第十ニ話「~宿 題~はいぼくとハイボク」

 

 

 

 

 先日の戦闘で自衛隊の復興部隊が出動している。今は街を復興作業していた。ヒーローの戦闘による街の損壊が著しい場合は出動できるのだとか、そんなことらしい。さすがに今回もニュースにはなった。が、すぐに揉み消された。すぐに別の内容に塗りつぶされたのだ。掟に縛られている手前だが、さすがにこのままではいけない気はする。犠牲者は増えるばかりだ。国がヒーローを総出でもして事にあたったほうがいいのではないか。

「しかし、タスク・フォースの動きは確実に変わるわね」

 独り言をつぶやく。当然返事はない。明樹保の部屋の中を見渡した。

 先日の戦闘後。タスク・フォースの追撃を警戒したが、そんな素振りはなかった。しかも、08の赤い絡繰は明樹保の幼馴染である、冨永 烈だという。上手く交渉が出来れば今の状況が好転する。

 でも、事態はこちら側に不利にもなった。明樹保達が悲しみに暮れているところにグラキースが奇襲を仕掛けてきたのだ。漆黒の戦士が身を呈してかばってくれたおかげで明樹保達は事なきを得た。

 だが、漆黒の戦士に相当のダメージが入った。氷の槍が複数本、体を貫いていたから、しばらくは動けないと思う。奇襲を失敗した彼女もかなりの手負いを負っていた。彼女は迷いなく、桜木 保奈美の残した魔石を2個奪取して撤退した。

 そこから一気にその場は大混乱。私達もその混乱に乗じてその場から退き、各々家路についた。各自ちゃんと帰宅したことは念話で確認済み。

 漆黒の戦士と黄金の戦士は味方と見ていいだろう。おまけに警察もこちら側についてくれている。これでタスク・フォースもこちらの味方になってくれれば最高の状態と言える。

「けど、魔石を取られたのは痛手ね」

 相手に戦力が補充されたと見ていい。

 重い溜息を吐き、窓の外を眺めた。窓の外の天気は快晴。雲一つ無く、晴れ渡っている。そんな天気に「皮肉ね」と言葉を漏らし、探査魔法を起動した。

 

 

 

 

 

 体育館に響く声は、いつも以上に哀しみの色を持っていた。生徒だけではなく教職員の死。今回の戦闘で複数人が亡くなったのだ。

 明樹保の表情は外の快晴とは裏腹に曇っていた。いや、この体育館にいる全員の表情が彼女同様に曇っている。話をしている校長も、聞いている生徒も、先生も、誰も彼もが表情を暗くし、話に耳を傾けていた。

 先日の戦闘で桜木保奈美以外にも何人か犠牲になったそうだ。家族が被害にあったという人もいる。被害にあった人たちが、水青のところにこぞってやってくる事案があった。さすがに前回もあったことなので、教師たちも予見していたのか、事態の収集は思った以上に早かった。

――私から……貴方達への最後の宿題。私の命を背負って最後まで生き抜いて。それが……最後の宿題よ――

 その言葉は明樹保達に深く突き刺さっている。

(宿題……)

 そこで明樹保はふと思い出す。有沢 拓也の宿題。『あなたの思うヒーローについて』だ。

『ねえみんな。ヒーローってなんだと思う?』

『あき? 突然どうした?』

 明樹保の念話にいち早く反応したのは暁美だ。

『宿題……のことですか?』

 水青も有沢 拓也の出した宿題を思い出す。

『そーいやそんな宿題あったわね』

『明樹保ちゃんまだ出してないの?』

 明樹保はまだ出していなかった、書こうとしては思い浮かばず、机の中にしまう。そんな日々を繰り返しをしていた。結局魔法少女のほうが手一杯になり、今も彼女は宿題を放置していた。

『うん。まだね……』

『そういや、あたしもまだ出してない』

『早めのほうがいいですよ』

『――まだ出してないの?――とか言ってるけど、鳴子も出してないんじゃない?』

『うぐっ……はい……エンジニアのことならすぐに書けるんだけどね……』

 明樹保達は、自分たちがまだヒーローではないのは理解している。それでもアウターヒーローと同じようなことはしているのは事実。だからこそ、ヒーローっていうのがなんのかわからなくなってきたのだろう。明樹保達はヒーローになろうとしていたわけではない。ただ守ろうとした。

(私達は一体何になろうとしているんだろう)

 明樹保の頭は宿題の事で埋まる。答えの見つからない問いが、自分の頭の中を埋め尽くすのを感じた。

(ヒーローってなんなんだろう? 大ちゃんなら――)

「黙祷」

 重々しい言葉。その言葉に合わせて明樹保も含めて体育館にいる全員が瞑目した。

 

 

 

 

 

「なん……だ……と……」

 グラキースの表情は驚きに染まっていた。信じられないといった様子で、冷や汗を額に浮かべている。

(私は今光の力を使ったはずだ。なのになぜ?)

 その手に握られていたのは、桜木 保奈美が残した魔石。

「っぶねぇな!」

「まあまあ」

 対照的にイクスは怒っていた。今にも掴みかからんばかりの勢いでグラキースに迫る。それを鐵馬が抑えて、なんとかしている状態だ。離せばただの喧嘩ではない喧嘩が始まる。

 しかし当のグラキースはそんな様子に目もくれず、1人思考に耽た。

(今回手に入れた能力は、光と闇。もちろん言い伝え通りの、かなりの能力を秘めた魔石だ。ようやくあの桜色のエレメンタルコネクターと対等の能力手に入れた……はず)

「そんな魔鎧がある」

「ったりめーだろぉ! 魔鎧が消えたら俺が死んじまうだろうがぁ!」

「グラキース! さすがに事情を説明してくれ!」

 イクスは我慢ができずに暴れまわる。その振るった拳は鐵馬に直撃していた。彼は必死に耐えている。

 グラキースはそんな2人のやりとりなど気づかずに、思考の海へと浸る。

 実は彼女。つい数刻前にイクスに不意打ちで魔法を使ったのだ。光の魔法を掠る程度で撃ちこんだ。結果はご覧のとおり、一時的な減衰は確認できたが、魔鎧が消えていない。

(じゃああの桜色のエレメンタルコネクターの能力は何だというのだ。もっと上位の存在だというのか?)

 グラキースの顔は青くなる。もちろんイクスが魔法を使おうとしていることに青くなっているわけではない。

(魔鎧に直撃させずに減衰させる能力なんてのは、我々で知り得ているのは、主の銀の太陽くらいだ。それを超えるような能力かもしれないということだというの?)

 その事実に彼女は恐怖した。

「おぉい! 聞けよ!」

「痛い! 痛い! イクス! やめてくれ! グラキース助けてー」

 グラキースは鐵馬の声にハッとなり、イクスを両手で突き飛ばす。そして鐵馬を強く抱きしめ、イクスをゴミでも見るかのような目で見下した。

「おぉーけぇー。お前はブチ殺す! 今ここでなぁ!」

「鐵馬を傷つけたことを後悔させてあげます」

「グラキース! 色々とおかしいことになってる! 誰かー!」

 互いに纏う魔力が膨張し、今にも爆発しそうな冷たい殺気をぶつけあう。その間に挟まれた鐵馬は、なんとか2人を止めようと、四苦八苦している。

「なんの騒ぎだこれは」

 そこへオリバーが駆けつける。その背後には保志 志郎が続く。志郎は仲間同士のいがみ合いに眉根を寄せた。

「説明をしてくれ」

 オリバーが睨みを効かせただけで、その場は凍りつく。志郎もその気迫に飲まれて、顔を青くし、呼吸が乱れていた。

「俺はわからないっす旦那」

「俺もだよぉ! グラキースの奴が急に襲ってきたんだ」

「ああ、そうでした。鐵馬を傷つけられたので、頭に血が上っていました」

 オリバーは、黙ってグラキースに説明を促す。彼女は今しがた知り得た情報を話した。桜色のエレメンタルコネクターの能力が光ではないこと。それを知ると、その場にいた者はグラキースと志郎を置いて、歓喜しだした。当然彼ら2人の反応が普通である。だが、戦闘のことしか考えていない3人は居ても立ってもいられない様子になった。

「これは面白いことになりましたね」

「いいねぇいいねぇ。そうでなくちゃ」

「我の左腕をもっていっただけのことはある」

 男どもは突然やる気になり、その場で準備運動などを始める。今すぐにでも戦いといった感じだ。そんな様子をグラキースと志郎は呆れて眺めた。

「おほん。オリバー殿。あなたはせっかく魔鎧が回復し始めているのです。今回は偵察も兼ねて、イクスと鐵馬にまかせてみてはいかがでしょうか? 私が……私が……もっと手際よくやれれば!! 紫のエレメンタルコネクターの動きを察知できていればぁああ! 侮っていた! ううっ!! 申し訳ございませんんッッッ!!! ルワーク様ァアァアアアア!!!」

 志郎は提案しながら泣いた。己の不甲斐なさを呪い泣く。グラキースはそんな様子に肩を落とす。

「おっ! いいねぇ! グラキースは不甲斐なく、紫の奴に負けたみたいだしぃ」

「グラキース! 君を傷つけた奴を俺が必ず倒すから!」

「鐵馬~」

 イクスの言葉に不快感を示した表情は、鐵馬の言葉でどこかへ消えていく。そして皆が見ている眼の前で2人は熱い抱擁と、口づけを交わす。

 

 

 

(ああ、この人だけが私を満たしてくれる)

 馴れ初めは本当に一目惚れだ。私が鐵馬をエレメンタルコネクターとして覚醒させてしまった。最初は敵を増やしたと焦ったが、彼はヒーローをやめ、自身の会社を破壊して私たちの仲間になったのだ。それから少しずつ想いをぶつけていき、ようやく実ったこの恋。いや愛だ。私もあのエレメンタルモンスターになった女と同じく、この男のためなら死ねる。愛の為に、尽くせる。

(男のために死ねる。なんと甘美な響きか)

 

 

 

「うむ! 昨日も励んだ甲斐があったというものだな」

「そぉーいやそうだったなぁ」

 オリバーとイクスは意地悪そうに笑う。そこへ泣き止んだ志郎が無表情でそれを眺めた。そして話を1人で勝手に続ける。

「満宮襲撃前なので、魔石の使用も出来れば抑えてください。4個までですね」

「少なくないか? アネットみたいにぱぁっとくれよ」

 イクスの不満を、志郎は首を振って黙らせた。

「想定外の出来事に対処するために、こちらも余裕を持って対処したいのです。4つでもかなりの戦力を割いたつもりです。後はヴァルファラ、ヴァルハザードから招集のかかっている面々の持ち込み具合です」

 イクスは鼻で息を吐き、不満を顕にするが。理解はしているようで、とくにそれ以上は文句を垂れることもなかった。

「ここに来て、アリュージャンが持ち出していた魔石が奪われたのが痛いな」

「ええ。この街にいる6人のエレメンタルコネクターはもちろんですが、漆黒の戦士と黄金の戦士の存在が、我々の予定を大きく狂わせています」

 志郎はどこからか取り出した資料をめくり始めている。そこに事細かに情報がまとめられ、逐次書き込みが加えられていた。なので、資料の端にある無地で白い部分は、新しい情報が入る度に文字が走り書きしてあり、真っ黒になっていた。

「魔石は、警察の方にあると思っていたのですが、警察はすでに魔石をどこかへ持ち運んだらしく、こちらのほうに……ううっ! やはり私はあのお方に使えておきながら、こんなものなのか!!! 申し訳ございません!!!!」

「今は耐えてくれ。お前の話が終わってから――」

 オリバーの言葉遅く。地に膝をつき、拳を床に何度も叩きつけながら彼は泣き始める。

「ああ、ルワーク様にお仕えするならもっと千里眼の如くすべての物事を見極められれば、おおッ!! 己の不甲斐なさに打ち拉がれるぅううう!!!」

 そこから十数分ほど彼は支離滅裂な言葉を泣きながら喚き続ける。

「ふぅ……。とりあえず、結論から言いましょう。アリュージャン殿が持ちだしていた魔石の回収は諦めましょう」

「う、うむ。そうだな」

「威力偵察って言っても、エレメンタルコネクターを殺してしまっても構わないんだろぉ?」

 イクスは話をさっさとまとめたがっていた。グラキースの話を聞いてからか、そわそわしている。戦いたくて仕方がないという様子だ。

(今のイクスならば勝てよう)

 オリバーは心中安堵する。

「それは困るな。主はあれで紫のエレメンタルコネクターにご執心だ。クリスが嫉妬するほどにな」

 イクスは面倒臭そうに「またか」と言葉を漏らす。

「主の女好きも直らないっすね」

 鐵馬も少し呆れたようにつぶやく。

「強い男に女は集まるもの。という考えだからな。最近は件のエレメンタルコネクターにも興味を持ち始めているようだ」

「これは面倒になる前に殺すか」

 全員意見は同じなのか頷きあって確認した。

「んじゃあ鐵馬いくよぉ~」

「了解です」

 彼らは魔石を4つ受け取ると、足早に命ヶ原に向かっていった。その背後が見えなくなったぐらいにだ。グラキースが口を開く。

「アネットはどうなのです?」

「それが……傷や魔障はもうよいのですが……。心のほうが問題でして」

 志郎は額をかいた。オリバーは腕を組む。

「件のエレメンタルコネクターに恨み言を言い続けているからな」

「今暴走されるのは困ります」

「うむ」

 3人は黙りこむ。

「一応、監視はつけていますが、お構いなしで出ていこうとしています。ルワーク様に諌めていただきたいのですが……」

「むぅ……主はあれで、アネットが暴走しているのを楽しんでいる節があるからな」

 突如、グラキースは口に手を当て吐き気をおさえようとする。痙攣が始まり、地に崩れ落ちる。

「うっ!」

 耐え切れず胃の中のモノを吐き出す。

「グラキース!?」

 

 

 

 

 

 体育館で黙祷と、今後の予定を聞いて本日の学業は終わりである。

 明樹保達が元気なかったので、駅前のモールにあるアイスクリーム屋に行こうと誘ったが、ノリ気ではない様子だった。そのため後日に約束を取り付けて真っ直ぐ帰宅だ。

(無理もないか)

 自身の冷静さに、嘲笑する。

 自分も悔しくて悲しいはずなのに、泣くことも出来なかった。どちらかと言えば恐怖したというのが本音だ。

 私は早乙女 優大に恋をしている。明確に理解したのは小学校の時だったろうか。それからずっと片思いである。それなりのアプローチは何度か試みたことはあるけど、ゆう君はどうも鈍感なのか、はたまたそんなことには、まったくもって興味が無いのか。今持って手応えを感じたことはない。いや、そもそも私はちゃんと「好きです」と告げていないのだ。伝わるはずもない。それがわかっていても、ゆう君から気づいてくれて、私に告白してくれるんじゃないだろうか。そんな夢を抱いてしまうのだ。

 保奈美先生もたぶん頑張ったんだろう。それで死ぬという結末は信じられない。いや恐怖だ。

 自宅の門戸を開け、玄関に鍵を入れる。

(ん? 開いてる?)

 そこで違和感を覚え、鍵を回さずに玄関を引く。

「開いてる……もう、お父さん!」

 玄関には見慣れた靴が乱雑に脱ぎ散らかしていた。

 お父さん、須藤 直毅は徹夜明けになると、とたんに乱雑な生活になってしまう。そのくせ他人には、自分の求める理想を完璧にこなすことを求めるのだ。

 急いで家の中に入り、あれこれ確認し始める。

(徹夜明けということは……ビールとかも飲み散らかしているんだろうな)

 茶の間に入ると、ちゃぶ台が目についた。そこには、乱雑に散らかされたビールの缶が転がっていた。缶の中身が机の上に撒き散らかされているのもある。

「嘘でしょ……」

 カバンを放り投げ、中身の無い缶を片づけ、台拭きで机の上を拭き始める。机に顔を近づけ臭いをかぐ。

(うっ! ビール臭い。)

 消臭とか除菌と書かれたスプレーを持ってきて、台の上に吹き付ける。そしてそれを念入りに伸ばしたり、拭き取ったりしていく。

 私が作業をしていると、階段を降りる音がする。今のこの家には私とお父さんしかいない。当然、この音の主は私のお父さんとなる。

 背後で部屋の入口に立ったのがわかる。机の上の飲み散らかしたビールについて抗議しようとしたところである。

「おい。このカバンはなんだ。カバンくらいきちんと片付けられないのか」

 酔っていて頭が痛いのだろう。そのせいか普段より声音は低い上に、機嫌の悪さが言葉に乗っていた。さらに「どうしてそうなっているのか」という思考能力すら、追いついていない。

(私がなんのために、こうしているのかもわからないなんていい刑事さんだこと)

 私は内心毒づき、すぐにこの場を退散することにした。このままだとまた喧嘩するだろう。ただでさえでも今はいい気分じゃないんだ。そこら辺も考慮してほしいが無理だろう。

 

 

 直は台拭きを台所へ片付ける。

「おい。なんとか言ったらどうなんだ?」

「失礼しました!」

 直はカバンを持って自分の部屋へと駆け上がっていく。

 直が部屋に駆け上がった後に、直毅は気づいた。

「しまった」

 しかし、やってしまった手前。どうすることも出来ず。直毅は肩を落として、仏壇の前まで歩み寄る。

「恵美……またやっちまったよ」

 彼が語りかける仏壇には、笑顔で笑っている女性の写真が飾ってあった。見ているこちらまで笑顔にさせてくれるような、優しい笑顔。そんな幸せそうな写真は、今の彼にとっては自分を責めているように見えたのだろうか、すぐに目を逸らしてテレビを点けた。

「今度好物のどら焼きでも買うか~」

 情けない声を出しながら机に突っ伏した。

 

 

 

 

 

 鉄塔の上に2人の人影が立っている。鉄柱は等間隔に立っている。他の鉄柱電線で繋がれており、電気を遠方に送り届ける使命を全うしていた。その頂上にいるのが紅い男と灰色の男だ。堂々とそこにいるのだが気づかれなかった。普段の人は視線を自分の目線より上に向くことはまずない。そのせいか、彼らの存在に誰の目にも触れることはなかった。

(まさかあんな逸材がいるなんて夢にも思わなかったぜ。エレメンタルコネクターと覚醒してもよし。味方になっても敵になっても最高に面白いことになりそうだ)

「おい。あいつをやるぞ」

 イクスは表情を歪めて、眼下を歩く学生服を着た少年を品定めする。

「アレですか?」

「ああ。あれは面白そうだぁ」

「さっぱり見えないですね」

「こればっかりは鍛錬あるべし、だな」

 意地悪そうに笑うイクス。対して鐵馬は嫌そうに顔をひきつらせた。

「了解です」

「ま、そういう俺も最初はお前と同じようなもんさぁ」

「そうなんですか?」

「そうよ。オリバーにしごかれたし、アリュージャンに馬鹿にされたくなかったしなぁ」

(居なくなったらなったで寂しいな)

「ちっ!」

「どうしたんです?」

 鐵馬は不思議そうにイクスの様子を見ている。彼はそれに手を振って応えた。

「なんでもない。嫌なことを思い出しただけだ」

 イクスは改めて周りを見渡す。他に自分たちの求める要件に合う人間がいないかの確認だ。すぐに辺りを見渡すのをやめ、眼下を歩く少年へと意識を集中する。

「アレだけです?」

「アネットもグラキースも乱獲しすぎたんじゃないか?」

(そういや。2人だけ魔石の影響も与えられずに、取り逃がしたとか言っていたな)

 イクスは暫く考える素振りを見せたが、すぐにいつもの様子に戻った。鐵馬と顔を見合わせ、鉄柱より飛び降りる。

 少年へと一気に引き寄せられる。逃がさないためにも周囲を爆破した。予想通り驚き、動きが一瞬止まる。その周りを灰色の壁。鋼の壁が四方を囲むように突き立てられる。

(もらった!)

 魔石に魔力を込めた時だった。

 少年は一飛で鋼の壁を飛び越え、走りだしたのだ。

「なっ!」

「ちぃ! 面白いじゃねぇか。気に入ったぜぇ! 絶対お前をこっち側に引きこむ」

 地面を蹴り、走る少年の背後にあっという間に迫る。伸ばした腕は少年に触れること無く空を切った。

 イクスが地面を蹴ったのを見ることが出来た人がいれば、少年の背後に瞬間移動をしたように見えただろう。それほどの速さで迫り、魔石をあてがおうと腕を動かした。が、少年は背中に目があるかのように、それを地に伏して回避していた。そのまま少年は地面を転がり、起き上がる。

「鬼ごっこは終わりだよぉ」

 少年の周りに鋼の壁が降ってきた。それは地を揺らす。樹木を、電柱を、民家を激しく震わせる。

 先ほどとは比べ物にならないくらい大きな鋼の壁。さらに壁の上には鐵馬が立ちふさがっている。先ほどのように飛び越えることはまず不可能だ。

(こいつはこっち側の人間か? 楽しめそうだ)

『体を壊さないでくださいよ』

『爆破は使わねぇよぉ!』

 イクスは拳を突き出す。あまりの速さ、威力で空気が爆ぜる。しかし少年はこれを余裕で持って回避する。

「やるねぇ! ますます気に入ったぁ!」

 イクスは吠える。そんなイクスと距離をとろうと、少年は飛び跳ね後退した。

「無駄ァ!」

 少年の背後に紅い影が現れる。少年の目は驚きに見開かれた。直後に迎撃のために回し蹴りをお見舞いしようとする。しかし蹴りは虚空に円を描くだけだった。

 空気が切れる音だけが鳴り響く。

「今のはちょっと危なかったぜぇ」

 言葉とは裏腹にイクスは笑っていた。新しい遊び道具を手に入れた子供のように無邪気に笑う。

「くっ!」

「初めて恐怖してくれたねぇ! 嬉しいよぉ!」

 イクスは少年の足を引っ掛け、転がす。

「よく頑張ったが、これでお終い」

 少年は迎撃しようと足を振るう。それがイクスの右脇腹に直撃する。魔鎧を減衰させ蹴りが脇腹に一撃を見舞う。

「あぐっ! この野郎ぉ!」

「イクス! あんたまだ」

「るっさい!」

 足を掴み。行動を不能にさせる。

「今のは効いたぜぇ! お返しだ」

 空いた左腕で魔石を投げつける。少年は攻撃だと思ったのか、魔石を左腕で受けた途端に顔は苦痛に歪む。額に汗を浮かべ。地面をのた打ち回り始めた。

「あっ! ぐっ!」

「いいねぇいいねぇ。そういう声を聞きたかったよ」

 しばらく待っても魔物になる気配がない。否、魔石に色が灯る。

『イクスこいつ』

『面白いことになってきた』

 イクスは迷うこと無く2つ目の魔石に魔力を流しこみ少年に投げつける。まだ抵抗できるほどの意識があるのかそれも左腕で防がれる。先程より、表情は少し余裕に見えた。

「こいつ……」

「イクス」

「鐵馬残りの2つよこせ」

 鐵馬は最初こそ躊躇したが、断っても変わらないであろうことを悟って、すぐにイクスに投げ渡した。彼は満足そうに受け取り、魔力を流し込む。その挙動をわざとらしく、目の前の獲物に見せつけながらだ。

 しかし目の前の少年はそれすら、まっすぐに見据えている。その表情には恐怖の色はない。むしろ立ち向かうとする意志があるものの眼差し。

(いい目だ。こういう奴は大抵面倒なやつだ)

 それがわかっているイクスは容赦がない。

(一気に追い込ませてもらう)

 周囲を爆破し少年を吹き飛ばす。ゴム製のボールが地面を転がるかのように、転がった。鋼の壁に叩きつけられている。

(ちっ! あの爆破でも受け身をとれるとか、おかしいだろう)

 爆破で吹き飛ばしたにも関わらず、受け身をとって衝撃を和らげたようだ。とはいえ体は傷だらけである。魔石の影響で顔色も良くない。イクスはこれ以上の抵抗はないと確信する。

『イクス!』

『わかってるってぇ』

(とはいえ、油断は禁物だ。4つ同時の魔石をやって魔物にならないなんてありえないし、これでジ・エンドって奴だ)

 少年が起き上がる前に彼は魔石を投擲する。相手は対応する事ができなく、そのままそれの直撃を許す。

「ああっ! グゥウウゥガァアアアアアアッ!」

「あっはっはっはっはっは! いいねぇいいねぇ! さすがにこれでお終いちゃんちゃんだぁ」

 イクスは大袈裟に両手を広げ、青空を仰いだ。その表情は凶悪に歪み、笑っていた。

「しかし、よく耐えますね」

「そのうち落ちるだろう」

 少年の苦痛に悶える声は止み、立ち上がろうとする。が、すぐにそれをやめ、地面を転がってイクス達と距離を離し始めた。

「おいおい。いまさら逃げるなんて無理だし無意味だよぉ。大人しくこっち側に――」

 直後に桜色の閃光が天を瞬く。イクスも鐵馬も本能的に飛び退く。

「クソッ!」

「最っ高っの獲物が来たよぉ! 鐵馬ぁ! あっはっはっはっはっはっはっは! 楽しいねぇ!」

 

 

 

 

 

 学校である程度の連絡事項を聞いた後は、みんなそれぞれまっすぐ家路についた。大ちゃんはなんか用があるからと、帰りは別になった。直ちゃんと別れて、後少しで家につくというところだった。

『敵が来たわ』

 エイダさんの念話を聞いて現地に急行すると、すでに逃げ出している人達がいた。ここ数日の大きな戦いのせいか、市民は逃げるのに恐ろしく手馴れていた。もちろん表情に余裕はない。それでも、私が関わりはじめた最初の頃より断然逃げ慣れていた。

『魔石を使用された形跡があるわ』

 胃が零れ落ちそうな錯覚を感じる。お腹の奥が冷えていく。走る足が少しふらつき、一度立ち止まる。せり上がってくるモノを抑えきれず吐いた。

 脳裏には保奈美先生の最期の姿。

『魔物が出たって……ことか?』

『それは……不味いですね』

 暁美ちゃんも水青ちゃんも声に元気がない。どこか戦いたくないという感じ。私も嫌だ。

『魔石を使われた可能性はあるんだけど、どうもいるのはイクスと後知らないやつが1人ね』

(え?)

 魔石を使ったのであれば魔物が出るはずだ。誰かの命を食い破って、魔物はいつだって現れていた。それが普通。普通のはずだ。もしかしてもう1人いる人が魔石を使われた人なのかも。

『もう1人立っている奴が魔石の犠牲者じゃないの?』

 凪ちゃんは変わらない。それが今は頼もしい。

『それはないわ。あっ! もう2個投げた!』

『エイダさんそこから使われている人は見えないんですか?』

『爆煙でよく見えないわ』

(助けられるなら早い方がいい)

 周りに人がいないことを確認して、桜色の輝きを纏う。学生服は戦うための戦闘服へと変わる。見た目は派手な衣服と変わらないが、その防御性能は私たちを何度となく襲った脅威から守り抜いてきたものだ。

 それに身を包んだ私は魔力を手のひらに収束させる。エイダさんに教えられた方角に魔法を放つ。

 

 

 

『街に被害を出さないように途中で屈折させて』

『わかってる』

 明樹保の言葉にはどこか苛立ちと焦りの色が見える。先日の戦闘で自分の担任を殺したことが起因していた。いくら強い力。神のような力を手に入れようと、それを受け入れた器である彼女は、どこにでもいる普通の女の子。ましてやその力ふるった相手が自身の元担任ならば、彼女にかかるストレスは計り知れないだろう。そう明樹保は焦っていたのだ。

 焦りからか、魔力のコントロールを誤る。

「しまった!」

 思った以上の威力。そして焦りによる焦りで操作のミスを起こす。民家ごと敵のいる場所を吹き飛ばした。

『明樹保?! 大丈夫?』

『うん。でも……』

『今は気にしたらダメよ!』

 エイダの励ましは、明樹保にはあまり意味の無いものだ。明樹保は自身の手を震えるのを抑えることが出来ずにいる。

『あき! もう少し待っててくれ! 後少しで着く』

『すいません。私は少し時間がかかります』

『ごめんこっちはもっとかかる。鳴子の精神状態が安定しないのよ』

『ご、ごめん』

 明樹保は震える手を抑えようとして失敗する。

(みんなも辛いんだ。なんとかしなくちゃいけない。私がなんとかしなくちゃ、この状況は変わらない。なのになんで!)

「魔法少女なのに!」

 彼女の体と心がチグハグで、思ったように動けない。魔力も上手く練れなくなっていた。

「おいおい。攻撃しておいてこっちは無視かぁ?」

 彼女の背後から飛んでくる声。すでに敵は目の前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 戦闘と呼べるモノは起きなかった。イクスの飽和攻撃の前に対応できるほどの強さはない。ましてや彼らの相手は1人だ。さらに動きがまるで鈍い。魔法もまったく効果的に使えずに、結局残り僅かの魔力を残して、明樹保は力尽きた。

「面白くねぇなぁ」

「これでいいじゃないですか。さっさと魔石を回収して殺しましょう」

 イクスはつまらなそうに「だなぁ」と同意し、明後日の方向を見始める。鐵馬に任せると態度で言っていた。そんな様子に、多少を眉根寄せるが彼は仕方ないという表情になると、明樹保に歩み寄った。

「させるかぁ!!!」

 咆哮と同時に炎の拳が鐵馬を襲う。目にも止まらない速さで繰り出された拳。しかし鐵馬は鋼の壁で受け止めてしまう。

「そういえばまだいましたね」

「どうせこいつと同じで弱ちい、やつだろう?」

 イクスの挑発に暁美は乗ってしまう。

「お前ぇ! よくもアタシのダチを!」

 炎を爆ぜさせ、鋼の壁に拳の殴打を浴びせ続ける。鋼の壁は、拳の雨に凹んでいくが、それでもまだ壁の形状を保ち、役割を担えている。

「ばぁか」

 その言葉の後、紅い爆発が暁美を吹き飛ばす。地面を滑り、その先にあった塀に激突した。瞬きする間に暁美は遠くへ吹き飛ばされていた。身にまとう衣服は地面を滑った割に目立った傷はない。だが、体にかなりの負荷は掛かったようで、ふらふらと立ち上がっていた。

 そこへ容赦なく追撃をしたイクスは、彼女に肉薄。暁美に回し蹴りをお見舞いする。さらに吹き飛ばされた彼女は。民家を、塀を、家々を突き破り、大通りの道路を転がる。

「く、くそっ」

「どっかーん!」

 イクスは爆発の擬音を発すると、暁美を地面ごと大爆発させて天へと巻き上げる。

「どっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかんどっかーん!」

 擬音に合わせて空間が爆発を繰り返し、暁美をさらに上空へと押し上げる。上空で上がりきったところ。一瞬の無重力。その瞬間に合わせて特大の爆発が彼女を襲う。そのまま一気に地面へと急降下。

 すでに意識もないのか、声もあげることなく暁美は急降下する。地面に激突するだろう。その時である。水が地面いっぱいに広がり、暁美を優しく包み込み受け止めた。

「暁美さん!」

 水青の呼びかけに暁美の返事はない。水青の表情は一気に青ざめるが、落ち着いて心音と呼吸を確認する。ほっと胸をなでおろし地面に優しく降ろした。

「よくも!」

「5人同時でくりゃあいいものを」

「黙りなさい!」

 イクスの爆発を水圧で防ぐ。手のひらに水の塊を生み出し、つっぱりの要領で押し出す。水は急激に膨れ上がり、イクスを襲う。鋼の壁2枚がハの字に顕現。水を受け流すように立てられ、イクスを守る。

「俺が来なかったら危なかったですね」

「来たじゃないかぁ」

 鐵馬の言葉に不敵に笑ってイクスは言葉を返す。彼らの強み。それは彼女たちにはない連携。

(負ける気がしないね)

 鐵馬は鼻をこする。

 鋼の柱が投擲されるが、水の壁に阻まれ途中で止まる。水の壁から枝が伸びるように、数本の水の触手が伸びる。それは物凄い勢いで地を走り、アスファルトを削っていく。舗装されているこの道路は、発泡スチロール製なんではないかと錯覚させた。鐵馬は鋼の壁を形成するが、真っ二つに斬り裂かれる。

「厄介だなぁ」

「水の能力ってここまで応用効くんですね」

 彼らの足元に水が迫る。みるみるうちに膝の上まで水で満たされていく。浸かっていた水全体が動き、体を支えることができなくなる。彼らは盛大に水飛沫を上げながら水の中に倒れこむ。当然もがく。が、水の壁に阻まれ出ることを許されない。

(やばい)

 隣を見るとイクスも同じく水の中でもがいていた。

 水を突き破られ、鋼の柱が2本生える。

 イクスは息を乱し、肩で息をしていた。鐵馬は間髪入れずに鋼で柱、壁、鉄球などを生み出し、それを水青の頭上に降らせる。

 巨大な水流が、鋼の雨を押し流す。

「それならば!」

 赤のエレメンタルコネクターを狙おうと探し、居ないことに気づく。

「でりゃあああああああああッ!」

 炎の拳が眼前に迫る。鐵馬は手をかざし鋼の壁を顕現させようとするが間に合わず直撃。鈍い打撃音が響く。

 水の地獄から手が伸び、鐵馬は引き込まれる。

「くっ! この離せ!」

 自身に絡みつく水の手を振り解こうとするが、空中にいるせいかうまくいかない。

「させるかよぉ!」

 紅い光が瞬き、爆発で水の手を爆ぜさせた。イクスは鐵馬を抱えて落下地点を変える。着地と同時に炎の雨が降り注ぐ。2人は転がるが、全てを回避できるわけではない。魔鎧が削れていっているのかイクスの表情に余裕はない。

 耐え切れず鋼の壁を顕現。水が足首に伝わったのですぐに跳躍。炎の豪雨に晒され、体を纏う何かが削れていく。

「やるじゃねぇか!」

「桜色のエレメンタルコネクターを確保しておけばよかったです」

 イクスは笑いながら「だな」と応えた。

 2人は建物の屋上に着地する。紅い爆破が暁美と水青を襲う。狙いは爆風による吹き飛ばしと、こちらへの攻撃を一時的にでもやめさせるためだ。しかし緑の風がそれを阻む。2人はそれを確認すると飛び退く。直後に黄色の雷撃が轟音と共に屋上を吹き飛ばす。

「くそっ! 個々人で来てくれれば楽なのに!」

「桜色の奴だけくらいだったな」

 緑のエレメンタルコネクターは、桜色のエレメンタルコネクターに肩を貸しながら浮遊していた。

(桜色の奴はまだ意識が戻ってないか?)

「はっ! お前たちに俺達の力を見せてやるぜぇ!」

 イクスは拳を作り、彼女たちと対峙する。それを眺めた鐵馬はうんざりとした表情で溜息を吐く。

「おい。なんだよぉその顔は」

「嫌だなって」

「お前この期に及んでそれはないだろうがぁ」

「はいはい。わかりましたよ。やる気出します出します」

 鐵馬は鼻をこする。それを見たイクスは口元を歪める。

 鐵馬のその癖は勝利を確信したときにする癖だ。

『鋼の筒と杭をたくさん用意できるか?』

『あれをやるんですか? いいですよ。でも今の自分の魔力量がさっぱりなんで、どれくらい出せるかわかりませんよ?』

『ありったけ出しな』

『はいはい』

(俺とイクスだけができる技。以前銃の構造を話した時にイクスが思いついた技だ。鋼の筒と杭を用意し、筒の中でイクスが爆破を使うと、杭が銃弾の要領で吐き出され、敵を襲うという技だ。イクスは「エクスプロージョンニードルファランクス」とか名付けていた気がするが、割とどうでもいい)

 

 

 

 彼女らの目の前で灰色の光が閃く。人を軽く飲み込むほどの筒と、それと同じくらいの大きさの杭がたくさん出現する。それは水青達に向けられた。すぐに投擲するのかとも思ったのか、構えるが動きを見せない。

「何を?」

 エイダは現場についたはいいが、明樹保たちから少し離れていた。そのお陰で俯瞰的に状況を眺めることが出来た。

 魔法少女達を囲むように配置されていることから、何らかの攻撃手段である。それを彼女たちも察してか、水の砦と風の壁が守っていた。

(嫌な予感がするわね)

 筒の中に杭が収められていく。なんの意味があるのか。彼女たちには理解は出来なかった。

『何か仕掛けてくるわ』

 エイダは注意を促すが、敵の真意がわからないためどうとも指示を出せない。

『何をする気?』

『あの筒なんだ?』

『あの灰色の戦士は、鉄塊を投げる戦闘を主としているようでした』

『筒……杭……なんの意味が』

 鳴子は敵の様子を注意深く見ながら、思考を回転させる。

(筒に杭を収める必要性……爆弾……)

「アッ! みんな逃げて!」

 鳴子の悲鳴にも似た叫びが空気を震わせる。だが、その声は爆音によってかき消さられた。

 この鋼の筒は大砲といっていい大きさ。そして杭もまたそれに相当する大きさ。それを押し出す爆破は、並大抵では押し出せない。結果、轟音が周囲の建物の窓ガラスを吹き飛ばし、地面を大きく震わせる。

 灰色の杭が雨となって魔法少女たちを襲う。水青の水の壁を容易く突き破り、風の防壁を越え、それは彼女たちを襲った。

 エイダは轟音で身を打たれる。

「あぐっ!」

 エイダが目を開くと、彼女たちは地面に転がっていた。

『みんなしっかり! 返事をして!』

 念話で呼びかけても反応がない。エイダは急ぎ駆け寄る。

 小さな黒猫の身でエイダは家々を、建物を跳躍していく。黒い稲妻にも似た動き。程なくして明樹保たちの元へと駆け寄る。

「みんな!」

 全員呼吸はあるものの弱々しい。エイダの顔は青くなる。

「エイダぁ。久しぶりだなぁ。動くなよ。お前はずる賢いから下手な事すると、そいつらを肉片とするぞ」

 声が降ってきた。エイダが見上げるとイクスが近寄ってきている。その表情は狂喜していた。その後ろにいる鐵馬は、満足そうに鼻をこすっている。

「っ!」

 せめてもと睨むしか出来ない。

「おお怖い怖い」

「早く全員殺して、魔石を回収しましょう」

 淡々とした言葉。その言葉はエイダを絶望させる。イクスはエイダから視線を外さずに歩み寄る。エイダは内心蛇に飲まれるカエルの気分はこんな感じだろうか。と毒づく。

「ま、まだ……終わってない」

 一番ボロボロの明樹保が意識を取り戻した。

「おう♪ いいねぇ頑張ってもいいけど、無駄だよぉ」

 イクスは手をかざす。

「まだ。こんなところで……先生の宿題が終わってない!」

 明樹保の言葉は弱々しく、今にも崩れ落ちそうな様相だ。

「残っ念っ。ここで終わりぃ」

「そうでもないみたいよ」

 聞き慣れぬ声がその場に凛と響く。

 

 

 

 紫の輝きが迸る。直後に紅い人影が吹き飛ばされ、建物の中へと消えた。

「なっ! 紫のエレメンタルコネクター!」

 驚く表情そのままに吹き飛ばされる鐵馬は、地面をゴム鞠のように転がる。

「アナタは……?」

 明樹保たちを庇うように立ちふさがる紫の魔法少女。その存在を知っている鐵馬には先ほどの余裕はどこにもない。

 

 

 

 私はエイダさんの話を思い出した。この街に魔法少女がもう1人いると。かつてエイダさんと共に戦ったという人を。

(それがこの人?)

「休んでなさい。これくらいなら大丈夫」

(この声は……確か……)

 

 

 

 紫の魔法少女は優しく告げる。瓦礫が爆ぜ、イクスが這い出てきた。

「貴様ぁ! 紫ぃ!」

「貴方達に聞きたいことがあるのだけど?」

「答えるかよぉ!」

 手をかざす。しかしそれより早く接近した紫の魔法少女は、その手を掴みみぞおち辺りに拳を叩きこむ。重ねて紫の光を解放する。掴んだまま地面に叩きつける。鋼の柱が投げつけられるが。柱の軌道上に無数の紫の玉が出現。そこから線が走り、柱に絡みつき動きを止めた。その柱を足場に跳躍。重力の球体は鐵馬の胸部を貫き、空中に巻き上げられる。

「こなくそぉ!」

 イクスは起き上がり吠える。

「周りに気をつけなさい」

 紫の糸が絡みつき動きを封じる。

「な――」

 イクスの「何」と言い終える前に地面に転がされる。受け身が取れず呼吸が一瞬止まる。地面にたたきつけたイクスの腹部目掛けて紫の球体を連続で撃ちこむ。

「はああああああああああっ!」

 鐵馬は咆哮を上げ、鋼の柱を振り回す。その彼にイクスを投げつける。勢いを挫かれた彼の背後に立ち回っていた。重力は球体と形成しその背中に叩き込んだ。

 舗装された道路は紫の球体によって容易く押しつぶされる。

(あの時の押しつぶされた後はこれだったんだ。保奈美先生の時もそうだ)

 明樹保は先日の戦闘の光景を思い出す。

 紅い光が迸る。アスファルトは激しくめくれ上がり、周りの建物も爆風で骨組みだけを残し、後は吹き飛ばされていた。

「くそがぁ」

「下がりましょうイクス」

「ふざけ……ちぃ! 俺もお前も魔力がやばそうだな」

 イクスは心底つまらないといった態度になる。先ほどまで放っていた殺気は消えていた。

「逃がすと思って?」

「俺達を逃してくれたらぁ、もれなくお前たち全員生きて帰れますぅ」

 紫の魔法少女は背後にいる明樹保たちを確認する。とても戦闘できるような状態じゃない。ここで殺そうとしても鐵馬の能力で時間稼がれるのは容易に想像できる。防御に回ったとしてもかばいきれるわけはなく。逃がすしか無い状態だ。彼女は面白くなさそうに息を吐く。

「1つだけ答えなさい」

「なんだよぉ!」

「アリュージャンはどうしたの?」

 イクスたちの表情が一変する。エイダも「そういえば」と小さく漏らす。

「漆黒の戦士に殺されたよぉ」

 何かを吐き捨てるかのような物言い。いや、実際につばを吐き捨て。苛立ちを顕にした。これ以上はいたくないと、言っているかのように立ち上がる。

「下がらしてもらうよぉ」

「この借りはいずれ」

 2人の男は言葉を残して去った。気配が消えるまで紫の魔法少女は辺りを警戒する。エイダもまた探査魔法で周囲をくまなく警戒した。不意打ちをされないという可能性はない。また彼らが素直に退くと思えないところも感じたのだろう。念入りに調査し、辺りを警戒していた。

 しばらくして不意打ちも襲撃もないことを確認したエイダは警戒を解き、明樹保に駆け寄る。

「大丈夫?」

「大丈夫……って言えない」

 明樹保は無理に笑おうとして失敗する。涙が溢れでて地面を濡らす。

「貴方達はこんなところで立ち止まってはいけないわ。背負ったのでしょう? 桜木先生の命を」

 紫の魔法少女は私たちに近づいてきた。

 右手と左手の中指にはめられた2個の指輪。

「紫織先輩?」

 明樹保は泣きながら、彼女へ問うた。

「そうよ桜川さん。星村 紫織よ」

「じゃあ紫織先輩がエイダさんの言っていた魔法少女?」

 明樹保の言葉に2人の表情は怪訝な顔をする。

「ごめんなさい明樹保さん。私はエイダなんて人は知らないわ」

「え?」

 ここでエイダは明樹保と自分たちにある齟齬に気づいたのか。表情を渋くする。彼女はまだ一言も前のエレメンタルコネクターとの話をしていなかったのだ。

「はじめましてね。私がそのエイダよ。貴方は……この事件に巻き込まれたの?」

 彼女は最初、黒猫が喋ったことに怪訝な表情になる。が、すぐに取り繕う。そしてエイダの質問に対してゆっくりと首肯した。

「なるほど、貴方は色々と知っていそうですね。教えてください。この力のこと。あいつらのことを」

 紫織はエイダに指輪を見せつける。

「ええ。いいわ」

「ちょ、ちょっとまってエイダさん。エイダさんの言っていた人は?」

 エイダは首を横に振った。その表情はどこか寂しさを感じさせる。

「そもそもどこの誰でなんて人なの?」

 紫織は結論を急がせた。エイダは頷き、明樹保を見据える。

「そういえば説明してなかったわね。名前は黒峰 桜。闇の力を持つエレメンタルコネクター……じゃなかった魔法少女よ」

「くろみね……さくら?」

 

 

 

 

 

 星空が優しく暗闇を彩る。命ヶ原にあるとある沼池。小さな山間にあり、周りは木々が生い茂った自然豊かな場所。知る人ぞ知る野鳥の観測スポットだ。昼間こそ野鳥好きや、沼地で遊ぶ子どもたちがまばらにいるが、夜中になれば街中より暗い。気の小さいものがここにくれば、すぐに逃げ出すだろう。それほど静かで暗い。

 その水面が光を放つ。

「来たか」

 オリバーは低く言葉を発する。隣にいる保志 志郎は嬉しそうにその光景を眺めた。

「これで満宮襲撃の準備も整いました。ううっ……しかし! 現状の戦力で攻めることのできる案を私が練れないというのは、自身の不甲斐なさを悔いるばかりであるぅ! あああああああ己の無力さを恨みたい。嘆きたい。申し訳ございませんルワーク様ぁ!」

 志郎はまたいつものように泣きながら、自身の精神を落ち着かせようとしている。

「む?」

「ぐずっ……どうかされましたか?」

(誰かに見られている。否。これは殺気)

 オリバーは自分たちを刺すような殺気に気づいた。すぐに構えを取る。

「オリバー殿?」

「敵襲だ。数は……1人か。この殺気覚えがある」

 オリバーの口が歪む。

「いるんだろう? 我はお前とこうして戦うことをずっと待っていた」

「オリバー殿!」

 志郎の言葉を無視する。

「ただ仕掛けてくるのはいいが。1つ言っておくことがある――」

 オリバーの表情は獰猛な獣のようになった。歯をぎらつかせ、獲物を差し出せば今にも飛び出しそうな状態だ。

「――今の私は万全だ」

 言葉を言い終えたと同時だった。目の前の地面が爆ぜ、そこに漆黒の戦士が武器を構えていた。

 爆ぜた土が一瞬の無重力状態になる前に、漆黒の戦士はオリバーへと迫る。黒い光が2回閃く。だがそれは空気と音を切り、虚空を走るだけだった。紺色の光が複数回瞬く。爆ぜた土がようやく無重力状態になるころには、オリバーは漆黒の戦士の背後を取っていた。いつの間にか引きぬかれた純白の刃が紺色の光を纏う。

「せいっ!!!」

 轟音と衝撃波が、大地と空気と木々を激しく揺さぶる。無重力になっていた土は、突然の衝撃により大きく軌道を変えられ、四方八方に飛び散った。

(躱したか! 以前より動きが速くなっている)

「やるな!」

 言葉を返せとは言わないが無言。幾度か刃を交えたが、彼は多くを語らない。こちらに情報を与えないようにしているのだろう。隙や弱点。それに類するものを徹底的に排除している。

 攻撃を寸で回避。飛び退き林の中へと姿を消した。

(目眩ましのつもりか? いや、違う)

 すべての感覚を研ぎ澄ませる。魔力で強化した五感が、さらに研ぎ澄まされていく。そこに長年の戦いの経験が積み重なり、相手の次の一手を先読みする。

 我の耳に鈍い打撃音が届いていた。周りの木々を蹴って、捉えさせないようにしているのか。

(立体的機動による、捉えにくさと闇夜を利用した迷彩か)

「だがぁ!」

 オリバーはしっかりと捉えていた。木を蹴る音と。そして何より漆黒の戦士自身が纏っていた赤いマフラー。これを完全に目で追いきれていた。

 オリバー目掛けて突撃してきたのを受け止める。激しい剣戟。黒い炎が形成した刃と紺色の光を放つ純白の刃が、激しく激突し、甲高い音を響かせる。

 漆黒の戦士に勢いがついている分、オリバーが正面から激突する上では不利だ。だが、彼には魔力がある。

 オリバーは歯を食いしばり、魔鎧で強化した腕の膂力で押し退ける。相手が着地する前に追撃。魔石の力で背後に回りこむ。魔鎧を魔力で強化し、右脇腹に目掛けて踵があたるように回し蹴りを放つ。何か見えないモノとモノが激突し、威力を一気に殺される。

(またこれか)

 かなりの威力が減衰した蹴りを右脇腹に一撃を叩きこんだ。相手は地面を転がるが手応えは全く感じない。

「オリバー殿!」

 志郎の呼びかけに視線を向けると、水面の輝きが一層増していく。彼らの仲間たちが来るのは時間の問題だ。

(何としても漆黒の戦士を排除しなくては、後々に支障が出るのは明白)

「本気で行くぞ!」

 いつの間にか起き上がり、水面の様子を伺っている相手に言葉をぶつける。相手は反応し、こちらに目を向ける。

 オリバーは剣を上段に構えた。紺色の光が激しく発光し辺りを照らす。その光は湖面から生える光よりも強く。周囲を塗りつぶしていく。

「――――――――――――ッ!!!」

 気合の雄叫びを上げる。光が増す度に周囲に走る地響きは大きくなっていく。

 

 

 

 そこで初めて違和感を覚えた。こちらは必殺の構え、技を繰り出そうとしている。にも関わらず相手は構えもしない。それどころかこちらの様子を伺っている節がある。何かを探るように観察されていた。

 長年の経験から導き出されるものがある。

(我の力の使い方を見ているのか?)

 疑問は浮かぶが、必殺技さえ使えれば相手は消し飛ぶ。この星の力の前には観察などという甘い行動は許されない。

「砕け散れ!」

 紺色の光がさらなる輝きを放つと、それは解放され紺色の流星が地面を走った。地面をめくり上げながら流星は、音を超え漆黒の戦士に迫る。

 激しい轟音が辺りにある万物を揺さぶった。

「やったか!」

 志郎は歓喜の声をあげる。

「いや、逃げられた」

「なっ?!」

 注意深く周囲に様子を伺う。殺気や気配を感じられない。剣を収める。

「そうだ。それでこそだ漆黒の戦士よ」

 何かはわからないが、あの者が以前より強くなったというのだけは確信できた。だから、これから先の戦いがとても楽しみになったのだ。

「実に楽しみだ」

 

 

 

 

 

~続く~

 


 
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