○テレビ
スイッチが入る。ニュース番組。
キャスター「本日、東都大学アレルギー研究
所の臨時会見があり、日本国民すべてがB
型花粉症を発症しているとの発表がありま
した。これによりB型花粉症は――」
○東都大学・日下部研究室
柴本俊哉、霧島祥子、師岡泰司、の三
人が固唾を呑んでテレビニュースを見
守っている。
テレビが中継に切り替わり、東都大学
の講堂が映る。
柴本「すごい。これ、ウチの講堂ですよ」
記者会見をしている教授たち。その中
に日下部教授がいる。
柴本が興奮して画面を指差し、師岡に、
柴本「師岡さん、日下部先生です!」
教授団の一人が、今回の発表について
会見をはじめる。
祥子がこわばった表情になる。
祥子「本当に、こんなことってあるのね……」
研究室の入口の扉が開く。
テレビに集まっていた一同が、一斉に
入口を見る。
助手の緒方智義が入ってくる。
師岡「緒方さん、先生は?」
緒方「しばらく戻って来られない。我々研究
員には作業を続行して待てとのことだ」
柴本「今、日本中がB型花粉症に喘いでるわ
けでしょう? それって、僕らの作る特効
薬が日本を救うってことじゃないですか」
緒方「柴本の言うとおりだ。我々は今、非常
に価値のあるプロジェクトに参加している。
分かったら各自作業に戻れ」
柴本、祥子、緒方「はいっ」
散会する柴本たち。
○新聞の見出し
「花粉列島 発症率100%」
「東都大の緊急会見 特効薬を開発」
「特効薬はハンカチ型?」
○テレビ
CM。東都ハンカチを一枚持って、日
下部が出演している。
『東都大学教授 日下部秀雄』という
テロップが出る。
日下部「花粉症でむずむずする、そんなとき
は東都のハンカチ」
日下部、ハンカチで軽く顔をふき取る。
日下部の身体がCGグラフィックにな
り、ハンカチの触れたところから全身
に光が駆け巡ってゆく。
日下部の声「特殊な合成繊維に織り込んだ成
分が、あっという間にかゆみを抑えます」
日下部と東都ハンカチが大写しになる。
日下部「東都のハンカチは、日本人の強い味
方です」
○東都大学・食堂
週刊誌の記事。「国民的ファッション。
東都ハンカチ、売れ筋ベストテン」
柴本が週刊誌を置くと、祥子が不機嫌
そうに窓の外を見ている。
柴本「(嬉しそうに)この記事、読んだ?」
祥子「読まなくても大体分かるからいい」
窓の外を多くの学生が行き来している。
柴本「緒方さんのコメントが載ってるんだけ
どさ、全国民に花粉症対策をさせるのに、
ハンカチ型を選んだ理由って」
どの学生も東都ハンカチを所持してい
るのが分かる。
柴本「『全ての人に理解を得られる形で処方
するには、日用品の代替物として開発する
のが妥当であると考えた』だって」
祥子は答えない。不機嫌なまま。
柴本「(不安げに)霧島さん、どうかしたの」
祥子、ようやく顔を柴本に向ける。
祥子「ずいぶんと鼻息が荒いみたいだけど、
柴本くんはおかしいと思わないの?」
柴本「何が?」
祥子「この状況よ」
祥子が真剣な表情でテーブルに身を乗
り出す。
祥子「確かに私たちの研究室は、急造の特効
薬を完成させたわ。でもそれは、B型花粉
症のメカニズムをほぼ完全に把握していた
おかげ。ねぇ、これってすごいことよ?」
柴本「花粉症の特効薬のこと? それとも花
粉症の仕組みが解明されたこと?」
祥子「解明されたこと……でも、一つ指摘さ
せてもらうなら、その答えは間違ってる。
私はB型花粉症のメカニズムが解明された
ものなんて言ってない。把握していた、と
言ったの」
食堂の柱の陰から、師岡が柴本と祥子
を覗き見ている。
○東都大学・キャンパス
柴本と祥子が歩いている。
祥子「B型花粉症が現れたのは、ここ数年。
従来のA型と良く似てるのは知ってるよね」
柴本「ああ、A型に比べたらかなり単純なア
レルギーだけどね」
祥子「そう、完全にモデル化できるくらいシ
ンプルなの。見たことある? まるでA型
の簡易モデルそのものよ」
柴本、何かに気がついて立ち止まる。
柴本「霧島さん、そんな……ありえないよ」
祥子「私、今晩、研究室に行くわ。くまなく
探せば何か見つかるかもしれない」
柴本「見つかるって……何も見つからなかっ
たらどうするのさ」
祥子「どっちにしろ、明日から姿を隠すつも
り。きっと裏に何かあるはずよ」
祥子、胸ポケットから東都ハンカチを
取り出し、それを放り投げる。
風に舞い上がる東都ハンカチ。
祥子は去ってゆく。
祥子の東都ハンカチが地面に落ちる。
○東都大学・研究棟(夜)
エントランスに入ってくる祥子。
警備員に向かってIDカードを見せ、
祥子「日下部研究室所属の霧島です。研究室
のセキュリティー、解いておいて下さい」
そのまま、照明の落ちた廊下に進む。
警備員「ちょっと、あんた!」
祥子「お願いしますね」
警備員「おい、セキュリティーは!」
祥子、歩み去る。
警備員「(独りごちる)さっきから解けてる
じゃないか」
○東都大学・日下部研究室(夜)
入口が開き、人影が一つ入ってきて、
再び閉ざされる。暗闇。
スイッチ音がして、懐中電灯が灯る。
その持ち主の顔が闇に浮かび上がる。
祥子である。
祥子「鍵が開いてるなんて……」
懐中電灯の明りを頼りに日下部の机に
向かい、引き出しを開ける。
祥子、乱雑に引き出しの内部を物色し、
一冊のファイルを取り出す。
机上に放り出されたファイルを、祥子
のライトが照らす。
表紙に『B型花粉症用手巾開発要綱』
と題されている。
祥子「あった……」
突然、研究室の明りがつく。
祥子、慌てて室内を窺う。
入口付近に日下部と緒方、師岡がいる。
日下部「霧島くんだったか……」
緒方「師岡っ」
緒方の合図で、師岡が祥子に駆け寄る。
祥子は机の上にあった筆立てを師岡に
投げつける。
筆立てが師岡の顔面に直撃する。
師岡の一瞬動きが止まるものの、痛が
る素振りも見せず、不敵に笑う。
祥子はファイルを抱えて、机を動かし、
椅子を転がし逃げ惑う。
あと一歩で祥子が捕まりかける。
柴本の声「師岡、やめろっ!」
柴本が日下部を拘束して、喉笛にペン
軸を突きつけている。
師岡が動きを止める。
日下部「犯罪だよ、これは」
柴本「こんな状況、先生方の方が異常ですよ」
緒方「(柴本に近寄り)いいか柴本くん――」
柴本「動くんじゃないっ!」
ペン軸が日下部の喉に食い込む。
緒方は立ち止まる。
緒方「君はB型花粉症の何を知っている?」
柴本「あなた方の卑劣な陰謀の道具だ」
緒方「陰謀……(笑う)B型花粉症は、この
国の未来の希望だよ。君はこの病気がもた
らす経済効果の大きさを知らないのか?」
日下部「国内での実験は終わった。我々は、
ヒトの生命を脅かさない究極の病を生み出
した。後は、これを世界にばらまくだけだ」
緒方「わが国は花粉症先進国だ。花粉症関連
事業は貴重な輸出産業に転じるだろう。誰
も傷つかず、ただ消費だけが拡大する。東
都ハンカチは、その平和的経済の象徴だよ」
柴本「違う! あなたたちは間違っている!」
緒方「何が違う! 我々の生活を形作ってい
るものは必需品のみではない。事実、我々
は生活の余剰を文化や幸福と称している」
柴本「それが間違いなんだ! 僕らは人々の
健康を幸福と考えればよかった。健康は平
凡な状態のことであるべきだ。病気からの
恢復ではないはずだ!」
そのとき、窓の外で赤い光が明滅する。
何台ものパトカーが研究棟の外に集ま
りはじめる。
日下部「警察?」
柴本「僕が呼んだ。そのファイルも偽物だ。
現物はもう警視庁に届く頃だろうよ」
緒方「(柴本に駆け寄り)貴様っ!」
柴本は日下部の拘束を解き、躍りかか
ってきた緒方の顔を殴る。
緒方は地面に倒れ、昏倒する。
× × ×
警察が日下部、緒方、師岡を連行する。
柴本と祥子がそれを見送る。
堰を切ったように泣き出す祥子。
柴本「あ、そうだ。祥子さん、忘れもの」
柴本、ポケットから東都ハンカチを取
り出し、笑顔で祥子の涙を拭う。
柴本「やっぱりハンカチは、こういう使い方
じゃないとね」
祥子、柴本の手に手を重ね、目じりを
ハンカチで拭いながら、
祥子「バカね、これは花粉症よ」
二人は顔を見合わせる。
得意げな柴本の表情に、祥子が堪えき
れずに笑みをこぼす。
<了>
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驚異的な発病率を誇る新型花粉症があらわれた。
瞬く間に日本列島を席巻するポレノシス・フィーバー。
東都大学大学院のドクターコースに所属する柴本俊哉は、同大アレルギー研究所で特効薬の開発を急ぐが……