第十三話「~前 兆~あなたとオワカレ」

 

 

 

 

 

 新月の夜。月の光は街に届かない。だが、街は煌々と光り輝いていた。電気。それは人類が生み出した英知。日本では24時間安心して使え、かつ滞ることなど滅多にない。停電など起きればちょっとしたニュースとなる。

 その光が地響きと共に明滅し一瞬消えた。突然の出来事に人々はパニックとなる。騒ぎたてる者。珍しそうに見渡す者。慌てて走りだす者。落ち着いて携帯端末などで情報を集めるもの。突如起きた停電に色々な人間が思い思いの行動を起こす。が、直後にそれはひとつに集約される。

 激しい爆音と共に炎と煙が巻き上がった。それを確認した人々は逃げ出す。しかしその歩調はどこか手馴れているものを感じさせた。

「ファントムバグか?」

「予報はなかったはずだろう!」

「たっく。こういうことあると困るんだよね」

「埼玉から南下している奴らがいたよね?」

 人々は口々に状況を確認していく。スーツ姿の男性も、コンビニ店員の女性も、避難シェルターへと走っていた時だった。獰猛な獣を思わせる咆哮が響き渡る。それを聞いた人々は本能的に危険と察したのだろう。先ほど余裕など吹き飛び、我先にとシェルターへと走りだす。

「ファントムバグじゃないのかよ! なんだよあれ!」

「大丈夫だよ。この近くには天下の満宮があるんだぜ? 満宮なら怪獣だって倒せるよ」

 男性はシェルターに向かって走りながら冗談交じりに言う。そんな言葉に周りにいた人達も笑う。彼らは過信していた。天下の満宮がこの事件を速やかに対処してくれることを。

 だが彼らのその常識は脆くも崩れ去る。

「化け物だ! 化け物がいるぞ!!」

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 誰かが叫び声が、何かが砕けるような軽い音とともに沈黙する。

「く、食われた! おい、あの化け物俺たちを食う気だ! みんな逃げろ!」

 黒よりも黒い姿の狼。夜の闇が青く感じるほど黒い体躯。一軒家を超えるほどの大きな体。そんな狼は怪しく嗤う。その瞳に射抜かれた人々は金縛りにあったかのように動けなくなっていた。白く輝く牙がむき出しになった時だった。

「ヒーローだ! ヒーローが俺たちを助けに来てくれたぞ!」

 オレンジの光弾が、無数の矢となって走る。目標は狼。一寸の迷いもなく走る線は、狼へと吸い込まれていく。

 

 

 

「なんだこいつ……ファントムバグか?」

「来るぞ!」

「ッガァアアアアアアアアアアアアア!」

 咆哮と爆音が街を震わせる。

 巨大な体の割に動きは想像より速かった。HUDが一瞬赤く明滅する。

「最新鋭の装備だぞ!」

 仲間で一番気が弱い奴が吠えた。

 俺達のチームは6人。全員統一された装備だ。一軍の奴らのように自分専用の装備があるわけではないし、最新でもない。それでも満宮の二軍。そこら辺の企業のヒーローよりはいい装備だ。故に装備の索敵能力。補足能力は頭ひとつ抜けている。ヘタすると統合軍の装備の性能に迫るほどと言われている。

 そんな装備でも、狼の挙動に一瞬補足が外された。

「隊長こいつは厄介ですよ」

 危険であることを認識させることは危険だ。動きが鈍くなることもある。だが、同時に理解することで警戒して対処することが出るのだ。そういう意味合いで「厄介だ」と隊長にわざわざ告げた。俺は常に報告、連絡、相談を意識して行うようにしている。今回のような事態に遭遇すると、いち早く言うようにしている。そして敵の挙動を漏らさず確認するようにしていた。

『情報部から最新の情報です。敵は先日我々満宮の施設を攻撃してきた一派と断定。今までの戦闘データを転送します』

 先日の襲撃。噂で聞いた。ファントムバグではない化け物。それらを倒したチームは、別の施設に配属された、その日に全滅だったな。

「こんなの倒したのかよ!」

「うっさい。動きが乱れてるわよ!」

『彼らのコードネームをシャドウと呼称します』

「慌てるな! 各員フォーメーションを確認しろ」

 隊長の声にすぐさま自分たちの位置を正す。一軍の奴らのように強くはない俺達は、チームを組んで敵を倒すのが特徴だ。だから一軍の奴らにはないチームプレイが俺達の売りである。

 主に一軍の奴らの舞台を整えるのが俺達の役目。故に不測の事態に遭遇しやすい。こういうのも慣れっこではある。それでもだ――。

「こいつは骨が折れそうだ」

「来ます!」

「迎撃」

 隊長の指示に各々「了解」と短く応えて、フォトン・ライフルを吠えさせる。

 昔見たアニメ映画の山犬。あれよりでかい塊が突っ込んで来た。

 俺達は各々狼の各部位を狙う。長いことチームを組んでいるから、誰がどの部位を狙うのかは理解している。俺は他の面々が狙わない場所を常に狙う。

 狼が顔面の攻撃を嫌ってか顔を背けた。

「隊長」

「ああ、顔は大事らしいな」

 隊長は冗談交じりに言う。

「脳があるってことですかね?」

「それはないわ。脳天を撃ち抜いたけど、すぐに傷を修復したわ」

「同じく前足もすぐに傷が治りました」

「倒せるのかよ……」

 そんな弱気な言葉に隊長は自信満々に言い放つ。

「倒すんだよ」

 ふと気になったので他のチームの様子を確認した。HUDにチームのアイコンが表示される。全員存命。各所に対応している。しかしどのチームも決定打を与えていない模様だ。

 ならば俺達がその一番槍になるしかないな。

「隊長使います」

「もうか?」

 早めのほうがいい。そんな本能的なモノだ。未知なる敵でもある。そんな奴に時間が掛かり過ぎるとよくはない。俺の友人であり、満宮のエースである早乙女 優希の教えである。

 俺のスキルデータは加速能力。しかし、癖が強くあまり長く使えない。

「ま、ノーリスクで使える優希がおかしいんだけどな」

 体に熱のようなモノを帯びる。装備の下ではたぶん体に線が走り、青白く発光しているだろう。

 俺が能力を使うとき専用のフォーメーションを組む。といっても俺が抜けるのでひとりひとりの役割が増える程度だが。

「行きます!」

 残像だけを残し、敵に迫る。傍から見ると点で移動しているように見えるらしい。そして目の前の狼にもそう見えたのだろう。こちらを補足できずにいる。

「ぐぅ!」

 体に恐ろしい過負荷がかかり、激痛が走る。

 加速と停止の繰り返しだから点で見えるのだろう。そう、俺の能力の癖は停止。どうしても入ってしまう停止。そのせいで体に恐ろしい負担がかかる。故に長時間使用はできないし、そう何度も使えない。

 即座に両目狙い、オレンジの光弾で潰す。思い出したかのように鼻も潰しておく。仲間が耳を吹き飛ばしてくれた。

 狼の顔は見るも無残なことになっている。しかしそれも徐々に元に戻ろうとしていた。そうはさせまいと仲間が顔面を中心に攻撃を行う。

 巨大な狼はその場で地団駄を踏むように暴れる。街や舗装された地面は容易に破壊するが、俺達チームにまったく意味が無い。

「狩りの時間だ」

 HUDのモードを戦闘モードから索敵モードにする。索敵モードにすることで、敵の補足能力は大幅に下がるが、色々と情報が得られる。先日の戦闘データを元に解析が進む。

 そしてわかったことは敵が得体の知れないエネルギーの塊で、それの中心が胴体にあるということ。

 後は速かった。隊長に報告の後、すぐに弱点はそこだろうと断定。フォトン・ライフルをフルバーストモードに移行する。

 銃身が上下に開き、内部に収められていたバレルが伸びる。狼に飛びつき、銃口を押し当てた。中心部を寸分の狂いなく撃ちぬく。

「ぎゃあああああああああああああああああああ」

 まるで人の断末魔のような雄叫びとともに、狼は黒い霧となって霧散した。

「で、どうでした?」

「俺達は二番だ」

「くそー。負けの一番かー」

『ファントムバグが多数接近。各個にスターダムの援護されたし』

「今度はファントムバグか」

「お仕事の時間だ」

 

 

 

「埼玉にいたファントムバグを刺激したので、今頃東京北部にある埼玉戦線に各企業のヒーローたちは出張っている頃です。さらにローカルヒーローたちの襲来も考え、すでに周辺に魔物たちを展開しております。指揮はグラキース殿に一任しております。今の彼女ではこれが精一杯でしょう。一応補佐に哀川 奈々とリョウセンをつけております。なので、ヒーローたちがここまで来ることは考えにくいです」

 自信に満ち溢れた声音。それだけこの作戦の成功を信じているのか、鼻歌を歌うかのように言葉を並べる志郎。

「ですが、こちらが攻撃したことは知られれば別でしょう。急ぎ目的を達成させることが肝要かと。ルワーク様、ご指示を」

 その報告に満足そうに聞き、笑う男がいた。銀髪碧眼。銀の衣を纏った男。右手中指には銀の宝石が収められている指輪をはめている。

 男は一呼吸入れて、周りの同胞たちの顔をひとりひとり確認した。

「さあ宴の始まりだ。お前たち存分に暴れ喰らえ」

 狂喜に歪む顔。両手を広げ、天を仰ぐ。その表情はどこか恍惚しているようにも見えた。

 その声に呼応して、戦士たちが動き始める。こうして戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

「鐵馬! イクス! 例のあれを頼む」

 目の前に見える堅牢な門。以前襲った工場よりも分厚く。また何かしらの防御措置が伺えた。ましてやここは日本一と謳われている企業の研究施設だ。用心しすぎることもあるまい。

 我の言葉にイクスと鐵馬は返答して構える。彼らの合体技。鋼の杭の雨が門を襲う。

「むぅ」

 案の定である。敵の門は強固であり、彼らの合体技を持ってしても耐えていた。もちろん我らエレメンタルコネクターや、魔法を行使できるものこれくらいの門は跳躍すればいとも容易く超えることができる。だが、それは魔力のある者の場合に限った話だ。我々のような魔力を持つものもいれば、持たぬ仲間もいる。さらに付け加えると心なき絡繰も今回の戦線で投入している状態。絡繰の性能試験も兼ねている。とはいえ門を超えられなければ意味が無い。

――反ヒーロー連合は予想外の反応でした。今回の話をしたところ、大歓迎されました――

 志郎の言葉を思い出し、つい鼻で息を吐く。

 解せぬな。何故、反ヒーロー連合の連中は我らの行動を容認したのだ?

 彼らの行動理念は企業を倒すことではある。そういう意味では我らのこの行動とは一致するかのように思えた。だがその実、彼らの戦いは我ら以上に絵空事を掲げている。真のヒーローとならんため。ヒーローがヒーローであるために企業を打倒する。

 つまり企業の行いこそ咎めることを彼らの行動の重きを置いているのだ。実際ファントムバグとも積極的に戦っている上に、企業の不正も暴いているそうだ。

 故に我らのような、正体不明の連中の悪な行動を容認するのは矛盾を孕んでいるのだ。なぜそれを容認したのか。

 何かしらの思惑があってか。

 志郎の作戦通りに動いている。主だったヒーローたちは埼玉戦線に釘付け。周辺に魔物を出したおかげで予備戦力も簡単には戻れない状態。ここの防御は少々手厚そうだが、我らの力の前には無力に等しい。とはいえ、我らは囮。

『防壁突破!』

『いくぜぇ!』

『我らの役割は囮だ。忘れるな』

 門が破壊されると同時に、緋色の閃光が大小様々な形で襲ってきた。すぐさま絡繰を前衛に展開。予想以上に防衛戦力の練度が高く、絡繰たちはすぐに駆逐された。すぐに予備の絡繰を再投入。さらに魔導師、戦士たちも配置につかせる。各部隊にエレメンタルコネクターを1人つけているのでよっぽどの事がなければ、損失はないだろう。だが、その損失を抑えるためにも我らが奮起せねばならん。

『あいよぉ』

 イクスはつまらなさそうに返答する。

 このままでは奴の律動が乱れるな。いかん兆候だ。なんとかやる気にせねば。とはいえ、我らは研究施設の防衛戦力の引きつけ及び、呼び戻される予備戦力のヒーローたちの妨害も担っている。下手に攻めこみ過ぎるのは危険なのだ。

 志郎が気にしているのは人的損失である。特にエレメンタルコネクターの損失をかなり忌避していた。その証拠に足手まといになったグラキースに過剰といえるほど、保護をつけている。我らは確かに強い。だが絶対的強さではないのだ。数で我らを勝るヒーローたちがこちらに来られては不測の事態に陥る可能性もある。ましてやすでにグラキースが身重で戦闘に参加できない状態である。下手に攻めこみ防衛戦力を全滅させては今後の作戦行動にも支障が出かねない。

 我が思考を巡らせていた時だった。

 

 

 

『都市部に放った魔物たちがあっさりやられていく』

 念話だ。女性の声。その報告に念話を受け取れたものは驚愕する。彼らは魔物に絶対的信頼を寄せていた。しかし、それが有効なのは初見の相手のみだ。ましてやそれを2本最強の企業に一度見せているのだ。対策など簡単に講じられているのは、当たり前のことである。スターダムのヒーローにとっても、首都を防衛するローカルヒーローにとってもすでに魔物は倒せない敵ではなくなっていた。

『こちら志郎。ファントムバグもあっという間に倒されました。そちらに二方向からヒーローが向かっております。作戦を変更します。ソウエン、フウサク、ライタクの3名は北から来るヒーローの迎撃に向かってください。もう一方は――』

 志郎はエレメンタルコネクターではない。そのため念話を使えないのだ。彼の話はカナル型のイヤホンから。マイクで会話ができるようになっている。

『もう一方は俺が受けよう』

 名乗りを上げる者が出た。

『ですがルワーク様!』

『くどい。オリバー。施設の攻撃を任せたぞ。俺はヒーローを片付けたらすぐに突入する。志郎、敵の事はわかるか? 情報をよこせ。太陽は使わないで倒したい』

「御衣」

『わかりました。敵のヒーローは満宮ではございません。ですが――』

 志郎は情報を伝える。オリバーはその間満宮のヒーローを1人。また1人と斬り伏せた。

「長期戦は少々厳しいな」

 

 

 

 

 

 戦場と化す街。新月の夜空は明るく照らされている。それを遠くから眺めるモノがいた。そのモノは嗤う。そして、戦場を目指して歩み出す。

「僕も混ぜてもらおうっと」

 無邪気に言う。まるで公園で遊んでいる輪に入るかのように言った。そのモノが歩んだ後には白い火の粉が散る。

 

 

 

 

 

「―――っ!」

 断末魔。胴体は拳で貫けれる。装甲服を装着した胴体。簡単には突き破れぬそれをいとも簡単に突き破る。赤い鮮血が噴き出ていた。ルワークは鼻で息を吐く。

「弱いな」

「この! この!」

 仲間を救おうとフォトン・ライフルを至近距離で発泡。しかし攻撃は躱される。背後にルワークは回りこんでいた。そして胴体を穿たれる。腕を掴みナイフを突き立てようとした。しかし、見えない壁に阻まれて、切っ先が突き立てられない。

「無意味だ」

 手刀で首を跳ね飛ばす。そしてゴミを捨てるかのように、動かなくなった躯を捨てた。ルワークに無数攻撃が迫る。それらに対して避ける素振りを見せない。そのまま突き進む。魔鎧がすべてを弾き飛ばす。

「一点集中突破だ!」

 誰かが叫ぶ。オレンジの光弾が一点に集中される。彼らはこれで見えない壁を突破できると考えた。

「志郎は心配症だな。こんな奴ら大したことはない」

 しかし、彼は健在。あまりの出来事に彼らは行動が鈍る。次の瞬間には水っぽい音と、何か鈍い音が地面を複数打つ音。

「まだ来るのか」

 黒と桜色。白と黄金。ブラックブロッサムとホワイトアルテミス。彼ら2人がルワークの前に現れた。ホワイトアルテミスは到着早々に、周囲を見渡し口元に手を抑える素振りを見せた。ブラックブロッサムはルワークから視線を外さない。

「貴方ですね。この前のは」

「あ? 全然思い当たる節がないぞ」

「そうでした。貴方の姿は我々では認知していますが、貴方は知りませんでしたね。単刀直入に言いましょう。この前の仲間の仇をとらせていただきます」

 ブラックブロッサム達は仲間を救えなかった事があった。彼らが駆けつけた時には銀の炎が焼きつくした後。自らの命と引き換えに仲間に情報を送り続けた仲間。その仲間は無残な死を遂げていた。

「そうか。まあいい」

 ルワークは笑うと同時に動きの鈍いホワイトアルテミスの背後を取る。しかし、その背後にブラックブロッサムが回りこむ。黒い蹴り。スピードと全体重の乗ったそれを受け止めたルワーク。魔鎧こそ減衰しないものの、質量に押されて吹き飛ばされる。

「はん! やるな!」

 ホワイトアルテミスはすぐに戦闘態勢に入った。

「ごめん」

「無理しなくていいですよ」

「こういう時は優しいのね」

「僕達2人であいつを倒しますよ」

「ええ」

 ブラックブロッサムとホワイトアルテミスは青く光る。能力を解放した。相対するルワークもまた魔鎧に魔力を注いで強化する。互いに見つめ合ったまま動かない。否、動けない。お互いに間合いの読み合い。張り詰めた空気だけが周囲を支配した。

 遠くで爆発音。直後に黒い手が無数に天に向かって伸びていく。飛び出した3人は視界の端でそれを確認して戦闘を中断した。

「あれは?」

「超常生命体……10号?!」

 ブラックブロッサムとホワイトアルテミスは顔を見合わせる。確認している間にルワークは居なくなっていた。

 

 

 

「面白そうだね。ねえ、僕もまぜてよ」

 その声は決して大きな声だったわけではない。しかし、その声は爆音や轟音が鳴り響く中、その場にいる全員にはっきりと聞こえたのだ。

 その声が響いて間もなく戦いは止む。その場にいる者は辺りを見渡す。

「上だ! 上を見ろ!」

声につられて全員がビルの屋上を見上げる。そこには全身白い衣服を身につけた青年がいた。ビルの屋上の縁に座って微笑みながら眼下の光景を楽しそうに眺めている。

「ねえ、僕も混ぜてよ」

 歯をむき出して嗤う。青年は静かに言った。そこにいる全員が青年の一挙手一投足に釘付けにされているのか、動く者は誰もいない。

 青年はゆっくりと立ち上がると、突如、周囲に白い炎が顕現する。炎は瞬く間に燃え盛り、青年を包んだ。包んだと思った瞬間だった。白き炎が爆ぜる。まるで白い雪が舞い散るかのように、白い羽根が風に揺られるように、白い火の粉が舞い散った。

 そして中から白き甲冑を纏いし戦士が顕現する。白き甲冑。黒い球体を胸の中心に収め。黒い胸部。手足の先には禍々しく尖った爪。背中には青い翼が10枚。頭部には天を貫かんと白き一角。双眸は黒き瞳。右腕は龍を意匠をしていた。

 白い戦士は黒き瞳を妖しく光らせながら、品定めするかのように眼下の戦士たちを舐めまわす。

「さあ、終焉の開幕だよ」

 そう告げると地面が黒よりも黒い影に覆われた。

「あ、あいつは……超常生命体10号だ!!!」

 誰かの叫びに呼応するかのように、黒い影から黒い腕が生える。腕は近くにいるモノを無差別に掴み。黒い影に引きずり込み始めた。振り払おうとする者はさらに手が増え、他の者より早く引きずり込まれていく。

「あ、あああッ! 誰か! 誰か助けてくれ!」

 そこかしこで悲鳴が上がる。超常生命体10号は笑いながらそれを聴く。あたかもオーケストラが奏でる音楽を自分ひとり楽しむかのように。

「あははは。弱い。弱いよ。僕を楽しませるには足りない。足りないよ」

 無挙動。しかし彼の前面に白い炎の球体が現れる。それが無数に現れ空中を浮かぶ。白い戦士はフィンガースナップで音を鳴らすと、白い球体は真っ直ぐな軌跡を描きながら、眼下にいる獲物たちを襲った。

 断末魔。破壊音。爆音。悲鳴。それらが止むまで彼はその行動を繰り返した。

「もう終わりかな?」

 辺りが煙で見えなくなると、白い戦士は眼下をつまらなさそうに覗きこんだ。鼻で息を吐く素振りを見せる。

「まだなんだよぉ!」

 イクスが背後に現れ拳を走らせた。音を超える拳打。しかし白い戦士は背中に目でもあるかのように、それを余裕で避ける。イクスのがら空きになった腹部目掛けて膝蹴りをしようとした時だった。

「せりゃああああ!」

 鋼の鉄柱が屋上ごと白い戦士を吹き飛ばした。瓦礫が飛び散り、重力に引き寄せられ地面へと加速度的に落ちていく。

「面白い能力だね」

 鉄柱を振りぬいた鐵馬の背中に屋上から落ちたはずの彼は悠然と立っていた。

「でも、足りない。僕を楽しませるにはもっとだよ」

「しゃらくせぇ!!」

 紅い光が瞬くと同時に大規模な爆発が起きる。

「危ないじゃないですか!」

「悪い悪い。だが無事じゃねぇか」

 爆発を鋼の壁でやり過ごした鐵馬は、すぐさまイクスに抗議する。本当に責めているわけではない。

「やりましたかね?」

「いや――」

 足元が黒くなる。本能的に飛んで黒い沼を彼らはそれをやり過ごす。ビルの屋上を飛び降り、道路を走る。なるべくビルから離れるようにして。

『オリバー生きているか?』

『なんとかな。今は生存者を確認しているところだ』

『こっちはなんとかこいつを抑えておきます』

 歴戦の戦士であるオリバーの声に余裕はなく、どこか焦りを感じさせた。それは2人を不安にさせるには十分だった。

『すぐに向かう。しばらく持ちこたえよ。それと死ぬな』

『ああ……鐵馬は子供の事もあるし絶対生かして帰すわ』

「イクス?!」

 驚く鐵馬を置いて、ビルの側壁などを使って直角に飛び回る。イクスは白い戦士をすぐに見つける。

「どっかんどっかんどっかんどっかーん!」

 爆発の擬音を紡ぐと、紅い爆炎が超常生命体10号の周りで無数に爆発した。ビルの側壁を蹴飛ばし直角に飛び、立ち込める煙の中へ一息で飛び込む。

「こんなんじゃ足りないよ?」

 白い影がイクスの目の前に突如現れ、首根っこを掴まえる。そして安々と彼を持ち上げ首を締め上げた。

(くっ……そ……無傷かよ!)

 イクスの目の前には傷一つ無い白い戦士。煤や焦げた後すら無い。

(このままじゃ殺される! か、考えろ。考えるんだ)

 苦しみ悶えるイクスは両目を見開く。

(こいつを魔物にしちまえばいいんだ)

 締め上げられていく手からイクスはズボンのポケットへと手を伸ばす。

「がっ! じゃ、じゃあこれならどうだよ!」

 彼は黒い宝石を取り出す。魔力を込めてそれを投げつける――。

「それだね。君たちの力の源は」

 ――ことは叶わない。

 10号はイクスからそれを取り上げる。彼は直感した。「こいつはエレメンタルコネクターに覚醒する」と。イクスの直感は的中する。彼はそれを瞬時に白金の光を灯らせた。

「ガッ! くっっそ!」

 消して歪まない口元。龍の牙を彷彿とさせるマスクが歪んだように見える。それくらい彼は狂喜していた。その笑い声を聞いてイクスは顔を青くした。

「嘘だろ……」

「楽しいよ! 楽しいね! これで彼ともっと楽しい戦いが出来る。じゃあ、さようなら」

 死の宣告に近い言葉にイクスの判断は一拍遅れる。彼が手をかざされたことに気づいた時にはすでに体が燃えていた。

 イクスの体に白金の炎が走った。

「あぐがぁああああああああああッ!!!」

 イクスの体は突如白金の炎が燃え上がり始める。10号はイクスを放り投げると、愉悦の声を漏らす。イクスは地面を転がり、炎を消そうとするがまったく消えない。それどころか炎の勢いは増していく。

 転がりながら距離をとっていたイクス。彼らの周囲に立ち上る煙は煙幕のようになっていた。彼は煙の中に飛び込んだ。そして外に出る。

「イクス!」

「イクスさん!」

 鋼色の鉄柱がイクスの背後で壁となった。直後に白金の炎に灰燼と帰す。

 緑の水がイクスの身を包んだ。炎は水の中でもしばらくは燃えていたが、徐々に勢いを弱めて消えた。

 水飛沫をまき散らしながらイクスは緑の水から這い出る。

「助かったぜぇキョウスイ! 鐵馬なんで来た?」

「いえ。間に合ってよかったです」

 キョウスイと呼ばれた男は、メガネの位置を正しながら不敵に笑う。

「キョウスイ連れて来なかったら危なかったじゃないですか」

 鐵馬の語気は荒れていた。

「せっかく助けてくれて申し訳ないんだが。お前たちは逃げろ」

「何を馬鹿なことを言っているんですか」

「冗談。エレメンタルコネクターが3人もいるんですよ。勝てますよ」

 笑顔で言う2人にイクスは申し訳無さそうな顔となる。そんな様子に2人はタダ事ではないと理解し、彼の次の言葉を待った。

「見ただろう? もう奴もエレメンタルコネクターだ」

 キョウスイの表情から余裕が消える。イクスは申し訳なさそうに言葉続けた。

「しかもなんか強い力だぁ。魔鎧……魔力……違うな。俺達の存在そのものを媒介に燃える能力だ」

 イクスは自身の体を隈無く確認していく。

 煙が晴れ、そこには白金に輝く指輪を物珍しそうに眺める白き戦士。イクスやキョウスイことなど無視して宝石を振ったり、触ったりしている。

「射程範囲もわからない。すぐに離れるんだ」

「で、ですが」

 聞こえていたのか、超常生命体10号は顔を向けずに言った。

「エレメンタルコネクター……それが名前なんだ。ふぅーん。ああ、そうそう逃さないよ」

 言葉が終わると同時に地面から黒い腕が無数に生えていく。それが黒い壁となって3人の周囲を覆い尽くした。

「ちっ!」

「せっかく気を使ってもらって悪いけど、ここまでみたいだな」

「すでに主にこの命は捧げています。もう少し先まで仕えていきたかったですが、ここが私たちの命を賭すべき場所のようですね」

 2人とっくに覚悟を決めているようで、その表情に微塵も迷いはない。イクスはつまらなさそうに頭をかいた。

「まあ、いくかぁ」

 白い狂戦士の仮面の表情は変わることはない。だが、その奥にある顔は確実に嗤っていた。

「意外と楽しめたよ」

 白い戦士は手をかざす。彼の体内で魔力が走る。

「我も楽しませてもらおうか」

 重く低い声音。内包する感情は怒り。紺色の光が放たれた。が、すでに白い狂戦士の姿はない。彼は白金の獄炎で周囲を焼き尽くす。建物、街路樹、乗り捨てられて車、誰かの亡骸。それらを無慈悲に灰にする。否、灰すら残さない。

 紺色の輝きが走るたびにオリバーはその立ち位置を変えていた。道路の真ん中にいたと思えば、白い戦士の背後。振り返る頃にはイクスたちをかばうように立ち、相手の出方を伺う素振りを見せた。

「いいね。楽しめそうだ」

「お手柔らかに頼む」

 オリバーは構えるが、白い戦士は一向に構える気配を感じさせない。呆然と獲物を眺めているようにも見えた。

『我が時間を稼ぐ、急ぎこの場から離れるのだ』

『了解したぁ』

『了解です』

『わかりました』

 オリバーは指示を出すと魔石の力を発動させる。

「参るぞ」

「瞬間移動のような能力だね。君が力を使うと、紺色の点々が見えるんだけど。それを燃やしたらどうなるんだろうね?」

 オリバーは内心毒づく。

(こやつ今ので我の能力を見切った?)

「僕の力はね。君たちを相手にするにはとっても面白い能力だよ」

 そう言い終えると片膝をつき、地面に手をつけた。魔力が膨れ上がった瞬間である。辺りが白金の炎に包まれていた。

「すごいでしょ? きっと地獄の能力だ。そうわかる。全てを焼きつくす。魂もね」

「ちぃ! 急ぎ離れよ!」

 オリバーは魔石の力で飛ぶが、すぐに体を焼かれ失敗に終わる。地面を転がり魔鎧に魔力をそそいで炎を消す。

(魔鎧の強度を上げれば対処出来る……だが、こんなのを相手にし続けると、魔力がいくらあっても足りぬ)

 すぐに起き上がり、剣を上段で構える。紺色の光が刃覆い、周囲を輝かんばかりに照らす。

「これならばどうだ!」

 紺色の光が爆ぜ、奔流が超常生命体10号を襲う。が――

「僕の力はこれだけじゃないんだ。忘れた?」

 オリバーの後ろに白き戦士は立っていた。当たり前のように立ち誇っている。

 オリバーはとっさに飛び退いて、直後に走った白い炎の雨を躱す。それでも白き銃弾の雨は収まらず、オリバーを追いすがろうと迫る。それを剣で弾き飛ばしながら彼は突進した。

「うんいいね。彼と同じ判断だ」

 剣で捌き切れない白い炎の矢が魔鎧を抉り、魔力的に強化された衣服を焼く。それでもそれらを無視して突撃し、白い戦士に迫る。黒い影が地面を走る。

「ちぃ!」

 オリバーは舌打ちすると飛び退き、ビルの頂上まで素早く飛ぶ。

「ビルは飲み込めないと思った?」

 着地と同時にビルが傾き、オリバーは体制を崩す。表情には余裕はなく、額には玉のような汗が浮かんでいる。

 オリバーは魔石の力で瞬間移動を試みた。今度は見逃したのか、油断したのかわからないが、白き戦士の背後に立つことに成功する。

「ぜりゃああああああああああッ!」

 紺色の光を纏いし白き刃が振り下ろされた。魔鎧を切り裂き、剣はさらに白い戦士の体に迫る。が――

「なにィ?!」

 ――見えない壁でもあるかのように、攻撃が届かない。白い甲冑の数センチ上の空間で剣が押し止められ、まったく振り下ろせない。彼は見逃したのでもなく、油断したのでもない。攻撃を避ける必要性がなかっただけなのだ。

 

 

 

 突如視界が歪んだように見えた。次の瞬間には剣が甲高い音と共に折れていた。否、砕けていた。剣先は虚空を回転しながら飛び、我が頬をかすめた。

 かすめた頬から何かが流れ出る。多分血だろう。

「ぬぐぅ!」

 とっさの出来事。考えるよりも体が反応していた。飛び退き一気に距離をとった。直後に黒い影から腕が生えていた。

 アレに引きずり込まれたら一巻の終わりだ。沼のような力。同胞や絡繰があれにかなり飲み込まれた。さらにこの白金の獄炎。地獄と奴は言っていた。主と同じく存在を焼きつくす能力の類だろう。

(主の太陽より随分と使い勝手がよさそうだ)

「ほう! これが白金の地獄か」

 声が上から降ってきた。視線を空中に走らせると主が堂々と空中を浮遊している。その手には大剣が握りしめられていた。身の丈ほどのある大剣。白い刃、刀身に紅い宝玉が収められている。確かあれは魔宝玉。魔石と違い神が作り上げた何人も壊せぬ宝玉。それは終わりの概念を持ち、剣に魔力を篭めて振り下ろすことで対象を終焉させると謳われている。

「また面白そうなのが増えた」

「ほざけ。それはこっちの言葉だ」

 主は剣先を白き戦士に向けた。

「お前はここで俺が殺す」

「それはダメだ。僕は殺さなくちゃいけない奴がいるからね。君がここで死んでよ」

 主は剣を振り上げる。しかし隙が生じ、白き戦士に白金の炎で身を焼かれた。だが主は他のモノと対応が違った。そんなことはお構いなしと剣に魔力を注ぎ込む。紅き宝玉が輝きを閃かせる。

「死ね!」

 音よりも早く振りぬかれた剣はアスファルトを、ビルを、大地を終焉に導いた。破壊音もなくただ物体は朽ちていく。

 銀色の輝きを放つ衝撃波が駆けた。それは白き戦士に直撃する。煙が巻き上がり、姿が見えなくなった。確実に直撃をしたのは我の目でも確認できた。煙が立ち込める。

 主、ルワークは面白くなさそうに、顔をしかめた。

「気に入ったよその剣。僕がもらってあげるよ」

「奪ってみせろ」

 煙が立ち込める中、敵は平然と立っていた。

「太陽を使う。急いで離れろ」

「しかし――」

 銀色の宝石の指輪。それを輝かせる。

「――それはまだ」

「俺は言ったぞ。2度言わせるな」

「御意」

 

 

 

 オリバーが居なくなったのを確認すると、ルワークは夜空に両手を掲げる。空中に銀の光が灯る。

 銀色の太陽が夜空を照らす。夜だったはずの街は昼間のように煌々としていた。眠っていたはずの鳥達が朝だと勘違いして起きて行動しだす。

「すごいね」

「ぬかせ!」

 銀色の太陽が周囲を、ルワーク自身を銀色の炎で燃やす。魔鎧の持たぬ周囲の物体は火がつくと間も無く炭化し消失していく。

「でも、それじゃあ僕を楽しめないよ?」

 自身を焼く銀色の炎を無視し、ゆっくりとルワークに歩み寄る。

 銀色の太陽はさらに膨張していく。

 白金の獄炎がルワークを焼く。それをも無視してさらに魔力を銀の太陽に注ぐ。地面に黒い影が広がり、手が生える。空中にいるルワークまで伸び、足首を掴むと、地面に引きずりこみはじめた。

 それでもルワークは気にもとめずに、顕現した銀の太陽を膨れ上がらせていく。

 地面にルワークが到着しようとした時だった。

「俺の勝ちだ」

「そう。最後に嗤うのは僕だよ」

 銀の太陽を振り下ろし、白い戦士にぶつける。街は太陽の熱に炙られ溶けていく。アスファルトやコンクリート、鉄ですら蒸発して気化していく。

 銀の太陽の熱に焼かれ、ルワークはその場で崩れ落ちる。眼前の睨みつけ吐き捨てた。

「化け物が!」

「結構危なかったよ――」

 白い戦士はつまらなそうに言い放つ。

「――でもこれで終わりかな」

 白い戦士は二の句はルワークの背後からだった。その声を聞いて彼は笑う。

「言っただろう。俺の勝ちだ、と」

 ルワークは終焉の剣を投擲。それを易易と受け止める。

「受け止めたな!」

 肉薄すると柄を掴み。魔力を流し込む。本能的に直感した白い戦士は距離を取ってやり過ごす。

「うん……良い判断だね」

 白い戦士は辺りを見渡し、すでに居ない相手に称賛を送る。

「必ずもらいに行くから、覚えておいてね」

 彼は笑いながら、周囲に現れた青い光を宿す化け物ども薙ぎ払った。ファントムバグがいつの間にか出現していたのだ。彼は追うなどせずに、ファントムバグを蹂躙していく。

 

 

 

 

 

『目撃者の証言によりますと、銀色の光の塊が出たとも証言しております。繰り返します。昨夜、満宮グループが所有する研究施設で何者かの襲撃を受け、激しい戦闘が起きました。未確認情報ですが、超常生命体10号も現れたという情報も出ています。犠牲者はかなりの数にのぼり、現在も警察、消防、自衛隊が行方不明者の捜索にあたっています』

 男性のアナウンサーはニュースを読み上げていく。どことなく表情に余裕はない。

 そのニュースを眺めている明樹保の表情も暗いままだ。彼女は寝間着のままリビングで朝食を摂っていた。特に何か言葉を発するでもなく、ただテレビ画面を眺め続けている。ふと視線を彷徨わせ、早乙女優大を眺める。

「大ちゃん……また超常生命体10号だって……こっちに来ない……よね?」

 明樹保は信頼出来る優大から、言質を取ろうとした。彼もそれを察してか、短く「さあな」とだけ答える。返答をし終えると、食器洗いを再開させる。そのまま作業しながら彼は口を開いた。

「明日から学校だから、今日は気分転換に買い物にでも出たらどうだ?」

「……うん。大ちゃんは?」

 明樹保はどこか不安そうな表情になる。

 エイダはつまらなさそうにテレビを眺めながら、時折耳を動かす。

「今日は生徒会の集まりだな」

「そっか……」

「臨時の休校だからこそ、色々と詰めておかないといけないからな」

 優大の話が終わる頃、振動音が鈍く響く。明樹保の部屋のあるあたりからだ。天井を見上げた明樹保はすぐに自分の携帯であると理解した。

「あ、携帯」

 明樹保は慌てて自分の部屋へと走る。

 

 

 

「直ちゃんからだった。みんなでモールに買い物にいかないかって誘われた」

 大ちゃんは微笑みながら「行ってくるといいよ」と言ってくれた。保奈美先生が亡くなってから、大ちゃんは私をかなり気遣ってくれている。いつもいつも迷惑ばかりかけていて、何かお返しがしたいな。

「そうだ。モールで何か欲しいのある?」

「ないな」

「えー」

 こういう時は嘘でもそういうの言ってくれたらいいんだけど、大ちゃんだし。仕方がないか。

 ふとエイダさんと目が合い思い出す。

 人探しくらいならきっと大丈夫……だよね。

「そうだ大ちゃん。人探ししているんだけど……」

「どこの誰って人?」

 私の無理難題にいつも付きあわせているせいか、慣れた対応である。

 やっぱりなんかお礼にモールで食べ物くらいは買ってこよう。

「黒峰 桜。黒峰 桜さんって人を探している人がいてね――」

「黒峰 桜?」

 大ちゃんの動きが一瞬止まる。しばらく空中を眺めているようだった。

「分かった。調べておく」

 いつもの様子でそう答えると、食器洗いを再開する。

「うんお願い」

 

 

 

 彼は苦虫を噛み潰した表情で食器を洗い続ける。そして小さくつぶやく

「やれやれ。厄介なことになったな」

 背中越しだった明樹保は優大の表情を伺うことは出来なかった。

「えっ?」

「いや、今晩の献立何にしようかなって」

 明樹保は楽しそうに「ハンバーグ」と言いながら自分が使った食器を流しに運ぶ。優大は手だけ差し出し、彼女はそこに慣れた手つきで食器を渡した。

「気をつけろよ」

「うん。ありがとう。行ってきます」

 笑顔で言い終えると、階段を駆け上がって自分の部屋に向かう。明樹保の背後から「いってらっしゃい」と温かい言葉が投げかけられる。

 

 

 

 

 

『紫織今いいかしら?』

『ええ、問題はないです』

 生徒会室には私だけが残っている。話し合いなどは思った以上に早く終わり、他の面々は足早に帰っていった。残った私はと言うと――。

『この前の魔石を4つも使われた人は見つからないの?』

『ええ、面目ないわ』

 ――エイダさんと情報交換である。彼女のお陰で私は知りえなかった知識を得ることが出来た。今まで無我夢中で戦ってきた私にとって、その知識はかなりありがたいものであり、私自身の戦い方を見直すこともできる。

 私が知らなかった知識。魔鎧と魔障のことである。特に魔鎧のことは理解しておかなければ戦いを左右する重要な要素だ。知らなければいずれにせよ敗北していただろう。

『エレメンタルコネクターとして……魔法少女ね』

『大変ね』

『そう思うなら、エレメンタルコネクターとして呼ばせるようにしてくれないかしら』

 残念ながら私も、自身が魔法少女になったとかその程度でしか認識していたので、それは出来ない相談である。

『今日は貴方のお話を聞かせてもらっていいのかしら?』

『ええ……』

 私からエイダさんに聞くべきことは聞いた。次はこちらの番である。

 視線を自分の手に落とすと震えていた。

『私が覚醒したのは今年の3月の上旬ね――』

 まだ寒さが厳しい時だったわ。帰り道に友人と商店街でコロッケを購入して、帰っていた時だった。突然アリュージャンが現れたのだ。私と友人に魔石を投げ、私は魔法少女として、彼女は……桜木先生と同じタイプの魔物となった。彼女はアリュージャンにつき従っていたわ。だから私も最初はかなり混乱した。

『最初の頃は彼女を元に戻せると思い込んでいたわ』

『なるほど』

 エイダさんは努めて冷静に聞いてくれている。私は話しながら胸が締め付けられていくようだった。何度も手の感触を思い出す。何度も耳に残る言葉。

 幾度か戦闘した頃には彼女も自我を取り戻しはじめ、私は説得を試みたの。アニメや漫画のようにきっと心を通わせられれば元に戻せると信じて。けど、それは叶わなかった。

 結果友人が私に望んだのは、死だった。

『そして私は彼女を殺したわ』

 その姿を運悪くタスク・フォースのヒーローたちに見られたの。

『それで――化け物――って言われた時、私は反論できなかった』

『……ッ』

 エイダさんは息を呑んだ。声だけのやり取りなので表情までは見ることが出来ない。ただ、桜川さんたちと彼女のやり取りから察するに、きっと自責の念に囚われているだろう。

 そこから私は一気に崩れた、戦う意味が見出せなくなり、生徒会長の仕事を言い訳に逃げ出したのだ。化け物。そんなレッテルに不貞腐れ、彼女の命を背負ったこと、迫害されること、殺されるかもしれないことを恐れ、戦うことをやめた。

『でも今は大丈夫です。戦うことを恐れていません。それよりも失うことのほうが怖いです』

 私は澄んだ青空を眺めた。

 

 

 

 

 

 玄関で支度をしていた時だった。

「おい、どこ行くんだ?」

「どこだっていいでしょう」

 開口一番不機嫌そうな声をぶつけられる。はっきり言って気分が悪い。だから無意識に声がつい反抗的になってしまった。

「親に向かってその口の聞き方は何だ」

 またこれだ。これで言い返すと「出て行け」と言われる。普段は家にいないくせに、いたらいたでなにもしないわ。偉そうにするわ。嫌になる。

「いつもお仕事お疲れ様です。たまの休暇なんで家でゆっくりとお休みください。不出来な娘はこれから友人たちとお買い物に駅前のモールに行きます」

 もちろん嫌味だ。

 父さんは嫌味だとわかってか、すぐに表情が顔に出る。言葉を聞く前に家を飛び出す。

「じゃあさようなら」

 玄関を勢い良く閉めて鍵をかける。かけ終わると唸り声のようなモノが聞こえた気がしたが、無視して急いでモールへ向かうことにした。

「あーやだやだ。帰ったら長ったらしい説教か」

 長い説教を受けるならば、思いっきり楽しんでしまおう。

 でもここ最近忙しそうだったし、家で休んで欲しいのは本当だ。時々隈がすごい状態で返ってくることがある。ここ最近はそれが続いているし、寝不足が祟って突然死、なんてのも最近よく聞く話だ。今日くらいは家でゆっくりしておいて欲しい。

「帰りにどら焼き……買って帰ろう」

 

 

 

「ったく。帰ってきたら叱りつけてやる」

 直毅は不機嫌の表情のまま居間に行き、仏壇に飾られた写真を眺めた。それは笑顔を直毅に向けている。そんな顔に直毅は居心地が悪くなったのか、苦虫を噛み潰したような顔になり写真から顔を背けた。

 テレビを眺めながらそんな笑顔を無視し続けたが、まだ居心地が悪いままなのか、誰にもいない虚空を眺めながら言葉をこぼした。

「ああ……わかってる。心配かけてすまない。商店街のどら焼きで許してくれるかな?」

 直毅の言葉に答えはない。笑顔はいつまでも直毅に送られ続けた。

 

 

 

 

 

 駅前のモールはいつ来ても賑わっていた。先日の化け物騒ぎがあってもなおモールは活気づいている。もしかしたらここに来ている人達は現実を見たくないのかもしれない。私もそうだ。少しでも保奈美先生のことを考えるだけで涙が零れそうになる。そんな人達がこの華やかな場所に来て、辛い現実から逃避していてもおかしくない。今はそんな状況だ。

「明樹保ー。こっちこっち」

 直ちゃんの呼ぶ声の方へ顔を向けると、直ちゃん、水青ちゃん、暁美ちゃん、凪ちゃん、鳴子ちゃん、白河さんの全員が揃っていた。つまり私が最後である。

 待ち合わせは大体私が最後になってしまう。どんなに急いでもいつも直ちゃんが一番早くて、他のメンバーが私よりちょっと早めに着く。

 うぐぐぐ。私も直ちゃんのようにできる人になりたいな。生活から変えていかなくちゃだめだよね。まずは、歯磨きで最初に歯を磨くのを右から左に変えようかな?

「ごめんお待たせ」

「あたしらも今来たとこだよ」

 暁美ちゃんは笑いながら私を迎えてくれた。みんなも笑っている。でもどこかみんな悲しそうに見えた。

 親しい人が死んだのは事実で、それがこの場所でも現実となって私達にのしかかる。

 いけない。このままじゃ駄目だ。大ちゃんだったらどうする? 大ちゃんなら……。

「お昼には早いよね? これから何する? 無いなら、ちょっとここにある文房具屋さん見たかったんだけど」

「ああ……あたしも見たいのあったわ。というかメモ帳買っておかないと」

 私の提案に暁美ちゃんが乗ってきた。

「お姉さま!? まさか勉強を!!」

「ケーキ作るのに必要になっただけだよ」

 白河さんは暁美ちゃんに飛びつかんばかりの勢いで身を乗り出している。それを押さえながら、まわりに視線を配っていく。それにいち早く反応したのは凪ちゃんだった。

「鳴子? 今日は本屋どうする?」

「うーん。今日はいいかな」

「私は少し本屋の方へ寄りたいと思っています」

「あー私もちょっと参考書見ておきたいかな」

 凪ちゃんの提案に乗ったのは水青ちゃんと直ちゃんだ。直ちゃんが参考書と言っているから、勉強する気満々なんだろうけど、水青ちゃんはなんだろう?

 私の顔を見て水青ちゃんが口を開く。

「少し水の勉強でもと思いまして」

 その言葉の真意を最初はわからなかった。

 しばらく頭の中の思考が真っ白になったころに、携帯のストラップに偽装した魔石が視界に入る。

 そうか水青ちゃんは魔法の勉強を……。水青ちゃんは戦おうとしている。私達と同じで辛くて泣きたいはずなのに。それでも強くなろうとしているんだ。

 私以外のみんなは魔法の特訓を個々にしている。私もしているけど実戦的なことはできていない。いや正確には実戦的なことをしてはいけないのだ。やれるのは魔鎧に流す魔力に強弱をつける程度しかできていない。下手に魔力を使いきってしまえば敵につけこまれる可能性もある。何より魔法の扱いを誤ってしまったときを考えたら、私の能力は使うのも難しい。さらに言えば目立つし、破壊力がありすぎる。万が一タスク・フォースに見つかったら、街のほうに魔法が飛んで行ったらと考えると、魔法を使うだけで危険。で、なんとか頑張ろうとした結果。エイダさんに言われたのは「戦闘でなんとかするしかない」だった。

 魔力の扱いは前より格段に良くなったとはいえ、特訓どころの威力ではないのがなぁ……。私も水とか、火とか、わかりやすいのがよかった……。

 肩を落としていたら、水青ちゃんが私に微笑む。

『大丈夫ですよ』

『うん……ありがとう』

 そんな私の背中に暁美ちゃんが手を添える。

「んじゃまずは文房具屋さんに行くか?」

「うん」

 向かおうとした時だった。

「あーちょっと待って」

 直ちゃんが私達を呼び止める。わざとらしく咳き込んで、私たち一人一人の顔を伺っていく。

「えー、本日は皆様。お集まりいただいてありがとうございます――」

 メガネの位置を正し、一呼吸入れる。直ちゃんの癖。大切なことを言う前にしている。

「――世間は暗い話ばかりですが、本日はそういうのを一切忘れて遊び倒しましょう。とはいえ、私達は学生です。日が出ているうちには帰宅したいと思うので、5時にはここを出ようと思います。異議のある方はいますか?」

 何が起きるかわからない。だから早く帰ることに誰も反対はしない。私もそうだ。それに白河さんもいる。

 白河さんは戦いに関わらないと言っている。だけど、それはこちらの都合で、敵が白河さんを諦めたとは限らない。いつ襲われてもおかしくない。だから、色々と対策してたりする。エイダさんの魔法で、白河さんに危険が迫ると、すぐにわかる魔法を施してあった。魔法で気づかなくても、白河さん自身が気づいたら知らせることのできる呪文も教えてあるとも言っていた。

「じゃあ手早く行こうぜ」

「待ってくださいお姉さまぁ~」

 暁美ちゃんに腕を絡める白河さん。最初は嫌そうな顔を暁美ちゃんはしたけど、小言を言いながらすぐにいつもの様子になった。そんな2人の後ろにそっと水青ちゃんがついていく。

『私もフォローに入りますが、白河さんは暁美さんにお任せします』

『あいよ。水青やみんながいれば百人力』

 暁美ちゃんの声音は安心しているようだった。

『それに私達全員でいるし』

『うんうん。何かあってもすぐに対応できるよ』

 直が全員の顔を見渡し、手を叩く。

「それじゃあ行こうか」

 

 

 

 

 

 我らが根城にしている教会に戻ると、留守を任せたアネットの姿が見えなくなっていた。

「予備で残していた魔石もありませんね」

 志郎は淡々と言った。だが、その実内心は穏やかではないはずだ。額に冷や汗のようなものが滲んでいる。

「あやつめ……主が一大事という時に」

 結果的に言えば作戦は成功した。終焉の剣も手に入れることはできたのだ。だが、主は白い戦士と激しく戦闘し、銀の太陽を解放した。

 主の銀の太陽は全てを焼きつくす力。己の魔鎧も、自身の体も焼いてしまうほどの威力。それ故使い所が非常に難しいのだ。

 そしてそれを件の戦士に使った結果、主の体は全身大火傷である。哀川 奈々の能力である癒しが無ければ、手遅れになっていたかもしれない。

 それ故にこのような不測の事態は、我らにとって歓迎できるようなものではない。

 念話での応答に素直に応じていたと思ったらこれだ。

「ちっ! どうせ桜色のエレメンタルコネクターのとこだろう?」

「早く追いかけて止めましょう」

 イクスと鐵馬が動こうとするが、それを志郎が手で制する。

「もう手遅れでしょう。確かによくない流れです。ですが、ここは敢えて主の身を優先しましょう。私が……私が……ううっ! 私が超常生命体10号の到来を予見できていればぁあああああッ! 主、ルワーク様! 申し訳ございません」

 今回の事態は志郎を責めることなど出来ない。どうしようもなかった。ただの気まぐれで起きた不幸な出来事。しかしそれにしてもあまりにも損失がでかい。絡繰の傀儡が7割。人的損失は5割も、だ。事実上の敗北といってもいい。それくらい失ったのだ。

 だからこそ、アネットの不用意で無思慮な行動は、度し難いのだが。

「我が行こう。イクスたちは休んでおれ」

「アネット殿はここで捨て駒にしても良いかと思います」

 志郎は努めて冷淡に言い捨てた。

 確かに今この状態で勝手に動くような者は切り捨てたほうが後々のためだろう。だが、それでもアネットの存在を今欠くことは士気にも影響が出る。それはなんとしても防がなくてはならない。

「わかっている。我のわがままだ。許してくれ」

 我の言葉に志郎も不平不満を顕にしながらも、それ以上は何も言わなかった。

「感謝する」

 

 

 

 

 

 明樹保たちは文具店、本屋で買い物を済ませる。道中の会話は他愛もない内容ばかりだ。あの文具が可愛い。これ便利そう。この本面白い表紙だね。それでも時折、桜木 保奈美の話題に触れてしまい、沈黙してしまう。誰かが話題を変えて持ち直しの繰り返しである。

 一同がゲームセンターの前を通った時だった。

「あ、プリントシール機だ。みんなで撮ろうよ!」

 明樹保の言葉に賛同の声が多数上がる。

「えっ! マジ?」

「お姉さま行きましょうよ」

 暁美だけが渋る。そんな暁美を白百合は強引に引っ張って行こうとする。もちろん暁美も抵抗するが、そんな背中に手が当てられる。

「何照れてるの。いいじゃない」

「凪! お前もこういうのは苦手な類じゃないのか」

「そうよ。だけど暁美をいじるためなら」

「は、薄情者―!」

 暁美の言葉に凪は「難しい言葉覚えたわね」と茶化しながら、背中を押していく。

「ちくしょう! 凪―! いつかぎゃふんって言わせてやる!」

「「「ぎゃふん」」」

 凪と鳴子、明樹保が声を揃えて言う。そんな様子を微笑ましく眺める水青と、呆れて顔を押さえる直。

「違う! そうじゃない! そして水青と直も助けてくれ」

 暁美は一縷の望みを水青と直に託すが、直は首を振り水青は顔を赤く染める。

「私……その、プリントシール機というのが初めてでして」

 顔をうつむかせて恥ずかしそうに言っている自分を誤魔化すために、口早になっていく。

「どういった目的のものかは知っているんです。ですが、初体験なので……暁美さんとも一緒に撮りたいな、と」

 うつむきながら上目遣いに見る彼女の表情は、遊園地でジェットコースターに初めて乗る子供のように表情を輝かせていた。そんな様子に暁美もついに折れ。

「わかった。わかったよ。撮ろう。撮りましょうとも」

 プリントシール機の中に入り、全員が位置取りとかを決める。画面操作は明樹保だが、どのフレームにするかで悩みだす。

「狭いですね」

「7人もいるからね。これでも大勢が撮れる筐体だよ。大体は2人用だったりするし」

 水青の疑問に直がすかさず答えていく。

「2人用だと寄り添わないと収まり切らないし」

 水青は「そうなんですか」と言いながら物珍しそうに中を見渡す。その途中で鳴子と顔をぶつけあい、お互いに顔を押さえるハプニングが起きた。

 暁美と寄り添っている白百合の暴走により、決めたはずの位置が崩れていく。

「もうっ! そこのカップル暴れない!」

 さすがに見るに見かねたのか直がまとめだす。

「カップルじゃな――」

「は~い」

「は~い。じゃないよ!」

 そんな2人に「いいからじっとして」と強く言いつけ、画面操作を明樹保から奪い。前列にいるように指示。まだ見渡している水青を画面越しに見つける。彼女は振り返らずに水青に告げた。

「雨宮さん。珍しいのはわかったから後でゆっくり見ようね。時間はまだあるし2人用のとか色々見て回りましょう。後、神田さん落ち着いて。またおどおどしだすと、誰かとぶつかっちゃう」

「す、すいません」

「ご、ごめんなさい」

 そんな様子に凪は不敵に笑い、小さく「面白い」とつぶやいた。

「私と、葉野さん、神田さん、雨宮さんは後列ね。前列ひゃ……噛んだ。おほん。前列は明樹保と緋山さん、白河さんね」

 直の指示に明樹保が「先生わかりましたー」と大声で言ったのをきっかけに、みんなが直のことを先生と呼び始める。

「ちょっ、やめてよそんな言い方」

「いえ、とてもまとめ上手でした」

「ごめんね。須藤さん」

「早く撮ろうぜ」

 げんなりし始めた暁美が急かす。

「もう少しこのままで暁美を困らせるべきよ」

 そうはいかないと凪は、暁美の提案を却下する。

「おぉい!」

「私はこのままでいいですわお姉さまぁあああん」

「頬ずりするな!」

 暁美は頬ずりする白百合の顔を押さえようとするが、それすらも嬉しいのかさらに早く頬ずりしていく。

「はいはい。わかったから撮るよ。最後は明樹保お願いね」

「うんわかった」

 操作を明樹保に託して直は明樹保の後ろに回る。そして肩にそっと手を置く。

「じゃあみんな。いくよー」

 明樹保の掛け声に全員が思い思いのポーズを取る。しばらくしてフラッシュが焚かれ、筐体が写真のプリントを開始する。写真を7等分し、直は雨宮を連れて、いくつかの筐体を見せ始める。時折、明樹保を呼んでは3人で撮ったりする。白百合の強引さに折れた暁美は、そのまま次なるプリントシール機でさらに何枚か撮影。暁美だけにならずに、白百合は全員と一枚はペアを組んで写真を撮りはじめる。解放された暁美はしばらくゲームセンター内を見渡す。そんな暁美の視界に突然ペットボトルが入り込む。

「お疲れ」

 凪はいつの間にか飲み物を買ってきていたのか、それを差し出す。最初は受け取るか受け取るまいか迷う素振りを見せたが、素直に受け取った。飲みながら、とある筐体で目がとまる。

「お! リズムリズムレボリューションあるじゃん」

「暁美ちゃんできるの?」

 驚く鳴子に得意げに「まあね」と暁美は答える。

「凪ちゃんもなんだよ」

「そうなんだ」

「やる?」

「おう! いいね!」

 2人が筐体に向かった後に水青が疑問を口にする。

「あれはどういったゲームなのでしょう?」

「ごめん私はちょっとわかんない」

 聞かれたと思った直は、首を横に振る。明樹保もわからないらしく、首をひねる。

「あれはリズムに合わせて遊ぶゲームなんだよ。画面に譜面というのが流れてきて、それをリズム通りに、下のパネルで踏んでいくんだ」

 鳴子は口早に説明する。説明が終わる頃に筐体からは音楽が流れ始め、それに合わせて暁美と凪は動き始める。

「なるほど……画面に流れていく矢印、あれをリズム通りに踏んでいくと」

 明樹保は「難しそう」とつぶやく。直も興味深そうに眺めている。白百合は暁美の動きをうっとりと見つめていた。

「鳴子さんはやらないのですか?」

「私はどうしても足が絡まっちゃうから……あ、でも指タッチンはできるよ!」

 鳴子は苦い思い出を思い出したのか、少し顔をしかめる。だがそれすらも吹き飛ばすかのように、目を輝かせて言う。

「「「ゆびたっちん?」」」

 明樹保たち3人は首をかしげる。名前とゲームが結びつかないようである。

「ここにもあるのかな? いつも商店街の方だから……あ! あった」

 鳴子は手招きする。白百合以外は彼女についていく。

「これが指タッチン」

 鳴子が指差す先に小さな筐体があった。それを眺めていた水青が気づく。

「先ほどの、リズムリズムレボリューションと同じ会社が作っているのですね」

「よく気づいたね。このゲームもさっきのと同じ音楽ゲームと言われているものなんだ」

 鳴子はさらに説明を続けるが、3人は話がわからず聞き流して、筐体をいじり始める。

「叩くのかな?」

「パネルが複数枚ありますね」

「譜面だっけ? あれが流れるとかそういうのじゃないのかな?」

 3人が話を聞いてないことに気づいて、鳴子は少し肩を落とす。だが、すぐさま気を取り直して筐体にお金を入れた。

「見てて、こうやるゲームなんだよ」

 3人の前で鳴子はリズムに合わせて光るパネルを叩く。それを楽しそうに眺める3人。そのまま明樹保たちはゲームセンターの中をゆったりと眺めていった。クレーンゲームで直が景品のでかい猫の人形を手に入れたり、ホラー系ガンシューティングゲームに暁美が気絶しそうになったり、クイズゲームで凪が店で一番の高得点を叩きだすなど、楽しんだときだった。

 お昼の時間が来たのか、明樹保のお腹が鳴る。

「うっ……聞こえた?」

 直は静かに頷く。

「大きかったですね」

「あたしもハラ減ったぞ」

「お昼の混雑時は過ぎてるね。今ならすぐに入れるんじゃないかな?」

「お腹すいたって聞いたら、お腹すいた……」

 凪は鳴子の背中に体を預け、体重をかける。体重をかけられている鳴子は必死に耐えていた。その様子を横目に明樹保たちはどこで何を食べるか相談し始めるが、なかなか決まらない。どこでもいいけど誰かが決めて欲しいと、誰もが思い始めた時。

「ここはお姉さまのために私がおすすめのお店を紹介させて頂きますわ!」

 白百合は不敵に笑う。

 

 

 

 

 

 アネットは体を引きずるように街を歩く。そんな彼女の姿は街で目立つ。実際今の彼女の歩くさまは足を引きずるようにして歩いており、時折親切な人が声をかけるが、彼女の殺気のこもった眼差しで、差し出した手を引き戻されてしまう。

「殺してやるだわさ」

 小さくつぶやいた言葉はどこまでも暗く冷たい。

 時折小刻みに震えるように笑う。狂気を感じた人々はアネットから距離を取り、関わらないようにしている。今この街は度重なる化け物の襲撃により、人々は疑心暗鬼になっている。少しでもその徴候があれば誰だって逃げたくなるはずだ。

 人々が自分から離れていくのが面白く無いのか、鼻で息を吐く。

「まあいいだわさ。そんなに怖い思いをしたいのならさせてやるだわさ」

 濃緑の輝きを閃かせた。

「あいつらはどこにいるだわさ」

 蔦のような草が、地面を走る。

 そんな怪異現象に人々は一目散に逃げていく。その場は一気に混乱が巻き起こる。

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ! あいつらを殺すさね! 殺してやるだわさ!」

 

 

 

 

 

 明樹保たちが連れられたのが、彼女たち学生にとっては少し堅く高い値段のお店だった。

「大丈夫ですわ。値引きの券を持っておりますの。これで私達も手が届く価格になりますわ。お姉さまの財布では少し厳しいでしょうが行けますわ!」

「おい! これでも今日は少し余裕あるんだぞ」

 えっへんと胸を張り、「今日は出かけるって言ったら特別にお小遣いをもらったんだよ」と、言いながら財布を確認する手が、ビクリと動いて止まる。その財布を背後から覗きこむ凪。

「さっきのホラー系のガンシューでお金たくさん投入してたものね」

「食事分くらいなら大丈夫だいわい!」

「あ、こういう店って服とかって……」

 直は店に入る直前で自身の服装に注意が向く。明樹保や鳴子も自身の服を確認して、少し不安そうな表情になった。

「高いですが、高級料亭とかではないですわ。大丈夫です。お姉さまの服装のことも考慮してますし」

「まともな服がなくて悪かったな!」

「悪く言っているわけではございませんわ。価格が高いお店ということです。そこまで身構えなくてもいいですわ。それにそういうお店なら雨宮さんが、すぐに気づくはずです」

 水青は小さく首を立てに振り、店の扉に手をかけた。

「では参りましょうか」

 

 

 

 

 

『不味いわ。アネットが街に来ているわ』

「なんですって」

 紫織は勢い良く立ち上がり教室を飛び出す。

『場所は?』

『駅のモールの方ね。……ダメだわ。明樹保達と繋がらない。念話はアネットに妨害されているわね』

 普段ならば廊下を走るのは御法度な紫織だが。今はそんなことすら気にする余裕すらないほど切迫している。

 紫織は携帯電話を取り出して、通話を試みてみる。が、電波状況が混乱しているのか繋がらない。

 昇降口でエイダと合流。エイダを肩に乗せ、人が出せない速度で校庭を走り抜ける。

 紫織が巻き起こした土煙の中に人影が立っていた。

「後始末も大変なんだけどね。まあその後始末が我々教師の役目か」

 有沢 卓也は目を細める。

 

 

 

 

 

 昼食は滞り無く終わり、明樹保たちはウィンドウショッピングを楽しんでいる。

 そして幾度目かの学校の話題から桜木 保奈美の話題になった時だった。明樹保は話題を変えようと、口を開いた瞬間。直が遮った。

「んー、こうして下手に避けようとするのやめよう。保奈美先生の亡くなった原因って怪物とヒーローとの戦闘に巻き込まれて死んだって聞いた。だから烈君に話を聞きに行ったらはぐらかされたんだよ」

 須藤 直はそんな状況に痺れを切らし、話題を切り出した。だが保奈美の死の直接的原因になっている明樹保たちは、その言葉に内心激しく動揺し、顔を青くしている。

「怖いの?」

「違う……違うけど……」

 直は明樹保の幼馴染故に、彼女の様子がおかしいことに気づいたのだろう。問い詰めるように彼女に質問をぶつけていく。

「そもそもあの日、学校で全体朝礼があった日も、朝から様子がおかしかった。元気はなかったし、話を振っても反応は鈍かったし」

 明樹保は答えることが出来ずに、地に視線を落としてしまう。

 

 

 

 明樹保が嘘をつく時や何か誤魔化す時は髪の毛をいじったり、視線を地面に落として何も言えなくなる。それが今までのパターンだった。そして私の目の前にいる明樹保は視線を地面に落として黙り込んでいる。

 明樹保だけではない。よくよく視界で全体を捉えると私以外の全員が暗い表情をしていた。何も言えない。いや違う。何を言っていいのかわからないといった感じだ。

 大分前から明樹保が変わったことは気づいていた。ひと月前くらい。それこそ進級してすぐだ。井上くんが亡くなった辺りから、何かが変わった。明樹保が明樹保のまま遠くへ行ってしまったように感じて驚いたものだ。

 私以外の皆に置いていかれている。毎日言い知れない焦りを感じていたのはこれだったのかもしれない。

「そうか……」

「え?」

 私のつぶやきは小さくて聞き取れなかったようだ。私は答えずに質問を投げた。

「みんな……変わったよね。私だけ置いてけぼりだ」

 次に感じたのは、雨宮さんが屋上に来た時だった。そこからしばらくは思い過ごしかなとも思ったけど、葉野さんが強く踏み込んだ時気づいた。何か私とは別の場所にいるんだって。

 でもあの時はゆう君と喧嘩しちゃって……それどころじゃなかったんだよね。あの時、私も葉野さんと一緒に問いただせば、もしかしたら――。

 明樹保は今すごく悩んでいる。私にもできることはあるはずだ。

 さらに質問しようとした時だった。私の背後から子供の泣き叫ぶ声が響き渡った。視線を声のする方へと向けると、少女が1人ぽつんと立ちすくんで泣いている。親とはぐれたことはすぐにわかった。

「あ? 迷子?」

 私が言い終わるよりも早く、明樹保は少女へと駆けつけていた。いつも泣いている子供がいると、過敏に反応して、歩み寄り「大丈夫だよ」と声をかけている。

「怖かったね。でももう大丈夫だよ」

 頭を撫でながら優しく語りかけていた。そんな言葉に少女は頷いている。

 ああいう表情に井上君はやられたんだっけ? 普段子供っぽい割にふと大人びた表情になる。それが魅力的だとか言っていた。

「歩ける? お母さんを探してくれる人のところまで行こう?」

 いつもはこれで万事解決に向かうのだが、今回は少し様子がおかしい。まだぐずっている。

 私が訝しんでいると、少女は小さな声で言葉を漏らした。

「――したの」

「え?」

「なくしたの……大切な……お人形」

 少女の名前はゆいちゃん。お母さんと買い物に来たのだが、どうやら大切なくまの人形を何処かに置き忘れてしまったらしい。それで、慌てて探しに来て迷子になったようだ。

「とりあえず明樹保はその子をサービスカウンターに」

 明樹保は強く首肯した。

「私達は手分けして人形を探すよ。見つけたらすぐに連絡してね」

 私がそう告げると素早くみんなは走り去っていった。明樹保はゆいちゃんとお話しながら歩いている。そんな背中がとても大きく見えた。

「絶対に追いつくから」

 もちろん聞こえることのない呟きだ。

 

 

 

 私がゆいちゃんを連れてサービスカウンターにたどり着いた時だった。なんだか妙に人がざわついている。辺りを注意深く見渡す。

 胸騒ぎだけはする。とりあえずみんなに連絡をしよう。

「どうかなさいましたか?」

 サービスカウンターの女性が私の様子に気づき声をかける。

 とりあえずゆいちゃんの事だけでも解決しておかないと。次に動けない。私はすぐにここまであった経緯を話す。サービスカウンターの人はすぐに対応し、店内放送をかけてくれた。

 その間、することもないので、胸騒ぎを信じて念話を飛ばそうと念じる。

「あれ?」

 念話が飛ばない。何度か試すが、全くといっていいほどみんな反応がない。それどころかエイダさんにも紫織さんにも届かない。

 その事実に私の体は一気に緊張し、内臓が冷える感覚に陥った。脳内で何かが叫んでいる。今すぐにここから離れたい衝動に駆られたが、みんなと連絡がつかない。カバンの中の携帯を思い出す。

「え? 嘘!」

 携帯の電波が圏外となっていた。携帯を動かして、電波を拾おうとするがどうも上手くいかない。

 私の耳に誰かの悲鳴が突き刺さる。声のする方へと顔を向けると、モールの中に蔦が地面を這って、物凄い速度で成長していた。

 いや、成長している? 伸びてる? でもなんでこんな……。

 すぐに私は1人の人間を脳裏に浮かべた。

「アネット……」

 

 

 

 

 

 吹き抜けのある広場で白百合は、注意深く人形を探していた。そこへ暁美が駆けつける。

「白百合無事か?」

「お姉さま? どうして?」

 暁美は白百合の質問に答えずに矢継ぎ早に言葉をぶつけていく。

「いいか白百合。あたしから離れるなよ。何か異変があったらあたしを置いてでも逃げろ」

「え?」

 暁美の言葉に白百合の表情は困惑を強めていく。だが、次の瞬間彼女はその意味を理解する。人が走り逃げていく。悲鳴と怒号が飛び交う。そして地面に蔦が走っていた。時折濃緑の光が仄かに灯る。

「あ……お姉さま……これって」

「大丈夫だ。あたしがいる」

 暁美は白百合を安心させるために抱き寄せる。普段の白百合ならばこれだけで大喜びしただろうが、今の彼女にそんな余裕はなく。ただ静かに事態の推移を眺めるしかない。

「私もいますよ?」

 2人は背後を振り返る。そこには水青が立っていた。

「よくここがわかったな」

「それでも探しました。それと、外はすでに蔦に覆われているようです。下手に脱出を試みるよりもエイダさんと星村先輩をあてにしましょう。今私達が優先するべきは白百合さんのことでしょう」

 暁美は短く「ああ」とだけ答える。

「まだ上の階は大丈夫そう」

 上の階から凪と鳴子が手招きする。暁美たちはエスカレーターに乗って、注意深く蔦を監視しながら上へと上がっていく。

 蔦はある程度成長をした所で、動きを止めた。

「焼けばいいのか?」

「馬鹿ね。そんなことしたらスプリンクラーが誤作動して、余計な混乱を生むわよ」

 指輪を取り出した暁美を凪が制止する。

「どうしよう胃が痛くなってきた……」

「そうですね。まるで蛇に睨まれたカエル、でしょうか?」

 鳴子はお腹に手を当て、顔を青くする。そんな背中に手をあて水青はさすった。

「桜川さんは無事でしょうか?」

「わかんない。けど無事だ」

 暁美は自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。まるでそう願っているかのように。一度瞑目し、辺りを伺う。

「他の客も巻き込んでくれたおかげで、動くに動けないぞ」

 今の彼女たちは多くの人質を取られている状況。下手に動けば蔦が他の関係のない人たちも襲うかもしれない。それらの状況と、保奈美のこともあってか彼女たちは萎縮して動けなくなっていた。

 

 

 

 女の子話によると母親との買い物途中で離れてしまい。その道中でクマの人形をなくしたと言っていた。子供が離れる理由は主に好奇心である。ゆいちゃんが興味を引くもの。このモールでは限られていた。あるのはおもちゃ売り場までの道中だ。店先には人形がたくさん並べられていた。たぶん、それで引き寄せられたのだろう。

「あった!」

 ベンチに茶色のクマの人形が横たわっていた。一応確認のため人形を手に取り、観察していく。足の先についている商品説明のタグに「ゆい」と名前が書いてあった。

(これだ。見つかってよかった)

 悲鳴が鼓膜を震わせる。何事かと辺りを見渡すと大勢の人が何かから逃げていた。なんだろうと見ていると、蔦だった。蔦が物凄い速度で移動しているように見える。

「成長している?」

 床を。壁を這って、どんどん伸びていく。転んだ男性が蔦に絡みつかれる。

「う、うわぁあ。だ、誰か助けて! 助け……」

 次の瞬間蔦の幹が皮膚にめり込み、何かを吸い上げ始める。すぐにそれが血液だと理解した。

「あ、あああっ。助けて! 誰か! だれかたす……たしゅ……け……」

 みるみる男は干からびていき、ミイラのようになった。

 目の前で人が死んだ。その事実に倒れそうになる。

「はっ! 明樹保たちは?」

 急いで携帯を取り出すが、圏外と表示されていた。みんな一斉に携帯を使って回線がパンクしているんだ。すぐに回れ右をして走りだす。

(足がうまく動かない)

 心と体がバラバラでまるで上手く走れない。それどころか少し走っただけで息が上がる。

「うっ」

 人が死ぬ光景を思い出し、吐き出しそうになったのをなんとかこらえた。

 後ろを振り返り蔦がこちらに迫ってないのを確認して、立ち止まる。

「お前さんは今ここで死んでもらうだわさ」

「え?」

 頭上から降ってきた声。上を向くと濃緑のローブで身を隠した人が、天井を床にして立っていた。

「嘘……」

「嘘なんかじゃないさね。イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ。まさかこんな逸材がいるとわね。今頃あいつらはもう1人の方を守って精一杯はずだわさ」

 何を言っているのか理解できない。言っていることはわかるけど、意味不明な言葉の羅列にしか聞こえなかった。

 逃げなくちゃいけないと、頭ではわかっているのに動けない。色々と理解が追いつかなくてあっけにとられている。それでも頭の奥底からは、何かを炊きつけるかのように「逃げろ」と叫んでいた。

 なんとか体を後退させることは出来たが、それだけだ。

「ようこそ闇の世界へ。イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」

「あ、ああっ」

 妖しく黒く輝く宝石が2つ。それが老婆の手から私目掛けて投げつけられる。何かいけないモノだとわかった。わかったけど体は全く動かず宝石の軌跡を眺めることしか出来ない。一秒の出来事が永遠の長さのように感じられた。

 脳裏にはゆう君と明樹保、烈君、お姉ちゃんにお父さん。そしてお母さんが過ぎていく。

 石が体に触れた瞬間。視界が白黒に明滅し視界がぼやけていく。頭の中に声が響き、平衡感覚も消え、地面に引き寄せられる。

「あ、ああああああああああああああああっ!」

 痛みと熱に耐え切れず声を上げてしまう。

 手を強く握った感覚で人形を持っていることを思い出した。

(せめてこれだけは)

 人形を投げ飛ばす。人形の描く放物線がやけに鮮明に視界に映る。

 痛みと熱と、そして私の頭の中に響く声で全てが黒く塗りつぶされていく。

――こんなにゆう君のことが好きなのに気づいてくれない。いやきっと周りにいるみんなが私の邪魔をするんだ。あいつらさえいなければ――

――お父さんはいつだって私に文句ばかりだ。私は悪くない。全部お父さんがいけないんだ。私を縛り付けようとするお父さんなんて消えてなくなれ――

「ゆう君……助けて……」

 

 

 

 強い地響きと何かが崩落する音。それを聞いた瞬間私は飛び出していた。

 たぶん白百合さんは暁美ちゃんたちがいる。だけど、直ちゃんは? 直ちゃんには誰もついてない。

 最悪の事態を考えてしまう頭を殴りつけ、悲観的な思考を振り払う。

「直ちゃん! 直ちゃん!」

 煙が巻き上がっている方へと走る。道中床に転がったクマの人形が視界に飛び込んできた。急いで拾うと「ゆい」という名前が見える。

 どうしてこれがこんな道の真中に転がっているんだろう。こんなのすぐに誰かが気づいて拾うはず。

 辺りを見渡せど人の姿はどころか、気配すら感じない。

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ! 桜色のエレメンタルコネクター。一足遅かったようだね」

 何かがこぼれ落ちていくような錯覚に、耐えながら声のする方へと顔を向ける。

「アネット!」

「お前さんにプレゼントがあるんだわさ。受け取ってくれるととっても嬉しいんだわさ」

 狂喜に染まった瞳。顔はいびつに歪んでいるようにすら見える。

 煙の向こうで何かが動いた。

「う……そ……嘘だ」

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ! 喜んでもらえたようで何よりだわさ。それじゃあ私はこれで失礼するさね」

 煙の向こうでは異形の影が動いている。生まれたばかりなのか息遣いが荒い。そして私はその息遣いをよく知っていた。

「嘘だ! 嘘だよ! どうして直ちゃんが!」

 煙の向こうにいたのは、異形の姿となった私の幼馴染。須藤 直だ。

 明樹保は叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

~続く~

 


 
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