第十九話「~団 結~ヒーローはひとりじゃない」

 

 

 

 

 

 優大の言葉にその場は静まり返った。超常生命体10号。その存在は昨今有名な敵対生命体として、世間に知れ渡っていた。在日米軍と自衛隊の共同部隊を壊滅させ、大企業である満宮の精鋭部隊も嘲笑うかのように蹴散らしたのだ。

 すでに超常生命体10号によってもたらされた被害人数は5桁を超えていた。

 明樹保たちは自分たちの身の回りで精一杯だったため、外に意識を持っていなかったが、世間では超常生命体10号という災厄に、戦々恐々としている。超常生命体という呼称だけで、人々は恐怖した。

「そんなのに勝てるのか?」

 雨宮蒼太は静かに漏らす。

「勝ちます」

 そんな不安を優大は力強く一蹴した。証拠のない自信にも見えたが、誰もがそれに反論することも出来ないでいる。

「唯一、彼が超常生命体10号に一撃をあたえられているのです」

 神代拓海は補足した。

 現時点で対抗できる存在を彼以外に知らないのだ。

 明樹保たちも不安そうに優大を眺めては、投げかける言葉を選んでいるようであった。

「公安の調査員が超常生命体10号と接触に成功しました。そこから導き出された結果、彼は来年の3月にここに来ると予想されます」

 神代は優大の隣にやってきていた。手元の資料をめくりながら、淡々とした口調で続けた。

「申し訳ないですが、彼、早乙女君にも、この街にも10号の標的としてもらいたいというのが、国の考えです」

 努めて神代拓海は冷徹に言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「結局どうするの?」

 明樹保の問いに優大は「うーん」と唸る。

 今は優大を中心に、明樹保たちとジョン、そして今まで外で待機していたタスク・フォースの面々が集まっていた。そのためブリーフィングルームは大勢の戦闘要員で埋め尽くされている。

 ちなみに優大とジョンは未だに変身したままである。

 明樹保たちの家族は別室で、重要な話し合いをしていた。

 神代拓海の話は、程なくして終わった。今は皆意気消沈している。誰もが10号の存在に恐れていた。

「ここに来るとわかっているし、ここで待ち構えて迎撃したほうが安全で確実だし、手っ取り早い」

 優大は笑いながら「まだ時間もある」と付け加えた。

 誰もがそれに納得したわけではない。

「でも負けたんだよね?」

「一撃は与えられたけど、完膚無きまでに敗北した。でも、それのお陰だね。今もこうして明樹保たちと話せている」

 10号に一方的にやられている中、優大が無我夢中で繰り出した拳が、超常生命体の急所であるコアに直撃したそうだ。その与えた一撃を気に入ったらしく「ちゃんと殺しに来るから」と、彼は去ったという。

「10号のニュースは聞いていたけど、色々と深刻なんだな」

 暁美は気楽に言う。それに対して紫織と周りのタスク・フォースの面々は深い溜息をつく。

「深刻なんてもんじゃないわ――」

「そこまでで――」

 紫織の話を優大は切る。そしてそのまま続けた。

「――俺たちが目下、なんとかしなくちゃいけないのは、ルワークだ。10号はまだいい」

「戦うといった手前だけど、大がいればなんとかなるんじゃないの? 助けに来てくれた時も圧倒していたように見えたけど」

 凪の言葉に全員が頷くが、優大は苦い顔をする。

「ああ……まあ、条件が揃えば間違いなくね。だけど、実際はそうはいかない」

 彼の言葉に鳴子と暁美、烈は首を傾げた。紫織は顎に指を当てて考える素振りを見せる。

「こっちは攻め込めないっていうのが大前提。スミス財団とか警察なんかも動いているけど、昨日のこともあるから、そう簡単に尻尾は出さないだろうね」

「となると、相手の出方次第ってことね」

 紫織の言葉に優大は頷く。

「防戦になる」

 その話を遠巻きに、滝下浩毅と神代拓海、須藤直毅は聞いていた。彼らは今後のことの打ち合わせをしている。滝下たちは優大たちの話し合いも聞いておくために、このままここに留まって打ち合わせをしているのだ。

 優大の「防戦になる」という話に、大人たちは避難誘導の手順を決める打ち合わせの日時などの話を進めていく。

「戦線を拡大されたら俺1人じゃどうしようもないし、相手もそこを狙ってくるだろうね」

「となると、俺達が如何に連携を取って動けるか? ってのが鍵になるのか」

 ジョンの言葉に烈は面倒臭そうな顔となる。それを横目で確認した流は肘で彼を突く。そんな彼らの様子を見ていた明樹保は苦笑いした。

「そういうことだね。俺達は来た敵を連携して、確実に倒すことだけ専念すればいい。後の細かいことは滝下さんたちがなんとかしてくれる」

 そこで話が切れ、沈黙が流れた。初めて顔を見せ合う形となっているため、優大を除く面々は、話の切り出し方を推し量っているようにも見えた。誰もが周囲の様子を伺いながら唸り顔になる。

 それを見かねた優大は全員を見回す。

「そういえばまだちゃんとお互いの紹介とか終わってなかったね。追々詳しく自分たちの能力を説明するとして、軽く挨拶しようか」

 彼は「せっかくこうして全員が揃っているんだ」と、困ったように笑って言った。

「チームごとに別れて。警備隊は1つにまとまって、俺達戦士は番号で」

 その言葉に端を発して、タスク・フォースの面々は素早く整列した。それを見様見真似で明樹保たち魔法少女たちも密集する。優大とジョンはその場から動くことはなかった。

「んじゃあ、一番全員を知っている俺が説明するよ」

 優大は全員の準備が整ったのを確認して口を開く。

「まずはタスク・フォース。この街を守るローカルヒーロー。6人でひとチームとして動く。今は01~08。特別遊撃隊として00のゴールド、それと警備隊の総勢20名からなる総勢69名からなる戦隊」

 ジョンが首を傾げる。優大は視界の端でそれを捉えていたのか、ジョンを名指す。

「どうかしたジョン?」

「ん? ああ、大人はゴールドだけ?」

 彼はタスク・フォースに大人の戦闘要員が居ないことに疑問に思っていたのだ。

 優大は無言で頷く。

「一昨年までそれなりの歳の人たちもいたんだが、埼玉戦線の活発化により全員企業に就職した」

 補足するように更に滝下は続けた。

「元々ファントムバグに対応するだけの存在だ。そんなに地方にヒーローの数は置いても意味が無いと我々は考えていた」

 苦々しく彼は「それでこの様だがな」と言う。

「特区の学校には選ばれたものたちだけが行けるんだよ。具体的には特殊能力の発現が確認できているもの。特異で突出した能力。それらがあると、本人の意思次第で無償でヒーローの最先端を学べるってわけ」

 今のタスク・フォースの面々は特区に行けなかった者達の受け皿的側面があった。

 優大は明樹保達を眺めて「明樹保達は特区に行けるだけの資質を持っている」と低いトーンで告げた。滝下は頭をかきながら補う。

「それも最上位の学校に行けるだろう。君たちの能力の傾向から伊豆の方だと思うが」

「伊豆?」

 暁美が首を傾げている横で、鳴子と水青は目を白黒させていた。凪は暁美に「静岡にある温泉でも有名なとこよ」と補足する。

「特区って、2つあったんだ」

 明樹保の言葉に鳴子が「2つだけじゃないよ」と言った。

「まあ、特区の話はいいから。タスク・フォース――」

 優大は強引に面々を指して紹介していく。ひと通り挨拶を済まして、警備隊のところで優大は止まる。

「ああ、こっちは新設されたんだね。斎藤以外わかんないや」

「斎藤だって?!」

 暁美は勢い良く前に飛び出す。

「う、うす。姐さん」

「って誰だ!」

「俺っすよ! 斎藤ですよ!」

 暁美は信じられないという顔で、下から上まで眺めた。暁美だけではなく後ろにいる面々も斎藤と名乗る男子を上から下まで見ている。

「そ、そんなにジロジロ見ないで!」

 今の斎藤は、ヘルメットをかぶる都合、リーゼントをしていなかった。リーゼントに束ねていた髪は重力に負けて垂れ下がっている。

「そっちの方がかっこいいですわね」

 白百合の言葉に、斎藤は顔を赤らめる。

「ちょ! やめ! やめて!」

 リーゼントのせいで台無しになっていた端正な顔立ちが、際立っていた。

 明樹保達は斎藤を見て、騒ぎ始める。それを見かねた滝下はわざとらしく咳払いをした。

「彼らについては私から説明しよう――」

 昨今の戦闘で、新設されたチームである。力の差を思い知らされたタスク・フォースは、戦力拡充申請を打診、受理されたことにより警備隊を新設した。警備隊という名称は仮称である。主な作戦目的は避難誘導であった。前面に出て戦闘することはないため、防御や武装は貧弱だ。

「――つまり避難と戦闘の両立が難しくなって、避難誘導専門のチームを作ったのだ」

「さしずめ、タスク・フォースのガードってところだね」

 優大は自分なりに補足した。

「それいいな」

 滝下は何か合点が言ったらしく、何度も頷いた。

「ソルジャーチームとガードチームってことでいいのか?」

「ああ、そうだな。そうしよう」

 金太郎はノートパソコンを開くと、文字を打ち始めていく。

「次行くよ次」

 優大は話の軌道修正に入った。その後は明樹保達をタスク・フォースの面々に紹介した。

 明樹保達の能力は周知の上、補足することなく終わる。

「で、俺達は超常生命体55号と51号だ」

 ジョンの大雑把な説明に全員が静まり返る。

 わかっていても誰もが言わなかったことを、彼らは自ら言ってのけた。自虐でもなく、ただ淡々と事実としてそれを言ったのだ。

 そうだとわかっていても、聞いていた明樹保達と大人たちは胸を締め付けられるような罪悪感に苛まれてしまう。

 

 

 

 

 

「主のご容態は?」

 哀川奈々は首を横に振った。

「癒やしの魔法でも、欠損したものを再生させることは無理よ。傷は塞いだけどね」

 長い髪を左にまとめたサイドテール。白い輝きを放っていたそれは、黒へと変わる。

「わかっている。それもそうだが、今のご状態はと」

「それこそ貴方のその頭脳なら、容易く想像できるのではなくて?」

 志郎は口中で「それはそうだが……」と零す。

 哀川奈々はそんな彼を捨て置き、自分のいる施設を見回して、感嘆とした声を上げる。志郎もそれにつられて、辺りを見渡した。

「改めて見ると、すごい施設ね」

「そうだな。反ヒーロー連合には、大きな貸しが出来てしまった」

 奈々は志郎の言葉に「そうね」と弱々しく返した。

 彼らが今潜伏している場所は、命ヶ原の隣の市にある反ヒーロー連合の秘密基地である。

 元々は反ヒーロー連合の幹部とその部下が使用していたのだが、その部下がタスク・フォースに捕縛され、幹部も責任問題で呼び出されて、中はもぬけの殻状態だった。

 中は整然とされており、反ヒーロー連合の主力戦闘マシンの整備、製造するエリアも備え付けられていた。

 ルワークたちは命からがら逃げ出すと、すぐに反ヒーロー連合に連絡を入れ、もぬけの殻となっていたこの場を借り受けることになったのだ。

 奈々は困ったように溜息を吐いた。

「またアネットが勝手に動いているようよ?」

「ああ、わかっている。前々から夜な夜な出ては、人の生気と体液、そして魔力を抜き取っているようだ」

「ここの周辺でやられるのは、あんまり良くなんじゃなくて?」

 志郎は頷きながら、眉間の皺を人差し指で揉みほぐす。

「ここのローカルヒーローたちも勘づいているようだ。だが、すぐに奴らも動けないだろう。ここでも戦闘状態となっているようだ」

 志郎は詳しく説明するが、奈々は関心が無いようだ。右から左へ聞き流している。

「へぇ……」

 志郎は「だからこちらに注意が向くのはだいぶ先だろう。まだ連合に迷惑はかからんよ」と、溜息混じりに言った。

「その連合さんが今日来るって話を聞いたけど?」

 志郎は首肯する。

「交渉などは、私に任せていただきたい。必ずやあの憎き漆黒の戦士を排除してみせる!」

 普段の志郎ならば泣いて喚く場面だが、今の志郎は歯を剥き、唸るように怒り声を喉から溢れさせていた。

 

 

 

 

 

「そういえばまだ直の事を話していなかったな」

 須藤直毅の言葉に、明樹保達は戸惑った。そんな彼女達の様子に、須藤直毅は柔らかく笑う。

 知りたいと思っていても、いざそれを目の前にすると明樹保達は足がすくむような気持ちになった。誰もが知りたくても恐れていたのだ。その事実を自分たちは受け止めきれるのだろうかと。

 明樹保は震える手を強く握りしめて止めた。その手に暁美と水青の手がそっと重ねられる。

 彼女達の手もまた、震えていた。

「俺は大丈夫だ。お前たちがまだ聞きたくないなら、俺はそれでも構わないが」

 だが、全員首を横に振った。須藤直毅はそんな彼女達の様子に頼もしく思ったのか、歯を見せて笑う。

「私達は彼女と向き合えないまま、死に別れてしまいました。このまま何も知らぬままでは先に進めません」

「二度と繰り返したくない。だから、戦うと決めたんだ」

「背負う。背負い続けると決めた」

「怖いけど、私達に教えてください」

「知らないままでは、須藤さんにも申し訳が立ちません」

 後ろにいた紫織、タスク・フォースの面々も黙ってそれを見守っていた。ジョンも椅子に座って聞く気満々の様子を見せる。

「大ちゃん……大丈夫?」

「俺は……大丈夫だよ」

 優しい声音。それだけが唯一の彼の表情を窺い知れるモノとなっていた。黒い仮面のその奥で何を思っているのか、どんな顔をしているのかを知るものは誰も居ない。

 須藤直毅は一度瞑目すると、眉間に力が入る。まだ亡くなってそんなに日が経っていない。そんな彼にとって、いやここにいる者達にとってもまだ整理が付かない問題となっていた。それでも連日の出来事により、明樹保達は鈍化していた。

 彼にとってはあの時からずっと時が止まっているのだ。娘が死んだという事実は、決して鈍化されることのない痛み。

「直を……殺したのは……俺だ」

 

 

 

 直の最後の言葉。それは幼馴染に秘めていた想いだった。それを自身の父親に告げたことで、彼女の表情は健やかなモノとなる。

 その言葉に須藤直毅は2つの意味で激しく動揺を見せた。

 1つは父親として、娘に好きな異性が出来るということ。もう1つはその相手が今先ほどまで直と取っ組み合いをしていたなんてことは、口が裂けても言えなかった。だが――。

 3つ目が出来てしまう。

 須藤直毅は直の背後に立っていた漆黒の戦士の姿を見入ってしまう。すぐに聞かれてしまったことを理解した。それ故にただただ、漆黒の戦士と直を交互に見ることしか出来ず、そんな父親の様子に察した直は、巨大な自身の体を素早く動かし、背後を振り返る。

 そこには超常生命体51号、または漆黒の戦士と呼ばれる化物が立っていた。

 一歩足が後ろに下がる。

 直はしばらくその光景に信じられないといった様子で見入っていた。

「ゆう君……なの?」

「ああ……」

 仮面の奥の表情は窺い知れない。ただ、声は震えていた。

 直は最初こそ驚きを見せたが、なんとか優大と向き合う。

「ごめんね……こんな姿になっちゃって……さっきも、痛かったよね……」

 努めて微笑む直の言葉は震えていた。

 須藤直毅は情けないことに、この場から逃げ出したいと思い、2人のやりとりから視線をそらしてしまう。

「俺は……大丈夫だよ。それより、ありがとう――」

 直の瞳は激しく揺れる。涙を瞳に浮かべ、それが表面で激しく暴れていた。それは直の心情をそのまま現すかのようにも見える。

 対峙する優大からは気迫のようなものは消え失せ、どうしたらいいのかわからないといった様子だった。それでも彼は必死に言葉を紡いだ。

「――でも、ごめん。答えられない。よくわからないんだ。だから、ごめん。ありがとう」

 彼は絞りだすように答えた。今にも泣きそうな声で、直の精一杯の想いに報いようとする。

 一滴の水滴が体育館の床を濡らす。

「ありがとう。……いいんだ。これで思い残すことはないよ」

 満面の笑みで直は彼の精一杯の気持ちを受け取った。

「そう……か」

 須藤直毅は、ようやく娘と戦友の姿を眺める。あまりにも大きく異形の姿となった彼の娘。そして戦友もまた人ならざる異形の姿になっていた。

「どうして……」

 つい押しとどめていた想いが口をついで漏れだしてしまう。須藤直毅は口を噤むが、それだけで2人は察した。

「俺が選んだ道です」

「私は人のまま死にたい。だから……お父さん。最後のわがまま聞いてくれる」

 須藤直毅の目には大粒の涙が頬伝い始める。須藤直毅は逡巡するが、直が向き直る。

 そんな様子に声を震わせながら、須藤直毅は答えた。

「ああ。わかっている。わかっているよ」

 須藤直毅は拳銃を引き抜き、弾倉に弾丸があるか確認した。リボルバーを回転させながら、セットし直す。

 瞑目し、それを自身の娘の額につきつけた。

「お父さん……」

「なんだ?」

「それじゃあ威力が低すぎて、私を殺せないよ。ローカルヒーローのフォトン・ライフルだって弾いちゃんだから」

「……ッ!」

 新しく武器を持ってくる余裕は須藤直毅にはなかった。どうしようかと身の回りを見て、一瞬優大のところで目が止まってしまう自身を嫌悪する。それでも、その一瞬を見逃さなかった優大は、須藤直毅の元へ歩み寄る。

「よ、よせ」

「おやっさん。手段を選んでいる場合じゃないです」

「お前にやらせたくない!」

「なら……引き金はおやっさんが引いてください」

 須藤直毅は疑問の声を上げることなど出来ず、その光景を眺めることしか出来なかった。

 漆黒の戦士は銃を掴む。筋肉と装甲の中間の外皮が銃を覆い、拳銃は一回り大きな銃の形をしたナニかになった。

「一応、銃としてイメージしているので、威力は保証します」

「すまん。情けなくて……お前にも背負わせちまって……」

 優大は努めて低い声音で「俺も背負いたいから」と、直に向き直る。

「最期に聞きたいことがあるんだ」

「何?」

「直、君をこんな姿に変えた奴は誰だ?」

「……それを教えたらゆう君は、復讐に走っちゃうでしょ」

 優大は無言で頷く。

「そんなの――」

「俺は復讐をしないと前に進めない」

 優大は無意識に鋭い殺気を振りまいていた。そこに居た2人は身を凍るような気になって、身を引きそうになる。

「だから、教えてくれ」

「こんなの本当は思っちゃいけないってわかっているんだけど、ゆう君が私のためにしてくれるって考えたら嬉しくなっちゃったよ」

 彼女は「でも」と言いながら首を振った。

「それをしたら、明樹保が悲しむよ」

 直は一瞬だけ父親と視線を交わす。その視線に須藤直毅は小さく頷いた。

「それでも――」

「アネット。それが私に魔石を打ち込んだ人」

「そうか……わかった」

 優大は低く冷たい声で答える。その声に直は少し震えたが、父親に再度視線を送り、交わすことが出来たことに内心胸をなでおろす。

 須藤直毅はその名を小さく胸中でつぶやき、刻んだ。

「今度は私の番だよ」

「何?」

 彼女は龍のような腕を自身の胸の辺りを覆い、逆立つ鱗を指した。

「私の中にある2つの魔石があるの。そこに私の全てを注ぎ込んだ。私が死んだらそれを取り出して、明樹保に届けて欲しいの」

 漆黒の戦士は一瞬俯き、直を見据える。

「わかった」

「じゃあ、今度こそさようならだよ」

 直の言葉に須藤直毅は悔しそうに唸った。そして何度も「ごめんな」とつぶやいた。何度も「不甲斐ない父親ですまない」と。そんな父親の姿に、直は笑顔で「お父さんの子でよかった。愛してくれてありがとう」と返した。

 唸り声が響く体育館で乾いた破裂音と鈍く重い轟音が重なった音が響き渡る。

 後には地面を打つ鈍い音と、叫びにも似た泣き声。

 

 

 

 話が終わった後、明樹保は優大を見た。明樹保だけではない。その場に居た者達は皆、様子を伺うように視線を向けるが、当の本人はどこ吹く風で、平々凡々としていた。

「大ちゃんが……殺したの?」

「止めを刺したのは俺だ――」

 明樹保の言葉を須藤直毅は強く否定する。

「――こいつは……こいつは……」

 須藤直毅は建前を見つけることが出来ず、黙ってしまう。

「そうだね。俺が……殺したな」

 そんな様子に明樹保は彼に恐怖を抱く。

 彼の汚い部分を初めて見せつけられ、彼女は優大に裏切られた気分になっていた。彼女だけではない。その場で優大を知る者達は、閉口してしまう。

 優大は自分がそういう風に見られているのが、わかっている。だからこそ彼は、仮面の面具に当たる部分にある口をから刺々しい牙を剥く。

 彼らに見せつけたのだ。これから先の戦いの姿の一端を。

 

 

 

 

 

「やっと落ち着けるわね」

 ソファーに座ったお母さんが伸びをする。私の反応が鈍いことに気づいたお母さんはすぐにソファーから立ち上がり、私の前まで来た。

「どうしたの?」

 一瞬だけ言うか言うまいか悩んだ。悩んだけど、私は耐え切れず胸の中に渦巻く気持ちを吐き出した。

「直ちゃん……最後に……お父さんに撃たれて……それを大ちゃんが手伝ったって……それから大ちゃんに何にも話しかけられなくなっちゃって」

 しどろもどろ。何をどう伝えていいのかわからなくなる。ただ、暴れまわる気持ちをそのまま口から吐き出しただけ。自分でも情けないと思う。それでもお母さんはそれを優しく受け止めてくれた。

「哀しいね」

「大ちゃん……何にも言わなかったけど復讐に行っちゃう。だって、助けに来てくれた時も敵を……敵の人のお腹の中にも子供がいて、それでも大ちゃん……」

 後は声にならず、ただ泣くことしか出来なかった。

「明樹保、一緒にお風呂に入ろうか」

 お母さんの提案に私は同意した。

「じゃあ僕も!」

「まだふざけていい場面じゃないよ?」

「はい……」

 お母さんの冷たい笑みにお父さんは正座をする。

 その後お父さんは無言でバケツに水を入れると、それを持って外に出て玄関前で立ち続けた。お父さんなりの励ましなのはわかっていたので、後でお礼を言いに行こう。

 お風呂に入るとお母さんはすでに湯船に浸かっていた。お母さんの胸を見て、自分の胸を見下ろす。

「自慢だけど、まだたれてないぞ」

「むぅー、そのうち大きくなるもん!」

 その後はお湯に浸かりながら、今まであったことを話した。私なりの関わり方を、その時どう思ったのもかも全てを。お母さんはそれをただ黙って聞き続けてくれた。優しい眼差しをずっと私に向けながら。

「よく頑張ったね。後少しだよ」

 そう言うとお母さんは私を背後から抱きしめた。

「でも……」

 大ちゃんがわからなくなった。直ちゃんのお父さんは何度も「俺が最後に止めを刺した」と言っていた。けど、実際は大ちゃんの力がないとダメだったに違いない。

「明樹保は、大ちゃんの事が嫌い?」

「ううん。でも……今は怖い。まるで大ちゃんが大ちゃんじゃないみたいで」

「そうだね。でも、その怖いところも大ちゃんなんだよ」

 お母さんは私に回した腕に少しだけ力を入れる。

「明樹保が思っている以上に、大ちゃんは色々なモノを背負ってしまっているんだ。お父さんとお母さんの事だけじゃない。あの子は子供なのに、大人の世界に居続けてしまった。だから、同い年の子よりも辛いことに慣れちゃっている……ううん、麻痺しちゃっているの。だから、怖いことも出来ちゃうんだ。その怖い部分の大ちゃんも認めてあげてね」

「でも、怖いよ。人を殺しているんだよ。直ちゃんだって……」

「直ちゃんを殺したくて、殺したと思う?」

 私は首を振ることしか出来なかった。

「きっと……明樹保達に背負わせたくなかったから、背負ったんだと思う。きっとそういう怖い部分を全部ひとりで背負う気だよ」

「そんなのどうして……」

 どうしてわかるのかわからなかった。そんなのわかるわけがない。だけど、お母さんは笑う。

「だって、桜もそうだったもん」

 お母さんは嬉しそうに言う。

「なんでも背負って、自分ひとりで、ってところはそっくりよ。それでいて優介さんのように周りの様子の変化にすぐ気づくところも。それが災いしているんだけどね」

 私が黙っていると、お母さんは声を小さくして私の耳元で囁くように語りかけてきた。

「この戦いで貴方も敵の命を奪うことになるわ。その覚悟を、貴方もしておいてね」

 その言葉に私は胸がぞわりとする。

「そ、そんなの――」

「でも忘れないで、私はどんな明樹保になっても私は貴方の母親で居続けるから、だから五体満足で必ず帰ってきてよ」

 私の言葉は遮られた。お母さんの心配する気持ちが胸に痛いほど突き刺さる。

 私も怖い私にならないといけないのだ。そのためには――。

「……うん」

「じゃあ、お風呂から上がって、お父さんを家に入れようか」

「うん!」

 

 

 

「髪の手入れちゃんとしてる?」

「してない……」

「ダメじゃない」

 桜川明奈は鼻歌交じりに、明樹保の髪に櫛を通す。その顔は嬉しそうにしていた。明樹保もそんな様子を鏡越しで見て目を細める。

「大ちゃんと向き合えるかな……」

「向き合えないと、先に進めないわね。それどころかルワークってのと戦っても明樹保は負けるでしょうね」

 死刑宣告にも似た言葉に明樹保は顔を俯かせた。

「ちょっと仕事モード入っちゃったわ。ごめん。でも、そうなの。貴方が関わっている事は、残酷で暗い戦い……戦争よ」

 明樹保は母と鏡越しに視線を交わす。桜川明奈は普段娘に見せないような真剣な面持ちになっていた。

「ヒーローという言葉で私達はそれを覆い隠した。ファントムバグと戦うヒーローたちも戦争をしているの。それを遊戯的に私達大人は誤魔化している。それを大ちゃんは知っているの」

「戦争……そうだよね。言われてみればそうだよね」

「大ちゃんは失う痛みを、誰よりも知っているから、怖くなれちゃうんだ。例え恐れられても守るっていう確固たる決意があるの」

「そんなのおかしいよ。守るためにみんな怖くならないといけないの?」

 明奈は困ったように笑う。

 明樹保にはその顔が泣きそうに見えたのか、黙ってしまう。

「誤解されても、突き放されても、人にはやらなくちゃならない時がある。大人になると、それに言い訳が効かなくなる。だから、明樹保――ううん。なんでもない」

 櫛を最後に一度滑らせて、彼女は腰に手を当てた。

「はい、今日はもう寝ましょう」

 

 

 

 

 

 翌日明樹保は全くと言っていいほど起きなかった。桜川明奈は珍しく白旗を振り、彼女を起こすことを放棄する。

「夜遅くまで考え込んだみたいでね。休むかも」

「わかりました。お大事にと」

優大もそれを予見していたのか、エイダを受け取ると、そのまま何も言わずに学校へと向かった。

「いいの?」

「いいよ」

 エイダの問いに優大は特に動揺した様子も見せずに答える。

 エイダはそんな様子に眉根を寄せるが、溜息を吐いて諦めた。

「きっと明樹保なりに選ぶよ」

「時間はあんまり無いわよ?」

「時間かけないといけないこともあるよ」

「優大は達観し過ぎ」

 彼は「そうかな?」と答えると、烈の待つ待ち合わせ場所まで足早に向かう。

「うっす。っと、やっぱり明樹保はダメだったか?」

「時間が必要だね」

 烈の問いに彼は頷く。

 そのまま2人で無言のままいつもの坂道を登っていく。道中は特に話すこともないのため無言のままだ。

 校門前で烈は突然口を開いた。

「俺はお前に嫉妬していた。ずっと」

「知ってる」

 2人は校門前で立ち止まる。

「直の事も俺は誰にも負けないくらい好きだったのに、あいつはお前のことが好きだったし」

 優大は少しだけ苦しそうに顔を歪める。

「でも、俺は……お前になれないって昨日思い知らされた。あの話聞いて、俺には無理だって」

「そうか……」

「だからってわけじゃないけど、俺は俺にしか出来ない形でお前を支えるよ」

 優大は笑って「そうか」と言うと、そのまま校門を通り過ぎた。烈はその背中を追うように校門を通り過ぎる。

「待ってください」

 校門を超えて少ししたところで、優大達は水青たちに呼び止められる。彼らが振り返ると校門の向こうから水青たちと、流たち、そしてジョンが駆けて来ていた。

 校門を超え、優大達の元へと歩み寄る。

 彼女達は最初こそ、余所余所しく対応したが、すぐにいつもの彼女達に戻る。

「明樹保さんは?」

「休むんじゃないかな?」

 優大の淡々とした対応に、みんなは不安を見せる。昨日の今日なので優大以外の面々はまだ整理がついていない部分があるのだ。

 だから他の面々も半ば仕方がないと思っていた。

「まさか、話をしてないとかじゃないだろうな?」

 ジョンの問い詰めに彼は首肯する。

「お前……お前な……お前たちこそ話をしないと……って言っても無駄か」

「まあ、そのうちなるようになるさ」

 みんなが諦めて足を進め始めた時だった。

「待ってよみんなー!」

 明樹保の明るい声が背後から飛んできた。

 優大達が振り返ると、息を切らした彼女が校門の前で立ち尽くしていた。膝に手を起き肩で息をしながら立ち止まっていた。

 顔を地面に向けているため、表情がわからず、水青たちは不安を見せた。

「明樹保、大丈夫?」

 顔を地面に向けたままの明樹保は少しだけ、間を置いた。そして勢い良く頭を上げた彼女の顔には花が咲いていた。

「大丈夫。なんたって私は、桜川明樹保だもん」

 彼女はそう宣言すると校門を超えて、水青たちの元まで駆けて来くる。

「おはようみんな!」

 明樹保は言う。話を聞いた時に、暁美と水青が重ねてくれたおかげで、話を最後まで聞けたことを。これから先、辛いことがあったら、真っ先にみんなと手を繋いで、分け合いたい。そうすればきっと辛いのも、哀しいのも耐えられると。

 

 

 

 

 

「すごいな大ちゃん」

 モニターを覗く金太郎は感嘆とした声を上げる。その言葉に滝下浩毅は無言で頷く。

 モニターには明樹保達の特訓の光景が映しだされていた。

「軸足が動いていないな」

 モニターの中では魔法少女の姿となった明樹保達を、超常生命体となった優大が迎撃している。

 格闘技術の特訓。とはいえ、タスク・フォースの面々では魔法少女の相手は務まらず、優大がそれを請け負うことに。ちなみにまったく歯が立たなかったわけではないが、基本スペックの差がありすぎるため、特訓で無くなってしまう面が出てきたのだ。そういったことから、急遽優大に変わってもらったのである。

 ちなみに優大はジョンと一対一の特訓をしていたのだが、それを中断している。そのためジョンはその特訓の光景を端から眺めていた。

 先ほどの「軸足が動いていない」というのは、左足を軸足とし、それをコンパスの針のように地面に突き刺して、明樹保達の攻撃を迎撃していた。

「ついでに自分自身も特訓しちゃおうって腹積もりか」

「そうだ金太郎。バイザーは完成させたか?」

「もちのろんよ。早乙女博士と白百合ちゃんの協力で完成したよ」

 それを聞いた滝下は「そうか」と安堵する。

「後は実働確認かな」

「わかった。特訓が一段落したら、全員をブリーフィングルームに招集してくれ」

「あいよー」

 

 

 

 漆黒の突風が明樹保の交差させた両腕に激突する。勢いを殺しきれずに明樹保は壁にまで吹き飛ばされた。

 彼女は壁からずり落ちて床に転がる。

「いったーい。もう少し手加減してよ」

「そりゃあ痛くしないと特訓にならないでしょ」

 タスク・フォースの基地の地下には、トレーニングルームがあった。床と壁には特殊な合金製で作られており、特殊なコーティングも施されているため、フォトン・ライフル程度なら撃ち込んだだけでは、びくともしない。

 ただ、今使用している面々はそれを遥かに凌駕する威力の攻撃を持ち合わせているため、全員徒手空拳で模擬戦を行っていた。

 明樹保達は全員壁に叩きつけられて、地面を転がっている。ちなみにタスク・フォースの面々も同じように地面に横たわっていた。最初こそは眺めていたが、あまりにも優大が強すぎるため、全員がかりでやっつけようとなったのだ。

 対する彼は、特に文句もなく淡々と迎撃していくだけだった。結果、スペック的に弱いタスク・フォースのガードチームから崩れ、ソルジャーとついで、明樹保達魔法少女が動けなくなるという結果になったのだ。

「しっかし全員がかりでこれってのは悔しいな」

 暁美は呻くように吐き捨てた。

「まさか全然歯が立たないなんて」

 凪の言葉に暁美は「歯が立つどころか砕け散ったな」と茶化す。

「しかし、これほどの実力がないと先には進めません」

 水青の言葉に優大は首を振った。

「魔法っていう要素があるから、そこら辺は不確定要素ありすぎる。あんまりとらわれちゃダメだよ。それに俺は元々タスク・フォースの前身のアカデミーに所属してたしさ。それのアドバンテージが大きすぎるだけ」

「しかし軸足を動かせなかったのは悔しいよ」

「さすが高岩さん。気づいていましたか」

 左肩に02と刻印された赤の戦士が力なく「ああ」とつぶやく。その言葉に明樹保達は優大の足元を見た。

 そこには左足を中心に大きな円が描かれていた。

 超常生命体となった優大の足には大きな爪が2本あり、それが鋼鉄の床に引っかき傷を作ったのだ。それが左足を軸足として大きな円となっているのだ。

 それを知った面々は悔しさに声上げる。

「くっそーあたしらを馬鹿にしてんのか?」

「違うよ俺も特訓したかったんだよ」

 ジョンはそんな光景を眺めながら「俺は特訓できてないぞー」と言うが、誰も気にもとめなかった。

 背後では食い下がる彼は「おい聞いているのか! 俺もそろそろ特訓したいんだけど?」と騒いでいる。

「しかしなんでこうも綺麗に円が」

「すり足だからよ」

 暁美の疑問に答えたのは凪だ。

「すりあし?」

「剣道とかで使う足捌きよ」

「すり足は全方位に瞬間の動きに対応するためにある足さばきです。早乙女さんもそれを使っていたため、足の爪が床に刻まれたのでしょう」

 水青の補足に暁美は「へぇー」と口を開けていた。

「対人戦闘で色々と必要なものはあるけど、すり足は一対一での戦闘では必要になってくる足捌きだね。隙を見せない。いつでも飛び出せるという利点がある。これを覚えておけば、相手の一瞬の動きに対応するだけでなく、自分も踏み出すときに一瞬の一撃に生かすことが出来るよ」

 優大は明樹保達を眺めて「逆に――」と更に話しを続ける。

「複数の相手がいる場合は機動戦闘に持ち込んだほうが対応しやすい」

「お前それ、自分でやっておいて矛盾してないか?」

 暁美たちは今、優大に数的有利な状況下で敗北した。しかも彼は今しがた行った言葉とは真反対な行動をしたのだ。動きまわっていたわけではなく、その場からなるべく動かないようにして迎撃したいった。

 彼女の指摘は最もである。

 だが優大は首を振った。

「魔法を使わないってルールがあったからね。魔法を使えるようにしたら、間違いなく俺は負けていたよ。まあ、仮に魔法が有りだったら、まず逃げるね。そして一対一に持ち込める状況にして、各個撃破だな」

 暁美は彼の言葉を噛みしめるように何度も頷いた。

「つまり数の上で有利じゃなければ一対一のほうが勝つ見込みはあるんだよな?」

「そうなるね。でも、一番は数で優位になることだね」

 暁美は「んなことわかってるよ!」と叫んだ。

 

 

 

 

 

「まさか……貴方自らここに来られるとは……」

 志郎は額に玉のような汗を浮かべていた。何度もハンカチで拭うが、すぐに汗は浮き出る。息も少し乱れ、落ち着かせようと水を口に含んだり、深呼吸するが一向に元に戻る気配はなかった。

 志郎の目の前には、黒いローブで前身を覆った人物がいる。体躯と声色から男だとわかった。

 男は緊張する彼に気に留めることもなく、話を進めていく。

「気にするな。こちらとしても、お前たちにあそこを攻撃してもらうメリットがあるんだ。そこで、だ。こいつがお前たちの力になるんじゃないかなってな」

 男は足元に置いてあったアタッシュケースを取り出した。

 それをゆっくりと開くと、中から仄暗い光が走る。中には紫の光沢を帯びた黒い拳ほどの宝石があった。

 石はビーカーのようなガラス製の入れ物の中に入れられている。時折、妖しい光沢が入れ物のガラスを淡く光らせる。

「これは?」

「これは超常生命体になることが出来る石だ」

「これが……! 超常生命体になる元?! そんな……こんなものをどうして?」

「言っただろう。こちらにとっても、お前たちが命ヶ原を攻撃してくれるのは、都合がいいんだ」

 男は犬歯を剥いて笑う。そして用は済んだとばかりに、ソファーから立ち上がる。

「それじゃあ、俺は帰らせてもらうぞ。施設の使い方で、困ったことがあったらプロフェッサーに連絡を入れてくれ。では、武運を祈る」

 それだけ言うと、一陣の風が吹き荒れた。志郎と側にいた哀川奈々は、咄嗟の風に顔をそむけてしまう。

 すぐに風が止むと、男はすでにいなくなっていた。

 

 

 

「主、これが超常生命体になれる宝石にございます」

「捨て置け」

 志郎は目を剥いて黙りこんでしまう。

 彼の周りにいた仲間たちも同じような表情をしていた。ただ一人、オリバーだけは、主の言葉に頬を緩ませている。

 そんな様子を露ほども知らない志郎は、食い下がろうとした。

「主、お言葉ですが――」

「俺は、俺の力だけを信じている。お前たちも俺の力を信じろ」

 ルワークは殺気のこもった睨みを、志郎にぶつけ黙らせる。彼も自身の主に凄まれてまで進言する勇気はなく。項垂れながらアタッシュケースを部屋の隅に置いた。

 せっかくの戦力アップを断念させられたことにより、志郎は再度の方針転換を迫られたのだ。

 主の気まぐれに慣れている志郎だが、今のこの芳しくない状況では彼のモチベーションを大きく削ぐのには充分である。したがって、彼の反応は鈍いものとなった。

「志郎、俺の左腕をこの工場で作れ。そしてこの――」

 ルワークは先日、明樹保達を洗脳しようとした時に使用した魔石を取り出した。

 その大きさはラグビーボール大から、テニスボールほどのサイズに縮んでいる。るワーク自身も魔石を体内に取り込んだ可能性があるが、それにしては小さくなり過ぎである。彼女らも吸いとったと見るべきだった。

 それに気づいて、一同は息を呑んだ。

「――魔石を左腕に仕込め。いいな」

「御意。すぐに取り掛かりますので、採寸を取らせていただきます」

 志郎は言葉よりも早く、懐よりメジャーを取り出すと、色々なものを測っていった。

「ん? アタッシュケースは?」

「先ほどアネットが持ちだしていったぞ」

 キョウスイの問いに、オリバーは何食わぬ顔で答える。それに志郎は驚いた。

「なに?!! アネットが?」

「大方、復讐に出たのだろう。そのために準備していたようだしな」

「ッ! なぜ? なぜです? なぜ止めてくださらなかったのですか! あれは――」

 彼は手で志郎の言葉を制した。腕組みをして、考える素振りを見せる。

 ルワーク以外はオリバーに批判的な視線を投げるが、オリバーは対して動揺も見せず、自身の考えを語った。

「我らは今、危機的状況にあるな?」

「それは言うまでもなく……」

「時間がそれを解決できるかもしれぬが、それは向こうにも力を与える猶予を与えてしまうということだ。反ヒーロー連合の後ろ盾があるとはいえ、いや……あるからこそ一気呵成に攻め込み、叩き潰すのが我らにとってはいいはずだ」

 志郎は強く首を振って、その言葉を否定した。

「後ろ盾があるからこそ、ここで力を蓄えて再起を図るべきです!」

「あの……反ヒーロー連合の男は我らを捨て駒としてしか、認識しておらぬ。言っていただろう? 我らが攻撃することが彼らにとっても好都合だと」

「それは承知しています。承知しているからこそ、我々はソレを利用して――」

「なるほど、それじゃあ遅いな」

 ルワークの言葉に志郎は目を見開き、玉のような汗を全身から吹き出させる。

「そうなのだ。奴らにとっても命ヶ原という地が欲しいということなのだろう? 志郎、思い当たる節があるのではないか?」

 問われた彼は、口をつぐみ。地面に視線を落とした。瞳には涙を浮かべている。

 その様子にオリバーは彼が泣くのではないかと、身構えたが。彼の予想に反して、彼は下唇を血が出るほど噛み締め、首肯するだけに留まった。

「反ヒーロー連合が命ヶ原に攻撃する、もっともな理由がないのです」

 キョウスイがメガネの位置を正しながら問う。エデンに来たばかりの彼らにはピンと来ないのだろう。

 ライタク、フウサク、ソウエンらも腑に落ちないといった様子だ。

 反ヒーロー連合がそれらしい理由で各地のスターダム、ローカルヒーローを攻撃しているのだが、命ヶ原だけはそれがないのだ。

 ヒーローを使い潰す憎き企業という名目で行動している。故に攻撃する理由はそれらしい理由を建前にテロ活動をしていた。

 その理由が命ヶ原を攻撃するときには無いのだ。

「もしかしたら彼らは――」

 

 

 

 

 

「そういや、反ヒーロー連合ってどうして攻撃してきてたんだ?」

 暁美は疑問を口にする。

 全員がそれに頷き、滝下浩毅に視線を投げた。

 ブリーフィングルームに呼び出された明樹保達は、そこで今後の方針などを話し合っていたのだ。戦闘人員である明樹保達と、タスク・フォースの司令部、スミス財団、警察関係者数名と、雨宮蒼太と早乙女源一がその場にいた。

 雨宮蒼太は急遽この会議に乱入してきたのだ。そのため水青には普段の落ち着いた様子は少しなりを秘めている。

 その会議の中でふと出てきた話題に、室内が静まり返った。

 彼らはこのタスク・フォースに不正があるのではと考えたのだ。

 先日タスク・フォースたちが戦闘して、捕縛した反ヒーロー連合の幹部直属の部下が二名いたが、一向に口を割る気配はない。

 そのため、ここにいるメンバーでそれも考え無くてはならなくなっていたのだ。

 実際のところ不正はあった。上層部の許可を得ずにアウターヒーローとの協力。新兵器の開発などを無許可推し進めているため、その部分を突かれれば反ヒーロー連合に大義を与えることにはなるが。

 それは必要悪である上に、当のアウターヒーローである明樹保達にその自覚はなかった。

 滝下浩毅はその部分も含めて言うか言うまいか悩んだが、金太郎に奪われてしまう。

「んなもんねーから困っているのさ」

「そういえば、反ヒーロー連合が使うオートマシンと、ルワーク達が使っていたオートマシンは同じだった」

 ジョージ・スミスはリモコンでブリーフィングルームにある巨大なスクリーンに解析結果を表示させる。

 その情報を元に彼らは協力関係であると考えた。

「その可能性はないだろうな――」

 滝下浩毅はそれを否定する。

「――それならば、連携して動くべきだ。そうすれば、我々タスク・フォースから、手早く潰すことは出来たはずだ」

 滝下浩毅は「認めたくないがな」と小さく漏らす。

 その言葉に明樹保達だけでなく、烈たちも気が沈んだ。

「いいじゃないですか。今こうして生きていて、俺達は連携が取れるようになったんですし」

 優大は和やかに言う。

 滝下浩毅は彼の言葉に反論しかけるが、溜息を吐いて断念した。

 実際には彼の言うとおりであり、この命ヶ原に攻撃してきている敵対勢力の情報が、ようやくひとまとめになったのだ。

 こうしてお互いに顔を見せて、どうやって守ればいいのか意思統一出来るのは大きいことである。

「そういえば、エイダさんが言っていたんだけど」

 明樹保の言葉に全員が注意を向けた。そんな全員の様子に明樹保は一瞬言葉を切ってしまうが、気を取り直して言葉を紡ぎ始める。

「エイダさんに一度聞いたんですけど、ルワークさんたちはこの命ヶ原を襲う理由が、ヴァルファザードとヴァルファラっていう別世界に一番近い場所だからって言ってました」

 明樹保は自信がなさそうに「それと関係有るのかなって」っと小さくなりながら言った。

 誰もが「それとは関係がない」と思い始めた時だった。

「そうか!」

 優大は勢い良く立ち上がり「そういうことか!」と独り合点が言った様子を見せる。

 その様子に全員がキョトンと彼を眺めていた。

「そうか……とは?」

 滝下浩毅は慎重に問う。優大は一度早乙女源一と視線を交わす。早乙女源一は小さく頷くと、優大は壇上まで歩み出た。

「結論から言うと、反ヒーロー連合もルワークたちも、狙いは同じだ」

「そんな根拠あるのかよ?」

「あります。あるんですよ」

 誰もが四白眼となる。

「烈、特区の話を覚えているか?」

 名指しで問われた烈は面白くなさそうな顔をした。耳の穴をかっぽじりながら答える。

「ああ、俺たち落ちこぼれがいけなかったところだからな。それがどうかしたのかよ」

「富良野、東京西部、伊豆、名古屋、神戸、北福岡。これが今全国にあるヒーロー特区だ。それ以外にも特区候補があるのは、流、知っているよな?」

 流小さく頷き答えた。

「この近くだと、横浜か――」

 そこまで黙って聞いていた雨宮蒼太が声を上げる。その声音が苦々しく、表情もまた苦虫を噛み潰したかのような顔となっていた。

 その表情に水青は心底驚いたのか、しばらく彼を見入っていた。

 滝下浩毅も理解し、顔を歪める。

「世界にはいくつか企業としては過ぎた軍事力をもっている企業がある」

「それがどうかしたのかよ?」

 暁美の疑問はもっともであり、ジョンや烈たちも強く頷く。

「それがどうかしているの。少しそれるけど、ちゃんと聞いてな」

 金太郎もわかったのか「やられた」という顔となる。

 そんな様子に置いて行かれている面々は、焦燥感を覚えたのか、無言で話の続きを促した。

「満宮もそこに含まれているんだけど、それらの企業の共通点があってね。どの企業もゲートを独自に保有しているんだ」

「ゲート……嘘?」

 その話は殆どのモノが初耳だったのか、唖然としている。突然の話に全員が追いついていないのだ。

 エイダは名詞からなんとなく、察したのか。狼狽える。

「嘘じゃない。それはわしが保証しよう」

 早乙女源一は「わしも開発に携わっていたからの」と面白くなさそうに言った。

「ゲートを使って異世界に侵略しているっていう、与太話を聞いたことはあったけど、まさかマジであったなんてな」

「そんなの関係あるのか?」

 烈は本質に辿りつけず苛立ち始める。彼だけではなく、その場にいる者達は見えないなにかに焦りはじめていた。

「横浜ともう一つ。特区候補になっていた街があったんだ」

 優大は努めて冷静に言う。

「え? 大ちゃん……もしかしてそれって」

「いや、優大。実はその候補は取り下げられても居ないし、最近その話を強引に推し進めている企業がある」

 優大は「やっぱりか」と苦々しく吐き捨てた。

 優大の言葉を引き継ぎ、滝下浩毅は断言する。

「最近満宮がかなり強引に、命ヶ原も特区にしようと裏で強引に動いているんだ。この街の再建に動いている建設業者は、満宮の息のかかった者たちばかりだ。そして反ヒーロー連合……彼らの目的は間違いなくここだ」

「でも……なんで?」

 鳴子はわからないといった様子だ。目的がわかっても動機がわからないのだろう。

 だが答えを知るものがそこにはいた。

「我々はここ地球をエデンと呼ぶわけには、我々では持ち得ない技術力を持っているからなの」

 エイダは静かに力強く言葉を紡いでいく。

「多くの異世界では、軍事力、技術力の水準が大きく下回っているはずよ」

「企業でも、途上国の軍事力を凌駕するほどの力を持つ企業もある」

 滝下浩毅の言葉にエイダは首を縦に振った。

「攻めれば簡単に世界征服出来るってことね」

 凪は特に動揺した様子も見せずに、平々凡々と言う。エイダは小さく「そうね」と答えた。

「ゲートを使った痕跡なんてファントムバグの空間振動で誤魔化せるし、異世界を制圧したなんて言う必要もない。ましてや異世界で何しようなんて、我々では知りえない」

「そこまでする理由は……お金……?」

 紫織の言葉に白百合も首をかしげる。

「金銭と軍事力の増強。その2つ、ですわねお父様?」

「ああ……満宮は……間違いなくそうだ」

 水青の問いに雨宮蒼太は力なく頷いた。

「反ヒーロー連合も満宮を打倒したいだろうからな。ジリ貧になる前に軍備増強が妥当なところだろう」

 滝下浩毅は頭を抱える。

「ってことは、反ヒーロー連合とルワーク達、両方相手にしないといけないってこと?」

 明樹保は頭を抑えて机に突っ伏す。

「それはないわ。ルワーク達からすれば、反ヒーロー連合なんて敵よ」

 エイダは否定した。

「じゃあ、どっちを相手にすればいいの?」

「落ち着きなさい鳴子。まだ両方と戦うなんて決まってないわ」

 今にも泣きそうになった鳴子を凪は落ち着かせる。彼女も「わかってるけど」と弱々しく反応してみせた。

「向こうは時間がなくなったってことだね。ルワーク達とは近いうちに最終決戦になるね」

 優大の「最終決戦」という言葉に一同黙りこむ。

「となると……その前後に反ヒーロー連合が来る可能性があるかも知れないということか?」

「それはないんじゃないか? 幹部が撃退されたにも関わらず、すぐに動かないってことは様子を見ようとしているんだろう」

 滝下浩毅の予想を金太郎は打消した。滝下浩毅も「確かに」と考えこむ。

「反ヒーロー連合の考えがどうであれ、今相手にしないといけない相手は変わらないってことだな」

 明樹保は優大の言葉に首を縦に振る。その場にいる者全員を見渡した。その様子に全員が身構える。

「……私達魔法少女はルワーク達と戦います。皆さん、どうか私達に力を貸してください。そしてこの街を一緒に守らせてください」

 明樹保は頭を下げた。それに倣い、水青、鳴子、凪、紫織、白百合はお辞儀する。気恥ずかしそうにしていた暁美も慌てて頭を下げて「お願いします」と言う。

「ルワーク達に関しては君たちに頼らざる得ない。色々君たちに辛い思いをさせた手前、勝手な事を言う。我々に街を……」

 滝下浩毅は言葉につまり、出てこなくなった。

 彼の一番守りたい人はもう居ない。それを知っているからこそ、明樹保たちは次の言葉を待った。

 守るために遠ざけ、すでに居ない。それでも彼女の残した言葉を胸に滝下浩毅は、自身の気持ちを奮い立たせた。

「どうか、この街を守るために君たちの力を貸して欲しい」

 一滴の水滴が流れる

 ここにいる誰もが傷を負っていた。大切な人、好きだった人、幼馴染、友、家族、仲間を失ってここに集っていたのだ。

 優大はそれに気づいて言った。

「俺達は同じモノを背負った仲間だ」

 

 

 

「アネット?!」

 その言葉にいち早く反応したのは大ちゃんだった。エイダさんの探査魔法を食い入るように眺める。

 若草色の画面の向こうにはアネットと思しき人が居た。

 草木がアスファルトを突き破り、濃緑の植物が青々と生い茂っていく。大樹の頂上には濃緑色のローブを纏った人物が居た。

「え? 嘘だ!」

「こんなに若くはありませんでした」

 暁美と水青は即座にその姿に違和感を覚え叫ぶ。

 そうそこに映しだされていたのは、老婆ではなく若々しい女性だった。

 豊満な肉体に、滑らかで肌が透き通るように白い。

「アネット……」

「向こうも気合充分ね」

 鳴子は少し圧倒されるが、凪にそっと背中を支えられる。

「最終決戦?」

「いえ、アネット以外はいないわね。潜んでいる可能性もあるけど……それにしても速すぎるわ」

 白百合は顔を青くして、来るべき日が唐突に来たのだと気後れした。紫織はそんな彼女の勘違いを正す。

「滝下だ。避難警報! 街にある監視カメラで命ヶ原周辺を徹底調査。状況の確認を急げ」

『了解です』

 滝下浩毅の指示に、女性がスピーカー越しに答えた。

 その声に焦りが滲んでおり、聞いていた者は少し不安を感じてしまう。

「おい! あのアネットの持っているヤツ!」

「これは骨が折れそうだ」

 ジョンの指摘に優大は方を竦めた。ジョンは飛び出そうとしたが優大に止められる。

 背後ではジョージがなんとか対応させようと、無線機に怒鳴るが向こう側の相手の反応は鈍い。

「どうした!?」

「アネットの手に持っているの」

 そこでようやくブリーフィングルームのディスプレイにアネットが映しだされた。

 優大はエイダの若草色の鏡から、目の前のモニターに指差す方向を変える。

 アネットの手にはビーカー状の入れ物に紫の光沢を纏う黒い石があった。

「あれは……超常生命体になることの出来る石だ」

「ドラグストーン」

「ドラグストーン?!」

 

 

 

 

 

「全部! 全部だ! この街を破壊してくれる! お前たちの大切なものを全て! このあたしが奪ってやるさね! イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!!!!」

 アネットは大口を開けて狂喜に笑う。

 大樹が現れた瞬間だった。命ヶ原の人々はすぐに察知し、お互いに助けあいながら、その場から一気に避難していく。

 アネットもその人々が逃げ惑う姿を見ても、すぐに襲おうとはしなかった。

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ! 逃げな! そして、絶望させてやるだわ! お前たちに希望も奇跡もないってことを!」

 アネットはその手にもつドラグストーンを天高く掲げる。そして大樹から伸びてきた触手状の枝に巻き取られると、大樹と融合した。

 大きな鼓動音が空気を震わせ始める。

 それは徐々に間隔が短くなっていった。遠くで見ている人々はその不吉な鼓動音に耳をふさぐ。

 その鼓動がある一定の速度に達すると、濃緑色の炎が大樹を覆う。

 天高くそびえる濃緑の炎の柱が、彼女の内に秘めた怨嗟の炎が燃え盛るようでもあった。

 濃緑色の炎がゆっくりと膨れ上がり、勢い良く爆ぜる。濃緑の火の粉が、雪のように舞い散り、そこに現れたのは――。

 

 

 

 

 

「巨大な超常生命体」

 明樹保は目の前が真っ暗になるような錯覚に襲われた。

 

 

 

 

 

~続く~

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択