない。
「遅いよ魔法少女さん」
「お待たせしましたヒーローさん」
「ゲートを頼めるかな?」
ローズクオーツは頷くと杖を突き出し、桜色の球体を顕現させる。それは一瞬大きくなると、収束して小さくなった。
目標は亀裂が完全に塞がったゲート。
彼女はそれに狙いをつけて気合の掛け声とともに放った。
桜色の光はゲートにぶつかると、一瞬で粉々に打ち砕く。ゲートはノイズのようなモノが走ると影も形も消えた。
「お待たせいたしました」
「待たせたな」
「面目ないわね」
「上手くいってよかった」
「受け入れよ。で、上手くいくなんてね」
ローズクオーツの最後にはアメジスト達が少し疲弊した様子で立っている。彼女達もどうやら乗り越えたのか。自分たちの装着した装備から魔法を溢れ出させていた。
『君たちは毎度冷や冷やさせてくれる。このままファントムバグの残党を片付けるぞ』
ローズクオーツ達は思い思いの言葉で返し散っていった。
「だりゃああああああああッ!!!」
ガーネットの雄叫びと共に炎が爆ぜた。回りにいたファントムバグは一掃される。塵となり消えた。そこへ青い光線が走る。ガーネットは飛び退き、ビルの壁を走った。
爪がビルの側面に痕は残らない。青い波紋が残るだけである。
「もういっちょ!」
紅蓮の炎が渦となり、手甲から放たれる。それらは柱を包み込むと容易く灰とした。
「これなら行ける! いけるぞ!」
赤き炎を脚部に収束させると、そのまま跳躍し巨大な炎の固まりとなって辺り一帯の敵を塵芥とさせる。
「ガーネットさん。建物が燃えてしまいます」
「アイオライトがいるから大丈夫だろう?」
「これでも大変なんですよ?」
アイオライトは鉄扇を広げ、口元を隠す。
周囲の建物には焦げ目1つ付いていなかった。建物、道路の表面に小さな青い粒が覆っている。
「お次は私の番ですね」
両手に持った鉄扇を操り周囲に張り巡らした水を集めた。それらは壁を形成するとそのままファントムバグを押し流していく。そして、水の牢獄に落ちたモノたちは水圧で潰していった。怪獣がアイオライト達を発見し、物凄いスピードで突進して来る。
「おい来るぞ」
「では2人で行きましょう」
「あいよ」
アイオライトは水を物凄い水圧で怪獣の両足を斬り落とす。怪獣はそのまま地面に倒れ込むように転がった。そこへ炎の壁が全身を焼く。高熱に咆哮を上げるが、起き上がれない敵は為す術もなく焼かれるだけだった。
雷を纏ったドリルが怪獣の胴体を貫く。カーネリアンのサブアームはドリルのような形になって高速で回転して貫いたのだ。
青黒い液体が飛び散り、怪獣は断末魔を上げながら消えた。
「へっへーん! もう負けないよーだ」
「カーネリアン調子乗っていると危険よ」
「大丈夫大丈夫!」
そんな彼女の背後に新たな怪獣が現れる。
「わ、わわっ!」
「もう言わんこっちゃ無い……
クロムダイオプサイトはいつもの様に特に動揺も見せず言う。そして緑の風をまとった太刀で一閃する。怪獣の巨体は真っ二つに斬り裂かれ霧散する。
放った風は勢いを止めず、そのまま周りにいたファントムバグ達を薙ぎ払った。
「やっぱりすごいや」
「どーいたしまして。って、次が来たわ」
柱の一団が彼女達2人めがけてゆったりと進行してきていた。
「じゃあいくよ」
「あいよ。周りの雑魚は任せなさい」
カーネリアンは「頼んだよ」と言うと、2つのサブアームを高速回転させる。それをらを開くと巨大な黄色の雷が地面を走りながら柱を襲う。その軌跡にいた敵も霧散する。
緑の風が竜巻となって敵を一掃する。竜巻の中からクロムダイオプサイトが飛び出し、勢いそのままに無数の剣撃をお見舞いする。
「柱を倒すわよ」
「わかった」
カーネリアンは雷を放ったまま走りだす。それを視界の端で確認したクロムダイオプサイトは柱を支える足を切り飛ばす。そして風を巧みに操り柱を道路上に転がした。もちろん倒れる瞬間に風で受け止め衝撃を和らげる。
「カーネリアンいっきまぁあああああああす!」
サブアームを地面に向ける。3本の指を並べ、左右合わせて6本の指が彼女の背後に伸びる。その指先には黄色い刃が付いており、彼女の電気の力で超振動を始めた。カーネリアンはそのまま倒れた柱の上を走り抜ける。指は柱を撫でるように滑り、切り裂いていく。
カーネリアンが駆け抜けた後を追うかのように青黒い液体が吹き出ていく。
彼女が走り抜けると柱は影も形もなくなっていた。
アメジストの重力波により柱が大きく拉げる。それをローズクオーツを撃ち抜いた。
「必殺! 散弾攻撃!」
桜色の光が散弾状に飛び散り、ファントムバグを一掃する。弾幕を抜けた一匹がローズクオーツに迫るが、杖で殴打され消滅した。
背後に拳が肥大した人型にも見えるファントムバグがローズクオーツを拳打せんと迫る。
紫の光が一閃――。
直後に紫の糸に絡め取られ、動きを封じられる。
――胴体は真っ二つに斬り裂かれた。
青黒い液体をまき散らし消滅する。
「怪獣が来ます」
オニキスは言いながら、槍と思しき武器を持ったファントムバグを、数瞬で10体斬り伏せる。
「オニキス魔法は?」
「魔力が厳しいな。ゲートとデカブツに結構使ったんでね」
背後にいるファントムバグを見ずに紅い光で爆破した。
「わかったわ。ローズクオーツ援護して、私が押し潰すわ」
ローズクオーツは「了解」と答えると、周囲に桜色のシャワーを降らせる。アメジストはそのまま走りぬけ、迫る巨体に向かって跳躍。
桜色の光が集束――。
糸を家々に張り巡らし、足場として怪獣に向かって走り抜ける。激突しようかと接近した。
――桜色の光球が4つ閃く。
跳躍。アメジストは空高く舞い、眼科に怪獣型のファントムバグの背中を捉える。直後に4つの桜吹雪が舞い散る。光球が怪獣の死角から襲ったのだ。ビルを、住宅街を軽々と超えた巨体は悶えながら地面に滑り込み、倒れる。
家々を薙ぎ払いながら起き上がろうとした背中に、小さな紫の玉がゆったりとした動きでくっついた。
瞬間。大きな音と衝撃でその背中は容易く歪み、青黒い液体を吹きこぼしたかと思うと、巨大な存在は消滅する。
消滅した巨体の向こうでオニキスは黒い大鎌を振りぬき、周りの敵を薙いだ。
「ファントムバグの反応……消滅しました! 街は守られました!!!」
滝下浩毅は女性オペレーターの報告に満足そうに頷いた。しばらく表情を苦々しくする。
それは自身達の無力さと、これから来る面倒事の処理を想像してからであった。
滝下浩毅は小さく「やれやれ」とつぶやいて、ディスプレイに映る表示を消す。
「いいのか?」
「いいんですよ――」
それは企業からの連絡であった。だが、彼はそれを無視して、街を守ることを優先したのだ。
「あんな悔しい思いをするのは彼女達には似つかわしくない。こういう面倒事は子供達ではなく、我々大人の役割ですよ」
「そうじゃな」
早乙女源一は歯を剥いて笑った。
滝下浩毅は態とらしく間を開けて口を開く。
「警察関係の皆様、そしてアウターヒーローの諸君。ありがとう。この街は君たちのおかげで守られた! 帰ってきてくれ!」
満面の笑みで彼は指示を出した。
~続く~
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