第十五話「~落 涙~まもるべきモノ」
目を覚ますといつもの光景が歪んでいた。何かが瞳から溢れる。
私はそこで泣いていたことに気づく。
いつもの天井がいつもの天井じゃないように思えた。何も変わってないはずなのに全然違って見える。
私は体を起こして周囲を見渡す。
日付は直ちゃんの葬式の翌日。机の上にはカバンが雑に転がっている。制服は壁にかけてあり、下からは大ちゃんが料理をする音。エイダさんはすでに1階に降りたみたい。時間は……ご飯食べたりしたら、家をでるのに結構ギリギリ。
え? ギリギリ? なんで? どうして?
「なんで起こしてくれなかったの!!」
私は慌てて布団から飛び出し、制服に手をかける。
慌てて準備しながら思う。私は結局何も変わっていないんじゃないかと。
明樹保がリビングに入ると、朝食はすでに出来上がっていた。椅子に座ると同時にレンジで温められ、砂糖をひとつまみ入れた牛乳が置かれる。
優大は明樹保に挨拶して、食器の片付けにとりかかっていく。
「いただきます」
「召し上がれ」
珍しくテレビは点けられていなかった。どのチャンネルも内容は直の死と、優大の離れ業の弔辞を取り上げた内容である。関係者である者たちが見てもなんの面白みはない。それ故にここ2日の間、テレビが仕事をすることはほとんどなかった。
優大は動かす手を止め、背中を向けたまま明樹保に語りかける。
「今日の放課後から出かけるから、飯とか自分で何とかしてな」
「え?」
明樹保は箸を止め、優大の背中を凝視した。
「ちょっと野暮用で、月曜日の朝には帰ってくるから」
「うん。わかった」
箸を進めようとして、止まる。
「そうだ黒峰さんのことわかった?」
「まだ。……その人はつい最近までいたんだよな?」
「うん、そう……らしいけど」
明樹保は一度エイダと視線を交わす。
「……わかった」
それ以上優大は何も言うことはなく、弁当の準備を進めていった。明樹保も話が終わったとわかると、猛然と朝食をかきこんでいく。
「ごちそうさま」
テレビを見ないで食事を進めていた明樹保は、いつもより早く完食する。
「お粗末さま」
優大は4つの弁当箱をナプキンで包み始めた。明樹保はそれを確認すると慌てて自分部屋に鞄を取りに走る。鞄を取った勢いそのまま階段を駆け降りてきた。最後の方の段差で躓きかけて、バランスを崩す。が、なんとか踏ん張って耐える。
「お待たせ」
「髪が変だよ」
明樹保は頭を抱えて鏡に飛びついた。
「ああっ! またやっちゃったよ! 晴美ちゃんに怒られちゃう」
2つに結った髪は左右で均衡がとれておらず、誰が見てもおかしいと感じるだろう。明樹保は慌てて直そうとするが、家を出なくてはならない時間はとっくに過ぎてしまい、焦燥感から上手く結えずにいる。それを見かねた優大は、明樹保の頭を優しく掴み、有無を言わせず髪を綺麗に結った。
「うう……また……」
うなだれる明樹保を尻目に、優大は足早に玄関の外へと歩を進めていった。
「ほら急ぐぞ」
「はぁい」
明樹保のうなだれていた肩は靴を履き終えると、元の位置へと戻っていた。彼女は青空を見上げて一度深呼吸をする。家へと振り返り、満面の笑みを作った。
「行ってきます」
「はい。いってらっしゃい。そして俺も行ってきます」
「あ! 大ちゃん待ってよ! 速い~」
優大は言い終えると明樹保を置いて走っていく。そんな彼の背中を、彼女は懸命になって追いかけていく。道中何度も「待って」と叫びながらどこまでも。
「やっぱりいたか」
「ああ……こうするのが、あいつのためになるんじゃないかなって、思ってさ」
烈君はいつもの場所に1人で待ち続けていてくれた。烈君が1人でここに待っている姿を見て、いつも一緒に待っていてくれていたはずの、直ちゃんはもう居ないんだと、実感させられる。
私と烈君が黙りこむと、大ちゃんは短いため息を吐くと、私たちの背中を叩いた。
「何するんだ!」
「痛いよ」
「学校に遅れるよ。急ごう」
私達は抗議の眼差しを送るが、涼しい顔で躱される。それどころか置いていかれてしまった。慌てて走りだすが、大ちゃんの足は速い。
「あ、おい! 待てよ優大」
「もう! 置いて行かないでって言ってるでしょ!」
先へ行く大ちゃんにはすぐに追いつくことが出来ず、結局校門の前までそれが続いた。大ちゃんは私達が来るのを待ってから、振り返る。文句を言おうとした時、大ちゃんの顔が物凄く真剣であることに気づいた。人差し指で私と烈君を近くに来るように促される。
「ここから先はさっき見たいな暗い顔は極力しないように」
声を潜ませて、大ちゃんは私達にだけにしか聞こえないように言う。
「直が亡くなったことは、学校でも結構ショックがでかい。具体的には直の一件以来、不登校になった奴、転校する奴も出てきているくらいに」
私が驚きの声を上げようとすると、手で制される。
「だから、いつも一緒にいた俺達がしょぼくれたりすると周りに影響が出る。なんで、学校では無理にでも強がっていてほしい」
「無駄な不安は煽るなってことだな」
「そういうこと」
烈君は短く「わかった」と返すと、顔を離した。私は頷きで返事をし、それにならって顔を離す。辺りを軽く見渡してみると、何人かと目が合う。
大ちゃんに言われなければ気づかなかった。登校している他の生徒たちの視線が私達に向けられている。一瞬だけだったり、長い間眺められていたりしていた。
なんだか気持ちが良くない。でも私が逆の立場ならどうだったかと考えると、周りの人と同じだったかもしれない。いや、そうだ。魔法少女になってから、この学校関係者に犠牲者が出る度に私はその人を遠くから眺めていた。
だから、ここ数日のことを考えれば仕方がないことかもしれない。
「せめてクラスのみんなには元気な姿見せないとね」
「そうだな」
烈君も無言で頷いた。
優大は明樹保が周りに意識が向いているのを確認して、彼女の鞄にそっと■■を忍ばせる。
当然明樹保と烈はそれに気づかない。
「これでいいよな……」
優大のつぶやきは小さく。誰にも聞こえることはない。
教室では明樹保以外の面々は揃っており、また彼女たちも明樹保たちと同じく、周りの生徒の注目を集めていた。廊下から彼女たちの様子を見るものもいるくらいだ。さらにそこへ明樹保たちが来たものだから、より強い緊張がクラスに走る。
優大に言われていたとおり、明樹保と烈は表面上、動揺などを見せないように努めた。
当事者に一番近い者達が明るく振舞っているため、周りの生徒も少し拍子抜けになる。クラスに漂っていた変な緊張感は次第に薄れていった。
そんな様子に胸をなでおろし、水青は小さくささやく。
「よかった。これで少しはいつも通りに戻りましたね」
「白百合のほうが心配だけど……」
珍しく机に突っ伏していない凪は暁美に忠告する。
「今行くのは余計な不安を煽るだけよ。白百合もさっき言ってたでしょ。――大丈夫だ――って」
彼女たちは明樹保たちが来る十数分前に、校門前に集まっていた。もちろん明樹保たちを待つつもりであったのだ。しかし、注目の的となっていることもあり、鳴子がその緊張感に耐え切れず体調を崩し始めたため、先に教室に向かうことにしたのだ。
「ごめんね、明樹保ちゃん。本当は一緒に行きたかったんだけど」
「ううん。いいよ。それより鳴子ちゃん大丈夫?」
鳴子は気丈に「大丈夫」と答えたが、即座に凪に否定される。
「今日一日は胃痛に悩まされるわ。まあ本当にやばそうなら私が言うから」
しばらくの沈黙の後チャイムが鳴り始める。それを合図に生徒たちは急いで自分の席に座り、ホームルームの準備を始めた。
「そういや今年は少し夏に授業をやるみたいだな」
「マジで? あーでも仕方がないか」
「授業遅れてるもんね」
先生が来ない間、クラスの面々は夏休みが少し削れるという話題で話が持ちきりだ。中には愚痴る者、怒りを顕にする者達もいるが、直の席にある花瓶を思い出したかのように見ては口々に「仕方がない」と割り切る。
そんな光景に明樹保は無意識に表情を曇らせてしまう。
教室の扉が開く音は少し弱々しく、また入ってきた如月英梨は入ってきて早々、直の席を見て泣きだしはじめた。それにつられて何人かの生徒たちも涙をこぼしていく。他の生徒たちはどうしたものかと黙って経緯を見守るしかない。
「先生。直が困りますよ」
優大はいつも通りの声音。いつも通りの様子で言う。そんな様子にさらに先生は涙をこぼしていく。
「お前……だって……こんな別れ方ってないだろう。こんな」
明樹保は何かを言おうとし、掛ける言葉を見つけることが出来ずに黙りこむ。烈も居心地が悪そうに窓の外を眺めた。
「短い間だった。信頼関係とか全然なかったかもしれない。それでも大切な、大切な生徒だったんだ」
英梨は保奈美の死のショックからも立ち直れていなかった。さらに自分が担任するクラスの生徒と死別するという形は、彼女の精神を追い詰めていく。
優大は一呼吸入れて、静かに優しく語る。
「直は自分の死で沈んだクラスなんか見たくないはずだ。だから、みんな今は笑えなくとも、いつかちゃんとあいつの分も笑ってやって欲しいんだ――」
誰もが優大の言葉に真剣な面持ちで耳を傾けた。
「――直の死は哀しいことだけれど、彼女がいたことは哀しい思い出にしたくないんだ」
英梨は涙を拭い。生徒一人ひとりを眺めていく。
「先生もまだまだ未熟だね。みんなも手伝って欲しい先生も頑張るから」
そんな先生の言葉にクラスからは温かい言葉が贈られた。それを瞑目して胸に抱くように受け取り、英梨は強く優しい眼差しでクラスを眺める。
この日、直の死を受け入れたクラスは、強い団結力が生まれた。
クラスの雰囲気が変わったことで、少しだけ気持ちが楽になる。鳴子ちゃんも顔を青くすることなく、授業の準備をしていた。次の授業は社会だ。
あの後、問題になったのが、直ちゃんがやっていたクラス委員を誰が引き継ぐかであった。結論から言うとそれは水青ちゃんが引き受けることになったのだ。
助け合うと言っても、クラス委員の問題は別だ。そこだけは積極的に決めることが出来ないでいた。このまま進まないと後々大変になるかと考え、私が立候補しようとした時。水青ちゃんが立候補して決まった。
「びっくりだったよ」
「そうね」
私の言葉に凪ちゃんが突っ伏したまま返事をする。
「まさか水青が立候補するなんてな」
暁美の言葉に鳴子は黙って頷く。
「私も変わりたいと思いまして」
「そっか」
「早速放課後から、早乙女君に色々と教えていただきます。ので――」
後に続く言葉は言わなくてもわかった。今日の見回りに水青ちゃんは少し遅れる。それがわかったから、言うべきことはひとつだ。
「頑張ってね。こっちは任せて」
「はい」
「お前はゆうにみっちり叩き込んでもらえ」
微笑みながら首肯する水青ちゃんは、何かに気づいて席に戻っていく。有沢先生が教室に来ていたことに私は初めて気づく。私もみんなも自分の席へと戻っていく。それを合図に全員が席についた。
先生は一度クラス全体を見渡す。
「みんないるな」
先生もいつも通りと変わらない。大ちゃんと同じでいつも通りでいることを選んだのかもしれない。元々ヒーローだったって言うし。こういうのに慣れているのかもしれない。
「まずは一言。私は今、泣きそうである」
その言葉にクラスは静まり返る。
「君たちはすでに何人もの先生たちに言われてきた言葉だろう。ちなみに職員室もお通夜みたいな雰囲気だ」
先生は少しだけ寂しそうな顔をする。
「それでも教師に出来る事は授業だけなんだ。すまない」
そこで初めて気づいた。先生は元ヒーローとしての責任を感じていたんだと。直ちゃんが亡くなる以前から色々と言われていたかもしれない。ヒーローでなかった水青ちゃんだってそうなんだ。先生ならもっと言われていてもおかしくない。
「言い訳を込みの、ヒーローの話をさせてもらおう」
先生はそう言い終えると、教科書を教卓の端に置いた。先生は深呼吸をすると体に青白い光が瞬く。よく見ると皮膚に青白い線が何本も走っている。
大ちゃんにも、烈君にもあるヒーローの資格。
「以前にも話したとおり、これはスキルデータというモノを打ち込むことで副作用的に現れるモノだ。そしてこの線がスキルライン。人によりこのラインの走り方は違うが、模様の違いは特に意味は無い」
卓也は一度話を切り、ポケットからUSBメモリ似た端末を取り出す。
「このソケットの先に小さい針があり、それを刺して上にあるボタンを押すことで中にあるデータが体内に入る。これは1人一本までしか打ち込めない。その理由を……冨永説明して見せろ」
当てられた烈は、最初は嫌な顔をするが、すぐに表情を元に戻す。それでも態度は面倒臭いと表しており、椅子から立ち上がる時はなんだか野暮ったそうにしていた。
「ああっと、実はその手の話は聞き漏らしておりまして」
「じゃあ覚えている範囲で」
バツが悪いと言った顔になりながら、天井を見上げるように話す。
「あーっと、確か……2本以上行くと、神経に負担がかかりすぎて人体に悪影響が出るって……それでヘタしたら全身が常に痛みがあるとか、触られているような錯覚がずっと出るという症状などが出て……えーっと、とりあえず最悪死ぬはずです」
烈の説明に満足した様子で卓也は頷く。生徒の大半は「最悪の場合死ぬ」という部分から危険なんだという認識を持ったであろう。
「補足するとだな。前にも説明したとおり、神経の電気信号に作用して能力を得ているのだ。だから神経に負担をかけることができるのは一度きり。それ以上負担をかけると、神経系に異常が出るだけでなく、脳や脊椎など損壊する恐れがあり、最悪死ぬだろう」
1人の男子生徒が手を挙げる。
「なんだ東?」
「テレビとかだと容量の大きいスキルデータを打ち込んだほうが強い能力を手に入れるって聞いたんですけど?」
卓也は首を振って東の言葉を否定した。
「それは間違った情報なんだ。たぶんそれは……」
卓也は優大と視線を交わす。優大は肩をすくめて見せる。優大は「やれやれ」と呟きながら立ち上がる。当然だが今の視線でのやり取りなどわかる生徒などおらず、他の生徒は一連の流れに疑問だけしか浮かばない。
「うちの父親が特区にいる時に事故にあってな。大容量を打ち込んでしまったんだ。その話に尾ひれがついて、今も大容量を打ち込めば強い能力が手に入る。なんて誤情報が流れているんだ」
説明を終えた優大は静かに着席する。
「実際は500MB以上のデータは受け入れることは不可能なのだ。ただ、それでも受け入れることのできる人間は稀にいる。だが、受け入れることが出来ても必ずしもいい能力が手に入るわけではない。ここから本題だ」
卓也は黒板にチョークを走らせる。そこに書かれた文字は「超常現象能力」「身体強化能力」と書かれていた。
「スキルデータの恩恵で得られる能力は大きく分けてこの2つだ。企業が求めているのは身体能力強化のほうだ。なぜかわかるものはいるかな?」
烈は面白くなさそうに机に突っ伏し、優大は無関心に黒板を眺めている。他の生徒は一様に考え込んでいるが、答えを出せるものはいなかった。ただ1人を除いて。
「あの……」
「神田答えてみろ」
「身体強化型の能力は基本的にノーリスクで能力を発動できるタイプが多く。また装着するユニットも幅広いためです」
鳴子は口早に答えた。あまりに早口で答えてしまったため、生徒の何人かは聞き逃したようで、首を傾げている。卓也は着席を促す。
「その通り。身体強化能力型は汎用性に優れ、かつノーリスクで発動できるタイプが大半だ。神田君の言うとおり、装着できる装備も幅広い。だが、逆に超常現象能力型を操るタイプはリスクがあるのが多く、また戦闘によっては非常に弱くなる場合もある。さらにユニットも特注にしなければならない場合もあり、あまり企業からは好まれないのだ」
卓也は言い終えると再び青白い光を自身に灯す。そして自身の周りに炎を顕現させる。
「私の開眼した能力はノーリスクの超常現象能力だった。ノーリスクは重宝されるが、戦績は非常に不安定だった。そこで企業は不安定な超常現象能力より、身体強化能力を選んだのだ。その結果私は首になった」
彼の目にクラスはどう映ったのだろうか。少しだけ寂しそうな哀しそうな顔になる。彼は一度自身の腕を押さえつけるように掴むと、メガネを正して話題を変えた。
「さて、次はなぜ私がヒーローの能力を持っているのに戦わないかというとだな。ひとつはこの地区を統括しているローカルヒーローの司令がアウターヒーローを排除する傾向にある人物で――」
「今は違う!」
卓也の言葉を遮ったのは烈だった。烈は叫んだ勢いそのままに席を立ってしまう。卓也はそれを手で制して、座るように促す
「わかったありがとう。悪かったな」
烈の暴走により教室の雰囲気が明らかにおかしくなる。そんな様子に優大は人差し指を額にあてた。明樹保たちは居心地が悪そうな表情となる。それでも他の生徒にそれをうかがい知ることは出来ず、烈の突拍子もない発言に、目を白黒するばかりであった。無理もない。今の彼の発言は、ローカルヒーローとしての発言だ。もちろんヒーローとしての資格があったのは多くの生徒に知られており、アカデミーの存在も公になっているので、それ自体に驚きはないだろう。だが、彼の発言は紛れもなくヒーローとして戦っているのが伺えた。
喋ってしまった烈は怒りで頭が沸騰しているため、その事に動揺は見せていない。
「ふむ……」
しばらく考える素振りを見せた後、言葉を選ぶように話をする。
「あの時は……違うな。アウターヒーローの……存在……から話そう。アウターヒーローというのは企業やローカルヒーロー側が呼称しているヒーローたちのことだ。彼らはどこにも所属することはなく、自身の信念に基づいて戦うのだ。それ故に企業やローカルヒーローと衝突することも有り、諸君らもたまにニュースで目にすることがあるだろう。アウターヒーローの犯罪などだ。それ故にアウターヒーローは正規のヒーローから嫌われている。それもそうだろう。指揮下には入らない。能力も未知数。また何を目的として動いているのかわからないのだ。戦闘によって起きた損壊なども、知らぬ顔が大半だ」
その言葉は明樹保達を徐々に追い詰めていく。彼女たちは表情を暗くして顔をうつむかせる。そんな表情を卓也は見逃さなかった。彼は一度だけ視線を鋭くさせると、瞑目して元の眼差しへと戻る。一瞬のうちにそれらを済ませたので、特に気に留めるものはいなかっただろう。
「だが、私はね。それは企業側やローカルヒーロー側にも問題があると思うのだ」
もちろんこの言葉に烈は少しだけ腰を浮かせる。浮かせるが卓也は眼差しだけで黙らされてしまう。
「どっちが悪いというわけではない。どちらも等しく問題を抱えている。それ故に衝突してしまうのは無理からぬ話だ。だが、対処できるモノがいるのに、歩み寄る意思を見せるモノがいるのに、それを無視してでも相手を排除しようとする姿勢に私は嫌悪感を覚える。君たちは今この街で起きている事件は早々に解決して欲しいと願っているはずだ。私もそのうちの1人だ。だが、事件は一向に解決する方向に向かわない。被害は大きくなるばかりだ」
最後の方の言葉には明確な憤怒の感情が乗っていた。普段は温和な声音で話す彼だが、何か思うことがあるのか少し語気が荒れている。もちろんそんな彼の様子に生徒たちも動揺したが、すぐに彼に共感を示していく。
卓也の言葉に合いの手を入れるかのように同意の言葉が投げかける。
「そうだ。どうしてこんなになっているのに企業は、国は動かないんだ」
「化け物なんて早く消えて欲しい」
「私のおじいちゃんを、須藤さんを返して!」
「俺は井上とか須藤みたく死にたくない」
その言葉を卓也は机を軽く叩いて黙らせた。
「みんなももう知っているかな? この街にもアウターヒーローがいることを」
その言葉にとたんにざわついた。それらを無視して、また止めようとせずに卓也は続ける。
「魔法少女のカテゴリーに入るのが6人。超常生命体が2人だ」
「先生は?」
生徒の疑問に卓也は丁寧に答えた。
「私は直接ここの司令に申請を出したんだが、却下されてしまっているので、下手に手出しが出来ないのだ。もしも迂闊に手を出せば今の職を失うことになりかねない。色々と大人は背負って身動きが取れないことがあるのだ。その点を含めて君たちに申し訳なく思っている」
その後は色々なヒーローの話を進めて卓也の授業は終わった。その授業で出た話はすぐに学校中に広まり、アウターヒーローの存在が明確に学校中に広まる。この街に対抗できる戦士がいることに希望を持つもの。恐れを抱くもの。自分たちと同い年でローカルヒーローをしているものへの羨望。色々な話が飛び交った。
職員室の扉の前に誰かがいると察した卓也は辺りを見渡す。卓也の方に意識を向けるものはいない。それを確認して努めて声を潜めて扉の向こうにいる人物に話しかけた。
「はは……少しお喋りが過ぎたかな? でも希望はまだあるってことを生徒に知っておいて欲しかった」
「やれやれ。こっちのフォローも大変なんですからね」
「そっちはすまないが任せるよ」
卓也は扉の前に更に続けた。
「私も生徒と同僚を失って黙っているつもりはないよ」
「そうですか」
「当面の問題は超常生命体とタスク・フォース、両方と連携が取れないことね」
紫織は屋上を歩き回りながら話をしている。弁当は地面に置いてあり、まだ中身は残っていた。しかし食べ進めることより今後のことを考えるので手一杯の様子だ。
「そうですね。お父様の企業もまったく動いてくださりませんし――」
「し?」
「あ、いえ。なんでもないです。私自身の問題ですので」
暁美は水青の言いかけたことが気になったのか、食い下がろうと口を開く。が、直後に別の話題でそれは無為に帰す。
「でも烈の言っていた事も事実よ。私達は正規のヒーローからすれば邪魔以外の何物でもないわ」
「あんだと! そもそもこっちは歩み寄ろうとしたのに、銃をぶっ放して来たのは向こうだぞ!」
暁美は凪に掴み見かからんばかりの勢いで迫った。もちろん暁美は実際に掴みかからないし、凪も彼女が抱いている怒りは自分に向けていないとわかっているので涼しい顔のままだ。だが、それは当人たちだけがわかっていることであり、それを間近で見ている明樹保と鳴子は、取り乱していた。
「――だが司令も言っていただろう。納得しろよ」
「行かない!」
「でもまぁ実際に街は壊しているし、死体も損壊させているんでしょ? じゃあ敵じゃん」
「そうして仲違いしていた結果、今だろう。俺としては烈の無思慮な言葉に苛立つのだが?」
「筋肉つければ問題はない」
「……ドアホがそういう問題ではない」
そんな会話が屋上の出入り口から聞こえてくる。ちょうど話していた内容なだけに彼女たちは一斉に注意が向いた。烈たち6人の男子生徒が屋上へと現れる。彼らはそこにいる明樹保達を確認して、一様に苦虫を噛み潰したような顔となった。
「どうしてお前たちがいるんだよ」
最初に噛み付いたのは烈だった。
「すいませんね。あたしらがあっちの屋上を追い出されててこっちにしか居場所ないんです。そっちこそどうしたというんですかね?」
そんな態度に暁美は嫌味を込めて返す。そして情緒不安定な烈はその嫌味に怒りを滲みだす。
「ああ?! お前たちには関係ないだろう!」
「おい烈やめろ。いや色々有りまして、こっちの屋根のある方を使わせてもらうよ」
「問題ないわ」
紫織は短く答えると、全員に念話で呼びかけた。
『とりあえず、今日は放課後に見回りね。雨宮さんは後から合流してちょうだい』
そこからは皆、黙々と食事を進めていった。誰も話をすることが出来ずに、重い沈黙になり始めた頃。無意識に明樹保はつぶやいてしまう。
「直ちゃんがいないんだ……」
小さい声は確かにその屋上にいる全員に届いた。明樹保は泣いてはいない。それでも寂しそうな顔のまま、いつも直が座っている場所を幻視した。そんな明樹保の様子をその場にいる全員は辛そうに眺める。
――いつも見てるよ――
私の耳に直ちゃんの声が聞こえた。
「え?」
「あん? どうかした?」
「今――」
私は言いかけてやめる。みんなに変わった様子がないことに、気づいた。
「ううん。なんでもない――」
きっと私が直ちゃんのことを考えすぎたからなのだろう。ダメだね。もっと強くならなくちゃ。直ちゃんみたいな犠牲は出さないって決めたんだ。
「――今日も1日頑張ろうって思ったんだ」
「そっか……」
暁美ちゃんはそれ以上何も聞いてくることはなかった。
鐵馬とグラキース、それにイクスは焼肉を食べていた。ホットプレートからは薄い煙と共に香ばしい香りを漂わせている。その香りに誘われる者たちもいるが、イクスがそれを追い払うのだった。
「そぉらグラキースどんどん食え」
「いえ、あまり食べ過ぎるとまた吐く」
それでも問答無用でイクスは、グラキース皿に肉を山のように運ぶ。それをグラキースは鐵馬の皿へと移していく。鐵馬はそれを嬉しそうに頬張っていく。
「おいお前が食っても意味は無いだろぉが!」
「え、でも……」
イクスと鐵馬が言い合っている間にもグラキースは、自身の皿に運ばれた肉を黙々と移していく。
「子供を生むのはお前じゃぁないだろぉが!」
「そうは言いますがな」
「お前たち! 何をしているんだ! こんな臭いがきつい食べ物を窓も開けずに食べるんじゃない!」
臭いに気づいて志郎は消臭スプレーを部屋中に吹きつけていく。もちろんホットプレートにかからないように配慮はしている。だが、それを面白くなさそうに睨むイクス。志郎を眺めながら何かを思いついたらしく、強引に席につかせる。
「何をする」
「うちの参謀にも栄養つけてもらおうと思ってなぁ」
皿を差し出し、それを受け取ってしまった志郎。見る見るうちに肉は山のように乗せられていく。
「イクス。箸は?」
「そこぉ」
指し示された場所には割り箸が乱雑に山積みにされていた。志郎は一膳取ると、それを丁寧に並べ直す。箸を綺麗に丁寧に割り、均等であることを確かめる。そして皿に肉しか無いことに気づいて、ホットプレートを眺める。
「野菜がないではないか!」
「あんだよ。肉だけじゃダメなのかよぉ!」
「当たり前だ! 栄養摂取に偏りがあってはダメだ。野菜があってこその肉だ。肉だけの焼肉など邪道に過ぎない! それにこれはグラキースへの食事なのだろう?」
「ああ。そうだよぉ」
「ならば、身ごもったばかりの彼女には野菜などをメインに据えるべきだ。妊婦は悪阻などがあり――」
「あーはいはいわかったわかった。とっと食わないと肉がさらに皿に盛るぞぉ」
「うぐぅ! 仕方がない。サプリメントで栄養のバランスを補うとしよう。それとつまらんギャグだ」
結局志郎は終始イクスのペースのまま食事を進めることとなった。箸を進めながら志郎は話をする。
「主の容態が安定したようだ。魔障と魔鎧の回復が速い。私が不甲斐ない故に主に負担を……ううっ!」
「わかったからさっさと続けろ」
泣き出した志郎の皿に肉を運ぶ。そんな隙だらけのイクスの皿に鐵馬はグラキースの肉を手早く移していく。イクスはそれを面白くなさそうに表情で頬張る。
後ろのほうでにはいつの間にか来たキョウスイたちが「肉食べたい」と連呼しだす。もちろんそれを4人は無視して話を続けた。
「ああ、すまない。本格的に動く前にお前たち2人にあの街にいるヒーローたちを一掃して貰いたい」
「エレメンタルコネクターも含めてか?」
志郎は少し考えこんで、答える。もちろん考え込んでいる間に肉は積み重ねられていく。
「うぐ……多すぎる! 今回優先すべきはタスク・フォースの排除だ。どうも司令がアウターヒーローたちと結託することを考えているようだ。色々と――だから加減しろと言っている! お前も食え!――。ああ、それで司令の話だったな。タスク・フォースの司令が色々と根回しをしているみたいだ」
志郎が話している間もイクスの肉を運ぶ箸の動きは軽やかだった。食べきれないと判断した志郎は、箸を4膳掴むと後ろにキョウスイたちに手渡し、自身の皿を差し出す。それだけで大喜びしながら肉を頬張る彼らの瞳には涙が滲んでいるようにも見えた。
「お前! そいつらはまだ……。はぁ……。俺と鐵馬でタスク・フォースの殲滅でいいのね?」
「いや、まだいる。天の里の大付属の学校にいる元ヒーローたちと、これからヒーローになるであろう学生。そしてなによりも優先すべきは有沢卓也という元ヒーローの男も消しておいて欲しい」
志郎は写真を差し出す。鐵馬はその写真を眺めて思い出す。
「そいつは知ってます。かなり強敵ですよ」
「みたいだな。以前タスク・フォースの司令に、公認のアウターヒーローとして活動申請を出したことがあるようだ」
志郎は「もちろんその時は却下されたが」と続けて、ホットプレートの焦げようとしている肉を優先的に拾い上げ、背後にいるキョウスイたちに肉を恵んでいく。グラキースはすでに箸が止まり、まだパックに入ったままの肉を焼く作業に回っていた。
「なるほど、むこうの準備が終わってからだと手遅れになるかもなぁ」
「早めに手を打ちますか」
鐵馬は真剣な面持ちになるが、肉を真剣に眺めているようにしか見えなず。そんな姿にグラキースは微笑む。
「魔物も数匹連れて行くといい」
「あいよぉ」
焼き肉を食べていたキョウスイが口を開く。
「そういえば保志さんはなぜ我軍に?」
キョウスイの言葉に志郎は固まった。
「我々はヴァルファラにいたので、貴方の事をあまり存じていないのです」
彼は言外に信頼出来ないと言っているのだ。その事を承知している志郎は言葉を選ぶように慎重に話し始める。
「純粋にルワーク様を信奉しているというのもある。だが、私自身にもやりたいことがあるのは事実だ。そしてそのために利用している」
イクスは半目した。
「私は満宮に個人的な恨みがあるのだ」
「では今回の襲撃も利用したと?」
「馬鹿を言うな。それは主に対する離反行為に等しい。私を見くびってもらっては困る。今回はたまたまだ。まあ、ついでに倒そうとも考えたが今の戦力じゃ不可能だな。いや、そうじゃない。終焉の剣がたまたま満宮にあっただけだ」
ライタクは話し始めたキョウスイから肉を奪う。キョウスイは視界の端でそれを認識していたのか。眉間に皺を作った。
「十年前だな。私は満宮の作戦立案部統括だった。自信も実績もあり、埼玉戦線で自衛隊を指揮下に置いたことがあることもあったくらいだったな。その頃は怖いもの知らずだった。ヒーローを一番うまく扱える。そして、それでファントムバグを駆逐することが叶うと考えていた。だが、世界は私と違っていた」
志郎は無念そうに目をつむった。彼の脳裏には2人のヒーローの姿が過る。
「ファントムバグの駆逐は国も会社も積極的ではなかった。むしろ私は知ってしまったのだ。国の闇、埼玉がファントムバグに支配されてしまったのは、国の計画だったと。そしてそれは自分の会社でも行われていた」
志郎は出撃前に交わした仲間との会話を思い出す。
――保志さんの指揮は絶対だから、大丈夫さ――
――いつも助かってますから――
志郎は歯ぎしりするくらい、歯を食い縛った。そんな様子に周囲は目を丸くする。
「それは資源を回収するため、見世物にするための舞台として用意されていたのだ。巣は当時の満宮では管理しきれないくらいの規模になっていた。私は会社の持てる全戦力で戦うことを提案したが却下された。たった2人のヒーローで駆逐する。それが会社の方針だ。とてもじゃないがそんなのは不可能だ。私の独断で用意したバックアップ要員も、姿を消し、彼らは死んでしまった。死なせてしまったのだ。その日を境に私は復讐の鬼となったのだ。そして、こちらに来たルワーク様と出会った。その圧倒的な強さがあれば、この国を潰せると私は直感した。だから、こうしてルワーク様に付き従っている」
志郎は一呼吸を入れる。鼻で息を吐く。
「君たちはどうなのだ?」
彼は背後の4人に問う。
「私は美女をめちゃくちゃにしたくて」
キョウスイはうっとりとした表情になる。
「俺は女を殴り殺せればそれでいい」
ソウエンはおのが拳を滾らせた。
「僕は壊せればそれでいいや」
フウサクは不敵に笑う。
「僕はね。ぺろぺろできればそれでいいんだな」
ライタクは残った肉を流し込んだ。
「なんだみんな同じではないか」
「ええ。皆好き勝手です。そして貴方と同じく、あのお方に信奉している」
それ以降、彼らは黙々と肉を処理した。もちろん後片付けは志郎が押し付けられ、文句を言いながらも彼は完璧にこなすのはまた別の話しである。
私は水青と並走して、裏道を駆けていく。
「そっちは大丈夫だったの?」
「ええ。――続きはまた明日――だそうです。それよりエイダさんどうなってます?」
「クイーンタイプ一体に数体の魔物たち。エレメンタルコネクターが2人よ」
「大丈夫でしょうか?」
私は短く「大丈夫よ」と答えた。念話はすでに通じない状態だが、偵察用の魔法からは生存している彼女たちの様子が確認できる。
戦闘で優位に立っているかと聞かれれば、答えは否。絶賛大ピンチだ。明樹保たちだけならば余裕であろう。クイーンタイプもただの昆虫のようであり、前回のような巨大なスライムではない。倒すのは容易だ。ただ彼女たちは今、守りながら戦っている状態である。誰を? それはタスク・フォースの面々をだ。
夕刻になろうかとした時だった。私が念入りに探査魔法を監視していた所、灰色のエレメンタルコネクターとイクスが姿を見せたのだ。しかし今回は街ではなくヒーローの施設付近だった。
すでに見回りに出ていた明樹保達は素早く現場に急行して戦闘へ。だがここで思わぬ不確定要素が起きた。ローカルヒーローであるタスク・フォースとお互いに足を引っ張り合っている状態になってしまったのだ。当然のことながらイクスは戦いに慣れている。自分たちに数的不利な状況になれば、弱いところか潰していこうとするのは当たり前のことだ。
それが現状に至った経緯だ。
水青はというと、須藤 直の役目の引き継ぎを行なっていたところだった。こちらは意外と早く引き継ぎが終わってくれたのだ。早乙女 優大はあっさりと水青を解放してくれた。私達は合流して現場に向かっている。
(しかし……)
最初の頃より随分と水青は強くなった。魔鎧の練度も上がり、戦い方は見た目と仕草、言葉遣いからは到底想像出来ないようなエグさが伺えた。時折目を覆いたくなるような手法で倒すことがあるのだ。
「そろそろよ水青!」
「わかりました」
青い光が閃き、彼女は学生服から魔法少女の姿へと変わる。変身した彼女はさらに加速して戦場へと飛び込んでいった。私はその背中を見送り、下準備に向かう。
私の読みが正しければ今回の目標はタスク・フォースだ。明樹保たちエレメンタルコネクターの優先度は低いはず。
今まで手を出さなかったことから、彼らの行動指針は大凡予想できる。だとしたらここでタスク・フォースを失うわけにはいかなくなる。
今まではこちらとタスク・フォースを共倒れさせるために、私達を優先的に襲ったはずだ。共倒れができる可能性。そして彼らのバックにいる自衛隊という組織。それらがあったから彼らは手を出さなかったはずだ。それを放棄してまで攻撃し始めたということは、彼らの中でタスク・フォースの存在意義が変わってきたのだろう。
(ルワークについた参謀は相当頭がきれると見ていいわね)
もちろんそんな人物はヴァルハザードにはいなかった。私がそれを担っていたのだから。
彼らの今までの行動を整理すると、もう私達にはそう時間はないのだろう。だからこそここでタスク・フォースの損失は絶対に避けなければならい。そして掟を破ってでも歩み寄りを図るべきかもしれない。
「これで全員揃ったみたいだなぁ!」
「手間が省きましたね」
紅い光と灰色の光が輝き、鉄柱の雨と爆発が彼女たちを襲う。魔法少女たちはそれを凌ぐが、タスク・フォースたちは為す術もなく蹂躙されていく。
『なんとかタスク・フォースたちを守って』
『そんなこと言われても』
エイダに言われたことは彼女たちも重々わかっている。わかっているが、激しい攻撃とクイーンタイプの魔物がそれを邪魔するのだ。ただでさえでもイクスたちの攻撃を躱すのは大変なところにグールを大量に生み出されては、上手く助けに動けない。
水青は戦場に踏み込むと早速魔物を一体水流で撃ち抜いた。黒よりも黒い巨躯な蜘蛛は、轟音と共に大地に横たわる。そして霧が霧散するかのように消えた。
「まずは一体!」
敵の勢いは衰えない。タスク・フォースを中心に攻撃を加えていく。当然彼らを守ろうと動く明樹保たちだが、激しい攻撃を防ぎ切ることは出来ず、消耗を増やしていく。
タスク・フォースたちは一様にイクスと鐵馬を攻撃するが、オレンジの光弾は容易く躱される。当たれど魔鎧に弾かれたていく。ライフルだけではなくバズーカーのようなモノも真正面から当てているのだが、効果はない。
「羽虫のほうがまだいい仕事するぞぉ」
「何を! 貴様ァ!」
「08レッド、隊列を乱すな」
とはいえ、隊列と呼べるようなモノは形成できていなかった。彼らは果敢に立ち向かっているが、整える余裕すらない。そんな状態だからか、08レッドこと烈は命令を無視して、敵に突っ込んでいった。
「遠くから撃ってて埒があかないなら、接近して倒すまでだ!」
「まて08レッド!」
烈はイクスに向かい突貫する。手にしたライフルは光弾を吐き出し続けるが、イクスはそれを真正面から受けて待ち構えた。――オレンジの光弾は力なく弾かれる。
右手だけでライフルを構え、連射。空いた左手で腰のサイドアーマーからナイフを取り出す。強く握り締めると、甲高い耳鳴りのような音がナイフから発せられる。――烈はイクスに肉薄する。
烈の無謀ともとれる行動に、仲間たち引きずられるように飛び出していく。――各個にイクスや鐵馬を攻撃する。
だが彼らの行動は連携が取れておらず、また飛び出したところをグールたちに取り囲まれ、ひとりひとり襲われていく。――烈の振るったナイフはイクスの顔面数センチ上で止まる。
「よく頑張ったなぁ雑魚。さいならさん」
紅い閃きに烈は咄嗟にナイフを引く――
烈のがら空きになった胴体に紅い光が収束。
――勢い良くバックステップし、無意識に右手のライフルで胴体部を覆うように構えた。
紅い爆発で烈は50メートルを一秒で吹き飛ぶ。地面には背中から落ち、勢いが殺せず転がる。
グールに襲われながら青い戦士が叫ぶ。
「烈! 生きてるか! しっかりしろ!」
鉄柱を糸で絡めとる――
鐵馬と紫織は互いの顔がぶつかりそうになる距離まで詰め寄った。
――鉄柱を支えに紫織は鐵馬に蹴りをお見舞いする。
蹴られた鉄馬は勢いに逆らわず、利用して空中で一回転して地面に降り立つ。
「つぁ! やるじゃないか!」
巨大な鉄柱の雨がバラバラになったタスク・フォースに降り注がれる。それを緑の風と青き水が壁となって阻む。
風と水の壁を突き破った鉄柱は暁美と鳴子、明樹保が叩き落としていく。
「こんなのがずっと続けば……」
「……ちょっとキツイ」
「な……あーっとイエローしっかり!」
暁美は勢いで言いそうになった名前を、寸前で止めてなんとか誤魔化す。鳴子は暁美に笑って見せるが、息は乱れていた。そんな様子に気が気じゃないのか、凪の注意は徐々に散漫になっていく。そんな隙を見逃さず、黒い巨躯な昆虫や獣が彼女たちを襲う。
「せめてグールだけでもなんとかしてくれればいいのに」
タスク・フォースたちの攻撃目標はバラバラになっていた。最初は親玉であるイクスや鐵馬を優先していたが、グールの群れや明樹保たちの登場で、タスク・フォース内に混乱が起きていた。それが戦況を不利に陥らせているのだ。協力すればこの事態を打開することは容易だろう。明樹保たちもそれを理解しているが、言葉を交わすことを恐れていた。またタスク・フォースの面々も対話する余裕も、気概も感じさせない。
明樹保たちの苦戦は続く。
「鐵馬ぁ! あれ行くぜぇ!」
「わかりました」
イクスは鐵馬を身振り手振りで急かす。彼らからすれば追い詰められそうで、追い詰められない現状に苛立ったのだろう。優勢にも関わらず一向に敵を倒せない。下手に長期戦になれば魔力が底をついて、逆に自分たちが危うくなる。そんな状況から大技を使うことを決めた。
イクスは浮遊しながら爆発の擬音を連呼する。明樹保たちを、タスク・フォースの面々をけん制した。その隙に鐵馬浮遊し、灰色の鋼の筒と、鋼の杭を大量に上空に顕現させる。イクスの攻撃で巻き上がった煙幕が晴れると、鐵馬が新たに鉄柱の雨を降らしていく。
「あれは!」
明樹保たちはイクスたちが何をしようとしたのかすぐに察する。
それもそのはず、彼女たちは一度この技で敗北を喫しているのだ。すぐに防御するか回避するか考えるが、時間はそうない。
『合図したら何も考えずに全力で撃ちなさい。防御も回避もしなくていいわ』
エイダの念話が届く。そのことに全員が驚く。エイダは早口で念話切り上げてしまう。
「あれ? 妨害は?」
念話の妨害はいつの間にか消えていた。
「エイダさんが何かしたんじゃないかしら?」
「しかし防御も回避もしなくていいというのは?」
明樹保の疑問に凪は適当に予想し、水青は疑問を口にする。
「本当にいいの? ねえ大丈夫?」
「エイダもあたしらの仲間だぜ? 信じよう」
不安がる鳴子の背中を優しく支えるように手を当て、暁美は勇気づける。
「桜川さんはイクスたちを、私達は周りの魔物たちを――」
紫織は全員の行動をまとめる。
「――きっとエイダさんには何か策があるのよ」
最後の言葉は明樹保たちだけじゃなく、自分にも言い聞かせているようだった。
彼女たちが何やら打ち合わせのようなものをしているのはイクスたちも気づいていた。
「大丈夫ですかね?」
「水と風の壁ぐらいじゃ防げないし、重力があろうが、上空は俺達がとっている。糸で絡め取れるのもそんなに多くない。炎や雷は論外。桜色の得体の知れない光は大雑把だし。いけるはずだ。だが――」
「わかりましたよ。万が一に備えて撤退が出来るだけの魔力は温存しておきます」
鐵馬は言い終えるよりも早く鉄柱を降り注ぐことをやめて、技に集中した。
イクスは注意深く眼下を眺める。
「――エイダがいないな」
「何か仕掛けてくるってことですか?」
イクスの言葉に鐵馬は動揺してみせた。
「その可能性は高い。だが、どちらにせよ俺達はここでこの技を使わざるを得ない。優勢とはいえ戦況が固まっちまったんだ。数的に不利な俺達に長期戦は無理だ」
「向こうが何か仕掛けて事態が動くのはいただけませんしね」
「ああ。それにこっちを倒せずとも保険はかけてある。あっちの方もそろそろ片がつく頃だろう」
鐵馬は頷くと、筒に杭を収めていく。
眼下で忙しくなく動く明樹保たち。魔物に追われるもの、グールを蹴飛ばすもの、明樹保を護るもの、様々だ。だが、明樹保を除いて、彼女たちは上空に意識を向けることはない。
すべての筒に杭が収められる。
「いつでもいけます」
「おうよぉ! 死にさらせぇ!」
「エイダ……そうか……その力を使うのは久々だね。お前の麗しい姿を見れないのは残念だ。でも目をつぶればいつでもお前はそこにいる」
ベッドに横たわるルワークは、虚空に向かってつぶやく。そばで看病していたクリスは、面白くなさそうな顔になる。
それを知ってか知らずか、ルワークは続ける。
「お前はその身に魔石を宿した種族……」
甲高い轟音が無数に空を響かせた時だった。若草の色の光を纏った蔓が地面から無数に生える。それは明樹保達を守るように中空を覆うと、大木に宿り木が絡みつくかのように、降り注ぐ無数の鋼の杭を全て絡みとっていく。
『今よ! 明樹保』
あまりの出来事に呆気にとられていた明樹保は、エイダの念話で思い出したかのように構える。気合の声を上げると、桜色の巨大な柱は蔓も鋼の杭も蒸発させて、天を貫いた。何人たりとも妨げることの出来ない光。その光は以前より増し煌々と光り、夕焼け空が一瞬だけ青々とさせた。
若草色の蔓が見えた瞬間に俺は鐵馬を掴んで、その場から勢い良く離れた。離れて間もなく俺達がいた場所は桜色の光線が駆け抜けていく。
「一体何が?」
「あの野郎! コソコソと隠れていると思ったら、どっかに隠れて元の姿に戻りやがったな!」
鐵馬は間抜け面をこっちに向けた。こいつが知らないのは仕方がない。鐵馬はエイダの本当の姿のことも力のことも教えていない。それでも腹が立つので顔面をはたいた。
「痛い! 何するんですか!」
「説明は後だ、逃げるぞ!」
グラキースが以前言っていたとおりだ。余裕を持っての回避を行ってもなお、魔鎧の減衰は激しかった。
鐵馬は呑気にしているが、俺は身体が凍えるような錯覚に襲われている。これがあのエレメンタルコネクターの力。だとしたらヤバイすぎる。目に見える距離でぶっ放されたらこっちが終わるぞ。
徐々に魔物たちの繋がりが消えていく。魔物が全滅すれば次は俺達だ。こんな状態で戦えない。魔力はあっても魔鎧が回復しない。布地の生地を防具にしているような脆さ。
こんな状態で重力波や水の檻に入れられてみろ。容易く死ねるぞ。
やってくれるなぁ。エイダぁ。だからお前は面白いんだよ。楽しい戦いが始まりそうだ。
俺は鐵馬の首根っこを掴んで、全力疾走で逃げた。
しかしここで、本当の姿に戻ったということは……。あいつも形振りかまっていられなくなってきたのかもしれない。
「ちっ! 結局こっちが不利か」
グールを数十体残して私達は、その場から離れた。
私達が全部倒すことは彼らの誇りを傷つけかねない。とエイダさんの提案だ。
「何より彼らにも経験させておかないとね」
私に抱え上げられているエイダさんは疲労のため動けないでいる。どうやらエイダさんは本来の姿に一時的に戻ったそうだ。すべての設置型の魔法を一時的に無効化する代わりに、全魔力を使いきって私達を守ってくれた。
「猫に戻る魔力も使いきりそうになって焦ったわ」
「ありがとう」
私は感謝の気持ちも込めて強く抱きしめた。
「痛い。痛いわ明樹保」
「ご、ごめん」
私はすぐに腕の力を弱める。
「でも良かったのですか?」
水青ちゃんはエイダさんと目線を合わせるように屈む。
「まあ、バレなきゃいいし、バレたとしても世界から追放されるくらいだし」
エイダさんは明るい声音でさらっと流した。私も含めて全員がその言葉に動揺する。
もしかして私達はとんでもないことをさせてしまったのかもしれない。
「いいのよ。私は貴方達の力になると言っておきながら、今まで何もできていなかったわ」
「でもそれは――」
「いいのよ。それに掟のことは私自身の問題よ」
「――でも」
「明樹保は優しすぎるわ。でもその優しさに引っ張られないで。それに私も戦わせて。須藤 直を守れなかったのは私の責任でもある」
私達はそれ以上何も言えなかった。みんなが黙りこんでしまう。
なんとか会話を繋げないとエイダさんにも悪い。
「あ、あのエイダさん――」
みんなの顔が私に集まる。
「――ありがとう。それと……よろしく」
「ええ」
みんなも「よろしく」と言うと、エイダさんは視線を落とす。何か言いたそうだと私は感じた。だから、何も言わずにエイダさんの次の言葉を待った。
それからしばらく、風が吹くまで沈黙が流れる。
「……須藤 直の事もあったし、言っておかないといけないことがあるの」
私達は黙ってエイダさんの次の言葉を待った。
「貴方達に親しい、人間でもう1人。明樹保と同等の素質を持っている人間がいるの」
私は脳裏にとある人物が浮かび上がる。それでもそれを否定したい一心で言葉を待った。だけどエイダさんはすぐに答えずに、しばらく黙り込んだ。眉根を寄せて、言いづらそうにしていた。その仕草で私の浮かび上がった人物がそうなのだと、確信した。
「大ちゃん……なんだね」
「ええ」
「ルワーク様! お体に障ります。横になっていてください!」
悲鳴にも似たクリスの叫び声が響き渡る。我は様子見がてら声のする方へと向かった。
クリスもいい加減主のことを理解してやるのだな。動き出したら、止めて止まる男ではないぞ。
廊下の角を曲がると、仲間たちが集まっていた。皆、私を見ては不安そうな顔をこちらに覗かせる。手で落ち着くようにと指示すると、視界の端に不健康な顔が映った。
「お主らも来たか」
「当たり前です! ルワーク様になにかあっては、私は死んでも死にきれません!」
志郎は声を荒げて取り乱していた。
(お主が言うか)
我からすればお主の隈のほうが心配ではあるが、話がこじれそうなのでここは黙っておこう。
人集りの向こうに主の姿が見えた。
「主。お体に大事ないですか?」
主は我の言葉に、口を歪ませて答える。我はそれを確認して踵を返す。
それだけでいい。後は大丈夫だろう。そう結論づけて、その場を離れようとした背中に耳を疑いたくなるような言葉が飛んできた。
「戦力を穴埋めする……。桜色のエレメンタルコネクターたちが欲しくなった」
一気にその場が静まり返る。我は言葉の真意を問うべきか悩んだが、徒労に終わるだろうと判断して、振り返らずにその場を後にした。
それでも胸にこみ上げた言葉を抑えることが出来ず、言葉だけを残した。
「骨が折れそうだ」
~続く~
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