第0工程 Rosary of grief
襲ったのは振動。
逃れた筈の鼓動が再び鳴動する。
振り切れなかったその振動。
逃れ切れなかったその鼓動。
断ち切れなかったその鳴動。
地の奥から響くこの音を、
体を芯を貫くこの震えを、
僕は、忘れられないだろう。
■
「――ぉ――逃げろ――べ――っ――――ベリト!!!」
兄貴が僕の名前を叫んだ直後、
僕の目の前は、弾けた。
なんの冗談か。
目の前を走っていた兄貴は、
地面から現れたその『角』に、いとも簡単に貫かれた。
現れた体躯は深紅《そのからだはあかく》。
黒に錆びれたその血《あか》こそ、あの双角竜《ディアブロス》に名づけられた通り名の所以。
全身に何百もの生き物の血を浴びたる怪物《モンスター》。
故に、この赤き双角竜《ディアブロス》は、こう呼ばれていた。
"血染めの串刺し竜――"
「ブラッディ…………ヴラド!」
ミヤビが叫ぶ。
何故今その名が出るんだ。
今、目の前であの男が死に掛けているんだ。
いや、
殺されているんだ。
今、この瞬間にも、
あの男は確実に、その命を刈りとられている。
「あ…………あっ……」
それでも声が出ない。
叫びたくても叫べない。
手が動けない。
足が動かない。
しりもちをついたまま体が動かない。
「あ……あ、あっ……!」
脳は理解している。
目の前で一人の男が殺されている光景を。
『――っ!! ベリッ――みやび――!!! 早く、逃げ――!!!!!』
それでも、その男は叫んでいる。
まるでズタボロに、今にも擦り切れそうなその命で。
何を叫んでいるのか《きこえない》。
目の前が涙でにじむ《みえない》。
光景が確認できない《みたくもない》。
周りの音なんてとっくに理解できていない。
目の前の男の、最期の言葉が聞き取れない。
「あ……あに……あにっ……!!!」
それでも、声だけは。
最期に、一言だけでも。
伝えたくて、喋りたくて、叫びたくて《なにをいえばいいのかわからなくて》。
突然、俺の体が地面から離れる。
ミヤビに抱えられ、目の前の男から離れていく。
双角竜《ディアブロス》は咆哮をあげる。
その片角に男を貫いたまま、流れ出る血潮に酔いしれている。
男は、"最期"の足掻きに、腰のポーチに手を伸ばす。
"最期"に
叫ばないと
あの男に
何かを
伝えないと
あの人に――!
「あにっ……あにっ……き……きっ!! あにきっ、アニキィっ、アニキ、あ、ぐっ、ああに、アニキ、アニキ、あに………………!! アニキィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!」
叫び声を掻き消す爆音。
双角竜《ディアブロス》が高々と掲げていたその頭《こうべ》が、その『獲物』が、大爆発を起こしたのだ。
「アニキィィィ!! アニキッ! アニキィ!! アニキ、アニキ、アニキィ!!! アニキィィィィイィィィイイイイイ!!!!!!!!」
「うるさい!! 黙れ!!! くそっ、くそ、畜生!! ヴィランが、ヴィランが!!!!」
咆哮が聞こえる。
あの双角竜《ディアブロス》が吼えている。
怒りを顕わに、強烈に空気を震わせている。
地の奥から響くこの音を、
体の芯を貫くこの震えを、
僕は、忘れられないだろう。
『ヴィラン・ダラーズは、死んだ』
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咆哮が聞こえる。
あの双角竜が吼えている。
怒りを顕わに、強烈に空気を震わせている。
地の奥から響くこの音を――
体の心を貫くこの震えを――
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