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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第四十三話

ムカミさん

第四十三話の投稿です。


いい切り目を見つけられず、いつもの2倍近い量に……:(;゙゚'ω゚'):

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2014-07-24 00:42:17 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:8356   閲覧ユーザー数:5992

 

袁紹が侵攻を開始して早2ヶ月。

 

激しく情勢が動き続ける河北とは対照的に、大陸各地の大勢力は不気味な程に静寂を保っていた。

 

が、この日、遂に魏が大きく動き出す。

 

 

 

 

 

発端となったのは一つの報告。

 

 

 

公孫軍の陥落。

 

 

 

即ち、袁紹による河北統一が為されたのである。

 

元々の戦力差のこともあり、事前の公孫賛の危機意識の低さが大きく影響したのだろう。

 

戦はほぼ袁紹軍の蹂躙とでも言うべき結果となっていた。

 

だが、それでもやはり流石だったと言うべきは公孫賛本人が率いた白馬義従だ。

 

数の暴力をもってひたすら押しに押してくる袁紹軍に公孫軍のほとんどは総崩れになっていた。

 

その中にあって最後まで正常に機能し続けたのが白馬義従であった。

 

騎射を得意とする武勇に優れた兵で構成されたこの部隊は、馬の足による速さと弓による遠隔攻撃での攪乱攻撃の効果が高い。

 

此度の戦でもその性能は十分に発揮され、その攻撃の対象となった袁紹軍の兵達は悉く乱されていた。

 

しかし、平原を埋め尽くす程の袁紹軍を相手にそれがいつまでも続きはしない。

 

徐々に囲まれ、包囲を狭められる程に白馬義従の機動範囲は小さくなっていく。

 

やがて攪乱もままならなくなってしまう頃には、既に戦の趨勢までもが定まりきってしまっていた。

 

最早このまま敗北を受け入れるしか無いという状況、ここで公孫賛は迅速果断に一点突破の離脱を試みる。

 

結果としてこの突破は成功はしたのだが、その過程で少なくない部隊員が討たれてしまったそうだ。

 

戦場を脱した公孫賛はそのまま逃走して行方不明。

 

そして当の袁紹は、現在も幽州に留まっており、やはりこれまで通り兵力を徴収中。

 

その様子からまだまだ侵攻を止めるつもりがないだろう、というのが現状であった。

 

 

 

この報告を受けた軍師達は火急な冀州との州境の兵力増員を決定。

 

とは言え、無闇に袁紹を刺激するわけにもいかず、如何にして密やかに多部隊を送り込むかの検討に入っていた。

 

一方で一刀はある一事に着目していた。

 

 

 

公孫賛の生存。

 

 

 

これは一刀の知る歴史から逸脱した事態だった。

 

この大陸に一刀が降り立ってから一刀の知る限りで初めて、”一刀が関与する事なく”歴史事実が変化した。

 

そこに何か大きな意味がある気がしてならない。

 

果たしてこの先も大きな歴史上の出来事は起こるのか、それとも最早元の歴史との相関性は完全に失わてしまったのか。

 

まだサンプルがたった一つとは言え、決して無視するべきでない何かを感じ取っていたのである。

 

が、今何か出来るのかと問われればノーと答えるしかないのも事実。

 

一先ずは要考察対象として頭の片隅に置いておきつつ、目の前の問題に対処することにしていた。

 

 

 

「国境戦力の増強として怪しまれない程度の数に小分けして流し込むことはどうでしょうか?」

 

「それだと数度、規模で言うと決定した内の半分程度、よくて7割程度しか送れないでしょうね。

 

 いくら相手があの麗羽でも、短期間に何度も兵力が増強されれば気付きもするでしょう」

 

「連合で見た袁紹の気質から考えると、気付かれてしまったら最後、即座に戦端が開かれるわね」

 

「ならば、いっそ牽制の意を込めて大部隊を送ればよいのですぞ!」

 

「それは駄目なのですよ~。戦力差はともかく、数だけ見れば袁紹さんの軍は圧倒的なので~。

 

 威圧だけで袁紹さんを止めることは難しいと思われるのですよ~」

 

「ねね、もっと相手の性格を考慮に入れて考えなさいといつも言ってるでしょう?

 

 折角基礎を終えて応用もこなせるようになってきてるんだから、そんなつまらないチョンボはしないようにしなさいよね」

 

「うぅ……す、すいませんです……」

 

キャリアも年齢も関係無く、思いついた者が発言し、周りが即座にそれを検討。

 

しかしどの案もピンと来ないものばかりだった。

 

主な理由は送りたい兵力の多さにある。

 

袁紹の軍の練度が低いことは周知の事実であるが、その数が大陸の中でも飛び抜けて多いこともまた周知の事実。

 

それに対応しようと思えば、如何に大陸でも屈指の精強さを誇るまでになった魏軍と言えどそれなりの数が必要となるのだ。

 

これ以上送り込む数を減らせば防衛が危なくなる。質を高めて兵数の減少を図ろうにも、十分な減少には至らない。

 

議論は思うようには進まず、時間だけが無情にも過ぎ去っていく。

 

そうして暗澹たる様相を呈してきた段階になって、ここまで沈黙を保ち何事かを考え込んでいた一刀が徐ろに口を開いた。

 

「手前……州境ぎりぎり一つ手前の街に兵を滞在させるのは、袁紹に気づかれずに可能だろうか?」

 

「手前?そうね……手前の街までだったら余程大人数を固めて移動させない限りはそうそう気づかれないでしょうけど……

 

 でも手前の街だと防衛が間に合わないわよ。一番近い街からどんなに急いでも一刻はかかるわ」

 

「加えると、その一刻も後先考えない強行軍を行えばこそなのだから、手前の街に戦力の大半を配備したところでそれほど状況は改善されないでしょうね。

 

 数に飽かせて責め立てられれば最低限の兵力では一刻と持たず陥落するわよ?」

 

桂花と零が一刀の提案に難色を示す。

 

だが、一刀はむしろその回答に満足した様子であった。

 

「一刻……一刻ね……なあ、詠。例の部隊であえて野戦に持ち込んで、最初から最後まで全力で攪乱に費やせばそのくらいならば稼げると踏んでいるんだが、どうだ?」

 

「あんたの部隊を……?だとすると……野戦……機動力……十文字…………」

 

そもそもこれまでずっと秘匿部隊として扱っていたのだ。

 

そもそもこの戦で早速投入するとはあまり思っていなかったのか、詠は今改めてその検討を行う形になっていた。

 

部隊が用意できるもの、使用できるもの、特性、全てを列挙し、脳裏でシミュレーション。

 

一つ没が出ればその度に修正を加えて更に検討。

 

詠の頭脳をフル回転して様々な方向から思考を進める。

 

「兵数、いえ、兵力で考えるべきね……指揮系統……将…………」

 

一つ一つの要素を検証し、組み合わせて効果を推し量る。

 

無数にある戦術から適したものを選別し、或いは敢えて奇策とも取れる戦術も当て嵌めるべく。

 

そうして長い時間を思考に費やし、詠が出した答えは。

 

「策の嵌り具合次第でギリギリ。それがボクの意見ね。

 

 それも、今考えた限りの中で最良と取った策を、一分の過失もなく遂行できたとして、よ。

 

 はっきり言って厳しすぎる、いえ、無理と言ってもいいわ」

 

「詠、判断材料を追加する。

 

 ”花火”による攪乱、それから舌戦時に少なくとも敵方の一般兵大半の士気減退を遂行出来るとしたら、どうだ?」

 

「”花火”?って、この間の?あれは新兵器とは言っても即時連絡の用途じゃ無かったの?」

 

一刀の追加提案に対する詠の疑問も尤もである。

 

これよりも以前、月や詠達、元董卓軍からの幹部、プラス稟と風、言わば新参の幹部連に既に開発が済み、実用を控えている新技術の公開があった。

 

その中には当然”花火”も存在していた。ただし、連絡用兵器、と紹介されての上である。

 

しかし、一刀はこの”花火”を攪乱に使えると判断した。

 

いや、正確には開発当初よりその用途は思いついていたのだが、恐らく攪乱に使えるのは初使用の戦、その1回に限られてくるだろうと予測していた。

 

その為、そもそもの連絡用途にも未だ使用していなかったのである。

 

だが、一刀は今が使い時だと判断した。

 

この”花火”による攪乱、相手の練度次第では実は相当に効果が薄まる可能性が高い。

 

なればこそ、ここで出し惜しみはせず、袁紹軍に対して抜群の効果を挙げさせてやるべきだろう。

 

以後はただ連絡用途に使えればそれでよい。本来はその目的で制作を依頼したのだから。

 

その旨を伝えると、詠は新たな判断材料を加味して再び思考に没頭する。

 

今度はそれほど時間をかけずに結論を出したようであった。

 

「士気減退作戦、それが確実に成功するのであれば、確かに耐えることは出来そう……かしら。

 

 でも、一刀。正直に言ってこれは危険度ばかりが大きい割に得られるものは少ないわよ?部隊を全て送り込んでも、元々の予定兵数の半分に満たない。

 

 だったらこんな無茶じみた作戦をとるよりも、本来計画している兵数を砦に送り込める策を考えた方が……」

 

「無茶じみた作戦だからこそ、意味があるんだ。これは魏の為でもあるが、大きくは当部隊、つまり元々月の軍だった者達の為の作戦なんだから」

 

詠の反論を遮るようにして放たれた一刀の言葉。その内容にその場にいた多くの軍師は首を傾げる。

 

「月達の為?どういうことなの、一刀?」

 

「私もあまり判然としません。どうしてそれが月さん達のためとなるのでしょう?」

 

口々に疑問を呈する軍師達であったが、一方で理解を示したのが風と詠だった。

 

「なるほど~。確かにそれならば、皆さん認める結果になるでしょうけど……

 

 お兄さんは思慮深い方かと思っていましたが~。相当な博徒でしたか~」

 

「ポッと出のボクらがあの待遇なんだし、周りの反応は当然と言えば当然なんだけどね……

 

 でも、月の気が少しでも休まる結果になるんだったら……はぁ、確かに。やってみる価値はあるかも知れないわ」

 

それぞれに納得を示すも、多くを語らないために他の軍師は益々混乱してしまう。

 

この2人に限らず、現状を正しく認識すればこの策に乗ってくれる確率も上がるだろう、と打算を働かせ、一刀は説明の為に口を開いた。

 

「皆も知っての通り、連合の後、俺が月達と共に帰還し、そのまま直属の部隊として今の部隊が出来上がった。

 

 そのほとんどは洛陽に待機していた月の親衛隊だった者達だから、腕の方はまず問題無い。いや、むしろ平均的な能力値で言えば、魏の部隊中でも上位に収まるだろう。

 

 この部隊は天の御遣いが引き連れて来た部隊、とでも言えばまだ聞こえはいいのかも知れない。

 

 だが、兵達の中には遠巻きながら恋の姿を視認した者もいるんだ。当然、この部隊の元々の正体に感づいた者もいるだろう。

 

 明確に緘口令を敷いたわけでは無いが、華琳以下幹部連が黙秘を貫く雰囲気を醸すことで、その憶測が下手に飛び交うことは無い。

 

 そうは言っても、やはり気付いてしまった者達の中にはこの部隊を白い目で見る者も多い。そしてそれは爆発的ではなくともジワジワと広がっている。それが現状なんだ」

 

事実を一つずつ噛み締めるように伝えていく。

 

武官以下軍務に服する者達は多くがそれとなく気付いてはいる。

 

しかし、まず表面化してこないために対処のしようがなかった。

 

勿論、黒衣隊を動員すれば反感を抱く者達を残らず引っ張り出すことも可能だろう。

 

一刀もそれは分かっていた。分かっていながらそれをあえて放置していたのだった。

 

力で押さえ込んで認めさせたものに価値などは無い。

 

然るべき時に然るべき実力を示すことでしか真の意味で認めさせることなど出来ない。

 

そして、一刀の作り上げた部隊のとっての然るべき時。

 

それが今、ここ。過去最大規模となるであろう袁紹との戦、その最前線にある、と考えたのだった。

 

部隊の現状を認識し、一刀の提案を改めて検討する軍師達。

 

とは言っても、検討する内容は詠とは全く異なるもの。

 

それは主に魏軍全体の士気及び戦力の予測推移。

 

そしてはじき出された各々の推測結果は概ね一致していた。

 

「なる、ほど……でも、一刀。一ついいかしら?」

 

「ん?何か問題でもあったか?桂花」

 

「問題というよりも疑問ね。あんた、部隊を認めさせるためには犠牲を厭わないつもり?

 

 折角の実験実用部隊、無闇に数を減らすことは今後の為になるとは思えないんだけど?」

 

「あ~……確かに、このままじゃあそう取られてしまうのも無理ないか……」

 

ポリポリと頬を掻きながら詰まり詰まり答える一刀。

 

だがそれは、桂花の質問に核心を突かれた、という様子ではない。

 

どちらかと言えば開示すべき情報の選択に困っている、といった様子であり、事実、一刀はどこまで話すべきかを出しあぐねていた。

 

「う~ん、そうだな……取り敢えず今言えることとしては、俺は部隊の兵を死なせるつもりは無い、ってことかな。

 

 士気減退作戦は既に考えてある。これは真桜に協力を求めることになるが、不可能、或いは実行困難なものでは決して無い。

 

 それに、あの部隊だが。皆の想像よりずっと仕上がっているぞ。詠も最近は直接その目では見てなかったろ?

 

 きっとさっきの試算も上方修正されることと確信している。つまり、だ。

 

 質問の答えは、”否”。それだけ言っておこう」

 

「…………はぁ。分かったわ。あんたは言いだしたら聞かないしね。

 

 で?まだ要求があるのでしょう?さっさと言ってくれるかしら?」

 

「ははっ、さすが桂花。仄めかさずとも察してくれるのはありがたい限りだ。

 

 さっき詠も少し言っていたがあの部隊は勿論全部投入するとして、まだ余りがあるだろ?

 

 そこにここの守りが薄くならない限りで魏全体に影響力のある部隊を投入して貰いたい」

 

「あぁ、なるほどね。ええ、いいわ。その辺りの編成は責任を持って私がしてあげるわ」

 

「すまないな。それと、ねね」

 

「むっ?ねねにも何かあるのですか?」

 

「ねねは悪いが許昌で待機していてくれ」

 

「なっ、なんですとーーーっ!?」

 

一刀の提案、と言うよりは命令のような要件に思わず声を張り上げてしまう。

 

条件反射で喰ってかかろうとするが、当然予測済みの一刀が機先を制して告げた。

 

「ねね、君は確かに光るものを持ってはいるが、今はまだまだ未熟だ。

 

 今後のことも考えると今手の内を曝けすぎるのは危険に過ぎる。何より、今回の戦はどれだけ綿密に策を練ろうとも色んなところで綻びが出かねないんだ。

 

 だから今回は主要軍師は詠だけ。ねねはお留守番。いずれ恋と共に活躍の場は絶対に与えるから。

 

 納得してくれるかな?」

 

「くぅっ……ぜ、絶対なのですぞ!ねねとの約束を破ったらちんきゅーきっく100連撃の刑に処してやるのですぞ!」

 

「ああ、約束は守るよ」

 

ここ数ヶ月の英才教育。それは音々音に自分の実力を正しく認識させるに十分なものであった。

 

いくら恋の専属軍師を自称しようと、実力が伴わなければその恋を徒らに危地に放り込むことになりかねない。

 

それが分かるようになったからこそ、かつての董卓軍幹部が見れば驚きを禁じえないほどすんなりと一刀の言葉に従ったのであった。

 

勿論、子供らしく頬を膨らませて渋々ではあったのだが。

 

「それじゃあ、そういうことでよろしく頼む。

 

 俺はこれから部隊の者達にこれを伝えてくる」

 

「は?一刀、今日は調練は無かったわよね?」

 

立ち上がった一刀の思いがけない言葉に、詠が思わず問いかける。

 

それに対して一刀は事も無げにこう答えた。

 

「皆なら俺の提案を納得して通してくれると思っていたからな。

 

 ここに来る前に招集を掛けておいた。もう揃って待機しているんじゃないかな?」

 

その言葉に見えるのは軍師達への信頼、でいいのだろうか。

 

そもそも今回の一刀の提案は多大なるリスクを孕み、安全マージンもほとんど取れないようなもの。

 

革新的な傾向の軍師が多数集まっている魏だからこそ通ったようなものなのだが、一刀はその辺りを分かっているのかが怪しい。

 

但し、これは軍師達、つまり大陸の人間から見た感想である。

 

一刀の側から見ればまた違った論理が組み立てられていた。

 

それがどんなものか。

 

簡単に言えば、一刀にとって『普通』の軍師達は大陸の者にとって『革新的』。

 

つまり、そもそもの土台が異なっているから一刀の行動が奇怪、奇抜に見えるわけであった。

 

そんな細かい摩擦が生じているとは露知らず、一刀はもう一度、頼んだ、と言い残すとそのまま調練場へと足を運んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対応の詳細決定に時間が掛かっていたとは言え、一度内容が決まればそこはやはり優秀な軍師達、その後の行動は実に迅速であった。

 

翌日には一刀達の部隊の出立の日にちが通達された。

 

出立は5日の後、一刀の部隊が第一陣として纏めて送り出される。

 

その後、5日のインターバルを経て残りの半分を、さらに5日後に第3陣で予測限界の兵力を全て送り出す。

 

合わせて近くの砦数箇所に分散して残りの兵を配備、それを以て予定兵力の全てを配備する手筈となった。

 

一刀の部隊の者達は急な話に尻込みするかと思いきや、むしろより活き活きとしだす始末。

 

兵達としては、ようやく来たか、といった心情だったようだ。

 

元より彼らの望んでいた月の平穏、加えて彼らの職を確保するどころかある意味で好待遇を以て受け入れてくれた一刀と魏国。

 

それらに初めて何かを返すことが出来る、と息巻く者も少なくない。

 

過去に類を見ない大戦にも関わらず、部隊の士気は最高潮にまで高まっていたのだった。

 

 

 

そうして出立を明日に控えた4日目のこと。

 

事件、起こる。

 

発端は夜も更けかけた頃、許昌に現れた招かれざる客によって齎された。

 

 

 

「ふぁ~……あ~……眠ぅ~……なんでこんな時間に招集かかんの~?」

 

「我慢しろ。皆多かれ少なかれ眠いんだから」

 

「はれ?一刀はん、何でそんな格好しとんの?」

 

「ああ、ちょっとな。もう少しだけ伏せておきたいから」

 

欠伸を零しながら軍議室に入ってきた真桜。

 

入ってくるなり、外套で姿をすっぽりと隠す一刀に疑問を呈する。

 

その質問に一刀が詳しく答えるよりも、華琳が集まった一同に話しかける方が幾分か早かった。

 

「遅いわよ、真桜。でも、ようやく皆が揃ったわね。

 

 皆に集まってもらったのは他でもない。ちょっとした緊急事が発生したのよ。

 

 入ってきてくれるかしら?」

 

「はい……」

 

小部屋側、軍議室の主要な大扉とは異なる使節等が控える際に使っている部屋から、華琳の呼びかけに応じて1人の人物が入ってくる。

 

”皆”が集まったと言いつつ、霞を除けば元董卓軍からの幹部の面々の姿が見えない。そこに一刀は首を傾げた。

 

尤も、その疑問も部屋に入ってきた人物を見た瞬間に紐解けた。

 

『なっ……!』 『関羽!?』 『…………』

 

その姿を見るや、集まった大半の者は眠気もどこへやら、驚きを顕にする。

 

華琳は華琳で何を考えているか分からない笑みを湛えたまま、あまり時間を取る気がないのか、関羽を促す。

 

「さて。皆も知っているでしょうけど、改めて名乗ってもらおうかしら?」

 

「はい。我が名は関雲長。劉玄徳が一の家臣。

 

 この度は主よりの依頼を携えて馳せ参じた次第です」

 

「依頼?劉備が我等魏国に救援の依頼にでも来たのでしょうか?」

 

稟のこの予想も、通常であれば当然のものだろう。

 

この2日前、つまり魏兵の配備が決定した翌々日には袁紹が動き出していた。

 

その矛先にあったのが、現在徐州にて政を執っていた劉備である。

 

魏からも密偵が数多送り出され、戦況は逐一報告されていた。

 

勿論、趨勢は終始劉備軍の劣勢。

 

踏みとどまっていられたのは単に練度の違いと軍師の質の違い故だろう。

 

そも現状で劉備に勝目があるなど、魏の誰も予想はしていない。

 

密偵派遣の主な理由は袁紹軍の状態確認の側面が大半を占めていた。

 

『ここで消えるようなら、結局その程度だったということよ』

 

華琳が劉備軍の対処に関してした発言はただこれだけ。

 

つまり、魏国としては放置の方針で固まっていたのである。

 

とは言え、それは要請や魏への実害を含め、何も起こらない場合に限っての話であったが。

 

救援に駆けつけたとて、こんな時代である。親切の押し売りをしたところで買い叩かれるのがオチであろう。

 

 

ちなみに、この期に乗じて冀州を攻め落とす提案も為された。

 

が、これには一刀と、何より華琳が何色を示した。

 

理由は単純、世間の風評である。

 

確かに、後ろを顧みることも無くほとんど無防備に南皮を晒して他を攻めている袁紹のこと、今冀州を獲るのは容易ではあろう。

 

しかし、実行したところで世間の目からは火事場泥棒のように映るであろうこともまた事実。

 

華琳の目指す覇道と袁紹の考えの無さが奇妙に絡み合い、魏は静観を余儀なくされてしまったようなものであったのだ。

 

 

それはともかくとして、今こうして関羽が現れたからには魏もまたこの諍いに巻き込まれてしまうのだろう。

 

どのような形で、と問われて真っ先に思いつく、そして何より可能性が高いのが稟が問うた内容なのである。

 

しかし、対する関羽の返答は余りにも予想外に過ぎるものであった。

 

「いえ、違います。劉備様からの依頼は一つ。

 

 曹操殿の領地の通行許可。それだけにございます」

 

「……は?」

 

「はっ……これはまた、随分と大逸れた申請を持ってきたものね。

 

 まさか……罠、じゃないでしょうね?」

 

「どうでしょうね。まあ、そんなことはどうでもいいわ。

 

 それが嘘であれ真であれ、この関羽自身がこの作戦に納得していない様子。

 

 そんな輩に対して返答を与えるのも馬鹿らしく思えてしまうのよね」

 

華琳の言葉を受けて幾人かが再び関羽の顔を伺う。

 

確かに関羽の表情は冴えないが、それは劉備軍の劣勢を受けてとも取れる。

 

しかし、華琳や一刀を始め、多少なり相手を読める者たちが指摘を受けて注意深く監察すると、瞳の奥に蟠る不満を捉えることが出来た。

 

(大方、ほとんど独立したと言える劉備軍が為す術なく助力を求めるようなこの状況に納得していないんだろうな)

 

関羽が何に不満を覚えているのか、僅かなりとも行動を共にしたことのある一刀には大凡の推測が立てられた。

 

その内容は完全に推測でしか無いが、関羽の態度の端々に見え隠れする気配から、九割九分正しいだろう。

 

関羽の気持ちに共感できるところはあれど、それでも、と一刀は思う。

 

(万能ならぬ人の身なれば、如何ともし難い事態なんていくらでもある。

 

 心が拒否しようとも行動すべきであるならば、それを態度に出してるようじゃあダメだろう……)

 

上に立つ人間ならば、と考えを巡らせていた一刀であったが、その思考は華琳の次なる言葉で途切れることとなった。

 

「何にしても、話を直接聞かないことにはどうしようも無いわ。

 

 さて。誰が私に付いて来てくれるのかしら?」

 

この言葉に、集った皆が我先にと手を挙げる。

 

一刀もまた同行に賛するが、同時にとある提案も行う。

 

「華琳、折角の機会だ。月と詠、それに恋も連れて行きたいんだが、構わないか?」

 

「あら、奇遇ね。私も月と詠は連れて行きたいと思っていたところよ。

 

 でも、恋も?」

 

「ああ、ちょっと意地悪な問答を思いついてね……」

 

「あら……ふふ、楽しみね」

 

何を思ってか、一刀が浮かべる黒い笑み。

 

これは面白いことが起こりそうだ、と華琳もまた心底楽しくなっていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡潔なままに軍議室でのやり取りを締め、極少数の親衛隊員と文武全ての幹部を引き連れ、華琳は許昌を発つ。

 

1人残らず早馬に乗り、関羽を道案内に強行軍を敢行、草木も眠る丑三つ刻になるに至って前方に仄かな光を視認。

 

豫州と徐州のギリギリの境目に構築された劉備の陣営だった。

 

「さて、ここからは馬を降りましょうか。劉備のところまで案内してくれるかしら、関羽?」

 

「お、お待ちください、華琳様!!」

 

早速向かっていこうとする華琳を慌てて桂花が止めた。

 

「華琳様がわざわざ出向くことはありません!何より、罠という可能性も捨てきれません!

 

 ここは劉備をこちらに呼びつけるのがよろしいかと!お考えをお改めください!!」

 

まるで乱心した主君を諌めるが如き剣幕で桂花が捲し立てる。

 

一方で華琳はどこ吹く風、さらりと持論を言ってのけた。

 

「そうね、それくらいは分かっているわ。けれど、覇道を進むと決めた身でその臆病然とした行為もまた私の矜持が許さない。

 

 それに、私の優秀な部下がこれだけ周りにいるのだもの。何も恐れることは無いわ。

 

 それでも……」

 

ここで一度言葉を切った華琳は鷹をも射竦める眼光を持って関羽を射抜く。

 

「私の身に何かがあれば、貴女達の命運はここで途切れると知りなさい」

 

「っ!そのようなつもりはありません。それは桃香様に会って頂ければお分かり頂けるでしょう」

 

瞬時、怯むも即座に持ち直した関羽。

 

さすがの胆力ではあるが、内心の揺れまでは完全に抑えきれなかったようで、劉備の真名らしき呼び名を意図せず口に出してしまっていた。

 

「いいわ。じゃあ、そうね……

 

 春蘭、秋蘭、一刀、桂花。貴方達は私に付いてきなさい。他の者はこの場に待機。

 

 但し、いつでも動けるようにしておきなさい」

 

『はっ!』

 

「あ、それから月、詠、恋。貴女達もいらっしゃい」

 

「わ、私達も、ですか?」

 

「ええ、そうよ。ふふ。一刀直々のご指名なんだから、私達の期待に応えて頂戴ね?」

 

「へぅ……わ、わかりました」

 

「大丈夫よ、月。いざとなったらボクが付いてるから」

 

「……恋も?」

 

「ああ、ちょっと頼みたいことがあるからね。あ、その外套は脱がないで」

 

「……ん」

 

短いやりとりで劉備陣営に踏み入れるメンバーが決定される。

 

関羽はずっと外套で姿を隠し続けている恋や一刀に不信感を露わにするも、流すことに決めたようだった。

 

関羽を先頭に9人は揺れる明りに向かって歩いていく。

 

 

 

 

 

「あ、曹操さん!お久しぶりです!」

 

「ええ、連合以来ね、劉備。さて、私の領土を抜けたい、とのことだけど?」

 

「はい。今私たちは袁紹さんに攻め込まれ、窮地に立たされています。

 

 皆が無事に袁紹さんの手から逃れようと思うと、曹操さんの領地を抜けていく道しかない、との結論に至りました。

 

 どうかお願いします!私達に通行の許可を下さい!」

 

「皆が無事に、ね……いいわ、通行を許可しましょう」

 

『えっ!?』 「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」

 

魏の面々が驚きの声を上げるのと劉備が歓喜の声を上げるのはほぼ同時だった。

 

余りにもあっさりとした華琳の答えに泡を食って諌めようとする桂花。

 

だが、桂花が何か言葉を発するよりも早く、更なる驚愕が華琳、そして話を振られた一刀によって齎される。

 

「それで……そうね。一刀、誰がいいかしら?」

 

「…………あぁ、そういう……

 

 そうだな……だったら、やはり関羽か、そこの」

 

僅かに言葉を切ると、一刀はほとんど足を動かさず、小石をとある人物に向かって蹴り上げた。

 

が、カン、という甲高い音が小石が防がれたことを、そもそも小石が放たれたことを、皆に遅れて知らしめる。

 

「あの娘もそうとうな腕だな。まあ、時期とその武から見るに、趙雲子龍さん、かな?」

 

「ほう、これはこれは。まだ名乗ってもおらぬ内からご存知とは、私も有名になったということかな?

 

 如何にも、我こそが常山の昇り龍と謳われる趙子龍。して?この私に何用ですかな?」

 

「あら。ふふ、いいわね、不遜なまでに自身に満ちたその態度。決めたわ。

 

 劉備。通行料は趙雲一人で構わないわ」

 

「ええっ!?」

 

先程とは打って変わって、今度は劉備の驚声が夜陰に響く。

 

それは同時に魏軍、劉備陣営問わずそこに集う一同の心の声の代弁でもあった。

 

「あら、何を驚いているのかしら?本来であれば敵対こそすれ、助けてあげる義理なんて私には無いのよ?

 

 これくらいの要求は当然のものでしょう」

 

「だって、そんな……星ちゃんを差し出せ、なんて……」

 

「はぁ……劉備、まさかとは思うけど、貴女、何の代償も払わずに私の領土を抜けていくつもりだったのかしら?」

 

「そ、それは……その……」

 

「まあ、運命だったとでも思って諦めなさい。趙雲一人差し出すだけで貴女達全員の安全を保障してあげる、と言っているのよ?

 

 たった1人で貴女の好きな民達、その他大勢を守れる。その1人にしても死ぬわけではない。何とも安いものじゃない」

 

「そ、そんなこと出来ません!」

 

突如劉備が大声を発する。

 

華琳の発言が癪に障ったのだろう、もごもごと口ごもっていた先程までとは異なり、確と華琳を見据えて拒否の旨を言い放っていた。

 

「なら、劉備、貴女は一体どうすると言うの?趙雲を差し出さないと言うのならば、ここを通すわけには行かないわよ?

 

 それとも、他の者を差し出すとでも言うのかしら?」

 

「桃香様。ここはやはり曹操殿の言う通りに……」

 

「ダメっ!星ちゃんは、ううん、星ちゃんだけじゃなくて愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも、朱里ちゃんも雛里ちゃんも、皆私の大切な仲間なんだから!

 

 私が望むのは皆が笑っていられる世界。民の人たちも、仲間も、皆が幸せに。

 

 誰も失うわけにはいかない。ですから、仲間を失うくらいなら、他の道を探します。曹操さん、この度はどうもありがとうございました」

 

きっぱりとそう答えた劉備は、そのまま振り返って諸葛亮に指示を出そうとする。

 

その背に向かって、

 

「はぁ~~…………劉備、貴女ね……」

 

何とも失望に塗れた溜息を吹きかける華琳が、

 

「甘ったれるのもいい加減に……!んむぐっ!」

 

稟とした叱責の声を上げかけた……ところで、横合いからその口が塞がれてしまった。

 

「まあまあ、華琳。気持ちは分かるが、ちょっとだけ抑えてくれ。

 

 劉備がこんなだからこそ、月をぶつけてみたいと思ったんだよ。分かるだろ?」

 

「んむぅ~……ぷはっ!一刀、後で覚えときなさい……

 

 で……ああ、そうそう、月だったわね。まあ、貴方の考えも分かるわ。

 

 いいわ、好きになさい」

 

半分投げ遣りではあるものの、華琳の許可を得て一刀は後方に待機していた月を呼び寄せる。

 

なお、その一連の行動、というよりも華琳の口を一刀が塞いだ行動に対し、諸葛亮や龐統等が驚愕に目を見開いていた。

 

それはともかく、月を連れ、今度は一刀が劉備の前に立ち、自己紹介から入る。

 

「劉備さん、お久しぶりです。と言っても、そちらはもう覚えていないかも知れませんが」

 

「ふぇ?あ、え~と……」

 

「ああ、これは失礼。私は北郷一刀という者です。

 

 対外的には、”天の御遣い”、とでも名乗っておいた方がわかり易いでしょうかね?」

 

名乗りつつ、一刀はここまでずっと着ていた外套を脱ぎ捨てる。

 

途端、現れる白き衣、聖フランチェスカ学園の制服が陣の篝火に輝く様に、劉備陣営のほとんどが目を奪われる。

 

「あっ……!」

 

そんな中、突如何か重大なことに気付いたように上がる甲高い声。

 

首を向ければ、その視線の先には”鳳雛”こと龐統が一刀を見つめる目を丸く見開いて立ち竦んでいた。

 

「そんな……それじゃあ……」

 

混乱しているのか、文章にもならない短い言葉が龐統の口から散発される。

 

更に、すぐに諸葛亮も同様のことに気付いたようで、同じような状態に。

 

「おい、朱里、雛里?!一体どうしたと言うんだ!?」

 

焦れたのか、関羽が発した問いがきっかけとなり、諸葛亮と龐統は同時に同じ疑問を放出することとなった。

 

『ど、どうして夏侯恩さんが!?』

 

「何っ!?」 「ええっ!?」 「にゃにゃっ!?」

 

軍師2人の驚声に反応して桃園三姉妹もまた改めて一刀の顔を見る。

 

そして、記憶から探し出したのか、3人もまた同様に驚きに染まってしまった。

 

「た、確かに、その顔は黄巾の折、我等と行動を共にした夏侯恩……殿。

 

 な、ならば!もしや、”天の御遣い”とはただの騙りかっ!?」

 

「いえ、それは違います、関羽さん。私は元より北郷一刀であって、夏侯恩とは世を偲ぶ仮の名前でありますれば。

 

 連合戦よりこちら、大陸の情勢も乱れて来たとあって、仮の名を捨て去ったまでです」

 

向こうは皆が皆、必死になって頭を働かせているのだろう。

 

しかし、そんなものを待つ義理など無いとばかりに、一刀は先へ先へと話を進めていく。

 

「さて、丁度連合軍の話も出ましたところで……劉備さん、貴女にお尋ねします。

 

 貴女は、連合軍の、そして洛陽の真実、それを暴きましたか?」

 

「連合の?洛陽の?」

 

どうやら本当に知らない様子を示す劉備だったが、同時にその後ろで諸葛亮と龐統の肩が跳ね上がったのを確かに見た。

 

だが、敢えてそれを無視し、次なる話題へと。

 

「ふむ。そうですか。

 

 では、質問を変えて。貴女は華琳の提案を断って、一体何をしたいのですか?」

 

「そ、そんなの決まってます。皆で袁紹さんの手から逃れて徐州を抜け出す道を……」

 

「それが無いから、我等の領土を抜ける、等という暴挙に出たのでは無いのですか?」

 

「うっ……」

 

「諸葛亮さん」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

「ここを抜ける、それ以外に何か道がおありで?」

 

「朱里ちゃん……」

 

「…………すいません、桃香様。北郷さんの言う通りです……」

 

「ひ、雛里ちゃんっ……!」

 

「……残念ながら、桃香様、ここ以外の道となると、どうしても多大な犠牲が……

 

 最悪、我等が軍は再起不能にまで追いやられてしまいます」

 

「そんな……」

 

僅かな希望を打ち砕かれ、表情に影が射す劉備。

 

軍師達は元より暗かった表情を更に暗くしてしまう。

 

当然の結果と言える一通りのやり取りを黙って見つめていた一刀は、3人が沈黙してしまったのを見て取ると再び口を開いた。

 

「月、君ならどうだ?同じ状況で、そうだな……華琳、月からだったら……」

 

「霞ね。恋も欲しいところだけど、恐らく私には制御しきれないでしょうし」

 

「そうか。なら、安全と引換に霞を差し出せ、との条件を出されたとして、どうだ?」

 

突然振られた月はそれでも十分に落ち着いた所作で少し考え込み、そして応えを返す。

 

「霞さんに納得して頂けるのであれば、応じたと思います。

 

 洛陽の皆さんには結局何も出来ませんでしたが、私達為政者は大本のところで民の為に動かなければならないと思っていますから」

 

「私情より実利。月なりに民を思えばこそ、その判断か」

 

「はい」

 

「それが例え詠でも。同じことが言えるか?」

 

「はい。詠ちゃんなら、きっと分かってくれると思います」

 

月の毅然とした返答に満足気に頷き、再び劉備に語りかける。

 

「月の判断、これが真に仲間を思う選択ではないですか?私はそう思いますがね。

 

 劉備さん、あなたは自分の我儘一つで自身の軍全体を危地に追いやろうとしている。たった一人を惜しむことで、それ以上に膨大な犠牲を出そうとしている。

 

 仁徳の王、と言えば聞こえはいいかも知れませんが、その実態はただ自分の周囲が変化することを極端に嫌っているだけなのでは無いのですか?」

 

「あ……ぅ……」

 

「貴様っ!黙って聞いていれば……っ!!」

 

「ま、待ってください、愛紗さんっ!」

 

淡々と責めるような一刀の言に何も答えられず唇を噛み締めるのみの劉備。

 

その様子を見て激昂する関羽だったが、後ろから諸葛亮が抱き着いて止めに入る。

 

当然、関羽は止められたとて納得はいかない。

 

空気も震わさんばかりの怒りも顕わに諸葛亮に食って掛かった。

 

「何故止める、朱里っ!こやつは桃香様を愚弄しているのだぞっ!」

 

「ひっ……それは……ですからっ……!」

 

「まあまあ、愛紗。落ち着け。すまないな、北郷殿。お見苦しいところをお見せして」

 

「貴様も止めるか、星っ!何故だっ!」

 

「なあ、愛紗よ。桃香様第一なのは悪いこととは言わんが、もっと広い視野を持て。

 

 北郷殿の言う事は、私もそれとなく思っていたことでもあるのだ。そうだろう、朱里、雛里?」

 

趙雲に向けられた言葉に軍師2人は俯いてしまう。

 

明確に言葉にして答えられこそしないものの、その沈黙は肯定を意味していた。

 

そんな2人の様子を見て、関羽もまたようやく事態を察し、言葉に詰まる。

 

重苦しい空気が劉備軍を包みかけるが、一刀は気にもかけず劉備を促す。

 

「劉備さん、それでも貴女は華琳の提案を蹴る、とそう言いますか?」

 

「…………私達はずっと一緒に頑張ってきた、掛け替えのない仲間なんです。

 

 仲間を差し出すなんて選択、貴方達みたいに冷たく、簡単に決意なんて出来る訳ありません……」

 

まるで駄々っ子だな、と内心でため息を吐きたくなる。

 

が、その暇は与えられなかった。

 

劉備の悪あがきとも取れる発言の直後、一刀の背後から背筋が凍るほどの闘気が放たれる。

 

「ひぅっ!?」

 

それは明らかに劉備に向けられたもので、武に長けてはいないであろう劉備にすら感じ取れるほどに鋭く、荒々しいものであった。

 

関羽、張飛、趙雲の3人も警戒に入ろうとするが、あまりの武の圧力に腰が入りきらない。

 

振り返らずとも分かる。劉備の下の名立たる武将をすら圧倒するこの闘気、放っているのは間違いなく恋だ。

 

怒髪が天を衝くが如き怒りもそのままに踏み出してこようとする恋を、一刀は手のひらを向けて止める。

 

「待て、恋、落ち着くんだ」

 

「……でも、あいつ、月と一刀、馬鹿にした」

 

「大丈夫、負け惜しみのようなものだから」

 

「へぅ……あ、あの、恋さん。私も、気にしてませんから」

 

「…………ん、分かった」

 

一刀と月に2人して止められ、恋も怒りの矛を収める。

 

それと同時に恋から発せられていた闘気の奔流も止み、劉備軍の面々もホッとしたように脱力する。

 

関羽あたりがまた突っかかってくるかとも思ったが、どうやらそんなことも忘れるくらいの衝撃が向こうにはあったようだ。

 

想定外の事態が起こった為に、ここからどう進めていこうかと僅かに悩むが、敢えて予定を変えない方が印象は強くなるか、と考えた。

 

「どうあっても仲間を手放さない、と。そういうことですね?劉備さん」

 

「ふぇ?あ、はい。そう、です」

 

「そして誰も失いたくない、と。普段なら現実を見ろ、と一喝でもするところですが……まあ、いいでしょう。

 

 では私からの最後の質問です。劉備さん、貴女の目指す先、それはどこにありますか?」

 

「それは……それは、皆が笑って暮らせる世界。優しさと笑顔に満ちた世界です」

 

「それをどうやって為すと?納得しない者も当然でるでしょう。それらはどうすると?」

 

「そういった人たちとはとことん話し合います。きっと分かってくれるはずです」

 

甘い。甘すぎる。率直にそう思う。

 

そもそもからして、これまでの行動が既にその理想に対して矛盾を孕んでいることに気が付いていないのだろうか。

 

「話し合いで分かってくれるはず。真にそう思っているのであれば、なぜ袁紹との対峙を避けたのですか?」

 

「そ、それは……向こうから攻めて来たから……」

 

「攻めて来たから対話は不可能?そんなことはないでしょう。

 

 相手は猿でも獣でもありません。人間です。どんな状態にあったとて、対話を試みるくらいは出来る相手でしょう?」

 

「う……」

 

「全く同じことを連合戦、つまり董卓の事に対しても尋ねましょうか?

 

 貴女は董卓に対話を求めようとしましたか?噂話を信じ、一方的に叩いたのではありませんか?」

 

「…………」

 

反論の言葉が見つからず、遂には黙り込んでしまう劉備。

 

ここで一刀は俄かに矛先を変更する。

 

「諸葛亮さん、それに龐統さん。貴女達は劉備さんに何も知らせていない。

 

 そういうことですか?」

 

『っ!!』

 

劉備の軍師は2人して息を呑む。

 

何故一刀が知っているのか、という疑問すら湧いてこない。

 

怒涛の一連が、一刀の己の全てを見透かすような視線が、まるで全てを掌握されているように錯覚させていたが故である。

 

「朱里ちゃん……雛里ちゃん……」

 

劉備の不安そうな呼びかけ。それが引き金となった。

 

『すみませんっ、桃香様!!』

 

声を揃え頭を下げる2人の軍師。

 

驚きと悲しみを綯い交ぜたような表情を見せる劉備の顔を直視出来ず、頭を下げたままに諸葛亮が続ける。

 

「実は、あの後洛陽に放った密偵からある情報を得ていました。

 

 その情報に依れば、董卓は洛陽にて暴政を行ってはおらず、むしろ近年稀に見る善政であった、と」

 

「そん……な……」

 

「まあ、そういうことです。話し合いで平和に、を標榜に掲げておきながら、その行動は結局中途半端。

 

 そうなれば、貴女がしたいことに疑問を持つのも当然と言っても良いでしょう?

 

 加えて言うならば、その話し合いにしても疑問が尽きませんが……」

 

一刀の言に項垂れるしか為す術の無い劉備も、さすがに最後の言葉には反論したいのだろう。

 

顔を上げ、何か言葉を発しようとしたところで再び一刀に遮られる。

 

「劉備さん。今、貴女は我々と話し合いに応じられている、とそう言おうとしたでしょう?そしてそれは他の誰にも出来ることだ、と。

 

 話し合いこそ平等・平和な解決法だと思っているのでしょう。

 

 残念ながら、大きな間違いを孕んでいますよ、その考えは……恋!」

 

「……ふっ!」

 

一刀の合図に間髪置かず、恋が劉備の背後に隠し持っていた短戟を振り下ろす。

 

恋の圧倒的な膂力を直にぶつけられた地面はあっけなく捲れ上がり、劉備配下の将達の視界を妨げる。

 

数秒でそれは収まるも、その時一同の目に映った光景に、ある者は息を飲み、ある者は怒りを露わにする。

 

その視線の先では……

 

 

 

距離を開けた場所に劉備を引き込み、刀を抜き放った一刀の姿があった。

 

 

 

当然、関羽や張飛、趙雲は劉備の下に駆けつけようとする。

 

だが、その間には恋が立ちはだかる。

 

さらに巧妙な位置取りで月も至極小さな弓らしきものを引き絞っている。

 

2人に阻まれた結果、動こうにも動けなくなっていた。

 

「ちょっとした実演ですよ、皆さん。心配せずとも、劉備さんは傷つけません」

 

「そんな戯言を信じられるとでも思うか!?」

 

焦燥に駆られる面々に、一刀は一応声を掛けておく。

 

関羽から怒りに塗れた言葉が返ってくるも、それは無視して劉備に向き直る。

 

「さて、劉備さん。今この状況、貴女は私に対して話し合いを要求することが出来ますか?」

 

「ぇ……あ……」

 

即座には状況が把握出来なかったのだろう、あたふたしていた劉備はやがて状況を把握すると、今度は固まってしまう。

 

傷つけることはしない、との宣言は聞こえていただろうが、そんなものは目の前にちらつく刃を目にすれば吹っ飛んでしまうだろう。

 

たっぷり3分、劉備の返答をそのまま待つが、どうにも答える気力まで削いでしまったようである。

 

「ふぅ……もういいぞ、恋。月も。ありがとう」

 

「……ん」

 

「いえ」

 

恋と月が戦闘態勢を解くやいなや、関羽達が劉備に駆けつける。

 

主君の安否を気遣う一同に向かって、正確にはその中心の劉備に向かって一刀は最後の諭しに口を開く。

 

「私が言いたいこと、理解出来ましたか?」

 

「は……はい……」

 

「貴様っ!何をぬけぬけと……!」

 

「関羽さん、貴女には今のやり取りの意味、それが分かりませんか?」

 

「何をっ…!」

 

「話し合い、など、結局は”力”を持っていなければ成立しない、言い換えれば”力”さえあれば話し合いをすら”持っていける”んですよ」

 

「なっ……」

 

咄嗟に言い返したくとも、それが関羽には出来ない。

 

考えてみればそうだろう。

 

両者の間の力に差があれば、力が大なる方はまず話し合いには応じない。

 

話し合いなどせずとも初めから有利な立場にあるのだから。

 

一刀が天の御遣いだと聞いても劉備が平然と話し合いに応じていられたのは、単に側に劉備自身の”力”、関羽達がいたからに他ならない。

 

劉備はそれを嫌というほどこの瞬間に思い知らされたのである。

 

引いては、話し合いでの大陸平和など実現出来ない、ということまで……

 

「ああ、そうだ。最後にちょっとした極秘情報をプレゼントしよう。恋」

 

「……なに?」

 

「よっ、と……」

 

「……ん」

 

パサリ、と頭を覆っていたフードが外され、恋の顔が露わになる。

 

その瞬間、関羽の目が驚愕に見開かれる。

 

「な、なぜ……貴様が……っ!呂布!」

 

『えぇっ!?』

 

劉備のみならず、諸葛亮や龐統までもがこれには驚く。

 

その様子から洛陽に民の協力の度合いの大きさが良く分かる。

 

あの”伏龍”、”鳳雛”ですら月や恋の死亡を疑っていなかった、ということなのだから。

 

「そ、それじゃあ、まさか……」

 

「月、もう”あれ”は気にしなくていいぞ。もうすぐ終わることだしな」

 

「はい、分かりました。

 

 えっと、劉備さん。自己紹介がまだでしたね。私は董仲穎と申します。

 

 現在は一刀さんの下、一将として過ごしておりますが」

 

「…………」

 

最後の最後で巨大すぎる爆弾の投下。

 

最早劉備陣営に言葉を発する者は存在しなかった。

 

「先程言ったことを覚えていますか?

 

 洛陽の真実を調べたのか。聞かれはしませんでしたが、一応こちらで用意しおいた答えをば。

 

 今貴女達の目の前にいる月と恋。これが私の、私達の答えです。

 

 我等の信ずる和の為ならば、大陸中を騙すことも厭わない。利用出来るものは利用し尽くします。

 

 それが例え、天を冠する名であろうとも……」

 

言うだけ言うと一刀達は背を向けて華琳の下に戻っていく。

 

「もういいのかしら?」

 

「ああ、聞きたいこと、言いたいことは全部聞いたし、言ったからな。

 

 後は華琳の決定に従うよ」

 

「分かったわ。ふふ、中々面白い見世物だったわよ?」

 

「いえいえ、お楽しみ頂けたのでしたら幸いですよ、お姫様?」

 

おちゃらけた返事を残し、一刀は完全に背後まで下がる。

 

それを見てから華琳は改めて劉備の前に出て、魏としての決定を言い放った。

 

「さて、劉備。貴女達の要望のことだけど」

 

劉備はゴクリと唾を飲み込む。

 

その目は、どんな辛辣なことを言われるのか、と怯えているようでもあった。

 

「我が領土、通っていくがいいわ。但し、街道の方はこちらで指定させてもらう。

 

 道中、米の一粒でも強奪しようものなら、貴女達全ての首が野に並ぶものと思いなさい」

 

「へ……?あ、あの、いい、のですか?」

 

「構わないわ。どうせ何をいっても趙雲を差し出す気は無いのでしょう?

 

 荊州にでも益州にでも、好きに抜けていきなさい。

 

 但し、覚えておくことね。貴女が南西を統治し終えた時、利子も込めて通行料を徴収しに行くわ」

 

「っ!」

 

「それが嫌なら、力を付けることね。甘さの方は一刀のおかげで捨てられるかしら?

 

 いずれにせよ、これだけははっきりと言っておくわ。今回のことは私の気まぐれ。次は無いわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街道の選択を命じられた稟と先導・護衛・監視を命じられた霞が少数の部下を伴って、しどろもどろな礼を残した劉備達と共に去った後。

 

そこには若干楽しそうに会話を交わす華琳と一刀の姿があった。

 

「ただの甘ちゃん小娘かと思ってたけれど、ただそれだけじゃああれほどの部下には恵まれないわよね。

 

 劉備玄徳。これで一皮剥けるのであれば、本当に私の敵とも為りうるでしょう」

 

「それをわざわざ逃がすあたり、華琳ももの好きだよな。

 

 いや、俺も劉備の成長に一役演じたようなもんか」

 

「以前桂花から聞いた貴女の推測、いえ、”天の知識”だったかしら?

 

 将来、私の敵として大きく立ちはだかるは2人。劉玄徳と孫仲謀。

 

 なるほど、劉備はその通りになりそうだけど……」

 

「ああ、孫権の方はちょっと予想外の事が多いからな。

 

 ”孫権”でなく”孫家”で考えてくれ。孫権よりも孫策、孫策よりも孫堅が脅威度としては上だ」

 

「ええ、そうね。孫堅、あれは曲者よ。

 

 帝の忠臣であることは事実だけど、とても自由なのよね。

 

 今後、どう動くか、私にも予測がつかないわ」

 

近い未来の大陸の様相に思いを馳せる2人。

 

細かい点は違えど、大部分は同じ考え。

 

即ち、魏を含め、3乃至4の少数の国が残り、鎬を削り合うことになる。

 

そこに至ってどう押さえていくのか。

 

余りにも予測出来ない未来。真っ白であるが故に想像しうるどのような未来もが可能性を持つ。

 

「それはともかく、今は目の前に対処しなければね」

 

「ん、そうだな」

 

華琳の言葉で意識を現在に戻す。

 

今考えるべきは袁紹の対処法。

 

劉備が魏の領地を通ろうとしていると知れば、すぐにでも追ってくるだろう。それを追い返さねばならない。

 

「ま、桂花に零、風に詠までいるのだし、問題は無いでしょうけどね」

 

「中々難しい作戦になりそうだがな」

 

一刀が短く返すと、2人もまた魏の面々の下へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「任務の時だ。頼んだぞ……」

 

「おうよ、任せとけ……」

 

華琳が軍師達に指示を出す傍らで交わされた、夜陰に溶け込む小声の会話。

 

直後に小さくなる砂利を蹴った音。

 

周りに比べてあまりにも静かなこれらの音は、終ぞ誰も知ることは無いのだった。

 

 


 
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